【SO3】聖王国の紅刃が堕ちるとき~背徳の淫紋から始まる英雄救済譚~【IF】 作:ばんどう
施術開発研究所。大戦中は『施術
アドレーへの報告を終えたアレンは、その後、エレナに紋章陣を見せるべく城の二階に足を向けた。
巨大な木製扉を開けて出迎えたのは、いつも一緒にいるマリアとソフィアだ。ちょうどお茶の時間だったのか。円テーブルをふたりで囲んで、マリアが紅茶を、ソフィアが焼き菓子をそれぞれ用意している。
「きみから来るなんてめずらしいわね。フェイトになにか用?」
「あ、アレンさん! 王都に戻ってたんですね」
クールなマリアと、ほんわかしているソフィアは対照的な人物に見えるが、聞いてくるタイミングがよくかぶる。
アレンは室内を見渡し、目的の人物を捜していた。
「研究室は優雅だな、ふたりとも。フェイトに用事はない。エレナ女史に要件があってきたんだ。彼女は奥に?」
ふたりが目を丸くして顔を見合わせる。マリアの声に硬いものが混じった。
「ええ。エレナなら奥にいるわ。……どうかしたの? きみが彼女に用事だなんて」
「調べてもらいたい紋章陣がある。エクスキューショナーとは関係ない件だ、と思う」
「大丈夫ですか? アレンさん」
「……ああ。ありがとう。ソフィア」
無条件に温かい言葉をくれるソフィアに、思わず目許がほころぶ。フェイトが気にかけるのもよくわかった。彼女の惜しみないやさしさは、疲れている体に
ネルに「態度が違いすぎ」と指摘されようが相手の反応が違うのだから仕方がない。
――……いじわる。
ふと、クレアの顔が思い浮かんでまたたいた。普段冷静な彼女からは考えられない、ちょっぴり拗ねたような新鮮な表情。
頭を振って残像を追い払う。
マリアが腕を組みながら左目を細めてにやりと笑った。
「そう。それは残念。フェイトが逃げたいま、きみに新作の
「マリア。ひとに劇物を食わせるのはよくない」
「崇高な志に犠牲はつきものでしょ」
「まず自分で試そうと思わないのか? おまえたちは」
「それじゃあ客観的評価が得られないじゃない!」
「…………」
フェイトとマリアはいい意味でも悪い意味でも性格が似ている。
たとえばフェイトは普通にやっていればソフィアへの告白を成功させられただろうに、『絶対、失敗できない』などととち狂いだして『惚れ薬』を開発。ソフィアと周りの人間にばらまくも、薬の効能で自滅したり。
マリアは、アルベルに手料理をふるまおうと心意気こそ健気だが、うまさより攻撃力特化の劇物をつくりだしてはフェイトやアレンで試し「まだ改良が必要ね」などと、ゆくゆくは漆黒団長を暗殺する気か? と勘繰りたくなる方向に突き抜けていく。
アルベル・ノックスの口には、まだわたっていないのが不幸中の幸いだ。下手をすれば外交問題である。
「なんだろうな……。なんか……こう、もっと、あるはずなんだが。なんでなんだろうな……」
「自分は関係ないみたいな顔してるけど、きみも同類よ。アレン」
「えっ?」
冷静に指摘されてアレンが思わずふり返った。
マリアが話は終わりだ、と告げるように腰まで流れる長い青髪をはらう。
「ともかく。元気ならいいわ。入って」
「ありがとう」
短く礼を言って、奥の資料室を開ける。埃っぽい空気がつんと鼻腔を刺激する。室の主、エレナの保護者たるディオンがアーリグリフに出向いて寒冷地での食糧栽培技術開発を支援しているいま、室内はもはや紙の墓場と化していると思われたが、マリアとソフィアが定期的に入っているためか、それほど乱れてはいなかった。
エレナのテーブルまわりだけにとどまっている。
「あら。めずらしいお客さんね」
創造主ルシファーからエターナルスフィアを取り戻したとき以来の対面だった。
元FD人のエレナ・フライヤはめくっていた書類から視線をあげるとふんわりと笑う。性格はのんびり・うっかり・ちゃっかりの食わせ者。シーハーツ王国での地位も高く、あまり会話する機会のないアレンからすれば、緊張する相手ではあった。
「あなたに診てもらいたい施文がありまして」
「なになに?」
アドレーに報告したのと同じ、月の洞窟での一件を話し、左手首を見せる。イルカが海面を跳ねているようにも、三日月にも見える紋章陣を、エレナはざっくり見渡して「おー」と間延びした声をあげた。
「これ、淫紋ね」
「インモン……?」
「えっちな儀式に使う施文ってこと」
飲み物の名前かなー、などと思考停止していたら急に核心を突かれてアレンは心臓をえぐられたかと錯覚した。
(やはり、そうか……)
逃れられない事実に震えながらエレナを見上げると、彼女がにんまりと笑っている。
クレアは無事か――。考えて、この紋章陣が、彼女の人生に与えた影響に、思考が暗い方向に転がり落ちていく。
元の紋章力さえあれば、忘却の呪紋でクレアについたかもしれない心の傷をなかったことにできるのに。
そう考えて、なぜか落ち込んだ自分に失笑する。わが身のことなど、どうとでもできる。その自負があったからだ。
「ふふふ、きみ、ルシファーくんにそっくりだから動揺してる顔見ると、ついいじめたくなっちゃうわ」
「それは本気で憎しみと怒りが湧いてくるので、やめてもらえませんか……」
「ごめんごめん」
しょうこりもなく笑っているエレナに閉口する。
ただ一目見ただけで陣の内容を看破できるのはさすがだった。
「で? それってふたりで行かないとつかないやつでしょ? ヤッちゃった?」
「どうやって解除できるか聞きにきただけですっ!」
「あ~。そうなんだ~」
「っ、っっ!」
心底興味なさそうにつぶやかれて、アレンはにぎった拳を震わせた。
軽率に関係を進めてよい相手なら、これほど思い悩むことなどないのだ。
エレナがまた「ごめんごめん」と言いながら続けてくる。
「でもそれね? 解除方法はたぶん『心を通わせること』だよ~? きみたちで言う『紋章力』の回復方法は、きみが察したとおりだけどね」
すなわちクレアの母乳を摂取すること、だ。
みなまで言わずとも、からっぽになったはずのアレンの紋章力がわずかに回復している点を察しているような口ぶりだった。
アレンも考え込む。
「…………心を通わせる」
「そ。縁結びの効果も入っているから、要はゴールインしちゃえってことだ!」
(それができたらっ……!)
アレンが思わずテーブルを叩く。クレアの幸せと、紋章陣の解除。どちらも達成せねばならない現状に、心が粟立つ。
これまで死地に立つ経験は数えきれないほどしてきた。だが、異性関係を築こうなど考えたこともない。いつ死ぬかわからない自分に、無縁と思っていたからだ。
刃を研ぎ澄ませるのとは、わけが違う。
(だが、これが紋章陣であるならば、俺の得意分野だ……)
どこかに抜け道がある。条件が厳しくとも、それを見つけるほかない。
淫紋であるならば淫魔の系統か、もしくは豊穣神由来を追っていく必要がある。
「…………方策は見えてきました。エレナ女史、ありがとうございます」
「ほんとに大丈夫? きみ、ルシファーくんと一緒で堅物そうだから困ってない?」
「それ以上言ったら、さすがにこの部屋が無事で済むと思わないでいただきたいっ!」
「あははっ、ごめんごめん!」
割と本気で消し炭にしてくれようか、この資料。と思っているのだが、いまのアレンの紋章力がわかっているのか、エレナは笑い飛ばすのみだった。
最悪なことに、クレアが施力を取り戻す原料は、おそらくアレンの精液なのだ。
仮に紋章陣を解除するまえに力が必要となった場合、それを
(……俺とアドレーさんだけの合意で決まったら、話は早いんだがな……)
紋章陣の解除方法が『添い遂げる』である以上、確実な解決策はクレアを口説き落とすことだ。自分の力を完全復活させるためにも、クレアには絶対に断られるわけにはいかない。
とはいえ、クレアに無理をさせる気も、その方法がうまくいく算段も、まったくなかった。
(クリフがこの惑星に残っていてくれたら……)
効かない惚れ薬を五種類つくってもまだ懲りずに工房にこもっている、頼みの綱だったはずの青髪青年を思い出して、アレンはこの戦いの分の悪さを実感していた。