※この作品はR-18です。

暇を持て余した男の話   作:カッコカリ

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やぁ、更新だよ。

クロスアンジュ面白くなってきたね。そしてエンブリオを無性にぶん殴りたくなった作者だよ。今後の展開が楽しみですわ。

でもタスクとモモカの死亡フラグが立ちすぎて嫌な予感が当たりませんように。

前回のあらすじ

 主人公 「イイハナシダナー」
シェンフー「イイハナシダナー」


暇を持て余した男が現状確認をするお話

「………………」

 

 肌を撫でるそよ風、優しく押し当てられるような日光の温もり、背中に押し当てられる天然の草の絨毯と大地の冷たさ。黒い道士服を着た黄金の男が大の字になって空を見上げていた。

 

「………………」

 

 そんな彼と同じく寝転がる男が一人、黒装束を着こみ、無表情を貫いているが、心なしか不機嫌そうだった。

 

「あの太陽、お前はどう思う?」

 

 黄金の男が黒い男に問いかける。

 

「憎いアンチキショウ」

 

 何処か重苦しそうな、吐き捨てるような呟きで黒い男が答える。着飾らないストレートな答えにクハッ!と黄金の男が噴き出した。

 

「クククク、お前はそうだろうな。違いない」

 

「貴様はどう思う?」

 

「そうだな。中が一体どうなっているのか知りたくなる」

 

「??何故知りたくなる?太陽は太陽だろう?熱い熱の塊、それ以外は無いだろう?」

 

 黒い男は心底疑問に思った。彼自身、黄金の男の考えを理解しきっているわけではないが、太陽の中の構造を知りたいなど、普通は考えない。

 

 黄金の男は頭を振った。

 

「いや、そうとは限らんかもしれん。例えば中に巨大な生き物が生息しているとか」

 

「ありえん」

 

 まるで子供の絵空事ではないか。くだらんとは言わないが、現実離れしすぎて着いていけない。男は溜息を吐いた。

 

「夢の無い男よ、時には童のように無邪気になるのも悪くは無かろう」

 

 ああ、またか。

 

 黒い男はやれやれ、と嘆息する。いつもの気まぐれだ。衝動的にそういうことをしたくなるときがあるのだ。そういうのに対して馬鹿正直に相手をしても損をするだけだ。

 

「ふん………一体どうしたのだ友よ。貴様らしくもない」

 

 だから、いつも通り鼻で笑う。くだらない。と、だが、同様に黒い男は言葉通りに思った。突拍子の無いことはいつものことだが、以前と比べて、魔族としての覇気が薄まっていっている気がしたからだ。

 

 初めて黒い男が黄金の男と出会ったときのことだ。あの時は思わず服従の姿勢を取りそうになった。

 

「そうさな………あの女に敗れてから、何処かおかしくなったのかもしれん」

 

 それは本人も認知していたようだ。まぁ、分かっていないよりは安心できた。

 

「あの女か、なぜ人間如きがあのような力を」

 

「才能だろうな。時としているのだ。あのようなとんでもない奴というのは」

 

「気に喰わん」

 

「フハハハッ!まったくだ!あれからというもの、俺たちのプライドはズタズタだ」

 

 言葉とは裏腹に、黄金の男は楽しそうだった。新しい玩具を手に入れて、大事に大事に遊ぼうとする純粋な子供のように。

 

 当然、これもいつものことだ。

 

「あの女が死ぬまで我らは従う。それが契約内容だったな」

 

「ああ、そうだ」

 

「何故寝首を掻かん?」

 

 だが、いつもと違うことが現在進行形で行われている。それは『彼女』に負けた男の心境の変化だ。契約の通り、男は彼女との戦闘を幾度となく行っている。最初は男もいやいやだった。たかが人間如きにと反発し、『彼女』に壁を作っていた。だが、少しずつではあるが、二人の間にあった隔たり、それが無くなってきているのを黒い男は察したのだ。

 

 黒い男の言った寝首を掻く。これは彼女との契約した中で死ぬまで従うことは決まったが、自分に対して害意のある行為は行うなとは命令されていないからだ。

 

 そう、彼らはこの契約を解くために闇討ちをしようとすれば出来るのだ。

 

 今更プライドなどあって無いようなもの。自分達の全力でさえ殺せぬ存在を殺せるようにするために策を講じることに、黒い男はなんの躊躇いもなかった。

 

「さてな。良心の呵責か、はたまた憐れみか」

 

 しかし、黄金の男は違った。プライドとは違う『何か』が男を邪魔している。あの女に絆されでもしたか。

 

 グッ、と黒い男はその言葉を呑みこんだ。

 

「………何が言いたい?」

 

「こっちの話だ。長く生き過ぎると色々考えてしまうのだ」

 

 そうして、いつものように黄金の男は問いかけに対し煙を巻く。決して真意を気取らせぬその閉心術は、今の黒い男には煩わしかった。

 

「年寄りか」

 

「ハハハッ、否定できん」

 

 出来るのはこうして憎まれ口を叩くことくらいだが、当の本人は平然として余裕を見せ付けてくる。こうしてみると、自分と黄金の男の間にあるどうしても覆せぬ経験の差を見せつけられる。

 

「………それにしても」

 

 不意に、黄金の男が言った。

 

「………痛かったな」

 

 黒い男も頷いた。

 

「ああ、痛かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャンピンニー」

 

 黒い男は顎を

 

「シャイニングウィザード」

 

 男は首を擦りながら溜息を吐く。

 

「あの女、どこであんな技を………」

 

「なんでも、本を読んで真似してみたらしい。完璧な動きだったぞ。まったく、これだから天才は」

 

 そういって静かに笑う黄金の男は、嘗て黒い男が初めて彼と会った時のことを夢想させた。

 

「おのれリリア・エーベルヴァイン」

 

 黒い男は再度溜息を吐きながら、気が向いたら自分たちに新開発、覚えた技の実験台にする『彼女』に向けて、精一杯の怨み言を優しいそよ風に載せるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「………」

 

 夢を見た。一体何処で、どういう場面で、何時その会話をしたのかは、生憎覚えていなかった。だが、懐かしい記憶だ。

 

 ブラックと戦った所為か、昨夜の大浴場の時と同じく、昔を夢見るようになっている。

 

「くだらん」

 

 それを男は一言で斬り捨てる。

 

「スー………スー………」

 

 シェンフーは男を抱き枕にしてまだ眠っている。あれだけ激しい行為の後だというのに、彼女の白金の髪は流れるように整っている。時折ピコピコと揺れる狐の耳は一体どんな夢を見ているのか。自室を床を埋め尽くしている毛深い12の尾はさながら高級なベルベットを思わせる。

 

「………」

 

 彼女の額に人差し指を当てると、見る見るうちに尾は縮まり、髪は赤く染まり始め、いつもの見慣れた姿へと戻っていった。

 

 男はベッドから立ち上がると、フェードインするかのように道士服を身に纏い、部屋を後にした。

 

 時間はまだ早朝に差し掛かったばかり。アジト内に存在する気配は自身を覗いて寝ている気配が7つ、居間にいる気配が2つ。

 

「………この気配は」

 

 覚えのある気配だ。二人組の気配となると、一体誰のものなのか容易に想像がつく。扉を開けると―――

 

「……………」

 

 ぶっっっす~~~~~~~~!とこれでもか!と不機嫌さを露にして頬杖をついているアンネローゼと、丁度ポットからカップに温めた紅茶を淹れているミチコの姿があった。

 

「あっ!強姦男!」

 

 開口一番がソレか。取り敢えず人体の急所、人中(鼻と唇の間にある溝の辺り)を見えない何かで突き、黙らせておく。

 

 ゴロゴロと悶絶する大悪魔(笑)を放置しつつ、男は彼女と対面に座る。

 

「早いな」

 

 不法侵入したことに対して色々と物申したいが、もはや慣れた。

 

「ん………」

 

 男の言葉に対してソッポを向きながら紅茶を一口啜るアンネローゼ。

 

「どうした?やけに不機嫌そうだが?」

 

「べっつに~?アンタには関係ないわ」

 

 眉間にしわを寄せて不機嫌そうにしている姿は見れば見るほど余計気になる。

 

「良いではないか、話してみよ」

 

「いや」

 

「楽になるぞ?」

 

「やだ」

 

「そう言わず、まずはお試しで」

 

「いーや」

 

「そこを何とか。今ならセットで酒が付く」

 

「でもお高いんでしょう?」

 

「今なら三本でサンキュッパ、魔術素材詰め合わせを合わせてヨンキュッパ!」

 

「まぁ素敵!お買い得ね!」

 

「セールスか!というか何その連携?!打ち合わせでもしてたの!?」

 

「「ノリ」」

 

「うがああああああ!」

 

「五月蠅いわよミチコ」

 

「そうだぞ大悪魔、同居人に迷惑ではないか」

 

「アンタらが言うな!」

 

 ああもうまたツッコんじゃった………!と頭を抱えるミチコ順調にツッコミキャラが定着を見せ始めている。そんな彼女を見て少しだけ笑みを零すアンネローゼ。

 

「ふむ、少しは調子が戻ってきたようだな。アンネローゼ」

 

「………いきなりなによ?」

 

「彼奴等に何を言われたのか、それはもう問わぬが、あんな表情を見せられて何もせぬわけにはいかぬ」

 

 美醜問わず、女の最高の化粧とは笑顔だとはよく言ったものだ。なるほど、実に正鵠を得ている。屈辱の顔や絶望の表情は敵が見せるからこそ気分が良いのだ。不機嫌な顔より、笑みを見せられた方が心地が良い。

 

「やはり貴様はどんな時でも笑っていた方が良い。絶望的であろうが、悲しいときであろうが、最後は必ず笑え。そのほうが貴様らしい」

 

「なに?私の処女奪ったくせに口説いてんの?順序逆すぎじゃないかしら?」

 

「アレは話が別だ。一晩閨を共にしたからと言って調子に乗るのはお前に対して無礼に当たる。ならば、改めてお前を俺の物にするために行動することは、別に悪いことではなかろう?」

 

「そんな口調で口説かれてもねぇ」

 

「おお、アンネローゼよ!余は其方の全てが欲しい!その生全てを懸けて余の隣に立ってはくれぬか?」

 

「アハハッ………ば~か」

 

―――口調ほとんど変わってないし、此処で行き成り告白するバカがいるかっての。

 

「ククク違いない。だが、さっきの言葉は本当だ。アンネローゼ俺はお前が欲しい」

 

「「力も、技術も、心も、体も、全部だ」………む」

 

 アンネローゼが被せるように言った。話の腰を折られて眉を潜める男に対し、彼女は笑顔だった。

 

「ワンパターンなのよアンタ」

 

「………やれやれ」

 

 申し開きの仕様もない。肩を竦める男と、完全に機嫌を直したアンネローゼ二人。いつもとは言い難いが、これも一つの簡潔として見るならば実に良い構図だろう。話のワンクッションとしても十分な成果だ。静観していたミチコの視線も凶悪になってきており、もう少し見ていたいという欲があるが、さっさと本題に入るとした。

 

「さて、まずは今回の護衛依頼、無事に完遂してくれたようだな。これは報酬だ」

 

 そういって男はジュラルミンケースを二つ取り出す。止め具を外して中をアンネローゼに見せる。片方はケース一杯に詰め込まれた札束、もう片方は何かが入ったケースと何かの液体が詰められた瓶。

 

「なにこれ?」

 

 謎のケースと瓶を指さすアンネローゼ。

 

「ノイが依頼していた魔術用の素材だ」

 

「素材ってどんな?ものすごい魔力が籠ってるけど………」

 

「聞かない方が良いぞ?気分の良いものじゃない」

 

「そう言われるとますます気になるわ。教えなさいよ」

 

 不意にミチコが問う。男は少しだけ考えるような仕草を取ると、チョイチョイ、と手招きをした。

 

「なによ?」

 

「耳を貸せ。そうすれば教えてやる」

 

「嫌よ、どうせ私に悪戯する気でしょ?」

 

「チッ、バレたか」

 

 

 

 ジャキッ!

 

「アンネローゼ、こいつ殺して良い?マジで殺して良い!?」

 

 怒髪天を突く。

 

 女が見せるべきではない形相で斧片手に訊くミチコにアンネローゼは待ったをかけた。

 

「やめときなさい。何時ぞやのように縛られるわよ?」

 

「クッ!」

 

 非常に悔しそうな表情になるミチコと、愉悦の笑みを浮かべる男。二人の間にある埋められぬ差が良く分かる光景である。

 

「飯は食っていくか?必要ならばシェンフーに作らせるが?」

 

「要らないわ、他にも依頼あるし、これからすぐに行かないといけないから」

 

「そうか」

 

「ざまぁ見なさい強姦男!アンネローゼを食事に誘うなんて百年早いのよ!」

 

「あ、私つい最近誘いに乗って一緒に食べたわ」

 

「!!??」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 アンネローゼ達はアジトを後にした。時間はそれほど経っておらず、まだ誰も起きる気配は無い。つまり、暇になってしまったということだ。

 

「散歩でもするか」

 

 時間も体力も有り余っている。暇を持て余した男は、アジトの外へ出ることにする。未だ昇り切っていない太陽の光が眩く男を照らす、それに目を細めながら、一度背伸びをする。

 

「ふぅ………行くか」

 

 行くアテもなくテクテクと歩くのは久しぶりだ。東京キングダム外周部に位置するアミダハラは相変わらず廃棄された都市らしく、手入れもされていないマンションや永久に完遂されぬトンネルの前に工事中の看板が空しく置かれているなど、人の営みを感じさせない場所だが、はっきり言ってここは東京キングダムよりも殺気に満ち溢れている。

 

「………」

 

 そんな中で別段警戒した様子すら見せず、まるで鼻歌でも歌いそうなほどに軽快な足取りは、まるで襲ってくれでも言っていそうな程に『隙だらけ』だった。

 

「つまらんなぁ」

 

 ブラックとの戦いからまだ一日も経っていないが、情報はこの世界にとって命綱だ。小動物のように敏感な危機察知能力が劣るものから死んでいく。それでいて繊細にして正確なモノ程、命を拾う。

 

 黄金の男の力はアミダハラに住むものであれば誰もが知っている。中には眉唾だと、噂に尾ひれが付いていると思う者も居ることはさもありなん。

 

 だが、あえて訊こう。男は昨夜何をやっただろうか?

 

 男の呟きは、それを意味していた。男が物理的な概念を持ちかねないほどに放たれる覇気を感じると同時に、彼を中心に半径数百メートル以内の生き物は人魔を問わず去った。

 

 それは、隙を伺い続ける者たちが男を狙おうとする者が居なくなってしまったことに他ならない。

 

 むべなるかな。東京キングダムに居る者ならば知っている。この小さな島の絶対的王者とも呼べる存在、ブラックに真正面から剣を突き立て、ノマド本拠地を一時的にとはいえ機能を麻痺させた張本人なのだから。

 

 二人にとってお遊びとも呼べるこの戦いは、周りの人間からすれば戦争が起きた方がましと思えるほどに凄惨な被害を周りに及ぼすのだからだ。

 

 あの戦いはたった半日すらも無い時間だったが、ある建物は一刀両断され、ある建物は強靭な糸のようなものが付着して使い物にならず、ある建物は地面に陥没して倒壊、腐食しているものもあり、それらは東京キングダム中心部を主として被害が出ていた。

 

 男にとってどれの被害も張本人に心当たりがあったが、そもそもの原因はこの男である。

 

 なにはともあれ、今闇の世界で噂される危険な人物というものをランキングで例えるならば、男はブラックを凌ぎかねない危険人物として挙げられているのである。

 

 触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。身の程を知っている者も力あるものも、男が出歩けばすぐに身を潜める。

 

「暇だな」

 

 自分を殺そうとする輩がめっきり減ってしまったのは、男にも少ない損失だ。手を出してくる度胸のある人間を自ら選定し、あわよくば勧誘する。

 

 人材探しもまた男にとって最高の暇つぶしの一つなのだ。

 

「む」

 

 ふと、男は立ち止まる。人材探しで思い出したのだ。

 

 リーアルが経営する奴隷娼館“アンダーエデン”。そこで雇われで護衛をしているキシリア・オズワルド。未だ行方知れずのエンシェイ。この二人の勧誘をしなければならなかった。

 

 本来であればブラックと戦う前に揃えておきたかった人材だが、今が逆にチャンスだということも男は考えていた。

 

 ダンッッッ!!

 

 男は高く跳躍する。

 

 並び立つ高層ビルすらも飛び越え、視線の先にあるのは、昨夜の戦場、アリーナ表層にある、高層ビルが倒壊した地点。

 

「すぐに取り掛かれ!ブラック様の救助は一刻も争う!我らノマドの一員として、否、魔族としての誇りを見せるのだ!」

 

 

  ““ハッ!””

 

 その近辺には多くの重機が囲むようにがれきの撤去作業を行っていた。ノマドの構成員である人間と魔族が共同で作業を行い、それをイングリッドが指示しているのが見えた。

 

 普段は見れない作業服に身を包み、『安全第一』と書かれた黄色のヘルメットが小麦色の肌と合わせて妙に似合っている。一体何処から用意したのか、はたまた流石ノマドと言うべきか。繋がっているパイプは多岐に渡っているようだ。

 

 跳躍した時とは違い、着地は羽毛のように軽やかに地に足を着けると、男はうむ、と満足げにうなずいた。

 

「イングリッドは生きていたか。しかももう治癒を終わらせていたか」

 

 彼女との昨夜の戦い。あの時男はイングリッドと戦う上で意識していたのは、力を測ることだった。剣で打ち合いながらも、その剣を通して彼はイングリッドにあるものを送り込んでいた。

 

 そして最後の拳。

 

 イングリッドを気絶に追いやったあの拳を含めて、込められていたのは、指向性を持たせた男の魔族としての混じりっ気なしの純粋な魔力。

 

 それは彼女の潜在的エネルギーを刺激し、マッサージをするように少しずつ解していく。本来ならば歳月を重ねなければならないソレだが、今のイングリッドは少しエネルギーを解放されただけで動けるほどにまで回復できていた。

 

「ブラックめ、良い人材を手に入れたな」

 

 改めて男は思う。力の差はあれど、彼女の忠誠心はシェンフーと比べて勝るとも劣らぬが―――

 

「それ故に惜しいな」

 

 その想いが本人に届くかどうか、その結果は、神のみぞ知る。

 

「で?」

 

 男は振り返る。

 

「貴様は何時まで俺を見ているつもりだ?」

 

 自分をはるか遠くから見張る小さな蟲、ワスプを男は視線の先に捉える。見つかったと知り、すぐさま逃げはじめるワスプに、見えない何かが巻き付く。

 

「まぁ、待て待て。取って喰ったりはせぬ」

 

 引き寄せ、己が手に収めると、頭部辺りに付いていたカメラに顔を近づける。

 

「ほぉ、脳に直結させるタイプか。命令を出して動かせると同時に撮影も出来るとは中々の性能だな」

 

 ギィギィと金切り声を上げるワスプからカメラを脳ごと引っこ抜き、すぐさま懐へしまう。

 

「自爆させられては叶わん。こいつは出歯亀の代金としてもらっていくぞ」

 

 ダメ元だが、このカメラを調べれば技術の他にも情報の送受信の出所も分かるかもしれない。ワスプを操る相手が存外扱いやすかったというのもあるが、容易すぎて逆に肩透かしを食らった気分だ。

 

「まぁ、良かろう」

 

 現状の確認も出来たが、思わぬ収穫も手に入った。それに時間も良い頃合いだ。男は一度帰路へと着くのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 井河姉妹を除いた全員が起床する。シェンフーが二人の身体を診たが、ただの過労であり、このまま寝かせておくべきだという判断が下された。

 

 少々食卓が狭苦しくなってきたのを感じた男は、近いうちにさらに大きなテーブルも用意するべきか、と考えていた。そんな中、対魔忍である篠原まりはあたりを見渡す。

 

 妖狐として先祖返りし、男の精気を吸い過ぎて勢い余って九尾となった天華、ドラゴンハーフであるティア、狐の大妖シェンフー、そして黄金の男、人外魔境と言っても過言ではないこの食卓の場、出された食事に舌太鼓を打ちたいが、尋常ならざる場のプレッシャーに箸を落として注目を集めてしまった時など、心臓が潰れてしまいそうだった。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「う、うん。だだだ、だ、だひじょうぶぶぶ」

 

(あ、重症だ)

 

 まぁ、そうなるな。

 

 期待通りな反応に、一人愉悦に浸る男がいるなど知る由もないだろう。とにかく今この場を脱したいという思いでいっぱいになっているのは桃子でもわかった。

 

「ねぇ、桃子、そっちの先輩、大丈夫?凄くガチガチに固まってるけど」

 

「ええっと、あはは、多分、大丈夫です」

 

 天華の言葉に桃子は曖昧に返すことしかできない。

 

「桃子ちゃんは、す、凄いね。よく普通に話せるよね」

 

「まぁ、私も先輩みたいになってましたから。慣れです。慣れ」

 

 最初からそうだった気がするが、とは言わぬが華か。不意にティアが三人のやり取りを見つつ、天華の身体に微妙な変化が有ったことに気付く。

 

「天華、額の紋様はどうしたの?」

 

「え?えっと………ごめん、ティア、さんで良いんだっけ?私、まだ新参だから」

 

「ええ、構わないわ。それで、その額の紋様はどうしたのかしら?」

 

「朝起きたら消えてたんだ。これって力が完全に身体に馴染んだ………ってことで良いんだよね?お兄さん」

 

「その通りだ。正直驚いているぞ。経った二日で力をモノにするとはな」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

 照れ笑いをしながらも誇らしげに胸を張る天華。いつもと変わらぬ様子ではあるが、その身体に内包している力は凄まじいの一言に尽きる。力が完全に馴染み、安定したおかげで、余分なエネルギーを出す必要は無くなり、代わりに魔族としての迫力はシェンフーに迫ろうとしている。

 

「ですが、使いこなせなければ意味がありません。そうですね、一年、と言ったところでしょうか」

 

 シェンフーが茶碗に新たなご飯を乗せながら言う。

 

 一年。果たしてそれはどんな意味なのだろうか。首を傾げる天華にシェンフーはクスッ、と妖艶な笑みを浮かべる。口元だけを覗かせた仮面の下はどうなっているのか、天華は知りたいとは思わなかった。何故ならば、その笑みを見た瞬間、背筋を寒気が走ったからだ。

 

「その力をご主人様の為に役立てるよう、私が直々に教えてあげましょう」

 

「お兄さんヘルプ!」

 

 最初に取った行動は最も力の強い主に助けを求めることだった。天華の目じりに涙が溜まっていることから相当怖かったのだろう。

 

「主人命令だ。諦めろ」

 

「無慈悲………!圧倒的無慈悲………!」

 

 意味深げにウフフフ、と笑うシェンフーとひえぇぇぇ、と怯える天華。一見すればちょっとした面白おかしな日常の風景に思えるだろうが、まりからしてみれば敵の勢力が着々と力を蓄えている光景にしか見えない。

 

「篠原まり」

 

「は、はい!」

 

 突然名前を呼ばれたことに身を強張らせる彼女に、男は怪訝な表情を向ける。

 

「怖がるなとは言わんが、早めに慣れた方が良いぞ?貴様とは今後とも長い付き合いになるだろうからな」

 

「はい?あ、あの。それってどういうことですか?」

 

「後で部屋に来い。そしたら教えてやる」

 

 部屋に来い。自室と二人っきりになる光景を想像した瞬間、まりの身体に電流が走った。

 

「!?ま、まさか!私を手籠めにして対魔忍の内部事情を把握しようと」

 

「む、そういえばそんな手があったな。うっかり失念していた」

 

「まさかの藪蛇!?」

 

「ククク、思い立ったが吉日だな。ティア、シェンフー、抑えろ」

 

「ええ」

 

「御意」

 

 一瞬で彼女の背後に回った二人が、両腕を抑えつける。両足にはティアが作り出した腕の幻影が掴んでおり、決して放すまいとしている。

 

「フフフフ、篠原まりよ、貴様は正しく俎板の鯉。俺に思わぬアドバイスを与えた貴様の失策よ」

 

「い、いやぁぁぁ!犯されるぅぅぅぅ!」

 

「ふっはっはっはっはっは!大人しくしているがいい!さすればその身を傷つけずに天にも昇るいい気持ちにしてやろう!」

 

 身じろぎをする篠原まりの視線は愛すべき後輩である桃子に留まった。

 

「も、桃子ちゃん!助けて!私穢されちゃうのぉぉ!」

 

「ごめんなさい先輩、私、もうご主人様の物だから。でも、先輩、どうなっても私は一緒にいてあげますから」

 

「そ、そんな~~~~!?」

 

「ククハハハハ!さあ!年貢納め時ぞ!篠原まり!」

 

「ううううううううううう!」

 

 男の手が彼女の頭に伸びる。己に降りかかるであろう最悪の光景を想像し、ギュッ、と目を閉じるまり。目じりに悔し涙を溜め、なにも出来ぬ無力な自分を呪った。

 

「………………」

 

 5秒経った。

 

「………………」

 

 10秒経った。

 

「……………ぅ?」

 

 怪訝に思い、片目を開けた瞬間。

 

 ビコンッ!

 

「ふぁいた!?」

 

 男のデコピンが彼女の額を襲った。

 

「戯け。山本信繁とこうやって秘密裏の同盟を結んだのだ。関係を揺るがすようなことをやって俺にメリットが無いことなぞ、簡単に解るであろう」

 

「そ、それもそうですけど、目が本気でした」

 

 シェンフーとティアが篠原まりを解放する。彼女はジンジンと痛む額を抑えながら涙を溜めて上目遣いでこちらを睨み付けてきた。

 

「………なにもしませんよね?」

 

「するか馬鹿者。話をするだけだ。そんなに怖いなら桃子を連れてこい。臆病者」

 

「なっ!?」

 

 ごちそうさま、と食器を片付ける男に、私がやります、とシェンフーが続く。話は終わりだと言わんばかりに踵を返す男の背中に向けて色々と物申してやりたかったが、やめた。

 

(へ~~~~、へ~~~~~~~。そんなこと言うんですかぁ~~)

 

 代わりに胸の内から湧き上がったのは、男に絶対にギャフンと言わせてやると言うささやかな復讐心。

 

(良いでしょう!絶対に一人で行ってやります!)

 

 人知れずチャレンジャーよろしく情熱の炎を燃やす篠原まりであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 朝食後、篠原まりは即行で男の部屋へと向かった。ノックもしないで突然入って驚かせてやろう。驚いた顔を見て笑ってやる。勢いよくドアノブを回して突撃してやろうとした瞬間。

 

「篠原まりか、入れ」

 

「!?」

 

 ドア越しに男の声が届く。

 

 先手を打たれた。相手は既に自分の動きを読んでいたのだ。男の掌の上で踊らされてるような感覚に歯噛みしながらも、まりは扉を潜った。

 

『ふむ、来たか』

 

「え?や、山本所長!?」

 

 部屋の中央、男の座っているテーブルには何時ぞやの最新の通信端末が置かれており、そこには初老の男性山本信繁が映されていた。

 

「ど、どうして所長がここに?」

 

『そんなことはどうでもいい。あまり時間をかけるわけにもいかんのでな。単刀直入に言おう。篠原まり、貴様に私個人の極秘任務を言い渡したい』

 

「極秘、ですか?」

 

『そうだ。これは私とツクモ、この男以外には誰にも知られてはならぬことだ。例えアサギに命令されようとも誰にも決して話すな。良いな?』

 

「は、はっ!了解です!」

 

 有無を言わさぬ希薄に気圧されながらも敬礼の姿勢を取る篠原まりに、山本信繁が頷く。

 

『結構。ならば篠原まり、改めて貴様に命令を言い渡す。貴様はこれよりこの男と私との連絡係に任命する。書類は追って送るが、くれぐれも注意しろ。詳細や質問はこの男から聞け。良いな?』

 

「了解です!」

 

 言いたいだけ言うと、山本は早々に通信を切った。長話をする間柄でもないしどこに目と耳があるかわかったものではないため、彼のやり方に言うところはない。

 

「さて、何か質問はあるか?」

 

「取り敢えずひとこと言わせてください」

 

「なんだ?」

 

「知ってて私に通信の内容を聞かせましたね!?」

 

 篠原まりを保護したあの日、通信機器を使って男は山本信繁と秘密裏の同盟を結んだ。口約束ではあるが、その会話の内容は録音されている。そして、その目撃者、つまり篠原まりがその場には居た。

 

 傍受されやすい通信機器でやり取りをするのにも限界がある。クッションとして連絡の渡し掛かりが必要になるのは自明。そこで白羽の矢が立ったのが会話の内容を聞いていた篠原まりである。

 

 纏めると、男が言った長い付き合いとはこういうことである。男と山本信繁を行ったり来たりするようになり、嫌と言うほど顔を合わせることになるのだ。

 

 ガルルルル、と威嚇する篠原まりに対し、男は清々しいほどの良い笑顔を返した。

 

「会話の内容、状況の把握が出来なかったお前が悪い。忍びとしては致命的だな」

 

「く………ぅ」

 

 事前に重要な話を聞かせないために人払いをするべきだったが、あえてしなかったのは男が篠原まりを自分のモノにするためのちょっとした策略でもあった。顔を合わせる機会が増えればそれだけ自分のモノにする機会も増えるということ。

 

「まぁ、貴様にとっても悪い話ではない。愛しの後輩の様子は見れる、働きぶりによってはボーナスとして何らかの報酬をくれてやることも考えんでもない」

 

「なら、桃子ちゃんを帰してください。桃子ちゃんは此処に居ると言っていますが、それでも、対魔忍として帰らせるべきです」

 

「却下だ」

 

「っ………何故!」

 

「それはお前の本心ではないからだ」

 

「何を根拠に!?」

 

「本当は先輩として、後輩の将来への道を閉ざすのが嫌なのだろう?」

 

「―――――」

 

 その言葉は、投擲された槍のように深々とまりの心へと入っていった。今まで出来るだけ見ようとせず目を逸らしてきた黄金の瞳に、全身を捉えられ、心の奥底まで見透かされているような気分になる。

 

「俺に嘘は通じん。が、貴様の言いたいことは分かる。桃子が対魔忍の敵になることを危ぶんでいるのだろう?」

 

 事実だ。篠原まりにとって、桃子が黄金の男の下に居ることは、対魔忍の敵としてなってしまう危険性が非常に高いということ。本来ならば対魔忍として危険の芽を摘み、桃子を殺さなければならない。

 

「はい。私は桃子ちゃんを死なせたくないんです」

 

 それだけは何としても避けたい。山本信繁と同盟を結んでいるとはいえ、それが公になることは決してない。その事実を知っているのは自分と男と所長の三人のみ。

 

 今更ながらになって、自分にかかる重圧がどれほどの物かを彼女は思い知った。

 

「……………お願いです。私はどうなっても構いません。だから、桃子ちゃんは桃子ちゃんだけは、危険な目に、会わせないでください」

 

 甘いとは分かっている。でも、妹のように思える桃子に対してだけは、そこまで非情になれる自信がまりには無かった。

 

「……………駄目だ」

 

 一考した末に出た言葉は否定。男の表情はまるで氷のように冷たく、感情の無い瞳で篠原まりを見据えていた。

 

「篠原まり、俺はお前が欲しい。だが、桃子と交換するだけでは足りん。貴様の力、技術、身体は得ても心まではモノにすることができん。自己犠牲を利用して得るなぞ俺のプライドが許さん」

 

 そもそもだ、と前置きをし、男は続ける。

 

「舐めるなよ下郎。あ奴は自らの意思でここに留まった。前園桃子は己が力を高めるために覚悟を決めて此処に居るのだ!」

 

「っ!!!!」

 

 ドォッ!

 

 男から放たれる覇気が風圧となって篠原まりを襲う。その風は正しく烈火の如き怒りを表現するかのように熱く、彼女の肌を撫でつけた。

 

「これ以上前園桃子を………あの娘の覚悟を侮辱することは万死に値すると知れ!」

 

「…………………」

 

 覚悟を侮辱する。そんなことは考えもしなかった。知らず知らずのうちに視線は俯きがちになり、篠原まりは己が身を恥じた。

 

 なんたる体たらくだろうか。先輩として後輩の良き未来を思っての行動が、逆に彼女の将来への道を閉ざしかねなかった行動だったのだ。

 

「だが、貴様の気持ちは分からんでもない」

 

「?」

 

 ふ、と顔を上げると男は片手で顔を覆い、何かを考えるような仕草を取った。眉間にしわを寄せ、さて、どうしたものか、というつぶやきが微かに聞こえた。

 

「篠原まり」

 

「は、はい」

 

 改めて名前を呼ばれた。重苦しそうに、溜まった濁を吐きだすように、男は彼女の名を口にする。

 

「俺は前園桃子を手放したくない。なにせ貪欲でな、一度手に入ったものは手放さん主義だ。だが、同時に所有物の意思を尊重するのも俺のやり方だ。折り合いをつけるのは強敵とやり合うより断然難しい話だ」

 

「?」

 

「お前は前園桃子を対魔忍として五車学園に帰したい。前園桃子は力を得た後対魔忍として復帰したい。幸い、貴様らの望みが合致している。それが遅いか早いかの違いだ。そこでだ」

 

 男はそういうと―――

 

「俺とゲームをしよう。篠原まり。お前が勝てば前園桃子をお前に譲ろう。以降貴様らに干渉もせん、手に入れるための行動の一切を辞めよう」

 

 唇の端を吊り上げ―――

 

「だが、お前が負けたら」

 

 さながら取引を持ち掛ける悪魔のように、篠原まりの前に甘い果実をぶら下げた。

 

「俺のモノになれ」




読み終わってあっ・・・(察し)って思った人。UA数=腕立て伏せな!



それはそれとして読了感謝

ちょっと後進の頻度が下がってるけどもともとタグで不定期更新って書いてるし、別にいいよね。

あんまり愚痴は書きたくないけど、そろそろ篠原まりのエロシーンが書きたい作者です。桃子を交えての3Pがしたいです。せっかくのハーレム築いてるんだから活用しなければ(使命感)

それから、最初はイングリッドの被っているヘルメットに安全第一ではなくブラック様第一と書こうと思ったのは此処だけの話です(爆)




さて、1、2、3、4・・・
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