世界最強の魔女、無様敗北の末に敵国に捕まって魔女裁判で有罪になる。残りの人生は苗床として一生子宮を使われ続けるようです。 作:破戒僧
『黒の女王』マリーローズが帝国の手に落ち、『苗床』になってしまってから……11年。
不老不死となった皇帝は、その野望である世界征服へ向けて、ついに本格的に動き出そうとしていた。
最高の『苗床』であるマリーこそ処分してしまったが、それまでの10年間にマリーが産んでいた戦力達は、『魔法兵士』も『軍用魔獣』も、どれも破格の性能を持ち、その全てについて、実践投入する準備が整っていた。
それまでしつこく、諦め悪く抵抗し続けていた小国共をまずは片付ける。その国々の指導者たちを残らず処刑し、国民は奴隷にし、土地は全て国策のための用地として、帝国の国力を引き上げる。
そして引き上げた国力をさらに戦力に変え、また次の目標を食い破り、潰していく。
最終的には、最大の敵である『王国』と『連邦』をも倒し、さらに長年邪魔をしてきていた『スカイクラッド』の魔女達も残らず捕まえて『苗床』にする。そうして全ての障害を取り去った後には、残った小国や反抗的な地域を1つ1つ丁寧に潰していき、支配を盤石にする。
そうして世界を征服し、帝国は世界そのものと同義になる。そして皇帝たる自分は、この永遠の命を持って、永遠に世界の頂点に立ち続けるのだ。
皇帝は、そう信じて疑わなかった。
そして今こそ、その華々しいサクセスストーリーが幕を開けるのだと……そう思っていた。
……思っていた、のだが。
「なぜ……なぜ、だ……なぜ、こんなことに……!?」
皇帝は、今……絶望していた。
燃えている。
帝都の街並みが。
燃えている。
これから世界に踏み出すはずだった、無敵の軍勢が。
10年かけてそろえた、『黒の女王』の胎から生まれた屈強な兵士や魔獣たちが。
燃えている。
自らの力の象徴だった、豪華絢爛たる宮殿が。この先の世界の中心になるはずだった居城が。
そして、その……燃えて崩れて、ただの瓦礫の山になりつつある宮殿の中心で……皇帝は今まさに、最期の時を迎えようとしていた。
彼女を取り囲むのは、『スカイクラッド』の魔女……その精鋭達。
自ら出陣してきた、当代の盟主……『金の淑女』クレアと、その側近たる魔女達。
10年前はまだ見習いだった……しかし今や、クレアや他の幹部たちの信認を得て、『幹部』格にその地位を進め、次世代を担っていく俊英として期待されている魔女、ロゼッタ。
秘薬の副作用によって一度、力を失いつつも、それを取り戻し、雪辱に燃える2人……イザベラとアリシア。
その2人と共に、自らの敗北から始まった屈辱の10年に、そしてこれから始まろうとしていた帝国の暴虐に終焉をもたらすべく舞い降りた……『黒の女王』マリーローズ。
そして、そのマリーに並び立つ形で、帝国皇帝に剣を突き付けている……金髪の幼い魔女。
ここにいるはずのない者達がいた。
もう終わったはずの者達がいた。
知りもしない者達がいた。
何なんだこいつらは。なぜ俺は追い詰められている。
悪い夢だ。これは何かの間違いだ。これから俺は、帝国は、華々しい道のりを歩んでいくはずなのだ。
そんな思考がぐるぐると皇帝の頭の中で回っているが……現実は変わらない。
今自分は、『秘薬』によって無敵の力を得たはずの自分とすら……同等かそれ以上の力を持つ魔女達に周囲を取り囲まれている。
逃げ道は……ない。
打つ手も……ない。
「あなたの覇道はここで終わりです。愚かな皇帝……せめて最後くらい、潔く散りなさい」
「クリスティーナ……貴様ぁ! 裏切ったかぁ!」
マリーに並び立っている、金髪の魔女……否、帝国軍の『調整魔法兵士』にして、王国の王家の血を受け継いでいる機密たる存在。
自分の手ごまの一つであったはずが、今こうして、『母親』であるマリーローズと共に自分に刃を向けている事実を認められず……顔を真っ赤にして皇帝は叫んだ。
☆☆☆
1年前。
すなわち、マリー捕縛から数えて10年後。
より正確に言えば……マリーの
底が見えないほど深く掘られた穴に、マリーを入れた棺が下ろされた時……穴の底に、実は既に隠れていて、待ち受けている者がいた。
その名はクリスティーナ。
帝国の『調整魔法兵士』の1人――まだ教育・訓練の最中――であり……約10年前、マリーがクリスハート王子による『種付け』を経て妊娠して産んだ、彼女の娘である。
彼女は当初、『王家の血筋を持つ手駒』を欲したエリザベート達によって、クリスハート王子から血筋を盗みつつ、マリーの魔力を受け継いだ『戦力』としても運用する目的で作られた。
そして、他の魔法兵士と同様に洗脳教育を施され、帝国に忠実な駒となるはずだったのだが……その想定は、クリスティーナが生まれて早々に覆されることとなった。
『聞こえているか、我が孫よ。帝国のバカ共の洗脳なんぞに耳を貸しておらんだろうな?』
『もちろんです、おばあ様。今日もクリスティーナに、色々なことを教えてください』
はるか遠く離れた『スカイクラッド』本部にいる……マリーの母親、すなわちクリスティーナにとっての祖母であるマリアンヌから、数千数万キロの距離を超えてテレパシーが日夜届いていて……彼女によって、必要な教育や情報の全てを施されていたからだ。
マリアンヌは、血のつながりを使った特殊な魔法によって、マリーの状態も、彼女が産んだ自分の『孫』にあたる存在達を把握していた。
しかし、魔獣は論外として……調整魔法兵士も、遺伝子からいじくられており、生れた段階でどこか壊れていてまともではなかったため、期待はできないとして放置していた。
クリスティーナだけが……心身ともに健康で、マリーの力もまともに受け継いで生まれて来ていた。帝国による教育こそ行われ始めていたが、その精神はまだまだまともであったため……マリアンヌはクリスティーナにテレパシーを繋ぎ、教育を始めた。
クリスティーナは、自分に何の自由も認めず、帝国をあがめることしか教えようとしない教育官達よりも、姿こそ見えないが自分に優しい言葉をかけてくれて、色々なことを教えてくれる……そして、魔法を通して、なんとなく、自分と本当に血のつながりがあると感じられるマリアンヌの方を信用した。
彼女の教育によって、クリスティーナは洗脳教育の影響を受けることなく成長し……帝国の懐の中にいながらにして、マリアンヌ達『スカイクラッド』の味方として育った。
魔法も、帝国の教育に加えて……マリアンヌによる、『スカイクラッド』仕込みの訓練法で、帝国では教わらないような便利で強力な魔法をいくつも習得した。
そして、あの日。
『透明化』や『浮遊』、その他の魔法を駆使して、マリーの埋葬現場に忍び込んだクリスティーナは、棺に入れられて下りて来たマリーを、穴の底で救出した。流し込まれてくるセメントは障壁でせき止め……エリザベート達が上からいなくなった後、穴掘りの魔法でトンネルをつくり、脱出。
ついでにではないが、途中で地下牢に放置されていた2人……イザベラとアリシアも救出した。
彼女達をそのまま連れ出しただけでは怪しまれてしまうので、細工をした。
適当な兵士を2人、拉致してきて……マリアンヌ直伝の魔法(禁呪)で、兵士達の体をイザベラとアリシアのそれに作り替えた。その際、副作用ないし魔法自体の負荷で兵士達の心は壊れ、意思表示すらできない生ける屍状態になった。
仕上げに、その状態の兵士2人に、マリーの母乳を飲ませて不老不死にした。そして、身代わりとして牢屋に放置してきた。
その2人……偽イザベラと偽アリシアは、それ以降、子供を妊娠することも母乳を出すこともできなくなったため――形だけ似せただけで人間なのだから当たり前である――『薬の副作用で壊れてしまった』と判断され、用済みとして処分された。
マリー同様、殺せないために生き埋めにして。
そして、救出したマリー、イザベラ、アリシアを連れて、クリスティーナはさらに穴ないしトンネルを掘って……帝都の外まで脱出。
そして、あらかじめそこで待ち合わせていた、マリアンヌ達『スカイクラッド』の魔女に保護され……10年以上ぶりに、救出されることができた。
それら全て、皇帝もエリザベートも、誰も気づかない間に起きていた。
その後、マリー達はスカイクラッドの本部に戻り……マリアンヌによって治療された。
不完全な『秘薬』によって、不老不死と引き換えに力を失ってしまったイザベラとアリシアは、いくつもの魔法薬と魔法の組み合わせでその効果を打ち消した。
2人は不老不死ではなくなったが、力を徐々に回復させ、最終的に取り戻すことができた。
そしてマリー。こちらも、力を失ったわけではないが……強力すぎる『原薬』の影響で体の中が滅茶苦茶になっており、本来の力を出せなくなっていた。
しかしこれも、あっという間にマリアンヌが
これも、血のつながりを利用した、超がつくほど特殊な魔法の1つであり……マリアンヌはその体の中に、マリーの体の本来の形を記録しており、それを元にして、歪んで狂ってしまったマリーの今の体を修復できる。
簡単に言えば、マリアンヌはマリーのバックアップデータなのだ。
パソコンのバックアップ……すなわち、何かあった時用に隔離して保管しておく予備データと同じだ。マリアンヌの体内には、全盛期のマリーの体のデータが保存されている。
マリーは不老不死だが、今回のように、何らかの要因でマリーの体や魔力が変質してしまい、その再生力をもってしても元に戻らなくなってしまうかもしれない。そんな時に、マリアンヌが体内に保管していた『全盛期のマリーのデータ』を再度インストールすることで、体を再構築し、元通りに修復することができる、という仕組みだ。
ゆえにマリアンヌは……いざという時にマリーを完全復活させる切り札となるからこそ、表には出ない。『相談役』として、拠点内部での仕事のみに徹し、外に出ることはないのだ。
無論、今言った通り、超が5~6個つくくらいには特殊かつ高度な魔法である。
力量もそうだが、これはマリーが、肉体が消滅しても、0からそれを再構築できる『不老不死』であるからこそできることだし……データの保管も、マリーとマリアンヌが血縁だからこそできることだった。
そのまましばし。時間をかけてマリー達は力を取り戻し……さらに、反撃のための準備をしていった。
クリスティーナは、そのまま姿をくらませてしまうと帝国に怪しまれるため、一度帝都に戻り……きたる時までは、自分も帝国の尖兵に見せかけて、息をひそめていることにした。
そして、戦力が揃い、計画も用意し、準備が全て整ったところで……『スカイクラッド』の魔女達による奇襲作戦が決行に移された。
逃げる時にクリスティーナが堀ったトンネルを使って、帝都内、それも宮廷の地下に直接進入。一気に行動開始。
準備状態にあった『軍用魔獣』を根こそぎ焼き払い、待機していた『魔法兵士』も全て焼き払って灰にした。
マリーの力を受け継いだ、魔法耐性も高い者達だったが……自分達やマリーが受けた分の苦悩を100倍にして返すと息巻く2人……イザベラとアリシアが本気を出して、取り戻した力を存分に振るい、悲しい運命の魔法兵士達を次々に葬った。
帝国が振りかざすはずだった全てを奪い……後は、最後に残った諸悪の根源を残すのみ。
「認められるか……こんなことを、認めることができるかぁああぁあ!!」
剣を抜いた皇帝は……今まさに、自らの野望が潰えつつあることを認められずに、目の前の魔女達目掛けて斬りかかっていく。
皇帝個人の武力は、鍛錬によって磨き上げられた剣術その他の武術に加え、魔法薬によるドーピングもあり、非常に高い水準に達している。ともすれば、『スカイクラッド』の魔女でも油断はできないであろう程に。
しかし、それがわかっているからこそ……ここには、魔女の精鋭達が一堂に揃っている。
切りかかった先にいたのは……裏切者クリスティーナと、当の昔に処分したはずだったマリーの2人。
その間に割り込んだアリシアが皇帝の剣を受け止め、弾く。
体勢を崩すことなく、すぐさま切り返してアリシアの首を狙う皇帝。しかし……剣は、イザベラがかけた重力魔法により、すさまじい重さになり……とても振るえず、取り落としてしまう。
落ちた剣を拾うこともできず、丸腰になった皇帝を、ロゼッタが衝撃波で吹き飛ばす。
「陛下ぁっ!」
その時、マリー達の丁度背後から……火の海と瓦礫の山を突っ切って来たらしい、エリザベートが現れた。
10年もの間、嗜虐心と復讐心のままにマリーをいたぶり続けてきた彼女だが、やはり皇帝への忠誠心は――洗脳教育によるものだろうが――本物らしい。窮地に陥った主を救うべく、決死の形相で、迷わず死地へ飛び込んでくる。
「この雌豚が……どうやって地の底から這い出て来た!? あんたには、この鞭がお似合いだよっ!!」
そう叫びながら、エリザベートはその手に炎の鞭を作り出し……10年の間に幾度となくふるい、マリーの柔肌を打ち据え焼いたそれを、今再びマリー目掛けて振るおうとする。
が、
「マリー様に近寄るな、この下郎」
パキン、と、乾いた音が響く。
一瞬にして、熱気に満ちていた一帯が……吐く息が白くなるほどの冷気に覆われ……その中心で、エリザベートは全身を氷漬けにされていた。
現盟主・クレアが放った氷結の魔法が、一瞬にして炎を消し、熱を退け、エリザベートを体の芯まで凍り付かせて氷像に変えた。
一瞬にして戦闘不能に追い込まれた、意識すら吹き飛んだエリザベートだが、彼女もまた、不完全ではあるが不老不死の身である。それだけでは殺せないため……クレアはそれをさらに、部下に命じて拘束させた。
この後は連行し、しかるべき『処理』を行うのだろう。
そして、援軍が一瞬にして退場したことで、あらためて孤軍となった皇帝の前に……マリーが進み出る。
「『黒の女王』……何もできずに痛めつけられ、尊厳も何もかも全て奪われて、俺の前で無様をさらした雌豚がぁ……っ!」
「そうね……随分と恥をかかせてもらったわ。思い出しただけで、顔からもお尻からも火が出そうなくらいよ」
聞いていた面々が『お尻?』と首をかしげたが、あの日の『余興』を知っているマリーと皇帝以外は、変わった返し文句だとしか受け取れなかった。
その皇帝も、それを拾い上げて煽る程度の余裕すら最早なく……剣を諦め、魔法の炎を手からだし……それを剣の形にして、マリーに斬りかかる。
しかし、それがマリーに届き、その肌を焼くことはなかった。
マリーがぱちん、と指をならしたその瞬間、上空高くから、落雷が皇帝を打ち抜いて……全身を黒焦げにした。あまりの電圧、ショックの大きさに、崩れ落ちる皇帝。
びくんびくんと震えて動けないその首元に、クリスティーナが、手に持った注射器の針を突きさして……何かを注入した。
「何をっ……!?」
「あなたが飲んだ、『不老不死の秘薬』……その効果を打ち消す解毒剤ですわ」
「げ、解毒剤だと!? バカな、そんなものが……不老不死を奪うだと!? そんなことができるはずが……」
「薬を使って不老不死になったのだから、それを打ち消すことも薬によってできるに決まっているでしょう。自分の力で手にしたわけでもない、身の丈に合わない力など、あっけなく引きはがされてしまってしかるべき……と、おばあ様がおっしゃっていましたわ」
言いながらクリスティーナは、注射針を抜きとり、離れる。
皇帝の首元の刺し傷は……不老不死の力ならば一瞬でふさがるはずの小さな傷は……ふさがらない。わずかずつ程度ではあるが、血が止まらず流れ出続けている。
それだけではなかった。
どうやら今の『解除薬』によって、今まで皇帝が口にしてきた『若返りの秘薬』の効果すらも打ち消されてしまったらしい。皇帝の体から、急速に力が抜けていく。
「お、おぉ……バカな、俺の、おれ、にょ、力が……かりゃ、だ、が……」
筋肉がしぼみ、皮膚が垂れ下がり、しわが寄る。
髪の毛がくすんで白くなり、抜け落ちる。歯が、ぽろぽろと抜ける。ろれつが回らなくなる。
みるみるうちにその姿が、老人のそれになっていく。
外道の薬で退けていた『老い』が一気に押し寄せてきていた。
「もど、せ……俺を……ほへほ……もほ、ひへ、ふへ……」
最早声を出すことすらできなくなり、ふがふがとよくわからない音が口元からこぼれるのみ。助けを求めるように伸ばされた手は、むなしく空を切る。
その腕すらも、すぐに、上がらなくなった。腕の筋肉が、腕自体の重さに負ける。
そのまま、何もできずに、皇帝は目の前が真っ暗になった。
瓦礫の山の上に力なく倒れ……それだけの衝撃で、ぱきり、ぽきり、と、体のあちこちの骨が折れてしまったようだった。
それきり、動かなくなる。
呼吸は、止まっていた。心臓も。
皇帝・レガリア、死亡。享年90歳。老衰であった。
己が永遠に世界の頂点に立つことを目指していた皇帝は、自らに代わりうる『後継ぎ』を邪魔なものとしてしか見ておらず……子供を一人も作っていなかった。
ゆえに、その後を継ぐ者はおらず……高位の貴族達も、宮殿や邸宅ごと魔女達が焼き払ったために、帝国を統べてきたその血筋は、分家傍流すら含めて完全に途絶えた。
世界征服をもくろんた悪の『帝国』は、この日、事実上その歴史に終止符を打つこととなった。
次回、最終回になります。