【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
シランド城の白亜の尖塔が視界に入り始めたころ。
王都に続く石畳の街道に土煙を上げて、アレンたちへ駆け寄る人影があった。――バーニィシューズを履いたフェイトである。
ネルが目を丸める。
「どうしたんだい、フェイト?」
あまりに勢いがありすぎて、アレンたちを通り過ぎてしまったフェイトが、キキィーッと地面をこすって急停止し、息を弾ませながら戻ってくる。
「僕こそが! クリムゾンカルテッド最後のひとり、フェイト・ラインゴッドだ! 待たせたね、みんな!」
「王都で動きがあったか」
アレンが口端をわずかに広げて、率直に問う。
フェイトはさわやかな笑顔とともに謎のポージングを決めたまま、ぴたりと動きを止めた。
「そこはさ。ちゃんと乗るノリだろ!? 風呂場であんなに練習したのにまだわかんないのか、アレン!?」
「わかった。その話はあとでケリをつけよう。――で、どこが動いた?」
「お前! それ絶対、もう忘れるやつじゃん! いつもの適当に聞き流すパターンじゃんっ! オイラ何十回もひっかかんねえじゃんよっ! ――っと、バカダヌキの物真似はいい。アレン、言ってる場合じゃないぞ。いま、お前たちは王都に入っちゃダメだ」
「どういう意味さ?」
「フェイトさん、状況を説明してください」
クレアとネルが前に出る。左右からにじり寄られたフェイトが一瞬、助けを求めるようにアレンを見た。アレンがわずかに顎を引く。
そのやりとりを捉えたネルが、目を細めた。
フェイトが真剣な表情で三人を見た。
「そうだね……。三人にも伝わるように、どこから話したものか……。三人がシランドを去ったあと、王城である噂が広がったんだ。『クリムゾンブレイドと異界の勇者が、女神イリスの神託を得るために月の洞窟に向かった』ってね。僕を差し置いて、悪魔を勇者とか言っちゃうシーハーツのひとたちもたいがいだけど、問題はそこじゃなくて。その噂がいつからか『クレアさんが呪いを受けたせいだ』って話になって、いまはなぜかクレアさんを捕らえようって盛り上がってる連中がいるんだ」
「なるほど……。で、アレンはこうなることがある程度、予想できたわけね?」
ネルが半眼になってアレンを睨む。
アレンが軽くうなずいた。
「王城に噂を広めるよう、風の試練を受けるまえにアストールさんに頼んでおいたからな。フェイト、不審者の洗い出しはどうだ?」
「そっちは済んでる。ただ、いまはとにかく隠れろ。腕っぷしで三人が負けることはないけど、王国を敵に回すわけにもいかないだろ?」
「クレアを捕らえようなんて荒唐無稽な話、陛下が支持するとは思えないけど」
ネルの懐疑的な反応に、フェイトが苛立ったように頭を掻きむしった。
「あー、なんて言ったらいいかなぁ!」
「ペターニ会派の人間が絡んでいるんじゃないのか」
「まさか!」
アレンの一言に、ネルが目を丸くする。フェイトも同様に「そうなの?」と視線をアレンに向けていた。
クレアの表情が引き締まる。
「最近、
不思議そうなフェイトに、クレアが説明すると、ネルもまた難しい顔で続いた。
「グリーテンを追っていて、ちらついた連中だよ。地方領主たちをまとめてきている勢力か……。たしかに、彼らの言葉なら陛下も一旦は聞く姿勢を見せる必要があるかもね」
アーリグリフとの『和平』は、星の船による国家存亡の危機に瀕したことで、協力関係の構築という形で結ばれた。
当初、シーハーツは大戦勝利を前提にアーリグリフから賠償金を得るつもりでいたが、いまや叶わぬ幻想となったのである。結果、長引いた戦費はそのまま国家負担となり、女王といえど、それを支えた諸侯の声を無視できる状況ではない。
特に、隣国グリーテンの動きを注視する必要がある封魔師団長ネルと違い、光牙師団はすでに大戦の重圧を乗り越え、体制を平時へと整えつつあった。
「フェイト。通信機を使わず直接伝えにきたということは、そのバーニィシューズ、貸してくれるのか?」
「その通りだ! お前なら、ふたりを担いで逃げることぐらいわけないだろう!」
「ちょっ! 正気かい!?」
「どういうことですか?」
後ずさるネルの隣で、クレアが首をかしげている。
フェイトが脚の半分はありそうな巨大な毛皮靴を脱いだ端から、アレンが受け取って履き始める。
それを見たクレアが「まさか」とつぶやき、両手で口許を覆った。
「フェイト。不審者の件、報告書をメールしてくれ。必要あれば、俺からも連絡する」
「報告書!? そんな大層なの、ぼくやだなー。ていうか、お前は必要なくても連絡しろよ!」
アレンが目を丸くして、ゆっくりとまたたくと首をかしげた。
心の底から「なんで?」と視線で問われて、フェイトが息を吸い込みながら空を見上げていく。
「んとに、この野郎……友達甲斐のない……」
フェイトが諦めたように地面を見つめて、眉間に手を当て首を振る。そのときだった。
「フェイト」
「なんだよ?」
「お前の機転、恩に着る」
「着膨れしろ。そして僕を崇め奉れ」
フェイトが肩をすくめつつも、満足げに口許をゆるめた。
拳を互いに突き合わせると、ふたりはそれきり背を向ける。
ネルがアレンに向かって胸のまえで両掌を見せ、素早く左右にった。
「ちょ、ちょっと待ってってば……アレン! まだ心の準備が──うわっ!」
「……よ、よろしくお願いします。アレンさん。その……落とさないでくださいね?」
クレアが遠慮がちにアレンの袖をつかむと、アレンは迷いなく彼女の腰をわし掴みにして引き寄せた。
「きゃっ!」
ネルも同じ態勢になったらしい。
米俵のように両脇に抱えられたふたりは、それきり意味のある言葉を発する隙もなく。
世界の色が風に溶け、一行はイリスの野を駆け抜けていった。