※この作品はR-18です。

ドラゴンクエストー堕ちた光の戦士と女神の勇者ー   作:ルビス

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憩いの街角

 

 

 カザーブと言う村はロマリアと言う国が所有する地域にて栄える農村を交易の要とした村であった。百数十戸あまりの家々が立ち並ぶ村の景色は、そこで暮らす人民の数が決して少なくない数であることを物語っている。事実ここはロマリアで仕事に着けない者たちが行きつく最後の居場所であり、ここで仕事を得られなければ最後、掃きだめの村とカザーブ住民に言われるノアニールで生きる事になる。

 ロマリアから遠く、そこで採れる物も全てここカザーブで賄えるノアニールは誰からも必要とされないこの世の終点なのだ。

 

 逆に言えば、そこに行きつく最後の防波堤であるカザーブは人がある程度豊かな暮らしを行えるだけの場所であると言う事だった。農場から採れた野菜や近くの山から仕入れた山菜や動物の肉、そう言った物が多くロマリアとの間で流通することで、彼らの営みは成り立っている。

 そしてその流通の成果は個々人のお金の量だけではなく、この村に送られてくる便器の数にも影響していた。ノアニールに送られる便器が基本一人なのに対し、このカザーブは十人以上の数が支給されるのだそうだ。もちろん見目はロマリアにいる幹部専用娼婦とは比べるべくもないが、ロマリアの便器たちとそれほど差異のない容姿の者が一人か二人は送られてくると。そしてそういうのは村一番の権力者である教団の者に与えられるが、そのおこぼれに時たま預かれるのがここカザーブの魅力なのだ。

 

 

 と言うのが、この村に訪れ情報収集を行った結果手に入れた成果として可憐さと美しさを合わせ持った美少女のような少年、ルビーが纏めたカザーブの村の実状であった。人気のない馬小屋で、傍らにスピネルを休ませながら思案に耽るルビーは全身を白いローブで覆っていた。

 自身の容姿が女に間違われるような見た目である事を流石に理解したルビーは、カザーブの村の納屋の一つに合った古臭い毛布を拝借、それを斧で頭をすっぽり覆えるように改良したのだ。

 

 ルビーにはよく分からないが、ノアニールの皆曰く、この世には男でも良いと言う人間がいるのだと、なぜか全員が顔を背けながら忠告してくれた。顔が女みたいなお前は絶対狙われるし、教団の人間もお前の性別関係なく捕まえに来るから絶対顔を晒さないようにしろと。その心からこちらを心配する言を受けてルビーは素顔が見られないように細心の注意を払っていた。

 

 村の中に入ったルビーはなるべく目立たない人通りの少ない道を選んで移動しながら村の経路を確認、店を営む村人たちから個々に話を聞いて行ったのだ。

 最近顔に酷い火傷を負って都会からこちらに流れてきた青年と偽ってこの村にはどんな仕事があるのかと聞きながら、それとなくこの村自体の情報を集めたのだ。ルビー自身の話術の高さもあり、五人目の話を聞く頃にはカザーブと言う村の大部分を理解することが出来ていた。

 なお最初の一人目に話を聞く時に声が男と思えないほど綺麗だなと言われ、男としての尊厳がズタボロになりかけたりしていた。それでも、便器である女が村を普通に歩いているいるわけがないと言う常識からルビーを声が良い少年──実際その通りなのだが──と思われ、顔を隠すフードを取られそうにならなかったのは幸運だった。

 

「この村のことは分かった。後は、村の人たちがこの状況をどう思っているかだな」

 

 ルビーは自身に鼻を近づけて来るスピネルを撫でながら、一人呟く。教団に支配されている現状の不満を聞き出すには、さすがに一日だけでは出来なかった。ここの村人たちからそれを聞くには、ルビー自身の信用が足りない。このカザーブはノアニールと違い、教団の人間が直に支配しているのだ。出会ったばかりの人間に、その支配者への不満を告げ口される可能性も考えずに喋りはしない。

 今すぐカザーブにいる邪悪なる者を皆殺しにしろと猛る心を押さえつけ、カザーブの至る所から感じる邪悪な気配に走り出そうとする体を制御するのが、ある種ノアニールでの戦闘の時より精神力を使っていると言う事実がルビーにとって悲しくて仕方がなかった。

 

「信用してもらわないとね、スピネル」

「ブルルッ」

 

 鈴のように澄み切った声を暗い馬小屋で囁くと、肯定するようにスピネルは鳴いた。

 ルビーの声色に、打算以外に単純にこのカザーブの人たちとも仲良くなりたいと言う願いが込められているのに、スピネルは気づいていた。眠り行くルビーを見守るようにスピネルは見つめ、そして主である少年の寝息を聞きながら自分自身もまた眠りに落ちるのだった。

 

 

 *****

 

 

「おー、ルビーくん!! 今日も来てくれたのかい!!」

 

「おはようございます、ダンクさん。ここのパンが気に入ってしまいまして」

 

 カザーブの村に太陽がまだ明かりを照らし出し始めたばかりの時間帯に、ルビーは今日で8日目となるカザーブでの朝食を求めて連日通っているパン屋へと訪れていた。ルビーを笑顔で出迎えるこの店の店主であるダンクは彫の深い二十後半ほどの男性であり、そしてルビーが初日にこの村について聞いた人間の一人でもあった。

 

「ちょうど今良いパンが出来上がったところでな。教団に送る分を差し引いてもまだいくつか余っているんだ。是非食べて行ってくれ!」

 

「本当ですか! 一度でいいからダンクさんの焼きたてのパンを頂いてみたいと思っていたのです。有難くいただきます」

 

 ダンクが店奥から持って来たこんがりと綺麗な山吹色に膨らんだ丸い円形のパンを運んでくる。同時に甘い香りがルビーの鼻孔を突いて、その食欲を刺激する。顔の輪郭もよく見えないほど深く被ったローブの下で目をキラキラとさせるルビーの様子は、顔が見えていないダンクにさえ目前の少年が欲しいおもちゃを目前にした子供のような顔をしているんだろうなと分かるほどに期待と高揚をその全身で表していた。

 

「いただきます!!」

 

 ダンクからパンを受け取ったルビーは満面の笑みを浮かべながらはむっと頬張った。ほかほかの生地がさくりと破けて口の中に甘い蜂蜜と小麦の柔らかな感触が充満する。

 

「~~~~~」

 

 聴く者全ての耳が幸せになるような感動の声を上げながら、ルビーはまた一口また一口とパンを頬張っていく。その姿があまりにも幸せそうで、そのパンを焼いたダンクの心に久しく感じていなかった自分のパンを誰かに食べてもらう喜びが芽生えていた。

 

「おおお、美味そうに食べる声が聞こえると思ったらルビーくんが来てるじゃねえか!!」

 

「こいつが最近噂の食ってる姿を見るだけでこっちの食欲を刺激するって言う少年か。確かに聞いてるだけで腹が減って来るぜ!!」

 

 ちょうどその時、パン屋に新しい客たちが入って来る。その先頭にいた男はルビーを見るなり顔を破顔してルビーの隣の席へと足を進めて来た。その後ろから入って来た男もそれに続くようにルビーとその手に持つ焼き立てパンを見て腹を撫でながら店内の空いてる椅子へと座る。

 男が言った少年の噂とは、この近辺の食事処を利用する者の間で噂になっている話だ。聞くだけでこっちも幸せになっちまうほど美味そうに飯を食べる少年がいて、その少年と一緒に食う飯は、いつもと同じ飯なのに思わず笑顔が出るほど美味しく感じるのだと。

 

「んぐっ、これはジョットさん、おはようございます。そちらの方ははじめましてですね、最近この村に仕事を求めて来たルビーと言います」

 

「おお、俺の名前覚えてくれたのか! 昨日ちょっと会っただけなのによく覚えてたな!」

「よろしくなルビーくん、俺はジョットの同僚のコットって言うんだ!」

 

「よろしくお願いしますコットさん。それとジョットさん、俺は人の名前を覚えるのが得意なんですよ」

 

 「そいつは良い特技だ!」と笑う男二人は、そのままダンクに「ルビーくんが食ってるのと同じのくれ!」とこれまた元気に注文する。それに苦笑交じりに応対しながら、ダンクは少し前までとは考えられないほど笑顔が飛び交う自身の店を見て温かい感情が胸に浮かんでいた。

 以前はパンを売っても店内で食べる人間など稀だし、いたとしてもこんなに賑やかに食べることなどまずなかった。皆が皆、教団の課した仕事のノルマを達成するのに必死だったし、今の時間はいないが万一ここを管理する教団関係者に見つかれば、何もやましいことが無くても憂さ晴らしに暴力をもらうことさえあるのだ。

 惰性でパンを売り、生きるために食事をする客たちの様子に変化が遂げたのは、嬉しそうにパンを食べて他の客と談笑するルビーと言う顔の火傷を隠す少年の存在があったからだと、ダンクは追加のパンを持ってきながら思う。

 

「そういや、ルビーくん仕事は見つかったのか? カザーブは体力仕事の職ばっかで、お前さんには大変だろ」

 

「あはは、恥ずかしながらまだ見つかってなくてですね」

 

 店内はちょうどルビーの仕事探しの話に移っていた。ジョットとコットの前に焼き立てのパンが乗った質素な皿を置きながら、ダンクはこれ幸いと少年に打診する。

 

「それならうちで働かないかい。ルビーくんがここでウエイターとして働いてくれれば売り上げアップ間違いなしってもんさ!」

 

「え、ええ!? いや、あの、俺はほら顔に酷い火傷がありますから接客業なんてとても……」

 

「いやいや、それを差し引いてもその綺麗な声と親しみやすい性格があれば十分すぎるさ。しかも人の名前を覚えるのも上手いと来た!! 何だったら店前で俺が作ったパンを食べてくれるだけで最高の集客になるさ!」

 

 言った言葉はダンクにとって全て真実だった。ルビーの持つ長所は顔を出せないと言うマイナスを補って余りある。何よりも、自分とこの店をこれほどまでに明るくしてくれたルビーと、ダンクは純粋に一緒に働きたいと思ったのだ。

 褒められてあたふたとするルビーを他の二人が「良いアイデアだぜ!」と囃し立てる。だがルビーは持っていたパンを皿に戻すとダンクの方を真っすぐと見て申し訳なさそうな声色で話し出す。

 

「色々と俺のことを買ってくれているようでありがとうございます。ありがたい申し出ですが、すいません、お断りします」

 

 そう告げて頭を下げるルビーに、今度はダンクが慌てる番だった。断られた事は残念だったが、まさかここまで真摯に返答を返されるとは思っていなかったのだ。

 

「いやいや、そんな畏まらなくていいよ! こっちもちょっとした誘いのつもりで言っただけなんだから!」

 

「ん、そうですか。はは、すいません。手伝いではなくちゃんとしたお仕事の誘いを受けるのは初めてでどう断ればいいのか分からなかったもので」

 

 顔を上げて恥ずかしそうにフードの上から頭をかくルビーに、変な所で天然なんだなあとダンクも思わず笑みが浮かぶ。周りで見ていたジョットとコットもルビーが断ったのを見て少し残念そうな表情を浮かべ、そしてジョットの方がある種当然の疑問をルビーに投げかけた。

 

「せっかくの仕事の誘いを断るなんて、なんかすでに目星のついてる仕事でもあんのか? それとも接客業に何かダメな理由があったりするのか?」

 

「いえ、まあその、この店が悪いわけではないのですが……あまり、教団の方たちが訪れそうな所で働くのは……」

 

 その言葉にダンクを含む男たち全員が納得した。この村で教団の人間たちを好く者は皆無と言っていい。なぜならこの村で仕事する者はそのほとんどが、ロマリアでの仕事を教団の人間によって潰され泣く泣くここに流れ着いた者ばかりだからだ。そして流れ着いたこの村でも憎い教団の者にこき使われる毎日。それでも逆らえないのは、この村で仕事を失えばもう行きつく先が掃きだめの村ことノアニールしかないためだ。

 ダンク自身も毎日大量のパンをこの村の教団たちに奉納品として無料で送らされ、そしてそのパンが食べもせずにゴミ箱に捨てられているのを何度も見ている。加えて一か月の儲けの半分を教団に募金させられているのだ。ジョットとコットも職種は違うが似たような物なのだろう、あからさまな教団への嫌悪をその顔に浮かべていた。

 

 そう言えば、ルビーがいつも朝早くのこの時間帯にこの店に訪れるのは、この近辺を見廻る教団の人間に会いたくないからだったのではなのかとダンクは考えた。だとするとそこまで徹底して奴らを避けるという事は、その顔に負ったと言う火傷は奴らに負わされた物ではないのか。

 同じ結論に、ジョットとコットのコンビも達したのだろう。その顔に表していた嫌悪の表情を今度は怒りに変えていた。

 

「そうか、お前も教団の連中に……!!」

「クソが!! 教団め、俺たちを毎日面白半分に虐げやがって!」

 

 店外に漏れない程度の声量で教団への不満と怒りを漏らす二人だったが、ダンク自身もそれには大賛成だ。自身の大切なパンを、文字通りドブに捨てる教団の連中の顔を思い出し、無意識に拳を握りしめる。そんなあからさまに雰囲気が変わった店内の様子にルビーが驚いたように声をかける。

 

「お前もという事は、皆さんは教団の連中に何かされたのですか……?」

 

「何かなんてもんじゃねぇ!! 俺の先輩は、ロマリアで働いていた時に教団の奴に殺されたんだ! そして行きついたこの村でも毎日同僚が暇つぶしだと殴られる!」

「俺の兄貴が風邪で倒れた時、奴ら歩く事もままならねえ兄貴を無理やり働かせて……!! それで、兄貴はそのまま死んじまった……!」

 

 二人の口から語られた教団の所業に、ルビーの様子が目に見えて変わるのがダンクに分かった。体が震えている。それが教団の行いに恐怖したのではなく、怒りに震えてのものなのだと。

 

「教団の連中を好いている奴なんて、この村にはいないさ。でもそれでも俺らは、奴らに逆らうことは出来ないんだ。反抗してもすぐに殺されるのが関の山だ。悔しいだろうが、その怒りは便器にでもぶつけて晴らすしかない」

 

 ルビーのその怒りを嬉しく思いながらも、ダンクはこの村で長く生きて来た者としてルビーが軽率な行いをしないように釘を刺す。自分たち人間と教団とそれに所属する魔物たちの間には天と地ほどの力の差があるのだ。ダンクにはこの優しい少年に死んでほしくなどなかったのだ。

 ダンクの言葉を聞いたルビーが一瞬悲し気な表情を浮かべたのが、そのローブの上からでも分かった。どうしてなのか、ダンクには分からなかった。

 

「…………皆さんは、便器として使われる女性たちのことを、どう思いますか……?」

 

 突然話題を変えたルビーの様子に、店の中にいた全員が困惑する。その声色が明らかにいつもの聞くだけでこちらも元気になるような熱が感じられなかったからだ。まるで辛い、聞きたくない様なことをそれでも聞かなくちゃならないような、そんな悲壮さがその声の響きから感じられた。

 

「どう、思うと言われても……便器は便器、じゃないのか?」

 

 ダンクの言葉にビクリとルビーの体が震えた。聞きたくなかった返事を聞いてしまったかのような様子に、ダンクは自分が何か悪い事を言ってしまったのかと、周りを見た。ジョットとコットもルビーの様子に驚きこそすれ、ダンクの言葉を否定するような素振りは一切ない。それが、ルビーをより一層苦しませているのを、ダンクたちは知らない。

 

「彼女、たちも……皆と同じ、人……のはずです。便器じゃない……今こうして俺たちのようにパンを食べて、笑いながら話すことが出来る、人間だ。 彼女たちを、そういう存在として、捉えたことはありませんか?」

 

 声が震えている。平時のルビーからは考えられないほどに、弱弱しい声だった。その口から出た言葉に、ダンクは驚嘆した。考えたこともなかった内容だったからだ。

 女とは昔から、便器か魔物の専属娼婦。それが当たり前で、今まで疑問など抱いたこともなかったのだ。──なぜ抱かなかったのだろう? 

 ルビーの口から指摘されて初めて、今まで便器として、性欲処理兼繁殖用の穴として見ていた存在が、確かに自分たちと同じ存在であることに気づいた。

 

「たし、かに……。今までずっと教団が女たちをそういう風に扱っていたから、そういう存在なのだと思い込んでいたが……。彼女たちも私たちと一緒なのか……?」

 

「──────!!」

 

 その瞬間、目前にいたルビーの雰囲気が暗いそれから驚いたような、そしてすぐに希望を目にした人間のようなそれに変わった。

 

「そう、そうなんだ! 明らかにおかしいんだ、今の世界は……! 教団の作った都合の良い価値観に変えられている、だから…………!!」

 

 ダンクの方に身を乗り出し、興奮するように巻き立てていたルビーの姿に、ダンクは驚き、しかしすぐにそれ以上の驚愕にその表情を凍り付かせた。その姿を見たルビーが何かに気づいたように慌てて離れると、食べかけのパンを掴んでお金をテーブルに置いて早足で店の扉へと駆けて行く。

 

「ご、ごちそうさまでした! 美味しかったです!!」

 

 焦ったように急ぎながら、律儀にそう告げていく辺りがルビーの生真面目さを表していた。店の外に消えていくルビーの後ろ姿を見ながら、その突然の行動の訳が分からなかったジョットとコットが訝し気に首を回していた。

 

「ルビーくん、急にどうしたんだ。なんか大事な用でもあったのか?」

「それも気になるけど、さっきルビーくんが言ってたこと結構興味深いな。俺、便器見る目が変わっちまったよ。後で仕事仲間たちにもこの事聞かせてやろうぜ。なあダンクさんもそう思うだろ? …………ダンクさん?」

 

 コットのこちらを呼ぶ声が、遠い世界のことのようにダンクには感じられた。今のダンクの瞳に二人の姿は欠片も映ってなどいなかった。ただ、ルビーの出て行った扉の先を惚けた顔で眺めていた。

 

 黒い、今まで見たどんな黒よりも美しい色がその目に焼き付いていた。近づいた拍子にフードの下から覗いた夜空のように輝く黒髪、そしてそれを持つ染み一つない白い綺麗な肌を持った秀麗なその顔が。どんな宝石よりも輝いて見えた緋色の瞳が。今まで見たどんな存在よりも美しいとも可愛らしいとも言えるその姿に、ダンクはただ言葉を無くして馬鹿みたいに突っ立っているしかなかった。

 

 

 *****

 

 

 ――見られた見られた見られた、何やっているんだ、俺の馬鹿!! 

 

 怪しまれない速度でダンクの店から遠ざかりながら、ルビーは何度も頭の中で自身の不注意を呪っていた。仲良くなった者たちから当たり前のように語られる便器の二文字に、意味はないと分かっていても漏らした本音にまさかの同意の言葉を得られた興奮が、ルビーに自身のフードの下の顔が見えるほどの距離まで顔を近づけると言う短慮を引き起こしてしまった。

 ノアニールであれほど色んな人から言われて、自身の顔が女神は言い過ぎにしても女らしい顔付きであることは認めざるを得なかったルビー。女性の尊厳が最低も下回るような扱いを受けるこの世界において、女らしい顔が色々とデメリットの方が多い事はノアニールの皆からの助言もあり想像が出来ていた。だから火傷の設定を作って隠して来たと言うのに、一時の感情でその全てを台無しにしてしまった。

 

 間違いなくダンクを通じてジョットとコットの二人に、そしてそこからさらに多くの人間に伝わり、火傷の傷と偽って顔を隠す女顔の人間の存在はすぐにカザーブ中に広まるだろう。そうなれば、もう聞き込みをするのは無理どころか村を歩くのさえ厳しい。

 早歩きで通りを抜けるルビーにこの五日間で知り合った人たちが声をかけて来るのを、全て手を振って「おはようございます」と毎回返事しながら、ルビーは村の入口へと急いでいた。とりあえずは馬小屋に戻り村の様子を外から観察し、噂の伝達がどこまで回るかを確かめなくてはならないと考えてのものだ。

 

「──――!」

 

 その急いでいた足が止まる。村の入り口側から、明らかな強い邪悪なる者の気配が感じられる。事前に確認していた教団の人間の動向ではこの時間帯にはまだ村をうろつかないはずなのに! 

 心中で臍を噛むルビーの中で、使命感が今までの抑圧に悲鳴を上げるように、使命を成せと暴れ始める。ルビーが教団の人間と会わないようにしていた最大の理由がこれだ。自身にとって最早呪いにしか感じられないこの使命感は、自身の思惑を一切考慮することなく心と体を突き動かすのだ。とてもではないが、毎回それを耐え忍んでいたら精神の疲労が半端ではない。

 こちらに近づいてくる気配から逃れるように、急いで道を逸れるルビーの意識を激痛と共に心と体が邪魔をしようとする。

 

 ──邪悪なる者を滅ぼせ

 ここで戦ったら村の者にまで被害が出る!! ――邪悪なる者を滅ぼせ

 

 ルビーの心中の叫びを、知らんとばかりに使命感は叫び続ける。このままでは危険と判断したルビーは、意識を苛む痛みに反して高速でこの村での戦闘方法を算出し続ける脳を使って、マッピングしたこの村の建物の中でこの時間に人がいない所を弾き出す。即座に該当する建物の一つがここからすぐにある事を突き止め、そこに駆け込んだ。

 

 扉を開け放ち、中の暗がりに身を隠して浸食されそうな意識を必死に繋ぎ止める。幸い入り口の方からやって来た強い邪悪な気配はルビーには気づいていない。その気配に、僅かに感じたことのない妙な何かが混じっていることに、意識を保つのに精一杯のルビーは気づかない。

 気配は、ルビーが居る建物を通り過ぎて行くように歩を進め──

 

 突如、邪悪な気配が増えた。

 

「!!?」

 

 全身を冷や汗が流れる。バレたのか!? と焦るルビーだが、現れた新たな邪悪な気配は、強い邪悪な気配に近づいて行くだけでこちらに来るような気配は感じられなかった。そして、介錯を果たしたと見られる二つの気配の声が、扉越しにルビーに届いた。

 

「これはこれは、まさかハーゴット様の雌犬自ら訪れますとは……。歓迎いたしますぞ」

 

 

 

 

「元ムーンブルクの女王、マリア殿」

 

 

 

光の戦士たちを救い出せ

 

 

 

 

「──────っ!!?」

 

 かつてないほどの使命感の濁流が、ルビーの精神を押し流した。体が制御を離れ、建物の扉を開き放とうとする──それよりも早く、ルビーは自身の顎を最後に残った理性で殴りつけた。一切の打撃音を響かせず、だが確実に脳震盪だけを引き起こし意識を失わせる見事な一撃だった。

 

 薄れゆく意識の中、ルビーは確かに聞いた。春風のように優し気で綺麗な、しかしその一切を塗りつぶすかのような淫靡に満ちた声を。

 

「ええ、ムームン様。ハーゴット様の雌犬マリア、偉大なる旦那様の命を受けて、ここカザーブに派遣されて参りました」

 

 

 

 ここにカザーブを取り巻く役者は出そろった。勇者と堕ちたる光の戦士の初の介錯は、互いが知らぬまま果たされた。カザーブにて巻き起こる戦いの時は、近い。

 

 

 

 

 

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