【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
「……ネル、ごめんなさい……」
城内の私室で、ベッドシーツに
シーツ越しに触れる肌が、まだ熱を持っていた。
クレアが目を伏せて、自らの胸の頂に視線を落とす。さきほどまで溢れ出ていた母乳は、ネルの協力あってどうにか治まったものの、相変わらず制御できない衝動に戸惑ってしまう。
ふたり、体を休めてから衣服を整えて礼拝堂に向かうと、入口のほうからフェイトとアレンの話し声が聞こえてきた。
「だからさ、どーゆーことだよ? それ」
「それが説明出来たら苦労はしない。ともかくクリムゾンブレイドを探そう」
いつもの調子だった。クレアが洞窟での出来事を思い出して固まっている間に、ネルがするりと礼拝堂を出てエントランスに向かう。
「待ってたよ、アレン」
「ネル? ……なにがあった?」
こちらからはネルの背中のみが見えているが、対面しているアレンは、なにかを見ているらしい。
驚いているアレンに、ネルがすかさず彼の手を取った。
「……その前に、ちょっといい?」
刹那。アレンの腕がひねり上げられ、その首に、ネルのしなやかな脚が巻きつく。彼女が右腕をねじ上げると、その脇腹に容赦ない肘打ちがめり込んでいた。
――いわゆる卍固めである。
アレンが無言タップしつつ訴える。
「ネル、
「
ネルが相手の降参を無視して吼える。
クレアもまた礼拝堂を出て、親友に尋ねた。
「ネル、なにしてるの?」
「さあ? なんかあったみたいなんですよ。クレアさん」
代わりに答えたのは、アレンの隣にいたフェイトだ。要領を得ないフェイトを置いて、ネルとアレンの攻防は続いていた。アレンが呻きつつも渾身の力で跳ね返さんと抗い、ネルもまた、その技を解除する気などなく、さらに圧力をかけ返している。二人の間には、一歩も譲らない
互いの体から、軋むような音が聞こえてきそうである。
だが、それより――
「ネル」
「待って、クレア! いま止めたら、こいつ殺せない!」
「ネールっ?」
目の色を変えた親友の手を取って、ひねり上げる。
「あ痛だだだだっ!」
(いまの殺気……っ!)
アレンは思わず息を詰めた。フェイトとの力試しのときに聞こえた謎の声が脳裏をかすめたのだ。
――ダメですよ?
考えてみれば、あれはクレアの声に似ていた気がした。
(いや、まさかな――)
アレンが葛藤している間にネルが悲鳴を上げ、圧力が緩んだ。その隙に、すかさずアレンが固められていた右腕を振りほどき、ネルの体を持ち上げると、目の前へと投げ飛ばした。
ネルが猫のように空中で身を翻し、軽やかに着地する。軽くひねっただけなのに、激痛に顔をゆがめ、右手を手で押さえている。
アレンの葛藤を知らぬクレアは、ネルに唇の動きで伝えていた。
――くっつきすぎよ。
ネルが固まったあと『悪かった』と謝ってくる。
アレンを見る。彼は驚いた顔でクレアをじっと見つめていた。
視線が絡んでいる間に、じわじわと頬が熱くなってきて、クレアがとっさに視線を外す。
アレンが罰の悪そうな顔になってネルを見、息を呑んだ。
「ネル、お前……洞窟に行ったのか?」
「バ、バカ! こんなところで言わせるんじゃないよ!」
ネルが慌てて押し止めると、アレンがハッと周りを見渡して、うなずき返した。
いま、ネルの額には、アレンやクレアと同じ、月のような、半円型の施文が刻まれているのだ。
クレアが発作的な性的欲求に襲われている最中、母乳を吸いだすのを手伝ってくれたネルについた紋様だった。
アレンがさりげなくネルの手足を確認する。彼女の施文は消えていない。そのさまに安堵しているようだった。
「一旦、エレナ女史のところに行こう。わからないことが出てきた」
アレンをじっと見ていることに気づいたのか、アレンが視線を返してきて、一瞬、その瞳に熱が宿るのを感じた。だがすぐに恥ずかしそうに頬を染め、視線を素早く外された。
いつも通りに見えても、アレンもまた動揺しているようだった。
それもすぐに掻き消えて、フェイトに声をかけている。
「……フェイト。悪いが、エレナ女史と話している間、すこし席を外しておいてくれ」
「なんだと?」
ひとり、フェイトが話についてこれず首をかしげている。
アレンが決然とした表情で言った。
「できるだけ、俺の傍にいてほしい」
「気色悪いなっ! だから、みんなしてなにがあったんだよ? なんかあったなら僕にも教えろよっ!」
「だから、説明が難しい」
「なんだとー!? お前、それで一回、僕にトラウマ植え付けてんだからな! 僕ぁさがらんぞっ!」
「そんなことあったか?」
「あったよっ! 螺旋の塔で、消えてく
「勝つために必要だった。それだけのことだ」
「よーし、表出ろ。決着つけてやる。ひとの心がわからない悪魔に、今度こそ思い知らせてやるぞ……!」
フェイトが親指を突き立てて、首を掻き切るような仕草とともに城を出て行こうと
アレンが手のひらを見せて、フェイトを制した。
「わかった。決着はあとでつける。まずエレナ女史のところに行かせろ。お前は研究室で、ソフィアと待機しててくれ」
「お前が僕を都合よく使おうとしてるのが見え見えなんだが?」
「ついてくると言い出したのはお前だろう? 頼むぞ、フェイト」
「ふざけ――!」
「フェイト、悪いけどあたしからも頼むよ。ちょっと人前でやりにくい話なんだ」
「ネルさんっ!?」
必ずフェイト陣営にいた
ネルの後ろから出て、クレアもまた、こほんと咳払いした。フェイトに一礼する。
「フェイトさん、ごめんなさい。我々は、ここで失礼しますね」
「えっ?」
アレンとフェイトの声が重なる。
アレンとしてはエレナの資料室前にある、研究室までフェイトを連れていくつもりだったのだろう。だが、いまの会話を聞いているかぎり、フェイトがいては話が進まないのは明白だ。
――なにより、目のまえで「傍にいてほしい」と言われているのがなんだか気に入らなかった。
捨てられた子犬のように互いの顔を見合わせるフェイトとアレンに、毅然と言い放つ。
「行きますよ? アレンさん」
「いや、フェイトも……」
名残惜し気につぶやくアレンに、クレアがそっとネルを見る。ネルは無言でサムズアップすると、アレンの袖を引いて、首を横にふった。
――いまは逆らうんじゃないよ。
声に出さず、唇の動きで伝えたネルに、アレンが目を見開いて葛藤しているような顔になる。
残されたフェイトは、ぽつんと立ち尽くしたまま、唇を引き結んでぷるぷると震えていた。