※この作品はR-18です。

ドラゴンクエストー堕ちた光の戦士と女神の勇者ー   作:ルビス

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勇者は征く

 

 

 先制は少年の方からであった。無手で攻撃をせざるを得ない今、中距離と遠距離からの火力攻撃を行うようじゅつしに、魔法を使う暇を与えないためだ。

 

「…………っ!!」

 

 足元の地面に痕が残るほどの脚力で地面を蹴った少年は弾丸の如くようじゅつしに接近する。少年の身に着ける女物の給仕服が舞い上がり、女性のように滑らかな太股が露わになる。だがそれに目を惹かれるような心の余裕がある者などこの場にいない。ようじゅつしは目前に迫った少年に気づく間もなく、その右腕から叩きこまれた鉄拳をもろに仮面に覆われた顔面に食らい、自分たちが乗って来た馬車近くまで吹き飛ばされた。

 

 

 常人では考えられないほどの拳の一撃に移動速度。少年を只者ではない者だと思っていた、村人たちでさえ今初めて見た少年の全力に言葉を失っていた。そして次に見た少年の目を見て、彼らの心に形容しがたい感情が巻き起こった。

 その瞳には何も映してなどいなかった。先ほど殴り飛ばしたようじゅつしのことさえ認識しているかどうか怪しい瞳だった。

 今まで見たことのない少年の目。あんな目にさせたのは一体誰だ。

 

 深い罪悪感を覚えた村人たちの視界に、その後ろで今まさに立ち上がるあらくれの姿が映った。先ほどの彼の姿が彼らの心に思い起こされる。

 少年を守ろうとするその姿が、「ここは通さねえ」と言ったその言葉が。

 

 

 

 心の中で何か熱いものが沸き立つのを彼らは確かに感じた。

 

 

 

 

 

 吹き飛んだようじゅつしに立ち上がる暇など与えないと、少年は再び一迅の風となった。数メートルの距離を一足で詰めると、倒れたようじゅつしに追撃となる蹴りを、速度を落とさずに放つ。所詮サッカーボールキックと呼ばれる蹴りを、一切の加減なく助走を加えた威力で放つのだ、魔物と言えど一撃で頭が吹き飛ばされる。

 

「……っ!?」

 

 その攻撃を防いだのは今まで一切言葉を話さず、ようじゅつしの部下のような立場で控えていた御者の男だ。何時の間にかその姿を大きく変容させ、黒いタキシードにリボンを付けた、青白いを通り越し青い肌をした羽の生えた異形へとその身を露わにする。

 その名を【バンパイア】、女の生き血を吸う事に快感を覚えた男が魔に魅入られ変貌した存在であった。

 

 バンパイアは少年からようじゅつしを守るように、その手に生える犬の歯のように鋭い爪を振るい少年を牽制。危機を察知した少年は地に接地する片足を巧みに動かし、蹴りを入れるために溜めていた力をそのまま横に飛ぶための動力とした。

 バンパイアの振り下ろした爪は少年にかすりもせず空を切り、だが肝心のようじゅつしが立ち直る時間を稼いでいた。

 

「おのれ小癪なあ! 【ベギラマ】!!」

 

 立ち上がったようじゅつしは即座に、殴り飛ばされながらも手放さなかった杖に魔力を装填、ベギラマを放つ。そこから迸る炎の蛇は、即興で放った為に威力は最初に少年に食らわせたベギラマと同程度の威力しかない。だが装備がぬののふくでしかない少年ではそれでも十分な脅威となる。

 着地した足で再び地を蹴り大きくバックステップをして距離を取る少年とようじゅつしの間には、対魔法使い相手に無手の人間が危惧するべき中距離の間合いが開いていた。

 

 だがそんなものは、少年の速度の前には秒もかからない間合いだ。ようじゅつしの杖に魔力が集うのを認識するや否や、体を右に左に錯乱させるように移動させる。それはフェイントの為の動きでありながら、風さえ置き去りにするほどの速度であり、とてもではないがたかがようじゅつし程度に狙いが付けられるものではなかった。一瞬ようじゅつしが迷う、その間隙を突いて少年は三度ようじゅつしたちへと踏み込んだ。

 

 

 ズドンと深く鈍い音が響いた。

 急激な移動によって巻き上げられた風に、ポニーテールに纏められた髪が靡く中、少年の拳はようじゅつしの前に陣取ったバンパイアの鳩尾を的確に打ち抜いていた。

 

「……!?」

 

 感触がおかしいことに即座に気づいた。まるで厚い鉄板の上から物を殴ったような感覚が、殴った拳から伝わる。同時にバンパイアの体を包むようじゅつしのものと思われる魔力を感じ取った。

 【スクルト】と呼ばれる対象の防御力を上げる魔法だ。的を絞れない少年を狙うのではなく、必ず少年が攻撃してくる的の方を強化しようと言うようじゅつしの策が功を成した。

 

 だがそれでも、スクルトで上げた防御力を持ってしても、瀕死に追い込まれるほどの痛手をバンパイアは受けていた。体力が一瞬でレッドゾーンに突入し苦悶の声を上げるバンパイアは、目前の仕立人を害さんとその手に魔力を込める。即座に気づき飛びのく少年を追いすがんと、バンパイアは青色に変化した魔力を解き放たんと口を開いた。

 

 それが【ヒャド】だと、魔力の光を見た少年が判断を下す。同時にそれがこの距離でも躱すのは容易いものであると。身を屈め、バンパイアの放ったヒャドをすり抜け、返しに止めの一撃を食らわす。

 そのための動きを脳内で須臾の時間でシミュレーションし終えた少年は、体勢を移動し、それを実行せんと──

 

「【ヒャ「おおおおりゃああああああ!!!!」!!?」

「えっ!?」

 

 突如バンパイアの横から現れた肉の塊にその行動は中断された。哀れバンパイアは詠唱の言葉を言い終わる間もなく、筋肉たちのタックルによってその命を散らせることになった。

 少年はそれを成した者たちを唖然と見つめるしかなかった。そして人の身でバンパイアをタックルで打ち滅ぼすと言う快挙を成し遂げた黄色いマスクを被った男たちの集団は、ガッツポーズを後ろ手に少年へと送ってみせた。

 

「俺らの美人さんに何してくれんじゃボケぇぇ!!」

「てめぇ俺ら山賊の姫に喧嘩売って俺らがタダで返すと思うなよ!!」

「かかってこいやゴラァ!! 今の俺らは炎程度じゃ止められねえぞ!!」

 

 山賊であるあらくれたちが口々に少年を守るようにようじゅつしに食って掛かっていた。先の一瞬で人を炭に変えられるほどの魔法を見ていながら、それでも震える足を抑えて彼らは少年の元に駆けつけた。

 

「下等なクズが!! 望み通りにしてやる、【ベギがあっ!!?」

 

 見下していた相手に、自身の相方であるバンパイアを倒されたばかりか挑発までされて怒りを超過し、憤怒の声を上げて魔法を放とうとしたようじゅつしの顔に横合いから空瓶が直撃する。

 少年が驚いて目を向けると、酒場の店主であるホフマンが、トムが、ジャンクが、ホックスが、村の全ての男たちが、酒場から持って来た酒瓶やコップを手にようじゅつしへと投擲している。

 

「うちの自慢の女神さんとその服によくも傷をつけたなこの野郎!」

「薪割りで鍛えられた儂の腕力による投擲を見ろ!」

「俺たちはこれから女神さんに謝らなきゃなんねぇんだ、引っ込んでろ!」

「女神の兄貴の一番子分ホックス様の実力を思い知れ!」

 

 村中の全ての男たちが手から雨あられと小物をようじゅつしになげながら叫んでいた。

 あんなに酒瓶投げて明日からの経営大丈夫かなと、どこか場違いな感慨を抱いてしまうほどに少年は目前の光景が信じられなかった。その隣に馴染みのあるあらくれたちの頭の気配を感じて、振り返ろうとした時にはその頭を大きな手で包まれていた。

 

「悪い。俺ら、お前を騙していた。本当なら俺たちは、お前みたいな良い奴に優しくされるような奴じゃない。いや、この世界自体がお前みたいな奴に相応しいものじゃないんだ」

 

 そう言うあらくれの声色は、頭を撫でられている少年からでも分かるほどに震えていた。

 

「でもよ、俺らがあんたに救われたって事に嘘はねぇんだ。あんたのおかげで、今までにしていた事が悪い事なんだって思えるようになった。ただ、それをあんたに告げるのが怖かっただけなんだ。俺ら皆、お前を、嫌われたくないと思うぐらいには、気に入っちまったもんだからよ」

 

 そう言ってようやく頭からどけられた手の平の下に見えた少年の瞳に、もう絶望は宿っていなかった。代わりに少しの雫が目元に溜まっていたような気があらくれにはした。それも、すぐに少年がかぶりを振ったことで分からなくなる。

 そしてようじゅつしの方へと歩みを進めていく少年の背中に、あらくれは少年が勝つことの絶対の確信を抱きながら、自分への戒めも込めた宣言をするために、声をかける。

 

「終わったら、全部話す! 俺らの罪も、この世界のことも全部! 男と男の約束だ!!」

 

 

 

 その言葉に、少年は顔だけ振り返って。

 

 

 

「ああ、男と男の約束だ。破ったら、俺はただじゃおかないから」

 

 そう言って花咲くような女神の笑みを浮かべた。

 

 

 次瞬、少年は自身の前に立つあらくれたちの間をすり抜け、再び風となる。先ほどの速度を上回り、音速にさえ迫る速度に達した少年の接近に、瓶を投げられ視界を塞がれたようじゅつしに気づける術はなかった。

 

 

 轟音

 

 

 大切な仲間と、男の約束を得た少年に、絶望に染まる要素は欠片もなかった。

 

 

 *****

 

 

 

「それで、そのだな、何から聞きたい?」

 

「そうだな、出来れば女性が便器と呼ばれていた理由から知りたい」

 

 全てが済んでから、少し荒れていた酒場に机と椅子を並べて少年と村の男たちは話し合っていた。

 あの後、檻から女性を助けた少年はすぐに彼女の容体を見て、その心の傷が深いなんて物じゃないことを知った。あれだけの戦闘をしていながら、一切の反応を示さなかった女性の心はほぼ死んでいるに等しい。とにかく傷だけでも治すべきだと、村で医学に心得がある者が女性を近くの家へと連れて行った。そこに女性に邪な視線を向ける者は一人もいなかった。

 

 ある程度の処置を終えたのを確認してから、今こうして少年は自身が今まで知らなかった、遠ざけられていた事実と向き合っていた。

 

「ああ、分かった。だけど、なんか、その、喋り方ちがくねぇか?」

 

「こちらが素なんだ。一人称も俺だ。皆が女神さん女神さん言う者だから、どうしても素の俺口調で喋るのが躊躇われて」

 

 そう言って恥ずかし気に頬をかく少年に、「俺っ娘女神さん、良い……」と呟く野郎共が何人かいた事実に少年以外の男たちは気づいていた。同感だったので、何も言わなかった。

 

「そうだな、それじゃまずこの世界を支配する教団のことを話さなきゃならないな」

 

 そう言ってあらくれはこの世界の情勢を自分たちが分かる範囲で話し出した。

 この世界にある全ての大陸は、破壊神を崇める教団によって支配、管理されている。その支配がいつから始まったものなのかは誰にもわからない。100年も前からそうだった気もするし、つい一年前だった気もする。そんなひどくあやふやな中で確かなのは教団に逆らえば死ぬと言う事と、教団が女を新たな魔族を生む孕み袋として管理していると言う事。

 全ての女は一人残らず教団の所有物になり、見目麗しいものは教団上層部の専用娼婦、そうでないものは下等魔族や人間繁殖用の母体として提供された。そしてその提供される女のことを肉便器と言い、生物ではなく物として扱われるこの世の最下層の存在と定義される。

 この村にもその繁殖用のための肉便器が送られて来ており、男たちは毎夜送られた肉便器を文字通り死ぬまで使うのだ。そして死んだ肉便器は都市に連れていかれザオリクによって甦らされ、再び死ぬまで使われる。少年が来たのは、ちょうど前の肉便器が死んで蘇生のために魔物たちに回収された後だった。

 

 

 そこまで話した時、少年の顔は無表情だった。嫌悪の感情を表すのでもこの村の男たちのしてきたことに怒りを露わにするのでもなく、一切の感情を読み取らせない無だけがその綺麗な顔に張り付いていた。その様子に後悔と恐怖で体を震わせる村の男たちを後目に、少年はこれまた感情の籠っていない平坦な声で問を投げかけた。

 

「肉便器ではない、容姿に優れていた女性たちはどうなるんだ?」

 

 その問いに、重苦しい圧力を感じながら男の約束をしたあらくれは語り出す。

 

 肉便器ではない女たちは、強い魔物たちのペットとして最低限の尊厳を与えられる。それでもそこらの浮浪者よりひどい扱いだが、生物として扱われるだけマシだと。さらにその中でも武力、もしくは知力に優れた女は花嫁として迎えられ、ある程度魔物と同じ権限が与えられるのだ。

 

「……武力と知力。それはどの程度の物を?」

 

「相当高くないといけねえらしい。知力に関してはよくわからないが、武力に関しては、多少わかる」

 

 続けてくれ、と無言の圧力を強める少年に応えるように、あらくれは自身にとって衝撃的だった出来事を伝える。

 

「ある時、どこからかすげえ強い女共が現れたんだ。そいつらは教団の支配を見て、女たちの解放のために戦ってな。魔物どもをどんどん打倒していったのさ。だが結局最後は、捕まった。次にその女共が出て来たのは教団幹部共の花嫁としてだった。別人みてぇに変わってたよ」

 

 そう語るあらくれの表情からは確かな驚きが伝わってくる。だが逆に言えば驚きしかなかった事に、少年は気づいていた。

 

「その口ぶりだと、まるで人ごとのようだ。誰も、彼女たちの考えに賛同しその道を共にした者はいなかったのか?」

 

「いない。一人も、な」

 

 少年の疑問を、あらくれは無慈悲なまでにその事実を告げた。その言葉が、かつての自分の罪をさらけ出すことも分かっていながら。

 

「お前と出会う前の俺は、女を性欲処理や繁殖用の便器として扱うのが当たり前のことだと思っていた。それはあの当時街にいた連中も一緒だ。誰も、あの女たちの意見に耳を貸さなかったし、いつあの女たちが負けて無様な便器になるのか賭けてさえいた。いや、もしかしたら女たちが捕まったのには、誰か街のやつが関与しているのかもしれねぇ」

 

 神の前で罪を告解する罪人のような声色で当時の事を話すあらくれを、少年はただ見つめていた。その瞳には優しさも、怒りも、軽蔑も、同情もなかった。

 ただ全てが話し終わった後に──

 

「──――そうか」

 

 それだけ言ってあらくれの手を包み込むように握った。あらくれの大きな手は、少年の手では両手を使っても包むのには足りなかったが、それでもあらくれは大きな手に包まれたような安堵を感じていた。黄色いマスクで見えない顔の下からすすり泣く声が聞こえたような気がしたが、少年も酒場にいた男たちも気のせいだと思う事にした。

 

 

 

 *****

 

 

 この村の中で一番快適なベッドだと村人たちがお墨付きをした少年のベッドの上で、便器としてこの村に連れてこられた女性は眠っていた。身じろぎ一つせず眠るその姿は、そうなるように徹底的に教育されたものなのか、ベッドの隣に置かれた椅子に座る本来のベッドの持ち主である少年は、死んだように動かない彼女を見ながらそう思った。

 少年の恰好はすでにいつものぬののふくに戻っていた。少し違うのは、まるでこれからどこかに出かけるかのようにその服が調整されていたことだ。

 

 女性がここに運ばれ、もう丸一日と経つが一向に目覚めなかった。お腹の上で重ねられた彼女の両手をその上から優しく握りしめながら、少年は何度と分からない労わりの言葉を心の中で彼女に告げる。

 もう、これが自己満足である事には気づいていた。気づいていても、投げかけられずにはいられなかった。だが、それも今ので終わりにしようと、少年は部屋の隅に用意した三日分の食料だけを入れた旅の荷物に手を伸ばす。

 

「さようなら。身勝手だろうが、それでも、あなたがもう一度一人の人間として目覚めてくれることを願っている」

 

 最後にそう言って、少年は自身が一か月世話になった部屋を後にした。残されたのは今も眠り続ける女性と、その両手に乗せられた一凛の花だけだった。

 扉が締り静寂に包まれた部屋で、ピクリと女性の指が僅かに動いたことに気づく者は誰もいなかった。

 

 

 *****

 

 

「行くのかよ」

 

 村の入り口にあたる通りの前で、あらくれの頭を中心に村の男たちが少年を出迎えるように並んでいた。あらくれの問いには疑問の声はなく、まるで分り切ったことを確認するような、押し止めることが出来ないと知ってそれでも言葉にせずにはいられなかったような、そんな響きがあった。その問いを向けられた旅の荷物を肩に背負った少年は、そんな彼の瞳をしかと見つめて、真っすぐとした意志と鋼の覚悟が感じられる声色で答えた。

 

「ずっと、疑問だった。俺のこの身体能力は、一体何のためにあるのか。少なくとも今、その理由の一端が知れた気がする」

 

「この世界には、彼女のように人としての意志を蹂躙され、体を弄ばれ、心を壊された女性が溢れている。そして、かつてのあなたたちのように、男性はそれを異常と思えず、この世の常識だとそれが浸透してしまうほどに、世界は変わっている。もしかしたら、俺の方が間違っているのかもしれない。この世界において異物なのは、俺なのかもしれない」

 

 少年が何かを確かめるように、己の意志を然りと胸に刻むように息を飲み込み――

 

「──────それでも俺は、それを許せないと思った。今、その常識から解放されたこの村と皆が、俺は好きだと思った。この景色を、この温もりを、異常にしてしまうこの世界の理が……俺は、嫌なんだ」

 

 それが、少年が旅立つ全てだ。

 ただ世間話をしながら笑い合う時間が、大切だと感じた物が、間違っていると否定される世界。他人の尊厳を踏みつけ、嗤い、その心さえも蹂躙する事が正しいと肯定する世界。

 それが、たまらなく嫌だった。今も心と体を支配する使命感を塗りつぶしてしまうほどに、少年の意志はその在り方を拒絶していたから。そしてこれは言わなかったが、この胸の内の使命感が意味することが、今のこの世界の状況を変えることと目的を近くするのではないかと言う予測があった。

 

「お前がいなくなったら、俺らが、あの女に危害を加えるかもしれないぜ」

 

「しないよ」

 

 苦し気にそんな最低な可能性を口にしたあらくれの言葉を、少年は即座に否定する。スライムの色は青だと答えるような、当たり前のことを告げるような調子が、そこにはあって、それに驚いたのはあらくれたちだった。

 どうしてそこまで信じられるんだと、皆が目を丸めて少年を見た。

 

 それに、少年はただ笑って。

 

「あの時、俺を助けてくれたあなたたちなら。俺を裏切らないでくれた皆だから、信じられる。もう、そんな外道な真似をしないって。…………それとも、するのか?」

 

「す、するわけねぇだろ!!」

「おうよ、そこは信じ切ってくだせぇ女神さん!!」

「女神さんが変えたこの村で、二度とそんなことは起こさせねぇ!!」

 

 全員が口々に手を上げて宣言する。考えるより先に言葉が口をついて出てしまったのが丸わかりなほどの素早い反応に、少年はまた嬉しそうに笑った。考えるよりも先に、心が叫んでいるのだ。それが何よりの証拠になっていた。

 今度こそ、全ての憂いが消えたと言う様に少年は軽く息をはくと、村人たちの横を通り抜けて歩みを進める。

 

 ズイッとその少年の進行方向を銀色の大きな斧が遮った。僅かに驚く少年に向けて、そのてつのおのの持ち主であるあらくれの頭は、その持ち手を少年に向けた。

 

「持ってけよ。テーブルぶん投げるぐらいのお前の腕力なら俺より軽々使えんだろ」

 

「いや、だがそれはあなたの……」

 

「うるせぇ、持ってけ!! 命助けられた借り返さねえと頭として恰好つかねえんだよ!!」

 

「わっ、ちょ!?」

 

 無理やり少年の背中に斧の持ち運びように着けられた紐を結び付け、その背中をバンと叩くあらくれの言葉は誰が聞いても建前だと分かる口調で。それが面白かったのか周りから笑い声が巻き起こると同時に、それじゃ俺も俺もと次々と少年へと各々の土産品を渡していく。

 

 最終的に、中身が三日分の食料しかない旅の袋は、見て分かるほどにパンパンとなっていた。

 そしてダメ押しとばかりに、村の入り口の方から馬を連れた青年、ホックスがやって来た。

 

「へへ、どいつもこいつも物足りないっすねぇ。これから旅する女神の兄貴に相応しいものと言えば馬以外にないだろよ!」

 

「いや、ちょっとまてくれ、さすがに馬は過分すぎる!!」

 

「遠慮しねぇでくだせえ!! 俺の自慢の馬なんだ、女神の兄貴に乗って貰えるなんて本望ですよ!!」

「ヒヒィン!!」

 

 遠慮するように両手を胸の前で左右に振る少年に対し、彼の舎弟を名乗るホックスはどこまでも元気に力説し、それを肯定するように馬もまた嘶きを上げて見せる。どうしようかと周りを見るも、村人全員が生暖かい目で見るだけで、少年は諦めたようにその馬の手綱を握りしめた。

 思った以上の荷物と足を手に入れてしまい、ここまで思われているんだと言う嬉しさと気恥ずかしさが少年の全身を満たしていた。

 

「この馬は何て言うんだ?」

 

「名前は付けてねぇんすよ、草原で見つけてからいつも馬としか呼ばねぇんで! なんで、女神の兄貴、兄貴が付けて下せえ!! その方が馬も喜びますぜ!!」

 

 ええ、と困ったように表情を変える少年に、村人たちはにこやかに笑い出す。そこでふと、大事な事を思い出したあらくれが馬の顔を見て必死に良い名前を付けようと考えている少年に声をかけた。

 

「名前と言えばよ、お前の名前もまだなかったよな」

 

 少年は記憶喪失だ。名前さえも思い出せない中で、この村で不自由なく暮らせていたのは単に、少年は今まで女神さん、美人さんとしかこの村で呼ばれなかったために、そもそも名前がなくても誰も気にしなかったのが一つ。もう一つは、ふとした時に記憶を取り戻した時に別の名前があるとややこしいと少年自身も思っていたからだ。

 だがあらくれの言う通り、そろそろ記憶喪失時の名前を作る良い機会かもしれないと少年は思った。

 

「そう、だな。でもどうしようか? あまり名前にはこだわらないし、適当にナナシとかでも良い気がするが」

 

「いやいや、それはねぇよ。そうだな、お前は女神みたいな容姿してるし、女神にちなんだ名前はどうだ?」

 

「男に付ける名前を女神から取るのか? というより、名前負けが酷いと思うんだが」

 

 そう言って、村の男たち一人一人の顔を見て同意を得ようとする少年。全員は少年の視線から顔を逸らしらた。前回とは別の絶望が少年を襲った気がした。

 

「まあいいじゃねえか! そうだな、今のあ(・)れ(・)は駄目だし……昔いた女神の名前は何だったか、ええっと、ラピスだが、ルビフだが言う名前の──」

 

「ルビス」

 

 村の男たちからの反応で悲しみに下を向いていた少年の顔が、突然ぱっと上がった。まるでその固有名詞が、少年の体を勝手に動かし、自分を少年の口から解き放ったような、そんな不自然な動きだった。

 最もそれを疑問に思った者は少年以外におらず、あらくれは「そうそう、ルビスだわ」と諸手を打っていた。

 

「でもルビスじゃそのまんまだし、そうだな……」

 

「ルビー」

 

 今度は少年の意志を持ってその言葉が発せられた。悩むあらくれに顔を向けてそう告げる少年の声色は、この名前が自分に合っているとどこか確信しているかのようで。

 

「ルビーが良いかな。ルビスからルビー。そう呼んでくれないか?」

 

「ルビー。ほう、良いんじゃねぇか! お前の瞳と同じ色の宝石の名前でもあるしよ、お前に合ってると思うぜ! なあ、お前ら!!」

 

「おう!」

「ルビーさん!!」

「ルビーの女神の兄貴!!」

 

 そうやって賛同の叫びを上げる村人たちを見ながら、少年もまた笑みを浮かべて馬の方を見た。その顔に自身の額を置いて、まるで祈るように言葉を告げる。

 

「なら、君の名前も決まった。スピネル。ルビーと同じ色を持つ、安全の石言葉を持った宝石の名だ」

 

 それは、ただ馬に名をつけているだけなのに、まるで御伽噺の一ページのように荘厳で幻想的で、見ていた村人たちは先ほどの喧噪などなかったようにその光景を夢見心地で眺めていた。

 「ヒヒィン!」と馬がその名を受け入れるように嘶く。何てことないそれさえもが、伝説のペガサスの嘶きのように聞く者の脳裏に響いた。

 「あれ本当に俺の馬かよ」とホックスが茫然と呟いた。ただ近場で捕まえて来ただけの凡馬が、まるで神に遣わされた名馬のように見えて。

 

「これからよろしく頼む、スピネル」

 

 そう言って少年は──ルビーはスピネルの背中へと飛び乗った。馬に一切の負担を与えない見事なフォームで乗り込んだルビーは、最後に村人たちへと目を向けた。

 そこでようやく村人たちも夢見心地から覚めて、馬に乗り込んだルビーに別れの笑顔と涙を見せた。代表するように前に出て来たあらくれが少年へと手を差し伸べる。

 

「ここからだと、南にまっすぐ行った方に別の村があったはずだ。そこからなら、都市に行く街道もある。とりあえずその村まで向かいな」

 

「ありがとう。思えば、あなたには色々と世話になりっぱなしだった。本当に、ありがとう。あなたと最初に出会えたこと、友達になれたことが、きっと俺にとって最上の幸運だったんだろう」

 

「馬鹿が、よせよ。全部、こっちのセリフだ、ルビー」

 

 固い握手を交わしたあらくれの手から温かい感情が流れて来るのをルビーは感じた。僅かに涙ぐむように聞こえたあらくれの声に、ルビーも目頭が熱くなるのを感じて、それを振り払うように村人たちを見て叫んだ。

 

「皆!! また、必ず!!」

 

 それが何を意味するのかは言わなかった。手綱を操り、馬を村の入口へと走らせる。雫が風に流れていくのを感じながら、ルビーはただ何度も、何度も、この村に来てからのことを思い出した。村の入口を抜け、遠ざかっていく村の気配を感じるルビーの背に、声が届けられた。

 

「また、必ずなぁぁぁぁぁ!! 俺たちは! 【ノアニール】の村は!! ずっとここにあるからなぁぁぁぁ!!」

 

 風に流され切ったと思った雫が、再び顔を伝い出した。しばらく、この村を思い出す度に泣いちゃいそうだと、ルビーは笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ここに勇者は旅立った。伝説の剣も、防具も、乗り物もなければ、共に戦う仲間もない。それでも、勇者の心は希望の灯に包まれていた。

 

 

 

 

 

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