私たち四人は黄巾賊討伐軍の陣地を目指して、馬を走らせた。
旅の途中の幽州で黄巾賊との戦闘になったが、無事に目的地に到着した。
陣地は兵士たちで溢れかえっていた。
それもそのはず、今回は曹操殿、孫権殿、董卓殿、袁尚殿の軍、官軍がここに集結している。
そして私たち義勇兵は、門番に連れられ、天幕に案内された。
天幕の中には重苦しい空気が漂っていた。私たちが入ると、官軍の一人がこちらに気づいた。
「お前たちか?幽州の黄巾どもを鎮圧したのは?」
男は朱儁と名乗り、私に問いかけてきた。私は朱儁殿の質問に対し、冷静に応じた。
「はっ」
「それで名は何という?どこの出だ?」
「盧植殿の門下、琢県の劉玄徳と申します」
私の名前を聞いた朱儁殿は、少し考え込んだ様子を見せた。
「劉玄徳…聞かぬな。官位は?」
「いえ、特にはありません。皆様のお役に立ちたい一心で参じました」
私の言葉に、朱儁殿は一瞬、不快そうな表情を浮かべた。
「無官か…ましてや、女まで。いや、こうして志ある者たちが集まったのは、喜ぶべきことなのだろうな」
「けっ…」
「……」
張飛は朱儁殿の言葉に険しい表情を浮かべたが、猫煌は冷静な様子を保っていた。
しかし、背後からは彼女の強い殺気が漂っているのが感じ取れた。
「そう言っていただけてありがたい。ですが、我らはいわゆる寄せ集め。朱儁殿のような官位もなく、兵も私たち四人。皆様のご懸念も、当然のこと。なればこそ、我らに今一度、力を示す機会を与えてくださいませんか?無官の寄せ集めでも、皆様と同じく漢室のお役に立てると証明してみせましょう」
「豪胆な」
奥の方に座っていた男が、私を見て呆れた様子を浮かべた。
「威勢だけは良い者だ。だが、そこまで言うのならば拒む理由もない。今の我らにとって、貴重な戦力である。お前たちはこの曹操に従い、共に先峰として道を開け。構わぬな?」
「無論です」
曹操と呼ばれる男は、朱儁の提案に対して一言で返答した。
「話は以上だ。お前たちの活躍、期待しているぞ」
「はっ」
話を終えた私たちは曹操殿につられて天幕から出ると、猫煌が怒った猫のような表情をしていた。
「猫煌、その殺気を納めたらどうだ。それだと、他の者に勘違いされるぞ」
「……っち、分かったよ」
猫煌が怒るのも無理はない。彼女は元々、女として軽んじられることが大嫌いな性格だ。ましてや、官軍の者に小馬鹿にされるとなれば、なおさらだ。
曹操殿に連れてこられたのは、曹操軍の陣だった。
「お!殿お帰りで、軍議はもういいんですか?」
「見かけん連中だな、どこで拾ってきた、孟徳」
大柄な男と、髭が印象的な男が曹操殿に話しかけた。
「幽州で黄巾を蹴散らしていた義勇軍らしい。此度の戦、我が麾下に加わる」
曹操殿が二人に説明すると、髭の男が猫煌に気づいた。
「ほう?後ろにいる女もか?」
「そうだ」
曹操殿は私たち四人に対して、冷静に自己紹介を促した。
「改めて名乗るとしよう。曹孟徳だ。次の戦では、奮戦を期待する」
曹操殿の瞳は私たち四人をじっと見据えていた。それは、先ほどの朱儁殿たちとは異なり、まるで人の本質を見抜こうとするような眼差しだった。
「はっ」
私が曹操殿の問いに答えると、大柄な男は少し満足げな表情を浮かべた。
「へぇ、官軍の奴等よりよっぽど腕が立ちそうだ。俺は夏侯妙才。殿の力になってくれるってんなら大歓迎だ。なぁ、惇兄?」
夏侯淵殿は隣にいたもう一人の男に話を振った。
「夏侯元譲だ。孟徳の下で戦うなら覚えとけ」
夏侯惇殿は冷静さを保ちながらも威圧感を漂わせていた。先ほどの曹操殿と同様に、私たち四人をじっくりと見定めているように感じられた。
「ありがたいお言葉、感謝します」
「ふん、さっきの連中よりはまだ話が通じるみてぇだな」
朱儁の言葉に不快感を示していた翼徳の表情が少し和らいだ。
「官軍と言えど、内実は様々ということであろう。黄巾以上の非道を働く者もいると聞く」
「むしろ、そうした連中こそが孟徳の敵だ。進んで黄巾鎮圧に身を投じたのも、官吏の腐敗がもたらした災いを拭うため。女も心しておけ、孟徳は我欲を満たすための行動はせん」
夏侯惇殿が猫煌に視線を移すと、彼女は少し挑発的な態度で返答した。
「ふん……それは私のこの目で見てから判断する」
「女にしては豪胆なようだな。まぁ、こちらも義勇軍の本質を見極めてやる」
恐らく、夏侯惇殿は猫煌の腕前に疑念を抱いているのだろう。この戦場は男ばかりで、女性が兵として参戦するのは珍しいことなので、その疑念も理解できるが、何故か嫌な気分になる。
「夏侯惇、それくらいにしておけ」
曹操殿は挑発する夏侯惇殿を止めた。
「己を律する法なくば獣と変わらぬ。そこに、黄巾も官軍もない。獣に堕ちた者は等しく罰する。それまでのことだ」
「ふん……また小難しいことを。そろそろ戦の準備にかかるぞ、孟徳」
夏侯惇は曹操の制止によって挑発をやめたものの、曹操の言い回しに苦手意識があるのか、呆れた様子を見せていた。
「うむ、良いだろう。お前たち義勇軍も戦に備えておけ。委細は追って伝える」
「お任せください」
曹操達が戦の準備する為にこの場を去ろうとした瞬間、夏侯惇が猫煌に問いかけた。
「おい、お前名は?」
「猫煌」
「猫煌。戦で俺をあっと言わせるような活躍みせてみろ」
そう言って夏侯惇は曹操と共に去っていった。
「なんだよあの男!!さっきから私を挑発して!!」
「落ち着きなされ猫煌殿。夏侯惇殿は曹操殿の右腕と言われている御仁。戦で功を上げれば夏侯惇殿にも腕を認められよう」
雲長が猫煌をなだめようとするが、彼女の表情は怒りによって一層鋭さを増していた。そこで、私は鞄から桃を取り出し、彼女に差し出すことにした。
「ほら、桃でも食べて気持ちを落ち着け」
桃を受け取った猫煌は、すぐにかぶりついた。すると、彼女の険しい表情は徐々に和らぎ、穏やかな笑みが浮かんだ。
「美味い」
その様子を見ていた翼徳が心配そうに問いかけてきた。
「兄者、これじゃまるで餌付けしてるみたいだな」
「怒っているよりはましだろう?それに、私は猫煌が美味しそうに食べる姿が好きなんだ」
猫煌の方を振り向くと、彼女は夢中になって桃を頬張り、まるで小動物のように愛らしく頬を膨らませていた。
「兄者……」
すると、雲長と翼徳は嬉しそうに笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
「え?なんだ二人して…それにその表情」
二人は近づいてきて、翼徳は私の肩を引き寄せ、猫煌に気づかれないように密かに耳打ちを始めた。
「いやぁ、兄者。実はちゃんと猫煌の事を思っていたなんてなぁ!なぁ、兄者!」
「先日、兄者は猫煌殿は気心許した幼なじみと仰っていたが…まさか」
「お、お前たちはさっきから何を言ってるのだ?」
二人の謎の圧に押し負けそうになった瞬間だった。
「玄徳!雲長!翼徳!曹操殿がお呼びだー!」
さっきまで桃を食べていた猫煌の呼びかけにより、二人の圧から逃れることができた。
「分かった、今行く!」
天幕に着くと、夏侯惇が待ち構えており、我々を中へと招き入れた。
「待っていたぞ、さぁ入れ」
天幕の中に足を踏み入れると、机を囲むように曹操達が集まっていた。
「皆揃ったな。さて、軍議を始めるぞ」
曹操は机に地図を広げ、私たちに策を伝えた。
「豫洲の各地で略奪を繰り返していた黄巾賊は、ここ潁川に追い詰めた」
曹操は、皆に理解しやすいように駒を配置し始めた。
「我らが討つべきは、地公将軍・強宝。黄巾賊の首領・張角とその弟。この一戦で黄巾賊の幹部を討ち取り、奴らの抵抗を抑える」
「私達だけならともかく、今回の戦は官軍の奴らが旗頭をしている。失ったら勝利がない…奴らを護りながら戦う…めんどくさいな」
猫煌は曹操の策を聞いて、すぐに理解した。
「孟徳、前線の指揮を執るお前がやられても、勝利とは言えんぞ」
夏侯惇の言う通りだ。
今回の前線の指揮を執る曹操は、私たちの旗頭であり、彼を失うわけにはいかない。
「ふ、夏侯惇、私の元にはお前や夏侯淵がいる。滅多なことでは、黄巾賊に後れを取るまい」
「任せてください。殿の身は、俺たちが全力でお守りします」
夏侯淵は自信満々に自身の胸をたたいた。
「うむ、頼もしいことだ」
曹操は夏侯惇と夏侯淵を深く信頼しているのだろう。
その信頼は相互のものであり、主と部下の間に強い絆が築かれているのだろう。
見ていて頼もしいと思ってしまった。
「さて、我ら官軍は中央と東から強宝へ迫る。劉備殿ら義勇軍には西から攻めてもらおう」
「承知しました。皆様に遅れぬよう、力を尽くします」
官軍は中央と東に配置し、私たちは西を担当する。
三方から足並みを揃えて攻撃すれば、張角や強宝を討つのも容易な策、流石は曹操の考えだ。
「張角と強宝の邪術はどうする?策がないと対抗できないんだろ?」
そうだ、黄巾賊の幹部たちや張角、強宝は、邪術を操ると噂されている。
どう対処しようか悩ましいことだ。
「猫煌の言うとうりだが、どうすれば…」
「はぁ…なら、私の出番だな。術には詳しい、私が奴らの術を壊せば戦いやすいだろ?」
猫煌は溜息をつきつつも、自信に満ちた様子で曹操殿に提案を持ちかけた。
「お前いつの間に術まで?」
「ずっと前からだ、知識だけは父親に叩き込まれたからな。ある程度は知っている」
猫煌の提案を聞いた夏侯惇殿は、不快そうな表情を浮かべていた。
「おい、それは確信があって言っているのだろうな?」
「当たり前だ、私がここで嘘をついて何になる、お前たちも戦を早く済ませたいんだろ?なら、私の提案を聞いても良いと思うが?」
夏侯惇殿と猫煌の間には、緊張した空気が漂い、亀裂が生じているようだった。
「よせ、夏侯惇。ここまでの戦で、張角の邪術で戦況が危うくなったのも事実。ここは、知識がある者の提案に乗るとしよう。ただし、失敗は許さん」
曹操殿は猫煌の提案を受け入れたが、夏侯惇殿は少し不満げな様子だった。
曹操殿が会ったばかりの猫煌の意見を受け入れるのが、彼にとっては不快なのだろう。
仕方のないことではあるが、夏侯惇殿の不満げな表情を見て、先の夏侯惇殿の発言もあったせいか、少しばかり愉悦を感じてしまった。
しかし、不安は拭えない。
猫煌の戦闘能力は確かに優れているが、彼女を危険な目に遭わせたくないのが本音だ。
もし可能なら、私が代わりに行きたいと思ってしまうが、ここは知識豊富な猫煌が最適任であることも理解している。
だが、なんだこの感情は…?胸がしめつけられる。
「……」
「劉備殿、軍議は終わりだ、皆出陣するぞ」
曹操殿の呼びかけに我に返り、すぐに返事をした。
「すみません、今行きます」
軍議が終了し、私たちはすぐに潁川へと出陣した。
猫煌は張角の術を解くため、別の方向から攻めることになった。
馬を官軍と並行に走らせ、猫煌と官軍に分かれる道に差し掛かったとき、私は猫煌に声をかけた。
「猫煌!」
「どうした?」
「死ぬなよ……」
「あたりまえだ。この戦で生き延びて勝利し、お前の名を官軍の連中にも知らしめてやる」
彼女は私の心配を振り払うかのように、自信満々に応じてくれた。
その様子は、あの時の猫煌を思い起こさせるものだった。
猫煌はそのまま私たちと別れ、私たちは曹操殿の策に従い西から攻撃を開始した。
「ここで官軍を止めるぞ!!」
「すべては張角様の為に!!」
黄巾賊は槍を構え、一斉に突撃してきた。
その勢いは、まるで命をも捨てるかのようだった。
しかし、元々は民だ、鍛錬した兵との間には明らかな力の差があった。
次々と倒れていく黄巾賊を尻目に、私たちはさらに奥へ進もうとしたその瞬間だった。
ドォン!!
「な、なんだ!!」
とてつもない大きな爆発音と同時に、頭上から岩が私たちを目指して降り注いできたが、寸前で止まることができ、危うく岩の下敷きにならずにすんだ。
崖の方から一人の男が姿を現した。
「兄上の夢のため、ここから先は行かせぬぞ!!」
杖を持ったその男は、恐らく張角の弟、強宝に違いない。
「民を苦しめる官軍めっ!」
強宝は杖を力強く振りかざした瞬間、竜巻が突如として現れた。
その竜巻は我々の前に立ちはだかった。
「なに!?」
「兄者!!これでは、あいつに近づけない!!」
竜巻によって、先に進むこともできず立ち往生している間に、黄巾賊は次々と私たちに攻撃を仕掛けてきた。
「行け、同志達よ!!今こそ官軍を叩き潰すのだ!!」
「おおーー!!」
強宝の鼓舞の声に応え、黄巾賊の士気は高まり、戦況が徐々に変わり始めた。
「猫煌殿はまだか!!」
雲長は黄巾賊を勢いよく薙ぎ払いながら叫んだ。
「猫煌……」
私の頭に浮かんだのは、最悪の展開だった。
黄巾賊を倒していく中で、無事でいてくれと心の中で願うものの、一向に現れない。
「隙あり!!」
「しまっ!!」
死角からの攻撃に気づかず、私は無理な体勢でその攻撃を受けとめてしまった。
「兄者、危ない!!」
翼徳の声に振り向くと、背後の賊が剣を振りかざした瞬間だった。
ゴォォン!!
「!?」
鐘のような轟音が戦場に響き渡り、同時に荒れ狂っていた竜巻が静まり返った。
「ま、まさか!?術が解けたのか!?」
状況の変化に強宝は驚きと焦りを隠せない様子だったが、何かを察したのか、その方向を指差した。
強宝が示した方をみれば、高台に猫煌の姿があった。
「猫煌!!」
彼女の無事に私は思わず声を上げてしまった。
「待たせたな!!術はすべて解いてやった」
猫煌は堂々とした佇まいで、実に勇ましかった。
猫煌の活躍によって、悪化していた戦況は一変したのだ。
「貴様!!よくも!!」
「それはこっちだ!!めんどくさい術を仕込みやがって」
猫煌は強宝に聞こえるよう、文句を言いながら、すぐに私の元へ駆け寄ってきた。
「ったく……戦場で隙をみせるなんて、危うく命を落とすところだったぞ」
「すまない、お前が心配だったのだ」
「…そうかよ」
猫煌は少し間を置いてから答えすぐに戦場に戻ったが、その表情には一瞬照れくささが浮かんでいるようにも見えた。
しかし、ここは戦場、油断してはいけない。
術が発動しない今、私達は再び強宝と張角を討つべく進軍した。
そして、強宝と張角が待ち構える場所へと辿り着いたのだった。
「やはりここまで来たか」
長髪と黄色の装束が特徴的な後ろ姿が見えた。
「やっとここまで追い詰めたぜ!兄者、官軍が来る前に、さっさとやっちまおうぜ!」
「待て、翼徳。術が解けたからといって油断してはいけない」
「兄者の言う通りだ。向こうにいるのは張角と強宝。二人の力が分からないうちは様子を見るべきだろう」
術を使う二人に私たちは出方を探っていたが、長髪の男がこちらに振り向いた。
「俺は張角。強宝から聞いたが、どうやら術者がいるようだな。戦う前にその者の名を聞きたい」
張角の視線は猫煌に向けられ、猫煌は張角の問いに冷静に答えた。
「私だ。名は猫煌」
「猫煌、赤髪に翡翠色の瞳。そうか、お前猫師族の者だな」
「やはり…」
張角の言葉を受けて、猫煌は何かを理解したかのような表情を浮かべた。
「どいうことだ、猫煌」
「術を解く時に気づいたんだよ、あの二人が使っている術はこの国の術ではなかった。倭国の術、私の祖先と同じ術を使っていた。本来、私の一族はあの村にしかいないはずなのに…何故」
猫煌は、自身の一族の術が一族の者でない者に使われたという事実に困惑している、その瞬間だった。
「猫煌お前は喋っている暇はないはずだ」
「なっ!?」
猫煌の目の前に不意に現れた張角は、彼女の腕を掴んだ。
「猫煌!!雲長!翼徳!」
猫煌を張角から引き離すため、三人で攻撃を仕掛けようとしたその瞬間。
「させるか!」
強宝が術を使い、立ちはだかり、猫煌と私たちは分断されてしまった。
「何故、お前はその身に眠る力を使わない?その力があれば、この混沌とした世を正すことが出来るはずだ」
「うっ…うるせぇぇ!」
猫煌は必死に抵抗するが、張角との力の差で引きはがすことが出来ない。
「ならば、その力を呼び覚ませよう」
「!?」
そんな猫煌を張角は、鳩尾に力強く拳を入れた。
「がっは!?」
鳩尾を強く殴られた猫煌は、痛みと衝撃に顔を歪め、口から血を吐き出した。
張角が彼女の腕を解放すると、猫煌は力を失ったように膝をついた。
「猫煌!!」
猫煌に呼びかけても反応はなく、ただ、彼女の苦しむ様子を目の当たりにした瞬間、心の奥底にあった何かが断ち切られた。
「猫煌から離れろ!!」
強宝を力強く吹き飛ばし、張角に向けて攻撃仕掛けた。
「怒りに任せてきたか、だがお前たちは奴の力を知らない。奴の力はこの太平の世には必要な力。天命から授けられた力」
張角は私の攻撃をかわしながら、私に語りかけてきた。
「猫煌は力ではない!猫煌は私たちの仲間だ!」
張角は杖の先を地面に突き立て、両手を広げると、地面が割れ、岩が次々と形成されていった。
「なっ…」
「やはり、理解はしないか。同じ民を思う者同士、何か分かると思っていたが…残念だ」
張角が杖を私の方に向けた瞬間、岩が次々と飛んできた。
一つなら避けられるが、その数はあまりにも多すぎた。
「兄者!!」
雲長の呼び声が耳に届いたが、私はその場から動かなかった。
猫煌を助けるために、自らの命を懸けて守る覚悟を決め、剣を力強く握りしめて構えた。
「はぁぁぁぁ!」
岩が私の剣に触れようとしたその瞬間、目の前で何かが素早く横切り、岩は一瞬で砕かれてしまった。
「な、何が起きた?」
辺りを見渡そうとしたら、次々と岩が光の如く砕かれていった。
その光が私の背後に回る気配に気づき、振り向けば猫煌の姿があった。
「猫煌……?」
「……」
猫煌の姿は異様で、言葉で表現するなら、何かに包まれたまるで猫のような形をしていた。
私は猫煌に呼びかけたが、反応を示す様子がなく、彼女はまるで何かに操られているかのようだった。
「おぉ、目覚めたか。さぁ、こちらへ」
「……」
張角の呼びかけに、猫煌は反応しゆっくりと歩き出した。
「猫煌!!」
私が呼んでも歩みを止めることはなく、張角の方へ向かった。
「さぁ、共に太平の世を…」
張角が猫煌に触れたその時だった。
ドォォォン!
「!?」
猫煌に触れた張角が吹き飛ばされたのだ。
「…殺す。絶対に殺す……私の玄徳を…」
彼女の表情は獲物を狩る獣のように鋭く、物凄い殺気があたりを包み込んだ。
「やはり、力を目覚めさせても、その身に沁みついた感情が邪魔をするか」
張角は空中で術を使って猫煌に立ち向かうが、彼女にはまったく効果がない様子だ。
そんな私の元に雲長と翼徳が、心配している様子で駆け寄ってきた。
「兄者!!大丈夫か!!」
「雲長、翼徳」
「一体、何が起きたのです?」
「私にも分からない。倒れた猫煌が目覚めたら…」
雲長の問いに戸惑いながら、二人は猫煌と張角の戦いを目を丸くして見つめていた。
私も目の前の状況を理解するのが難しく、ただその異様な戦いを見守ることしかできなかった。
そして、猫煌のあの姿には徐々に目が惹かれてしまい、目で彼女の動きを追うようになった。
「死ね!死ね!」
「猫煌、私が憎いか!」
張角は猫煌の攻撃を避けるのに必死だったが、次第に彼女は張角との距離を詰めていった。
やがて、猫煌は張角の杖を圧し折り、力強く殴り続け、終いには奴の首を掴んだ。
「っく……流石の力だな…あの人が言っていたことは本当だったようだ。」
「あの人?」
「死ぬ前に、お前に良いことを教えてやろう。」
私は遠くから猫煌と張角の動きが止まり、二人は何かを話しているようだ。
遠くから見ていたせで、その内容を聞き取ることはできなかった。
その直後だった、猫煌は静かに張角の首から手を離した。
張角は力が失ったのか、浮くこともなく、そのまま落下してしまい、姿が消えてしまった。
猫煌はふらつきながら地上に降りようとしたが、途中で気を失ってしまった。
「まずい!」
私は落ちていく猫煌を受け止めるべく、急いで彼女の元へ走っていき、地面のぶつかる寸前で彼女をか受け止めることが出来た。
「兄者!猫煌殿は?」
「分からない、息はしている。気を失っているみたいだ」
「とりあえず、強宝は捕らえたが……兄者といい、猫煌といい、さっきの戦いはなんだったんだぁ?」
翼徳は不思議そうに、腕の中で気を失っている猫煌をみる。
「猫煌は私がみる。お前たちは、張角を探してくれ」
「その必要はない」
聞き覚えがある声がし、振り向けば曹操殿達が兵を率いてやってきた。
「曹操殿……」
「先の戦い、見ていたぞ。その者が張角に深傷を負わせるところもな。報告によれば、その者が術を解いたおかげで、こちらの被害は少なかった」
曹操は猫煌を興味深げに見つめていた。
その視線は、陣地での人を定めるものとは異なり、まるで彼女の内面を探るようだった。
その視線は、私の中にある彼女への感情が強くなる。
私は思わず猫煌の肩を強く掴んでしまった。
だが、それを今は表には出してはいけない。
私は冷静を装うため一呼吸し、曹操に伝えた。
「その言葉、猫煌の目が覚めた時に、直接言ってください」
「うむ、そうしよう。張角は夏侯淵たちが探している、お前たち義勇兵は、先陣に戻り休め」
「はっ、その心遣い感謝します」
今は曹操殿の言葉に甘え、私たちはその場を離れた。
「ふん……」
珍しい表情をする曹操を見て、夏侯惇は声をかけた。
「珍しいな孟徳、お前が笑うなんて」
「夏侯惇よ、猫煌の力をどうみる?」
曹操は夏侯惇に猫煌について問いかけた。
「あの女の?…俺は術の類は分からん。ただ、奴の殺気だけは凄まじかった」
「そうか、お前もそう思うか」
曹操は少し考え込んだ。
「何を企んでいる、孟徳」
夏侯惇は曹操が何か企んでいるのを察した。
「孟徳よ、私はあの女…。猫煌が欲しい」
「……は?」
曹操の発言に夏侯惇は思わず声をだした。
そんな夏侯惇を横目に、曹操はその場を離れた。