ドラゴンクエストー堕ちた光の戦士と女神の勇者ー 作:ルビス
この世の邪悪と欲望を一塊にして、それを煮詰めてさらに醜悪にしたような声が、一切の光がない暗闇の世界に木霊していた。
暗闇と同化し、その輪郭さえも計り知ることが出来ないにも関わらず、確かな威圧感と迫力が声のする方から感じ取れるほどにその存在圧は凄まじい。
それは何かを値踏みするような息遣いをしながら、意識をこの世界ではない別の世界へと送っていた。
世界を渡る力、本来なら女神とその側近にしか成すことが出来ないその御業を、意識だけとは言え可能とするこの暗闇の主は一体何者なのか。少なくとも、女神にも比する力を持った存在であることだけは確かだった。
そして、それほどの存在が意識を飛ばした先で何をしているのか。答えは簡潔で、ただ観察をしているだけだ。
意識を飛ばす先で、その存在は見たのだ。
伝説の勇者の子孫と竜の王を名乗る存在の戦い。
その舞台の始まりとなった太陽の如き美しい女の姿を────
邪神を称える狂信者たちと戦う少年少女たち。
その中でも特に目を引くほどに可憐な一人の王女の姿を────
魔王に侵略されつつある世界を守ろうと亡き父の想いを継いで旅立つ勇者。
そんなどこか影のある女勇者と、その仲間である強く美しい戦姫たちである、女武闘家、女魔法使い、女賢者を────
魔王を打ち倒すために、運命に導かれるように集った八人の戦士たち。
その中にいる、可憐な女勇者と可愛らしいおてんばな王女、対象的な性格の二人の姉妹を────
過酷な運命にも負けず、勇者の装備を探す悲運な少年。
その少年が出会う魅力的な結婚相手たちを────
夢と現実の世界両方を行き来することとなる若き王子たち。
その連れである夢の存在である少女、息を飲むほどに美しい絶世の美女、そして王子の妹を────
エデンを飛び出し、過酷な魔の世界へと飛び出した少年たち。
その仲間の口うるさくも愛らしい少女と、数々の信徒を従える幼き大神官を────
賢者の杖を巡る大事件に巻き込まれた自身の出生を知らぬ近衛兵とその主君。
彼らに守られる健気な姫君と、仲間である気の強い魅力的な体をした少女と女海賊を────
翼を失った天使による自己犠牲の救済物語。
その天使たる少女と、彼女に救われたとある宿を経営する美女、美少女たちを────
様々な種族が暮らす広大な世界と目まぐるしく回る物語。
そこで生きる美しい勇者姫や数多くの美女美少女たちを────
長年の戦いに終止符を打ち、時をも戻して全てを救わんとした勇者。
その仲間である見目麗しい元姫君と二人の巫女、そして彼らを助けた数多くの女たちを────
剣を手に仮面の封印から解かれた魔王と戦う少年たち。
その一人である妖艶な魅力を持つゴシック姿の少女を────
今まで見て来た世界の者たちが集い、共に邪悪な存在と立ち向かって行く、似たような二つの世界。
彼らを束ねる内の一人、美しい女近衛兵と、可愛らしい士官候補生を────
暗闇が震えたように感じた。それはそこにいる何かから放たれる邪気が、俄かにその圧力と量を増したからだ。世界の半分を支配する暗闇でさえ震わせるその存在は、一体どれほど恐ろしいのか。
そして、その者は、手を虚空に伸ばして──────
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森林とは動植物たちの住まう楽園であると形容することが出来る。人間の手の及ばぬ領域であればあるほど、植物もそこで生きる動物たちも伸び伸びと繁殖と食事を行うことが出来るのだ。もちろん、生命である限り食物連鎖の楔から逃れることは叶わない。植物は草食動物に食べられ、草食動物は肉食動物に捕食される。そして肉食動物もまた、魔物に殺される。
だがそれでも、不必要なほどの乱獲も、子供の加虐心よりも残酷な考えに基づく虐殺も、人の手が届かぬ森では起こりえない。
この森もまたつい最近までそういった未開の地の一つであった。つい最近と言うのは、先刻この森についに人間の集団が訪れてしまったが故であった。
この森の草木を手に持った鉈で切り捨てながら歩を進めるその人間たちは、お世辞にも身なりが良いとは言えない者たちであった。
何日も洗ってなさそうなズボンに、森の中を入るにも関わらず上半身裸にハーネスベルトを巻きつけただけと言う異質な服装。無駄に筋肉がありガタイが良いために、強そうと言うよりも変態感を先に感じてしまう奇抜な服装であった。そしてその変態感をさらに強めているのが、その顔を覆う左右に角の生えた黄色の覆面。目元と口元に穴が開いただけのその覆面は、ただそれだけでも他者に混乱を与えるのは必定であるのに、先の前衛的すぎるファッションも相まって間違ってもお近づきになりたくない「あらくれ」と言う印象を万人に与えていた。
そんな恰好をした者が十数人並んで歩いているのだ、動物たちでさえお近づきにはなりたくないと考えるだろう。
彼らは探検家や冒険者と言った未知への好奇心を持ってこの森に辿り着いた……わけではない。彼らは山賊だった。山道や時として山近くの平野に赴き、そこを通る行商人が乗る馬車や運び屋たちを襲撃し金品を奪っていく、端的に言えば犯罪者であった。
そんな彼らがこの森にやって来たのは、とある噂を耳にしたからだ。
『この森の近辺で、世にも美しい女神の如き少女が佇んでいた』と。彼らがよく立ち入る山下の村の酒場で、目を血走らせた村人の一人が駆け込んでくるなりそう言った。誰もが最初見間違いなどではと、その男を嘲笑した。なぜならこの世界において女とは、赤子に至るまで全て管理され飼育される家畜なのだ。そんな中で女神のように美しい容姿をした女が今まで一目に触れず生きて来られるわけがないのだから。
だがあまりにもその男が喚きたてるので、酒場にいた者たちでその女を見つけた奴には高級娼館の女一人を抱けるだけの金を皆で寄付しようと言うゲームがたてられた。もちろん、誰も本気になどしなかったが。
翌朝までは……
次の日、村の牧場で馬の世話をする若者二人が、馬を走らせに行った帰りに女神を見たと興奮して帰って来た。その二人は昨夜酒場にいなかったはずで、女神のような女の話は知らないはずであった。そして昨日女神を見たと言った男と話を合わせるようなタイプの村人でもなかった。
瞬間、昨夜酒場にいた男たち全員がその女の実在性に信憑性が増したのを理解した。そしてそれを理解するよりも早く、あらくれたちは我先にと村を後にしたのだ。
全員の思考は一致していた。
すなわち、その女神のような美しい女を捕まえ、犯し、高値で売るかもしくは自分たちの性奴隷にしてやると。
そしてそれがつい一日前。あらくれたちは平原を探し回った後、自分たちも足を踏み入れたことのなかったこの森林に捜索の手を進めたのだ。
あらくれたちの歩みはさすが山で生きる山賊と言うべきか、木の根っこや泥濘による足場の悪さなどないかのようにすいすいと足を進めていく。その黄色い覆面の目元に空いた穴から視線を覗かせ、何一つ見逃してなるものかと目を矢のように細めさせる。
それなら覆面を脱いだ方がもっとよく見えるのでは? とは言ってはいけない。これはあらくれのマストアイテムなのだ。
それを 脱ぐなんて とんでもない!
先頭を歩くあらくれの動きが、何かに気づいたのかピタリと止まる。それを受けて後ろから追随していた他のあらくれも動きを止めた。木の葉の擦れる音と小動物の移動する音が響く鬱蒼とした森の中、遠方から魔物の叫び声が聞こえて来たからだ。
この近辺の山に住まうあらくれには、それが【おおがらす】と言うカラスそっくりの姿をした魔物の鳴き声だとすぐに気づいた。魔物の中では非常に弱い部類のおおがらすは、山賊稼業に身を費やすあらくれたちからしても数匹程度の群れなら一人でも対処できるほどだ。だからここで問題なのは、おおがらすが存在すると言うことではなく、そのおおがらすが明らかに何ものかと戦闘しているような鳴き声を上げていることだ。
それが動物であれば問題ない。だがもし、それが動物以外の何かであれば? 原則的に、魔物は魔物同士で戦わない。縄張り争いさえしないのだ。必然、魔物が戦うのは動物か人間だ。
「お前ら、ついてこい」
先頭のあらくれが手短に告げると、あらくれの集団が魔物の鳴き声が響く方へ向けて行進を開始する。黄色いマスクをした筋肉の塊たちが森を進む光景はあまりにも滑稽だったが、その本人たちの心の内が隠しきれないほどの興奮と情欲を滾らせた醜悪な欲望の塊だと思えば、その光景が一変して気色の悪い物に映るだろう。
ほどなく、魔物の鳴き声が消えた。それを受けて進む速度を速めたあらくれたちは、進路を阻害する枝や草を刈るのを止めてただ突き進むことを選んだ。枝先が擦れて感じる痛みなど最早気にならんとばかりに速足で草道を進むほど彼らを後押しするのは、この先に女神が居ると言う予感があったからか。
そして、彼らは目にした。
森の中で不自然に開けた空間。木々が囲うように辺りに生える天然の森の空白地帯と呼べる草むらの上に佇む、純度の高い黒曜石を何度も磨きに磨きぬいた末にようやく見ることが出来るほどの光沢と艶を持った美しい黒髪を腰元まで伸ばした女の姿を、彼らは目にしたのだ。
あらくれたちに背を向けるように立つ彼女の体には白い布で出来た、世に【ぬののふく】とも呼ばれるひどく簡素な衣類しか身に着けられていない。その服から伸びる細腕は、きめ細やかなほどに綺麗でありながら程よく筋肉がついてすらりとした印象をあらくれたちに与える。その手には棒切れのような物を握っており、それが彼女の美しい手とミスマッチしてひどい違和感を生んでいた。
ぬののふくから僅かに見える足先をこれまた簡易な【皮のブーツ】で覆った彼女の近場には黒い塊が転がっていた。
おおがらすの死体であった。その存在にあらくれたちが気づくよりも早く、背中を向けていた女がその視線を感じたのか振り返る。そして同時におおがらすの死体が自身を構成する魔力を失い、黒い塵となって空気中に溶けるように消えて行く。
だが、そんなことこの場の誰一人として気にしなかった。おおがらすを殺した女は元より、あらくれたちもまたその女の容姿をその目に宿し釘付けになっていたのだから。
正面からこうして顔を見て、あらくれたちは女がまだ少女と言うべき年齢の持ち主だと分かった。すっとした顔立ちに思わず息を飲むほどに強い意志を宿した碧い瞳。ふっくらとした吸い寄せらそうな唇に形の整ったすらりとした鼻。あらくれたちを見つめる、純度の高いルビーのように赤い緋色の瞳。そこに、少女から大人の女性に変わりゆく年頃特有の魅力があった。詰まる所、可憐さと美しさを合わせ、それを極限にまで高めたような少女だった。
「……はじめまして、ようやく人に会えました。もしよろしければ、ここがどこか教えて貰う事はできないだろうか?」
透き通るような声があらくれたちの耳に響いた。今まで彼らが抱いたどんな女たちでさえここまでの、聞くだけで虜になってしまうような声を響かせることは出来なかった。顔も声も体も絶世と言って過言でない。唯一、その胸が平らであることが気になったが、そんなものこれから大きくしてやればいいと、あらくれたちの誰もが考えた。
この最上級の雌は自分たちのものだ。すでに頭の中で彼女の着るぬののふくを破り捨て、その身を蹂躙する光景を脳内に浮かべていたあらくれたちに、少女の声は届いていない。少女が返答のないあらくれたちを訝しんだのと、あらくれたちがその身を少女に飛び掛からせたのはほぼ同時であった。
「うおおおおおお、極上の雌だぜぇぇ!!」
「──!?」
少女に突進するあらくれたちは四人。他のあらくれは出遅れたとばかりに舌打ちをする。まるで肉の壁とばかりに迫る筋肉の塊の前に、まず柔な女の身で跳ね返す事など出来るはずもない。少女があらくれたちに捕えられ、その人形の如く白く美しい全身を男たちの太く汚い手に汚される光景を、突進する者もそれを眺めているだけだった者も確信していた。
だが──────
「ぐおっ!?」
「いてぇ!!?」
少女に向かって突進したあらくれたちは、少女の体に触れることなくお互いの体に激突した。四人のあらくれたちは、お互いの体積に押しつぶされ苦悶の声を上げており、なぜ少女が消えたのか一人も理解していなかった。
そしてそれは、後ろで見ていたあらくれたちも同様であった。むしろ後方で少女をきちんと視界に捉えていたが故に、その混乱はおしくらまんじゅう状態で地面に倒れるあらくれたちより大きかった。確かに少女を視認していたはずなのに、瞬きする間もなく少女が消えたのだ。まるで幻を見ていたように、一瞬で。
「失礼、何か勘違いをしていないだろうか。私は、その……少し自信がないが、あなたたちと同じ人間だ。魔物の類ではない。何か認識の齟齬があるようなら、まず話し合いの場を儲けてもらいたい」
先と同じ透き通るような声が、混乱するあらくれたちの頭上から響いた。未だ森に空いた自然の広場ではなく、その周りを囲む木々の下にいたあらくれたちの、その木の枝の上に件の少女はいた。
数秒と経っていない間に一体どうやって広場から、少なくとも六メートルは離れていそうなあらくれたちのいる場所の木の上まで登ったというのか。
混乱に支配されたあらくれたちの一人が、反射的にその手に持つ武器【てつのおの】を木に向かって振り下ろした。
ガンッと言う音が響き渡り、大樹と言うほど太くもない木を大きく揺らす。あらくれの力ではさすがに叩き切るなどと言う芸当は不可能であったが、それでも木の上にいる者を振り落とすには十分すぎる威力だろう。
だが、斧を振り下ろしたあらくれが再び上を向いた時にはすでに木の枝にいた少女は姿形もなくなっていた。それに気づくと同時に、今度はあらくれたちの後ろから、聞く者の心を捕える綺麗な声が響いた。
「どうやら、混乱されているようですね。この森の魔物に、人の心を乱す何かがあったと見るべきか」
最後尾にいたあらくれが驚いて腰をぬかして倒れ込む。その目前で先ほどからずっと手に握りしめていた棒切れ、「ひのきのぼう」を軽く握りしめた少女は、申し訳なさそうにその目を下げて。
「先に謝っておきます。手荒な真似をしてしまって申し訳ございません」
直後、その場にいたあらくれたち全員の意識が刈り取られた。
*****
「ふうっ……」
少女は、自身の目の前に倒れるあらくれたち全員を広場に運ぶと一息をついた。少女の体重の倍以上もありそうなあらくれたちを十数人も一人で運びながら、少女は一息吐くだけでたいして疲れを感じていないように見える。それは事実その通りで、少女はあらくれたちを運んだことによる疲れをそれほど感じていなかった。それどころかあらくれの一人に近寄ると、その体に何か後遺症、もしくは自身を攻撃してくる混乱の原因となる何かがないかを調べ始めた。
この少女、あらくれたちが自身の容姿に欲情し、自身を犯すために襲って来たとは欠片も考えていないのだ。一人一人の健診を終え、自身が分かる範囲の異常がないことを確認した少女は、あらくれたちが身に着けるマスクに目を向ける。ちゃんとした安静のためには呼吸を阻害するマスクは外すべきなのだが、こうも同じ恰好をしているという事は外すとまずい慣習や病気の持ち主なのではないかと疑い、外すに外せないのだ。
しばらく葛藤した末に彼らの意志を尊重すべしと言う結論に落ち着いたのか、あらくれたちが眠る広場の近くの切り株の上に座ると、彼らが目を覚ますまで動物たちの鳴き声に耳を傾ける。
数十分ほど経った後に、ようやくあらくれの内の一人が目を覚ました。それは少女が木の上に現れた時に、その斧を叩きつけたあらくれであった。
「あ、うう……ここは?」
「良かった、目を覚ましたようですね。自分で気絶させておきながら厚顔無恥と思われるかもしれませんが、安心しました」
「ぬおおおおっ!!?」
目覚めたあらくれは自身に浴びせかけられた声に、気絶する瞬間の事を思い出し仰天してひっくり返った。依然として美しい美声なのに、先ほどのただのひのきのぼうで一瞬で気絶させられた事があったせいで、その声があらくれにとって軽いトラウマになってしまっていた。
あらくれが振り向いた先にいたのは、気絶する前と変わらずぬののふくを着込んだだけの少女が切り株に座っている姿。
だけでなく──
「──────」
少女の周りを小鳥やリス、鹿や数多の動物が囲んでいた。その目に一切の警戒を宿していない表情で少女にすり寄る光景は、画家や吟遊詩人に見せればそれだけで作品の一つや二つ作れてしまいそうなほど絵になっていた。
あらくれの心を、未だかつて感じたことのないような何かが駆け抜けた。女のことを、性欲を満たすための肉穴としか認識していなかったあらくれが、初めて女に対して性欲以外の何かを覚えたのだ。
それは、
「失礼、この様な状態で話すのは些か礼儀にかけましたね。すまないが皆、これから
その一言で、彼女の周りを囲っていた動物たちは次つぎと森の中へと帰っていく。
まじで本物の女神様みてぇだ。
あらくれは心の中でそう思わずにいられなかった。動物たちを見送り、未だ寝起きから起きたばかりで座り込んだままの状態のあらくれに近づいてきた少女は、その白く綺麗な手をあらくれへと差し伸べた。
「さて、立てるだろうか? もし大丈夫そうなら、そこの切り株の所で話をできないか? ここでは、他にまだ気絶している者たちに悪いからな」
その優しい、こちらを労わるような言葉に、あらくれは今まで与えられたことのない暖かさを感じて、少女の声に恐怖を感じたことも忘れ、その手を取っていた。先ほどまであんなに捕えようとしながら影さえ掴めなかった少女の細指は、あまりにも簡単にあらくれの手に握られていた。
「では、先ほど私を襲う事になってしまった訳を教えていただきたい。ああもちろん、あなたたちを責めるつもりはないから安心して欲しい。ここがどこなのか把握せぬままにこの森に入ってしまったのは私だ。もしや、私は何かあなた方のルールを破ってしまっていたのだろうか? それなら責められるべきは私だ。それとも、先ほどのは何か混乱状態になる毒や魔法をその身に受けていたのだろうか?」
あなたをレイプするために襲いました。とは死んでも今のあらくれには言えなかった。
今も感じる不思議な暖かさが心地よくて、これほど美しい少女と喋っていて今すぐその穴に自身の肉棒をぶち込みたいと思わないどころか、もっとこの少女とこうして話していたいと感じたのはあらくれの人生で初めてだった。
「え、ええ、そのぉ。実は、この森で食ったキノコに人を襲いたくなる毒を持ったやつがあったみたいで……」
「そんなキノコが……。それを皆さんで食べてしまったのですか?」
「そ、そうなんですよ……! あ、あはは、珍しいキノコなんでみんなで食べ回しちまいまして……あはは」
苦しすぎる言い訳だ。そもそも嘘の内容からして苦しすぎる。そんなメダパニの効果を出すキノコなんてあったら大事件だし、森で見つけた新種のキノコを全員で食べ回すなどするわけがないだろ。あらくれは一人頭の中で自分にツッコミを入れていた。
「ふむ……。それでよく今まで皆さん同士で争いにならなかったですね」
「そ、それは……。そ、そう! そのキノコで襲いたくなるのは女限定で、野郎同士だと大丈夫なんすよ! いやぁ、お嬢ちゃんが強くて助かったぜぇ! あはははは!!」
「えっ?」
「……えっ?」
あらくれにとって予想外の沈黙が落ちた。少女が今の言葉の何処に違和感を感じたのか、全く分からない。だがその理由は、即座に明かされることになる。あらくれにとってあまりにも無情で驚愕の事実と共に。
「………………ああ。どうやら誤解されていたようですね。主語が私であったので紛らわしかったようです」
突然、立ち上がった少女はあらくれの方へと姿勢ただしく向きなおると、社交界の貴族のように礼儀正しく一礼した。
「改めまして、自己紹介をさせていただきます。私は記憶喪失で名前も思い出せない身の上でこの地に二日前ほどに流れ着い名無しの存在で、少々紛らわしかったでしょうが、
そう言って少女は、いや少年は、ニコリとあらくれへと親睦を深めるための握手を求めて右腕を差し出した。
「う、う、う、う、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
木漏れ日の指す広場に哀れあらくれの絶叫が響き渡るのであった。