秋雲の悪行を食い止めた音無は、水着一丁にした秋雲をランニング用のグラウンド中央に吊るし、『本日1日好きなだけくすぐってよし』と看板を立てて放置した。
そんな強烈な『おしおき』を敢行した翌日のこと、音無は次に攻略する『リランカ島』のことについて調べていた。
「リランカ島では空母が2隻以上必要か……ここの艦隊を殲滅したところで基地航空隊の攻撃で島を空爆する。そのためにも島周辺の制空権の確保は必須……ウチに任せられた任務は重大だな」
音無の元には『深山改』と『Bー25』ミッチェル、さらに『一式陸上攻撃機』があるため、制空権を取っておけば基地航空隊が島を空爆して敵基地を殲滅してくれるのだ。
特に『深山改』は4t近い爆弾を搭載できる、現在音無の鎮守府に配備されている爆撃機としては最大級の能力を持っている。
これを活かさない手はない。
チャーは現在、『深山改』より強力な重爆撃機を考えているらしいが、まだ実現していないという。
もっとも、ミリタリー知識の豊富なチャーが考えていることである。間違いなく『ヤベー奴』ができあがるに違いないと音無は考えていた。
音無は既に艦隊編成を決めていた。
○ 瑞鶴改二
○ 翔鶴改二
○ 鈴谷改二
○ 千歳改二
○ 扶桑改二
○ 山城改二
道中の潜水艦に関しては山城たちに搭載している瑞雲改二(六三四空)(熟練)と千歳たちに搭載している『Aー1(中期型)』で叩き潰すつもりである。
制空権は翔鶴に取ってもらうつもりであり、『震電改』3スロット、『彩雲(東カロリン空)』を4スロットに搭載している……え、いつの間に『カロリン空』を手に入れたのかって?
チャーが保有している彩雲をちょくちょく弄繰り回していたらいつの間にかできていましたがなにか?
「……よし。あとはいつも通り掃討艦隊と遠征艦隊を編成して……こんなところか」
「お疲れさま、だな。提督」
今日の秘書艦、那智が音無を労う。夜ともなればアル重気味の彼女だが、普段の仕事はむしろ姉の妙高と同様に真面目な人物である。
つまり、仕事に関しては全く心配いらない。心配なのは仕事を終えた夜、バーや鳳翔の下で飲む時であろう。
もっとも、飲み過ぎようものならば妙高(お姉ちゃん)の強烈なお仕置き(100tハンマーとか)が待っているだろうからあまり飲み過ぎることはできないはず……だが。
すると、扉をノックする音が響く。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、珍しい岩沢だった。
「あれ、岩沢?珍しいな……どうしたんだ?」
「いや、ゆりの奴が倒れたんだ」
「えっ、ゆりが!?」
思わず立ち上がると岩沢が『トン』と胸を小突いた。
「まずは落ち着け」
「お、おぅ」
一瞬で我に返った音無は息を整える。
「今氷川丸とオプテンノールが診てくれたけど、軽い風邪だそうだ」
「風邪、か」
「あぁ。熱帯の気候でずっと頑張ってきた疲れが出たんじゃないかって言っていたぞ」
「そうか……ゆりにも色々無理させちまったからな」
このタウイタウイ島は赤道直下にも近い南の島である。
亜熱帯の気候である日本人にとっては年中真夏のような環境でもあるため、慣れない者には辛いだろう。
だが、岩沢は笑っていた。
「それは私たち皆そうさ。だから、あまり気にするなよ、記憶なし男」
かつて彼女だけが呼んだあだ名を呼ぶ岩沢の態度は相変わらず堂々としており、音無にも引けを取らないほどだ。
むしろ、身内(戦線メンバー)のことに関して言うならば彼女の方が付き合いは長い。そういう点もあって、戦線に関わることであれば音無よりしっかりした判断ができるのだ。
「わかった。あとで見舞いに行くよ。那智、悪いけど鳳翔さんに頼んで……」
「風邪に効きそうなもの、だな。萩風にも頼んでおくといい」
「そうだな。アイツの健康オタクっぷりならいい料理を知ってそうだ」
音無はすぐに厨房に連絡して鳳翔さんに滋養の付く、それでいて食べやすいものを作ってもらうことにして、自分は再び仕事に戻った。
「どうするのだ、提督?」
「決まってる。仕事を放り出したらゆりの奴にぶっ飛ばされかねないからな。仕事を終わらせてからゆりの見舞いに行くさ。出撃についてはちょっと見送る。幸い作戦についてはこちらに一任されているから、調整と称して少し遅延させることは問題ないからな。その分資材の補充と航空隊の拡充をより確実なものにしようと思う」
音無のハッキリとした物言いに、那智も思わず『おぉ』と声を上げていた。
先程まで狼狽えていた人物とは別人のようである。
「(なるほど、この切り替えの早さもまた提督の強み、か……流石だな)」
那智は妙高型重巡洋艦姉妹の中では一番遅い着任となった艦娘だが、姉や妹たちから音無のことは色々と聞いて好ましく思っていた。
できれば、いずれ音無と酒を酌み交わしたいとすら思うくらいには。
「(提督にも色々な人物がいるというが……音無提督は間違いなく優秀で人格的にも素晴らしい人物だ。そう思える)」
そんなことを考えつつ、那智もまた音無の補助をするのだった。
夕刻、仕事を終えた音無が厨房へ行くと鳳翔と萩風が料理を整えていた。
「あら、提督。お疲れ様です」
「2人とも、料理はどうだ?」
音無の問いに、萩風が『グッ』とサムズアップした。
「ばっちりです!食べやすく、それでいて滋養の付きやすいものにしました!」
萩風が見せてくれたのは、うどんだった。
それも、卵と醬油ベースの出汁を絡めたらしいとても美味しそうなうどんである。
敢えて呼ぶならば、『卵出汁うどん』とでも言うところか。恐らく、松下五段も関わっているのだろう。
「出汁は近辺で取れたカツオから取った魚介出汁です。卵は養鶏場の卵で、魚粉などを与えている鶏のモノなので養分は間違いありません。消化を良くする一方で栄養を摂るためということで、煮込んだ刻み葱、おろしショウガと、少々アクセントにニンニクを加えました」
「女性は普通ニンニクって気にしそうだけど……大丈夫か?」
萩風は首を横に振った。
「確かに、女性として臭い……それも口臭はは気にしなければならないことでしょう。しかし、それもあくまで健康であればこそ、です。病人にとって一番重要なのは、まず体調を整えることです!それを二の次にしてはなんの意味もありません!」
「なるほど。道理だな」
ちなみに、醤油に関しては裏手に作った畑で栽培している大豆からチャーの指導で作らせたものであった。
相も変らぬチートぶりである。
『もう全部あいつ1人でいいんじゃないかな』とは、まさにSSS鎮守府ではチャーのためにあるような言葉だろう。
それはさておき。
「じゃあ、これは俺が持っていくよ」
「え、司令官が、ですか?」
萩風がキョトンとすると、鳳翔が『スッ』と耳打ちした。
「萩風さん。提督は自らの足と言葉でゆりさんを見舞ってあげたいのですよ」
「あぁ、なるほど。そういうことでしたか。では司令官、こちらも合わせて持っていって下さい」
萩風が差し出したのは、たっぷりの生クリームが乗ったプリンだった。
これも卵から作り出したものだろう。
「プリンって消化にいいから、胃が疲れている時に意外と推奨されているんです。もしゆりさんの食欲がないようであれば、司令官が食べて下さればと思ったのですけど……そういえば、司令官って甘いモノは好きですか?」
「あぁ。コーヒーが好きだからって、別に甘いモノは嫌いじゃないぞ。ただ、元々はあまり食べる習慣がなかったんだ。学生の内はバイトでアパートの家賃と生活費を稼ぐのに精一杯で、甘いモノ食べる余裕がなかった。仕事の間の眠気覚ましでコーヒーをよく飲んでて、気が付いたら好きになってた」
音無のかつての貧乏生活を思わせる話を聞いて、萩風がフルフルと肩を震わせながら音無の両手を掴んできた。
「分かりました司令官!今後は司令官の心も満たせるようなカロリー計算バッチリで、でも甘くておいしいものも作ります!萩風、頑張ります!」
ふんすと鼻を鳴らしながら意気込む萩風を見て、音無は苦笑しつつも『ありがとう』と礼を述べて、食事を載せたトレーを受け取ってゆりの寝ている部屋へ向かった。
部屋は寮の一部を使用しており、ゆりは副提督ということで一室を割り当てられている。
ゆりの部屋の前に立つと、音無がトレーを一回床においてノックする。
「ゆり、俺だ」
『えっ、音無君?』
「入って大丈夫か?」
少しの沈黙の後で『いいわ』という声が聞こえたため、音無は扉を開けて中に入る。
そこには、少し厚めのパーカーを羽織ってベッドに座っているゆりがいた。
額には熱○まシートを貼っており、寝間着で上気した頬を見せているということもあってか、中々に色っぽい状態であった。
「ほら、メシ持ってきたけど食えるか?」
「ありがとう。ちょうどお腹空いてきたところだったのよ」
ゆりはトレーを受け取ると、不意にニヤリと笑った。
「『あーん』してくれないんだぁ?」
「それは逆だろ。それに、うどんじゃやりにくい」
「ま、そうよね。からかってゴメンね」
「いいよ」
ゆりの気性はある程度心得ている音無としても、こんなことで怒りはしない。
「それでこそゆりだからな」
ゆりはベッドのサイドテーブルを自分の膝の上に異動させて、載せたうどんをツルツルと啜り始める。
「んんっ……美味しぃ……卵と出汁、いい具合ねぇ……」
「朝捕れのカツオから出汁を取ったんだってさ。ほら、甘いモノもあるぞ」
プリンを差し出すと、ゆりは『ニッ』と嬉しそうに笑った。
「さっすが鳳翔さん。分かってるわねぇ」
「あぁ。これは萩風が作ってくれたらしい。でも、二人揃うと寿司からフルコースまでなんでもござれだからな」
実は鳳翔に乗っていたコックは、お召艦だった比叡などにも負けない料理人が乗っていたらしく、和食以外にも様々な料理を作れたらしい。
ゆりはうどん一人前以上をぺろりと平らげ、プリンも美味しそうに食べ尽くしたのだった。
「は~食べた食べた。なんだか元気出て来たわっ」
「そりゃよかったよ。鳳翔さんたちに感謝だな」
やはり疲れから来る風邪だったらしい。栄養のある食事を摂っただけでかなり顔色が良くなっていた。
「音無君もありがとね。来てくれて嬉しかったわ」
「気にすんな。俺にはこれくらいしかできないからな」
謙遜しているが、来てくれたこと自体がゆりにとっては嬉しかったのだ。
だから、その思いを素直に伝えることにする。
「いいのよ。私はあなたが来てくれたことが嬉しかったの」
ゆりは自然と、音無の手を握っていた。
「ねぇ、音無君。その……お願いがあるんだけど」
「ん、珍しいな。どうした?」
ゆりは少しだけ音無の手を強く握る。
「その……今日、ね。私が寝るまででいいから……側にいてほしいの」
他の者には見せないであろう、ちょっと弱気な顔。
日向(ひなた)から以前聞いたように、ゆりにとって音無という男は間違いなく特別な存在なのだ。
少なくとも、こうして弱々しい姿を見せてもいいと思えるくらいには。
そして、音無もそれが分からないほど野暮ではない。
「あぁ。今日の仕事は、もう片付けてあるぞ」
それを聞いて安心したのか、ゆりはしばらくベッドに背中を預けて満たした腹を休めると、ゆっくりと眠りにつくのだった。微睡みの中で、ある思いを固めながら。
翌日、ゆりはすっかり回復していた。
「やー心配かけたわねー皆ー!安心してください!大丈夫ですよっ、てねっ‼」
「古くねーかい?ゆりっぺさんや」
日向のいつものような漫才みたいなやり取りに、皆もすっかり安心していた。
「ま、これで一安心ってもんだな」
「悪魔が戻ってきたかと思うと喜びばかりではない感情もありますけどね」
「おいゴラァ!今の一言言ったやつ出て来いやぁぁっ‼」
本当にいつも通りになったらしいゆりの姿に、一同もすっかり笑顔になっていた。
その姿に音無も『フッ』と笑みを見せていたが、その姿を見た日向は逆に、少し難しい顔になっていた。
「ひなっちセンパイ?」
「ん、や、ちょっとな」
皆が解散した後、日向がゆりを呼び止めた。
「ゆりっぺ。ちょっといいか?」
「ん、どったの?」
日向がゆりを連れて空き部屋に入ると、ゆりがキョトンとする。
「なによ。アタシのこと襲おうっての?」
「バーロー。んな度胸あったらとっくにやってるって」
「そりゃそうか」
「お前がいい女だってことはハッキリ言うけどな」
日向が真っ向からそんなことを言って来たので、流石のゆりも驚いた。
「あなたがそんなこと言うなんて、天地がひっくり返った気分だわ」
本当なら中の人的には岩沢に言わせたいところだが、場面的にしょうがない。
「イイ女だと思ってるから、自分の気持ちに正直になって欲しいと思ってる」
日向がまるで自分の考えていることが分かっているような態度を取っているので、ゆりはますます驚かされた。
「今更なに驚いてるんだ。お前が戦線を立ち上げた時からいるんだぜ。お前の変化くらいは多少なりとも分かってるつもりだ」
「日向君……」
「俺たちのために、お前はたくさん我慢してきた。だから、今はわがままを言ってもいいんじゃないか?たぶんだけど……今の音無なら、ちゃんと聞いてくれるさ」
そこまで見透かされていた。自分の思考回路が分かりやすいのかと思ってしまい、ゆりは恥ずかしくなる。だが、背中を押してくれる悪友の言葉がありがたくもあった。
「アホにそこまで言われたら、行かないと格好がつかないわね」
ゆりも笑い、なにか吹っ切れたような顔で『じゃ』と言って歩き出した。
「……ま、幸せになってくれりゃいいさ」
だが、それと同時に陰で聞いていた松下と高松は考えていた。
「あの音無さんとゆりっぺさんが……まぁ、これでいいのかもしれませんけどね」
「そうだな。音無を生贄にするような感じにはなってしまうが……」
「あの千差万別な艦娘たちと接することができる音無さんなら、ゆりっぺさんが相手でも大丈夫でしょう。何事にも『贄』を求める王様じゃあるまいし」
「『贄』の皇かぁ……」
2人の脳裏に、想像の音無が浮かび上がる。
『見て下さい提督!また新しい装備ができました‼』
『流石は俺の見込んだ装備だ。今まで色々造らせてきたが……やはりこいつが一番だな!』
『でも、どうやったらここまですごい装備になるんですか?』
『分からんか千歳?この燃料も、弾薬も、皆が掘り出してくれた鋼材とボーキサイトも、全てはこの、装備を作るための『贄』よぉ‼』
『これほどキレイに仕上がったと思うと、使うのが少々もったいないですねぇ』
『違うな』
『え?』
『攻略に遠征、掃討、演習に改修!装備は使うためにあるもの。使うなら、その装備を使うがいい‼かーっかっかっかっかっかっかのか……』
「……すごく、イヤ、ですね」
「言ってることは間違っていないんだがなぁ……」
「まぁ、音無さんは今のままでいい、ということで」
「うむ。そうだな」
閑話休題。
ゆりが外へ出ると、多くの艦娘が湾内で艦隊運動を行いながら各自演習を行っている。
合同演習もあれば単独で主砲や魚雷を撃っている者もいる。
ケッコンカッコカリしたメンバーも各員に指導をしつつ自分たちも演習を行っていた。
「……そうよね、分かっててなにもしないなんて、傍若無人なゆりっぺ様のやり方じゃないものね。やるとなったらどこまでも……」
ゆりは頬をパンパンと叩き、港を後にするのだった。
その夜、音無は珍しく自分用の個別浴場ではなく、日向たちが普段入っている大浴場で汗を流していた。
温泉旅館のように内風呂と露天風呂があり、音無は今露天風呂で日向と話をしていた。
「なんかさぁ、こういう男臭いの久しぶりな気がするなぁ」
「この間、黒野はめる時に執務室で作戦会議したろ?」
隣に並んでいる日向(ひなた)が言うと、音無は『そうだけど』と言いつつ話を続ける。
「あれはどっちかって言うと、ゆりがやりたいことをやってるっていう雰囲気だったから、少し違うかなぁって気がする。あの世界じゃ、お前たちと寮の風呂に入ることも多かったし」
「それは、そうかもしれないね」
音無の前に、体を洗い終えた大山が入ってくる。
「皆でお風呂に入っただけで、次の日に話をしたらゆりっぺが息荒くしたり、ユイちゃんが日向君を冷やかしたりしてたものねぇ」
ゆりが若干腐っているのは戦線では公然の事実である。
「それも含めて、今となってはいい思い出だな」
「That‘s Light」
背中を流している松下とTKも同意する。
「まあ確かに、今となってはいい話のタネだけどな……ところでさ、さっきからなにそんな隅で固まってるんだ、直井?」
音無の視線の先には、20人以上は余裕で入れる浴槽の片隅で、珍しいほど縮こまって固まっている直井がいた。
普段の尊大すぎる彼からすれば、信じられない光景である。
「いいえ、秋雲があのようなものを描いたのも、僕の弱みを見せてしまったせい。音無さんのお目を汚すような結果を招いてしまい、お恥ずかしい限りです」
秋雲の一件があって、音無は直井に謝罪をした。
『悪かったな。秋雲のせいで嫌な思いをさせて……』
しかし、直井は嫌そうな顔をしなかった。それどころか顔を真っ赤にしていた。
『もしかして、マジ?』
直井は恥ずかしそうにしながらも言った。
『愚かですよね。慕っているとはいえ、男性の名前を呼びながら自分を慰める男なんて……』
余程恥ずかしいのか、直井は今にも泣き出しそうだ。
本当なら、どんな形でも自分の口で言いたかったかもしれない。それが他人の悪行によって暴露されてしまったのだ。直井の心は大きく傷付いたことだろう。
以前の音無であれば、そんなことをしていたのかと呆れていたかもしれない。
しかし、今となっては数多くの艦娘の性癖を見てきた。姉妹艦同士、もしくは史実で密接な関係にある艦娘同士で深い関係を思わせる艦娘は少なくない。そう考えた時、音無は直井の頭にポンと手を置いていた。
『音無、さん?』
『誰のことを考えながら自分を慰めても、それは法に触れる訳じゃない。それに、こっちは何人もの女囲って、下手すりゃ暴行罪が適用されそうな抱き方もしてる準犯罪者だぜ?お前のやってることなんて可愛いもんだよ』
『音無さん……』
『だから、それについて俺はなにも言わない。ただし、これだけは言っておくぞ』
そう言うと、音無は直井の肩を抱いて引き寄せた。
『お、音無さん!?』
『今度は秋雲に見られない所でにしておけ』
『あっ、はい』
それだけは、真剣に返事をするのだった。
「俺も驚いたよ。まさか、直井が本気だったとはな」
「その、本当にお恥ずかしい」
「だから、気にするなって言ってるだろ?」
「そうは言ってもなぁ音無さんよぉ」
「股間の主砲がこんにちはしてたら、そりゃぁ恥ずかしいだろうよ」
日向(ひなた)と藤巻が言うと、音無は改めて直井の股間を見てみる。直井は必死に隠そうとしているが、勃起している逸物は隠し切れていない。
「まあ、人のこと言えないしな。前はこんなじゃなかったんだけどな」
音無は天井を仰ぎながら言う。日向たちが音無の腰に注目すると、なにもしていないのに直井の逸物の1.5倍はありそうな巨根が鎮座していた。藤巻たちはゴクリと生唾を呑んで見ている。
「確かにな」
「これはヤベーわ」
「うむ……1匹の雄としては羨ましいばかりだな」
皆口々に好き放題言っているが、音無が艦娘のあれこれで苦労していることは重々分かっているため、誰も嫉妬の気持ちはない。
むしろ、『あんな苦労しなくてよかった……』とすら思う部分もある。
日向に至っては『俺はユイだけで手いっぱいだしな』と言うところだろうか。縮こまっている直井の肩に、音無はポンと手を置いて言った。
「まあ、アドバイスになるかは分からないけど……直井、俺と同じくらい想いを向けられる女性を探してみるのがいいかもしれない」
「同じくらい……ですか?」
「ああ。家族だろうと、友達だろうと、相手はどうあれ大切にしたいと思えばその気持ちは愛情だと思う。だからこそ、直井が俺みたいに好きだと想える女性が見つかれば、その人との生活で少しでも満たされると思う。俺も、一番側にいたい人がいないから……」
音無は初恋の人であるかなでとは、もう会うことができない。それを理解したからこそ、直井は音無の言葉に重みを感じた。
「分かりました。すぐには無理かもしれませんが、音無さんのご厚意を無為にしないよう、僕も努力してみます」
「ああ、その意気だ」
音無が優しい笑みで直井の頭を撫でると、直井は嬉しそうな顔を見せた。音無と直井の話がひと段落すると、日向が会話に戻ってきた。
「で、音無よ。ゆりっぺのことはどうすんだ?」
日向のいきなりの言葉にも音無は動じない。
「そうだなぁ。本当、どうしようかなって感じだよ」
音無自身、ゆりのことをどう思っているかと言われると色々複雑なのだ。
そもそも音無が死後の世界で初めて出会った女性は、かなでではなくゆりだった。
思えば、恋愛マンガもビックリと言うべき最悪な出会いだったと言っても過言ではない。
音無はゆりの言う『そこが死後の世界』ということを信じられなかったため、ゆりのことを胡散臭いモノを見る目で見ていた。
だから彼女の言葉にも耳を貸さずにかなでに接触し、死後の世界ということを信じてもらうためということでいきなり心臓を突き刺されたのだ。
それがゆりを始めとした、『死んだ世界戦線』との出会いとなるのだった。
一度死んで起きた直後には野田にボコボコにされ、大人を頼りたくなり校長室に入ろうとすればトラップによって吹っ飛ばされて走馬灯を見る羽目になった。
しかし、そうこうしている中で自分が記憶を失っていることに気が付き、記憶を探す意味でも戦線に加入した。
それからも大変だった。
最初のオペレーション『トルネード』ではいきなりかなでと接触し、彼女に銃弾を当てることに成功『して』しまった。
ガルデモの歌に聞き惚れる暇もない激闘に、己の抱いていた認識が想像以上に甘かったことを突き付けられもした。
直後のギルド降下作戦の時にはトラップの影響でサバイバルを繰り広げる中、ゆりの体に抱き付いてよじ登ったこともあったし、その後の直井との争いの時にもなんとか助け出したことがあった。
死後の世界の接点ということで言えば、序盤はむしろかなでよりはるかにゆりとの接点が多かったのだ。
『影』が出てきた時、背中を預けて戦ったこともあった。
音無が自分の生前の体験を基に戦線メンバーを説得した時、彼女はどちらを支持するでもなく考える時間を皆に与えた。
その結果、ガルデモメンバーを始めとする戦線メンバーのほとんどが、最後の戦いを前に死後の世界を去った。
それは間違いなく、彼らなりに自分の人生が本物だったことを認識したからに他ならない。
そして『最後の戦い』を前に、『影』に呑まれそうになったゆりの意識という『手』を掴んで引き戻したこともあった。
最後、お別れの時にも、結局男女の仲と言うべき感覚にはならなかった。
しかし、こうして転生して改めて接点を持ったことで、互いに色々と変わりつつあった。
それが今の音無とゆりの状態である。
そんなことを、ふと思い出していた。
音無がそんな感慨にふけっていると、『フン』と鼻を鳴らす声が聞こえた。
「なにを悩んでいるのかと思えば下らない」
「野田」
それは、ゆりの『シンパ』と言うべきか『信奉者』と言うべきか分からないが、尋常ではなくゆりのことを慕っている男、野田の声だった。
彼も露天風呂に腕と足をおっぴろげながら浸かっている。
「おい音無。俺はお前のことを認めていない。昔も、そして今もだ」
「……まぁ、そうだよな」
野田の態度はほぼ一貫しており、ゆりが目をかけていた音無のことを最初から最後まで徹底的に認めていなかった。
すると、野田は音無を横目に見ながら『だが』と続けた。
「確かに俺はお前を認めていない。だが、ゆりっぺはお前を認めている。それどころか、お前という存在に対して強い意識を抱いている。なら……俺はゆりっぺの意思を尊重する」
「……お前、本当に変わらないよな」
思えば、最後に『影』と戦った際にも彼は『ゆりっぺの助けになる時だけだ!』と堂々と宣言して戦い続け、そしてゆりに別れを言うこともなく去っていった。
徹頭徹尾、野田という男はゆりのためにならなんでもできる、最弱にして最強の『アホ』なのだった。
「当たり前だ。俺はそのために生きている。それは例えあの世界でも、この世界でもそれは変わらん」
「そっか……そうだよな。世界は変わっても、やるべきことは変わらない、か……」
自分がゆりにどうしたいのか。それを考え、ゆりにどうしたいのかと思う。
「わかった。俺、頑張ってみるよ。ゆりだけじゃない。自分自身のためにも、な」
こうして、音無はさらに心を強く決めるのだった。
ゆりとどう向き合うか。ゆりとどうするかを。
音無が風呂を出てまず向かったのは、千歳の部屋だった。
「千歳、いるか?」
「あら、提督。なんですか?」
千歳は既に寝間着に着替えていたが、音無が来たことで目を輝かせていた。
「実は、さ」
音無はゆりに対して自分がどんな印象を抱いているかを改めて話した。
そのうえで、彼女の想いを確かめたいとも。
「想いを伝える=即体の関係を結ぶってことにはならないとは思うんだけど……一応、千歳に側にいてほしい」
すると、千歳が『でしたら』と言った。
千歳の考えは如何に……。
一度千歳と分かれた音無は、気持ちの整理をするためにと自分の部屋へ向かった。しかし、扉を開けて驚いた。部屋の中央には、寝間着らしい浴衣を羽織ったゆりが立っていたのだ。
「……ゴメンね、いきなり」
「いや、それは良いんだけど……まさかお前が自分から来るとは思わなかったよ」
「うん。ちゃんと自分で伝えたいことがあったから」
音無もまた、『もしかして』と気付いた。
ゆりは改めて音無の方を見る。
「音無君。私ね、あなたのこと好き、なんだと思う」
「ゆり……」
ゆりは音無の眼をしっかりと見つめてくる。
「あの時……黒野をはめる時にあなたに言ったこと、覚えてる?」
「あぁ。忘れもしないよ」
黒野をはめるため、ゆりは『鹵獲改装組に接待をさせる』と言った。音無が嫌がることも理解し、『あとでいっぱい怒っていいし、どうしてもって言うなら……あたしのこと、好きに嬲ってくれていいわ。でも……きっとこれが正しいの』と説得してきた。
ゆりはとても強く、同時にプライドの高い女でもある。
そんな女が『自分を嬲ってくれてもいい』とまで言う。
それが特別な好意を抱く相手でないとすればなんなのか。
「あの言葉、ウソのつもりはないわ。あなたがもし、私のことを好ましく思ってくれているのなら……私も嬉しい」
「俺もだよ。俺も、お前みたいな強くてカッコいい、そして優しい女に好ましく思ってもらえるなら嬉しいよ」
これで、ほぼ互いの気持ちは伝え合った。
だから、ゆりも最後の一押しを告げた。
「音無君。もう一度言うわ。私は1人の女として、あなたのことが好きよ。あなたがその気になってくれるなら、艦娘たちと同じように抱いて欲しいの」
「っ……」
ゆりの方から音無を求めてきたことは流石に予想外だったようで、音無が息を呑んでいた。
「あら、女にだって性欲はあるわよ。こう見えて私、あなたのことを想って1人で夜泣きする体を慰めたことだってあるもの」
「ま、マジか……」
「えぇ。艦娘ばかりがエロいわけじゃないってこと」
それもそうだ。そんなゆりの気持ちを聞いた音無もまた、改めて心を決めた。
「俺もだ。お前みたいなイイ女を、今なら抱きたいと心の底から思うよ」
ゆりもそれを聞いてニコリと笑う。
「自分で言っておいてなんだけど、私、面倒くさい女よ?」
「そりゃそうだよな。いつも無茶苦茶な作戦ばかり立てて、皆を振り回していたんだ。それは分かるよ。でも、面倒な女なんて艦娘の皆を見ていれば慣れるさ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……私、精々軽巡くらいの……それも阿賀野たちみたいなムチムチじゃなくて結構細い体型よ?それでも勃つの?」
「心配するな。俺はスレンダーな大淀や神通、それに中学生くらいの体形の如月まで抱いているんだぜ。お前でも普通に勃つさ」
「そ、それもそっか……」
確かに、音無が抱いている女性は巨乳・爆乳率こそ高いがスレンダーな女性がいないわけではない。
如月は古参且つ建造された年代も古い古強者だが、あの見た目ということもあって胸はかなり控えめな方だ(それでも睦月型としては大きいらしいが)。
そこまで言って、ようやくゆりも決めたらしい。
「じゃあ、私のこと、いっぱい抱いてちょうだい」
音無もゆりの顔を見ると、返事代わりと言わんばかりにキスをした。
キャラの解釈とか気になる方もいるかもしれませんが、私はゆりっぺさんは音無君のこと、好きだったと思ってますね。
周囲がアホ過ぎたこと、自分に意見もしてくれる人、自分の間違いを正してくれた人。
そんな人を意識しないはずがないのです……たぶん