あの後、猫煌はよく父親に連れられ村に獣の皮や肉を売りに来た。
親の手伝いが終われば、私と猫煌はよく遊んだ。
猫煌は狩りが得意で、特に弓と剣の才能があった。
私も何か武器を使えるようになりたくて、猫煌に剣を指南してもらった。
「玄徳は覚えが早いな。そこまで出来たら、何かあった時は身を守れるな」
「お前にそこまで認めてもらえるのは嬉しいが…」
「それにだ、盧植殿の門下になってからかなり変わったよな」
猫煌は私の剣を評価してくれたが、私はまだ物足りなさを感じていた。
それもそのはず、今は獣を狩るだけに剣を振っている。
私はあの日の猫煌のように、誰かを救う。
それを私はまだ成し遂げていない。
「おい、玄徳。大丈夫か」
「あ、いやすまない。少し考え込んでしまっていた」
「考え込んでいた?何か悩みとかあるのか」
猫煌は私が思い巡らしていたのを気にしたのか、問いかけてきた。
「悩みはないが…。猫煌、私はこの剣で人を救うことが出来るのだろうか」
「剣で人を救う?はぁ…また、難しいことを聞くなぁ」
猫煌は溜息をついたが、少し思考し私の問いに答えてくれた。
「玄徳。剣で人を救うのは簡単だが、それは誰かの命を奪いかねないことなんだ」
猫煌の言葉は、誰かを救うことが簡単ではないと伝えているように思えた。
「人を救うのに誰かの命を奪いかねない…。確かにそうだな。しかし、今は不安定な世。一日を生きるために民は苦しい日々を送っている。そんな民を私は救いたいのだ…あの日お前が私を救ったように」
「まだ覚えていたのか…」
猫煌は少し呆れつつも、嬉しそうな表情を浮かべた。
「だが玄徳。このご時世にお前みたいに誰かを救いたいと考えるのは悪いことじゃない。ただ、考えるだけなら誰でも出来る。だからこそ、覚悟と行動が必要だ」
「覚悟と行動か…猫煌の言う…」
グゥゥ……
私と猫煌の会話を中断するかのように、私のお腹が鳴ってしまった。
「まぁ、まずは飯だな」
「確かにそうだな、村の飲み屋で食べるか」
「そうだな」
剣を鞘にしまい、村に戻ることにした。
村に戻ると、村は朝とは違い異常に賑やかだった。
「こんなに集まって、どうしたんだ」
「おー!劉備!いまさっき、官軍の奴らが来て立札を立てていったんだよ」
「立札?」
猫煌と共に人々の間をすり抜けて、立札を見に行った。
立札には次のような内容が記されていた。
『黄巾賊を討伐する義勇兵募集』
「はぁ、とうとうこの村近くまで黄巾の奴らが来たのか…」
猫煌は深く長い溜息をつき、険しい表情をした。
すると、背後から大柄な御仁二人が立札を見に現れた。
1人は美しい長い髭が特徴で、もう1人は大柄で酒を腰にぶら下げていた。
「黄巾の奴らを倒す義勇兵募集か」
「黄巾賊はもともと世の中を変えるために民が集まって結成されたもの。しかし、最近の黄巾賊は行動がいき過ぎている」
二人は見るからに偉丈夫のようだった。
話を聞く限り、二人は義勇兵に志願しようとしているようだった。
「義勇兵に参加すれば、民を救うことができるのだろうか…」
「まさか、玄徳。義勇兵に入るつもりなのか」
猫煌は私の言葉に驚き、目を大きく見開いた。
「猫煌、何をそんなに驚く?行動しろと言ったのはお前だろ」
「言ったのは私だが…」
猫煌が呆れながら私に何かを言おうとした、その瞬間だった。
「黄巾の奴らがすぐそこだ!村が襲われる!」
村人が息を切らし、叫び声を上げながら駆け寄ってきた。
「何、黄巾の奴らが」
「早く逃げないと!殺される!」
村人の言葉に、次々と村人たちが恐怖のあまり慌てて逃げ始めた。
「まて、皆落ち着け!自分達で村を守らないと」
「玄徳、今のあいつらには恐怖で何も聞こえていない!ここは私らだけでも守るぞ!」
猫煌と私は覚悟を決め、剣を構えた。
「そこの二人、その心意気見事。拙者も同道し、黄巾をこらしめようぞ!」
「へ、丁度暴れたいと思ってたところよ。俺も行くぜ!」
先ほどの二人の偉丈夫が武器を携えて駆け寄ってきた。
「なんと!?そなたらはここいらでは見ぬ顔だが、有難い!!」
「4人なら何とか戦えそうだ。私、ちょっと周囲確認してくる」
猫煌は状況を確認するために、素早く建物の屋根に駆け上がり、周囲を警戒しながら見渡した。
「さて、南の方向約二里、黄巾の奴らがお出ましだ」
「ねえちゃん、そんな先まで見えるのかよ!」
猫煌は狩猟の経験からか、視力が非常に優れており、一里先の物体さえも見通すことができる。
私たちは猫煌が指し示す方向に進むと、黄巾賊が村の入り口で村人を襲っているのを目撃し、村人を助けながら黄巾賊との戦闘に入った。
「ここは私達が食い止める!戦わない者は逃げろ!」
キンキンと剣の刃がぶつかり合う音が響く。
私と猫煌は互いの背中を守りながら、黄巾賊を倒していった。
「とりあえず、襲いにきた黄巾賊は一通り片付けたみたいだな」
「はぁ…はぁ…あぁ、そうみたいだな」
初めての実戦で疲れたせいか、腕がやけに重く感じ、剣を握るのが精一杯だった。
「玄徳、大丈夫か」
「大丈夫だ……ただ、私もまだまだ鍛えなければ…」
「そうだな。この先お前が本当に義勇兵になるなら、今のままだと、夢叶える前に死んでしまう」
猫煌の言うとおりだ。私はまだ弱い。
これだけの戦いでここまで息を荒くし、疲れを見せてしまうなんて情けないが、今は自分が弱い事を認めざるを得ない。
もっと鍛えなければと、私は剣を強く握り締めた。
「おーい!お前達大丈夫か!!」
「「!?」」
あの二人も戦い終えたらしく、逃げた村人を連れて戻ってきた。
「大丈夫だ!玄徳戻ろう」
「そうだな」
私と猫煌は剣をしまい、二人の元へ駆け寄った。
「いやぁ、ねえちゃんの目と弓にも驚いたが、にいちゃんの腕にも驚いたぜ!」
「二人の身のこなしはまさに風のようだった。名を聞いてもよろしいか」
2人とも私と猫煌の戦い方に興味を示した。
猫煌は二人の称賛に戸惑い、少し照れくさそうに見えたが、嬉しそうに私の肩をつかんできた。
「私は劉備玄徳だ」
「私は猫煌!偉丈夫の二人に褒められるなんて、嬉しいねぇ!」
「俺は張飛翼徳」
「拙者は関羽雲長」
互いに自己紹介を終えると、張飛殿が満足げな表情を浮かべた。
「折角だ!この四人で飲みながら語り合わないか?」
「拙者も同様」
「それなら、飲み屋で話そう」
この機会に飲み屋で語り合いながら、楽しいひとときを過ごすことにした。
関羽殿と張飛殿とは初めて会ったばかりなのに会話が弾む。
それに、二人は私の夢と同じような夢を描いていた。
『仁の世』
他者を思いやり、乱世がない世。
「他者を思いやり、混乱のない世…玄徳らしいな」
猫煌は盃に注がれた酒をゆっくりと味わった。
「そういえば、聞きたかったんだけどさ、二人は恋人同士なのか?」
「「ごふぉ!?」」
張飛殿の何気ない問いかけで、口にした酒を猫煌と二人で吹き出してしまった。
「こ、恋人!?わわ、私が玄徳と!?そんなことはない!玄徳は真面目で優しい男だし、それにこれから仁の世を目指すんだから、それにふさわしい女は気品があって清楚な人だ」
「げっほげっほ…猫煌とは恋人ではない。それに、猫煌は私よりも力強く美しい。私の幼なじみでも勿体ないくらいだ」
二人は顔を赤らめ、声が震えながらも、張飛殿の質問に答えた。
しかし、張飛殿は猫煌と私の様子を見て、呆けたような表情を見せた。
「張飛殿」
「いや、すまなねぇ二人とも!悪気はねぇんだ!黄巾と戦ってるとき、二人が息が合ってたの見て、考えちまったのさ!なんだって、赤髪の美人さんなんて初めてみるからよ」
張飛殿と関羽殿は猫煌に物珍しそうな視線を向けた。
「確かに、赤髪に翡翠色の瞳。猫煌殿は異国から来た者なのか?」
関羽殿の質問に対し、猫煌は少し間を置き、ゆっくりと語り始めた。
「私はこの地の出身だが、私の一族の祖先は元々倭国の武芸者だった。力強い者を求めて倭国から移住してきたんだ。髪や瞳も祖先から受け継いだものだよ」
「あの身のこなしは見たことがないと思っていたが…倭国とは」
関羽殿は猫煌の話に目を丸くして理解を示した。
私も関羽殿と同じように驚きを隠せなかった。
何しろ、猫煌の過去について聞くのは初めてのことだったからだ。
「さて、私はそろそろ失礼するよ」
猫煌は盃と共に金を机の上に置いた。
「あぁ?もう帰るのか!?」
張飛殿は残念そうな顔をし、猫煌を引き留めようとしたが、猫煌は申し訳なさそうに首を振った。
「飲みたい気持ちはあるんだけど…やるべきことがあって、それを片付けたいんだ。それにせっかく玄徳に男友達ができたから、女の私が長居したら、話したいことが話せなくなるかもしれないだろ?」
猫煌はちらりと私の方を見て優しく微笑み、その場を後にした。
恐らく、猫煌なりの気遣いなのだろう。
そのおかげで猫煌が帰った後も、酒を飲みながら気兼ねなく、三人で語り合った。
「なんと!?劉備殿は中山靖王の末裔であられるのか!」
「黄巾を追っ払った時に、ただもんじゃねぇって思っていたが、お前凄いやつだったんだな」
納得するかのように私の話しを聞く二人。
「遠い血筋の話だ。今はこの通り、草鞋や筵を売り日々を暮らしている」
「なんだって、筵売っていたお前が、急に村を守ろうとしたんだ?まさか、血筋だからだ、とか言わねぇよな?」
張飛殿は疑問を投げかけてきた。
その問いに私は、思った事を話し始めた。
「それもある。だが、あの時は、ただこの村を守りたいと言う思いでいっぱいだったのだ」
私は盃にゆっくりと酒を注ぎ、それを飲み干すと、喉に心地よい温かさが広がる。
しかし、あの時…猫煌と共に戦ったあの独特な熱さとは比べ物にならなかった。
友と共に戦えたからだろうか?よく分からない。
ただ、猫煌と共に戦うのは悪い気持ちではなかった。
関羽殿と張飛殿の会話を耳にしながら、心の中で猫煌のことを思い巡らせる。
「しかし、戦での自らの生死よりも、民を守ることを選ぶとは…なんという御仁だ」
「まったく、猫煌にしろお前にしろ、大したもんだぜ、こんな奴に出会うことになろうとは、世の中分からねぇもんだな」
関羽殿と張飛殿は、私と猫煌を高く評価してくれた。
私もまた、二人の戦いぶりには感銘を受けてしまった。
「私も二人のような偉丈夫に出会えて、光栄の至りだ。先の戦の勇猛ぶり、実に見事だった」
「我らがここで出会ったこと、なにやら天啓によるものと思えて仕方ありませぬ」
「あぁ、偶然にしちゃあ、俺たち妙に気が合うな」
関羽殿と張飛殿の言葉に間違いはない。
こうして三人で語り合うのも何かの運命なのだろう。
「そこでどうだろう、我らここに義兄弟の契りを結ぶというのは」
「おお!そいつはいいじゃねぇか。俺は乗るぜ。お前らとはなんかでけぇことができそうだ」
張飛殿は迷うことなく関羽殿の誘いに応じたが、私は一瞬戸惑いを覚えた。
義兄弟の誓いを交わすことで、家族や血縁を超えた深い絆が生まれるのだ。
そんな大事な誓いを私と交わすなんて。
「義兄弟…そなたたちとか…。だが、私のような者で本当に良いのか?」
先ほども思ったが、この二人は腕前が素晴らしい立派な偉丈夫だ。
私よりも猫煌が義兄弟にふさわしいと思うのだが、二人は私が適任だと譲らない。
「我ら長兄は劉備殿を置いて他にありますまい。のう、義弟よ?」
「はぁ?俺が一番下かよ!」
張飛殿は、自分が最も下の立場になったことに驚きを隠せなかった。
二人の押されてしまったが、私は二人と義兄弟の誓いを交わすことにした。
「そうと決まれば、場所を変えて誓いの儀を行いましょう。どこか良い所があればよいのですが…」
誓いの儀にふさわしい場所か。
少し考えていると、ふと、浮かぶ場所があった。
「それならば、この村の桃園がよかろう。ちょうど今時分、花が咲き誇り実に見事な眺めだ」
「なんと、それならすぐに移動しましょう」
「そうだな」
三人で村の東側に位置する桃の園へと向かった。
呑み屋から桃園まではさほど距離もなく、あっという間に辿り着いた。
私が思っていた通り、桃の花は春風に揺れ、華やかな花びらが舞い散り、美しい景色になっていた。
「これは実に見事」
「誓いの義をやるには相応しい場所だな!」
見上げると、先ほどまで曇っていた空が、青々とした晴れ渡る空に変わっていた。
青空と桃の花が美しく映え、まるで一幅の絵のようだった。
「しかし、不思議なものだな。出会ったばかりのお前たちと、こうして義兄弟の契りを交わすとは」
「時を要さず、ただ心を繋がりあう。それが縁というものであり、絆というものでござろう。そうであろう?燕人張飛よ」
「翼徳だ。義兄弟ってなんら、肩肘張ったのは無しにしようぜ、兄者」
確かにそうだな、義兄弟になるのなら、気を張らずに自然体でいる方が良い。
「うむ、そうだな。翼徳の言う通りだ」
翼徳は満足げに笑い、酒と盃を出し始めた。
「じゃあ、盃といこうぜ」
三つの盃に酒を静かに注ぎ、満たされた盃を私と雲長に手渡した。
「我ら、義にて選ばれし三義兄弟。生まれた時は違えど」
「死ぬ時は同じ年、同じ月、同じ日を願うぜ」
「いざ行かん、仁の世を目指して!」
互いの腕を重ねるように前に差し出し、誓いを立てた後、酒を一気に飲み干した。
「しかし兄者よ、この後はどうするおつもりで?」
「このまま、官軍の義勇兵集合地までいこうかと」
「猫煌はどうするだ?」
翼徳と雲長は猫煌のことを気にかけている。
私も同様の思いを抱いていた…猫煌は武芸者として優れた腕前を持っているが、彼女は女性だ。
私の先が見えない夢に彼女を巻き込むわけにはいかない。
しかし、何故か彼女を連れて行きたいという気持ちが湧いてしまうのだ。
「兄者よもし悩むなら、一度猫煌殿に聞いてみては?」
「そうだな、準備しながら猫煌に聞いてみるとしよう。雲長と翼徳は村の入り口で待っていてくれ」
そう二人に告げ、私は猫煌のもとへ向かうことにした。
彼女は宿屋にいるはずだと考え、急ぎ足で宿屋へと向かった。
宿屋に到着すると、猫煌は庭先で剣の刃を研いでいた。
「猫煌!」
「玄徳!?あれ?呑み終わったのか?」
私の呼びかけに猫煌が気づき、作業を中断した。
私は彼女のもとに駆け寄り、先ほどのことについて尋ねてみた。
「実は…」
猫煌に私と雲長と翼徳が義兄弟の誓いを交わしたこと。
そして、猫煌を連れて行きたい旨を伝えた。
「私はかまわないよ」
「へ?」
意外にも彼女のあっさりとした返答に、思わず声が漏れてしまった。
「し、しかし、この先長い旅になるかもしれないのだぞ?それに、お前は女だ。婚期とかも…」
「なんだよ、自分から誘っておいて。お前は私を連れて行きたいのか、連れて行きたくないのか、どっちなんだよ」
内心では彼女を心配しているものの、それ以上に彼女を連れて行きたいという気持ちが勝っていた。私は猫煌の問いに対し、少し間を置いてから、自分の気持ちを彼女に伝えた。
「私はまだ弱い。そして、この剣を教えたのはお前だ猫煌。私は仁の世を目指す。それには、お前の力が必要だ。共に来てくれぬか?」
私は猫煌に手を差し伸べると、彼女は私の誘いに少し驚いた様子を見せたが、すぐに満足げに微笑み、私の手を取った。
「相変わらず堅いなぁ。まぁ、私はお前とならどこでもついて行く」
「……」
握ったその手は思っていたよりも小さく、自分が彼女を越してしまったことに少しだけ切なさを感じてしまった。
だが再び、胸が熱くなった。
それは、先の戦で感じた熱さとは別だ。
猫煌を連れて行く喜びから来るものなのだろうか?その理由は分からない。
こんな感覚は初めてで、私は彼女の手を暫く握った。
「おい、玄徳そろろ離してくれ」
「あ、あぁ…すまない!」
猫煌の声に我に返り、すぐに手を離した。
その時だった、脳裏で翼徳が話していたことを思い出した。
『二人は恋人同士なのか?』
翼徳の言葉のせいなのか、突然羞恥心が湧き上がり、頬が赤らんでしまった。
猫煌にこの状態を見られたくないと、私は直ぐにその場から離れたくなった。
「とにかく、準備が出来次第、村の入り口に来てくれ」
「分かった直ぐに行く…ん?玄徳顔赤いぞ?呑みすぎたか?」
「い、いやこれは…私は先に行ってるからな!」
これ以上彼女に聞かれたくなくて、私は直ぐにその場から立ち去った。