男「OKレッツパーリィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」
「………」
「………」
桃子はまりとベッドで隣り合って座っていた。お互い、腹を割って話せるように時間と機会を設けることが出来たが、それ以降の会話が出ない。
「………ぅぅ」
ソワソワと落着きなく身じろぎしたり、様子を窺ったりともどかしい時間がかれこれ五分ほど続いている。ここに男がいたらまどろっこしいと言って二人そろって押し倒され、なし崩し的に仲良くされそうな気がしてしまう。
「(それだけは絶対に避けなければ!)」
妙な使命感を抱え込んで意気込む彼女。バッと篠原まりを見て口を開く。言え!今すぐに!
先輩、私は――――
「――――――――――………」
がっ………ダメ!
いざこうして話せる場に持ち込むと、身が竦んでしまっていた。まずは何から話せばいいのか分からない。長くなりすぎて呆れられてしまうのではないかと思うと声が出てこない!
嗚呼、小心すぎる自分が悲しくなってしまう。
「………」
カクン、と項垂れる桃子。
このまま無慈悲に時間が過ぎ去ってしまうのだろうか。
「ねぇ、桃子ちゃん」
「はひぃ!」
不意にまりが口を開いた。
「どうして桃子ちゃんは、あの人のところに居るの?あの人は魔族で、私達の敵なんだよ?」
まりが桃子に問いを投げかける。
「………確かに、そうですね。でも、決してただ悪い人ではないんです。少しだけ、長くなりますけど、聴いてもらえますか?」
もちろん、と頷くまり。
「卒業試験があった日、私は、任務に失敗して他の魔族に捕まりました」
◆◆◆
奴隷商人のゾクトを気づかれずに最後まで尾行することが出来たら卒業、晴れて私は正式な対魔忍として任務に当たることが出来る用意がされていました。でも、任務は失敗して、救援の連絡をしたくても出来ませんでした。
次に気が付いたら、ノマドの牢屋に捉えられて、死にたくなかったらカオス・アリーナで勝利しろって言われたんです。
結果は惨敗。まぁそうですよね。武器もなくて、徒手空拳でしか戦う手段が無くて、その時の私では、何もできませんでした。負けたら死ぬ。当然、ノマドは私を単純に殺すのではなくて、余興を行ったんです。
魔界のワームを使って、私を犯しながら丸呑みにするなんて言う、とんでもなく悪趣味な見世物でした。
“……ひどい。でも、桃子ちゃんは助かったんだよね?”
はい。ワームの体内で犯されながら同化していく感覚は、今でも覚えてます。凄くおぞましくて、自分の身体が少しずつなくなっていくのは、凄く恐ろしかったです。しかも身体は、ワームの所為で普通の人として生きられない身体にされました。全身が性感帯になって感度も上げられて、優しく触れられただけで、おかしくなりそうでした。
その時、ご主人様が来たんです。私、ほとんど意識が無くて詳しいことは分かりませんけど、とにかくワームから私を救ってくれました。
まぁ、当然善意で助けたわけではありません。ご主人様は改造された身体を元に戻す代わりに私の全てが欲しいと言ってきました。
力も、技術も、心も、体も、全部。
身体は元に戻したい。けれど、対魔忍としていられなくなるのは嫌でした。けれど、東京キングダムから脱出するにしても、連絡をするにしても、ご主人様の協力を得なければなりませんでした。
そんなとき、ご主人様は私にゲームと称した対決を申し込んできたんです。
“でも、桃子ちゃんがあの人をご主人様って呼んでるってことは”
……はい、負けちゃいました。
“いったい何のために桃子ちゃんを?”
なんでも、私の才能は凄まじいとか………。自分でも良く分かりません。
あの、先輩。
“………なに?”
私、先輩に憧れていずれは先輩のような対魔忍になろうと思ってました。
“うん………”
でも私、今のままじゃ先輩に追いつけないって思ったんです。
“………うん”
ご主人様のモノになったけど、ここで私の才能が伸ばせるなら伸ばしたい。チャンスだと思ったんです。いずれ、先輩の隣に立てるように。こんな私に、最後まで鍛錬に付き合ってくれた先輩に、恩返しがしたいと思ったんです。
“桃子ちゃん………桃子ちゃんは、それでいいんだね?”
はい。
◆◆◆
確固たる自分の意思で桃子は言う。質問を交えつつ、桃子の本心を探ったまりは、目をそらさずこちらを見る彼女が、男に操られたわけではないことが感じられた。
絆されたのは確実だが、それほど強制をさせられるような立場ではない様だ。
当然、これは主観でしかない。全てを信じて鵜呑みにするのではない。だが、現状において桃子が自分の意思で男の下へ行き、そこで己を研鑽させるために居る。
「それに、ご主人様はいざとなったら責任を取って皺くちゃのおばあちゃんになるまで面倒を見るって言ってくれましたし、いろんな意味で安心してます」
「それって本当なの?嘘とかじゃなくて?」
「はい、ご主人様って、暈したり、誤魔化したりすることはありますけど、嘘は絶対に言わない人です」
「その根拠は?」
「プライド高い人ですから」
「なるほど」
不思議とまりは納得できてしまった。過去の会話であったあの態度は、男自身の持つ誇り高さをうかがわせた。そんな男がその場しのぎの為に嘘を吐くとは考えづらかった。
「そっかぁ………」
桃子は五車学園に帰ってこないという事実。大きくは無い。だが決して小さくは無い。胸にぽっかりと穴が空いた気分だった。
「ちょっと、寂しくなるね。でも、桃子ちゃんが無事でよかった」
「わわっ!せ、せんぱい!?」
きゅう、と桃子をまりは抱きしめる。会えてすぐに出来なかったこと。大事な可愛い後輩の命が無事だったこと。変わらずそこに居てくれたこと。とても嬉しかった。生きていてくれたことを今はっきりと実感することが出来た。
「本当に、本当に良かった」
「先輩………」
桃子もまた、抱き返す。しばしの間、互いの温もりを共有しあった。
「桃子ちゃん」
「なんですか?」
「………ううん、なんでもない」
言いたいことはまだある。でも、今はやめておこう。今は、こうして―――
「あ、桃子ちゃん、念のために聴いておくけど、危ない薬を打たれてるとかないよね?」
「ち、違います!幾ら外道でロリコンでドSでいろんな女の人をとっかえひっかえして毎日のようにえっちなことをしているご主人様でもそんなことはしません!」
「今言ったとこのどこに否定できる要素があるのぉ~!?」
………もうしばらくは話し合う必要がありそうだ。
◆◆◆
突如カオスアリーナを襲った揺れ。その正体は複数のフロアに仕掛けられた爆弾。それは会場の参加者と多くの魔族を巻き添えにした。
情報共有の為に通信と指示が飛び交うが、肝心要の朧からの指示がなかった。それ故に、下っ端である魔族、ノマド構成員たちの行動に素早さは無かった。
「居たぞ!」
だが、中には勘のいい者もいる。
「侵入者三人を見付けた!男が一人、女が二人!」
「ヒャッハハァ!男はぶっ殺せ!女は犯して売り飛ばしてやる!」
相も変わらず品が無い。飢えた獣を思わせる血走った目をしたノマド構成員が数名。
「聞いているだけで耳が腐ります」
だが、その身体は瞬く間に細切れとなった。勘が良く、侵入者を見付けることはできても、その身の危険性にまでは勘が働かなかったようだ。
「ぬぅ………」
「如何為されましたか?」
不意に発せられた男の唸り声に、シェンフーが小声で問いかける。
「いや、なにか色々誤解を解かなければならぬような気が………いや、なんでもない。聞き流せ」
「恐れながら申し上げますが、今更誤解を解いても手遅れかと」
「クハハ、ぬかしおる」
これは後が楽しみだ。と仄かに笑う。ティアがそんな男とシェンフーのやり取りに呆れ返っているが、これはもはや日常茶飯事である。
「ご主人様、前、来てるわよ」
「うん?」
ズンッ!という背後から聞こえた重厚な足音と、揺れる足場。
「………ふむ」
振り返り、見上げる。
「デカいな」
揺れの主が、すぐ後ろに立っていた。緑色の皮膚、筋骨隆々の身体。見るからに力が自慢と言う逆三角形の体型をしたオーガだ。しかも通常よりも倍近い巨体であり、頭部が天井に触れるギリギリにまで迫っている。
「ティア、パスだ」
ここまで物理的なキラーパスも珍しい。これ見よがしに嫌そうな顔になるティア。
「私に振るの?」
「力仕事はお前の方が得意分野だろう?」
咆哮を上げて拳を振り上げるオーガを前にして、男に動揺は見られない。
「女にやらせるなんてひどいことするわ」
ティアが男の前に出る。オーバーモーションから放たれる一撃必殺の拳に対し、まるで蠅を振り払うかのような、そんな気軽さで振るわれた手によって簡単に弾かれる。
「!?」
ゴシャッッッ!
仰け反るオーガの身体に走った衝撃は股間に集中した。ティアの脚がオーガの身体が浮かび上がるほどにめり込んでおり、その力の強さがうかがえる。
「ねぇ………?」
急所を押えて蹲るオーガに対し、ティアはため息が出るほどに美しく微笑む。
「サッカーは好きかしら?」
オーガの顔面にティアの脚が抉り込み、ワンテンポ遅れてオーガが吹き飛び、血しぶきをまき散らしながら、壁にめり込む。
もはや血を垂れ流す肉袋に成り下がったモノに興味は湧かなかった。壁に張り付く愉快なオブジェになったオーガを通り過ぎると、分かれ道に突き当たった。
「ここからは別行動だ。シェンフーは研究施設のデータ取りと工作。ティアは俺と同じく出来るだけ連中の注意を引き、後ほどアリーナで合流だ」
「ご主人様、目撃者は?」
「任せる。良きに計らえ」
「「御意」」
◆◆◆
「い、一体何がどうなってんだよ!?」
それは一つの通信によるものだった。一匹のオークが断末魔と共に通信が途切れ、その異常事態に、一人のノマド構成員が仲間と共に早速現場へと向かった。そこで目にしたのは地獄。
「なんなんだよ!これは!?」
―――斬ッッッッ!!
剣戟
「ギャア!」
「グハァッ!?」
悲鳴、鮮血、そして怒号
力任せに振り降ろされる三つの棍棒を一閃、両断し、返す刀でオーク達の上半身と下半身を泣き別れにさせる。後ろからの水平二連散弾銃を持ったオークが発砲。それに対し、男は先ほど真っ二つにした巨漢のオークの胸倉を掴み、盾にした。狭まった視界からの奇襲のチャンスと見て、這うように低く駆ける魔獣『ブラックドッグ』が跳びあがり、男に襲い掛かった。
「………ふんっ」
鼻から吐息が抜ける。それは嘲り、『見えない何か』がブラックドッグを巨大なプレス機のように文字通り叩き潰した。
「オオオオオオオオッッッッ!!」
咆哮を上げて顔面に跳び蹴りをしてくる馬漢。人外の筋力に身を包んだその敏捷さによって頭部に叩き込まれれば、常人であれば反応も出来ず首から下の身体を置き去りにしてしまうだろう。
ザリュゥッッッッッ!!
「ギィッ!?」
今まで聞いたことのない音と、直後に襲った股関節の激痛に馬漢が呻く。その視線の先にあるのは、宙を舞う己の足。
「戯け、よそ見をするな」
跳びかかった勢いは失速することなく尚男へと向かう。それを見越して男がまだ繋がっている馬漢の足首を掴む。モタモタと次の弾薬を装填している先ほどのショットガンを持ったオークに、振り返りざまに馬漢を叩きつける。
攻撃の隙を狙ってか、後ろに控えていたノマド構成員のハンドガンが此方に向けられている。
「死ねやァッ!」
間髪入れず引き金が引かれる。寸分違わず男の脳天に向けて放たれる鉛弾は、見えない何かが遮った。更に、その見えない何かは、千切れた馬漢の脚を掴み、その筋力を再現するかのように、凄まじい鋭さでノマド構成員の側頭部を抉った。
「ちぃっ!」
「ならばこれはどうだ!」
左右から来た細剣を持った魔族が二人。フードを被っていて表情は見えないが、その声の中に、怯えと焦燥の混じったソレが含まれていることが窺えた。
右から細剣の刺突が男の首に迫るが、ナギナタを回してソレを弾く。
「む……」
魔力が左の魔族を覆うと、その魔族の背中からもう一人同じ姿をした魔族が現れる。
「ほう」
現れた魔族が背中を踏み台にして跳びあがり、上下からの同時攻撃を男に仕掛ける。
「ッ!?」
上からの攻撃はナギナタで防ぎ―――
「なんて奴だ………!」
下からの剣戟には踏むことで止めた。驚愕して動きの鈍った魔族とは反対に、男の動きは止まらない。剣をそのまま足場にして上の魔族の男の顎に膝蹴り叩き込む。
「ガァッ!?」
「愚鈍な奴よ」
空中で方向転換、上から斧のように振り降ろされる胴回し回転蹴り。下に居た魔族の男と重なる様に倒れ伏し、ナギナタで二人同時に串刺しにした。
「なんなんだお前はァァァァッッッ!?」
血しぶき舞う鮮血を、縫うようにきらめく黄金。何もできずに見ていた一人のオークの叫びが、黄金の男の鼓膜を叩いた。
「………」
ギョロリと
「ひぃっ!?」
男の眼光がオーク達を貫き、顔が引き攣らせる。
「囀るな下郎」
それが、最後の言葉。
―――ゴバァァァァアアアアアッッッ!!
再び施設が揺れた。施設の壁を突き破り、瓦礫の山を作ったのは男の剣圧。一欠けらの容赦もなく、慈悲も見せず、男の視線の上に立った生殖猿は塵へと消えた。
「………ふむ」
男は己の手を見ながら握ったり開いたりを繰り返す。まるで調子を確かめるかのように。
「まだ鈍ってはいないな」
ニィィ、と男の唇の端が吊り上がる。歯を剥き出しにし、威嚇する獣のように。冷静そのものを感じさせるその言動とは裏腹に、より攻撃的に、より獰猛に。
「いたぞ!侵入者だ!」
ノマド構成員が叫ぶ、それを機に蜂の巣を突いたかのようにゾロゾロと様々な銃を持ったオークが出てくる。男の居る廊下はそれほど広い訳ではない。どこの施設にでもあるような平凡な広さだ。そんな狭い所で十数人ほどの敵がそろって銃を持ってこちらに向けている。
「ぶっ殺せぇッ!」
盾になるものも、射線を遮る遮蔽物もないこの状況、本来であれば絶体絶命のこの状況。
「呵呵呵呵ッ」
男、この場において尚余裕を崩さず。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!
かくして放たれた弾幕。硝煙を纏った鉛玉が壁となって襲い来るソレ。
「ふむ………」
男の人差し指が、動いた。
◆◆◆
『主様の戦争が始まったか』
『草』の一人が呟く。地鳴りのような音が幾度となく響くヨミハラ。昼夜問わず女の嬌声と男の哄笑が響くここも、今となっては建築史上類を見ない戦闘の規模によって悲鳴と破砕の音、銃声で溢れかえっていた。
「グルァ!」
『ッ!』
一体の魔獣が『草』の一人に襲い掛かる。獣の如く首元へその強靭な牙を突き立てようとする。『草』は滑り込むように魔獣の下を通り抜け、振り向きざまにクナイを投げる。
クナイは確かに魔獣の身体を捕えたが、その程度で魔獣の命は刈り取れない。魔獣にとって餌でしかない獲物に傷を負わせられたのは、酷くプライドを傷つけられたのだろう。
「ガルルルルルァ!!」
『草』という獲物に対し、更に苛烈な咆哮を放つ。
『遅い!』
その顎に、『草』の鋭い蹴りが叩きこまれる。ガチュッ!という鈍い音を響かせ、成人男性と比べてもそう変わらぬ巨体が浮かび上がり、隙だらけになった胴体が晒される。
『カァッ!!』
弓矢のように全身を引き絞り、手に持っている忍者刀による最大速度の刺突が放たれる。それは皮膚を、筋肉を、骨を、心臓を、背骨もろとも突き破った。
『オオ゛ッッア゛!!』
『草』の攻撃は止まらない、コンマ一秒にも満たぬ呼吸から、刀を上へと振り上げる。一瞬の脱力から一気に放たれる力の爆発は、魔獣の身体を頭頂部に掛けて刃を滑らせることに成功させた。心臓を貫き、脳も破壊する。確実に敵の息の根を止めるために一度は誰もが考えたであろう理想の殺し方だ。
辺りを見渡す、殺し、殺されることが当たり前である、この戦場に置いて、自軍の損耗率は現状極めて低い。事実、一連の戦闘、瞬きのような僅かな時間だったが、『草』の息は一瞬の乱れもない。
『………』
他の『草』がオークの首を刈り取った。そう遠くない場所では雇われの傭兵を袈裟切りで骨ごと両断している者も居る。そして、他の魔族とは明らかに違う動きを見せている存在が居る。
オークに似通ったグレーの肌をした人型の怪物、頭部らしき場所には大きな一つ目、筋肉質だががっしりしているというわけでもなく痩せ型で、腕はながく、足元まで伸びている。それが数体ほど、この戦場に紛れ込んでいた。腕は伸縮自在のようで、鞭のようにしならせながらほかの『草』やオークと、相手を問わずに襲い掛かっている。
『………』
それだけではない。
「人間如きがよそ見か!死ねぇ!」
後ろから襲い掛かってきたオーガの拳を受け流し、その力を利用した綺麗なフォームでの一本背負い。仰向けになったオーガの眉間に忍者刀を突き刺した。
即死したオーガを特に気にすることもなく、『草』は空を見上げる。
この混沌とした戦場においてただ一匹、我々を見ている奴が居た。
節足動物を思わせる細長い複数の脚、黒と青で彩られた外殻に覆われた身体と触覚、そして空を飛ぶための二対の小さな翅、『魔界ワスプ』と呼ばれている虫だった。
元来群れを成して行動する魔界ワスプが、なぜ一匹だけで戦場周囲を飛び廻っているのか。考えずとも解る。
『………こちら第三班。班長より、全班へ、第三勢力の存在を確認した』
正体不明のオークに似た怪物とも、無関係であるとは思えない。誰かが操作し、観察しているのだ。我々を―――。
『こちら第一班、第三勢力はこちらでも確認している、一度後退し、態勢を立て直せ』
『了解した。主様への報告は?』
『すでに済ませてある。とにかく後退だ。数が少ない我々にとって乱戦は控えるべきだ』
『了解した』
ブラックや我々の他にどこかの勢力が暗躍している。この戦いを機に恐らく少しずつではあるが、浮き彫りになってくるだろう。
更なる混沌とした戦いの予感を、『草』は既に感じ取るのだった。
◆◆◆
そして、『草』の予感はそう時間を掛けることなく、現実となった。
「………」
男が最終的にたどり着いた場所は、魔族の祭典会場。カオスアリーナ。人間の本能的な恐怖を煽るような悪魔の像が四方に配置されており、アリーナ会場中央には三つの人影があった。
「随分と派手にやってくれたな。友よ」
「せっかくの余興だ。派手にやらねば面白くなかろう?」
「ククク、違いないな」
男とブラック、そして彼に付き従うイングリッド。現代日本ではそうそう見ることはできない大規模戦闘。それらの収束は、静かに向かっていた。
○月×日
男の細胞を培養して極小の肉片まで再生させた。極めて遅いサイクルではあるが細胞分裂活動が確認された。特に栄養を必要とせずに分裂を行う男の細胞は未だ謎に包まれている。
日記を書いている最中にまた変異が確認された。なんと肉片が載せていたプレパラートと同質の物体へと変異したのだ。ただのたんぱく質の物体が珪素へと性質を変えた。有機的物質が体表の色を変える動物のように無機物に変わるの、は生物学的法則を無視している。そもそも生物の持つ性質は外因的環境変化によって進化を繰り返すことによって変質するものだ。それにも相当の時間を要するというのにたかが数日でこんな
なんてことだ。また、変異をした。今度は確かに存在しているが色を反射しない。つまり透明になっている。電子顕微鏡で細部に至るまで調べたが、完全な透明なようだ。これでは顕微鏡で観察することも出来やしない。
何故変異する?なにが男の細胞を変異させる?細胞による防衛本能が働いたと説明できる部分があるとはいえこれほど頻繁な変化は明らかに異常だ。
いや、逆に考えればこれらのコントロールが可能となれば―――
今日はここまでだ。
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