【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
ソフィアに導かれるまま城下を行くと、工房の向かいに巨大な『バーニィ御殿』ができていた。
道具屋だったその場所が、ずんぐり丸いバーニィのフォルムに作り替えられ、どぎついピンクの外壁塗装が目に飛び込んできたのだ。
通りすがりの老婆が「シランドも変わっちまったねえ……」とささやいているのが耳に痛い。
アレンが思わず口を開けて立ちすくんでいると、ソフィアがささやくように言った。
「わかってくれました? アレンさん」
「……いったい、なにがあったんだ……」
ソフィアに視線で『入って』と促されて、バーニィのお腹にあたる扉を開ける。内装もメルヘンだ。水晶のような透明な壁面に光が当たると、淡い水色からピンク色のグラデーションが現れ、ハートやら星やらの装飾がいたるところに彫り込まれているのが見える。
道具屋のカウンターテーブルや、道具棚は見当たらない。
だだっ広い空間にぽつんと置かれたソファの上に、くだんのフェイトが足を組んで座っていた。
「あ! ソフィア! ……と、アレンか。どうした? ふたりそろって」
「お前こそ道具屋をどうした」
「ここ、工房に近いからさ! 場所変わってもらったんだ!」
フェイトが親指を突き立てて、満面の笑顔で告げてくる。立ちくらみを覚えて、思わず額に手を当てた。
いまや大陸中のクリエイターを掌握し、ギルドで一大勢力を築いているこの男は、アレンの想像をはるかに越える影響力を持っているらしかった。
「ラッセル執政官にはちゃんと話してるのか、この場所」
「これから話す! だからお前も来いよ!」
アドレー同様、『一緒に旅に出ようぜ!』なテンションで声をかけられて、アレンは遠くを見やった。天井から吊り下げられたシャンデリアの灯りが目に沁みる。
その裏では、事態を難しく転がしてから声をかけてくるフェイトをどう始末したものか、考えあぐねていた。
「アレンさん、お話! お願いします!」
ソフィアに耳打ちされて、ふと思考をかき消す。
マリアの姿が見えないのは、フェイトがうまく対処したからか。それとも――。
そちらにもいやな予感を覚えたが、追及しないことにして、フェイトに尋ねた。
「で。ソフィアから『お前の贈物が過剰すぎて困っている』と聞いてきたんだが」
「おい待てよ。……ソフィア、ちょっとふたりで話したいから席を外してもらってもいいかな?」
「え、でも……」
ソフィアが戸惑った視線を向けてくるのに、アレンがうなずき返した。
――たぶんしょうもない話と思われるが、言い分があるなら聞いてやろう、と言うのがアレンのスタンスだ。
「それじゃあ」
ソフィアが恐る恐る言い残し、退室するのを見送ってから、あたらためてだだっ広いエントランスのソファの対面に座るよう促され、アレンも腰を下ろす。
フェイトが神妙な顔つきで尋ねてきた。――これは厄介な話だ、とその顔を見てアレンは直感した。
「ソフィアからなんて聞いた?」
「言ったとおりだ。『フェイトから過剰な贈り物をされて困っている』」
「だから、待てよ! ……アレン、知ってるか? 女性の『いいえ』には三種類ある。『本当のいいえ』、『気づいてほしいいいえ』、そして『はい』だ」
「………………続けてみろ」
「うん。だからね? この前の媚薬騒動で、ソフィアの好感度が思わぬ方向にいっちゃったろ? それでしょうがないから、贈物で挽回しようって腹積もりだよ」
「相手は過剰で困ってるらしいが」
「馬鹿野郎! あいつのメルヘン好きは知ってるだろ! メルヘン渡しとけば間違いないんだ! つまり、あの『いいえ』は『はい』なわけだ!」
「そこで猫ストラップにしない理由はなんだ?」
「バーニィの丸っこいフォルム! ふわふわの毛並み! あのやわらかピンク! すべてがソフィアの好みに一致してるからだ! そして! バーニィの加護があれば足も速くなる! 完璧だ!」
フェイトが真剣に言い切ってくる。
アレンは天井のシャンデリアを見つめて、ふたたび大きなため息を吐いた。どこから話したものか――。そもそも会話は必要なのか。
葛藤が頭をよぎる。
フェイトがソファから身を乗り出してきた。
「そういうお前だって、クレアさんの『いいえ』を見逃してよく困ってるじゃないか。あんなにわかりやすいのにさ」
「クレアさんがわかりやすい? 冗談は休み休みに言え」
思わず失笑すると、フェイトがやれやれと芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「まあお前の気持ちもわかるよ? 仲良くしたい相手に限って男ってのは慎重になってしまうものだ。で、だ。僕は考えた。意中の相手が『いいえ』と言ったら、それは大体の確率で『はい』なんだ。だから僕は、ソフィアの『はい』を見逃さないためにも全力で行動する!」
「いまのお前は、『本物のいいえ』を全力で見逃してるわけだが」
したり顔の友人に釘を刺してやると、フェイトが目を見開いた。
「おまっ……! ソフィアを狙ってるんじゃなかろうな!? 許さんぞ! 僕らの仲を引き裂こうなんて!」
「なんでそうなった」
「ソフィアがかわいいからだ! そして! お前は、ソフィアにやたらと甘い!」
(ネルにも言われたな……)
話をこじらせる天才をまえにして、もう問答無用で刀を抜いてしまおうか……などと、ここに来るまえに自室から取ってきた愛刀の重みを確かめた。
一瞬、空気が張りつめる。
それを感じ取ったのか、フェイトが距離を置いて、おのれの鉄パイプに手をかけていた。
「なんだ、やるならやるぞ?」
「……さすがに話が早いな。ちょうどいい。いまの俺がどれほど
「ん?」
フェイトが目を丸くして首をかしげている。
気功も紋章力もなくなったいま、月の洞窟に行くならば、おのれの実力を正確に把握することは急務なのだ。
アレンは判断するや兼定の柄を握りこみ、口端をつり上げた。
「お前には、
「なんの話だ?」
「あとで聞け」
言ったアレンは、迷うことなくフェイトに向かって抜き打った。