【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
シャール村にたどり着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
月の洞窟にほど近いこの村は、川沿いに下った先にあるアリアスとは対照的に、源流に近い山間にひっそりとたたずむ、上流の集落である。
王都から離れたこの土地には、シーハーツ王国らしい石造りの家々が十軒ほど肩を寄せ合う。木柵の門に干し草と農具が立てかけられ、放牧された獣が草を食むばかりで人影はない。王都とは違う、静かな時間が流れていた。
「ここが……シャール村か」
足を止めたアレンが、ゆっくりと両脇のふたりを下ろした。
ネルはゼエゼエと肩で息を切りながら、乱れた赤髪を整えた。
「たしかに、ここなら光牙師団の息がかかってるけど……見ての通り、簡素な村だよ。潜伏する場所なんてどこにもない。どうする気だい? まさか民家を間借りするわけにもいかないだろ」
クレアも平衡感覚がしばらく戻らないのか、草むらに座り込んだまま頭を押さえている。
「……ここがシャール村なら、たしか、村の奥に教会があるわ。有事のために光牙師団が所有しているの。……まだ使えるかどうかはわからないけれど」
ネルが意外そうにアレンを見る。視線で「知ってたの?」と問われて、アレンが首を横にふった。
「単純に、アドレーさんが知る遺跡の近くなら、国が管理する場所があるはずと思っただけだ」
「その勘と策の間を反復横飛びするの、クリフみたいだよ」
「褒めてるのか?」
「そう見える?」
「結果が伴えば問題ない」
「ぶっ飛ばすよ。あんた」
軽口をたたき合いながら、村を奥に進んでいくと、小高い丘のうえにクレアの言う廃教会があった。途中、山菜を採っていた村人がこちらに気づいて、嬉しそうに会釈してきた。
クリムゾンブレイドの高名は辺境の村にも響いているようだ。教会にたどり着くまでに三人ほどの村人とすれ違ったが、みな、クレアやネルを見るなり拝むように胸に手を当てる者たちばかりだった。
丘の上にぽつんと建つ廃教会は、見た目こそ苔にまみれた古びた石造りだが、扉や柱は健在で、崩壊の危険はない。内部には祭壇、長椅子、祈祷台、奥には司祭室と小さな倉庫があり、かつての信仰の跡が今も残されている。
「……思ったより、ちゃんとしてるわね」
クレアが埃を払いながら、白布のかかった祭壇を見つめる。
ネルは司祭室の扉を開き、中を一瞥してからうなずいた。
「使えそうだよ。ベッドは粗末だけど、ふたりまでなら寝られる」
「アレンさんは……?」
「礼拝堂で見張るって。朝まで交代もしなくていい、ってさ」
ネルの声には少し呆れが混じっていたが、クレアは小さく頷くと、司祭室の奥に歩を進めた。
簡素な寝具と、小さな机。壁にかけられたアペリス教の太陽と月を示す黄色い丸と三つの小さな青い丸の紋章。
部屋の隅に置かれた木箱を開けると、年季の入った、白い法衣やタオルケットが出てきた。
「……使えるかもしれない。ここで着替えもできるわ」
ネルもタオルを手に取って、鼻先に近づける。
「……ふふ。ちょっとカビくさいけど、贅沢言えないね」
「アレンさんの『つうしんき』というので、外のみんなと連絡を取れることはわかったけれど、どれくらいの間、潜伏することになるのかしら」
「あいつのことだ。そう長くないよ。必ずこちらから仕掛ける」
「なんでもわかるのね。彼のこと……」
クレアが目を伏せてつぶやく。ふたりは背を向け合って軍服を脱ぎ、柔らかな布に着替えた。
ネルはミニ丈の白い法衣を、クレアはスリットの深い茶色の修道服だ。奇しくも、それぞれが着ていた軍服の、色違いのようなデザインだった。
いつの間にか日はとっぷりと暮れ、窓から差し込む月明かりが、静かな部屋を照らしていた。
クレアが寝台の端に腰掛ける。
ネルも隣に腰を下ろしてきた。
「まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかったね。月の洞窟に行って、施文を解いたら全部、終わると思ってたのに」
「終わらなかった。むしろ……始まった、という感じよね」
ふたりの沈黙を、遠くで虫の声が埋めた。
ネルが自嘲気味に笑って、目を閉じる。
「……あんたは、後悔してる?」
「どうかしら。まだ王都の様子もわかっていないし、でも……」
クレアは視線を床に落とし、言葉を選ぶように続けた。
「いままでずっと、感情に蓋をしてきたの。上官として、女王の刃として、ね。……自分の醜さをすべてさらけ出したのに、あの人は抱きしめてくれた――心の奥に張っていた氷が、溶けたような気がする……。もう、自分でも止められないの」
「蓋してた割には、ずいぶん洩れてたよ」
「もう! ネル!」
ぺしんと肩を叩かれたネルが、嬉しそうに笑っている。
その肩に甘えるように寄り掛かると、ネルもまた、こちらに体重をかけてきた。
窓から見える空では、星が静かにまたたいている。
「……風の試練のことだけど、さ」
ネルがためらうように口を開いてきた。視線は机の上。マフラーの端を指でいじりながら、少しだけ顔を上げる。
「幻影とはいえ、あんなの……見せつけられたら、普通じゃいられないよ」
クレアは短くうなずいた。あの水晶の向こうに映った光景を思い出すと、胸の奥がちりちりと焼ける。
「……私も、苦しかった。ネルがアレンさんに抱かれてるのを見て、頭がおかしくなりそうだった」
「でも、あんなの私じゃないよ。本当の私は、あんなにうまくできない……。あの幻影は、まるでこれが本当の私みたいな顔して、あいつに甘えて、簡単に弱みを見せて……ちゃんと愛されてた。それが冷静になってくると怖くなるんだ……。あんなのと比べられたら私なんて、幻影より下だって思われそうで。……失望されるんじゃないかって、つい考えてしまう……」
ネルが声を震わせる。クレアはそっと、その手に触れた。
「ネル、あなたは……幻影と同化するまで、怖かったのよね。アレンさんに『愛されてしまう』ことが」
「……あんたに言われたくない」
言葉と裏腹に、その手は引かれなかった。クレアは、微笑みに似た表情で言葉を続ける。
「私たち、似てると思うの。愛されたいのに、誰より愛されたいのに、どこかで諦めてた」
沈黙が落ちた。ネルはふっと目を伏せたあと、絞るような声で言った。
「……あいつはそんなこと、微塵も考えてなさそうなのがムカつくよね。こっちはこんなにあーだこーだ悩んでるのにさ。クレアはどうするか、決めたの?」
「……今夜、答えを出したいと思ってる。自分の気持ちも、この施文についても」
クレアがそっと立ち上がる。ネルがはっと顔を上げるが、その表情に怒りはない。ただ、少しだけ、寂しさと――羨望が混ざっていた。
「抜け駆け、じゃないよね?」
「ええ。でも……もし私が、あの人の気持ちに触れられたら、ちゃんと報告するわ。ネルにも」
「……ほんと、あんたってずるいよ」
小さく笑ったネルに背を向けて、クレアは部屋を出ていった。
静まり返った夜の礼拝堂。
アリアスよりもシランドの教会様式に近いこの場所は、ベベルドグラスが堂の左右に設けられ、燭台に火を灯そうものなら外の人間に、「ここにひとがいる」と知らせてしまう開放的な構造だった。
差し込んでくる月明かりのみを頼りに、アレンは長刀を傍らに置き、信徒席の木製の長椅子に腰かけている。
その手許は、フェイトとマリアから送られてきた報告書をそれぞれフリックしていた。
(やはり、そうか)
洞窟に仕掛けを施した実行犯は、ダグラスの森にひそむ盗賊団・月影団の一味だった。
アレンは風の試練を受けるために再度月の洞窟を訪れた際、男神像の周囲をスキャナーで調査していた。そのとき採取した指紋と髪のDNAから、コンピュータにモンタージュを作製させていたのだ。
それを基に、フェイトがタイネーブやファリンの協力を得て各都市の設置カメラのログを照合し、容疑者を捕捉。
連邦とは違い、ID登録されていない未開惑星人相手では、
一方で、マリアの報告書はさらに踏み込んだ内容だった。
かつて惚れ薬騒動を起こしたフェイトに、薬の原料を売っていたという行商人が、今回の実行犯に資金を提供していたと示唆している。
その行商人は薬草や鉱石を大口で卸しており、最大の取引先はペターニ大教会。
領主シャロムが交易都市ペターニの税収の大半を寄進する巨大教会であり、その統括者こそ、シャール村出身の男──リカエール枢機卿である。
(リカエール卿……、もとは執政官を目指していた男と聞いているが)
マリアの報告書を目で追いながら、アレンは思案する。
リカエール枢機卿には、ある逸話が存在する。
三十年前、この男は執政官の座をアンサラーに奪われた。そのころに、当時、女王付き女官として城に仕えていた一人の女性に求婚したが、あっさりと断られているのだ。その女官こそ、後に光牙師団長アドレーと結ばれ、クレアの母となった人物である。
表向きには政争に敗れた形だが、城内では「女官にすげなくされた恨みを、いまだ忘れぬ未練男」として密かに語られている。以来、リカエール枢機卿が城に顔を出すことはほとんどなくなったという。
マリアは、クレアを捕縛しろ、と王城で声を上げているペターニ会派を牛耳る人物こそが、ペターニ大教会のリカエール枢機卿である可能性が高い、と結論付けているのだ。
(……これが本当なら、クレアさんを狙った理由はごく私的なものか。裏付けが取れていない現時点でどうこう言える話じゃないが、さすがは
アレンはこれまでクリムゾンブレイドの傍らで得ていた情報と照合して口端を広げた。
ふたりに捜査を依頼したのは、昨日のことだ。わずか一日でここまでの背景を洗い出せるのは、平時からマリアが城内の勢力構造を常に観察している証である。
エレナの施術開発研究室は、王政内のいずれの派閥にも属さない中立組織でありながら、フェイトのギルドは商人たちに絶大な影響力を持っている。マリアが金の動きを追ったのも、おそらく子飼いのクリエイターつながりだろう。
施術開発研究室は、権力闘争や世論からは距離を置けるものの、いざというときの裏付けができない。それを担えるのは光牙師団であり、その先を読む指針となるのがマリアの洞察力なのだ。
仮に内乱が起きたとすれば、そのとき必要になるのは──どれだけ迅速に、どれだけ正確に“ノイズ”を排せるか、である。
その意味で、彼女は王都における最強の切り札だった。
アレンはふたりに報告書の礼を返しつつ、クリムゾンブレイドの施文が戻ったことと、アドレーには光牙師団の裏付け捜査が終わるまで、他言無用の旨をまとめている最中に苦笑した。
(まあ、無理だろうな……)
豪放磊落を地で行くアドレーは、ペターニ会派をこれでもかと引っかき回すだろう。
娘を捕らえろと言われて黙っていられる男ではないのだ。
(とはいえ、裏付けが取れるまでは大人しくしてもらいたいものだが……ラッセル執政官が手を回してくれたとしても、アドレーさんはそこに収まるような器じゃない。――さて、敵より味方の扱いが厄介とは。困ったものだ)
ふと背後で気配がして、アレンは手を止めた。
顔をあげると、祭壇の隣にある扉が、きぃ……と小さく音を立てて開いていった。
クレアの銀髪が、月光に照らされてほのかに黄金色に染まり、輝いている。彼女の肌の白さが際立って、まるで全身から燐光を発しているようにも見えた。
いつもの軍服を脱いだクレアは、茶色い修道服をまとっている。剣帯付きコルセットはそのままで、インナーが黒から白に変わったためか、まとめた髪を下ろしているからか。全体のデザインはさほど変わっていないのに、いつもより雰囲気がやわらかく見えた。
クレアがためらうように胸のまえで腕を組み、一歩、踏み出してくる。
「……アレンさん」
声が揺れている。なにか決意して、そのあとに迷いをにじませているような、そんな声音だ。
アレンが通信機をポケットにしまって長椅子から立ち上がると、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「どうしました。なにか問題が?」
「いえ。司祭室に大きな問題はありませんでした。ただ……あなたと、お話がしたくて」
「――そうでしょうね」
クレアは王都の情勢はおろか、自らに淫紋を仕掛けた相手のことすら、まだ知らないのだ。不安に感じるのは当然である。
話したいという彼女の意向に沿って、一番前の信徒席を促す。彼女がうなずいて、長椅子にふたり、並んで腰掛けた。
まったくの隙間なくぴたりと寄り添われると、クレアのやわらかな肌の感触が布越しに伝わって、アレンは思わず固唾を呑んだ。
刀を握っていない右手が、クレアのしなやかな左手と重なっている。
「……あの、クレアさん?」
頬が熱くなるのを感じつつも、平静を装ってクレアを見下した。
クレアは重なったふたりの手を見つめてうつむいている。
「ごめんなさい……いま、緊張していて」
ネルと競ってくっついてくるときは一切の躊躇をしてこないのに、あらためて恥じらわれると、こちらまで緊張してくるから不思議だ。
もじもじと言葉を探しているクレアの横顔が、可愛らしい。クレアのさわやかな、甘い髪の香りが鼻腔をかすめて、重なったクレアの手を思わず握りしめかけた。
(相手の話も聞かずに、なにを考えている……)
やわらかい頬に口付けたい衝動を堪える。どんなときも冷静さを欠かないことが連邦精鋭軍人の最低条件だというのに、月の紋章を受けてから、まったくうまくこなせない。
ただ、無防備にさらされたクレアの白い肩がまぶしくて、視線をそらした。
「月の紋章を、解きませんか。アレンさん」
クレアの口から、ぽつりとこぼれたその言葉に驚いて、思わず彼女の顔を凝視した。
月明かりのなか、祭壇を見つめる彼女の横顔は、凛とした静謐さに包まれている。
その琥珀色の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。期待と不安のあいだで揺れるまなざし。
まるで、涙をこらえながら口づけを求める寸前のような──そんな仕草で、彼女はわずかに顎を上げていた。
桜色の、小さな唇。なよやかな肩。その肌に触れた感触を、もう忘れることなどできない。
声が上ずりそうになり、アレンは咳払いでごまかした。
「それは、二週間後に……」
「情勢は、アレンさんの想定を超えて動いています。この先、もし最悪の事態になって、あなたの力が封じられたままだとしたら──私たちは後れを取るかもしれません。
いま、私とあなたが一緒にいるこの瞬間こそが、備えるべき時なんです」
ペターニ会派の動き。
クレアは、己の投獄という最悪の可能性すら見据えた上で、それでもなお未来に備えようとしている。
投獄のリスクさえ顧みず、それでも前を向いて進もうとするその姿に──アレンの胸の奥が、ちりりと焼けた。
「不安にさせて申し訳ありません。ですが、あなたは俺が守ります。なにがあっても」
「もう守っていただいています」
ずい、とクレアが顔を寄せてきて、修道服の茶色い生地に包まれた双丘が、むにゅりと胸板で形を変えた。やわらかく重量感のある乳肉の感触。この布の下にある肌の白さまで思い出してしまって、息を呑む。頬が熱い。平静を装いたいのに、クレアが逃さないとばかりに見つめてくる。
「私もネルも、風の試練で施力を取り戻しています。なのに、あなただけ月の紋章に囚われたまま。……私の呪いを、まるで肩代わりしているようで嫌なんです」
「クリムゾンブレイドを補佐するのが、私の役目です。それに俺自身が、ふたりの安全を第一に置きたい。……とても、個人的な感情で」
少し前の自分には、考えられない感情だ。任務ではない、使命でもない。もっと切羽詰まった、ただ彼女たちをこの腕に抱いていたい――そんな情動が、胸の奥で静かに燃え上がっている。
クレアが目を見開いて固まったあと、やや困ったように笑った。
首筋を抱えられる。彼女の唇がすぐ傍に迫ってきて、クレアがささやくように言った。
「ネルも一緒……嬉しいのに、ちょっぴり妬けちゃいます。あなたの心が、いま、私だけを見ていないなんて」
気づけば、口付けられている。反射的にぷるりとした唇を軽く食んだ。クレアが甘い吐息を洩らして角度を変え、さらに吸い付いてくる。
くびれた柔腰を抱え持った。
「アレンさん。そんなにあなたばかり、傷つかないでください。……私だって、あなたの支えになりたい……。あなたが、欲しいの」
すがるような甘えた声でささやかれて、カッと目の前が赤く染まった。
気づけばクレアの唇に夢中でふるい付いている。ふにふにと柔らかい唇同士をなぞり合い、少し舐めると、クレアも焦れたように舌を出してきて、その先端を吸う。唾液の甘い味がした。
頭の芯から幸福感に満たされて、次第に力が抜けていくクレアの体を長椅子のうえにゆっくりと押し倒していった。キスをしながら、まるでそうすることが自然であるように、豊満なお椀型のふちどりを、手のひらでたどっている。
修道服の生地は柔らかく、クレアが頬を染めて、切なく眉をひそめるさまが可愛らしくてたまらない。
「俺は傷ついてなどいません。ただ――そう刺激されると……」
クレアがアレンの手を取って、その手のひらを愛おしそうに口づける。潤んだ瞳で、こちらを見上げてきた。
初めてクレアに触れたときと、まったく同じ仕草だ。
触れて、と言外に告げてくる彼女に、アレンは息を呑み、苦笑した。
「冷静な判断を欠きそうです。頭ではなにが必要か、わかっているのに――」
「んんっ……、んぅ……」
クレアが甘い息を吐きながら、口付けに答えてくる。肉鞠全体の形を、布越しにそっと確かめる。やわらかく、温もりを帯びたふくらみが、指の腹にゆっくり沈んでいく。
クレアがぴくりと肩を震わせた。とろけた顔。自分を完全に信頼してゆだねてくれる彼女が愛おしくて、何度も唇を啄んだ。静かな廃教会で、甘い吐息と衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。
「……アレンさん、好きです」
キスの合間に、クレアがすがるようにつぶやいた。
試練のときは悪夢のように思えたのに、いま、月明かりのなか、静かな瞳で思いの丈をささやくクレアの姿は幻想的だ。月の女神と言われても、信じる気さえした。
胸の奥から温かな感情が溢れてきて、彼女の輝く銀髪を撫でる。
「俺も、あなたが好きです。クレアさん」
「なら、クレアと呼んでください」
髪を撫でる手に頬ずりしてきて、クレアが目を細めながらこちらを見る。
神聖な修道服を着ているのに、いたずらっぽく笑う彼女は初めて見る顔をしている。
アレンは頬がゆるむのを感じた。
「……クレア、……」
さん、とつい、心のなかで続けた。
ぎこちなさが伝わってしまったのか、彼女が不満そうに唇を突き出した。
「全然親しそうじゃない……」
「な、慣れるまでお時間いただければ……」
「ダメです」
ぎゅっと抱きしめられて、耳元で「もう一度」とささやかれる。
心臓が跳ねて、彼女の肌の感触が恋しくなる。クレアの首筋に頬を寄せると、不思議と安心した。
ふー、とゆっくり息を吐いて気を取り直し、彼女にならって耳元に唇を寄せる。
「クレア」
口にすると、やはりこそばゆい。
クレアの反応はなかった。やはり変なのでは、といたたまれなくなる間に、彼女の体がぷるぷると震えて、さらに強く抱きしめてきた。
よく見ると、耳が赤くなっている。熟れたリンゴのようなその小さな耳朶に、そっと唇を寄せる。
「っ……や、ひゃうっ……!」
クレアの声が可愛くて、つい抱きしめたまま耳介のふちを啄む。腕のなかで、クレアが甘い声をあげながら身悶えて、真っ赤になった顔をこちらに見上げてきた。
「それ、ダメです……」
「それとは?」
真面目な顔をつくって、首を傾げた。
クレアが「ぅぅっ!」と唸りながら胸板にすがりついてくる。細身の彼女は左腕だけで抱きしめても、なお腕が余る。
突き出した双丘を右の手のひらで持って、ゆっくりと円を描くように撫であげた。
「そ、の……んんっ……み、耳は……」
「耳はダメ?」
確認するようにささやく。震える彼女がこくこくとうなずくその頬に口付けて、左手で修道服のスリットをかき分けた。茶色いロングスカートの下にあるむっちりとやわらかな太もも。クレアの腰は深くくびれているのに、量感のある太ももはぴちぴちと手のひらを押し返してくる。
クレアが甘くうめいて目を閉じた。
「アレンさっ、ぁぁっ……!」
「なんですか?」
「……ぅ、ぅぅっ……」
クレアの柔らかな肌をゆっくりと撫でる。嬉しそうだが、どこかもどかしそうでもある。
真っ白な雪肌は羞恥と興奮で桜色に染まり、鼻先を近づけると熱気が伝わってくる。彼女の香りは、自分を興奮させるのに十分な威力を持っている。
ただ、ある程度自由が効くはずの幻影ですら、あの狭路だったのだ。
恥ずかしがる獲物を前に、アレンは静かに笑った。
「ゆっくり、やりましょう。時間はたっぷりありますから」
この言葉の意味を、クレアが正しく理解できたかは知らない。
ひとつだけ言えることは、彼女らが不安がるほど、自分は聖人ではない。
頭のどこかで、ぷつりと糸が切れる音がした。