ホントウニモウシワケナイ <テケリ・リ?
でも、楽しいよ? <テケリ・リー!
ホ ン ト ウ ニ タ ノ シ イ ヨ テ ケ リ ・ リ ?
場面は少し変わる。男がカジノを訪れていた時、別の任務で男の居る世界とは別の世界。そこにティアは居た。
バサッ!とドラゴン特有の血の通った翼で夜空を滑空する。眼下に広がるのは、無機質な灯りが灯る分厚い巨大な壁に囲まれた城下町。
城塞都市とも呼べるその地は、10年前、数多くの古強者たちが集い、来る侵略者を打倒せんと集まった人間の最前線基地、だったもの。今となっては、吸血女帝アサギ率いる魔族が支配する死と退廃、生物の体液が鉄と腐臭と性臭を放つ河となって地下に流れる闇の都市。その凄惨さは、東京キングダムが可愛く見えるほどに秩序が欠落していた。
「酷い匂いね」
魔族が人間を一方的に支配し、奴隷として、いずれ餌となる運命を背負わされた家畜として飼われる。そんな、あまりにも凄惨な閉鎖的な都市を見下ろしての言葉だった。
昼夜問わず凌辱される女たち、子供は薬漬けにされ肉体を改造され、魔族たちの玩具にされていく。助けようとする者は居ない。既にそれが常識となっているからだ。
「………」
そんな光景に顔を顰めながらも、自分の為すべきことを為すために気を引き締める。それが、この無限に続く悲劇の連鎖を止める足がかりとなることを願いながら彼女は翼を羽ばたかせる。
「ふっ………!」
身体を真っ直ぐに、翼を折り畳み、獲物を狙うハヤブサの如く急降下を開始する。平泳ぎをするように翼を一度大きく羽ばたかせ、更にスピードを上げる。空気抵抗を限界までそぎ落とすことで、音速に迫る速度で街へと降下するティア。街の建物の一部の屋根に衝突する直前、パラシュートのように翼を広げ、一度大きく羽ばたく。
突風が街中を突き抜けた。
「これで少しは匂いがマシになるかしら」
体重を感じさせず、羽のように柔らかく着陸したティアがそう言って辺りを見渡すが、そんなわけないか、と独り言ちる。
「ティア」
彼女の背後から男の声が掛かるが、彼女に動揺は無い。
「速い………流石ね」
振り返ったその先には、黒い人影が立っていた。『草』の一人だ。存在そのものが稀薄な彼らだが、それは彼らが身に着けている黒い装束に寄るもの。黄金の男自らが手掛けた隠密に適した装備である。そういえば、『草』も男も自分達も身に着けている服は殆どが黒を基調としているが、あの男は黒が好きなのだろうか………。とティアは何となしに疑問府を浮かべる。
「他の人達は?」
「すぐに来る」
そう言う彼の後ろに2人分の黒い人影がまるで最初から居たかのように現れる。まるで煙が立ち昇るかのように、彼らの移動はティアでさえ知覚は難しい。
「着いて来い。此処では見つかる」
「ええ」
建物から降りて彼らは移動を開始する。灯りに晒されない様、身を低くさせて彼らが行き着いた先にあったのは、何かの倉庫だった。
「此処は?」
「とある魔族が隠れ家にしていた廃倉庫だ。住人はもういない」
「処理は?」
「済ませた。地下室があるからそこで話す」
二人の会話は淡々と、簡潔としており、慣れを感じさせるソレが、彼らの冷徹さを窺わせた。出来るだけ物音を立てず倉庫の地下室へ入り、ようやく一息つけるな、と『草』が地図を広げる。
「都市の見取り図だ。地上の方は10年前とそれほど変わってはいないが―――」
間を置いて地図に丸を付ける。その数は15個。これは?というティアが続きを視線で促す。
「今印をつけた場所は地下に繋がっている。元々は地下水道で、ここの城主や一般人の避難ルートを兼ねていたんだが、奴らはこの十年で地下道の地図を書き換えた。今はそこに15か所、丸を付けた場所の地下に広いフロアが増設されている。フロアを調べてみたが………。………………酷い光景だった」
言いよどむ『草』。
「そのフロアでは何が?」
「口で伝えるより、実際に見た方が良いだろう」
そう言って『草』が懐から出したのはハンディカムのような小型の記録媒体だ。スイッチを押してホロウィンドウを開いた瞬間、記録された映像が再生され、フロア内で起こって居た出来事ありのままをティアに見せた。
「――――――――――――」
愕然した。
驚愕した。
それとも圧倒されたというべきか。
否、どれも適切ではない。
「なに…………これ?」
なんだこれは?
ただ疑問を口にした。脳が、目から入った情報を正しく認識できていなかった。それを理解することに、数秒ほどの時間を要し、再び振出しに戻ってしまう。
なんだこれは?
「我々だけでは判断できない………とにかくこの記録を主様に届けてくれ。引き続き調査を続けるが、嫌な予感がする。早めに対処しなければ、何か恐ろしいことが起こるそんな気がする」
そう言って『草』はティアに手渡す。
「分かったわ。任せて」
『草』の言わんとしていることは何となく分かる。ティアもこの映像から感じる異常さと未知は『草』と同じだった。
「必ず届ける」
決意にも似た言葉で彼女は記録媒体を握りしめる。
―――燃える展開だけどさぁ―――
声が響いた。
―――そういうのって、大抵邪魔が入るよねぇ―――
場違いな声が響いた。この薄暗い限られた空間の中で、水を差すような声が、彼らの鼓膜を震わせた。ズルゥ・・・と闇が盛り上がる。盛り上がりの頂点を突き破って出たのは鋭い爪を持った赤褐色の手。次いで全身が露わになる。
死人のように色素が抜け落ちた髪色、血のように赤い瞳、身に纏っている姿は、服という機能を果たしきれていない裸同然の姿でありながら、支配者然とした様になっている。紅色のマントを身に着け、この世の全てを見下すような視線が魔族としての格の高さを見る者に伝える。
「人間らしい詰めの甘さがさ、如実に表れて笑えるよね~」
まるで日常のなかで会話をするような、そんな気安さを孕んだ言葉で、彼女は現れた。
その容姿は、彼らにとって見覚えがある。侵入者は井河さくらと瓜二つの姿をしていた。だが、人間の井河さくらではない。純粋培養の魔族として生まれた吸血鬼としてのさくら。敵軍のNo.2が目の前にいた。
最悪だ………。
単純に、呆気ないほどシンプルに、今の状況を表す言葉に相応しかった。
「アハッ」
「逃げろォッッッッ!!」
『草』が言葉を発するのと、さくらが攻撃を開始するのは同時だった。
◆◆◆
平凡な男の皮を被った男の正体があのブラックを襲った男であることはすぐに分かった。魔族の女性、シュヴァリエの目には半透明ながら、黄金の男の姿が映っている。………が、それも相当量の魔力で強化された目で見なければ分からない。支配階級の魔族の出としてそれなりに強く、魔力の扱いも上位に喰い込むほどに長けているという自負があったが、そんな自分でさえ、気を抜けば騙されかねない。
「(この男が………あの面白い魂達を集めていた?)」
昨夜、侵入者を掃討する自分を見上げていた『草』たち。彼らの魂は確かに人間の者だったが、性質が違った。人間の魂とは生を受けてから老いて死ぬまで様々な変化を遂げる。生まれたばかりの赤子は小さく、透明で純粋な魂だが、年を経るごとに色は濃く、大きくなり、老人となってもその変化は続いていくものだ。
そして、死んだ魂は輪廻の輪を潜って魂を浄化、リセットされ、また新たな肉の器へと宿る。それが魂の生と死のサイクルだ。
『草』は違った。彼らは幾つもの魂が寄り集まって出来ていた。色も大きさも違うが、根源的なものはすべて同じ。
気が遠くなるほど生きてきたが、今まで見たことがない魂を集めている男が居る。そして、その男が今目の前にいる。
「クス………」
心が躍らぬはずがない。未知というものは恐ろしくもあるが、同時に欲を刺激させる甘い蜜だ。
「ミスシュヴァリエ、どうかなさいましたか?」
「クスクス……いいえ、なんでもありませんわ」
リーアルの言葉に愛想笑いを浮かべるシュヴァリエ。
報告ではこの男が引き連れていた戦力は3桁にも満たなかった。少数精鋭か、それともアレで全ての戦力だったのか。いずれにせよ、興味深い魂達を引き連れている大本が自ら出向いてきた。
まだ見ぬ未知の魂。どんな色をしているのだろうか、形は?大きさは?輝きは?それら全てが謎。美術館のような見世物小屋に置くことすら許されない。正真正銘の宝物。
欲しいおもちゃを見付けた子供のように逸る気持ちをシュヴァリエは抑える。この男の魂は一体どうなっているのだろうか。知りたい、見たい、そして“味わいたい”。ほんの一瞬、シュヴァリエの奥底にある本能が顔を出した。ああ、なんとはしたないことか。
鋼の精神で獣性を抑え込みながら男と対面に座る。
「素敵な豪運をお持ちのようですわね。ミスタ………名前をお伺いしても?」
「クク、『田中雄一』だ」
躊躇うことなく男は名前を口にする。ツクモでも■■■■■でもない、別の名前。自身の身を包む容姿に合うと思える名を男は口にした。
なんて平凡な名前。幾らなんでもあからさま過ぎではないだろうか。
「フフ、では田中様と」
シュヴァリエは楽しげに口角を吊り上げる。男の目を通して見える心象には、まるで揺らぎが見えない。波紋一つない水面のように静かだった。分かってやっているのだ。この男は………。
“……………”
リーアル、キシリアは男とシュヴァリエのやり取りを静観しているが、その他は別だ。更に遠巻きに見つめる大勢の客、賭け事による熱気は冷や水を掛けられたが如く形を潜め、固唾を呑んで見守っていた。
支配階級の魔族、その中でも上位に位置するシュヴァリエは礼儀正しい淑女のように上品な笑みを浮かべているが、その実、放たれているプレッシャーは物理的な力さえ加わりかねない程濃密なものとなっている。戦闘能力を持たず、他のギャラリーよりも近い場所に立っているリーアルならば、なおのことその威圧感を痛いほど感じ取っており、若干ながら冷汗を流している。
「……………」
更に言えば、彼は身体を動かせずにいる。男、田中雄一とシュヴァリエから放たれるプレッシャーがリーアルに足を動かさせない。
「………!」
それだけではない。チラッと見えた日本人独特の黒い瞳に奥に光る黄金の異様さは、まるで金縛りのようにリーアルを縛り付けていた。
「く、くく………」
誰かのほくそ笑む声にハッとしてリーアルが見やる。キシリア・オズワルド。リーアルの一歩前へ出て雇われたものとしての役割を発揮させているように思えるが、その実、その左手にはいつの間にか刀が握られ、今か今かと抜き放たれることを期待で打ち震えている。
戦闘狂としてのキシリア、雇われとしてのプライドを持ったキシリアがせめぎ合っていた。
黄金の男は以前からマークしていたキシリアの本質をいち早く捉え、自らの陣営に加える算段を立てていた。シュヴァリエからは決して目をそらさず、悟られず、感づかれず、シュヴァリエ、そしてキシリアの前に餌をちらつかせる。
全ては己が目的を達成させるために。
キシリアの刀を握る手がカタカタと震えている。恐怖ではなく当然歓喜によるもの。戦闘狂のキライがあることが分かっていたリーアルは視線だけで堪えろ!と訴え続けているが、徐々に目が据わり始めるキシリア。
「(畜生!田中とかいうクソガキめ!何故俺がこんな目に!)」
リーアルは元々商談をして、ある程度ご機嫌を取ったらまた新たな金儲けを行うために場所を関係もないというのに、厄介事に巻き込まれているこの状況。彼に取って実にストレスのたまる場であった。
しかも男から放たれるこの威圧感、先ほどから心臓がバクバク鳴り続けて心臓発作に陥りそうになっている。今までにない強者を感じさせるそれはキシリアから見れば極上の餌そのもの。実に胃の痛い話だ。
「田中様、次の賭けは何になさいますか?」
「うん?……ああそうさな」
そういえば、まだ賭けの最中であった。と男は内心呟く。
「彼の有名なシュヴァリエと見えたのだ。これを最後にしよう。当然全部だ」
どよめきに周囲が湧きたつ。何のためらいもなくこれまで積み重ねてきた全てのチップをつぎ込む。これで勝てば最悪この店の全資産を手に入れてしまいかねない程の量のチップだ。シュヴァリエの反応は芝居がかったように驚愕の表情を露にする。
「まぁ、何と剛毅な殿方。このままカモにされてしまったはオーナーたるシュヴァリエの名折れ。ならば、この最後の大勝負。このシュヴァリエ自らがお相手いたします。ゲームの内容はそちらが決めても構いませんわ」
「ならば、単純にポーカーでやろう。三回勝負だ。俺は一回勝負するごとに全てのチップを賭ける。負ければ当然チップ全てがそちらに行く。だが、チップがあろうと無かろうと、ゲームは次の局面に移る。つまり、もし俺が一回目に負ければ二回目はそのチップ分借金をするということ。どうだ?」
「それは良い提案。ならばシュヴァリエは、貴方がシュヴァリエに勝ったら今晩、付き合ってあげても良くてよ?」
ザワッ!
この言葉を聞いて、周りはどう捉えるだろうか。自分の身体を賭ける。如何様にしても良いとも取れる妖艶さを匂わせる賭けの内容に再度周りがどよめいた。
さて、それを紳士的に捉えるならば食事のお誘いだが、生憎此処はそんなお上品な理屈は通らない。
「ご心配なさらず………。当方、お客様に対して生殺しは好みではありませんわ。当然、このシュヴァリエの美肉足先から髪の毛一本足らず、堪能しても良いということですわ」
それを裏付けるかのようにシュヴァリエが言う。男の身からすればワンナイトラブのお誘いは中々に魅力的な提案だ。
「………ふむ」
シェンフーを見やる。
「……………」
彼女の顔は平静を装っているが、その目は嫉妬の炎を滾らせている。闇が入る隙間もないほど燃やしてやろうかなどと考えているのだろう。心の中で貴婦人のようにキーーーッ!と奇声を上げながらハンカチを噛んでいることだろう。
「良いだろう―――」
「ッ!!?」
だが黄金の男、これをあえてスルー。指を動かし、テーブルの上で山のように積まれているチップ、その三分の一を残し、残りを別のテーブルに置く。
「―――ッと言いたいところだが、オーナーシュヴァリエ。それだけでは足りぬ。それでは一回分のゲームにしかならん」
「………どういう意味でしょう?」
解せない。笑みを浮かべたままシュヴァリエが問いかける。
「貴様と一晩寝る。それは善い、実に良い提案だ。だが、それでは今テーブルに置かれているチップ、つまりゲーム一回分にしかならん」
「………………このシュヴァリエの肉の価値は、その積まれたチップ程度の価値しかないと?」
「その通りだ」
迷いもなく、感情を漏らすことなく、淡々と男が言う。目に見えてシュヴァリエの身体にめぐる魔力が活性化を始める。地鳴りすら響いてきそうなくらい濃密な魔力の胎動に周りがショック死してしまいそうになる。
「穏便にことを運ぼうと思いましたが、中々言うではありませんか?」
血気盛んなことだ。大魔族としてのプライド故か、一触即発の雰囲気を醸し出すシュヴァリエに男はまだまだ若いな、と内心笑みを浮かべつつ、続ける。
「チップは所詮チップだ。貴様がこの一回目のゲームに賭けたのは己の肉体というチップ。どのような価値の差があれ、俺が賭けるものと貴様が賭けるもの、今この瞬間は、互いに賭けるモノ全てが等価値だ。ゲームの内容は俺に任せると言ったのだ。まぁ……解釈のすれ違いを理由にゲームを改めたいのならば、別に構わんが?」
“あ、あいつ、あのシュヴァリエになんてことを………!”
“殺されちまうぞ”
ざわめきの中に聞こえる彼らの同様の声に、男は、むしろそれが狙いだ。と無言で以て答える。
「良いでしょう」
シュヴァリエからすれば、美の体現を自負する自分の身体を侮辱されたことは最大の恥辱だ。目を閉じて湧き上がる魔力を御しきると、今までの温和な笑みを浮かべた表情は消え失せ、無となり、目の前のゲームに集中するギャンブラーのソレへと変わった。
「ええ………良いでしょう。」
確認するように、セキュリティシールが貼られたカードをテーブルに置く。
「賭けの内容を変えましょう。一度目はこのカジノの全財産。二度目はカジノの権利書。そして最後に、このシュヴァリエの全てをあげるわ。文字通り全てよ。その代り、貴方も変えてもらうわ、こちらは人生を賭けるのだから、貴方もそれに見合ったものを賭けてもらうわ」
彼女の口調は目に見えて変化した。相手を立てる淑女のような奥ゆかしさは鳴りを潜め、まるで敵に宣戦布告をする決闘者だ。
「ほぉ、大きく出たな。自信満々のようだが、この俺が首を縦に振るう根拠があるのか?」
そう、男の言う通り、ゲームの内容を決めるのは黄金の男だ。シュヴァリエは命令ができる立場ではない。だが、彼女は確信を以て男の問いに対する答えを口にした。
「何の損害も無しにゲームをする。そんなもので貴方は楽しめるの?」
不敵に笑みを浮かべるシュヴァリエ、挑発には挑発で以て返す。相手を怒らせ、ペースを崩し、心理的余裕を削る。彼女の言葉は、ギャンブルとしての駆け引きは既に始まっていると言わんばかりだ。
「――――――く」
男の返答は
「クククククククハハハハハハハハハ」
言わずもがな。
「アハハハハハハハハハハハッッッ!!!!」
二つ返事での了承のみ。色々と計画を練ってきたが、興が乗った。興が乗ってしまった。ならばこの暑苦しいガワなどさっさと脱ぎ去ってしまうとしよう。絡みつく様に纏っている幻術を腕の一振りで脱ぎ去ると同時に、平凡な容姿が黄金へと切り替わった。
“!?”
状況はがらりと変わってしまった。向こう見ずのただの愚か者だった男は、挑戦者となり、次には期待の超新星として酒のさかなになる筈だったが、その正体は最近大騒ぎを起こした恐ろしい魔族だった。
「ご主人様………」
また悪い癖が………と嘆く様に頭を抱えるシェンフーがパチンと指を鳴らすと、動揺でパニックを起こして逃げる直前だったギャラリーの意識を刈り取り、その場にただ立ち尽くす人形のようなものへと変わっていった。
「騒がれるのも面倒なので、構いませんね?」
「相変わらず善い働きだ」
「光栄の極み」
主がベールを脱いだ以上。それを従者が隠す意味は無い。一瞬でシェンフーも幻術を解き、静観していた桃子達も武器は持っていないが、身構える格好になる。が、戦闘には移らない。当然だ。今からやるのはポーカー、ただのゲームだ。だが、己の人生を賭けた狂気の遊び。
「良いだろう。一回目は俺のチップ全て、二回目は向こう百年間の施設運営費全てを受けもってやる。3回目はこの俺そのものを永久に隷属させる権利だ何か意見はあるか?」
「文句なんてあるはずないわ。さぁ始めましょう。今すぐ始めましょう。お互いに賭けるモノは人生そのもの。乗ってくれてありがとう。そしてさようなら異界の支配者。もう後戻りはできないわ」
「この俺を異界の支配者と知って尚その啖呵、善い、許す。良いだろう気に入ったぞ闇使い。この俺とお前は対等。ギャンブラーらしく存分にそのセンスを振るうがいい」
「上から見下ろせるのも今のうちよ。このシュヴァリエに、貴方の闇を全て見させてもらうわ」
トランプの箱に貼られたシールを破る音が戦いの火蓋。今、切って落とされた。
◆◆◆
「オオオオ゛オ゛゛ッ!」
ズバッ!
首が刎ね飛ぶ。間欠泉のように血をまき散らし、ごとりと音を立てて転がる首。
「もう、痛いなぁ………」
首の持ち主は吸血鬼サクラ。自らそれを持ち上げ、傷口を合わせると、見る間に傷は完治した。二桁にまで届くだろう回数の首を刎ね、幾度と心臓と脳を破壊したが、もはや吸血鬼の領分を越えた再生能力を秘めている。
「ちぃッ………」
刃についた血を拭いながら、『草』の筆頭が忌々しげに舌打ちする。
地下室での予期せぬ戦闘。それが始まった瞬間、彼らの行動は早かった。ティアの腕力に任せて『草』たちと共に爆弾の置き土産をして地下室を脱出。隠遁の術で認識を阻害し、全力で城下町から離脱。アジトへ戻るために全速力で羽ばたいた。だが、サクラの吸血鬼としての敏捷性、夜であることと悪い要素が重なった。結果、人類魔族混成軍の領域までの道のり半ばで釘づけにされていた。
ひっきりなしに鳴り響く怒号が遠くから聞こえる。侵入者に激怒した魔族の軍団が此方に向かっている。そう、ここで軍団とサクラが合流した瞬間、彼らの敗北、死だ。
ボゴォッ!!
「ん?」
サクラの足元の地面が盛り上がり、突き出たものがサクラを天高く打ち上げた。その正体は巨大な竜人の拳。ティアが放った攻撃だった。
「ハッ!」
ティアが拳を振りおろすと、どこからともなく現れた竜人の拳がサクラを叩きつけた。そこに短剣が滝のように降り注いだ。
「オンッッ!!」
『草』の一人が印を刻む。短剣が眩い光を放ち、膨大なエネルギーの柱となってサクラを包み込んだ。
「イタタタタ!?アツッ!アツイタ!まさか、これって太陽!?太陽の結界術とかなにそれ怖い!?」
「ダメージはあるが効き目が悪いか………!」
結界に爪を突き立てるサクラを見て『草』が呟く。
「ダメ押しするわ」
サクラの真上に移動したティア、その背中から竜人の巨腕が出現する。握りこぶしを作り、サクラを閉じ込めている結界ごと潰す勢いでラッシュを始める。
「ぐッ!ぅぅうう!?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
逃げ場のない大質量と手数に物を言わせた連続攻撃。腕から伝わる。肉の潰れる感触が吸血鬼への多大なるダメージを教えるが、まったく安心できる要素が無い。
「馬鹿者!ティア!攻撃する暇があったらアジトに向かえ!」
『草』の筆頭がティアを叱責する。
「でも、置いて行けないわ!」
「主様が何のために我らにこの任務を任せたというのだ!我らのことは識っていよう!?構わず往け!」
「いい加減にしなよ」
弩ッッッ!!
魔力が炸裂する。人すら吹き飛びかねない暴風がサクラを中心として吹き荒れた。
「あんた達に会話できる余裕があると思われるのは、ちょっとムカつくなぁ!」
拳の嵐を縫うように肉薄してくるサクラにティアは自らの拳を叩きこむ。人外の腕力がサクラの心臓を貫くが―――
「無駄だよ無駄無駄ぁ!」
それは苦し紛れの抵抗にしかならない。
「ガヒュッ!?」
舞い上がる土煙を切り裂き、ティアの首を折らんばかりの強烈な握力で掴むサクラ。魔力の炸裂で一瞬弱まったラッシュの勢いを、サクラは見逃さない。
「そろそろ飽きたし、死になよ」
「ッ!」
メキッ!と嫌な音が首からなった瞬間。
「噴ッ!!」
サクラの腕が斬り飛ばされた。行動を起こしたのはサクラだけではない。『草』の筆頭。彼だけがサクラのスピードを目で追っていた。
「行け!情報を持ち帰るのが貴様の仕事だ!」
返す刀で勢いの乗ったソバットがティアを蹴り飛ばす。
「グゥッ!」
吹き飛ばされるティアをもう一人の『草』が受け止め、印を組み始める。
「案ずるな!行け!」
手をかざしているもう一人の『草』がそう言う。彼の掌が熱を帯び始め、それがティアを包み込むと、彼女の姿は虚空へと消えていった。
「やっば!?お姉さまに怒られる………!」
やだ、私の慢心………痛手すぎ。と口元を抑えて冷汗を浮かべるサクラ。ふざけた動きを見せる彼女だが、裏腹に怒気と殺意の混じった魔力を漲らせる。
「取り敢えずお前らは殺すから」
「ほざくな吸血鬼!」
「我らは500年前から既に死兵!」
「覚悟など既に完了している!」
「あっそう、なら死になよ!」
3対1000の軍団。ただティアが逃げ切る時間を稼ぐためだけに、彼らは武器を握りなおして構えるのだった。
追伸、桃子は今回出番がないんだ。すまんな。読者の諸君