歪んだ心を溶かす者 作:原作が勝手に言ってただけ
「行きたくない~」
ある朝、いつも以上に身だしなみをきちんとした彼が突然そんなことを言い始めた。
「何よ、藪から棒に」
二人分の朝食を食卓に並べながら、私は話を促す。
「いや、だってさ、今日から一週間も出張なんだぜ?」
「たったの一週間じゃない。今となっては鉄道が走って移動時間が大幅に短縮されはしたけれど、ちょっと前まではルべリオスからドワルゴンまでだって相当な時間がかかっていたでしょう?」
「それは……そうだけどさ……」
私の夢のない話を聞いて彼は言い淀む。
「だけど?」
その先に続く言葉を察しながら、少しの揶揄いを交えて聞いた。
「ヒナタはさ、寂しくないのか?」
珍しく……いや、彼は大抵素直なのだが、そんな普段よりも数段増しのまっすぐさで感情を伝えて来た。
「そうね」
「……その反応はどっちだよ。これもまたいつかの意趣返しか?」
煮え切らない私の反応に口をへの字に曲げた彼が拗ねる。
この態度は間違いなく珍しい。
どうやら彼は本当に寂しいらしい。
私は朝食を食べる手を止めて、立ち上がると彼の後ろに立った。
「なんだ?」
急に背後に立った私に彼は身構える。
そんな彼の頭を私は軽く抱きしめた。
私だって寂しくないわけでではないという感情を精一杯込めて。
「ヒナタ……俺、やっぱり行かなくてもいいかな?」
「バカね……頑張って来なさい」
「はぁい」
まるで捨てられた仔犬のような声で返事をした彼は、尚も名残惜しそうに家を出て行った。
「さて、私も準備しましょうか」
平和になった世界でも仕事がなくなることはない。
私は朝食の食器をササっと片付けて、仕事用の服装に着替えた。
◇◇◇
「ただいま」
夜、仕事を終え帰って来ても返事はなく、ただ私の声が空虚に響くだけだった。
「そう、だったわね」
仕事中は忘れていたが、彼は今日から一週間この家には戻らないのだ。
いつもは明るく温かいこの家も今日はなんだか暗く、冷たく感じる。
……まるで、あの家のよう。
思い出したのは前世いや、地球の家のこと。
崩壊してしまった家族、薄くなっていった生活感、あの頃の家は今日の寂しさを煮詰めて数倍、数十倍にしたかのような状況だった。
「……シャワーを浴びてさっさと寝ましょう」
一人の時間がどうしても寂しく感じて、夕食もまだだと言うのに私はそんなことを口に出していた。
あの頃は毎日これ以上の空間にいたと言うのに、いつから私はこんなに弱くなってしまったのか。
……それもこれも、私をこれでもかと溶かして甘やかす彼のせいだ。
温かいシャワーがほんの少し、一人の寂しさを和らげる。
「ふぅ……」
そんな温かさに身をまかせながら、シャンプーを手に取る。
「少し前なら、こんなにゆっくりお風呂に入る時間もなかったのに……」
今となっては毎日、見られることを意識してことさら丁寧に洗っているのだから人の心の変化とはおかしなものだ。
「そういえばあの人……髪洗うの上手かったわね」
少し前にした彼とのやり取りを思い出し、わずかに顔が綻ぶのと同時に胸の内に広がる寂しさがより大きくなる。
ダメだ。
この家にはもう、彼との思い出が多すぎる。
もう、何をしていてもきっと私は彼のことを考えてしまう。
「ほんと……バカ」
髪に顔と洗い終わり、ボディーソープへと手を伸ばす。
首から肩、胸へと段々と下へ洗っていく。
そうして手が下半身へ差し掛かるところで私の手は止まった。
……普段なら意識することなんて絶対ないのに。
ただ体を洗っているだけでいちいちそんな気になっていたら、体がもたないだろう。
でも、今日は違った。
普段は彼がいることで埋まっていた安心感が今はぽっかりと抜け落ちてしまったようで物足りない。
「……誰もいないし、いいわよね」
意を決して私は下半身へ、彼を求め、うずいて仕方のないそこへ手を伸ばした。
「……んっ♡」
手についたボディーソープのせいなのか、はたまた別の物なのか、私のそこはすでに出来上がっていた。
手淫なんていつぶりかしら?
脳内にわずかに残る理性でそんなことを考える。
少なくともこの家に来てからはずっと彼が……
「はぁんっ♡」
彼のことを思えば思うほど私の熱は上がっていく。
ぐちゅぐちゅと彼にも聞かせられない恥ずかしい音で、残されたわずかな理性もかき消された。
「あぁんっ♡」
身体を巡る快感と同時に、これではないという物足りなさが私の手をさらに激しくしていく。
切ない、会いたい、寂しい。
だが、動きと比例するようにその感情たちはより大きさを増していく。
「んっ♡んっ♡あなたっ♡」
彼のことを呼ぶ。
絶対に届かない距離にいる彼を。
「はぁ♡会いたいっ♡はやく帰って来て♡」
完全に頭がそっち方面へ切り替わったヒナタは一人、誰よりも素直な感情を浴室に響かせた。