彼は戻ることのないものを失った。
どちらも、お前が奪った
そう呟いて、彼女はベッドより体を起こす。
寝ていた自分の顔の隣に置いていた、銀色のプログライズキー。
正面には狼の遺沢がこされている。
砂狼シロコはキーを大事そうに抱え、頬を綻ばせる。
そして________________
「う“え“っ......っ......あ“ぁ......せん......っ......ぱい......」
吐き気を堪えながら、嗚咽を漏らす。目の前で散った血飛沫が、どうしても記憶から離れてくれない。
「......っ......すぅー........はぁーー......」
アルトが最期に着ていたコートを鼻梁に押し付ける。当然、左胸には穴が空いている。
そうして彼の血と、シロコの涙の匂いが鼻腔を通る。
「っ......ん......先輩......」
ようやく落ち着きを取り戻し、吐き気を忘れる。
まるで自分と想い人が混ざったような香りに、シロコは少し陶酔する。
「ふーっ......顔洗おう......」
涙と血片で汚れた顔をシロコは水で洗い流す。
もちろんスキンケアは欠かさない。肌が荒れてしまっては、スキンケアを教えてくれた先輩に申し訳ない
「......今日もよろしくね、先輩」
血がこびり付いた厚手のコートを、シロコは羽織る。
黒色のドレスのど真ん中に開いている胸の露出が一気になくなり、一気にシックさが醸し出される。
サイズは少し合わないが、身長が高くなってくれたお陰で若干は見えるようにはなった。
銃は持たない。
シロコは銃を仕舞った箱を見ないようにする。
絶対に視界にすら入れない。彼の命を奪う原因を作ったあの銃を。
その代わりに、シロコはハンドガンを装備する。
グロックのような、装飾も何もない無骨なハンドガン。
いつの日か先生に向けて、原本の方のシッテムの箱を破壊したハンドガン。
でも、先輩と違って今先生とアロナは生きている。
「......その分は、まだマシかな」
弾倉を取り出し、スライドを動かす。
異常なし。問題なく今日も使えるだろう。
まぁ、方舟の中じゃ使わないだろうけど
シロコは今日も部屋に閉じ籠る。
「メイクは......いいか。」
見せる人も居ない。する理由もないだろう。
そのまま再びベッドに横になる。結局準備したのに、今回も使わなかった。
閉じこもって、何もできない自分に嫌気が刺す。
先輩がたくさん教えてくれた料理も、結局しなかった。
「......すん......すん......はぁぁ.........」
また、コートを嗅ぐ。鉄の匂いの奥に、ほのかに香る純粋な先輩の匂い。
「ふっ......ん.....っ..........せんぱい.........っ......」
いつの間にかコートの腕部分を噛んでいた。口の中いっぱいに鉄の味が広まり、不明の多幸感がシロコを包む。
「_____っ.........ぁ.........ん.........ふっ.......はぁ.......はぁっ.........」
ビクっ、とシロコの体が震えた。
グッタリと脱力し、息を荒げるシロコは虚な目で自分ごとコートを抱きしめる。
「.........先輩.........」
そのままシロコは昨日と同じように眠りに着く。
2度と埋まらない、心を慰めながら。
彼女は、正しくは奪った側ではない。
彼女もまた、奪われた『子供』の一人である。
そのコート捨てた方がいいんじゃない?汚いよ。
ほら、なんか濡れてるもん。お母さん捨てとくからね。