メインとなったキャラから、どういった方に関わる話だったか分かっていただけると思います。
本当に惜しい方をなくしました。
南西諸島海域に挑んでいる時、音無は妙高のマッサージを受けて腰を痛めつつも書類仕事だけはやっていた。
そんな中で10日ほどして、ようやくほぼ完治し仕掛けた日のことだった。
この日の秘書艦は、如月であった。
「それでぇ司令官?妙高さんとのあっつ~い夜はどうでしたかぁ?」
「ぐうっ……それをいきなり聞くなよぉ……腰に響くってのぉ……」
「まぁまぁっ……うふふぅっ♡」
いきなりの質問に驚いて腰の痛みが戻ってしまった音無だったが、如月のからかうような言葉遣いもよくあることである。
最初こそ驚いたが、もうある程度余裕を取り戻していた。
「ま、色々あったけど……あいつが望むような状態にしてやれたのならそれでよかったのかな、って思ってる」
「ふぅん。そうなんだぁ」
なにか言いたげな如月だったが、音無もその時はチラリと彼女の様子を窺っただけで書類に目を戻すのだった。
その夜、音無はカウンターバーで珍しくウイスキーを飲んでいた。
「ふぅ……たまには1人で飲むのも悪くないな」
音無の他には、隼鷹や加古などの吞兵衛たちがカパカパと酒を空けていたが、意外にも皆それなりに静かに飲んでいた。
曰く、『鳳翔さんが店をやる時間はもっと騒げるけど、こういうところでは静かに飲むのもあり』ということらしい。
千歳と共に日本酒を飲むようになった音無も、今ではウイスキーやワインなど様々な酒に挑戦するようになっていた。
前任提督は意外にもその辺りはこだわっていたらしく、酒蔵には多数の酒が眠っていた。また、ボルネオ島を介してオーストラリア大陸の方からも酒が入って来るらしく、意外にも酒類の補給は途絶えていない。
「んっ……美味いな」
ちなみに、最も仲のいい千歳は今日珍しく飲む気分ではなかったらしく早々に寝てしまっていた。
たまにはそういうこともあるのだろう。
そんな音無はウイスキーの牛乳割り、カウボーイ割りと世間で呼ばれる割り方に挑戦するという中々面白い飲み方もやっていた。
すると、隣の席に誰かが座る。
「司令官、お隣いい?」
見れば、今日の秘書艦だった如月であった。
「どうした、如月?珍しいな」
「いいじゃなぁい。たまには一杯やりたいのっ」
見た目に騙されてはいけないが、駆逐艦の子たちも実は意外と酒を飲む。
如月はビールやウイスキーが好きであり、同じ睦月型でも睦月以外のほとんどが酒を飲むのだ……一番お姉ちゃんのはずの睦月が飲まないのは、単純に子供だから、とは思わないでおこう……。
「んじゃ、一緒に飲むか」
「えぇ」
如月はウイスキーのロックを飲み始めていた。
「お前……結構イケるクチか?」
「うふふっ。言ったでしょぉ?見た目で判断しちゃ、ダ・メ・よっ」
そう言われても、やはり見た目の印象というものはどうにも拭えないものであった。
10分ほど静かに飲んでいたが、不意に如月が口を開いた。
「ねぇ、司令官。司令官は一度、死んだことがあるのよね?」
妙な聞き回しだろう。しかし、これは音無たち死んだ世界戦線のメンバーが転生した経緯を艦娘たちが把握しているからこそ通じる言葉でもあった。
「あぁ、そうだな。確かに俺は一度死んだことがあるよ」
「それで、死後の世界ってところに飛ばされたのよね?」
「そうさ」
如月がなにを聞きたいのだろうかと考えつつ、音無なりに答えを見つけようとする。
すると、如月が少し表情を曇らせて再び口を開いた。
「やっぱり、やり残したことはいっぱいあったって感じたのかしら?」
「……そうだなぁ……」
音無は今でも目を閉じれば『あの時』のことを鮮明に思い出せる。
医科大学のセンター試験へ向かう途中、トンネルの崩落事故によって電車諸共トンネルに閉じ込められてしまったこと。
事故の時の衝撃で怪我を負い、それが致命傷となって救出される直前に命を落としたこと。
特に事故のことは音無にとって大きなトラウマとなっており、ハッキリ言って今でも狭い洞窟などには入りたくない(死後の世界のギルドは記憶を取り戻す前に入ったためか、思いの外苦手意識がなかった)。
「確かに、やり残したことはいっぱいあったって感じたよ。そもそも医者になって、妹みたいな病気で苦しむ人たちを助けたいって思っていたのに、志半ばどころかスタートラインに立つ前に死んじまったんだから」
「……そう、よね」
如月が言い淀みながらまた一口、ウイスキーを口に含んで少し舌の上で転がしてから飲み込んだ。
そんな彼女を横目に見ながら、音無は続けた。
「でもさ。最後の最後までできることを、って思った時、俺は妹がドナーカードの話をしていたことを思い出したんだ」
「ドナーカードって確か……自分が死んだ後で臓器を提供するっていう同意書のことですよねぇ?」
「あぁ。俺はその時急いで自分の全臓器を差し出すことをそこに書いた。そして……そこで死んだんだ」
「そっか……じゃあ、その後自分の臓器がどうなったのかはわからなかったのね……」
しかし、音無はそこで笑顔を見せた。
「それがさ、そうでもなかったんだ」
「え、どういうこと?」
音無は『クッ』とウイスキーを煽った。
「俺が死後の世界で出会った……俺の初恋の女性、立華かなでって子がいたんだ。かなではさ、心臓移植の手術をしてから死んだらしいんだ」
「心臓の?」
「あぁ。そして……その心臓は、俺の心臓だったんだ」
如月は思わず口を手で押さえて音無の方を見た。
「そんな……そんな偶然が?」
「あぁ。俺は死後の世界に『落ちた』時に記憶を失っていたんだけど……看病していたはずのかなでの胸の上で眠っていた時に、記憶を取り戻したんだよ。かなで曰く、『自分の心臓の音を聞いたから記憶を取り戻したんじゃないか』ってさ」
如月も流石に衝撃だったらしく、唖然としたままだった。実際、死後の世界という特殊な空間でなければあり得ない話だろう。
音無はそんな如月の顔を見ながら、『フッ』と静かに笑った。
「でも、その事実を知った時が、かなでとの別れの時だった」
「えっ?」
「かなでの心残りは、自分に青春をくれた相手に『ありがとう』を言えなかったことだった。それも知らずに告白して、かなでの心残りを聞いてからもう一度言って欲しいと言われて、俺はためらった」
当然だろう。好きになった女性を満足させれば、その女性(ひと)が消えてしまう。そんなことに、普通なら耐えられないだろう。
「でも、かなでの覚悟を聞いて、言わずにはいられなかった。皮肉なもんさ。気持ちを伝えたせいで、会えなくなっちまうなんて」
そう語る音無の眼は、かなり寂しそうだった。それでも、音無はそれを誤魔化すかのように話を続ける。
「現世の未練を断ち切るための世界だったのに、かなでがいなくなったことで俺はあの世界に未練ができちまった。あの世界に残ってかなでを待とうかとも思った。でも、現世でもう一度会えることを祈って、俺は旅立った」
ところが、そう思っていたら『神』によって2人は引き裂かれてしまった。
「死後の世界で俺たちが出会えたのは、それぞれが死んだ時の体の状態で迷い込んだからってことらしい。けど、同じ心臓、魂を持つ存在は現実で存在させる訳にはいかないってことらしい」
「それ……ひどくない?神様なんだから、なんか、こう……もっとできることってあったんじゃないかしら?」
「そうかもな。でも、そうじゃなかったかもしれない」
音無の言葉に如月はあまり納得できなかったようだが、それでも不承不承と言わんばかりに再び酒を口に含む。
「それにさ、かなでの中には俺が生きた証があるんだ」
「え……?」
「俺の心臓。俺の心臓と魂の一部は今でも、かなでと共にある。それこそが……俺とアイツの絆なんだ」
「そうなの……」
如月は自分の船だった頃のことを思い出していた。
太平洋戦争の劈頭、ウェーク島(ウエワク島とも)での戦いにおいて如月は戦闘機の小型爆弾の直撃により爆発物が誘爆(一説によると魚雷か爆雷と言われる)して轟沈している。
そんな彼女だからこそ、『なにかを残す』ことはどこかこだわりがあるようだ。
だが、実際のところ如月は日中戦争にも参加しているベテラン駆逐艦でもある。
もっとも、艦娘としてはどうしても太平洋戦争のことばかりが頭に浮かんでしまうからか、『自分は戦況に貢献できなかった』という思いがあった。
だが、音無の考えを聞いて思った。
「(そっか……気にしなくてもいいんだ。司令官がやたらと慎重で艦娘想いなのは……そんな経験があったからなのね……)」
そう思うと、自分が色々悩んでいたことがバカみたいに思える。
「ありがとう、司令官」
「ん?いいって。気にするなよ」
音無は再び酒を飲み始めるが、如月は改めて思った。
「(だから私も……司令官のこと……ふふっ。改二になったら、私も司令官と……そしていつかケッコンして、カッコガチまで行って……そして……今度こそ私が生きた証を残したいな……)」
そう思いながら、如月もまた飲むのだった。
また明日も、明後日も頑張ろうと思いながら。
こんな日々が、ずっと続けばいいと思いながら。
如月ちゃんの可愛い姿、もっと一杯見たかったです。
それでも先生の冥福を、あの時は強く祈りました。