※この作品はR-18です。

世界最強の魔女、無様敗北の末に敵国に捕まって魔女裁判で有罪になる。残りの人生は苗床として一生子宮を使われ続けるようです。   作:破戒僧

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第3話 王子と魔女

 

 

 ―――10年前。

 

『王国』の領内の辺境、人里離れた山奥にある洋館。

 ここは、『王国』の王族や貴族などによって長年使われている、裏の官邸である。

 

 裏でつながっている貴族同士の談合や、他国の密使を相手にする時など、表沙汰にはできない会合を行うための極秘施設。

 耳聞こえは悪いが、国家を、それも王国ほどの大国を運営していくためには、大なり小なりそういった世渡りが求められる以上、それなりの頻度で出番が訪れる、必須の施設だった。

 

 しかし、今宵、その邸宅で予定されていた極秘の会談を、『帝国』によって察知されてしまい……館は、帝国軍の襲撃を受けていた。

 

 この館は、存在そのものを徹底的に秘匿されているのはもちろんのこと、王国に与する魔女達の手によって、魔法的にも高度に守られている。

 この館にたどり着くためには、館の主……すなわち、王国の国王が用意した『招待状』を持っている必要がある。それを持たない者は、周りの山々にかけられた迷宮のまじないにより、永遠に山の中を迷い続けることになり、館にたどり着くことはできない。館を発見することもできない。

 そして万が一、運よく館にたどり着けたとしても、結界に阻まれ、1歩たりとも入ることができないようになっていた。

 

 ……そのはずだったのだが、どうやったのか帝国は、その守りを破る術を用意したようだった。

 

 

 ―――ギャオオォォオオ……ッ……!!

 

 

 断末魔の声と共に、巨大なドラゴンが地に倒れ伏す。

 その体には、いくつもの痛々しい傷跡が刻まれ、さらにそれらは全て焼け焦げていた。まるで、熱した巨大な刃物で斬りつけられたかのような傷だった。

 

 このドラゴンは、『裏の官邸』を守る最後の砦。

 魔法によって調教・制御され、この王国の王族の命令にのみ従う切り札的存在であり、この龍が守っている以上、この洋館は絶対に安全な場所であるはずだった。

 

 しかし、最初こそその炎のブレスで帝国軍相手に無双の働きを見せていたその龍だったが……帝国軍の中から進み出た、1人の魔法使いが全てを変えてしまった。

 

 炎のブレスを障壁で完全に防ぎながら、自分は魔法で作り出した炎の剣を振り回し、一方的に龍を痛めつけた。

 龍はそれでも最後まで戦ったが、結局その魔法兵士に傷一つつけることもできずに、体中を傷だらけにされて、ついに倒れた。

 

 それをやってのけたのは、燃える炎のような赤い髪が特徴的な、1人の女だった。

 

「『紅蓮』のエリザベート……! この館の存在を知られていたばかりか、帝国最強の女将軍が来るとはな……!」

 

「こんなトカゲ1匹で私を止められるわけないだろう? なめてもらっちゃ困るね」

 

 既に事切れている龍の頭を踏みつけながら、館を見上げる赤髪の女。

 その女の名は、エリザベート。帝国が保有する戦力の中でも最強クラスの強さを持ち、戦場で出会えば命はないとすら言われ、周辺国に恐れられる猛将。

 

 軍人でありながら、その身に纏っている服は、まるで踊り子が着る衣装のような装いだった。見た目は派手な上に露出が多く、とても戦場に出向く者の装備には見えない。

 

 見た目は二十代後半といったところ。衣装のせいもあり、妖艶かつどこか危険な雰囲気を漂わせるその女傑は、実は既に90歳を超える年齢であるとはとても思えない。

 

 エリザベートは、『苗床』として魔女が運用され始めた最初期に生み出された『魔法兵士』である。

 魔法使いとして最上級の才能を持って生まれた彼女は、特級の『魔女』に匹敵する魔力量とその扱いの巧みさゆえに、全盛期の肉体のまま老いがほぼ止まっているのだ。

 以来、帝国の尖兵として、いくつもの国を滅ぼし、軍隊を退け、その爆炎を操る魔法によって、幾千幾万の軍勢を消し飛ばし、焼き尽くしてきた。

 

 戦場で出会ったのなら、死を覚悟するどころか、遺族のもとに遺髪の1本も戻ることはないとまで言われて恐れられるエリザベートだが、今日彼女がここに来たのは、敵を殺すためだけの目的ではなかった。

 

 無敵の守護者だったはずのドラゴンを失い、魔法による結界も破壊され、丸裸同然となった『館』の2回のバルコニーから下を見下ろして震えている、1人の少年。

 その顔を見て、エリザベートはにやりと笑った。

 

「あのガキ……間違いない。くくくっ、情報は正しかったみたいだねえ……」

 

 そう言いながら、ふわりと舞い上がるエリザベート。

 あっという間にバルコニーのすぐ目の前まで飛んでくると、そこで、護衛の騎士たちに隠れて震えている、金髪に精悍な顔つきの少年……クリスハート王子を見下ろす位置に滞空する。

 

「お会いできて光栄ですよ、王子様。あんたにはこれから、私達の招待を受けて、帝国に来てもらう……何、大人しく言うことを聞いてくれれば……」

 

「そんなことをさせてたまるか!」

 

「殿下は我々が、命を懸けて守る!」

 

 エリザベートが言い終わる前に、王子を守るように立っていた騎士達が前に出る。

 その身に装備していた数々の魔法の武器を振りかざし、火球や風の刃、水の弾丸や電撃を放ってエリザベートを一斉に攻撃した。

 

 しかし、その全てはエリザベートの障壁魔法で防がれ、彼女に傷一つ、汚れ一つつけることはできなかった。

 

 話している途中で遮られたのが面白くなかったのか、エリザベートは乱暴に腕を一振りすると……目の前に爆炎が燃え広がり、立ちはだかっていた騎士たちを飲み込む。

 断末魔の悲鳴と共に、その全員が瞬く間に命を落とした。身に纏っていた魔法の防具による守りも、エリザベートの強力すぎる攻撃の前には意味をなさなかった。

 

「う、うわぁぁあああ!! 熱い、熱いっ!」

 

「あらごめんよ王子様、お供の連中があまりにうざかったもんだからさ。何、あんたには届かないように放ってある、怪我しやしないよ」

 

 守る者がいなくなり――真っ黒な消し炭になって足元に転がっている――1人残されてしまった王子は、目じりに涙を浮かべながら、ついにはバルコニーに舞い降りて、かつん、かつん、と足音を響かせながら迫りくるエリザベートを睨み返す。

 しかし当然ながら、そんな子供の、威嚇にもならない弱弱しい睨み程度で、エリザベートが動揺も躊躇もするはずもない。精一杯強がって見せる、まだ8歳の幼子を、微笑ましくあざ笑う。

 

「さっき途中までしか言えなかったからねえ、改めて言うよ、王子様。私達と一緒に来てもらおう……大人しくしてれば、手荒な真似はしないと約束するよ。それが嫌なら……」

 

 そこで言葉を止めて、足元に転がる、さっきまで人の形をしていた燃え残りを見下ろす。

 その視線を追って同じものを見てしまった王子の目から、恐怖と絶望、そして悲しみから、こらえきれず涙があふれて流れ出す。

 

 それでも、逃げ出したり崩れ落ちたりすることなく、しっかりと2本の足で立ってこちらを見てくる彼の姿に、エリザベートは『大したもんだ』と感心しつつ、その手を伸ばし……

 

 

 

「ちょっと趣味が悪すぎるんじゃない? 『紅い死神』さん」

 

 

 

 その瞬間、背筋がぞっとするような悪寒を感じたエリザベートは、咄嗟にその場から飛びのき……直後、今の今まで彼女がいた場所に、黒い魔力で形作られた大きな黒い槍が、何本も空から降り注いで突き刺さっていた。

 

 王子は、今一体何が起こったのかわからず、唖然としている。

 

 対してエリザベートは、その槍の1本1本が、自分でも危険な……障壁の魔法でも受けきれるかどうかわからない威力を持っていると即座に察知し、冷や汗を流す。

 

「何だい、この黒い槍に込められてるバカげた魔力……まさか!」

 

 はっとして見上げると、そこには……黒いドレスに身を包み、長い黒髪を風にたなびかせる、1人の魔女の姿があった。

 直接会うのは初めてだ。しかし、軍の資料で何度もその顔、その姿は見ていたし……何より、今目の当たりにしているこのすさまじい魔力。そこにいる黒い魔女が誰であるかなど、考えるまでもなくわかる。わかってしまう。

 

「『黒の女王』……同盟国の王子を助けに来たのかい!?」

 

「下品な踊り子の枕営業なんかに付き合わせたら、王子様の教育に悪いわ。見逃してあげるから、さっさと国に帰ってもらえる?」

 

 世界最強の魔女……『黒の女王』マリーローズ。

 

 自分を見下ろしながら――同時に『見下して』もいる気がした――さらりとそんなことを言う彼女の視線は、取るに足らないものを見るような、無感情で無機質なそれだった。

 今まで経験したあらゆる戦場において、常に恐れられる側であり、蹂躙する側であり、見下す側だったエリザベートは、その視線が我慢ならなかった。

 

「なめんじゃないよこの若作りのババアが!」

 

 魔力量も、それを形にする技術も、明らかに自分より上。

 先程の『闇の槍』1つだけを見てもそれは明らかだったが、自分が見下される側に立つことが我慢できなかったエリザベートは、両手に爆炎を発生させる。

 そのままでもすさまじい破壊力を発揮するであろう爆炎は、さらに彼女の手元で収束し、形を変え……二振りの巨大な剣の形を成した。

 

「敵方のトップが来てくれたって言うなら好都合、お前もここで殺すか、攫っていって『苗床』にしてやる!」

 

「無駄だってわかってるでしょうに……全く、しょうがないわね」

 

 

 

「……すごい……!」

 

 先程まで、恐怖と絶望に震えていた。クリスハート王子。

 もうその目には、表情には、恐れなどわずかにも浮かんではいなかった。

 

 むしろ夢中になって、目の前で繰り広げられる、『赤』と『黒』の空中戦に見入っていた。

 

「くそ……くそっくそっ! この私が、こんな……っ!」

 

 ほんの数分前、王子の身を守っていた騎士達を一瞬にして消し炭に変え、王子本人にとっても恐怖の象徴だった、紅の女将軍・エリザベート。

 彼女は今、その整った顔をゆがめ、悔しさを隠しきれない表情になって……必死になって飛び回り、怒涛の攻撃を繰り出している。

 

 しかしその全てが、黒の女王・マリーの手で軽くあしらわれ、打ち払われ、かき消され打ち砕かれ……1発たりとも届いていない。

 

 魔法使い同士の本気の戦いを始めてみるクリスハート王子の目にも、ただ見ているだけではっきりとわかった。

 この2人の間には、先ほどの騎士達とエリザベート以上の、大きな力の差があるのだと。

 

 あれほど恐ろしかった紅の女将軍が、全く相手になっていない。

 ドラゴンすら切り刻んだ巨大な炎剣を、虫でも払うように平手でぱしん、と打ち払い、へしをってかき消してしまう。

 

 お返しとばかりにマリーが放つ、魔力で形作られた黒い弓矢は、エリザベートの障壁を容易く貫通して彼女に痛打を与える。

 紙一重でかわしたり、大威力の攻撃をぶつけて強引にそらしたり相殺したりしているものの、それだけですさまじい魔力を持っていかれるのか、エリザベートの消耗は目に見えて激しかった。

 

「すばしっこさは一級品ね……(あまり威力がありすぎる魔法だと、王子様を巻き込んじゃうし……戦いづらいわね)」

 

「うるさい……! 私を……私を見下すなぁ!!」

 

 ヒステリックに叫びながら、空高く舞い上がるエリザベート。

 クリスハート王子も、館も、マリーすら見下ろせる高さに一ドルと……手元に爆炎を巻き起こし、それを圧縮していく。

 先程両手に形作ったものよりもさらに倍以上大きな爆炎が、サッカーボールほどの大きさに凝縮され……真球に近い形状の、燃えさかる炎の塊になった。

 

 それをエリザベートは……にやりと笑って、マリーではなく、クリスハート王子めがけて投げつける。

 

「……っ!」

 

「……え?」

 

 矢のような勢いで、空を切り裂いて飛んでいく火球。

 自分めがけて飛んでくるそれを……状況をよく理解しきれていないのだろう、王子は、きょとんとした表情で見上げていた。

 その顔面目掛けて、寸分たがわぬ正確さで放たれ迫る、エリザベートの放った確殺の一撃。

 

 次の瞬間、着弾と同時に、圧縮されていた爆炎が炸裂し……バルコニーを含む、館の半分以上が一気に吹き飛んで消し炭になった。

 

「あはっ、あっはははははっ! ざまあみろ『黒の魔女』! 私を見下すからだ……ガキと一緒に吹き飛んじまったねえ!」

 

 エリザベートは、爆発の直前にはっきりと見ていた。

 マリーが、クリスハート王子を守るため、すさまじい速さで王子と火球との間に割り込み、その身を盾にするのを。

 

 守る対象である同盟国の王子。自らそこに飛び込んで守ろうとすることは予測できていた。

 だから、それを利用して……あの王子を囮にして、隙を作り出すことにした。

 

 火球には、生半可な障壁など意味をなさないレベルの爆炎を圧縮してあった。

 それに加えて、障壁を破壊するための魔法をそこに組み込んであった。炸裂すると同時に発動し、マリーの張っている障壁を破壊……もし破壊しきれなくとも、大きくそれを弱めることができるように。

 

 これで勝った。いかに『黒の女王』でも、あれを受けて無事でいられるはずがない。

 

 捕らえるはずだったクリスハート王子も一緒に死んでしまっただろうが、それは仕方ない。

 軍の上層部からは、『万が一逃げられそうになったらその時は殺せ』と言われている。戦いの中での不本意な結果、『黒の女王』との戦闘の末の犠牲だと報告すれば、失跡はないだろう。

 

 そう、考えていたエリザベートだが……

 

 

「…………熱っついわね……!」

 

 

 もうもうと立ち上る黒煙の中から、そんな声が聞こえて……ぴたりと笑い声を止めた。

 

 一瞬にしてきれいに青ざめる顔。一瞬にして噴出してくる冷や汗。

 焦燥の浮かぶその顔には、わかりやすく『聞き間違いで合ってくれ』と書いてあるようだった。

 

 そんな彼女の祈りは届かず、次の瞬間、黒鉛を暴風が吹き飛ばして散らすと……そこには、未だ健在の『黒の女王』が、空中にたたずんでいた。

 

 エリザベートの渾身の一撃は、全くの無意味・無力というわけではなかったようだ。

 マリーの身を包んでいたドレスは、今の爆炎を浴びて、その半分以上が焼けて崩れてしまい、黒の女王はあられもない姿をさらしていた。

 

 胸元は完全に焼け落ちて崩れ、豊かに膨らんだ形のいい乳房がこぼれ出てしまっている。

 下半身は辛うじてドレスの布地が残っているものの、こちらも大きく焦げて裂けて、パレオを巻いているような形になってしまっていた。

 

 それでも、焼けて焦げたのは服だけだった。

 彼女の色白の肌には、少しすすけた程度の汚れだけ。火傷1つついていないし、赤くなってすらいなかった。

 

 さらに、彼女がかばったクリスハート王子は、彼女が張ったシャボン玉のようなバリアに守られて無傷。さらに、バルコニーの崩落で足場を失ってしまったが、バリア自体がその場に浮遊しているため、落下することもなく全くの無事だった。

 

 もともとマリーは、王子にはちょっとやそっとの魔法では貫けないバリアを張った上でエリザベートと戦っていたのだが、さすがにあの火力+結界破壊の術を練り込んだ火球はまずいと判断して割り込み、自分の身(と障壁)を盾にして守ると同時に、バリアを重ねがけして守っていた。

 咄嗟のこと、一瞬のことではあったが、それだけの備えをほどこす余裕くらいはあった。

 

 破壊できたのは結局、薄布1枚と館1つのみ。

 信じられない、と言わんばかりに呆然とするエリザベートだが……マリーを前にそれは、あまりにも大きく、致命的な『隙』だった。

 

 マリーは、エリザベートをキッとにらむと同時に、右手で何かを持ち上げるような動きをする。

 

 その次の瞬間、

 

 

 

 ―――ゴボゴボゴボ……ドッゴォォオオォォン!!

 

 

 

「え、っ……? な……ぎゃあぁぁああああっ!?」

 

 今のエリザベートの爆炎で焼け焦げた地面が、ひび割れて赤く光ったかと思うと……その奥からドロドロに溶けた溶岩が大量にあふれ出し、間欠泉のような勢いで吹き上がり、空中にいたエリザベートを直撃した。

 

 マリーが魔法で作り上げた、熱も勢いも火山の噴火と同等かそれ以上という、すさまじい熱量を持った極熱の奔流が、エリザベートの全身を飲み込んだ。

 

 さらに溶岩は、勢いに任せてぶつかってエリザベートを焼くだけでなく、まるで投網、あるいは蜘蛛の糸のように、彼女の体にまとわりついてからめとり……そして、今噴き出してきた地割れの中に戻っていき始めた。からめとった彼女ごと。

 

 全身を焼かれ、崩され、引きちぎられてすりつぶされながら、エリザベートは地の奥、底の底へと引きずり込まれていく。

 彼女の髪の毛1本残さず、さらに地上にマグマの一滴も残さず、地割れが全てを飲み込んで……ぴたりと閉じる。焼け焦げた痕以外は痕跡らしい痕跡すら残さず、煉獄の門は消え去った。

 

 ドラゴンすら退けた帝国の女将軍は、王国の大地の奥深くに押し込められ……埋葬と同時に火葬されるという末路を迎えた。

 

 

 

 マリーがエリザベートと戦っている間に、マリーが連れて来た、イザベラやアリシアといった、幾人かの部下達はすでに動いていた。

 館の中にいた仕様人や、王国の者達を避難させ、同時に外に展開している帝国の兵士達を一掃。

 

 残る敵はエリザベートただ1人となったところで、そのエリザベートもマリーが葬り、ようやく安全が戻ってきていた。

 残念ながら、館自体は最後のエリザベートの一撃で崩壊してしまったため、ここで引き続き会談を続けるのは難しくなってしまったが。

 

 マリーはクリスハート王子をゆっくりと地上に下ろすと、バリアを解除する。

 球体のバリアの中から解放された王子は、きちんと自分の足で地面に立った。

 

 見る限り怪我もなく、ふらついたり具合が悪い様子もないことを確認して、マリーは『よし』とうなずいた。

 一応その後、口頭でも確認する。

 

「お怪我は大丈夫ですか? 煙を吸ったりもしないように障壁はきちんと調整したつもりですが……どこか痛いところはありませんか?」

 

 

 その問いかけに、王子はにっこりと笑って、問題ない、と答えようとして……しかし、マリーの方を見るやいなや、ぴしり、と固まってしまった。

 

「……? 王子様、どこか具合が?」

 

「い、いや、大丈夫だ、です。……で、でも、その……」

 

「?」

 

「ま、マリーローズ殿……ふ、服が燃えて、見えているので……か、隠して……」

 

 そこでマリーは、ようやく自分がどういう格好になっていたかを思い出した。

 同時に、王子が固まった後、顔を赤くして挙動不審気味になっていた理由を察して、『あちゃー』と、困ったような表情になった。

 

(いつも女所帯だからすっかり抜けてたわね……刺激が強すぎちゃったかしら)

 

 公私の『公』の方の場ではあまり見せない、彼女の素のそれに近い表情で苦笑しつつ、ぱちん、と指を鳴らす。

 するとたちまち、燃えてしまったはずのドレスは、ほつれ一つない元通りの姿に復活した。

 

「どうも、お見苦しいものをお見せしました、王子様」

 

「い、いや、そんなことは……と、とても綺麗だったと思います……」

 

 不自然に明後日の方向に目をそらし、まだ顔を真っ赤にしたままで、慌ててそう言う王子。もうしばらくの間、マリーの顔を正面から見るのは難しそうであった。

 

 マリーはというと、やはり年齢の差ゆえか、王子に半裸をみられたことを、そこまで恥ずかしいとも思ってはいない。必死に取り繕うおませな男の子、程度に微笑ましく思っているようだった。

 2人の様子を遠くから見ている、マリーの部下達も、大体は同じような感じである。この場にいる面々、誰もかれも100歳を余裕で越えている『魔女』ばかりなので、実際王子くらいの子供に見られようが気にするものなどほぼいなかった。

 

 しいて言えば、ただ1人だけ……

 

「……やっぱ、子供でも男は男ね。マリー様のことをいやらしい目で……あんなにじろじろと……」

 

「やめろイザベラ、睨むな。別にマリー様は気にしてないし、あんな子供に見られたところで別に気にしても仕方ないだろう……そもそも不可抗力だったんだから。な?」

 

 組織内部でも『男嫌い』で有名なイザベラが、じとっとした半目になって、エロガキ認定した王子のことをにらんでいた。

 

 そしてそれは、王子に限らず、マリーが誰か男性と関わった時には割といつも起こっていることなので、誰も別に気にはしなかった。

 せいぜい『まただよ……』と言わんばかりの小さなため息があちこちから聞こえたくらいである。

 

「何のんきなこと言ってるのよアリシア、10歳だろうが50歳だろうが、男はみんなケダモノなんだから! いつも言ってるけど、護衛として危機感が足りないんじゃないの?」

 

「危機感ってお前……王子様、今8歳だぞ? 人間の枠内でだってまだ『小さい子供』の年齢なんだから、さすがに『そっち』を警戒しても仕方ないだろう」

 

「はっ、わからないわよそんなの。あれよりもっと小さい子供だって、嬉々として女の子のスカートめくったり体触ったりしてくるんだから! あの王子様だって、『大きくなったらマリーローズを嫁にするぞ!』とか言い出してもおかしくないわ!」

 

「それだって微笑ましいの範疇を出ないだろう……子供なら仕方ないと思う程度のことだよ。人間でもそうなんだから、100歳200歳越えてる私達が気にしても……」

 

「さっきだってマリー様の玉の裸体をあんな風に至近距離でじっくりじろじろぎらぎらと……あれを見て虜にならない男なんてこの世にいるはずないんだから! きっと今日からしばらくは寝床に入ったら脳裏に焼き付いた光景を思い出して一人でもぞもぞ慰める日々をふぎゃん!」

 

「いい加減に黙ろうか」

 

 

 

 この後、場所を移して、王子と他国の要人の『会談』は無事に執り行われた。

 

 そしてこの時の一件が、『王国』の第三王子クリスハートと、黒の女王・マリーローズの初めての出会いであり……彼と彼女の、後々まで続く奇妙な縁の始まりだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

(あれからもう10年か……いつも思うけど、時が経つのは早いものね)

 

 そして現在(いま)。

 目の前に座る、金髪に青い瞳が特徴的な……精悍ながらもどこか幼さの残る顔つきの青年を見ながら、マリーは10年前のことをふと思い出していた。

 

 前々から予定されていた、『王国』の要人との会談のために、マリーは王国の辺境にある……あの時と同じような、しかしまた別に用意された『裏の官邸』の1つを訪れていた。

 

 そこで彼女を待ち受けていたのは……10年ぶりに会う、懐かしい顔だった。

 

 もっとも、見た目が変わっていない自分達と違い、彼……クリスハート王子は、この10年で、8歳から18歳に成長し、立派な青年王族となっていた。

 

 見た目ではなく中身も、あの頃とはもう大きく違う。

 

 あの時、王子はただ単に『王族である』というだけの理由で、半ば泊付けのためだけにあの場に来ていた。

 当時から『年齢の割には聡明で早熟』という評価があったため、国王や上の兄達の代理として、あの辺境の『裏の官邸』での会談に出席することとなったのだ。

 会議そのものは外交部門の者達が行うため、彼の仕事はただ座っているだけだが。

 

 しかし、今の彼は……王族にふさわしい教養と覚悟を身に着け、政治や外交における幾多の経験を経て、聡明で勇敢な王子に、立派に成長した。

 名君になること間違いなしであると、近隣諸国にもその評判は広まっている。少し不敬ながら、『彼が第一王子でなかったことが悔やまれる』という声すら一部では聞かれるほどだ。

 

 今回のこの会談も、お飾りではなく、れっきとした王国の代表者として、彼はここにいる。

 

 その彼もまた、会談場所で再会したマリーの姿を10年ぶりに見て、一瞬、驚いたように目を見開き――見た目が全く変わっていなくて驚いたのだろう――しかしすぐににこやかな笑みを浮かべ直し、手を差し出してきた。

 

「私のことなど、覚えているかわからないが……こうしてまた会えたことを嬉しく思うよ。黒の女王・マリーローズ殿」

 

「もちろん覚えていますよ。ご立派になられましたね……クリスハート殿下」

 

 マリーも差し出された手を取る。しっかりと握手する2人。

 王子は再び、少しだけ顔に驚きを浮かばせた。まだ少し、ポーカーフェイスは苦手なようだ。

 

「! ああ……ありがとう。今日と明日の2日間……マリーローズ殿には、いざという時の備えもそうだが、無論、『スカイクラッド』の代表としても、会議の中では忌憚のない意見をもらいたい。よろしく頼む」

 

「はい。お互いに、実りある話し合いになることを祈りましょう」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「……情報通りだ。王国の第三王子も、『黒の女王』もあそこにいる」

 

「では、作戦通りに?」

 

「ああ……まもなく到着する応援の合流を待って、夜に仕掛ける。既に作戦は動き出している……『黒の女王』の時代は、今日で終わりだ」

 

 

 

 

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