音無がマラートたちと激しく絡み合った翌日、音無はいつもと同じく何事もなかったかのように食事を摂りながら、自分の周囲に座る艦娘たちと楽しそうに話をしていた。
今日音無の両隣りに座っているのは、重雷装巡洋艦娘の北上と大井であった。北上は相も変わらず『にひひ~』と笑いながら音無と話をしている。
「だからねぇ、あたしとしては大井っちがこうして幸せでいてくれるのが嬉しいんだ~。提督ぅ、ちゃーんと可愛がってあげないとスーパー北上様の酸素魚雷両舷40門、ぶち込んじゃうからねぇ?」
「あはは。連合軍も恐れる酸素魚雷を山ほどぶち込まれるのは流石にごめんだな。じゃ、また近々大井を可愛がってやらないと」
「も、もう~、北上さんったらぁ~♡」
『イヤンイヤン』と恥じらう大井に対抗するように、向かいに座っていた朝潮がガタッと音を立てながら手を挙げて立ち上がった。
「ちょっと待ってください!それなら朝潮型長女として、霞だけでなく他の姉妹たちも司令官に可愛がっていただきたいです‼」
「先陣斬らないんかい!男じゃないけど恥じゃないんかいっ‼」
「そーよ!それなら朝潮姉が司令官とえっちすればいいじゃないのよぉ‼」
音無がツッコみ、さらに同じく音無と関係を持つ霞が顔を真っ赤にしながら反論するが、朝潮も『それはそれ、これはこれです』となにか譲れないものがあるらしい。
そんなピロートークとも言うべき会話を、食卓の端の方で聞いている者たちがいる。扶桑と山城の不幸姉妹……失礼、扶桑姉妹であった。
「……はぁ~。皆、楽しそうねぇ」
音無と朝潮たちの仲睦まじい光景を見て、扶桑はハアとため息をついている。一方でそんな姉の寂しそうな顔を見て、対面する山城はムムムと小さく唸っているという、ある意味いつも通りの光景であった。
ちなみに山城は知っている。扶桑が音無に女性として強い好意を抱いていることを、なんとか自分もその一員になりたいと思っていることを。
よりによって、自分たちの妹分とも言える伊勢と日向が色々な経緯があったとはいえ先に一線を越えてしまったのに、未だに自分が踏み出せない意志の弱さに自問自答していることも、重々承知しているのだ。
しかしそもそも論を言えば、実は扶桑は榛名、Scharnhorstに次いで陸奥と共に着任した、戦艦娘としては古参に当たる存在である。
その点を強く、そして自分の意志を強く押し出して前面に迫るだけでも音無は十分応えてくれるだろう。
もっとも、それからすぐに大規模建造祭りで日本戦艦勢のほとんどが着任してしまったので『ほとんど差がない』と言えばそこまでなのだが、それは言ってはいけないお約束。
というか、今の時点でいないのは大和型戦艦2隻だけということでそれ以外の海外戦艦勢が揃いつつあるのだからむしろ戦力的には色々オーバーキルと言っていいほどである。
ついでに言うと、多くの艦娘……しかも自分たちより後に着任している駆逐艦を含めた艦娘たちが次々と肉体関係を持つようになっているのだから、落ち込むなという方に無理があるだろう。
もっとも、そんなことは百も承知の山城であるわけだが、シスコンの彼女としては扶桑がこのような顔をしていること自体が気にくわないのだ。
「(姉さまったら……やっぱり提督に抱かれたいと思っているのねっ……私という者がありながらぁ……でも、憂いを帯びる姉さまのお顔も素敵だわぁ♪)」
……こんな時でもある意味平常運転の山城だが、そんな彼女の桃色の脳細胞がとある作戦を考えついた。
「そ、そうですわ姉さま。もしよろしければ……練習しませんか?」
「え、練習……どういうこと、山城?」
山城は『コホン』と咳払いすると扶桑の顔をじっと見つめる。
「姉さまは奥ゆかしいお方ですから、提督に面と向かって告白できないのですよね。だったら、私を提督と思って告白の練習をすればよろしいのではないかと思いまして……」
「……」
扶桑が黙りこくってしまったのを見た山城は『やばっ、失言!?』と一瞬ビビった。だが、すぐに扶桑の顔が満面の笑みに変化した。
「そうね……名案だわっ。そこまで私のことを考えてくれるなんて……ありがとう、山城っ♪」
感極まったのか思わず扶桑が山城の手を握ると、山城は『うほほほほぉぉぉっ♡』と不気味な声を上げる。
相も変わらず微笑ましい光景である。
「そ、それでは姉さま。ここではなんですから、談話室の方に……」
食器を片付けた2人は、いそいそと談話室の方へ移動する。
この鎮守府の談話室も元々、前任提督時代に大人数の艦娘が着任していたこともあってか、増築されて100人近くが入れるようになっているのが特徴だ。
見れば、朝食を終えたらしい艦娘が何人か将棋や談話に花を咲かせている。
また向かい合って座ると、山城が『では』と改めて仕切る。この辺りは本土における練習艦としての艦歴が長い山城だからか、こういうのは慣れているらしい。
伊達に『鬼の山城地獄金剛』と言われているわけではないのだ。
ちなみに他の古参戦艦である金剛型姉妹も新人水兵たちからはかなりヤバい存在扱いされていたのは別の話。
「では姉さま。私を提督と思って、あ、愛の告白を、してみてくださいませっ。まずは何事も、言えないことには始まりませんから、ね」
若干どもっているのは、やはり山城も緊張しているということらしい。というか、傍目から見るとハッキリ言って不審者である。
「わ、分かったわ……て、提督。私、提督のことを……その……」
「だ、ダメですわ姉さま!も、もっと!もっとハッキリ言わないと‼あの提督では伝わらないと思いますわ‼」
山城のどこか鬼気迫る表情に圧倒されつつも、扶桑は『そ、そうね』と深呼吸する。顔を引き締めた扶桑は、改めて山城を見つめた。
というか、さりげなく音無のことを『鈍感』とディスっているようにも聞こえるが扶桑もそれを気にすることはない。
恐らく、気にする余裕がないのだろう。
「提督。私、提督のことをお慕いしております」
その言葉を聞いた瞬間、山城は『ぶほっ!』と噴き出したくなる気持ちを抑えた。恐らく、自分がそんな風に言われたらという妄想もしつつだったからだろう。
それでもなんとか気持ちを抑えつつ続けさせた。
「ち、違いますっ‼もっと、もっと華麗に激しく、もっと情熱的にぃっ‼女は熱く、ですわっ‼」
山城も興奮してきたのか、段々と目が血走ってきていた。扶桑も若干顔を引きつらせているが、それでも『わ、わかったわ』と続けた。
「提督。私、提督のことを心から愛しております。この扶桑を、提督の女にしてくださいませっ」
「おぉその調子ですっ。もっとぉ……もっと情熱的にぃっ♡いっそ過激な発言でもよろしいですわぁっ‼」
そんな2人のやり取りを、少し離れたところで見ている者たちがいた。
駆逐艦時雨を筆頭とした、最上、朝雲、山雲、満潮の『西村艦隊』の面々である。なお、このメンバーの内時雨と最上の2人は音無と肉体関係を持っているのも特徴だ。
それもあってか、朝雲、山雲、満潮の3人がピロートークに顔を赤くしているのに対して時雨と最上の2人はそれほど恥ずかしそうにしていないのも特徴だ。
「……ねぇ最上。扶桑たちはなにしてるんだろう?」
「うーん、傍目から見れば……コントかな?」
そんな風に言われている一方で、血走っていた山城の目がハートマークになっているのだが、扶桑はそんなことを気にする余裕もないらしく続けた。
「提督。今晩私を抱いて下さいっ!いっぱい……いっぱいご奉仕しますから、もうお腹パンパンになるまでメチャクチャにしてくださいぃっ‼」
「キマシタワぶほぁっ‼」
直後、山城がお腹を大きく膨らませた扶桑の姿を妄想したのか背中を逸らせ、『ぶばあぁぁあぁぁっ‼』と噴水のように鼻血を噴き出しながら背後に倒れ込んだのだった。
山城が血まみれになってぶっ倒れた直後、マンガのように目を丸くしていた時雨たちが『うわぁぁぁぁぁぁぁ‼』と大声を上げて立ち上がった。
「山城!?山城ぉ~‼」
「ダメだ、山城息してない!?」
「ちょ、ちょっとどうすんのよこれ‼」
「じ、人工呼吸‼人工呼吸よね、山ちゃん‼」
「そ、そうかも~!誰か、誰か急いで~‼」
普段は『ほんわかのんびり』している山雲ですら、かなり慌てているらしく間延びした言い方ではあるもののオロオロしていた。
あまりに突然の事態にその場にいる全員が完全に右往左往するだけの烏合の衆と化しているのだ。
そんな中、最上だけはなんとか対策を捻り出す。
「よ、よし時雨!今こそ人工呼吸だよ‼」
「えぇ!?ボクがするのぉ!?」
「チャンスじゃないか‼合法的に山城とチュー!チューできるよ‼」
「嬉しいけど合法的にって言い方が良くない気がするよ!?」
もはやあーでもないこーでもないと完全に収拾がつかなくなってきたが、そこに音無が『なんだなんだ』と言いながら顔を出してきた。
「一体なんの騒ぎ……ん?なんでこんなところで山城がぶっ倒れてんだ?」
「あ、提督!?」
「こ、こんな時に……タイミングがいいのか悪いのか……」
音無は周囲の様子も気にせず山城に近付くと、山城の口元に手を近づけて一瞬顔を険しくする。そしてそのまま、頭部後屈顎先挙上法で山城の顎先を持ち上げ、迷うことなく口付けをした。
西村艦隊の面々はまたも目を丸く……いや点にすると、我に返って大声で叫ぶのだった。
「「「「「「……あ~‼」」」」」」
特に、音無にしっかりと告白したかった扶桑はもっともショックだったらしく、若干涙目になってすらいた。
「伊勢にも日向にも……山城にも負け、た……」
直後、『チーン』とか『GAME OVER』という擬音がしそうな勢いで扶桑も背後に倒れそうになり、最上たちが慌てて支えるのだった。
音無は重症の山城の処置を終えると、『よっ』と言いながら山城を背負った。見れば、呼吸はちゃんと戻っているようだ。
着任して間もない頃は妙高の力加減の誤りでギックリ腰を起こすような状態だったが、艦娘たちから補給を受け続けた音無の体は戦艦の艦娘すら抱き上げられるほどに逞しくなっていた。
「なにがあったか分からないけど、山城が大破してるみたいだから入渠させる。悪いけど、最上たちは扶桑を寝室に連れて行ってくれ。見たところ扶桑はただ気絶しているだけみたいだから」
「あ、うん……」
「りょ、了解……」
音無はそのままなにも言わずに立ち去っていってしまった。
置いて行かれた西村艦隊の面々はというと、はっと我に返ってから急いで扶桑を担ぎ上げて扶桑たちの寝室へ連れて行くのだった。
2時間後。
「……はっ。ここはどこ……?私は……?」
山城が目を覚ますと、自分が入渠していることが分かった。当然のことながらすっぽんぽんなわけで、『え?え?』とオロオロしてしまう。
そして5秒ほど経ってから、ようやく音無が傍にいることに気付いた。
「てっ、提督!?」
反射的に自分の乳房と秘所を手で隠してしまうが、よく見て驚いた。
「提督……こんなところで寝てるの?」
音無はすやすやと寝息を立てていた。恐らく山城の様子を見ていたのだろうが、普段の疲れと入渠所の暖かさもあってか、気が抜けて眠ってしまったのだろう。
ある意味間の抜けた話である。だが、それだけこの鎮守府という場所は音無にとって落ち着ける場所なのだろう。
それだけ穏やかな心地になれる場所があるというのは、人間にとってとても大切なことである。
「……まったくもう。なんで私のことなんか気にかけるのかしら。私なんて、艦隊にいる方が珍しい低性能の戦艦なのに……航空戦艦になったって、伊勢たちに比べれば能力は劣るのに……」
それでも、音無は扶桑や山城のことを大事にしてくれた。主力艦隊に加わることこそほとんどないものの、それでも遠征の護衛や演習で上がった練度を活かして新人たちの演習相手になるなど、彼女たちなりの存在感を示してきた。
音無は常々『最前線に出るだけが華じゃない。最前線の皆が全力で戦えるようにするには、遠征によって諸々の物資を入手してくれること、多数の水上機を活かして潜水艦への牽制をしてくれることを考えれば、お前たちの存在は他の戦艦たちとは違う価値がある』と言っている。
日本軍はかつて米軍との雌雄を決するのは艦隊決戦であるという考えから、太平洋戦争に至るまで防衛に関する考えは色々と張り巡らせていた。
潜水艦と陸上攻撃機による漸減作戦、航空母艦の攻撃隊によるさらなる漸減、そして最終的には戦艦、水雷戦隊による激闘で仕留めるはずだった。
しかし、太平洋戦争の蓋を開けた結果、島と島の争奪戦になり多数の輸送船を使った補給、消耗戦になった。
八八艦隊計画を考えていた頃には意図していなかった外征を行うことになり、日本軍の補給線は多方向に伸び伸びとなってしまった。
その結果海上護衛を二の次、三の次としていた日本海軍は、その隙をつかれて潜水艦と航空機により次々と輸送船を沈められた。
同じ島国でもイギリスはと言えば、多少……いや盛大に後手に回ったもののアメリカの工業力と技術力をバックにドイツのUボートに対しては護衛空母と新型の対潜兵器を、水上艦隊に対しては低速だが強大な攻撃力を持つ旧式戦艦及び新鋭のKing George Ⅴ世級戦艦などを配備して対抗するというバランスを見せた。
この意識の差と友好国の強大さこそが、日本とイギリスの明暗を分けたと言っても過言ではなかった。
ちなみにイギリスの保有する戦艦のほとんどがBismarck級戦艦に対抗できなかったのは言ってはいけないお約束。
そのため、ノルウェーのフィヨルドに潜むBismarck級の2番艦であるTilpitsのことをずっと恐れていたのだ。
それはさておき。
音無はそのことを知識だけとはいえ、学んで知っていた。そのため、そんな兵站を支えてくれる者たちに手厚い手当を与えていた。
特設巡洋艦や特設水上機母艦の面々は元貨物船・客船などの搭載量を活かして多数の物資を運べるため、ボルネオ島の燃料はもちろんだがオーストラリアからの食糧及び弾薬の輸送に大きく貢献してくれる。
しかしそれも、多数の護衛艦による厳重な防衛システムが存在していてこそである。
輸送船団、通称コンボイは大西洋においては大戦後半になると数十隻規模で運行されることが多くなっていた。
かつてのイギリスではブラケット・サーカスなどの頭脳集団により、『コンボイはまとめて航行すること』、『そうすることで効率的に護衛艦を配置できる』など統計データが採れたこともあり、連合国側ではそのようにしていた。
本来であれば護衛空母をつけるのが大事なのだが、軽空母を除けばあまりそういう運用をできる艦娘はいない。
そこで役に立つのが航空戦艦であった。伊勢型は最前線で通用するからついつい主力艦隊として運用するが、扶桑型ならばいっそ艦隊決戦型よりも船団護衛の護衛戦艦とした方がいいと判断したのである。
実際に音無は航空戦艦を『水上機母艦と戦艦を合わせた存在』と考えているため、艦隊周辺を偵察する多用途水上機で潜水艦を、万が一強力な重巡や駆逐艦などが仕掛けてこようという場合には戦艦としての戦闘力を活かして戦ってもらおうということだ。
いくら扶桑型に問題が多いとはいえ、下手な中小規模の軍艦に負けるほど弱いという訳ではないのも特徴である。
言い方は悪いが、『腐っても戦艦』なのである。
伊勢型改二は本格的に軽空母の攻撃隊並みの搭載量と対潜攻撃に優れた回転翼機を運用可能なうえ、改良型瑞雲の能力がマルチロール機としてはかなり高いこともあって最前線で通用する。
だが、扶桑型の場合は瑞雲を回してやろうにも改修などに使うこともあって中々そうはいかない。
初期型も含めて、改修に使うことが多いのだ。
だからこそ音無はArk Loyalの協力で開発した『SwordFish(水上機型)』を扶桑たちに搭載することで対潜哨戒に当たらせていた。
そんな気遣いと優秀さを知っているからこそ、山城は音無のことを『優れた提督であり指導者だ』と尊敬しているほどであった。
普段から強烈なシスコン故に扶桑のことばかり口にしているのであまりそうは思われないだろうが、山城とて1人の女である。自分たちを気にかけてくれる男性のことが気にならないわけがない。
「……バカよね、私。この人が常識外れな存在だってとっくに知っていたくせに……いつの間にか、認めていたのよね」
扶桑にはあのように言ったし、自身の扶桑に対する想いも本物だ。だが同時に、山城もまた音無のことを1人の男性として慕っている。これも事実である。
そんなことを考えながら音無の頬を撫でてていると、その感触に気付いたのか、音無がビクリと一瞬震えてから目を覚ました。
「……あ、山城。わりぃ、寝ちまってたな」
「仕方ないですよ。毎晩毎晩、何人も相手にして『ぎしぎしあんあん』していれば疲れますって」
「あはははは……事実なだけになにも言えねぇな。こんな男じゃ本来、皆にも呆れられるだろうからなぁ……」
苦笑しているが、それでも音無の表情は穏やかだった。だからこそ、山城は伝えることにした。
「提督、お願いがあります」
「ん、藪から棒にどうした?」
山城は『すーっ、はーっ』と深呼吸する。
「提督、姉さまを……扶桑姉さまを提督の夜のお相手に加えていただけないでしょうか?」
「……」
音無は黙って聞いている。山城は湯船に浸かっているにもかかわらず冷や汗が流れているが、それでも続けた。
「姉さまはずっと提督のことをお慕いしておりました。本来私が言うことではありませんが……姉さまはあの通り、控えめでお淑やかで麗しくお美しい大和撫子を体現したかのようなお方……どうしても自分からは言い出せなかったのです」
姉のべた褒めをするシスコンっぷりは相変わらずだなぁと思いつつも、音無はフッと笑みを浮かべて聞いている。
「私は姉さまをお慕いしております。同時に、提督をお慕いする姉さまの気持ちも分かってしまいます。ですから、姉さまが提督にお気持ちを告げる手伝いができたらと……私を練習台に告白の準備をと思ってあのようなことを……」
「それで好きとか言われまくって鼻血噴き出したのか」
「はい、素晴らしい時間でした……ふひっ」
扶桑に言われたことを思い出したのか、山城は咄嗟に鼻を押さえた。
そんな締まりのない顔だが、音無は『なるほどな』と笑っている。だが、それだけではなかった。
「じゃあ、山城はどうする?」
「……ふへっ?」
まさかいきなり自分に振られるとは思っていなかった山城は、思わず間抜けな声を出してしまった。
「いや、扶桑がするって言うんならいつも一緒の山城を仲間外れにするのはどうかと思ってさ。あ、でも山城が嫌だって言うんならそれは……」
一瞬固まっていたが、山城は顔を真っ赤にしながら音無の胸板に顔を埋めた。当然ながら音無の腹には超弩級戦艦の名に恥じない見事な胸部装甲が押し当てられている。
「言ったじゃありませんか。姉さまが提督をお慕いする気持ちが分かるって。それだけ言葉にしたんですから、察してください」
胸板に顔を埋めたのは照れ隠しのようで、山城は中々頭を離そうとしない。それは、山城の気持ちが扶桑と一緒だという意志の表れだと音無でも察することができる。
「じゃあ、一緒に扶桑を起こしに行くか?」
音無に尋ねられた山城はようやく音無の身体から頭を離し、真顔だった表情を綻ばせて『はい♡』と嬉しそうな笑顔を見せた。
2人が連れ立って部屋へ戻ると、『うぅ~ん……』とうなされている扶桑の姿が目に入った。その側では、扶桑を心配してか時雨と最上の2人が寄り添っていた。
「あっ、提督」
「山城も。もう大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫よ。提督ったら、私のために高速修復材まで使ってくれたからね。最近酷かった肩こりも一緒に治ったわ」
山城がグネグネと肩を動かすと、その豊満な乳房もグニュグニュと蠢いている。音無がそれを見るのはもちろんだが、時雨もまた山城の乳をガン見している。
時雨も山城と関係が深い艦娘であることからか、山城に対して提督とはまた違った形ではあるが特別な感情を抱いているのだ。
「扶桑の具合はどうだ……って、まだ寝てるな」
「うん。寝ているけど結構うなされている気がするよ。どうしよう、提督?」
「心配するな、最上。今起こすから」
音無がゆっくりと扶桑の傍らに膝をつくと、扶桑の頭をゆっくりと撫でる。
「ん、んぅ……」
「扶桑、起きれるか?」
音無の声を聞いた扶桑は、一瞬眉をピクリと動かしたと思ったら目を覚ました。パッチリ目を覚ましたその姿は、どこかのお姫様のようだ。
「あ、提督……」
「扶桑、さっきは随分ショックを受けてたみたいだけど大丈夫か?」
「は、はい。その……提督と山城がキスしているのを見て、つい取り乱してしまって……」
素直な扶桑に音無も『ハハハ』と苦笑する。
「なぁ、扶桑。お前に聞きたいことがあるんだが」
「な、なんでしょうか?」
音無は山城の手を取り、さらに自然な勢いで扶桑の手も取った。
「扶桑、山城と共に俺に抱かれてくれないか?」
その言葉を聞いた扶桑は『ぼふっ』と音がしそうな勢いで顔が真っ赤になっている。
最上と時雨もポカンとしながらそれを見守っていた。もしこの場に満潮たちがいれば、最上たち以上に顔を真っ赤にしていただろう。
「あ、え、その……わ、私でよろしいのでしょうか……?」
「あぁ、お前だからいいんだよ。お前は今までずっと縁の下の力持ちとして頑張ってくれていたからな。それに報いるのが俺とのセックスって言うのが正しいのかどうかわからないけど……山城は『それでいい』って言ってくれてるんだ」
隣で山城も『えぇ』と穏やかに笑っている。
「扶桑は、どうかな?」
音無の優しい口調に、一瞬扶桑は言葉を詰まらせてしまった。先程まで恥じらいながらも山城相手の練習で言えたはずの言葉が、全然出て来なくなってしまった。
だが、音無の穏やかな顔を見て扶桑もようやく心が決まった。
「提督。私、提督のことが好きです。不束者ですが、提督と夜を過ごさせてくださいませ」
その言葉を聞いた音無は『決まりだな』と微笑みながら扶桑の手を取った。
「と、いう訳だから。悪いけど今夜は扶桑たちと過ごすことにするよ。あ、補給は……今日は空いているしグラーフに頼もうかな。本当は2人だけを相手にしてあげたいところなんだけど……さすがにそうもいかなくてな」
「いいえ。私たちも重々承知していますから。ね、山城」
「えぇ、そりゃぁもう。提督ときたら並み居る艦娘を次々口説き落とす、鎮守府の種馬ですからねぇ」
かつて秋雲によって広められた『鎮守府の種馬』のあだ名だが、山城のどこか悪戯っぽい言い方に音無の方も『もう慣れたよ』と余裕で返せるほどになっているのだった。
「じゃあ、今夜風呂場でな」
「はい。楽しみにしています」
「そういえば、今日出撃こそしてませんけど、遠征と掃討に行った子たちがそろそろ戻ってくるんじゃないですか?」
「あ、そうだった。じゃあ悪いけど、ちょっと迎えに行ってくるよ。確か大本営からも2人派遣されるって言うしな」
音無は急いで執務室へと戻っていった。
残された扶桑は、先程とは打って変わって満開の花が咲いたような笑顔を見せていた。
「山城、色々協力してくれてありがとう」
「いいえ。姉さまの喜びは私の喜びでもありますから。それに……私自身、提督のことはお慕いしております。なので、姉さまと共に提督の女になれるというのであればこれほど嬉しいことはありません」
2人は手を取り合い、『コツン』と額を重ね合わせるのだった。
一方、音無が執務室へ入ると、ゆりと今日の秘書艦である利根が待っていた。
「あ、来たわね音無君」
「待っておったぞ提督よ‼新たな仲間たちを紹介しようぞ‼」
相変わらず仰々しい雰囲気の利根だが、仲間が増えることがとても嬉しいらしい。その笑顔はとても朗らかであった。
「さぁ、来るがよい‼」
扉が開くと、多数の艦娘が入ってきた。
「Guten Morgen!私は重巡、プリンツ・オイゲン。よろしくね!」
「アタシ、桃。丁型のアイドル……いえ違うわ、駆逐隊のアイドルが正解、かな?あ、そう。松型の四番艦。テートク、よっろしくぅ♪」
「占守型海防艦、石垣です。なに?私の顔になにかついてる?そう、ならいいの。潜水艦退治なら……任せて。そうよ?」
「海防艦、松輪です。あの……択捉ちゃん……私も、頑張ります……」
「御蔵型海防艦、六番艦、屋代。参ります。どんなに困難な状況でも、屋代、頑張り抜きます。皆さんを守る……それが務めですから」
そして、残り2隻は図鑑にも掲載されていない艦娘であった。
ただし、その内重巡らしい子はプリンツ・オイゲンの姉妹のように見えた。
「ぐ、Guten Morgen……わ、私はHipper級巡洋艦の、Blucher、です……よ、よろしくお願いします……」
「え、Hipper級ってオイゲンのお姉ちゃんじゃないか‼」
「は、はい。あ、あの……できれば私、陸地には近付きたくない、です……お願いします」
「……そういや、ブリュッヒャーはオスロフィヨルドの戦いで、竣工から半年ちょっとで沈んじまったんだっけ」
「そ、そうです……基地からの砲撃と雷撃を喰らって……そのあとの集中砲火で……もう嫌だよぉ……」
なんと驚くべきことに、Blucherはドイツが第二次世界大戦時にノルウェーのフィヨルドに攻め込んだ時にリュッツオウと共に上陸部隊を乗せて敵基地を攻撃する予定だったのだが、この時陸上基地(しかも驚くべきことに、このノルウェーが使用していた要塞砲はドイツのクルップ社製の28cm砲だった)の砲撃で損傷してその後で基地に設置された魚雷発射管から発射された魚雷が命中した。
これが最終的に致命傷となり、Blucherはそれから1時間ほどで転覆、沈没してしまったのだ。
最新鋭巡洋艦が満を持しての出撃で呆気なく沈没してしまったのは、ただでさえ英国に及ばなかったドイツ海軍にとって大きな衝撃だったに違いない。
そしてその結果、Blucherの基本数値はほぼPrinz Eugenと同じなのだが、運だけは『5』と陸奥や大鳳並みの低さであった。
それもあってか、これまでの不運パラドックス艦娘たちと同様に自分に自信がないらしい。
「ふえっ、ふえっ……ふええぇぇぇんっ……」
そんなトラウマを思い出してしまったからか、BlucherはEugenそっくりの可愛らしい顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。
だが、音無はそんな『訳アリ』、『クセあり』な艦娘たちに向き合って来ただけのことはあった。全く動じることなく彼女の頭をゆっくりと撫でてあげた。
「えっ、えぐっ……てっ、提督さんっ……ごめんなさいっ……私っ、お役に立てないかもっ……」
「気にすることはないさ、Blucher。内には色々な艦娘がいるけど、大変な思いをした子もいっぱいいたんだ。君だけのことじゃないんだ」
「そっ、そう、なんですか?」
「あぁ。ウチの戦艦の主力の1人であり君の同胞でもあるScharnhorstは、巡洋戦艦で防御力と速力はともかく、攻撃力が低いという難点を抱えている。でも、空母を優先的に狙ってくれるという特性で空母キラーの1人になってるし、アメリカのIndhianapolisは終戦間際に我が国の潜水艦の雷撃で沈んでしまって、しかも構築されてた救助システムの枠外にあったせいで乗員も多数犠牲になってしまった。Sidneyは貨物船改装の特設巡洋艦に不意討ち喰らってボロボロにされて乗員全員と共に海に沈んでしまった。そんな大変な思いをした子がいっぱいいるんだ。だから、その……君1人だけじゃないんだ。皆とそういう気持ちを共有して、少しでも元気になって欲しい」
音無もBlucherを少しでも元気づけたいと思ったからか、珍しくかなりの多弁になっていた。
少なくとも、それだけの諸先輩がいるという話は彼女にとって拠り所となるかもしれないと思ったのである。
「提督さん……」
「それに、その時君と一緒だったリュッツオウもウチに着任している。よければ色々話をするといいよ」
最後にかつての同胞がここにいるという言葉に、ようやくBlucherは笑顔を見せた。
「分かりました。重巡Blucher、これより鎮守府で頑張りますっ!」
「おぉ、その意気だ」
そして、最後の1人は駆逐艦のようなのだが……
「えぇと、この制服って陽炎型?見たことないけど……」
「そうじゃなぁ……吾輩も見たことないぞ。お主、名はなんという?」
その女の子……薄い茶髪の小さなツインテールが特徴の明るい感じの女の子は『やっと自分の番だ』といい笑顔を見せた。
「お初にお目にかかりますっ。私、陽炎型航洋直接教育艦の『晴風』と言います!」
「陽炎型……航洋直接教育艦?駆逐艦じゃなくて?」
「はい。私はブルーマーメイド養成学校、横須賀女子海洋学校で教育艦として配備されていましたっ」
「……利根、悪いがチャーと千歳を呼んでくれ」
「む、了解じゃ。提督の話を根っこまで理解できるのはあ奴らしかおらんからな」
利根が言外に自分のことをアホと思っているのかそうでないのかは不明だが、『難しい話になりそうだ』と思って本能的に重要だと思ったらしい。
すぐにチャーと千歳が執務室へ駆けつける。
「どうしました、提督?」
「なんだ、今度はどんな奴が……あ、その装備は陽炎型か?」
「陽炎型の晴風っていうらしいんだ。なにか知ってるか?」
それを聞いた瞬間、チャーがこめかみを押さえたので音無たちも驚いた。これまでも本家艦これで着任していない艦娘が姿を見せて驚くことはあったが、今のように悩んでいるような姿は中々珍しい。
「もしかして、彼女も未着任かパラドックス艦娘?」
「そうだな、未着任なんてレベルじゃない。紀伊たちと同じで本来の時間軸から外れた世界の船だ」
「そうなのか」
チャーはハアと深く息をつくと、音無の目を見て答えた。
「彼女は『ハイスクール・フリート』ってアニメで主人公の女子高生が同級生29人と共に乗った船だ。ちなみに、彼女の姿はその主人公・岬明乃の姿がベースになっているな」
「アニメの艦娘!?ドージェと同じってことか!」
音無は改めて目の前の艦娘・晴風を見る。晴風は状況が飲み込めないらしく、キョトンとしている。チャーは音無の横に移動して晴風の顔を見る。
「あのな、落ち着いて聞いてくれ晴風。ここにいるのはお前とは違う歴史を辿った船なんだ。お前たちの世界は大正時代の最中にメタンハイドレートの溶解で世界の海面が上昇して各国が戦争どころじゃなくなった。だから交易のために海を守る防人を育成する『海洋学校』が創設されてお前のような船が用意された。そうだな?」
「はい、そうですけど……ここって本当に地球ですか?空を無人機でもないものがいっぱい飛んでいて夢を見ているみたいなんですけど」
「もしかして……航空機を知らないのか?」
音無が不思議に思っていると、チャーがその疑問を解消してくれる。
「今も言った通り、晴風が登場する『ハイスクール・フリート』は第一次大戦、彼女たちにとっては欧州動乱と呼ばれる戦争の最中に海面上昇に伴って海路が輸送と人の往来の要になった世界だ。海面上昇によって海に沈んだ陸地も多く、各国は航空機の発達や戦争どころじゃなくなったんだ」
「つまり、彼女たちの世界は第二次世界大戦を経験していないってことか?」
チャーは無言でコクリと頷く。
「えっ、こちらの世界では戦争が続いたんですか?」
「あぁ。世界中を巻き込んだ大戦争だったよ」
「多くの世界では、ユーラシア大陸の覇権をかけて日米の関係が悪化し、日本がハワイの真珠湾を攻撃したことから日本にとっては太平洋戦争と呼ばれる2回目の大戦が勃発した。その結果、アメリカの工業力に敵わなかった日本は特大の爆弾を広島と長崎に放り込まれて多くの犠牲者を出し、降伏することになった」
第二次世界大戦の始まり自体は1939年にドイツがポーランドに攻め込んだことからだが、日本にとっては太平洋戦争こそが第二次世界大戦の始まりと言っていい。
ただし、それ以前からの満州事変、日中戦争を含めれば別かもしれないが。
「ほぇ~……そんなことがあったんですねぇ……アメリカが中国の覇権に関わろうとしているのはこちらも同じでしたけど、私の知る歴史では日本とアメリカが経済協力を結んでいるんです~」
晴風の話を聞いていると、今度は音無の頭に疑問が浮かんだ。
「ちょっと待て、チャー。なんで主人公が乗るような船が艦娘になってるんだ?ドージェの時はパラドックスだし大破着底しかけたって聞いたから理解できるけど……」
「詳しいことはまた話すが、彼女たちの世界である伝染病が拡がったことで武蔵が暴走する結果になって晴風と対決するんだ。世界最強の主砲の雨に晒された晴風は激戦の末に武蔵を制圧するが、乗組員が陸に上がったところで役目を終えたと言わんばかりに一度沈んだんだ」
「そう、だったのか……」
音無はその話を聞いたら、無意識のうちに晴風の頭に手を置いていた。
「最後まで皆を守ったんだな。すごいよ」
音無のその慈しむような顔を見て、晴風は音無の顔を見上げながら言った。
「『海の仲間は家族』。私の艦長の口癖。だから、私も最後まで家族を守らなきゃって思って」
「そうか。すごい艦長だ。なら、これからはここにいる皆が家族だ。皆を守って欲しいし、皆もお前を守る」
「はい、海に生き、海を守り、海を行く。それが、ブルーマーメイドです!」
晴風は満面の笑みで敬礼をした。
「しかしまあ……こりゃぁとんでもない装備だな」
要目は陽炎型駆逐艦と同等だが、装備が現代的になっていることもあって『索敵』の数値が高めで、その代わり航空機が低速のドローン以外は未発達の世界ということもあってか対空は異常に低くなっている。
そして特徴は、初期装備であった。
天津風をベースにした艦ということもあってか、最初から3スロットあるのが特徴である。
○ 12.7cm連装砲C型(自動装填装置付き) 火力+3・対空+1・命中+2・装甲+1・回避+1
○ 55式対水上探知機
○ 56式遠距離探針装置
初期装備の能力が第二次世界大戦水準どころか、かなり近代化して昭和後期レベルまで上昇しているのだ。
しかも晴風は改装を多数持っており『改』、『改乙』、『Mod2』、『Zwei』と改装することが可能である。
最初の改装で『超・熟練見張り員』と『超・熟練聴音員』を、持参するのだが、これらを装備していると陸戦型相手にもダメージを叩き出せるようになる。
「……なにこのチート」
「俺もそう思う。だが、これも晴風の乗員が色々曲者揃いだってのが理由なんだ……」
「なんで見張り員と聴音員が陸戦隊になれるんだよっ‼」
「見張り台担当の野間マチコはガン=カタの、聴音員の万里小路楓は実家が代々継いで来た薙刀術の達人という話だ。お陰でこの2人がいれば大概の連中は叩き潰せる」
「うーん……トンデモねぇ話だな……ところで、なんでMod2とZweiになっているんだ?」
「あ、それは主砲の関係だな。本編で最後に改装した時にはアメリカ系の5Inch砲を装備していて、後日譚であるOVAでは友好を結んだシュペーの副砲である15cm砲を譲り受けたんだ。以後はその15cm砲が主砲になっている。つまり、最後まで改装すると中射程になるって訳だな」
「……も~いいや~、どうでも……」
ここまで来ると、音無はもう呆れるしかなかった。
ちなみに、東部後屈顎先拳上法は消防団に所属して救命講習もしている弟に教えてもらいました。
また、今回もトンデモなパラドックス艦娘でございます……