※この作品はR-18です。

仁の世を目指す者は今日も猫を追う   作:ニコール

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呂布討伐

あの後、私と猫煌は曹操の元へ行き、今後の動きについて確認をした。

 

「本来ならば、お前はここにいるはずではなかったんだがな……猫煌」

 

曹操はやれやれと諦めた表情で猫煌の方を見た。

 

「生憎、体質のせいか回復力は人一倍あるのでね……」

「………」

 

曹操と猫煌の会話に、何も知らない武将たちの空気が重たくなった。そんな空気を斬ったのは、やはり夏侯惇殿だった。

 

「おい、孟徳。くだらない会話は後にしろ。今は呂布討伐の話し合いが先だ」

「そうだな。劉備軍の者たちも集まった。では、呂布を葬る術を話し合おう」

 

曹操の合図と共に郭嘉殿が机の上に地図を広げ、状況が分かりやすいように地図の上に駒を置いた。

 

「まずは、私から状況説明を……。昨夜から私たちは下邳の周りの水路を使った水攻めの準備をしています。そして、呂布は下邳城に籠っており、堅牢な城を盾にこちらを追撃する構えかと」

 

郭嘉殿は私たちや他の武将に見えやすいように駒を動かしていく。

 

「一方、我らは曹操軍と劉備軍の連合。兵力、食料、士気ともに十分な状況だ。実情は呂布を下邳城に追い詰めていると言っていい。敵には見かけほどの余裕はない……この機に、いかにして呂布を討つか。具体的な作戦の確認は、立案した荀攸殿に説明してもらいます」

 

郭嘉殿の言葉に、荀攸殿が前へ出てきた。

 

「ここからは俺が話します」

 

「下邳城は二重の城壁を持つ難攻不落の要害です。正面突破は不可能と考え、三段階の作戦を立てました。第一段階は現在準備を進めている水路塞ぎで、下邳の水を完全に遮断します。これにより水攻めが可能になります」

 

私や他の武将たちは地図を見つめながら頷いた。

 

「次に第二段階です」

 

ここにいる皆が静かに聞いているため、荀攸の声が天幕に静かに響く。

 

「孤立した下邳城に対して大規模な包囲網を曹操軍で敷き、退路を完全に断ちます。逃げる場所を与えないという圧力をかけます」

「なるほど、完全に包囲して呂布軍を叩き潰すということか」

 

猫煌は荀攸の説明を理解したようだ。

 

「はい、その通りです。それで包囲網の位置で呂布に近づくのは、曹操殿と劉備殿が率いる部隊……もし可能であれば早めに呂布を討ち取っていただきたい」

 

荀攸は曹操の駒と私の駒をゆっくり動かし、呂布の駒を倒した。

 

「報告によれば、水止めももうすぐに終わると……」

「……作業が終わり次第、各隊は指定場所に移動せよ。水門が崩壊したその時が決戦だ」

 

曹操の瞳には、確実に呂布を討ち取ろうという意思が見える。私も同じだ……呂布の行いは見過ごすことができず、何より猫煌を傷つけた借りは返さなければならない。

 

各武将たちが天幕から出ていく。私たちもそれに合わせて天幕を後にし、指定場所へと向かった。

 

「しかし、呂布軍のやつら全く動く気配がないな。本当に呂布は籠城戦でもやるつもりなのか?」

「向こうには策を得意とする陳宮殿がいる。これも何かの策の一環なのだろう」

 

雲長と翼徳の言う通りだ。いくら数が少ない呂布軍とはいえ、動きが無さすぎる。頭の中で最悪の展開を考えるものの、それ自体を考えるのは良くないと意識を切り替え、静かに朝日に包まれた下邳城を見つめていたその時だった。

 

ドオォォン!

 

各門が水流により破壊された音が響き渡った。

 

「合図だ、行くぞ!」

 

私の掛け声と共に、猫煌や雲長らを引き連れて、馬で一気に下邳城に攻め込んだ。

 

勢いよく門を破壊して侵入した我々の前に、予想以上の敵兵が立ちはだかった。鉄の槍を持った兵士たちが密集隊形で迎え撃ってくる。

 

「怯むな!敵は少数だ!」

 

雲長が先頭を切って突入する。

彼の大刀が風を切る音と同時に、敵兵の悲鳴が響き渡り、私も剣を構えて突進する。

馬に乗りながら、猫煌と共に一人、二人と兵を薙ぎ倒しながら城内に進んでいく。

 

「猫煌、無理はするな!」

 

背後から馬でついてくる猫煌に声をかけると、彼女は巧みに弓と剣で敵を捌きながら答える。

 

「無理だって?これが無理しているように見えるのかよ!」

 

猫煌の手には見たことがない武器、弓に変形し、双剣にもなるという一風変わった仕様だ。

 

「その武器、新しく作ったのか?」

「あぁ、あそこでは暇すぎて独学する時間があったからな。自分用の武器を作り上げた!これで弓と剣を交互に変える必要がなくなる!」

 

猫煌は華麗に敵兵の攻撃をかわし、反撃をしていく。

このまま順調にいけば、呂布の元へ辿り着ける!そう思ったその瞬間だった。

 

「女の馬を狙え!」

 

弓兵が猫煌を狙って矢を放ってきた。

 

「なっ!?猫煌!」

「……つ!」

 

猫煌は咄嗟に馬から飛び降り、空から降り注ぐ矢を叩き落として避けていく。

 

「こっちだ、猫煌!」

 

私は馬を走らせながら猫煌に手を伸ばし、それに応えるかのように彼女は私の手を取った。その手を強く引き、猫煌を後ろに乗せると、このまま呂布の元へと駆けた。

 

「流石は陳宮殿だ、確実に連合軍の戦力を封じようとしてきている」

「なら、曹操軍の方も苦戦しているな。下邳城の本丸までの道はここしかない。後ろから戦力を削りにくる曹操軍は、私たちよりも多い敵兵を相手にしないといけない!」

 

彼女は喋りながら、背後から降り注ぐ矢を剣で薙ぎ払った。

 

「戦況が変わる前に一気に呂布の元へ行くぞ、猫煌!」

 

馬の腹を強く蹴り、さらに速く本丸へと向かおうとしたその時だった。

 

ドオォォン!と突然地面が揺れ、この一帯に衝撃が走った。

そして、前方から連合軍の兵達が次々と吹き飛ばされていく。

 

「な、なんだ!この地震のような衝撃は……それに前で何が起きて……」

「玄徳、今すぐ馬から降りて、構えろ……あの男が来る」

 

猫煌と私はすぐに馬から降り、素早く武器を構え、前方を注意深く見つめた。次々と飛ばされていく兵達の中心には、黒の鎧に身を包んだ呂布の姿があった。

 

「随分と早い登場だ…」

「あいつのことだ、陳宮の制止を振り切ってここに来たんだろう」

 

私と猫煌は思わず息を呑む。それもその筈、私たちは一度奴と剣を交えている。だからこそ分かる、奴がこの国で最強の武将であり、簡単には討ち取れない男だということを。

 

「雑魚は引っ込んでろ!」

 

奴の持つ方天戟が一振りされるだけで、十数人の兵士が倒れていき、まるで嵐のような猛攻で私たちに近づいてきた。私は再び剣を強く握りしめたその瞬間――キィィィン!と刃と刃が強くぶつかった。

 

「ほう?お前がここにいるとはな、劉備!」

「……っつ……呂布」

 

ギチギチと刃の音が響き、呂布の力強い押しが私の脚を後退させる。

 

「そんな力で、貴様は俺と闘うのか?」

「確かに、私一人では到底お前には敵わない……だが!」

 

私の言葉に応えるかのように、呂布の背後から猫煌が素早く現れた。

 

「あの時の借りは返すぞ!呂布!」

「っつ!?あの時の鼠か!」

「お前に鼠だなんて呼ばれる筋合いはない!」

 

猫煌の叫びと共に、両端に刃を持つ剣が閃光のように呂布へ迫る。呂布は素早く方天画戟を回転させ、彼女の斬撃を受け止め、ギィンッ!と火花が散った。

 

その衝撃に呂布の目が僅かに細まる。

 

「ほう……前よりはマシになったか」

「そう言ってくれるとは嬉しいね!」

 

彼女は瞬時に踏み込み、回転を加えた横薙ぎを繰り出す。呂布が大きく跳び退いた隙に——。

 

「玄徳、左だ!」

「承知!」

 

私は猫煌の鋭い指示に応え、彼女が右側面へ滑り込む。左右から二人で同時に呂布へ迫り、私の直線的な突きと、彼女の弧を描く斬撃が交差する。

 

ガキンッ!

 

しかしその攻撃でさえも、呂布は簡単に受け止めてしまう。

 

「甘い!」

 

呂布の方天画戟が唸り、私の剣を弾き飛ばすと同時に、猫煌の脇腹を狙って薙ぎ払う。

 

「くっ!?」

 

猫煌は咄嗟に身を捻り、武器を盾代わりにするものの、呂布の力が強く、装甲がひしゃげる鈍い音と共に吹き飛ばされた。

 

「つぅ……浅いんだよぉ!」

 

猫煌は宙で回転し着地し、すぐに次の一手を構えていた。私は後退しながら剣を素早く拾い上げ、猫煌の元へ駆けた。

 

「大丈夫か、猫煌……!」

「……なんとかな」

 

彼女は頬から伝い落ちる汗を袖で拭い、呼吸を整える。

 

「ふぅ……。雲長や連合軍の奴らが来るまで、何とか足止めしないとな」

「そうだな……。猫煌、今度は私が前を張る!お前は隙を見て背後を狙え!」

「了解!」

 

私は素早く劉備の間合いに入り、再び呂布と真正面から打ち合い始めた。剛と剛の激突、それは剣戟の嵐が周囲の空気を震わせた。

 

ギンッ! ギギンッ! ギャンッ!

 

「ふん……前よりは骨があるか」

 

呂布は楽しむように笑うが、それとは反対に私は額に汗が滲む。何とかして呂布に隙を作らせなければ、猫煌の一撃が入らない!私は呂布の攻撃を受け止め、かわしながら反撃を仕掛ける。

 

「…足りぬ!足りぬぞ!俺をもっと楽しませろ!」

 

呂布がさらに攻めようとしたその時——。

 

「今だ!」

 

猫煌が呂布の死角から跳躍し、奴の背中へ肉薄する。

 

「なめるな!」

 

呂布が信じられない速度で回転しながら方天画戟を振るうと、バキィィン!と猫煌の剣が折れた。

 

「なっ!?くっ、まだまだぁ!」

 

しかし彼女は躊躇わず、そのまま体重を乗せ肘打ちで呂布の側頭部を狙う!

 

ゴッ……!

 

猫煌の肘打ちが見事に命中し、呂布の巨体が僅かに揺らいだ。彼女は止まることもなく、すぐに畳み掛け、膝を呂布の腹部に打ち込んだ。

 

ドスッ!

 

「っ……!」

 

この戦闘の中で呂布が初めて苦痛の色を見せた。

 

「今だ、玄徳!」

「うおおおおお!」

 

私は渾身の力を込めて、呂布へ突進する。この隙は猫煌……彼女が命がけで作った隙だ!これで呂布を討ち取る!

 

呂布は私の突進に気付き、すぐさま体勢を立て直し、方天画戟を素早く振り上げ、巨大な刃が私を目掛けて振り下ろされた。

 

「避けろ、玄徳!」

 

猫煌の呼びかけが耳に入る。しかし、ここでこの攻撃をかわしたら、呂布は確実に隙を作らなくなり、討ち取ることができなくなる。ならばここで私の命を引き換えにしてでも止めてみせる!

 

「はぁぁぁ!」

「うぉぉぉ!」

 

呂布の咆哮と轟音で大気が裂け、私の耳に響いたその刹那——。

 

「玄徳!」

 

猫煌の叫びと共に、彼女が私と呂布の間へ滑り込む。ザンッ!と鋼が肉を裂く音が耳に入り、猫煌の左腕が肩から切断された。

 

「がッ……!」

 

鮮血が噴水のように舞い上がり、切断された腕が宙を舞い地面に転がる。猫煌の顔が歪み、呻き声と共に後方へ吹き飛ばされる。

 

「猫煌!」

 

私の絶叫が戦場を響き渡らせ、すぐに猫煌の元へ駆け寄った。

 

「猫煌!猫煌!しっかりしろ!」

「はぁ……はぁ…」

 

猫煌は血まみれの地面を転がりながらも片手で必死に起き上がろうとするが、切断面から止めどなく溢れる血と激痛で起き上がれない。

 

「ふん……庇うとはな」

 

その様子を見た呂布が鼻で笑う。

 

「……確かお前は仁の世を目指すとか言っていたようだな。それがどうだ!己の非力さ故に女に庇われ、挙句の果て腕まで斬り落とされている。お前が志すものは、最強の男になる俺にとって、まとわりつく虫みたいなものだ」

 

切断面から伝わる灼熱の痛みで呼吸が乱れるが、呂布の言葉に猫煌の表情は怒りに満ちる。

 

「……お前に玄徳の何がわかる」

 

猫煌は歯を食いしばりながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「お前は知らないようだから教えてやる……お前は最強になるとか言ったか?」

「そうだが?」

「……はは、お前は最強の男にはなれねぇよ」

 

私は今でも倒れそうな彼女に駆け寄り、彼女の体を支えた。

 

「もういい、猫煌!すぐに止血を……!」

 

彼女への心配から私の手が震え、全身から冷や汗が噴き出していた。

 

「大丈夫だ、玄徳。おい呂布、もう一度言う。お前は最強の男にはなれねぇ……玄徳がお前に突進した時、玄徳を下に見ているお前なら、あの攻撃なら簡単に薙ぎ払いで防げたはずだ。だがお前はそれをしなかった……それは、お前が劉玄徳に恐れを感じ、認めたからだ!」

「!?」

「俺がこの男を認めただと?何をふざけたことを……」

「ふざけて、この状況でこんなこと言うかよ……」

 

呂布がゆっくりと歩み寄る。

 

「この俺がこの男に恐れていると言ったか?ならこの俺を倒してから言ってみろ!」

 

猫煌の瞳が苦痛に霞み、ふらつきながらもボロボロになった剣を掴んだ。

 

「……玄徳……私はまだ戦える」

「馬鹿を言うな!これ以上は……!」

「……お前は本当に優しいやつだな。そんなお前だからこそ、私はどうしても無茶をするかもしれない……優しいお前を守りたいって」

 

私は目に涙が滲むが、猫煌はそんな私を見ることもなく、最後の力を振り絞り、右手で折れかけた剣を構える。しかし、限界なのか猫煌は意識が飛んで倒れそうになり、彼女を受け止め支えた。

 

切断面から滴る血が石畳を濡らす光景は、自分の心を深く締め付け、自分の弱さと呂布に対する怒りが溢れ出そうとしたその時だった。

 

「兄者!」

 

雲長の呼び声に振り向くと、そこには陣太鼓の轟音と共に、馬に乗った曹操の姿が現れた。整列した曹操軍の騎馬隊が戦場へ雪崩れ込む。

 

「何だ?新手か?」

 

呂布が僅かに眉を寄せる。

 

そんな中で曹操の視界に映ったのは——血の海の中で片腕を失い、死にかけている猫煌だった。

 

「…………」

 

一瞬の沈黙。曹操の目が冷酷に細くなる。

 

「孟徳!呂布め……!」

 

夏侯惇殿が叫ぶが、曹操は夏侯淵にすぐに指示をした。

 

「夏侯淵、張飛と共にすぐに猫煌を連れて撤退し、直ぐに医者に診せろ。今ならまだ間に合う」

「分かった!」

 

曹操は夏侯淵殿と翼徳と共に私の所に駆け寄ってきた。

 

「劉備……」

 

私が顔を上げると、曹操の目は彼女を心配する目になっており、彼女の頬に着いた血を優しく拭った。

 

「その傷……あの時より……酷いではないか」

 

曹操の声が掠れている。

 

「猫煌……」

 

猫煌がかすかな意識を取り戻す。口を開こうとするが、出血多量で言葉にならない。

 

「おいおい、姉者、しっかりしろ!」

 

これ以上このままだと危険だ。私は一言夏侯淵殿と翼徳に言って猫煌を渡した。

 

「夏侯淵殿…翼徳……猫煌を頼む」

 

夏侯淵殿と翼徳は私の言葉で何かを察したのか、それ以上のことは何も聞かずすぐに猫煌を連れて撤退した。

 

「呂布…お前はやはり獣以下だ」

 

曹操の低い呟きが戦場に響き、普段は冷静な曹操の顔から一切の表情が消えていた。それは私も同じだ。猫煌……彼女は今無事に戦場を離脱した。ならば、ここからは何も心配せず戦える。

 

「行くぞ!必ず奴の首を獲れ!」

 

糸が切れたかのように曹操の怒号が戦場を揺るがすと、夏侯惇殿が即座に動き出し、それに合わせて私と雲長も動き出した。

 

「兄者!」

「あぁ!行くぞ、雲長!」

 

空気が張り裂けるような轟音が戦場を埋め尽くした。夏侯惇の咆哮に呼応するように、曹操の軍勢が一斉に動き出す。大地を揺るがす馬蹄の響きと、剣戟の音が交錯し、まさに地獄絵図と化していた。それでも――。

 

「猫煌を奪われてたまるか!」

 

その一心で私は剣を握りしめる。彼女があそこまでして繋いでくれたこの命、無駄にするわけにはいかない。

 

「兄者!」

「あぁ!行くぞ、雲長!」

 

関羽の力強い声が私の背中を押す。曹操軍の精鋭たちが左右から波のように押し寄せ、呂布を包囲していく。夏侯惇が先陣を切り、その手の剣を高々と振り上げた。

 

「はぁぁぁ!」

 

呂布は方天画戟を旋回させながら狂気じみた笑みを浮かべる。

 

「来るか、曹操の狗ども!」

 

呂布が一歩踏み出すと、地面が軋み、空気が震える。その威圧感に誰もが一瞬立ち竦む。しかし、怒りに満ちている私と曹操にはその威圧は通用しなかった。猫煌の腕を斬り落としたこの男は、絶対に倒さなければならない。

 

「はぁぁぁぁ!」

「うおおおお!」

 

夏侯惇の剣と呂布の戟が激突し、衝撃で土煙が舞い上がり、視界がぼやける。その瞬間を突いて、私は右側から、曹操は左側から斬りかかった。

 

「「はぁぁぁぁ!!」」

 

刃と刃が交差し、火花が散る。先程よりも重い!あまりに重い一撃だ。だが、負けられない!

 

「雑魚がぁ!」

 

呂布の方天画戟が私の剣を弾き飛ばす。しかし、間髪入れず、曹操が左から横薙ぎの一閃を放った。

 

「させぬ!」

 

カァァン!鋭い音と共に曹操の刃が戟に食い込み、その隙を狙って私は再び剣を振り上げる。

 

「うぉぉっ!」

 

4人で呂布に圧力をかけるが、奴は先ほどの様子とは違い、私たちの攻撃を受け流すのが精いっぱいの様子だ。

4人の攻撃が続く中、呂布の疲労と焦燥が積み重なり、奴の呼吸が荒くなってきたその時――。

見覚えのある長刀が呂布の手にあった方天画戟を叩き落し、素早く奴の身体を頑丈な鉄の鎖で捕らえた。

 

「兄者!」

「旦那!」

 

それは翼徳と夏侯淵殿の力技だった。

 

「翼徳!」

「夏侯淵!」

 

二人は暴れまわる呂布を取り押さえるが、呂布の力は強く、押さえつけるのが精いっぱいだ。さらに押さえるために夏侯惇殿と雲長も加わり、何とか抑え込むことができた。

 

「ぐっ……!離せぇ!」

 

鉄の鎖に縛られた呂布が、大地を震わせるような咆哮を上げた。巨躯はまるで嵐の中の木のように暴れ、四人掛かりで抑え込んでいる私たちの肉体に凄まじい負荷をかける。しかし、その抵抗も、先ほどまでの鬼神の如き戦闘で蓄積された疲労と傷によって明らかに限界が来ていた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

呂布の荒い呼吸だけが戦場に響く。雲長の青龍偃月刀が呂布の喉元に、夏侯惇の剣が心臓の辺りに突きつけられる。その中で曹操は、血と土埃に汚れた甲冑姿のまま呂布に歩み寄った。その目は冷たく、底知れぬ怒りを湛えていた。

 

「呂布よ」

「……曹操ぉぉ!」

 

呂布は鎖に抗いながらも、憎悪と警戒に満ちた目で曹操を見据える。

 

「貴様ほどの武勇……惜しいものだ」

 

曹操の静かな声が戦場に響いた。

 

「惜しいだと? 何が言いたい」

 

呂布が鋭い眼光で嗤った。

 

「俺を殺すのか? それとも捕虜にするつもりか? どちらにせよ、俺は貴様のような小賢しい者には屈しないぞ」

「獣らしい答えだな」

 

曹操は手に持った剣に力を込めた。

 

「呂布よ、お前は唯一この私をここまで怒り狂わせたことには褒めてやろう。だが、お前は触れてはいけないものに触れてしまった」

 

一瞬の沈黙が流れ、呂布の呼吸が止まった。誰もが息を呑み、この男がどんな反応を示すのか固唾を飲んで見守る。その沈黙を破ったのは、呂布の低い哄笑だった。

 

「ハッ……! まさか……俺が貴様らのために働かせてくれと泣いて頼むと思っているのか?」

「……」

「この俺が! 最強を目指す呂布奉先が! そんな惨めな真似をするわけがない! 貴様ら全員皆殺しにしてやる!」

 

呂布の目が鋭く光り、渾身の力で鎖を引き千切ろうとする。しかし、鉄の鎖は軋みながらも呂布の巨体を縛り続けた。

 

「孟徳!」

 

夏侯惇殿の呼びかけに、曹操は剣を高く掲げた。

 

「貴様は最強を目指したようだが……俺からすれば貴様は野獣と変わらん」

 

曹操のその言葉は冷徹で、それに抗うかのように呂布は暴れ出した。

 

「ふざけるな……! 俺は……俺は……!」

 

呂布の叫びが途切れる。その瞬間──。

 

ブゥン!

 

曹操の剣が鋭く空気を切り裂き、呂布の首筋目掛けて振り下ろされた。

 

「さらばだ、呂布奉先。貴様は強すぎた。ただそれだけだ」

 

ゴッ……。

 

重い金属音と共に鎖が引きちぎれ、呂布の首が宙に飛び、巨体がゆっくりと地面に崩れ落ちる。その光景を見た瞬間、夏侯淵が呟いた。

 

「……終わったか」

「そのようだな」

 

雲長が重々しく頷く。先程まで戦場に満ちていた殺気が霧散し、安堵のため息が漏れた。しかし、その空気を切り裂くように夏侯惇殿が怒鳴った。

 

「油断するな! まだ戦闘は続いている! 呂布が討たれたと敵に知らしめろ!」

 

夏侯惇殿が倒れた呂布の首を高々と掲げる。

 

「見よ! 呂布奉先は死んだ! お前らの将はもういない!」

 

その声が響き渡ると同時に、曹操軍の兵士たちから割れんばかりの勝鬨が上がった。

 

「勝ったぞ! 呂布軍は崩れる!」

「曹操殿万歳! 劉備殿万歳!」

 

戦場の至るところで歓声が上がり、呂布の死は瞬く間に敵味方へと伝わり、混乱の中で呂布軍の兵士たちが次々と武器を捨て、投降を始める者や逃げ出す者が現れた。

 

私はその光景を見つめながら剣を鞘に納め、天を見上げた。

 

「猫煌……」

 

これで……終わったのか?呂布を討ち取ることはできた。

しかし……まだ猫煌が……彼女のあの姿が脳にこびりついて離れない。

戦いは勝利で終わった……しかし、彼女は……。

 

「劉備殿」

 

曹操が低く呟くように言った。

 

「猫煌のことは後で考えろ」

 

あの猫煌の姿を見ても、この男はそれを言うのか。私はそれに反論しようと、曹操の方へ向いた。

 

「しかし……っ!?」

 

私の目に映ったのは、あの冷徹な曹操が私と同じように彼女を心配する表情だった。

そんな表情を前に私は無言で頷いてしまった。

そうだ、この男も猫煌を愛している……愛する者がボロボロになれば心配もする。

 

今回の戦は連合軍だったからこそ、呂布を討ち取ることができた。私と猫煌だけじゃ無理……もしかしたら命すらなかったかもしれない。今回ばかりは自分の弱さと彼女への心配を押し殺し、後始末するため曹操達と共にその場を後にした。

 

始末をしている最中、翼徳の報告で猫煌が目を覚ましたと聞き、急いで天幕の方へ向かった。

 

一方陣の一角に設けられた急ごしらえの診療室では、血と薬の匂いが混ざり合い、蝋燭の炎がゆらめいていた。

猫煌は専用の寝台に横たわらせ、切断された左腕の付け根は白い布で巻かれている。

しかし布の端からはまだ生々しい赤が滲み出ており、医者は止血するため手当を続けるが、痛みで猫煌が暴れる。

 

「安静にしろ!動くな!」

 

老医師が嗄れた声で制しながら、猫煌の首筋の脈を探る。

汗で湿った彼女の前髪が額に貼りつき、唇は乾ききっていた。

彼女の呼吸は浅く、時折痛みに耐えるように歯を食いしばり、猫煌の唸りと叫び声が天幕から聞こえた。

 

「猫煌!」

 

私は心配し焦って天幕へ入った。

 

「腕はどうなった……?」

「はぁはぁ……玄徳……」

 

猫煌がこちらを向き、かすれた声で私の名前を呼ぶ。

すると医師が私の方へ駆け寄ってきた。

 

「残念ながら……切断部分があまりにも酷く、繋ぎ合わせるのは不可能だった」

「そ、そんな……」

 

医師は私の様子をみて言葉を選びながら答えるようとする。

 

「だが命は何とか助かるだろうが……しかし、しばらくは高熱と幻肢痛が続く」

「……そうか」

 

猫煌は医師の言葉に力なく瞼を閉じた。

 

「猫煌……」

 

私は猫煌の手を握りしめ、彼女に何度も何度も謝罪をした。

そんな私の謝罪を聞いた彼女は私の手を握り返して、私の頭を撫でた。

 

「謝るなよ……これは私の勲章なんだよ……これから仁の世を作る男を守ったんだ。お前が謝ったら……この勲章が台無しになる」

「だからといって……こんな」

「だからお前は笑ってくれよ、私の大事な夫なんだからさ」

 

彼女の言葉に私の感情が救われたようなきがした。

 

私がこのままいると手当の邪魔になるため、私は天幕を後にした。

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