※この作品はR-18です。

ドラゴンクエストー堕ちた光の戦士と女神の勇者ー   作:ルビス

2 / 11
寂しい村

 

 

「いや、信じられねぇ! まじで、まじの、まさかの男なのかよ!? 確かに胸は無えけど、それ以外はどう見たって女のそれだろう!!?」

 

「疑っているようですが、誓って嘘は言っていません。それより、そんなに私の容姿は女性に見えるのだろうか? 男性体としては線が細い体つきだとは思っていたのだが」

 

 鬱蒼と生え並ぶ木々の中に合ってまるでそこだけ円形に型を取ったかのようにぽっかりと空いた平野の中で、それだけで絵になるような美貌を持った黒髪の麗人……に見える少年がヘンテコな黄色い被り物を被った大柄な男と共に居る姿はひどくアンバランスな印象をこの場に第三者がいたら覚えただろう。その周りに大柄な男と同じ体格に同じマスクを着けた男たちが十数人もズラァーと言う擬音が似合いそうなほどに並んで倒れているのだから最早カオスである。

 

 そしてこの中で唯一意識を持っている人物の一人であるあらくれは、つい数秒前に聞かされた驚愕の事実に脳が理解を拒んで悲鳴を上げていた。

 

「そ、そうだ冗談、冗談なんだよな!? いやぁ嬢ちゃんは人を驚かせるのが上手いぜぇ、思わずこの俺ともあろうものが叫んじまうほどだったぜ」

 

「真実を語ってここまで信用されないとは困ったな。…………そうか、手っ取り早く生殖器を見せた方がいいか」

 

「せ、せ、生殖器!!? み、見せてくれのかぁ!!?」

 

 少年の言葉にあからさますぎるほどの動揺と興奮を表に出すあらくれに、正常な思考など望むべくもない。立ち上がりぬののふくの裾に手をかけた少年の前に無言で正座を始めたその男が、ついさきほど少年を―その時は少女と思っていたが―性奴隷にしてやると意気込んでいた男と同一人物には思えないだろう。一度少年に倒されたことで何か憑き物でも落ちたのか、はたまた少年から与えられる今まで感じたことない感情に絆されたのか。

 

 そして今、裾を持ち上げた少年を名乗るどう見ても美少女の股部分が露わになり――――

 

「う、うおおおおぉぉぉ……お、おお? おおおおああああああ!!!」

 

 再び現実を受け入れられないとばかりに絶叫を迸らせたのだった。そして同時に二度にわたる【おおごえ】に、気絶した他のあらくれたちがようやく目を覚ますのだった。

 

 

 

 

「では、皆さん怪我もなく毒の後遺症も見られないようで安心しました。ですが、もし何か体に不調があるようなら教えてください。多少の医療の心得ならありますので」

 

「おおお、いててて!! きゅ、急に腹が痛たくなっちまった!!」

「嘘つけてめぇ!! 俺だ、本当に痛いのは俺だ! 二日酔いで頭が痛てぇよ!」

「お前は昨日酒場で三杯しか飲んでねぇだろうがこのスカポンタン!! 俺を診てくれ! 実は足を攣って歩けねぇんだ!!」

 

 やいのやいのと少年の言葉に反応して騒ぐあらくれたちの群れを、しかし少年は微笑ましい物を見たと言う様に笑っていた。その笑みを見てさらにヒートアップするあらくれたちを見ながら、衝撃の体験からようやく立ち直った最初に起き上がったあらくれは大きなため息を吐かずにはいられなかった。

 

 下衆の限りを尽くして来た自分たちあらくれ集団が、まるで悪逆も非道も知らないガキのように騒いでいるのだ、その様に呆れるなと言うほうが無理なのだろう。だが自身の斧を肩に担いだあらくれの心は、そんな呆れるような光景に確かな充足感を覚えていた。

 

 数分前、目を覚ました他のあらくれたちは少年にいきなり攻撃するという事はなく、様子を見るように少年とその隣で叫ぶ仲間のあらくれを見るだけであった。そんなあらくれたちに少年が気づき、一人一人に言葉を投げかけ笑みを持って接している内に、少年を犯そうとしていた彼らはそんな事は忘れたと言わんばかりに少年との話し合いに興じていた。まるで仲間になりたそうな目で少年を見ているあらくれたちからは邪な心持など欠片も感じられなかった。

 

「では皆さんはこの近くの村から来たということですね」

 

「おお! 普段は山の方を拠点にしてんだが、酒や女を抱くにはやっぱ町に行かねぇといけないからな」

 

「そうですか。よろしければ、私をその村に連れて行ってもらえませんか?」

 

「もちろんだぜ嬢ちゃ、いや坊主……美人さん!!」

 

 少年の申し出に頷きながら、少年を形容する上手い呼び方が見つからず、結局男でも女でも容姿の良い者を表す美人さんと言う呼び方で決着を着けるあらくれたち。その様に笑みを見せながら、少年は遠目にこちらを見ていた斧を背負ったあらくれに声をかけた。

 

「それでよろしいでしょうか?」

 

 それは彼に確認を取るための質問だった。集団の一個人でしかないあらくれに直接判断を仰ぐそれはまるで、このあらくれが彼らの司令塔だとそう言っているようだった。

 

「あぁ? なんで、俺に? いや、どうやって俺が頭だってわかったんだ?」

 

 そしてそれは当たっていた。斧を持ったこのあらくれは間違いなく彼ら山賊の頭であるのだが、この少年に出会ってから一度として部下も自身も自分の事を頭とは言っていないし、そう言った身振りもしていなかった。

 

「単純にあなたが一番身のこなしが良いと言う事と、持っている武器の差、気絶から立ち直るのも早かったですし、後はあなたの雰囲気です」

 

 少年の言葉に、あらくれは驚愕を覚えずにはいられなかった。少年の言う通り、あらくれたちの中で自分が一番強く、一番良い装備を持っているのは本当だ。気絶から立ち直るのが他のあらくれに比べ早いのも他より回復力があったからだろう。だがそれと雰囲気なんて漠然としたもので確信まで持っていけるものなのか。少年の先の言葉には、自身が頭であることを断定していたからこその含みがあった。忘れていた恐怖が少し浮かび上がるのをあらくれの頭は感じていた。

 

 

*****

 

 

 山の麓にあるこの村は、主だった主要都市のどこからも遠い場所に位置するために人口が少ないいわば過疎村であった。交易に来る商人はひと月に一度か精々、観光客など望むべくもない場所であった。それでもこの村が栄えているのは単に豊かな自然と、ここにしか居場所がない者たちが集まって来るからだ。山賊、盗賊、犯罪者と言ったアウトローから、浮浪者、孤児と言った貧民層の税金を払えない者たち。そんな者たちが、この村に辿り着く。正確には、追いやられているのだ。

 

 立ち並ぶ家々は、経年劣化で壁は朽ち果て外から中が容易に覗けるほどに穴だらけであり、天井は異臭を放つ布で覆われただけの貧相な物だ。この世の底辺と言っても良いこの村で、それでも人々が暮らせるのは、この村唯一の酒場で飲む酒と、都市から配布される公衆便器の存在があってこそだった。

 

 そんな村が、かつてないほどの動揺と喧噪に包まれていた。その伝播の元はこの村の入り口、そこから今しがた帰って来たばかりの山賊たちにあった。厳密には、その山賊たちが連れて来た同行人の存在にあった。

 

 美しい女だと、見る者は思った。ここに住む者たちが見る女など、今は居ないがこの村の便所に繋がれた便器たちだけだ。それも、都市で使い捨てられ、誰も必要としなくなった物を恵んでもらった物で、元の容姿など想像できないほどに改造され弄ばれたそれらは、文字通り便器と言う感慨しか彼らに抱かせない物だった。

 だが、今目の前にいる女は違う。都市に居たことのある誰もが見たことないほどの美貌を持ち、清麗さを全身から漂わせる彼女は、女神と呼ぶに支障ないほどのもので。

 ここから一番近い都市を支配する領主の女と比する、いやその静謐とした美しさを見れば間違いなく彼女の方が上だろうと男たちは思った。

 

「す、すげぇ!! まじで存在したのかよ女神! な、なああんたらの次で良いから、俺にも使わせてくれよ!」

 

 耐えきれなくなった一人の男が、女を連れて来た山賊たちの先頭を歩くあらくれに声をかけた。それに釣られるように、呆けているだけだった他の面々も次々にあらくれたちの方へと向かって行き。

 

「どせぇい!! それ以上美人さんに近づくんじゃねえ!!」

 

 あらくれたちが手に武器を持って威嚇したために、全員がその足と口を止める事となった。誰もが困惑して各々の顔を見合わせる中、件の女があらくれたちを落ち着かせるようにその白く透き通った手をあらくれの肩に置くのを、驚くように男たちは見た。

 

「そう殺気立つ必要はないでしょう。彼らは皆さんが手に入れた成果を楽しみにしているだけですよ」

 

 先ほど採って来た山菜や動物の肉をね、と言外にあらくれの頭に伝える少女、厳密には少年である彼の言葉に頭であるあらくれは頭を抱えたくなった。

 この少年には、ここに来るまでに自分たちは森に獲物を取りに来たとしか伝えていなかった。獲物とはもちろん少年のことだったのだが、少年はそれを、食料 を取りに来たという意味で解釈、村に戻る傍ら山菜や小動物を狩る手助けをしたのだ。

 結果今あらくれたち全員の袋の中には大量の森の幸や肉が入っているのである。そしてもちろん、村の男たちが求めているのはそちらではない。

 

「はじめまして、村の皆さん。名前が無い身ですので自己紹介が出来ないのが心苦しいですが、こうしてお会いできて嬉しく思います。どうかしばらくの間ですが、ここに滞在させてもらえないでしょうか?」

 

 そんなことは露知らず、彼らを一方的に倒した少年は村の面々に自分から近づくとその美しい手を差し出したのだ。混乱したのは村人たちである。彼らはこの少年―彼らは少女だと思っている―は山賊たちに捕まり陵辱の限りを尽くされ、これから村の性奴隷になる立場の存在だと思っていたのだ。それがこうまで友好的な対応を取るのだ。今すぐ目前の少年を襲いたいと言う情動と、後ろのあらくれたちへの恐怖、そして何より少年から感じられる温かい何かが混ざり合い、村の男たちは誰一人として動けなくなっていた。

 

「…………? その、やはり余所者がお邪魔するのは厚かましかったでしょうか? この村に迷惑はかけません。宿も馬小屋で構いませんので」

 

 反応のない相手に少年は拒絶されていると思ったのだろう。眉を下げて困ったような顔をした少年は、それだけで思わず加護欲が注がれる。そんな少年の後ろにいたあらくれたちが手に武器を持って今にも村人たちに飛び掛からんと威圧するのを見て、固まっていた男たちは慌てて、本来なら絶対に女に対して言わないような言葉を吐き出した。

 

「い、いや構わないよ! すぐに部屋を用意しよう!」

「そ、そうだぜ! 何だったらずっとここに居てくれていいぜ! いや居てください!」

「そうだ、そうだ! よ、よろしくしようぜ嬢ちゃん!!」

 

 差し出された手を我先にと握り、女性に今まで向けたことのない友好的な笑みを浮かべて少年を受け入れる村の男を見ながら、あらくれの頭は昔の事を思い起こす。

 少年の異常なまでの強さ。それはまるで数年前に現れた謎の女性たちのようで。あの時の自分は、何も感じなかった。そして事実彼女たちは何も成すことはなかった。

 だが今は、何かが変わって行くような予感がしていた。今までこの世界を支配していた絶対的な理。それが打ち砕かれるような予感が。

 

 

 

なおそのころ、自身の性別を打ち明けた少年によって村が阿鼻叫喚の嵐となっていた。

 

 

*****

 

 

 少年を受け入れてから、村の様子は瞬く間に変わって行った。今まで酒と略奪と女にしか興味を持っていなかった男たちが、少年と関わるに連れて少しずつ畑を耕し、壊れた家の修繕を行い始めたのだ。悪逆を働く時にしか笑わなかった男たちは、ただ少年と喋るだけで自然と一切の邪気のない笑みを浮かべ、それどころか少年が居ない時でさえお互いに今までしたことがなかったようなくだらない会話で笑うようになっていた。

 

 もちろん最初は少年を、男だと知ってもなお犯さんとする者たちが多かったし、そう言った者は幾度も少年を襲おうとした。しかし時にはあらくれたちに、時には少年自身の圧倒的な武力によって鎮圧されていた。その時、鎮圧された中にはあまりの少年の強さに心酔して少年の舎弟を名乗る者までいた。

 なお少年は襲われた理由を、自身が余所者だから気にくわない人ぐらいいるだろうと言う風にしか捉えていなかった。むしろその襲撃でなおさら村の人に受け入れられるように仲良くなろうと、積極的に村の人に話しかけ、仕事を手伝っていた。

 ついでに舎弟を名乗る事を許された男が村中に毎日そのことを自慢げに喧伝したので、簀巻きにされてタコ殴りにされた。欠片も反省しなかったので、皆呆れと共に放置することになった。

 

 結果、そう言ったことが続いていつしか少年を襲おうと言う者はいなくなった。少年への邪な思いこそ消えていないが、村人たちはそれを少年と仲良くなることでそういうことが出来る関係になれればいいなと言う、この世界に生きる男が考えもしない純粋すぎる思考に辿り着いていた。

 

 そして少年がこの村に来てから5日経ち、10日が過ぎていく内に、村の姿はだんだんと人の住まう地として相応しいだけの見た目へと変わって行ったのだ。かつてのボロ屋は真新しい木々で一から補強され、異臭を放つ布は全て薪代わりとなり、長年放置された畑は耕されて、縁起物として少年が採って来た山菜の種が植えられた。酒場も大改築が行われ、そこは日々利用するあらくれたちによる全面協力を持って、都市の酒場にも負けない内装を得るに至った。

 

 全てが村にとって順調であった。ただ一点を除いて。

 

 

「おはようございますトムさん。今日は薪割りですか?」

 

「おお、そうなんじゃよ! 女神さんは、今日は酒場の手伝いかい?」

 

「ええ、店主のホフキンさんに頼まれまして。なんでも私が給仕をすれば売上が3倍になるとかで、お世辞の上手い方です。それと何度も言いますが、私は男で女神ではありません」

 

「お世辞なもんか、あんたが今日酒場に立つなら儂も割った薪全部酒場に寄付して朝まで飲み明かすぞ。それと女神さんは女神さんじゃ。男だなんだは関係ないわい」

 

 朝焼けの残る通りを鴉の濡羽色のように透き通る髪をした少年と50は過ぎたような年頃の男性が談笑する。その両方にはどちらも屈託ない笑みが宿っており、それは少し前までこの村ではありえない物だった。

 女神と呼ばれた少年は困ったように苦笑しながらも、トムと村の皆から呼ばれている薪割りの老人に別れを告げ、今日の仕事場である酒場へと歩いて行く。その間も何人もの村人に挨拶され、その全員と遅刻しない程度の世間話を交わす。村人全員の名前と仕事、その他様々な雑事を事細かに記憶している少年は、短いやり取りの中でも人によってそれぞれ好む話題を出して交流を図っていた。

 

 ようやく少年が酒場に着いたのは少年が借宿としている家から出て15分ほどの時間が経ってからだった。本来5分で着く場所なのだが、それでも勤務時間の30分も前に到着した辺り少年がどれだけ時間に生真面目なのか分かるものだった。

 

「おはようございますホフキンさん。今日は少々外が冷えるのでお酒の他に熱めのお湯を用意しといたほうがいいかもしれません」

 

 扉を開けて少年を出迎えたのは、ピカピカの板張りと、何セットもの机と椅子、そして壁に立てかけられる新築祝いに村の皆が持ち込んだ意味不明のアンティークの数々であった。その奥のカウンターで今まさにグラスを磨いていたこの店の店主であるホフマンが人好きのする笑みで歓迎した。

 

「おはよう女神さん。そういうことなら今から水を温めとかないとな。女神さんの言う事は当たるからね」

 

「たまたまですよホフマンさん。では着替えてきますね」

 

 相変わらずお世辞の上手い人だ、やっぱり酒場の店主はこれぐらい人を持ち上げるのが上手い人がなるものなんだなと、ホフマンの本心からの言葉を冗談として処理した少年は、カウンターの裏にある着替え用の小部屋へと入る。

 この小部屋も、少年が酒場で働く時の事を考えて改築する時に作られたものである。少年は別に必要ないしカウンターの裏で着替えればいいと答えたのだが、店主にとっても客にとっても心臓に悪いと言う事で却下されることになった。そんな背景もあって毎度入る時に感謝の言葉を心の中で紡ぎながら少年はこの小部屋を使用していた。

 

 着替えを終え、いつもの給仕服になった少年が小部屋から出た時には、開店前にもかかわらず数人の客が店に訪れていた。

 

「美人さん、今日も最高に可愛いぜぇぇぇ!!」

「暖かい水をくれ! 外は寒すぎるぜ美人さん!!」

 

 それは少年を連れて来た山賊たちであった。いつもの黄色いマスクにほぼ半裸と言っていい斬新と言うか尖り過ぎなファッションをした彼らは、村人全員が少年のことを女神さんと言う呼び方で固定された今でも美人さんと呼び続けている。なんでも流行には流されないのだそうだ。そんな彼らに笑みを見せながら、少年はまだ開店していないのに飲み物を提供していいものか店長に目配せする。

 

「まぁ、お湯なら別に構わないかな。ただお酒は開店時間になってからだね」

 

「わかりました。それではお湯をご用意しますね」

 

 テキパキと温められていた水を専用のコップに移し、トレイに乗せてあらくれたちの方へと運ぶ少年の姿は、最早専門の給仕と言っても過言ではないだろう。その身のこなしも、その服装も。

 

「なぁ。お前あんなに男だって強調するのにそういう服は着るんだな」

 

 目前のテーブルにお湯の入ったコップを置かれながら、あらくれたちの頭である男は、何とも言えないような声色で少年に問いかけた。

 その疑問の理由は、少年が纏う今の仕事着。黒い簡素なワンピースの上に白いエプロンを纏った一般的な給仕服を指していた。酒場の給仕としては不適格な恰好だが、まだそれはいい。問題はそれがスカートタイプのどう見ても女性用の衣装と言う事だ。胸元に可愛らしいリボンを結び、膝辺りまでの丈のフリルが付いたスカートを靡かせて、髪をツインテールに纏めたその姿は誰がどう見ても美少女だし、こいつ実は男だぜと言おうものなら言った人間はその場で正気を疑われて白い目で見られること間違いなしの姿である。

 

「ん? ああ、酒場の給仕用の服はこれしかないと言われましたから。かと言って替えの服の当てもないし、何よりこの村にお世話になっている身。見苦しいとは思いますが、どうか目を瞑ってくれるとありがたい」

 

 そしてその当人の意見がこうである。酒場にこの服しかなかったと言うのは確かだろう。この酒場は元々店主一人でなんとか経営していたような物だ。ただなぜ女物の給仕服だけがあったのかは、想像ついてしまうため頭は何も言えなかった。もう自分も仲間たちも、そしておそらくあの店主も、もうあそこを使うことはなくなったとは言え、あの場所の存在をこの純粋で心優しい少年に明かす勇気はこの村に住む誰もが持っていないのだ。

 

 少年の言葉を呆れたように受け止めるあらくれを見ながら、少年は「やはり見苦しいのだろうか」と見当違いの不安を覚えていた。

 そんな深刻性に違いのある悩みを抱える酒場の空間に、お湯を飲んで咳き込むあらくれの声を掻き消すほどの大声が通りから響き渡った。

 

「商人だぁ!! 便器を連れた商人がやって来たぞぉ!!!」

 

 瞬間、酒場にいた少年以外の全ての男たちが、いや村中の男たちの顔が蒼白に染まった。最も恐れていた瞬間が、予測しながらも必ず訪れると分かっていた運命の裁きの瞬間がやって来たことを彼らは悟った。

 そして同時に男たちの雰囲気が変わったのに気づきながら、少年はそれが何を意味するのかを理解できなかった。記憶がない少年に、村の者たちがひた隠しにし続けた秘密など欠片も理解が浮かばなかったのだ。

 

 そして決別の時はやって来る。どうしようもないほど残酷な悪魔の使者たちの到来と共に。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。