【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
王城内は聖珠セフィラの恩恵を受け、つねに潤沢な水に恵まれている。シーハーツ王国軍最高司令官の個室に設けられた浴室は、馬車一台分が入るほどの広さだ。磨き上げられた大理石の床と、淡黄色の壁面。浴室中央に体を休ませるストーンカウチがあり、カウチ奥の壁面から、深みのある青色が美しい陶製の水盤が、絶えず湧き出る湯を掛け流している。
一歩踏み入れると、もうもうたる湯気がふたりを出迎える。いくつかハーブを混ぜ込んであるらしく、草花の香りが全身を包みこんできた。蒸気風呂である。
(……すごいな)
城内では大浴場しか利用したことのないアレンは、浴室を見渡して胸中ひとりごちた。水盤のうえに備え付けの棚があり、使い込まれた陶器の石鹸置きと、ハーブを練り込んだ手作りの石鹸が置いてあった。採光のために設けられた天窓にはレースのカーテンがかかり、柔らかな光が差し込んでくる。
女性要職者の個室には浴室が設けられていることはネルから聞いて知っていたが、まさかここまで整った設備とは思わなかった。横抱きにしたクレアをカウチに横たえてもなお余りある座面の広さ。これに水風呂があれば、『ととのう』のは間違いない。
(フェイトが見たら、おそらく大浴場に導入するな)
もちろん水風呂付だろう。マリアやソフィアには個室風呂が与えられているのに、自分はもらえないことを知って駄々をこねた友人が、「こうなったら男風呂を天国に変えてやる!」と意気込んでラッセルに怒られていたのを思い出す。
カウチにかけてあるタオルのような刺繡入りの布を手に取った。おそらくラッププラントの繊維でできた清拭布だ。手触りはやわらかいが、水や湿気に強い。
「大丈夫ですか?」
絶頂の余韻冷めやらず、カウチでぐったり横になっているクレアに声をかける。全身、桜色に上気した肌と、とろんとした表情を見ていると妙な気持になるため目のやり場に困る。クレアは「ん」とつぶやいて両腕をアレンに差し出し抱擁を求めてきた。
(……待て。深呼吸しろ)
自分に言い聞かせ、水盤から真鍮の手酌で湯を汲み、温度をたしかめてからクレアの体に優しく湯をかけてやる。ここにきたのは、なにも続きを楽しもうというのではない。セフィラの水と、ハーブの蒸気。願ってもない好条件だ。
「クレアさん、洗いますね」
努めて冷静に声をかける。目的さえあればアレンは動ける。首をかしげているクレアに微笑み、精液でべとべとに汚してしまったクレアをすこし上向かせ、頭頂から背中に向かって湯を流す。その際、目に入らないよう空いた手でひさしをつくった。セフィラの泉質はやわらかく、湯にする際にすこし炎晶石をかませているのか、温泉のようなぬめりがある。棚の石鹸をとって泡立て、美しい銀髪を手際よくかき混ぜた。オイルが入っている石鹸は滑りがよく、腰まである長い髪につけても泡切れもせず指通りがよい。石鹸は花の香りをただよわせ、もこもこと順調に泡が育っていくさまは未開惑星独特の化学を目の当たりにできて楽しい。クレアはされるがままで、目を閉じて長い銀髪をゆするさまは、人魚かなにかと見まがうほどしなやかで美しかった。
(……気のせいならば、いい)
半ば祈っていた。いまも彼女は聖水を全身にかけられ、状態異常を回復させるハーブ系の蒸気に包まれているのに
ただ――口唇愛撫を受け、アレンが絶頂する最中、一瞬、クレアの琥珀色の瞳の奥が赤く光った気がしたのだ。生理現象とのはざまで見た、かすかな反応にすぎなかったが。
(紋章系統としては淫魔……サキュバスに見えた)
こうして甘えてくるのも、慣れないはずの性的愛撫にクレアが妙に積極的かつ的確に動くのも、淫魔の仕業であれば辻褄が合う。
洗髪を終え、つぎにアレンが彼女の肩に湯をかけ、カウチの背もたれにかかった布を取って石鹸を泡立て始めたあたりで、クレアが頬をふくらませながら言ってきた。
「…………手慣れてますね、アレンさん……」
「え? ええ。まあ」
「…………」
不服そうな物言いとは裏腹に続けろとばかりに、クレアが背をむけてぐいぐいと胸板にすり寄ってくる。行動はおかしいが、やはり淫魔の気配がない。どう判断したものか考えているうち、いつのまにかクレアを背中から抱きすくめるような態勢に変わっていた。首をかしげながらも、予定通り彼女の体を清めていく。
「んんっ……」
敏感になった女の肌はすこしの刺激にも反応して、甘ったるい声をこぼしてくる。泡と清拭布を通して伝わる彼女の肌はどこを触ってもすべすべでやわらかい。アレンは心ない機械になりきらねば思考が散るのを理解していた。彼女の異常の根源を探る、この好機を逃してはならない。
「クレアさん。施術を使っていただけますか」
「…………?」
「確かめたいことがありまして。いま打てる術のなかで一番強いものが好ましいです」
いま、アレンの紋章力はまたゼロに戻っている。神学資料室での行動は、おのれもまた淫魔に憑かれている可能性を示唆していた。
(一体か、二体以上いるのか知らんが、
ここでダメなら、手首の紋章陣をフェイトに破壊させる手もある。倒すべき『敵』がいるのはアレンにとってありがたい。
本来の紋章力さえ戻れば、クレアにかかった紋章陣を解除することも難しくないはずだ。
クレアが戸惑いながらも尋ねてくる。
「アレンさんはこの手首の施文について考えていたんですか?」
「ええ。必要なことですから」
さすがにクレアの愛液で紋章力が戻ることはなかった。どうあっても母乳以外に、アレンが力を取り戻す方法はないのだ。正攻法ならば。
「アレンさんは、この手首の施文、早くなくなったほうがいいとお考えですか?」
クレアに問われて、思わず首をかしげた。
「それはもちろん。さきほどもお話ししましたが、いまの状態は危険です。俺も善処はしますが――」
やわらかい感触が胸板にぽよんと当たってきて(まずい)と察した。これまでクレアの誘惑にまったく抗えていない。正常な思考なら、一旦は退却して、さきに自分一人で解析・対処できる方法を探しているはずだ。それが裸のふたりきりで浴室に、みずから足を踏み入れた。
思考がだいぶ弱っているのだ。
クレアがアレンをかき抱いたまま言った。
「わたしは……、このままでもかまいません」
「――俺は。このまま本心か、施術による言葉かわからないまま、あなたを傷つけてしまうかもしれないことが、恐ろしいです」
クレアがさっとこちらを見上げてくる。驚いている顔だ。正気に
「一度最後までしてしまったら、もう取り返しがつきません。……俺は昔、文化の違うある一家に誕生日を祝う花を届けに行って、その一家全員を斬る羽目になったことがあります」
「…………」
「あとから知ったことですが、父の指令で届けたその花は、渡した相手の死を願う、行動によって意味が変わる花でした。――だから。なにもわからないいまの状況で、あなたの純潔を奪ってしまったあとなにが起こるのか。それを考えると、とても恐ろしい」
アレンが初めてひとを殺したときのことを語ると、クレアはなにも言わず、ぎゅっと抱きしめる腕に力をこめてきた。アレンの後頭部に触れた手が、ゆっくりと髪を撫でてくる。
目尻に痺れが走るのを、アレンは感じた。
「抱きしめて、アレンさん」
優しいクレアの言葉は、甘美な鎖のようだ。抱きしめ返す腕に力をこめてしまう。クレアの髪に鼻先をうずめて癒される自分がいる。こんなにも『受け入れられたい』と切に願っていたのか、と観察する自分がいる。
桜色に染まった、なよやかな首筋に、斑点がついていた。自分がさきほど部屋でつけた鬱血痕だ。頬が熱くなるとともに、胸板や腹に触れてくる柔肌の感触がなまなましく伝わってきて、大人しくなったはずの股間が熱を持つのを感じる。
(まずい……)
クレアの甘い香り。むっちりと張りのある太ももに、硬度を取り戻した男根が触れそうになり腰を引きかけるも、抱きしめられていてかなわない。外そうと思えば外せるはずの拘束を、ほどかない自分に焦る。
いま、機械になり損ねている。
「アレンさん……」
「は、はいっ」
「わたしは、あなたに抱きしめられると、体の隅々までとても満たされた気持ちになります」
「……っ」
自分も同じだ。紋章のせいだ。どちらを言うべきか迷って、言葉に詰まったところでクレアがかすかに震えていることに気づいた。
「……クレアさん?」
「お願い……。アレンさん……、これまでのことを、なかったことにはしないで……」
潤んだ瞳が見上げてくる。わずかに開いた、形のいい桜色の唇。その奥に見えるみずみずしい舌腹の感触までもがよみがえる。もう、充分ではないか。ささやく自分がいる。だが、もし――万が一。
――殺してください。あなたに情けがあるのなら……
花を届けたせいで殺すことになった一家の、最後の娘が放った言葉が、絶望と哀愁に暮れた顔が、脳裡をよぎる。
いまクレアを傷つけてしまったら、もう自分を許せないのだ。
この甘言に乗ってはならない。
クレアを抱きしめる。静かに頬を伝う液体の感触。この娘を失いたくないと人間の心が叫んでいる。いまなら、蒸気のせいにすることもできる。
「クレアさん。俺は、あなたが好きです」
腕のなかのクレアがびくりと震え、離れようと胸板を押してきたが離さなかった。いま、目を合わせたら情欲に流される。そんな予感があった。
「紋章の影響ではなく、本心で。あなたと向き合いたい」
「……アレンさん……。……ごめん、なさいっ……」
謝られて、思わず苦笑がこぼれた。もともと良好な関係ではなかったのだ。そうだな、と心の奥が冷えていく感触と、
抱きしめる腕を外しかけたところで、クレアが嗚咽しながら意外なことを言った。
「……私、……このまま……っ。……ごめんなさい……」
「あなたが謝る必要はありません。あなたのやさしさに甘え、無理強いさせたのは俺です」
「ちがうっ……ちがいますっ……」
「ちがいません。手首の紋章が、あなたの思考を剥がしていた。そんなことは、最初からわかっています。わかって……いたんです」
「やめて……」
「……クレアさん……?」
「お願い……、アレンさん。わたしも、あなたが好きなの」
思わずクレアを引きはがし、その瞳を凝視した。涙で潤んだ琥珀色のつぶらな瞳。淫魔の影はない。
ぐっと眉間に力がこもるのがわかった。
どちらともなく顔を寄せ合い、唇を奪い合う。熱い。蒸気風呂の影響ではなく、期待と興奮、幸福感が全身を燃え上がらせ、クレアへの愛おしさがこれまで以上にこみ上げてくる。互いの唇をはみ合い、舌を絡める動きに一切の遠慮や抵抗がなくなっている。
互いの体が熱を帯びていく。
そのとき、ふと――アレンはクレアの瞳が赤く光るのを見た。
(……貴、様っ!)
激烈な怒りがこみ上げた。なおも舌を絡めてくるクレアの舌先を迎え入れる。嬉しそうにクレアが微笑んだ。彼女の吐く息ですらいとおしい。
だが頭のなかはすでに淫魔を滅ぼす方法を模索している。紋章術はクレアの施力を借りねば難しい。聖水もハーブも効かぬほどクレアと一体化している淫魔だ。愛刀で斬るにも、まず分離させねばならない。
「アレンさん。余所に気をやっては、いやです」
クレアが両頬を包み込んできて、鼻先に顔を寄せてきた。頬をふくらませている。かわいい。しかし気を抜いている場合ではない――そんな葛藤が瞬時に湧き起こる。
クレアはチュッと軽く唇を当ててくると、ふふっと嬉しそうに笑い、するりと硬くなっている肉棒をさすり上げた。
「……今度こそ。わたしを、もらってくれますね? アレンさん」
琥珀色の瞳が赤く輝く。その妖艶な微笑みを見て、アレンは背中に冷や汗が伝うのを感じた。
気のせいでなければ、クレア
(いや、考えろ。ほかの道があるはずだ。かならず)
いつのまにか押し倒されていて、後ずさっていた。もし、アレンの仮説が正しければクレアに害はないので逃げる必要はないのだが、なぜかそうしていた。
カウチの端はすぐにきて、逃げ場がないと悟る。クレアを見上げた。
「いっぱい、愛し合いましょうね」
瞳にハートマークを浮かべて、クレアが甘ったるい声で笑う。彼女の丸い頭の左右に赤い角、背中に蝙蝠の小さな翼、お尻に赤い悪魔の尻尾が生えている。
(ああ。左腕の施文、戻ったのか……)
敗北を悟ったからか、遠い目をしたアレンは、ふと場違いなことを思った。その間に、肉棒をクレアの唇に食べられている。ふんふんと甘い吐息をこぼしては、舌腹で、尋常でないほど的確に急所を突いてくる。
そうして屹立したペニスはついに、処女司令官の蜜壷に呑まれていった。
午後になっても姿を見せない総司令官を心配して光牙師団の女兵士が部屋を訪れると、クレアがとても幸せそうに出迎えてきたという。
以前よりも精力的に働くクレアに対して、これ以降、アレンの姿を目にした者はいない。
やってもーたー\(^o^)/