【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
群衆の歓声に驚いた渡り鳥が、白い羽をはばたかせて空に飛び立っていく。
アーリグリフ王国唯一の耕作地と称されるグラナ丘陵は、巨大な岩山に挟まれた渓谷に細々と草木が生えている。高低差の激しいその土地には、遠目からでも人目を惹く、巨大な建造物がそびえていた。
カルサア修練場。
堅牢な石造りの升型闘技場に、いま、ふたりの剣士が向かい合っていた。
空を仰ぐほど巨大な二体の石像は、大戦で上半身を失ってなお威容を保ち、無言の裁定者のごとく両者を見下ろしている。
中央には煌々と光が注ぎ、金髪碧眼の男――アレンが、剣を携えたまま立ち尽くしていた。視線は、壁際へ。つい追い詰めた『歪みのアルベル』を鋭く射抜いている。
闘技場の床は、巨大なボードゲームの盤面に似ている。中央の明るい四角がもっとも広く、その周囲を三重に取り巻く枠は壁に近づくにつれ暗い色へと変わっていく。色の濃淡が境界線のように選手たちの立ち位置を示すのだ。
観客の目には、最外縁に追いやられたアルベルが、不利な状況に追い込まれているように見える。
「第弐幕が始まりそうです! 先に仕掛けるのは――アルベル選手! 闘技場を大きく使うように、左右にステップしています!」
ウェルチが実況席で声を張り上げる。
張り詰めた静寂を突き破られ、観客たちが息を詰めて両者を見守る。
アルベルの蛇行は、水面を滑る水鳥のように、大股で地をえぐるように左右へ踏み込みながらも、その頭部はほとんど上下に揺らがない。不規則で滑らかな動きは、対する者に直進してくるかのような錯覚を引き起こす。
一瞬、アレンの視界からはアルベルの軌道が消え失せた。
(――速いっ!)
反射的に抜き打ち、右に薙ぐ。
「アレン選手の刀が空を切るっ!」
刃は虚空を裂き、残響だけが残る。瞬間、反対側から迫る影。
気づいた時には遅い。アルベルの肩口を黄金の気が奔り、体当たりがアレンを弾き飛ばした。
「決まったァ! アルベル選手のチャージがヒットぉー!」
大地を震わせる衝撃。アレンがのけ反り、靴裏が床を離れる。観客席は大爆発したかのような怒涛の歓声に包まれた。
「アレンさん!」
控え席から、クレアの悲鳴が突き刺さる。
「うおぉおおりゃああっ!」
アルベルが獣じみた咆哮とともに剣を振りかぶる。大上段からの渾身の斬撃。石床さえ断ち割るであろうその軌道が、いままさにアレンを貫かんと迫る。
「荒々しいアルベル選手、渾身のふりおろしだぁ!」
まともに受ければ終わりだ。のけ反ったままの不利な体勢。アレンがとっさに刃を返す。
「ダメです!」
「馬鹿! そんな態勢で受けたら――!」
クレアとネルの叫びが重なった。
轟音がつんざく。二振りの刀は辛うじて噛み合い、火花が四散する。衝撃が石壁を貫き観客席の座面が揺れる。
アルベルが低く、笑った。
「さすがだな。その不安定な姿勢で止めるとは――だが!」
「!」
「それで俺の剣線は止まらねえ!」
ぐらりと押し負けた瞬間、アレンの刀がきしみ、悲鳴をあげてねじ切られる。
「ぐあっ!」
「受けた剣ごとそのままねじ切ったああ! ……アルベル選手! ものすごい怪力です!」
ウェルチが驚きの実況をこぼすなか、シーハーツ、アーリグリフ両王国民の悲鳴と歓声が入り混じった。
「アレン!」
「その調子よ、アルベル! きみのスピードとパワーなら! アレンを完封することだって夢じゃない!」
熱狂は嵐のように渦巻き、闘技場そのものが震えているかのようだ。
アルベルが勝機を逃さぬとばかりに踏み込み、斬りかかる。
その瞬間、アレンもまた鋭く足を踏み込んだ。
間合い、一メートル。
アレンの蒼瞳に、閃光が走る。
(踏み込みすぎだ!)
拳を握り込み、炎を纏わせる。迫ったアルベルが目を見開いた。
轟然と炎が爆ぜた。
「これはさきほどの強烈な右ストレート! アレン選手! アルベル選手の猛攻を読んでいたあ!」
ヴォックスが思わず席から立ち上がる。
「いかん! あれをまともに喰らえば、アルベルと言えど!」
「さすがアレンだね! あの態勢で気を練っていた!」
ネルが冷や汗を拭いながら笑みをこぼす。
「バーストナックル!」
燃え上がる拳が、一直線にアルベルの腹を撃ち抜いた。
観客席から悲鳴と歓声は最高潮に高まり、闘技場全体が揺れるほどの大音声に荒れる。
「終わったか……」
アーリグリフ王が乗り出した身を玉座にしずめ、諦めを含んだ吐息をもらした。
シーハーツ女王は、冷たい美貌に微笑みを浮かべるのみだ。
「あのアレンと、ここまで戦えるとは思っていませんでした」
「フン、相変わらず美しい顔で毒を吐いてくる……。ん?」
ふと、王の瞳が焔の爆発を捉えた。
揺らめく火の壁の向こうで、影が動いている。思わず前かがみになり、目を凝らす。
会場の熱狂は収まらない。観客の誰もが勝負は決したと信じ、早くも興奮で早口に感想を叫び合う。その渦を切り裂くようにフェイトが低く言った。
「いや、まだだ!」
ウェルチが混乱したように首を振る。
「アレン・ガード選手の右ストレートが、空を切っているっ……?」
「なんだと!?」
「左だ、阿呆!」
「完全にいま、右からきたのに!?」
ウェルチとネルの怒鳴り声が交錯する。
次の瞬間、アレンの視界に飛び込んできたのは、アルベルの強烈なタックルだった。衝撃がアレンの左半身を抉る。内臓が骨のなかで叩きつけられた。立っていられず石床に倒れた背中が嫌な音を立て、観客席の空気が凍りついた。
「くっ!」
呻く。アレンの喉から血が飛沫のようにこぼれる。
「なんと! アレン選手、膝をついた! ダウンだああ!」
ウェルチの絶叫が闘技場にこだまする。
唇を噛み締め、膝を突いたアレンに、アルベルがゆっくりと歩み寄った。
「フン、どうやらこの俺の動きについてこれねえようだな。アレン」
刀の峰で肩を叩きながら、アルベルが薄笑う。
アレンは口に溜まった血液を吐き捨てると、口端からこぼれる一筋を袖で拭った。
(やつの最後のステップ、体のバランス感覚。間違いなく天性のものだ。だれかに教わったわけではない。――これが、天才というやつか)
相手は未開惑星人。連邦のように強力な兵士を育成するため、幼少期から特殊なカリキュラムで訓練されたわけでも、まして強者と切磋琢磨し続ける環境で育ったわけでもない。
目のまえの純粋な才能に、アレンは思わず笑っていた。
「どうした、アレン。攻めてこないのか?」
うずくまって動かないアレンに、アルベルが挑発するように義手を鳴らす。
(手段はふたつ。やつの苦手な懐に入りこんでの徒手空拳での対決か、やつの攻撃を予測して剣の間合いで倒すか)
アレンがふっと息を吐き、右足を後ろに引く。剣を肩口から斜めに構えた。切っ先は天を仰ぐでもなく、相手を射るでもなく、やや外れた位置に漂う。
正面に立つアルベルの視界からは、間合いが読みにくい。そのくせ一歩踏み込めばすぐに斬り込める間合いを保つ――古流で「霞」と呼ばれるその姿勢が、闘技場に新たな緊張をもたらした。
「てめえ……。踏み込みもせずに、あくまで剣術で俺に勝つつもりか」
アレンの意図を正確に読み取ったアルベルが、息を呑む。
アレンは笑んだままだ。
「そのほうが、どちらが上か。決めやすい」
「上等だ!」
アルベルが獣のように笑う。
両陣営の観客席は熱狂の大騒ぎだった。炎に照らされた石造りの観覧席が揺らめき、誰もが次の一瞬を待ちわびる。
一方、フェイトはひとり、腕を組んで唸った。
「あんなこと言ってるけど、あいつ、アルベルのあのトリッキーな動きについていけてないのに、どうするつもりだ? あの動きをさせるまえに疾風突きで足止めするなり、空破斬で牽制するなりしないと、あのステップを使われた時点で、アレンはガン不利なんだが」
独り言じみたフェイトの解説に、ソフィアが顔を寄せてくる。
「フェイト、このあとどうなるのかな?」
「そうだね……。ま、どっちも模擬刀だから全力の一撃は撃てないし、死ぬことはないんじゃないかな?」
ハハッと明るく笑う幼馴染に、ソフィアが眉を下げたまま、ひとつうなずいて闘技場に視線を戻した。
「フェイトでもわかんないんだ……」
「違う違う違うっ! 説明が難しいんだよ!」
「本当?」
「ホントホントホント! ソフィア、信じて!」
顔を真っ赤にして力説するフェイトに、ソフィアがくすくすと笑う。
会場の熱気と、彼らの小さなやりとりが、同じ舞台の上で同時に進んでいくなか。
シーハーツ陣営のネルとクレアは、神妙な面持ちだった。
「トリッキーな動きなら、アルベルのほうが上だね」
「闘技場全体を華麗に動き回れるアルベルと違って、アレンさんはあくまでその場で迎え撃つスタイル。けれど、アレンさんには施術があるはず。どうして使わないの?」
もっともすぎるクレアの指摘に、ネルは思わず笑った。
もちろん、施術を使ったところで絶対有利とも言い切れないが、見せもしないのはアレンのこだわりに由来する。
「そういうやつさ。あいつは真っ向勝負に取り憑かれてる」
どちらが上か――それを知らねば気が済まない。
骨の髄まで、剣士なのだ。
中央では、二人の剣士がいまにも刃を交わそうとしていた。
「行くぞ!」
(――来る!)
アルベルの蛇行ステップ。右か、左か。
アレンの蒼瞳が鋭く追い、直感が閃く。
(いや! ――後ろだ!)
振り向きざまに薙ぎ払った。
「なにっ!」
だがアルベルはすでに一歩、間合いの外。
「紙一重で避けているぅうう!」
次の瞬間、大上段から振り下ろされた剣が、アレンの右腕をかすめ、鮮やかな赤を飛ばした。
「ぐっ!」
「アレン選手! アルベル選手の攻撃を読んで攻撃していますが、刀を振るたびに傷が増えていく!」
(っ、野郎。これだけ斬ってるってのに、全然怯まねえ!)
アルベルが思わず息を呑む。目の前の男は、傷を浴びながらも一歩も退かず、逆に機を狙ってくる。殺気立った獣をまえにしたような、強烈な威圧感だ。
一方のアレンもまた、アルベルの猛攻を受けながらも思考を研ぎ澄ませていた。
(すごい奴だ……。これだけ動きを読んでいるのに、ここまで冷静に斬りつけてくるとは。そのまま欲張って踏み込んでくれれば終わるんだが)
攻めあぐねるアルベルもまた、同じく状況を読んでいる。
(くそっ、このままじゃ決め手に欠けやがる……。どうする! やつの剣は甘かねえ。踏み込みも、スピードも、さっきまで安全だったところが、もう安全じゃなくなりつつある。徐々に……だが確実に、この男は俺の動きを読み始めているっ!)
アルベルは表情の裏に焦りを押し殺す。
さきほどまでアレンの体に届いていたはずの刃が、いまでは急所を外し、かすり傷にとどまり始めている。
長期戦は不利。このまま持久戦を持ち込めば、完全に見切られる。
(ならどこで決める? 踏み込まなきゃならねえなら、どこで決めるか?)
「徐々に、徐々にですが――アレン選手、クリーンヒットがなくなりつつあります! 代わりにアルベル選手! 頬に筋ができ始めている!」
ウェルチの実況にうなずくように、ネルが呻いた。
「こいつは驚いたね……。あの悪魔、自分の体を犠牲にして、アルベルの攻撃のタイミングを覚えたんだ」
「逆を言うと、そこまでしないと勝てなかった、ということね。あのアレンさんが」
クレアの瞳が揺れる。
彼女の言葉は、アレンの覚悟と、アルベルの才能がどれほど圧倒的であるかを物語っていた。
アーリグリフ陣営のマリアが、拳を突き上げた。
「まだよ! まだ完全に捉えられてはいない!」
「しかし、アルベルには、やつを一撃で仕留める技が」
ヴォックスの懸念はもっともだった。
マリアは口端を上げる。伊達にFD世界から生還してきたわけではないのだ。
「あるわよ。とんでもない超必殺技が! ……ただ、それをアレンが許すとは思えない」
アルベルの新技には大きな隙がある。
マリアの頬を冷や汗が伝った。アレンが『悪魔』と呼ばれる所以は、敵の隙を逃さぬ狡猾さにあるのだ。
アルベルが思考をめぐらせる。結論はすでに決まっていた。
(こいつをぶっ飛ばすには、吼竜破で場外にぶちのめすしかねえ。問題は、模擬刀が耐えられるかどうかだ。おまけに、いきなり撃ったって当たるもんじゃねえ)
「フン、こんなことになるんだったら、最初のころにぶち込んでおけばよかったぜ」
アルベルが皮肉気につぶやく。
アレンもまた、アルベルの意図を正確に読み取っていた。
(吼竜破狙いか。妥当だな……。ならば俺も吼竜破で、お前の竜ごと撃ち抜いてやろう)
静かに刀を構え直し、挑発する。
「こい、アルベル・ノックス。お前が吼竜破を放った時が、最後だ!」
「ぬかせ!」
「アルベル選手! ふたたびステップで挑む!」
(また同じ手か)
アレンが察する。
刃と刃がぶつかり、鋭い火花が飛ぶ。だが剣戟の苛烈さに反して、アレンはすでに涼しい顔だ。
「剣と剣がぶつかり合いました! ついにアレン選手! アルベル選手の斬撃を見切った!」
「見切られているのは承知だ! 黙ってみていろ、阿呆!」
アルベルが決死に切り立てる。
剣戟の嵐のなか、アレンは相手の義手を見据えていた。
(まだ吼竜破を撃ってこないか)
刃を交えると同時に、アルベルは肩から突進するようにチャージしてくる。アレンの体がわずかに横に流れた。
(ここか!)
アルベルの義手に熱がこもり、気がうねる。だが、視線がぶつかった。蒼瞳――冷徹に自分を射抜くアレンの眼。
(野郎! 見てやがるっ!)
(まだ撃たないか……)
(野郎の気を削いだうえで、こちらの吼竜破をぶち当てれば勝てる!)
ふたりのやりとりを見ていたフェイトが、観客席で張り詰めた空気を溶かすように、ため息を吐いた。
「だいぶ分が悪い賭けだね、アルベル。こりゃあちょっと、やばいかな」
「フェイトはアルベルさんを応援してるの?」
ソフィアの率直な問いに、フェイトが思わず苦笑した。
「どっちが、ってわけじゃないけどね。ただなんとなくさ。このままアレンが勝つのは、面白くない。どうせならもう一波乱ほしいところだろ?」
ソフィアがわかったようなわからないような顔で、あいまいにうなずいた。
フェイトはその横顔を見て小さく笑い、闘技場に視線を戻す。
「くっ!」
劣勢に立たされたアルベルの姿に、マリアが歯噛みする。
(ここから黙ってエイミングデバイスを撃てば、最高のチャンスをアルベルに与えることができる! でもっ! さすがにやつに勘付かれるわ……)
アルベル越しに、アレンの鋭い視線を感じる。マリアは身じろぎもしなかった。
ネルが呆れ気味にぼやく。
「なんか企んでそうだね、あっち……」
そのとき――
「ついにアルベル選手! 肩で息を始めた!」
ウェルチの実況が轟き、会場全体がどよめきに包まれる。
「スタミナに差がつき始めてるっ……」
マリアが愕然とつぶやく。
傍らで、ヴォックスも苦々し気に拳を握りしめた。
「当然だ……。アルベルは闘技場すべてを使って戦っていた。対するあの男は、その場からほとんど動かずに戦っている。体力差は歴然!」
アルベルが苛立ちを隠さず叫んだ。
「くそったれが! まさか、ここまで粘られるとは!」
「それはこちらの台詞だ。ずいぶんと手間をかけさせてくれたな」
「チッ!」
「だがそれもこれで終わりだ。この一撃で、お前は倒れる」
肩で息をするアルベルに、アレンが死刑宣告のように告げる。
次の瞬間、アルベルの膂力が跳ね上がった。
「舐めんなよ……。アレン・ガードぉおおおお!」
全力で踏み込んだすれ違いざま、斬られている。
アルベルが目を見開いた。深く腰を沈めたアレンの抜き打ちが、アルベルの胴に決まっていたのだ。
「ぐああっ!」
「ついに! ついにアレン選手の斬撃が! アルベルの体を切り裂いたぁああ! ……これ、模擬刀ですよね?」
鮮血が飛ぶ。防御もくそもない。急所を確実に穿たれた、致命的な一撃だった。
(勝った)
アレンが確信した。その刹那、
「いまよ、アルベル!」
(わかっている!)
動けぬはずのアルベルが、どす黒い巨大な龍の頭を呼び起こす。
「なにっ!?」
「吼竜破あぁあああああ!」
闘技場全体が震える。咆哮とともに吐き出される濁流の気。
通常十数頭と呼び出される気龍がたったひとつに集約され、一撃必殺の威力を放つ。これにアレンはなすすべもなく呑み込まれていった。
「なんとアルベル選手! ガッツで耐えきったあああ!? アレン選手! 斬撃を放った直後のため動けない! 吼竜破、直撃ぃいい! これは決まったかぁああ!?」
「ざまあみやがれ、くそ虫が!」
肩で息を切らしながら、アルベルが笑った。
アレンの体が吹き飛び、石床を転がる。あと一センチ――場外一歩手前で、地面を手で掻いた男はうずくまりながら踏みとどまった。
「しつけえ野郎だぜ……」
アルベルがやや失笑しながらつぶやく。
吼竜破をまともに浴びたアレンの全身からは、おびただしい血が流れ、衣服は裂け、煙が立ち上っている。
「まさか、フェイトのような真似をするとはな。アルベル・ノックス……」
どう見ても致命傷の体で、平然と立ち上がった男をまえに、アルベルもまた、腹にめり込んだ一撃が盛大に血をぶちまけるのもかまわず、背筋を伸ばして哂った。
「これで、五分だな」
「お互い満身創痍! ……これは、もう決着でよいのでは?」
ウェルチが思わず本音を洩らす。
その言葉にアルベルがカッと目を見開いて、貴賓席に怒鳴った。
「ふざけんな! 王! いま止めたら、許さねえ!」
「陛下、とくとご覧あれ」
アレンもまた剣を構える。
貴賓席に座った両国の主は、互いに眉間に手を当てていた。
「……わかった」
「わかりました……」
シーハーツ陣営からネルが叫ぶ。
「全身血まみれじゃないか! 無茶だよ!」
「アレンさん!」
クレアもまた制止の声をかけている。
「アルベル! もう無理よ!」
アーリグリフで声援を送っていたマリアですらもだ。
だが闘技場に立つ男たちには、それらの声は届かない。
「無理かどうかは、俺たちが決める! 外野は引っ込んでいろ!」
「ネル、クレアさん。いまいいところだ。これほどの男を相手に、俺は最高の時を刻めている!」
獣じみた笑みを浮かべ、二人が互いに睨み、吼えた。
「いくぞ、アルベル・ノックス!」
「きやがれ、アレン・ガードぉお!」
両者の鬼気がさらに膨れ上がる。石床にまでひびが走るような強烈な気功の渦。
そのとき、アルベルがハッと目を見開いた。
(こいつ! 吼竜破!?)
見知った構えに、アレンの次の行動を察する。
アレンは、口端にかすかな笑みを浮かべていた。
「ちっ! フン!」
アルベルもまた、吼竜破の構えを取る。
アルベルの全身から黒い気が、アレンの全身からは青い気がそれぞれ天へと立ち昇り、観客席にざわめきが広がった。
フェイトが神妙につぶやく。
「吼竜破で決着をつけるつもりか、アレン」
「無茶だよ、ふたりとも! ヒーリングしないと!」
ソフィアが慌てて杖を握って立ち上がる。それを引き留めて、フェイトは困ったように頭を掻いた。
「そう言って聞くやつじゃないだろ。アレンも、アルベルも」
「でも!」
引き退がらないソフィアをなだめつつ、闘技場のアレンを見る。
そこにはあきれるほど晴れやかな顔があった。
「いい顔してるじゃないか。アレン……」
「上等だ。これが俺の、全力だああああああ!」
複数竜を重ねて放つ、アルベル・ノックス最強の吼竜破。
対するは、銀河連邦最高峰と言われた軍人が放つ、一点突破の必殺技。
「吼竜破ッ!」
黒と青、巨大な気の龍が正面からぶつかり合う。観客席から絶叫が渦巻き、地鳴りのような轟音が石造りの壁に反響する。
「うぉおおおおああああああ!」
「破ぁああああああ!」
巨大な気柱が立ち上がり、衝突の瞬間に爆発。
まばゆい閃光と暴風が観客席をも襲い、観客たちが悲鳴を上げた。
「あばばばば!」
「みんなをまもらなきゃ!」
「あいつら! 観客席にまで迷惑かけるんじゃないよ!」
爆炎のなか、金属が砕ける音が鳴り響いた。
ぱらぱらぱら……。
「両者がもっている刀が、粉々に砕け散っているー!?」
爆煙のなかに立つ二人。刀を失い、息も絶え絶えななかで、一足先に呼吸を整えたアレンが、言った。
「これでは試合続行は不可能だな。アルベル団長」
「引き分け、だと……!」
アルベルが呻き、次いで膝から崩れ落ちた。
「ざ、け、んな……」
その場に倒れ伏すアルベルを見下ろしながら、アレンもまた膝をつく。
「俺をここまで追い詰めるとは。未開惑星に居ながらにして
「引き分けええええっ!」
血と汗に塗れた二人の剣士を、観客たちはしばらく、言葉もなく見守っていた。
貴賓席で戦いを見守っていたアーリグリフ王が、ぽつりとつぶやく。
「引き分け、か」
「さすがですね。歪みのアルベル」
シーハーツ女王の賞賛をまえに、アーリグリフ王はいまだ倒れぬ全身血まみれの男を見下し、皮肉気に口端を曲げた。
「フンッ。そなたのところのクリムゾンセイバーは、さらにその上だということか」
「よい親善試合でしたね」
「まあ……たしかにな。引き分けならば、丸く収まるか。そこまで考えてのことかな。あの男は」
アーリグリフ王の詮索に、シーハーツ女王は答えない。
――場内はまだ熱気が渦巻いていた。
「まったく! 無茶ばっかりして! 傷だらけじゃないか!」
「そうです! こんな大怪我!」
シーハーツ陣営に戻るなり、左右からネルとクレアの叱責が飛ぶ。
活人剣で歩けるようになったアレンは、首を横にふった。
「これぐらいでなければ、彼は倒せなかった」
「倒さなくていいんだよ!」
親善試合など端から眼中になく。
アルベルを挑発して、ただ戦いそのものを楽しんだことを怒られて、アレンは目を丸めてまたたいた。
一方の、アーリグリフ陣営は殺気立っている。
倒れたアルベルに駆け寄ったマリアが、矢継ぎ早にあれこれ状態を確かめている。
「アルベル! アルベル! 人工呼吸する!? いや、するべきね!」
「せんでいい! 生きておる!」
頭上からヴォックスがぴしゃりと叱りつけると、マリアが勢いよく睨み上げた。
「邪魔よ、髭おやじ!」
「貴様こそ邪魔だ! 早く医務室に連れて行かんか!」
わーわー言い合うアーリグリフ陣営のやりとりを観客席から見下ろすフェイトが、やれやれとため息を吐く。
「……ま、いい見世物だったかな。みんな満足してるみたいだし」
――わああああああ!
会場の熱狂は、試合が終わったいまも冷めやらない。むしろ勢いを増すばかりである。
観客は立ち上がり、拍手と歓声が入り乱れる。
民衆は一生に一度見られるかどうかわからない激闘を目の当たりにし、その昂ぶりにいつまでも酔いしれていた。