まぁ……大体ネタの想像は着くと思いますね
それは、音無たちが西方海域に進出したばかりの頃だった。
ある日の夜の大浴場。艦娘たちは1日の疲れを取るべく皆楽しそうに入浴していた。しかし、脱衣所の一角で悲劇が起きる。
「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
大きすぎる悲鳴に居合わせた艦娘たちが何事かと振り返ると、そこにはすっぽんぽんでわなわなと震えている阿賀野型軽巡洋艦2番艦、能代の姿があった。
「うるっさいわねー……なによー、やかまし能代?」
毒を吐きつつ服を脱いでいた大井が覗き込みながら聞くと、能代は震えながら眼下の体重計を指さした。
それを大井やたまたま近くにいた他の艦娘たちも覗き込む。
「……え、なにこれ?」
「体重……随分増えたクマ?」
「これ、重巡のあたしたちより多くないかー?なー、古鷹ー?」
「う、うん……これ、結構すごいかも」
それぞれに好き勝手言っているが、能代は真剣そのものだった。
「すごいどころじゃないわよ‼ほら、お腹も見て!」
能代が自分のお腹の、それも脇腹のお肉を摘まむと、『むにゅう』と摘めた上に、『みょーん』と少し伸びたのだ。
「わっ、伸びた!」
「人間の腹肉が伸びるところなど初めて見たぞ」
天津風と磯風も驚く。どちらかと言えばスレンダーな体躯の艦娘が多い軽巡娘において排水量の都合上、数少ないムチムチ系が阿賀野型、特に上3人の姉妹なのだが、それを考慮しても明らかにムチムチが過ぎるのだ。
某ゲーム風に言うのであれば『状態・太り気味』と言うところだろうか。
「一体どうしてこんなことに……演習や遠征、出撃も皆と同じようにこなしているはずなのに……なんで、どうして?」
すると、新参者のArk Loyalが『ふむ』と顎に手を当てて考える様子を見せた。
「それなのだけど……見ている限り、アガーノを始めとする姉妹『2人』は他の2人と比べても食事量が多いように思うわ。ヤハーギとサカーワはそうでもないと思うのだけど……どうかしら?」
英国出身だからというわけでもないが、まるで探偵のような鋭い観察眼である。
それには他の艦娘、特に彼女たちをずっと見ていた古参組は納得できた。龍田が『あ~』と惚けたような声で言う。
「確かにぃ……矢矧さんは阿賀野さんたちと比べても明らかに運動が激しい割に食事量は控えめよねぇ……」
「矢矧さんはどちらかと言うとストイックだからかなぁ?」
「うぅ……鎮守府のご飯、美味しくてついつい食べ過ぎちゃうから……それが原因かしらねぇ……」
能代の言葉に納得はできるらしく、何人かの艦娘も『あ~』と声を上げていた。
「た、確かに……私や曙ちゃんもよく食べたあとは体重とお腹のお肉が増えちゃいますよねぇ……」
「潮はほとんど胸にいってるでしょーが‼ハッキリ言って羨ましいわそのデカ乳‼」
「確かに、潮はほぼ胸に栄養がいっているわね。曙はハッキリ言って全然変わらない」
「大きなお世話よ‼」
「やばっ、キタコレwww」
だが、第七駆逐隊のメンバーの言うことももっともである。こういう点は体質も大きく関わるので一概に『こう』とは言えないのだ。
一方で他の面々も矢矧や酒匂に関して言及している。
「酒匂は元々小食気味だったからねぇ。そういう意味じゃ私はおっぱいこそおっきいけど、お腹周りはそれなりに締まってるつもりだし。ねー、飛龍」
「そうよねー」
確かに蒼龍もかなりのムチムチ艦娘だが、音無との激しい『夜戦』もあってか、意外に腰は絞れているのだ。
飛龍も太腿こそむっちりしているが、これまた腰は絞れている。他の艦娘の多くも、鹵獲改装組を除けば太り気味というタイプはいなかった。
というか、鹵獲改装組ですら最近は音無との激しい夜を過ごすようになって徐々に引き締まった体になりつつある。
ある意味、太り気味の艦娘は阿賀野と能代だけとすら言える状態だ。
つまり、曲がりなりにも早さを重視する水雷戦隊の旗艦になるはずだった最新鋭軽巡洋艦としては、あまりよろしい状況とは言えない。
そして、能代がなにかに気付いたらしく『はっ』と声を上げていた。
「こ、このままじゃ……このままじゃマズいわ……」
「なにがマズいのよ?」
能代は太ったことよりも恐ろしい『なにか』があるらしく、先ほど以上にガタガタと震えていた。
「このままじゃ、『だらしない』の一言で神通さんの地獄トレーニングメニューが待っているわ……」
それを聞いた瞬間、他の駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦など、水雷戦闘を得意とする面々が『ピキッ』という音を立てて固まった。
「そ、それは……」
「ヤベークマ。確かに神通を怒らせるクマ」
「神通はこの鎮守府最初の軽巡だから、船としては先輩のはずの多摩や天龍たちにも容赦ないにゃ。あれは恐ろしいにゃ……」
この鎮守府における最古参の軽巡洋艦、神通。普段の穏やかさからは想像もつかない彼女のしごきは正に、『鬼の二水戦』と呼ばれるほどの迫力があった。
また、遠距離砲戦及び砲撃回避に関する指導と言えば古参の榛名と『鬼の山城』が有名であるが、それ以外でも『砲術の鬼』のScharnhorstが厳しい。
「頑張っているだけなのに鬼扱いされて……不幸だわ」
「まぁまぁ山城。私たちが怖がられてもそれで皆が生き残れるならいいじゃないの」
「そうよね姉様!姉様がそう言ってくれるだけで私、頑張れるわっ!」
一方、対空戦闘で言えば摩耶と初月、対潜戦闘は五十鈴が中心だ。
それはさておき。
「こ、このままじゃ神通さんと同じ二水戦のメンバーだったなんてとても名乗れない……はっ、それよりも!」
「ど、どうしたんですか?」
能代の急な表情の変化に驚いた羽黒がオドオドしながら聞くと、能代は『くわっ』と目を見開いた。
「阿賀野姉!阿賀野姉はどこ!?」
「阿賀野さんならまだお風呂に浸かってますよ」
能代はすっぽんぽんのまま前も隠さず(風呂場に入るので当然と言えば当然だが)風呂の中に入ると、阿賀野の姿を探した。
「あっ、いたっ‼」
能代は浴槽に浸かってカピバラのごとく『のへーん』と言わんばかりの緩い表情で風呂を堪能している阿賀野を力尽くで、無理矢理浴槽から引きずり出した。
阿賀野は『うにゃー!?』と言いつつほとんど抵抗することなく引きずり出される。いや、抵抗する間もなく、というのが正しいだろうか。
動かない阿賀野は浴場の床に転がされる。
「ちょっとなによ~能代ったら~……」
「いいから!っていうかもうちょっとシャキッとして!」
「これではまるでトドかアザラシだな」
ボソリとしたYorktownの容赦ない一言に、阿賀野と能代以外の全員が『ぷっ』と噴き出す。
「阿賀野姉、ちょっと失礼!」
「やーん、くすぐったいぃ~」
能代が阿賀野の腹肉を摘まむと、能代よりさらに長く『みょーん』と伸びていた。というか、人間の腹の皮の伸び方ではない。
皮だけ伸びている、というわけではなく、摘まんだ感じでは間違いなく皮の下にたっぷりの脂肪による駄肉が存在している。
それを見た一同は『うわぁ……』と引く。
「これって能代さんより酷いんじゃ……」
「だらしないわねー。私や北上さんを見習いなさいな」
「そうだよねー。大井っちもボインボインなのにお腹はキュッとしてるボン・キュッ・ボンだしー」
北上が『うりゃうりゃぁ~』とからかうように乳を揉むが、大井はむしろ嬉しそうに『あんっ、北上さんもっとぉ~♡』などと言っている。
そんな2人に磯風は呆れるばかりだ。
「まったく破廉恥な。で、能代。阿賀野の具合はどうなんだ?」
「……見ての通りよ。このままじゃ、マズいわ‼」
このようなことが明らかになれば、恐らく神通から普段とは比較にならない地獄の特訓という名のダイエットを課せられるに違いない。
「そ、そんなことになったら……体がスッキリ痩せる頃には心がゲッソリ痩せ細っちゃうわよ~!」
やせ細るどころか、終わる頃にはポッキリと折れてしまうかもしれない。
その光景を想像するだけで、もう能代は真っ青なままだ。
「それは……色々な意味で見るに堪えないですわ~……」
「うぅ~ん……熊野の言う通りかもねー。神通ってば厳しいから」
鈴熊の言葉に他の面々も『うんうん』と頷く。
「阿賀野姉!このままじゃ『神通ズブートキャンプ』送りよ‼そんなことになったら、絶対に立ち直れなくなるわよ‼それでもいいの!?」
神通のトレーニングはとにかく過酷なので、かつて大流行したトレーニングにあやかってそう呼ばれている。『鬼』と言われる厳しさを持つ神通の名前には、だらし姉ぇこと阿賀野も『うっ』と嫌そうな声を上げる。
「神通さんの特訓……そうだよねぇ~……あんなキツイの、想像するだけでもお腹がすいちゃうよ~……」
「腹を減らすなー‼まだ食べてさらに太るつもりかー‼」
もはや姉への気遣いもなく強烈なツッコミを入れる能代に、ジト目(普段からそのような眼にも見えるが、細かいことは気にしない)で見ていた日向が『まぁ、そうなるな』と呟く。
もっとも、阿賀野の方も比喩ではなく本当に想像するだけでお腹が空くらしく『ぐぎゅるるるるー』と可愛くない腹の虫が鳴いている。
本当に空腹の音ではないのだ。どちらかと言えば下した時に近い品のない音なのだ。
「こ、これ以上太ったら……ブクブクに肥え太ったブタさんになっちゃいますよ~‼鹵獲改装された加賀さんたちより危険です~!」
そんな後輩の姿を見たくないという羽黒が涙目で訴えると、阿賀野も今まで以上に『びき』と嫌そうな顔をした。
「ブ、ブタぁ?……それは、ヤダな~……」
すると、足柄が『ちょっとぉ、そんなことないわよー』となにやら補足する気で話に入ってきた。
「知ってる?ブタってブクブクしているように見えるけど、あれで体脂肪率は驚きの10%以下なのよ?」
「そ、そうなの!?」
羽黒は知らなかったらしく、逆に驚かされていた。
もちろん肥育されている家畜としての豚はともかく、野生の豚やイノシシはそれくらい引き締まっている、ということなのである。
しかもブタは雑食で凶暴な一面があるため、かつては人間の子供がブタの親子に喰い殺された例もあるのだ。そう聞けばブタが意外と『油断ならない』存在ということがよく分かる。
「そう。だから……メスブタというのは引き締まった戦う女の証!つまり、私みたいなイイ女のことを言うのよ~‼」
「それは全然違うと思うけど……っていうか足柄さんってあだ名は狼じゃなかったっけ?」
「どうでもいいクマ」
「そうにゃ」
目をキラキラさせながら自分を『メスブタ』呼びする足柄には、流石の瑞鶴たちも呆れるしかない。
またも話が逸れそうになってしまったが、能代は姉の肩を揺さぶりながら続ける。
「こ・の・ま・ま・じゃ!私も阿賀野姉も地獄‼地獄を見るの!だったら、地獄に落とされる前に自分たちからその一歩手前まで飛び込んで体をしっかりと引き締めましょう!ねえ、阿賀野姉ってばー!」
「っていうか仮にも一番の先輩がやることを地獄地獄連呼するなクマ」
「そうにゃ。後でバレたら地獄どころか無間地獄に落とされかねないにゃ」
球磨も多摩も大概ヒドイ言いぐさである。
とはいえ、段々と阿賀野の目も真剣になっていく。
「そう、だよね。よし、やろう!明日から!」
「そう、明日から頑張らないと!明日から!」
こうして、ダイエットで痩せるべく燃える2人だった。
その光景を遠目に見ていたHornetが呟く。
「これ……ComicとかLight Novelなら『痩せられないフラグ』ってアキグモセンセなら言いそうよね……」
「確かにそうかも……」
「あり得る、よねぇ……」
Hornetの未来を見据えた鋭い指摘に、風雲も巻雲も頷いてしまった。
翌日から、能代が徹夜して考えたダイエットメニューをこなすことになった。
まずはなんと言っても筋肉作り。
普段からやっている鍛錬の時間を伸ばしつつ、無理をしない程度で済むように時間を調整した。
腹筋、背筋、その他体幹を含めた各種筋肉を鍛えるべく、2人とも必死の形相で頑張っている。
阿賀野も普段の緩さからは想像もつかない真剣な顔である。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ~、痩せる‼」
「スリム!」
「戻る!」
「モデル!」
「やれる!」
「マッスル!」
「ハッスル!」
「頑張れる!」
「いける‼」
「いけちゃうー‼」
そして大食いとしてはキツイことだが、当然食事制限も必須である。
食堂でいい匂いの誘惑を受けつつも、能代は心を鬼にして鳳翔に答える。
「えっ、これだけでいいんですか?」
「そ、そうなんです。そのぉ……ちょーっとバルジが増えちゃって……」
「あらあら、ではお肉を鳥のささ身にしましょうね。そうすれば、高たんぱく低カロリーの栄養が摂れますよ」
「ありがとう鳳翔さん~……あ、くれぐれも提督には内密に……」
「えぇ、分かってますよ」
さらに萩風やGraf、Scharnhorstなど健康にうるさい面々も協力し、ダイエット向きの、しかしきつすぎないメニューをある程度の量はしっかりと食べるようにする。
多く食べる人が量を急激に減らすと、身体が危機感を覚えて逆に太りやすい体質になってしまうことから、少しずつ減らすつもりであった。
どのようなことであろうとも、基本的に無理は禁物なのである。
なお、そんな風に頑張る2人を見て、赤城もほんの少しだが食べる量を減らそうかと気にし始めたのは別の話。
そしてさらに実行したのがつまみ食いの禁止。
これまで阿賀野はちょくちょく赤城と共につまみ食いをしていたらしいが、他のメンバーにも頼んでそれを見張っていてもらうことにしたのだ。
鳳翔は意外と阿賀野には甘かったらしく、ギンバイを見ても特に怒らなかったので他のメンバーに阿賀野の監視を頼んだのだ。
「そ、そんな~……せ、せめてちょっとくらい~……」
「ダメよ阿賀野姉!その『ちょっと』の慢心があっという間にお腹の駄肉を作り出すのよ‼体重と贅肉は減らすのに時間がかかるけど、増えるのはあっという間なの‼」
「うぅ~……そうだけどぉ……たまには食っちゃ寝したいよぉ~……」
阿賀野も涙目になるが、神通にしごかれることの辛さを考えたのか、泣く泣く我慢することにしたようだ。
しかし……赤城は主食こそ減らそうとしたが、間食(ギンバイ)までは減らそうと考えられなかったようだ。
そのため、必死に我慢している2人を余所にこっそりと置かれているおつまみに手を伸ばす。
「阿賀野さんたちが食べないなら、もったいないので私が……」
「あ・か・ぎ・さ・ん?栄えある一航戦が我慢している後輩を差し置いてギンバイする気ですか~?」
当然、それを見逃す鳳翔(お艦)ではなかった。
しかし、彼女も伊達に暴食の女王と言われているわけではない。
「……ぱくっ、ぴゅーっ‼」
「待ちなさい赤城さーん!今日という今日は許しませんよー‼」
素早くつまんで逃亡を図る赤城に対して鳳翔が弓矢を放つと、九六式艦戦改二(超・熟練)を始めとする艦載機隊が飛び出し、機銃や爆弾を使って赤城を追い回すのだった。
その光景を見た藤巻と大山がが『まるで大原部長と両さんだな』『ぷっ。似てるかもっ』と呟いたという。
ある意味いつも通りの、ある意味平和な光景である。
そして運動や食事制限も重要だが、なんと言っても重要なのは正しい睡眠である。
規則正しく寝起きすることは、体内におけるホルモンバランスを整えることにも繋がる、と氷川丸とゆりから教わったのだ。
「ほら阿賀野姉、もう消灯時間よ!マンガなんて置いて寝なくちゃ!」
「え~?まだい~じゃん……」
「ダ・メ・な・の!」
「むー……仕方ないなぁ~……」
ぶーたれながらも神通のしごきを想像すると背筋が寒くなってきたので、渋々能代の言葉に従う阿賀野であった。
そんなことをしながら約2週間。
2人は毎日ヘトヘトになりながらもしっかりと頑張っていた。本来怠け癖のある阿賀野でさえ頑張っているのだから、これは褒められていい話である。
しかし、運命という奴は時として残酷なのである。
「おっ、2人とも随分頑張ってるな?」
「え、提督!?」
音無が、2人が頑張っている姿をたまたま目撃してしまったのだ……音無に知られたらベッドの中ででも神通に話をしてしまいかねないと思って内緒にしていたのだ。
あと、一応『乙女のプライド』という奴もある(彼女らを『乙女』と称していいのかどうかはさておき)。
「いや、神通から2人が最近随分と頑張ってるって聞いたからさ」
2人は思わず『ぎくーん‼』と体を強張らせる。まさか神通に頑張りを知られているとは思わなかったのだ。
もっとも、神通は良い方に解釈してくれていたようだが。
「だからさ、これは差し入れ」
2人が音無の持っている大きなお皿を覗き込むと、そこには大きくとても美味しそうなケーキが入っていたのだ。
「疲れた時は甘いモノがいいからな。甘いモノ好きだろう?」
しかも、かなり大きい。普通のホールケーキよりも一回り以上大きいのだ。
恐らく、艦娘が普通の人間よりも多めに食べると神通から聞いた音無が大きめに作ってくれるように頼んだのだろう。
ダイエット中の2人にとっては、ハッキリ言ってかなり目の毒である。
既に阿賀野はキラキラと目を輝かせていた。
「わぁケーキ!」
「ど、どうしたんですかこれ?」
「2人が頑張ってるって聞いたからさ、たまにはこういうのもいいんじゃないかって思ってさ。ExceterやPerthたちに作ってもらったんだ」
英国艦娘は基本的にメシマズ(褒め言葉(笑))だが、スイーツ作りに関しては他の追随を許さないこだわり具合を見せる……スターゲイジーパイのような特殊な例を除いて。
「そ、そうなんですか……」
音無が見せたケーキは生クリームたっぷりで、色とりどりのフルーツがふんだんに乗っているため、鮮やかで美しくもあり大変美味しそうに見える。
「ゴクリ……で、でも、今は食べる訳にはいかな阿賀野姉えええぇぇぇ!?」
「モグモグモグ……うーんおいしい~!」
「ちょっと阿賀野姉!食べちゃったら……」
「あれ、能代はケーキ苦手だったっけ?」
問われた能代は『うぅ……』と呻くものの、キラキラ輝くケーキを見て、ついに逆らうことはできなかった。
「い、いただきますぅ……うわおいしぃぃぃぃぃぃ……」
能代はあまりに美味しいケーキに涙を流して喜んでいた。しかし、その涙の中には『あぁ、食べちゃった……』という後悔もあった。
結局、能代は三分の一ほど、阿賀野が残りを食べ尽くしてしまった。
音無は笑って『そんなに喜んでくれるなんて思わなかったよ』と嬉しそうだった。
しかも、『また皆に作ってもらうよ』と言っていたので、また近いうちになにかしらスイーツが出てくるだろう。
阿賀野は満足そうに膨れた腹(比喩ではない)を『ぽんぽん』と叩いていたが、能代はお腹を擦りながら『うぅ……』と泣くことしかできなかった。
その夜、体重計に乗った能代はまた泣いていた。
「うぇぇ~ん……また体重増えちゃったぁ~……」
「い~じゃん能代~。ケーキ美味しかったんだし~」
そんな風に楽しそうな姉と嘆く姉を見ている矢矧と酒匂も、浴槽に浸かりながらため息をついていた。
「まったく。阿賀野姉も能代姉もしょうがないんだから……」
「ねえ矢矧ちゃん。阿賀野ちゃんたちのお腹のお肉をひっこめるいい方法ってなにかないのかなぁ?」
だが、矢矧は首を横に振ることしかできない。
「こればかりは自分でどうにかしないといけないから。多少手助けくらいはできるかもしれないけど、最終的には自分で克服するべき問題よ」
「そっかぁ~……仕方ないのかぁ~……」
「そうよ。元はと言えば自分の不摂生が原因なんだから。こういうのは、甘やかしちゃダメなの」
そうは言いつつも、矢矧もなんとなく心配そうな顔をしている。
なんだかんだ文句を言いつつも、大事な姉妹のことを心配しているのだ。
もっとも、当の矢矧の体はと言えば乳房の大きさは姉二人のように豊満だが、明らかにハリが違う。乳首もツンと尖っており、ブラジャーなしでも上向きの乳房を保てるほどのハリを持っているのだ。
しかも、そのお腹は『キュッ』と引き締まり、それでいてお尻はまるで桃のような丸みを帯びており、上の姉2人どころか多くの艦娘が羨ましがる『グラマラスなモデル体型』とでも言うべき体つきなのだ。
一方の酒匂はお尻こそ可愛らしい丸みを帯びているが、それ以外は控えめな体系である。しかし、腹に至っては着任当初はあばらが浮いているほどやせ細っていた。
これは酒匂に限らず、太平洋戦争後期の食糧及び燃料が厳しくなってきたころに就役した艦娘たちによく見られる傾向である。
酒匂以外では、秋月型や航空母艦の雲龍などがいい例だ。
雲龍など、贅沢な食事を食べるだけで腹を壊してしまうというほどに胃腸が弱い。
もっとも、秋月型のメンバーもそうだが、今でこそ鎮守府の美味しい食事を、それも量を多く食べるようになったことでそれなりに丸みを帯びた体になっている。
全ては音無の余裕ある鎮守府運営のお陰である。
しかしその結果は、太りやすい艦娘がさらに太る結果を生み出してしまっているのだった。
「うーん……どうにかならないのかなぁ……?」
翌日、酒匂は朝ご飯を食べ終えると遠征に向かうべく『とてとて』と歩いていた。
昨夜はそのままぐーすか眠ってしまったが、朝起きても能代がげんなりした顔だったことを思い出し、酒匂も気になってしまったのだ。
「うーん……でもこれ以上できることなんてあるのかなぁ~……やっぱり神通さんに相談するのが一番……でもそんなことして阿賀野ちゃんたちがヌケガラになっちゃうのはヤダな~……」
すると、夜間哨戒から帰投した秋雲と江風、さらに朝雲と山雲に敷波、それに開発の手伝いに行こうとしてたまたま合流したHornetが現れた。
「あれ、酒匂じゃん。どったの、暗い顔して?」
「あっ、秋雲ちゃん」
その時、酒匂は秋雲がマンガや同人誌を書くために色々な知識を仕入れていることを思い出した。
「ね~秋雲ちゃん。気持ちよく運動できて痩せることができる方法ってなにかあるかなぁ?」
「へ?あぁ、能代さんたちのことかぁ。やーっぱ痩せられないかぁ。ホーネットから聞いててなんとなく想像ついたけど」
秋雲とて女の子。言動は親父臭いところがあるとはいえ、気にしているところが分からないわけではない。
「そーだねー……矢矧さん辺りなら言いそうだけど、やっぱり自分でどうにかするしかないんじゃないかなぁ」
「そうかなぁ……」
「そうよ。そういうのは甘えたら負けなの、負け!」
「ふふふ~。朝ちゃんは厳しいわねぇ~」
すると、秋雲が『ニヤリ』と意地の悪い笑みを浮かべた。
「そーだ酒匂ぁ~いい方法思いついたよ~」
「えっ、なになに!?」
秋雲の意地悪そうな笑みにHornetたちは嫌な予感がする。
「あ~でも、阿賀野さんたちにできるかなぁ~?」
「なにをすればいいの?ねぇねぇ!」
秋雲は勿体付けて『しょうがないなぁ』と言った。
「そ・れ・は・ね……セックスよ‼」
「……せっくすって、提督さんと千歳さんや色んな人たちがしているえっちなことだよね?赤ちゃん作るっていう」
「う、うん……真面目な顔で返されるとリアクションに困るわ~……」
「アキグモセンセが勿体付けてセクハラ発言するのがいけないんじゃない」
だが、秋雲も一度言ったことは撤回しないつもりらしく続けることにした。
「あのね、酒匂。セックス……性行為っていうのは本来とても体を激しく動かすものなのよ」
「そうなの?」
「そうよ。その証拠にまず提督。これ、着任したばかりの頃の写真よ。ほら、水着」
「なんでそんなもの持ってるのよ……」
朝雲が呆れているが、秋雲も細かいことは気にしない。
「あ、結構ほっそりしてたんだ~」
「で、こっちがつい最近の写真」
そこには、明らかに筋肉が付いたイケメンが写っていた。
「え、こんなになってるの!?」
「そうよ~。それにほら、千歳さんや鹵獲改装組の面々を見なさい。皆ムチムチ系だったのに今だいぶスッキリしたじゃないの」
「あっ、そうだった!」
それにはHornetも『そうね』と同調した。
「アキグモセンセを肯定するつもりじゃないけど、Sexは全身運動だから痩せるには結構いいって話はあるわ」
「それに、提督が相手なら艦娘は基本的に気持ちよくなれるみたいだから、辛いことが苦手な阿賀野にもピッタリでしょ~」
「そーなんだー‼それすごいねー‼」
酒匂はすっかり目を輝かせていた。
秋雲の言うことも全て出まかせというわけではないので、余計にタチが悪い。しかも珍しくHornetがほぼ信じているのも問題だった。
「わかった~‼提督さんに阿賀野ちゃんたちと『せっくす』してもらえるように頼んでみる~‼」
そう言うと酒匂は『ぴゅーっ』と擬音がしそうな勢いで走っていった。
「にひひひ~……あの純真な酒匂にセックスがどうのなんて言われた時の提督の顔を想像するだけで面白いわ~」
「もう~……秋雲って本当にいい性格してるわよね」
すると、廊下の曲がり角を曲がろうとしたところで酒匂が一瞬足を止めて振り返った。
「そうだ!ちゃんと秋雲ちゃんたちから教えてもらったって提督さんにも言っておくから~!」
「え!?」
「きっと提督さん褒めてくれるよ~‼それじゃ~!」
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさい酒匂って足はやっ‼流石最新鋭軽巡!?」
酒匂はほぼ一瞬で角を曲がって消えてしまった。
あとに残された秋雲たちは顔を青くする。
「や、ヤバい……」
「どうするのよアキグモセンセ!」
秋雲が出した結論とは……
酒匂は執務室の前に辿り着くと、止まって呼吸を整えてからノックした。
「提督さーん。酒匂です~」
『入っていいぞ』
扉を開けると、ちょうど食後のコーヒーブレイクだったらしく千歳とコーヒー好きなフランス艦娘で本日の秘書艦を勤めるDankerkが一緒にコーヒーを飲んでいた。
「どうした、酒匂?なにか欲しいものでもあるのか?」
「提督……酒匂さんのこと妹扱いですね……」
「まぁ、Admiralの気持ちは分かるわ。私も妹はカワイイもの♪」
酒匂は『あのね、あのね』と拙く続ける。
「提督さん、阿賀野ちゃんと能代ちゃんと『せっくす』してあげてくださいっ!」
直後、執務室の空気が『びき』という音を立てた……気がした。
音無は持っていたカップのコーヒーを一口飲むと、カップを置いて酒匂に微笑んだ。
「うん。どうしてそんな話になったんだ?」
「あのね、あのね。阿賀野ちゃんと能代ちゃんお腹のお肉が増えちゃって大変だって秋雲ちゃんに話をしたら、提督さんと『せっくす』するといいって教えてくれたの~」
「ほうほう」
「ホーネットさんも納得してたから、きっとこれがいいんだって思ったんだ~……提督さん?」
音無はなにも言わずに酒匂の頭をナデナデすると、いい笑顔で振り返った。
「ダンケルク、酒匂にお菓子を食べさせてやってくれ。あぁ、ヨーロッパの方からいいチョコレートが入ってたよな?あれをあげよう」
「えっ、チョコもらっていいの?わーい!」
酒匂は『あぐあぐ』と美味しそうにチョコを頬張るが、音無はなにも言わずにそのまま外へ出ていってしまった。
その後のオチが想像できた千歳は、『ははは……』と苦笑することしかできなかった。以前も似たようなことがあったと聞いていたDankerkは、顔の前で十字を切った。
「Amen……」
その10分後、音無は両手に持ったM1バズーカの片方をぶっ放して、秋雲の部屋の扉を蹴破っていた。
「秋雲の大バカヤロウはどこにいる‼出てこーい‼」
「ダンベル何キロ持てるか試すためにシル○ーマンジムに入会手続きに行きましたー‼」
「きゃぁー‼」
言い訳と悲鳴を上げさせられた風雲と巻雲こそ災難だったと言えよう。
余談だが、結局阿賀野と能代は自分たちだけではどうにもならないと判断して神通にお願いして鍛え直してもらうことになったという。
「ぐえぇぇぇ……き、キツイいぃぃぃぃ……」
「ほら、まだ30分残ってますよ。頑張ってください」
「うえ~ん……お腹空いたよ~……」
「……チックショー!ダイエットなんて……大っ嫌いだー‼」
能代の心の叫びが、鎮守府中に響き渡るのだった。
……はい。性懲りもなく部長オチです。
2人の明日はどっちだ……
次回は7月19日に投稿しようと思います。