【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
17.すれ違い
資料室から施術開発研究所のだだっ広い広間に戻ると、ソフィアが涙目で立ちはだかってきた。
「聞いてください、アレンさんっ!」
「ど、どうしたんだ、ソフィア?」
エレナの診察を終えたあと。アレンにはまだ精液やら淫紋やら、刺激的すぎる言葉への動揺が残っていたのか、おっとりした年下少女の突飛な行動にびくりと肩を震わせて、その顔を見下ろした。
ソフィアはつぶらな翡翠の瞳に涙をなみなみと溜め、小さな唇を引き結んで、胸の前で拳を握りしめている。
「フェイトを止めてほしいんです!」
「……また、なにをやらかしたんだ。あいつは」
呆れ気味に返すと、ソフィアが背中に差していた魔杖をじゃらりと鳴らして抜いてくる。旅ではお気に入りの猫ストラップひとつきりだったのに、ずいぶんとバリエーション豊富なバーニィストラップが大小、杖を振るたびにこすれて、じゃらじゃらと音を立てていた。
「これです」
「……うん」
話の筋が見えないので、とりあえず待ってみる。
するとソフィアは杖を握る手をぷるぷると震わせて、詰め寄ってきた。
「これ! 全部! フェイトが工房で作ってきたんです! 『もう要らない』って言っても全然聞いてくれなくて!」
(怒ってても、ちゃんと全部付けてはあげるんだな……)
感心しながらうなずいていると、ソフィアが頬を膨らませて、瞳にまた涙を溜めて見上げてきた。
「ぅぅ、アレンさん……!」
「……わかった。とりあえずフェイトと話してみる」
「お願いします。アレンさんの言うことなら、フェイトは聞いてくれるはずですから!」
「どうだろうな……。まあ、聞かないなら
「やったぁ! ありがとうございます!」
ソフィアが嬉しそうに手をたたく。そもそも彼女が猫好きなことは周知の事実のはずなのに、なぜまたバーニィの押し売りを始めたのか?
相変わらず突飛な行動を始める友人に、アレンは首をかしげた。
「そういえば、マリアはどうした? さっきまでいただろう」
「フェイトがバーニィストラップを大量に持ってきて私が困ってるのを見て、追いかけてくれました」
「………………俺の出番は、ないかもな」
「でも! フェイトを止められるのはアレンさんですから!」
「わかった」
たまに止められていないから媚薬事件などが発生するわけだが、アレンは口には出さず、うなずいた。
もともと頼られれば応える性質である。
(クレアさんの件、……一旦、対策を練ろう。下手に接触して洞窟の二の舞にでもなったら笑えない)
アレンは長いため息を吐いたあと結論して、ソフィアとともにフェイトがいるという城下にくり出すことに決めた。
『行けば絶対、フェイトの暴走っぷりがわかりますから……!』とソフィアから念押しされ、(まあ、気晴らしにはなるか)と雑に扱っても大丈夫な
◇
一方の、シランド城内。
クレアが登城したのは、朝の礼拝がすでに始まったころだった。いつもなら、生真面目なアレンが参列しているさまを見かけることができるのに、なぜかこの日は姿が見えない。
美しい讃美歌の音色を背景に左右を見渡し、彼の自室をうかがうことにする。
城内の毛足の長い深緑の絨毯を踏みしめながら、思考はやや暗いほうに転がっていた。
(……でも。あのひとが礼拝に顔を出せないくらいなんだから、いま会いに行って本当に大丈夫なの?)
シーハーツ軍総司令官として施術が使えない現状に較べれば、些細なはずの相手の心境が、クレアの歩みを鈍らせる。一方で、彼と話をしたい。会いたいという気持ちは膨らむばかりだ。
(私は一体、どうしたいの……)
思わず頭を抱えそうになるのをこらえる。うつむいたクレアに、呑気な男の声がかかった。
「おぉ、クレア。なんじゃ、やっと登城したのか。この寝坊助め」
「お父さま……」
思わず気のない返事がこぼれた。
大柄なアドレーはいつもの笑顔を浮かべていたが、ふとクレアの右手首の施文を見たあと、表情を曇らせた。
「お前のことはアレン殿から聞いておる。体のほうは無事か?」
クレアの顔が、さっと赤くなる。
「お、お父さまはデリカシーがなさすぎます!」
「な、なにっ? アレン殿も『溝がどうこう』言うとったが、いつものやつとは違うのか?」
「それ以上、要らないことを根掘り葉掘り聞かないでください!」
「要らないこととはなんじゃ……! 月の洞窟に行って祝福を受けてきたんじゃろうが」
感情に任せて怒鳴ったせいで、クレアが肩で息を切らす。彼女の父、アドレーはおろおろと眉を下げ――神妙な面持ちでため息を吐いた。
「……ともかく。施文が使えなくなった件も、ご神体の異変も、そのままにはしておけまい。クレア、わしもエレナ殿のところに付き添ってやる」
アドレーの口ぶりから、余計な詮索はせず、ただ娘を案じているのが伝わってくる。
クレアはいくらか冷静さを取り戻して尋ねた。
「アレンさんは洞窟のこと、お父さまになんと言っていたのですか……?」
「月の洞窟が異常をきたし、お前たちの施力が失われたと聞いておる。アレン殿は今後、洞窟の調査をひとりでするつもりだと言い出しとったが、わしがラーズバード家に婿入りせんか、と冗談めかして聞いたみたら、まんざらでもなさそうじゃったぞ!」
「本当に……?」
反射的に絞りだした声は、『婿入りを断らなかった』という一言に向けられている。ただ、そんなことを実父に悟られたくないクレアが頭を振って、努めて冷静に問いかけた。
「それで、アレンさんはいまどこに?」
「ソフィア殿と一緒に城下に出かけてくると言うとったぞ」
「………………へー。そうですか。それは大変な『調査』ですね。なるほど」
「ど、どうしたクレア……?」
「ありがとうございます、お父さま。それでは」
努めて冷静に、いつも通りの笑顔を貼り付けてクレアがつぶやき、行先を城下に決めた。
引きつった顔で固まっている父から、くるりと
(え……っ?)
心臓の脈打つ音が、鮮明に聞こえてくる。
右腕の熱が全身にまわっていく。体の火照りをしずめるため、城内の壁に背を預け、呼吸を整えようとしたところで――
「どうしたんだい、クレア?」
たまたま諜報活動から帰ってきた親友ネルが近寄ってきて、尋ねてきた。
「ネル、ごめんなさい……。体調が悪いの、私の部屋まで……」
「わかった。つかまりな」
すぐに反応したネルが、クレアを背負って城内の私室に向かっていく。
幼馴染の背中に身を預けながら、クレアは思考がとろんととろけていくのを感じていた。
(……からだが……熱い……。……アレンさん……、た、すけて……)
ゆっくりと瞼を閉じる寸前で、『会いたい』という想いが強烈に胸の奥に響いていった。
クレアさまとネルさんの百合、いる?
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いる!
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先に進めー!