※この作品はR-18です。

【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】   作:ばんどう

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7.報告

「どうじゃった! アレン殿!」

 

 シランド城内の廊下で、案の定、アドレーに捕まった。

 月の洞窟の帰り道は、予想に反して強敵に襲われることもなく。わずかに火の紋章術を取り戻したため、川の水を温めてスッキリさせてから馬車に乗ることに成功した。

 全身ずぶ濡れのふたりを見て、御者は驚いていたが毛布の手配を依頼するとすぐに動いてくれた。王都に着いてからはラーズバード邸のメイドにクレアをあずけている。

 与えられた城内の自室で、あんなに性欲を吐きだすのに必死だったこともない。

 ともかく落ち着いて、ややげっそりしながら報告に向かうアレンを呼び止めたのが、ちょうど冒頭のアドレーの一言だった。

 

「…………そのまえにアドレーさん。月の洞窟とは本来、どういった場所なんですか?」

 

 尋ねると、大柄なアドレーがきょとんと目を丸くする。

 数秒の沈黙ののち、蓄えた灰色の顎髭を撫でてにやりと笑った。

 

「なんじゃ。気づいとったのか」

 

「……どういう意味です……?」

 

 努めて冷静に尋ねたはずが、声音が落ちた。無意識に拳を握りしめる。

 おそらく気功も紋章力も本来の力であれば、炎が城内の天井を舐め溶かすところだ。

 クレアの実父・アドレーが、兵士としてアレンを気に入ってくれているのは承知している。だが、未婚の娘をぞんざいに男に差し出すような父親ではなかったはずだ。アレンの印象では。

 息子をおのれの駒としか見ない、アレンの父とは正反対の父親像が、静かに揺れ動く。

 アドレーが首をかしげて不思議そうに尋ねてきた。

 

「どういうもこういうも……。クレアに任せておいたら、いつまでもぐずぐずしとるだろ? ネーベルの娘にでも先を越されてはことじゃ! ……で。どうじゃった? 縁結びの祝福は受けたのか?」

 

 あまりにさわやかに尋ねられて、どう判断すればいいのか、まったくわからなかった。

 ただ脳裏をよぎるのは、洞窟でのクレアの無防備な姿だ。

 涙混じりの彼女の顔を思い浮かべると、なぜか心の奥底から焦れてくる。任務を完璧に果たせなかったことへの罪悪感と、わずかに異なる感情がせり上がる。

 経験したことのない感覚を振り切るように左手首を差し出し、洞窟で受けた紋章をアドレーに診せた。

 

「もとの祝福がどういったものかはわかりませんが。少なくとも、私とクレアさんはいま、施力の大半を失っている状況です。おそらく、この施文が原因で」

 

 八本腕のある男神像が、突如歌いだしてこの手首に刻印してきたことを説明する。

 アドレーは初めて聞いたようで、顎髭を撫でながら「まさかそんなことが?」と驚くばかりだった。

 やはり洞窟の異常に遭遇したのだ、と納得する一方で、異常でよかった、と安堵する自分もいる。

 

(無責任なことを考えている自覚はあるが……、さすがに)

 

 さすがにあの状況は不可抗力だったと許してもらえないものか、とクレアを思い出し――その唇の感触や、甘い吐息、洞窟の湿った空気感までもがよみがえって、考えをふり払った。

 月の洞窟での出来事を思い出すたび、得体の知れない熱と鋭い衝動に襲われる。あんなふうに触れたのに、まだ触れたいと自分の理性が揺れる、危うい感覚がするのだ。

 髭をさすって考え込んでいたアドレーが、つぶやく。

 

「しかし、ふたりでひとつの施文か……。夫婦(めおと)紋様のようで悪くはない。どうじゃアレン殿! いっそこのままラーズバード家に婿入りせんか?」

 

 一緒に旅に出ようぜ、みたいなテンションで誘われて、アレンは額を押さえた。

 そう単純に事を運べるのなら、こうまで悩みはしない。

 むしろそんな都合のいい未来が、現実にあるはずもないのだから。

 

「…………アレン殿?」

 

 アドレーに声をかけられて、沈む思考を抑える。

 謝ればいい。頭ではわかっている。ただそれで、向こうの気持ちが晴れる確証が欲しかった。

 

「アドレーさん……。それは、かぎりなく難しい問題かと……」

 

「クレアが気に入らんのか?」

 

「そうではなく。……いま、とてつもない溝ができています……」

 

「なんじゃと!? またか!」

 

(また(・・)ってなんだ?)と疑問がよぎったが、下手に話を運ぶとクレアの首をも絞めそうなので黙っておく。

 おそらく、その相手は自分ではないのだろう。ふと浮かんだ考えに胸の奥が軋んだ気がしたが、アレンは無視した。

 あの祠につく前までは、いい感じに打ち解け合えていたのに、もう台なしなのだ。クレアが正気に戻ったあとの反応を想像すると、恐ろしすぎて背筋が凍る。

 

 ――施術に負けてひとの体を好きに暴くなんて、最低です。

 

 クレアに言われそうな言葉がよぎって、思わず胸もとを押さえて膝をついた。予想外に心にくる(・・)。

 

(くそっ、連邦最高峰の特務隊員(スペシャル)などと言われていたくせに、なんてざまだ……!)

 

 アドレーが「どうした」と尋ねてくるのを手のひらを見せて留めたあと、アレンは冷静を装って立ち上がった。

 

「ともかく、洞窟の調査はもっと慎重にする必要があります。今後は私ひとりに一任いただければと」

 

「アレン殿をもってして、してやられる魔物とあらば仕方がないか……」

 

「とくに施術士は近寄ってはなりません。クレアさんからはいま、施文が消えています」

 

 納得したような態度でいて、単身『月の洞窟』に乗り込みそうなアドレーに釘をさす。娘の施文が消えたとあって事態の重さに気づいた老兵は、真剣な顔つきになって声を落とした。

 

「それは一大事じゃな」

 

「気功も封じられるようですから、アーリグリフに助力を求めるのも、いまではないかと」

 

「ではアレン殿。その手首の施文、エレナ殿に一度診せてもらえるか? 内容の解析を急がねばなるまい」

 

「ええ」

 

 アレンがシーハーツ式敬礼をして、アドレーからきびすを返す。施術研究室に向かうまえ、クレアを見舞うべきかと真剣に悩んだ。

 最善は、ネルを見つけることだ。対クレア専用占い師のような扱いをしてしまっているが、今回ばかりは難題すぎた。

 たぶんクレアの地雷を踏み抜いた気がする。――行為の最中、『いや』と何度か言っていた気もする。割と追い込まれていたせいで、あまり覚えていないが。

 あのときのクレアを思い返すと、心から謝罪したくなる。それで事態が好転するわけではないのだが。

 

(…………ともかく、クレアさんと話そう。紋章のこともそうだが、無事か確かめておきたい。ただ、タイミングがな)

 

 人読みは得意だったはずなのに、クレアにはまったく通用しない。なにせ怒るタイミングさえアレンにはわからないのだ。

 人心掌握術など連邦で叩き込まれている。それでもって『読めない』などあり得ないと何度も考え直しているが、恐ろしいことに、クレアに関してはそんなはずがあってしまうのだ。

 おそらく彼女を傷つけてしまったことへの後悔と、彼女から口づけてくれたことへのまだ名付けられない感情が、アレンのなかでせめぎ合う。

 即断即決の男はひとりきりになるや頭を抱え、しばらく城内の廊下から動かなかった。

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