ドラゴンクエストー堕ちた光の戦士と女神の勇者ー 作:ルビス
ルビーが目を覚ました時、太陽はすでに直上に上がり昼の時間を告げていた。痛む顎を抑えながら、ひとまず自分の姿が気絶する前と同じ場所にあり、また何か戦闘をした後がないことから自身の思惑が上手く運んだことに安堵した。
気絶して倒れる事で使命感に従って勝手に動く体と心を無理やり抑制するのは、このカザーブに来て幾度かルビー自身が実験的に行っていたことなのだ。カザーブと言う都会と言う訳でもない村にさえ少なくない数の邪悪な気配を持ったものがいるのだ。この先大都市に行けばそれこそ何十何百と言う数に増えるだろうし、そんな数相手に抑えが効かなくなって街のど真ん中で開戦でもしたらどれだけの犠牲が出るか分からない。
その為の最終手段として考えたのが、気絶することで使命感は収まるのか否かだ。
ノアニールでの戦闘で自身が忘我の状態でも体が勝手に動くことは分かった。ではそれがどの程度意識が薄れた時に起こるのかが問題だった。
事実ルビーはノアニールからカザーブまでの道のりで幾度か野宿を行ったが、眠りについた後に体が勝手に動いて付近の魔物を皆殺しにすると言う事態は一度も起こらなかった。逆に眠る自身を害そうとする魔物が付近にいる時はどんなルビー自身の五感よりも先に使命感がルビーの意識を叩き起こし、同時に勝手に動いていた体が迎撃の姿勢を取っていた。
つまり、意識が眠りの状態についている間は何らかの外敵危機が訪れない限り使命感がルビーの体と心を操ることはないと言う事。訪れても少なくともルビー自身の意識を目覚めさせようとはしてくれると言う事だ。
ならば重要なのが、その状態を故意的に引き起こせるのかどうかだった。使命感に極限まで蝕まれた状態で眠るなど不可能だし、それならば気絶はどうだろうと行きついたのがここカザーブに着いて二日目の事。
その後は検証の為にスピネルが見守る馬小屋の中で一回、教団関係者が通るルートにある人が来ない納屋の中で二回、最後にここカザーブを支配する領主の家と思われる屋敷の裏に捨て置かれた空き樽の中で全身を布で縛った上で一回。
それらの検証を得て、ルビーは気絶による使命感の抑えは可能だと結論付けた。最もこれほど早くその真価が試される非常事態が来るとは想定していなかったが。
邪悪な気配を常に感じた状態での生活がどれほど使命感の暴走を高めるか、それを予測していなかった自分の落ち度だとルビーは自身を戒めた。
身を起こしたルビーは周りを見渡し、ようやく自分がどこの建物に身を潜めたのかを理解した。
教会だ。
左右に均等に並べられた長椅子と、その中央に敷かれた薄汚れたカーペット。四方の壁に設置されたステンドグラスは全て破損し、元の絵柄が何だったのかさえ判別できない。使われなくなって何年も経っているのだろう、よく見ると長椅子の表面にかなりの埃が積もっているのが分かった。
ルビーもこの教会の存在はカザーブの町並みを把握した時に記憶に入れていた。その時は外から薄っすらと眺めただけで特に重要視をしなかったが、こうして中に入って見るとその判断は当たっていたらしい。教会内にはこれと言った道具も装備も見つからなかった。教会に本来置いてあるだろう聖書も掃除用の器具や明かりを点ける為の蝋燭でさえすでに誰かが持って行ったのだろう、一目見てここに自身に必要な物がない事に気づいた。
ただ一点、教会の最奥にある一つの銅像にその目が行った。講壇の後ろに置かれたその銅像はこの教会、いやこの世界の教会全てが信仰する神の存在を形作った物なのだろう。
その神の姿を模した像の姿は──
無様なアヘ顔を晒しながら股をM字に開いた、全裸の美しい女だった。
「なっ、んだ……これは……!」
こんな銅像を、信仰を捧げるべき神の身姿として掲げていると言うのか。その事実を認識した瞬間、ルビーの脳裏にノアニールを出る時のあらくれの言葉が思い起こされた。
『まあいいじゃねえか! そうだな、今の
あの時あらくれが言い淀んだ
不快感を覚えながらも、一応その像に何かこの形の元になった存在に繋がる物はないかと、近づいて見る。だが近づいてすぐルビーは後悔する。像には至る所に卑猥な落書きが書き込まれていた。『変態堕女神』、『肉便器の神様』、『チンポ大好き』と見るだけで吐き気を催すほどだ。
それらをなるべく視界に入れないように像の周りを見やった所でようやくルビーは台座の端に、擦れているが、この像の名前と思える一文を見つけることが出来た。
『始まりの肉便器【ローラ】No15』
卑猥な像の名前らしい最低な文字がそこには刻まれていたが、目的であったこの像のモチーフとなった女性の名前は知ることが出来た。ローラと言うのがこの女性の名前であり、その横に書かれた番号はおそらくこの像の製造番号だろう。15と付けられていることは、こんな像が世界のあちこちで祀られているのかと考え、ルビーの心は重くなった。
だが気になるのは『始まりの肉便器』と言う一文だ。意味をそのまま捉えるなら彼女がこの世界で最初に肉便器になった女性なのだろうが、なぜ祀られているのか、なぜ肉便器になってしまったのかが理解できない。
数分ほど思案を巡らせるがこの謎を解くには情報がなさすぎるとして、頭の片隅に情報を仕舞うと最早ここには用はないとルビーはそそくさと教会の出口に足を進めた。もう一秒たりとてこんな場所には居たくなかった。
邪悪な気配の存在が近くから感じられないのを確かめてから、ゆっくりと気配と音を消して教会から通りの暗がりに移動する。昼過ぎの時間帯になって人通りが多くなっていた。つまりダンクに顔を自身の不注意で見られてからだいぶ経っていると言う事。
もう噂は広まっているのだろうか。あそこのパンはもう食べられないのかな。不安な気持ちになるが、ルビーには村を出る前にどうしても確かめておかなければならないことがあった。
いつでもこの通りから逃げられるように、村の出口までのルートを複数頭の中で用意して意を決すると、出来るだけ目立たないように気配を薄くしながら教会と反対側の通りで店を経営する男に声をかけた。
「すいません、スイさん。少し聞きたいことがあるのですかよろしいですか?」
「うおっ!? なんだ、ルビーくんか!!」
ルビーが声をかけたのは、この村に来た時に話を聞いた店の男の一人であるスイと言う、主に野菜を売る店の店主だ。スイはルビーが気配を薄くしていたために誰もいないと思っていた所から突然話しかけられたような物だったのだろう、驚きの声を上げていた。こちらを見るスイに驚かせてすいませんと言う風に手を胸の前で振りながら、フードに隠れたルビーの目はどんな変化も見逃さないとばかりにスイの表情を観察していた。
ここで彼が俺の顔の中を見ようとしたら即座に踵を返し村から出る。そう思考するルビーの前でスイは──
「いやぁ、寝ぼけてたんかねぇ俺! ルビーくんに気づかないなんて俺もボケが回ったかぁ!! アッハッハッハ!!」
ルビーのことを訝しむ様子はなし。その声色も、表情も、目も、何かを隠しているような物ではなかった。
ふぅ、と心中で安堵のため息をこぼしながらルビーは噂がまだそこまで浸透している様子ではないことにとりあえずの安心を覚えた。最低限の情報は得られそうだと。
「そんな事ありませんよ。俺みたいな影の薄い人間に気づかなかったくらいで大げさですよ」
「いやいや、ルビーくんは今じゃカザーブじゃちょっとした人気者なんだぜ! そんな人気者を見逃したとあっちゃ商売人として失格よ!」
「にんっ……!? ごほんっ、ともかく少しお聞きしたいことがありまして」
人気者と言う発言に若干、いやかなり動揺しながらも本題に入ろうと軌道修正するルビー。心中ローブで火傷を隠した人間なんて珍しいから噂になるのは分かるが人気者って言い方はおかしいだろと、スイの過剰表現に突っ込んでいた。
彼は単純に自分の人柄が人気なのだとは考えてもいなかった。
ルビーの言葉に「なんでも聞いてくれ!」と元気よく返すスイに、それではと前置きをしてルビーはこの村から出る前に聞いておかなければならない事を質問する。
「つい先ほど、ここの前で教団の人と女性が話していたと聞きました。 教団の方と話す事が出来る便器ではない女性がいると知って驚きまして。良ければ彼らが何を話していたか教えてくれませんか?」
それこそルビーが今最も求める情報。自身が気絶した後の救うべき光の戦士と思われる女性と邪悪な気配の者の会話の内容だ。今までもう一人にマリアと言われていた女の気配はカザーブにはなかった。最初にその気配を感じたのが村の入り口だった事といい、彼女は今日カザーブに訪れたと見るべきだ。
なぜ? 感じた気配だけでも彼女が相当の力の持ち主であることが分かる。そんな存在がなぜカザーブに来たのか。その理由に何となく察しがついてしまうが故に、早急にその内容を確定させたかった。
「ああ……。あれかぁ、ありゃびっくりしたわ。まさかロマリアの王の雌犬マリアがここカザーブに来るなんてな。よっぽどの一大事があったみたいだぜ」
その時のことを思い出したのか苦々しい笑みと同時に、少し興奮した声を滲ませるスイ。おそらくそのマリアと言う女性に欲情したのだろうと推察したルビーは、分かっていても知り合いがこういう反応をするのが悲しくて仕方なかった。そんなルビーの様子に気づかず、スイはその時のことを思い返しながら話を続けていく。
「何でもあの雌い、おほん! マリアって女はここカザーブに中継地点として立ち寄ったらしい。そんでついでにムームン様に新しい女を与えに来たらしくてな。あの女の後ろにいたんだが、さすがにロマリアの王のお気に入りと比べたら落ちるがそれでも中々の容姿で、ムームン様が今夜はパーティだと言って村中の教団の奴集めて新しい女と村の……を加えて楽しむらしいぜ」
スイの物言いになにか不自然なところを感じながらも、ルビーはそれ以上に重要な内容に思考を集中させていた。中継地点、という事はここから何処かに向かうと言う事。このカザーブから近い場所に何があるか……それは明白だ。
「どこに……そのマリアと言う女性がどこに行くのかは聞きましたか?」
「ん? ああ、確かノアニールって言ってたな。あんな辺鄙な場所で一体何があったのやら」
「──!!!」
呼吸が止まる。予想はしていた。予想はしていたがそれでも外れていて欲しいと願っていた。ノアニールに住む彼らに、悪意の目が届かない事を。
だが考えてみれば当然で、自分は教団の者と思える人間を二人帰らぬものとしている。時が経てば帰ってこない二人を訝しんで誰かが捜索をノアニールに向けるのは当然だ。だがまさか、あんな強力な邪悪な気配を持ったものが来るなんて!!
ルビーが感じたマリアと言う女性の気配の強さは、どう低く見積もっても自身が倒したようじゅつしの五倍以上。それもようじゅつし五人分と言う意味ではなく、単純なレベルと言うべき存在圧の差が五倍なのだ。それこそようじゅつしなど百人いたってか敵わないほどの力の差をルビーは気配を感じただけで理解していた。
「か、彼女は、いつここを出ると?」
「? うーん、確か明朝だったか。一日だけ休むついでにムームン様のパーティに参加するとか何とか……ってルビーくんどうした!? なんか具合悪そうだぞ!!?」
スイの心配する声を聞きながら、ルビーの頭はいきなり迫って来たタイムリミットに今までの全ての予定を変更せざるを得なくなっていた。
彼女がカザーブを出てノアニールに着くまでの何処かで戦うしかない。だがあちらの移動手段が分からない。もしスピネルで追いつけなければどうする? 今すぐ村を出てノアニールまでの道のりで待ち伏せするか? だがもし補足できなければ? 確実なのは今夜開かれるパーティに襲撃をかけることだが……ダメだ!! それなら今までやって来た村人に被害をもたらさないように情報を集めたのが無駄になる! やはり今日村を出て何処かで待ち伏せするしか……!!
ある程度考えを纏めたルビーはすぐに行動に移すため、心配してこちらに近寄って来るスイを努めて明かる気な、何でもないような声色で押し止めた。
「大丈夫です、実は昼ご飯食べてなくてお腹空いちゃっただけです。それと少し大事な用がありましてこの辺でお暇させてもらいます」
口早にそう言って早足で村の出口に向かおうとしたルビーにスイが慌てたように声をかけた。後ろ目に視線を向けた先で、スイが店先のいくつかの野菜を手に掴んでいるのが見えた。
「腹減ってんならこれ持ってきな! どんな用か知らないが、腹満たされてて悪い事はないからよ!!」
思わず胸が熱くなるのを抑えられなかった。そして自身がここを去るためについた嘘に、こんな親切な対応をしてくれた事に罪悪感がルビーの心を締め付ける。今の自分はそんな優しさを受ける価値はないと、ルビーは目前に差し出された野菜を拒否しようと口を開く。
「い、いえ。もらえません! これはスイさんが自分で汗水たらして作った野菜だと以前言っていたじゃないですか! そんな物を俺がタダで貰う訳にはいきません! お金ならありますから、買わせてください!!」
「いーっての!! ルビーくんにはいつもこっちが元気にさせてもらってるからそのお礼! ルビーくんのおかげで最近俺、野菜育てるのが楽しくてしょうがねぇのさ! 俺の育てた野菜食った奴がみんなルビーくんみたいに笑ってくれるかもと思ったらもう楽しみでしょうがねぇ!」
それは太陽のような笑みだった。快活に笑い、ただ毎日野菜を買ってそれを食べて美味しいですと言うルビーの存在に、力を貰ったと、そう言うスイの表情は本当に楽しそうで。
ああ、とルビーは思った。こんな笑みを浮かべる皆が、俺は好きなんだと。
そんな顔で言われたら、もう受け取るしかなくて──
思わず、目頭が熱くなりそうなのを必死に堪えて──
「それによ、聞いたぜルビーくん。俺たちと、便器、いや女たちも同じ人間なんだってな。そんな考えしたことなかったけどよ、良い考え方だな!!」
「……えっ!?」
どうしてその考えを知ってるんだと言う疑問がルビーの思考を埋める。その考えは今日の朝にダンクさんのパン屋で言った言葉で、その話が広まっているなら自分のフードの下の顔が女性顔であることも伝わっているはずだ。だけど、笑うスイの表情には依然としてルビーのフードの下を伺うような素振りも、気にするような気配も欠片もなく。
そしてルビーの驚きの声を恥ずかしさによるものと捉えたのか、スイがその笑みにルビーを安心させるようなそれを混ぜる。
「ハハハ、気にすんな! この話聞いた皆お前の考えを褒めてたぜ! 俺も賛成だぜ、なんせ女の客も増えれば、俺の野菜を笑顔で食ってくれる奴が増えるってことだからな!!」
そう言ってルビーの背中をバンバンと叩くスイの表情にやはり嘘はない。疑問に支配されるルビーの頭の中の冷静な部分が、先のスイの話を聞いていた時の違和感はこれだったのだとようやく合点がいったとばかりに納得していた。スイが先ほどからずっと便器や雌犬と言った女性を貶す言葉を避けて喋っていたことが違和感の原因だったのだ。
「ど、どこで!? だ、誰から聞いたんですか!?」
背中から走る衝撃も意に返さず、ルビーはスイに質問する。話す人間など分かり切っているはずなのに、ルビーは聞かずにはいられなかった。信じられないと言うよりも、彼らが話を広めたならどうしてもっと重要な方の事実が広まっていないのかが分からなかったから。
「ん~、そりゃ農夫仲間のジョットとコット。それとパン屋のダンクさんからさ。朝飯奢らせるくらいで勘弁してやれよ、あの三人はただルビーくんの言ったことが良い考えだと思ったから広めただけなんだか──」
「他に!!」
ルビーは耐えきれずにスイの言葉を遮るように叫んでいた。それは通りの喧噪に比べれば微々たる物で、スイの耳にしか届かないほどの声量だったのに、ルビーは自分がすごい大声を出したように感じていた。それぐらいに必死で、頭を支配する疑問の答えを知りたかったから。驚いて目を丸くするスイに、ルビーは申し訳なさを感じながら、それでも言葉の続きを口にした。
「他には……何か、言っていませんでしたか……?」
沈黙が流れた気がした。実際にそう感じているのはルビーだけで、時間にして見れば二秒とかからない僅かな時間。それでもルビーにはまるで死刑宣告を待つ罪人のような心持で、その答えを聞きたくないように感じていた。スイが口を開くのがスローモーションのようにゆっくりと感じられる。
恐怖があった。でもその恐怖は、スイの口から語られる内容ではなく、自分に向けられていたものだった。
自分の、他者を信じられなかった愚かさに向けられたものだった。
「そうだな…………。 あぁ、そういや。ダンクさんがルビーくん見かけたら言っといてくれって伝言を皆に残してたわ。ええっと確か──
『ルビーくんはどういう人でも、君は俺のお得意様だ。明日また良いパン用意して待ってるから』
──だったな。なんかダンクさんと昔話でもしたのか?」
その瞬間、ルビーは自分の目からこぼれる雫を止めることが出来なかった。自分を守ってくれた嬉しさとそんな人を自分は欠片も信じる事が出来なかった悔しさと罪悪感が、止めどなく溢れてきて心の箍を押し流していたから。
「ええっ!? ちょ、ルビーくん!? ど、ど、どうしたの、俺なんか酷い事言っちゃったかい!??」
「い゛い゛え……! なに゛も……! 大丈夫゛です……ただ……ただ少し……!! 自分の馬鹿さに……腹立って……!!」
おろおろと自分の周りで野菜を片手に狼狽するスイに対し嗚咽を漏らしながらも言葉を吐いて、ルビーは、自分はこんなに泣き虫な人間だったのかと自嘲する。
皆が笑顔で笑える世界にしたいと言っておきながら、そんな自分が皆の笑顔を最初から信じてないなんてちゃんちゃらおかしい。あれだけノアニールの皆に宣言しときながら、次の村でもうこれとは、本当に自分はダメダメな未熟者だな。
じゃあこれからは信じないとな。裏切られるかもしれないけど、でも信じる方から始めたいな。
顔を上げる、その瞳にはまだ涙の跡が残っている。だがこれ以上の雫をこぼすことはなく、ルビーは小さく深呼吸してから自身の決意を示す第一歩を踏み出した。
「ごめんなさい。さっきのお腹が減っていたと言うのと用事があったと言うのは嘘なんです。それと伝言、ありがとうございました。明日と言わず、今から行ってきます」
その言葉に迷いはなく。告げられたスイは「え? え?」と混乱している。笑顔を信じることから始めたルビーが最初にした事が、嘘の謝罪とダンクの所への訪問なのは、彼の生真面目さらしいところだろう。晴れ渡るような笑みをローブの中で浮かべ、そして次いでスイにだけ見えるように顔を覆うローブを後ろにずらした。
「──────」
スイの疑問に包まれていた表情が固まる。ローブの下から現れた晴れ渡るような笑みを浮かべた黒髪と紅眼の美貌。どんな絵画や彫刻よりもこれに勝る物はないとさえ思える花咲き誇る笑顔が、スイの全ての思考を止めていた。
「それと、また後で詳しく話しますが、今夜は領主の館の周辺には決して近づかないでください。何なら村の外壁付近に避難してください」
それだけ言ってルビーは再びローブを深くかぶり直し、早足で歩を進める。今度は、村の入口じゃなく、美味しいパンを焼く素敵な店主が居る店の方へと。
残されたスイが回復したのは、買い物に来たお得意の客が彼の頭を叩いた時だった。
*****
昼のピークの時間も過ぎ、客足がなくなった店内でダンクは一人昼飯として自身が作ったパンを口にしていた。我ながら上手いパンを作るなぁとダンクは一人感心する。そしてそう感じられるようになった理由である恩人であるお客であり、今日その素顔を知ってしまった人物のことを頭で思い浮かべた。
不思議なお客だとは思っていた。顔に人に見せられないような火傷を負っていると言いながら、そんな重い怪我など感じられないくらい明るく、そしてよく笑顔を見せる客だった。顔を隠しているのに笑顔をよく見せたと言うのは変かもしれないが、実際ダンクもここで彼と出会った全ての人が彼は笑顔を浮かべているのだと、その仕草で、声色で、雰囲気で理解する事が出来た。そしてそれに影響されるように笑顔が伝播し、気づけば彼と出会ってからの日々が楽しくて仕方なかった。味気ない食事が途端に絶品に感じられて、取り留めもない無機質な客とのやり取りが賑やかな歓談に変わったのだ。
彼には感謝してもし足りないし、それは彼と出会い言葉を交わした全ての者の総意だろう。だからこそ、あのフードの下にどんな醜い傷があっても気にする気は欠片もなかったし、それが予想を大きく裏切り、絶世の美貌の顔がその下にあったことを知った今でも変わらない。
唯一気がかりなのが、彼をルビー
「さて、それじゃ午後のパンを用意するとして……ん? お客さんかい、いらっしゃ──!!」
席を立ち、食べ終えた後の皿を片付けようと厨房に戻るダンクの背に、ガチャリと扉の開く音が響いた。お客かと思い振り返って、ここ最近で自然に浮かぶようになった笑顔を扉の前の人影に向けて──────今日二度目のフリーズをすることになった。
「こんにちは、ダンクさん。朝は、急に出て行ってしまって悪かったですね」
先ほど頭で思い浮かべていた件のルビーがそこにはいた。顔を隠すフードを完全に脱いだ状態で。朝に見た、その思わず見惚れてしまうほど整った顔立ちが再びダンクの前に現れて、彼は突然の事に再びその思考を止めたのだ。最も今回は見惚れてと言うより、あんなに自分の容姿を隠していたルビーが一切隠すことなくその顔を露わにして、こんなに早く再び店を訪れた事の驚きのフリーズだが。
そして朝に見たルビーの顔と一つだけ違う所があった。それは表情だ。まるで何か一皮むけたように爽快な笑みを浮かべるその顔は、まるで失くしていた大切な物をやっと見つけて喜ぶ少年のように純粋で眩しくて。
「ダンクさん、あなたとこのカザーブのみんなの笑顔を信じて、一つ打ち明けたいことがあります」
隠しきれない高揚とダンクへの親愛の籠った感情を、その誰もが聞き惚れてしまうような澄んだ鈴のような声に乗せて──――
「今夜、革命を起こします」
――――とんでもない爆弾発言をかました。
ルビーと言う少年は、純粋で生真面目な芯の強い人間であり、同時に