※この作品はR-18です。

ドラゴンクエストー堕ちた光の戦士と女神の勇者ー   作:ルビス

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戦いのとき(前編)

 

 

 カザーブの通りに佇むダンクと言う男が経営するパン屋の店内には今、十数人もの男たちの集団が狭い空間にひしめき合っていた。少人数用の椅子しか用意されていない内装のためか、ある者は少ない椅子に早い者勝ちで座り、ある者はしょうがなくテーブルの上に、それでもあぶれた者たちが店の床へと座っていた。

 職業も年齢も別々である男たちの、唯一の接点であるのが最近この村にやって来た少年と親しい仲だと言う事であり、そしてそれがこの店に集められた理由でもあった。

 

「よし、予想通りどうやら教団の人たちは今日のパーティとやらを優先してもう領主の館に集ったみたいだ。これで、この店に人が集まっていても見つかることはない」

 

 店の扉から透き通った綺麗な声が店内に響き渡る。中にいた男たちが一斉に振り向くと、そこにはローブのフードを目深に被った人影が佇んでいた。そして次瞬、その人影が顔を覆うフードの裾に指をかけると、ぱさっとその布を取り去り、その素顔を露わにする。

 女神のように美しい容姿がそこにはあった。店の明かりを受けて輝く絹のように綺麗な黒髪、炎の火の様に紅く光り輝く瞳、鼻筋は整い、唇は艶やかな桜色をしており、その顔肌は白雪のように染み一つない。

 

 その美貌の持ち主、ルビーと言う少年は一切憚ることなく己の姿を晒しその顔に他者を安心させるような微笑を浮かべて見せた。

 店内にいた男たちがあからさまに反応し、思わずその厳つい顔を赤く染めたり、恥ずかし気に目を逸らしたりする。それでも、これが二度目であるために仰天してひっくり返るような無様を晒す者は一人もいなかった。

 

「それでは皆さん、先に前もって説明した通り、今夜教団の者たちをここカザーブから一掃する計画についてご説明したいと思います」

 

 十数名もの男たちの視線を受けながら堂々と歩みを進めるルビーは、パン屋の壁に立て掛けられている、自身がここ数日で書き起こしたこの村の全体図へと近づいて行く。ルビーの言葉通り、この場にいる者は皆ルビーから今夜実行する計画の協力を求められて集ったのだ。

 過去も性格もバラバラの者たちに共通する思いは一つ、教団憎しだ。だが彼らが真にこの場に集った理由は目の前で今まさに計画について話そうとする美しくも心優しい、自分たちを信じてその素顔を晒した少年のためであった。

 

「その前によルビーくん、俺らで本当に頼りに何のか? 言っちゃ悪いが俺は教団の奴一人も倒せる気はしねぇよ」

 

 店内にいた男たちの一人、ジョットが手を上げて不安そうに言葉を漏らす。それがここに居る者たちの総意でもあったのだろう、他の男たちも頷きながらルビーへと申し訳なさそうな視線を送っている。

 

 彼らは村人だ。魔物と戦ったことなど一度もなく、今までどれほど怒りを胸の内で燃やそうが虐げられる現状に甘んじるしかなかった弱者たちだ。ルビーの力になりたいと言う気持ちは本当で。だが気持ちだけで変えられるほど魔物と人間の力関係は柔くはない。死ぬ気で戦っても魔物の雑兵を数匹倒せるぐらいだろうし、もしこの村を支配する教団の人間が出てくれば一瞬にして消し炭にされるだろう。支配者とは、隷属者全てが力を合わせても勝てないほど強いから支配者足りえるのだ。

 だがそんな彼らの心の内の不安を分かっていると言うように笑みを浮かべたルビーは、自身が考えた案をまるで新しい商品の売り込みをする商人のように店内の男たちに説明する。

 

「安心してください。皆にはそんな危険な事をさせる気は欠片もありません。俺が皆さんに望むのは、これから指定する場所と領主の館近辺からの避難。そして────」

 

 

 

 *****

 

 カザーブ最奥にある最も立地の良い土壌の上にその豪邸は存在する。カザーブの支配の象徴であるこの領主の館は、教団の絶対的な権力を知らしめるように明らかに他の村人たちの家々と比して、その大きさも使われる材質も何から何まで違っていた。

 質の良い石を組み合わせてそれを魔物たちの特殊な接着液で繋げる事で作られたこの館は、それだけで耐震性、耐熱性に優れた強度を誇っている。内装は三階建てと言う、城ではない一つの館としてはこの世界では十分なほどの高さと言ってよく、調度品の数もさすがに本家のロマリアなどの城と比べれば落ちるが十分な質だ。

 

 そんな館の三階の窓際で、マリアは一人妖しい笑みを浮かべながら夜のカザーブを眺めていた。その身に紫色のドレスを身に纏った彼女の姿は、まさしく王族の血を引く人間に相応しい煌びやかさを纏っているが、それ以上にそのドレスの露出の多さに淫魔の如き淫靡さを周りに放っていた。

 肩を露出するベアドレスを身に纏うマリアの胸元はその中心部分が見えてしまいそうにギリギリで、下半身を覆うドレス部分には大きなスリットが入っておりその太股どころか股関節付近までもをあられもなく晒していた。だが一番の異常はそのスリットの切れ目から覗く動物の尻尾。不自然にもり上がっているマリアの臀部から伸びるその尻尾が一体どうやって人間であるマリアに生えているのか、それを知るのは彼女と彼女の飼い主だけだ。

 

「ふふふ、どうですかなマリア嬢。今宵の宴は堪能されていますかな?」

 

 そんな高級娼館の娼婦のような服装を身に纏ったマリアの後ろから、低い声が投げかけられる。後ろを、これまた艶めかしい動作で振り返ったマリアはその声の持ち主に笑みをもって応対する。

 

「ええ、素晴らしい宴ですムームン様。さすがはカザーブを支配するほどの才の持ち主、これからもその力を私の旦那様のために役立て下さい」

 

 定型通りの受け答えを返したマリアの前に立つのは、齢五十は過ぎた様な見た目の、全身を豪華な服で着飾った男の姿だった。カマキリのような顔立ちをした如何にも好色爺と言った身なりと顔立ちをしたこの男こそ、カザーブを支配する教団の人間である。

 顔にニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてマリアの全身を舐めまわすように見るムームンの姿に、しかしマリアは不快感など覚えない。むしろその性的な視線に彼女の何も身に着けていない股座から興奮による蜜が分泌されていた。

 

「それは嬉しいですなぁ。どうです、是非ともその魅力的な体で儂の功績を労わってはくれませんかね?」

 

 そう言いマリアのドレスの上からでも分かるふっくらとした色気のある臀部に手を伸ばしたムームンを、マリアはさらりと自身の手で跳ね除ける。

 

「それは出来ません。この身は髪の毛からつま先まで全ては旦那様、ハーゴット様の所有物。 私の口膣もおっぱいもおマンコもケツ穴も、全てはハーゴット様専用ですので」

 

 そう語るマリアの顔には、ここにはいない主人を想う雌犬としての忠誠と愛情があった。そのあまりに淫猥な表情に、ムームンの雄が激しく刺激されるも、さすがに無理やり組み伏せる事は出来ないと踏んだのか大人しく諦めたようにその手を下げる。その姿に笑みを返すマリアは次いでその下、ムームンの腰元へと艶やかな視線を送った。

 

「そ・れ・に、ムームン様には今まさにその情欲を処理してくれる雌がいるではありませんか♡」

 

「あ゛あ゛ああぁぁぁ!!♡ 深いい゛い゛ぃぃ……こわ、壊れるう゛う゛……!! んぎぃ────!!♡」

 

 そこには、マリアに話(・)し(・)か(・)け(・)る(・)前(・)か(・)ら(・)ずっとムームンの剛直をその膣内に挿入され続けている金髪の女性がいた。明らかに女性のお尻と不釣り合いなほどのデカさと醜さを持ったムームンの肉棒に串刺しにされ、その顔を苦痛と快楽に染めながら泣き叫ぶその声をバックに先ほどからマリアとムームンは談笑していたのだ。

 

「おおっと、そうでしたな。あまりにも儂のちんぽに馴染むもので、すっかりその存在を忘れておりましたわ!」

 

「ん゛ほお゛ぉぉ……!!♡ イク、イキますぅぅぅ!! ムームン様のおチンポ様で20回目の絶頂を決めますぅ……!!!♡ イっっクぅぅぅぅぅ────!!!!♡♡♡」

 

 マリアの目前でムームンのチンポにマンコを占領された女性が無様な宣言と共に白目を向けながらオーガズムを決める。彼女のような教団の幹部に与えられる専用情婦は、雄を満足させるあらゆる精技や言葉遣いを覚えさせられる。今の宣言も、ムームンに何度イったかを逐一報告するように命令され、それを尊守しているのだろう。もちろん、マリアも今の様な事をハーゴットにやれと命じられればたとえ気絶してもその絶頂回数をカウントし続けるだろう。愛する主人のためならそんな事出来て当然だと、マリアは本気で考えている。

 

 そして同時にマリアはムームンの背後、マリアがいる大広間に広がる数多くの魔物と雌たちの交尾に目を向けた。そこには文字通りこのカザーブにいる魔物全てとカザーブに与えられた便器の全てが集まり、この世の全ての淫欲を集めたかのようなサバトが繰り広げられていた。

 

 オークが女の全身を抱きしめながらその規格外の巨根を女性器にぶち込み犯している姿。

 大量のヒババンゴに穴と言う穴を犯されるまだ年端もいかない少女の姿。

 あくまのめだまから伸びる糸に耳を通じて脳を弄られ、全身の感度を何十倍にも上げられながら嬲られる女性。

 

 他にも数多の魔物が思い思いに女の体を貪っていた。それはまさしくこの世の地獄で、そしてマリアにとっては理想郷であった。

 雄が雌を支配する世界。旦那様が私にしてくれたような事を全ての女性が体感出来る世界。なんて素晴らしいのだろう。

 

 その光景に自身の雌が興奮と発情を覚えて、慌ててマリアは気を散らすように館の外の光景へと目を向ける。

 自身はハーゴット様の雌、他の雄と交尾するのはハーゴット様の許可なくやってはいけないことなのだと。マリアが先ほどからずっと窓の外に目を向けていた訳がそれだった。この場の空気に当てられ、思わず衣類を全て脱いで自身の秘部を指で押し広げておねだりしそうになる心を抑えるために、彼女は屋敷の乱交から目を背けていたのだ。

 

 発情に赤く染まる顔を手で押さえ、館の下の景色に目を移し――マリアの今まで昂っていた熱が急速に引いて行き、その顔が無表情のそれへと変わった。

 

 マリアの眼下の景色、そこに何か異物があった訳ではない。何か不審な行動を起こす人間の影があった訳でもない。館から見える通りには人の姿は欠片もなく、夜の静けさが辺りを覆っているだけだ。

 

 

 そう、あまりにも静かすぎるのだ。まるでこの近辺から人が全て消えてしまったように。

 

 

「──────」

 

 マリアの頭脳が、急速に回転する。思考回路が一瞬にして雌のそれから戦闘者のそれへと切り替わる。消えた人の気配、その異常を明晰な頭脳が推理するよりも早く、次なる異常が彼女の視線上に躍り出た。

 暗闇を切り裂くようにマリアのいる場所から数キロほど遠くに突如立ち上ったそれは、赤。ゆらゆらと揺れる赤色は、まるで天に上るようにその身をくゆらせており、それが何であるかを理解した瞬間、マリアは目を見広げ後ろで乱交を繰り広げる魔物たちに叫んだ。

 

「──火事です!! カザーブの一角で、火の気が上がっています!!」

 

「な、なんじゃと……!!」

 

 大広間にいた全ての魔物とそれを統率するムームンの顔色が変わる。火事とは、社会の営みを形成する者ならば人間魔物問わず無条件に恐ろしい物だ。一度燃え広がった火は隣接する建物を燃料として加速度的にその身を巨大化し、一夜にして大国でさえ飲み込み更地とするのだ。特にここカザーブは領主の館以外の建築物のほとんどが木造建築によって成り立っている。その燃え移る速度は油を火が伝うほどに早い。

 

「今すぐ火元に向かえ! 何としても大事になる前に消化するのじゃ……!!」

 

 口早に女の股に逸物を突き込む部下たちに命令するムームンだが、そこに自身の領民たる人間たちへの心配と言う殊勝な心掛けは一さじとしてない。彼の心配する事は、家々が焼け落ち領民が死ぬことで起きる生産力の減少、並びにそれによって起きる自身の教団内での地位の低下だ。管理する村で火事が起きて資源も労働力も無くなりましたと教団内に告げでもすれば、一瞬にして自身が今まで成した功績はおしゃか、それどころか最悪カザーブの領主の地位が取り上げられる恐れもある。それを考え、ムームンは慌てて部下を向かわせようとしたのだ。

 

「いえ、ムームン様。火元からまだ燃え広がった様子がない今なら、この私一人で事足ります」

 

 それを制したのは、誰ならんマリアであった。焦るムームンの肩に手を置き、その名の通り慈愛の女神のような笑みを浮かべたマリアの手にはいつの間にか一振りの杖が握られていた。

 先端部分に丸いオーブが取り付けられ、その上にまるで威嚇するように翼を広げるドラゴンの像が装飾されている。およそ、杖と言うには禍々しすぎるこの杖の名を【いかずちのつえ】。ムーンブルクの王女が持つことを許された世界に遍く最強の杖の一振りである。そこから感じ取れる魔力はマリアの魔力と比しても過不足なく、その杖を握っただけでただでさえ人間離れしていたマリアの格(レベル)が、さらに跳ね上がるのをムームンたちは感じていた。

 だが、それも味方であれば心強いものでしかない。

 

「おお、それではあの火事はマリア嬢に任せ、儂らは宴の続きを──!!」

 

 ムームンの言葉が言い終わるのを待たず、窓から見える赤い揺らめきが……増えた。

 

「なっ!!?」

 

 マリアが驚愕の声を上げるが、それはこの場にいた者たち全ての代弁でもあった。カザーブにて上がっていた炎が燃え移って広がったのではなく、まったく別の場所からもう一つの火事が起きたのだ。

 最初の火事が起きた場所とは真反対の建物から上る火炎に、さしものマリアもその言葉を失った。そしてそんなマリアたちを嘲笑うように、三本目の火炎がまた別の場所から燃え上がったのだ。

 

「──っ!! ムームン様! 先の言葉を撤回します! さすがに三か所の火事の鎮圧となると私一人では炎が燃え移る前に止める事は出来ません。どうかムームン様自身もあなた様の部下と共に消火活動に当たってください!!」

 

 真っ先に忘我から立ち直ったマリアが矢継ぎ早に言葉を告げる。ことこうなっては、マリア一人で対処するよりもこの場にいる全ての魔物の総力を以て鎮火するのが確実だと判断したのだ。

 

「……ぬぅ、分かっておる!! お前たち、ヒャドを使える者は今すぐ東の火元へ迎え!! それ以外は水を用意して儂と共に北の火元じゃ!!」

 

 それに即座に答えたのはムームンだ。彼もこのカザーブを任せられたほどの存在だ、マリアの言葉の意味を理解して部下たちに適切な指示を与える辺り、彼がハーゴットと違い確かな頭脳を持って今の地位に就いたことを示していた。

 

「それでは私は西の火元を!!」

 

 それだけ告げてマリアは急ぎ足で大広間の扉を飛び出し、階段を下りて館の出口へと駆け抜けて行く。数秒遅れて魔物たちが、さらに数十秒ほど遅れて衣服を身に纏ったムームンが館を飛び出していく。

 

 暗闇に包まれたカザーブの通りを走るマリアは、自身の感じた違和感が確かな異常であった事を確信する。

 いないのだ、誰一人として。

 館の周りだけが異様に静かなだけであった可能性が、火事と言う特大の事件を得ても誰一人として通りに現れないどころか物音一つしない事で、マリアはこの状況が明らかに作為的に引き起こされた物である事を感じ取っていた。

 だが、その理由が分からない。村人たちが関わっているのが明白であるのに、その村人たちが村に火を放つ理由が考え付かないのだ。住む家を失って困るのは村人たち自身だし、たとえこれで村が全焼しようと魔物たちは本来野で生活する生物だ。穀物や動物の生産力が低下すると言う経済的なダメージを与えられても、それ以上のモノは与えられないのだ。どう考えてもメリットとデメリットが釣り合っていない。

 

 まさかそれも分からないほど追い詰められていたのか? とマリアが思案した時、ようやく目指していた火元となる西の建物へとたどり着いた。そして同時に、なぜ村人たちが村に火を放つ事を良しとしたかも理解したのだ。

 

「隣接した建物が一つもない!? 完全な孤立した建物を燃やしたと言うわけですか!!」

 

 そこはカザーブの中で数少ない古家の一つであり、同時にもう誰も使用していないため半ば忘れられていた建物でもあった。かつてここに住んでいた者が病気で死んでから、流行り病と思った村人たちが恐れてその周りに家を建てる事を恐れた結果出来上がった、村の中にあって完全な空白地帯となった場所なのだ。本来なら領主が率先してその風聞を取り除き、限られた村の敷地を有効利用するためにそのような空白地帯など即座に無くすべきなのだが、ここを支配するムームンに村の発展や区内の整備など欠片も興味がなかったためにこうして今も取り残されていた。

 その結果、燃やしても他に火の粉が飛び移り様のない恰好の薪が出来てしまったのはムームンとマリアにとって不幸であった。

 

「くっ! やはりこれは何者かが手を引いて起こした作為的なもの! ならば──!!」

 

 これが自分たちをここにおびき寄せるための撒き餌であるのは確実で、それならば最早消化に時間をかけている余裕は一ミリもないと、マリアはその手に持つドラゴンのオブジェが載せられた杖に魔力を込める。

 空気が振動するほどの勢いを伴い、杖に莫大な魔力が込められていく。杖の先端に輝くオーブに収束し、無色だった魔力の色が次第にその色彩を変えて行く。

 その色は、緑──―

 

「その炎ごと消し飛ばすまで──【バギ】──!!」

 

 ゴオッと杖の先端から放たれた不可視の魔力の刃が、地面を切り裂きながら今も燃え盛る古家に解き放たれる。暴風のように渦巻く殺意の刃は、その破壊力に反して、鋭い槍の一突きのように目標へ向けて突き進む。

 そして、轟音。古家に直撃した流れる空気の奔流は、対象に到達すると同時にその暴力的な破壊の力を一気に解放。指向性を持って抑えられていた風の刃が一瞬にして広範囲に炸裂、燃え盛っていた炎をその出火の元となっていた根元ごと、粉々に粉砕した。

 

 これこそが、勇者の血を引くムーンブルクの王女の操る魔法、その代表的な攻撃呪文である【バギ】の力。だがそれでも普通の魔法使いや魔物に同じバギを使ってこれほどの破壊を生み出せと言っても不可能だ。彼らの操るバギでは精々が小さな部屋一つを散らかすぐらいしか出来まい。

 ただのバギをこれほどまでの威力に変える大魔法とすることが出来るのは、全てマリアと言う人間の持つ天与の才と莫大な魔力があればこそ。

 

 無感動に原型も留めぬほどに吹き飛んだかつて古家があったと思われる場所を見やり、そこにもう火の気がない事を確認したマリアは即座に踵を返し、他の火元へとその足を駆け出した。

 そして程なく、北の火元を消しにかかっていたムームンたちの姿を確認、直ちにムームン含む魔物たちに被害が及ばないように調整した新たなバギを生み出し、それを炎上する建物に掃射。先の再現のようにその風の刃は火炎を建物ごと消し炭にした。

 

「ムームン様! これは罠です、直ちにあなた様の館にお戻りになってください!」

 

 突然の暴威に目を点にしていたムームンたちは、現れたマリアの言葉を上手く咀嚼出来ず立ち尽くしていた。そんなムームンたちの様子を歯がゆく思ったマリアは、即座に自身のバギを今度はそよ風程度の威力に調整、それを気付けとしてムームンたちに放ち強引にその目を覚まさせる。事は一刻を争うと、マリアの明晰な頭脳は叩き出していた。

 

「失礼、ムームン様。ですが、今回の一件は明らかに何者かが裏で糸を引いています。早急に対処しなければなりません。これらの火事は間違いなく私たちをおびき寄せる為の釣り糸です。急ぎ館に戻り、消火に向かった魔物たちを全て呼び戻すべきかと」

 

「なっ……何を!? この儂が愚かな人間どもに手玉に取られたと言うのか!? ふざけるな! このまま村人共を皆殺しにしてくれるわ!!」

 

 怒りで前が見えていないムームンの様子に、マリアはこれだから地方の教団幹部は! と心中で自身の主であるハーゴットと比べて侮蔑する。そのハーゴットがここに居れば最初の火事の対処さえ出来ないムームン以下の無能である事は、ハーゴットの忠実な雌犬と化したマリアには考えもつかない事だ。

 

「落ち着いてください、ムームン様。皆殺しはともかく、少なくともこの周辺に人の気配は感じ取れません。私が来た西側も同様です。となれば東側もまず人はいないと見ていいでしょう」

 

 そんなムームンを落ち着かせるように、マリアは冷静に今の不自然な現状を説明する。村人が居ない、と言うマリアの言葉にようやくムームンも異常を察知したのだろう、周りを見渡すムームンの表情は明らかな困惑が含まれていた。

 

「そして、村の三方向に人が居ないと言うのなら、必然彼らが居るのは南。ムームン様たちは南に向かう傍ら、その途上にある館にお戻りになって魔物たちを集めてから人間狩りを行えばいいかと」

 

 そこに畳みかけるようにマリアはムームンの思考を誘導する。驚愕が怒りを上回り思考に空白が出来た時、生物はその間隙に入り込むように掛けられた言葉を無条件に受け入れてしまう。それが本人の目的に形だけとは言え沿ったものならなおさらだ。

 マリアは魔物を集めての人間狩りのためにと言ったが、事実はムームンたちを一時安全で守りやすい場所に一か所に纏めておくのが目的だった。下手人の目的が不明な今、戦力を集結させるのが最重要。こんな無能でもマリアが居る間に死んだとなればマリアの責任であり、翻ってその飼い主であるハーゴットの責となる。

 もしくは、それを狙って他の教団幹部の者が仕掛けて来たのではないかと、マリアは睨んでいた。

 

「そ、そうだな! お前たち、今すぐ館に戻るぞ! 東の火事場に向かった連中にも火を消し次第すぐに館に戻るよう伝えろ! 人間どもめ……! じわじわと追い詰めて炙り殺してくれるわ……!!」

 

「その意気です、ムームン様。それでは私も館まで同行します。今回の事を企てた者の炙り出しはそこに着いてからいたしましょう」

 

 マリアは自身の思惑通りの思考に行きついたらしいムームンに笑いかけると、倒壊どころか粉砕としか言いようがないほどに瓦礫と塵だけになった火元を後にする。

 それに続くようにムームンと彼の手下の魔物たちが追随し、その追随する魔物の内数名が東の火事場に向かった魔物を呼び戻すために中途で分かれて行くのを後目に、マリアの思考は今も高速で働いていた。

 

 脳内ではすでに今回の一件を首謀した可能性のある勢力をリストアップし、今ある情報からどの勢力が可能性として有力かを推察する。恐るべきはそれだけ頭の大部分を使って思考しながらも決して自身とムームンたちへの不意討ちの警戒を怠っては居ないという事だ。これほどの才女の不意を打てたハーゴットは本当にどれだけの天運を魔の神に捧げたのだろう。

 

 ──最も可能性が高いのはやはりジパングでしょうか。あそこの支配者は平団員から幹部に上り詰めた偉大な旦那様の事を敵視していました。前々からポルトガに向かう船に嫌がらせを行っていましたし、今回の事もその一環でしょうか? ですがそれにしては、嫌がらせの意図が見えなさすぎる

 

 ──サマンオサとアリアハンは……どうとも言えないですね。どちらの支配者も旦那様を良く思ってはいませんが直接的な害は今まで行ってこなかったはず。そしてこちらに敵対するつもりで攻撃したにしては、あまりにも粗雑でカザーブを狙う意図もない。あそこの支配者たちならまず真っ先にポルトガを落としに来るはず

 

 ──エジンベアとその属国の可能性は限りなく低い。あそこは貿易力だけは確かだけど戦闘に関するイロハが欠片もない。あそこの支配者は完全に商業専門に従事していて、争いで金を儲けても争い事態に首は突っ込まない

 

 マリアが自身の主が統べる地域以外の四つの国のどれかが今回の一件の裏にいると思いながら、しかしその決定的な確証を得られないまま目的のムームンの館へとたどり着いた。

 相変わらず一切の人の気配が感じられない館周辺を注意深く見ながら、マリアはムームンへと合図し館の正面玄関に続く扉を開いた。そこは出た時と変わらず無駄に豪華なシャンデリアやインテリアが散りばめられた空間が広がっており、その貴族のような邸宅に相応しく帰還したマリアたちを出迎えるようにホールの二階に続く階段前で屋敷の者が佇んで──────待て。

 

 先ほどの火事に対処するためにこのムームンの館にいた者たちは娼婦である女たちを除き全て外に出払ったはずだ。そして鎮火をしてすぐに帰って来たマリアたちより早くこの館に帰って来られる者などいるはずがない。女たちの誰かが出向いた? ありえない、あの場にいた女たちは皆足どころか指一つ動かせないほどの激しい輪姦を受けたのだ。なのになぜ、まるでマリアたちを待っていたかのようにその白いローブで顔を隠した人物はここに居るのだ。

 

「お早いお帰りですね。ちょうど、全員避難させ終わったところですよ」

 

 その謎の人物が口を開いた。マリアたちのいる所からは口元さえ見えないような距離にも関わらず、容易に聞き取れるほどの綺麗な透き通る声が響く。だが、こちらの帰りを出迎えるような口調には、その言葉に反し一切の労いや患いの感情がそこには含まれていなかった。無機質で機械的な、感情が理解できない人形が喋ったような響きを持った声音だった。

 

 

 *****

 

「皆さんには村の人たちを夜の七つ時から八つ時の間村の南に誘導し、その後俺が指定したこの三つの建物に、それぞれ合図があり次第火を放ってください」

 

「はああ!? 火を放つぅ!? おいおい、さすがにそれはルビーくんの頼みと言えど無理だぜ! 村が燃えちまう!」

 

「大丈夫です、ここ数日で立地、建物の強度、周辺の燃焼物の有無はすでに調べて、ここに上げた建物は全て周辺に火が燃え移らない恰好の孤立地帯なんです。そして気候も今日は味方しています。無風で湿気の多い今日は計画を実行する絶好のタイミングです」

 

「う、そうなのか。で、でもよぉ、火を放ったところでどうするんだ? あいつらをおびき寄せて何か意味があるのか?」

 

「それが、今日が絶好のタイミングであるもう一つの理由なんです。俺にとって重要なのは皆さんの安全確保。それには便器と呼ばれる女の人たちの安全も含まれます。そして普段はそれぞれ別の場所で暴行を受けている彼女たちが今日は領主の館に集められている。魔物たちが火事に対処しようと館から離れたタイミングで、俺が館内の女性を全員救出して来ます」

 

「ええっと、つまり火事は女性たちを助けるための陽動って事か?」

 

「そうなります。三か所を同時に燃やすのもなるべく館内の魔物を全て外に出したいからです。向こうはまさか女性を救出しようとする人間がいるとは思っていないようなので、人質にされる危険性は少ないですが、何事も念を入れておいて損はないので」

 

「なぁ、その計画を聞いているとよ、全部俺たちと女たちを安全圏に避難させるのが目的で、魔物共を倒す案が見当たらないんだが……」

 

「魔物は火事を対処し終わった者たちが順に館周辺に帰ってくる度に撃破します。もし向こうに勘の良い知将が居た場合の時も考えています、安心してください」

 

「…………なぁ、一つ聞いていいか。もし俺らの協力が得られなくて村人の避難が出来ない場合はどうするつもりだったんだ?」

 

「その時はこの三つの内一つの建物の周りに皆さんが集まるように誘導してから俺自身が火付け役となって燃やし、皆さんを火事の対処に集中させている間に館に電撃戦を仕掛けるつもりでした。もちろん女性たちが館にいない、居ても一人か二人である事が前提なので、なかなかタイミングが難しい作戦でした」

 

「どっちにしろ建物は燃やすのか……ルビーくんって以外と過激派なのでは?」

「むしろそのギャップが良い」

「あんな綺麗な顔して俺らを助けるためなら手荒な事も辞さない。やばい、男だと分かっててもガチ恋しそう」

 

「……? 皆さんコソコソ話していますが人の話聞いていますか?」

 

 

 

 *****

 

 

「──!!?」

 

 不意に現れた影、ルビーに真っ先に反応したのはマリアだ。即座に持っていたさばきの杖に魔力を装填、どんな魔法にでも変えられる無色の力が先端のオーブの中で渦巻いていた。何色にも即座に変えられる状態で魔力を一時固定するなど、並みの魔法使いどころか数多の魔法にかなでた魔物でさえ不可能な御業だ。それをマリアは息を吸う様に行使した。この状態ならば一秒とかからずどんな簡易的な魔法をも放つことが可能、そんな臨戦態勢を整えた杖をマリアは目前のルビーへと向けた。ここまでにルビーが声をかけてから一秒しか経っていない、まさしく刹那の対応であった。

 

「……何者です? ここがカザーブを治めるムームン様の館と知って入って来たのですか? コソ泥さん」

 

「ああ、もちろんだ。ずいぶんと目に余る悪行を働いていたからね。つい、足先が伸びてしまった」

 

「伸ばしたのは足先だけではないでしょう。カザーブに火を放ったのはあなたですね? 不法侵入だけじゃなく放火までするなんて、コソ泥にしてはずいぶんとおいたが過ぎたようで。ただの死刑ではすみませんよ」

 

「悪いがおいたどころで済ますつもりはない。そして死刑になる気もまた、ない。俺は今日ここに革命の足掛かりを掴みに来た」

 

 隙が無いとルビーとマリア両名がお互いを見て判断した。ルビーの意識はマリアの杖から片時も離れず、またマリアの意識はルビーの背中に背負われた大きな斧に目もくれず、ルビーの一挙手一投足を観察していた。軽い会話の中で一切相手の意識が散漫になる瞬間がない事を認識、次なる手に打って出たのはマリアからであった。

 

「……それはそれは。一体どこの国の手の者です? アリアハン? サマンオサかジパングですか? それとも辺境のエジンベアでしょうか?」

 

 質問を直球な物へと変える。はぐらかすにしろ嘘をつくにしろ、何らかのアクションを期待してのものだった。マリアにとっては相手が間違いなくそのどれかに該当する人間だと当たりを付けていたが故の言葉に、しかしルビーは全く見当違いの推測に別の意味で困惑する事になった。

 

 ルビーにとってマリアの口にした四つの国の名は聞いたことがない物。この村から聞いた国名はロマリアと言う名だけであり、突如出て来た新しい単語にローブの下の目を僅かに細める。それをマリアは図星を当てられての動揺と受け取った。

 

「ふふ、どうやら驚いている様子。革命なんて言葉で煙に巻くおつもりだったのでしょうが、あなたが私の旦那様の失脚を狙って他の国から送られた刺客である事は分かっていますよ」

 

 ──えっ、さっぱり分からない

 

 ルビーは心の中で突っ込んだ。何やら大きな勘違いが生じているようだと気づいても、前提となる情報がなさすぎて何を勘違いしているのかの推測も立てようがない。ルビーは自信満々で語るマリアの顔を温かい目で見つめるしかなかった。

 

 最も、これは別にマリアがへっぽこだと言う訳ではなく、ルビーと同じように前提となる情報がなさすぎた故に起きた事である。彼女からして見れば今の教団天下の世界で、内輪揉め以外で教団に攻撃する人物など予想の埒外だ。魔物と人間の圧倒的な実力差が明確なこの世界において人の反逆など起こり得るはずがないのだ。だからこそ今回の一件も別勢力の魔物に従わされた村人たちと言う前提でマリアは思考していた。

 そんなこの世界の常識に染まり切ったマリアに、ルビーの行動の意味、村人や女性たちを救うためにマリアたちを誘導したと言う可能性に行きつくのは不可能である。

 

「どうでもいいわぁ!!! このクソが儂の村に火を放ちおったんじゃなぁ!! 殺す! その両手両足引き裂いてくれるわ!!」

 

 マリアの隣で訳も分からず今の今まで固まっていたムームンが、ようやく状況を理解して怒声を上げた。その年老いた顔を真っ赤に染めたムームンの体から黒い靄のような物がわき出、それが彼の体を包み込む。

 次の瞬間、靄の中から出て来たのは先ほどのやせ細った老人の姿ではなく、蝙蝠のような魔物が描かれた白いカソックの上に赤いマントを羽織る、仮面を付けた魔物がそこにはいた。だがその見た目よりも目を引くのがその両手に持たれた、巨大なメイスのような形状の武器だ。所有者の身長と同じほどの大きさを持つ鉄塊、世にモーニングスターと呼ばれるその重量武器を軽々と片手にそれぞれ持ち上げているムームンの姿に、あの力のなさそうな外見の面影は欠片もない。

 彼こそ、運に恵まれたハーゴットと違い、実力で教団からカザーブの支配者に選ばれるほどの手練れ、【じごくのつかい】であった。

 

 ズドンッと館の高級なカーペットに叩きつけられたモーニングスターが地面を震わす。ムームンの目前の地面はモーニングスターの形に陥没、その破壊力をありありと示していた。

 それを見て取ったマリアもまたこれ以上の会話を続けるのはムームンの苛立ちを募らせるだけと悟ったのか、その口元に嗜虐的な笑みを浮かべてルビーを見た。

 

「どうやら、お話の時間は終わりのようですね。続きは、あなたの手足をもいだ後にするとしましょう」

 

 マリアの言葉と同時に、ムームンの背後にいた魔物たちが悪魔のような残虐な笑みを見せる。ムームンはすでに手に持つモーニングスターを床から引き抜き、何かきっかけでもあればすぐに飛び掛かって来そうだ。そしてマリアもまたその杖に溜まる魔力の収束を解き放たんと構えていた。

 

 それを見て、ルビーは。ただゆっくりと自身の顔を隠すフード部分に手をかけた。その動きにマリアを含む魔物たち全員の筋肉が引き締まるのをルビーは感じた。そしてその筋肉の張りを彼らが解き放とうとした瞬間──―パサリとそのフードの下の素顔を外界に晒した。

 

「──────」

 

 時間が止まった。音波を伝える空気が止まったのではないかと思うほどに、館内を一瞬の静寂が覆った。魔物たちの誰もが、露わになったルビーの顔に目を丸くして驚いていた。先ほどまで激情に支配されていたムームンも、彼女に似つかわしくないような悪魔の笑みを浮かべていたマリアも、刹那の間その思考を奪われた。

 予想だにしない女神のような美少女の顔がそこにはあった。その驚愕と思わず感じた光悦とした感情に、彼らの動きは止まり世界に完全な無音の世界をもたらしたのだ。

 

 ドンッ

 

 世界に再び音が響いた時、すでにルビーは拳の射程範囲にマリアを捉えていた。背に斧を背負っていると言うのにそれを感じさせないほどの急速な移動に、惚けていた者たちが認識する暇はない。

 自身の素顔を晒すことで、謎の状態であった自身の顔と言う新しい情報に相手の意識が一瞬向く、その間隙を突こうとしたルビーの策は完璧な形で達成された。ルビーにとっては些か異常に効きすぎているように感じたが、彼は未だ自身の顔が女顔である事は認めても男女問わず見惚れてしまうほど整った物である事に気づいていない。

 

 マリアとの距離五十㎝ほどの地点で左足を踏み込み、空中で捻っていた右半身のばねを戻すようにして右腕を振り抜く。マリアの顎を狙って放たれた右手の形は、拳ではなく平手。ルビーは掌底による顎打ちでマリアの意識を刈り取るつもりだった。

 マリアが自身を蝕む使命、その目的の一つである光の戦士である事はすでに顔を合わせた瞬間に全身の神経に走った未知の感覚で確信していた。故に彼女だけは殺さずに気絶させる方法を選んだ。いや、厳密には殺すと言う選択肢が頭に候補としてさえ浮かび上がりもしなかったのだ。それが使命感による意識の操作である事は気づいていたが、ルビーとしても目前のマリアと言う少女がなぜ人を理不尽に虐げる側にいるのか分からなかったため、殺さないと言う強制力に特に抵抗するつもりはなかった。

 

 最良のタイミング、最高の動きを以て放たれたルビーの一撃はまるで吸い込まれるようにマリアの下あごに叩きこ────

 

「──!?」

 

 刹那にも満たない瞬間に、ルビーはマリアの右腕が動きその手に持つ杖を掌底とマリア自身の顔の間を遮るように配置したのを目に留めた。

 それは、マリアが意識して行った動作ではない。ただ数多くの修羅場を経験したマリアの体が咄嗟に自身の急所をカバーしようと反射で手を動かしただけなのだ。もしルビーが胴体や足先を狙っていれば一切の防御も許さず、容易くその一撃をクリーンヒットさせる事が出来ただろう。これはマリアの戦士として磨かれた経験が、ルビーにとっては不幸なことに、ハーゴットの雌犬マリアにとっては幸運なことに、上手く嚙み合った事で出来た偶然の賜物であった。

 

 ──ならば、吹き飛ばす

 

 だが、その程度で完全に防御されることを許すほどルビーは甘くはない。もう顎打ちで気絶させる事は射線上の杖が邪魔し、そしてすでに振り抜いた右腕では杖を避けるように軌道修正させるのは不可能。

 だからルビーは逆に思いっきり威力を上げた。

 

「──────っ、な、きゃあ!!?」

 

 杖と掌底のぶつかり合う音がホールに響くよりも早く、マリアの華奢で小柄な体が大きく後ろに吹っ飛んだ。地面に平行に滑るように宙を舞ったマリアの体はそのまま彼女が入って来た館の入り口の扉を粉砕、その身を外にまで投げ出していた。

 

 ルビーはあの一コンマにも満たない時間で、気絶するに留めるためにマリアの顎を打った瞬間に止めようとしていた腕の力を、相手を押し飛ばすための力に調整、杖を起点に弾き飛ばしたのだ。それは中国武術における八勁に近しい技だと見る者が見れば気づいただろう。俊足の速度を上乗せられた上で放たれた押し飛ばす一撃に、忘我の状態での反射的な防御をしただけのマリアが耐えきれるはずもなく、彼女はサッカーボールのように軽々吹き飛んだという事だ。

 

 そして、それでルビーの【たたかう】は終わったわけではない。マリアが居た位置に踏み込んだと言う事は、魔物たちの目前に飛び込んだと言う事だ。

 振り抜いた右腕を戻すと同時に、左手で斧と背中を結び付けていた紐を解く。

 そして──────斬撃

 

「────えっ?」

 

 言葉を発したのはどの魔物だったか。彼らが少年の素顔の美しさと唐突にマリアが吹き飛んだ事実を頭の中で理解して立ち直るよりも早く、ルビーの斧による攻撃が呆ける魔物たちの胴体を次々と斧で叩き割った。

 斧は斬撃よりもどちらかと言うとその重量で以て叩き切る、潰し割ると言った事に特化している。ルビーはそれを最大限発揮し、てつのおのが自身の腕力で自壊しない範囲の力加減で魔物たちの急所にその刃を叩きつけていた。

 

「──なっ、なにぃ!!? 貴様、いつの間に!」

 

 ルビーの斧が八体目の魔物の胴に叩き込まれたあたりで、ようやく事の惨劇を認識したムームンが反応した。そしてその瞬間には、ルビーは先ほど斧を叩きこんだ魔物の体を踏み台に大きく跳躍。その身を館二階の吹き抜けの廊下へと着地させた。

 

 振り返ったルビーの姿は、下にいたムームンたちからはその美しい容姿と吹き抜け廊下の豪華な装飾品が合わさり、まるで舞台役者のように輝いて見えた。先ほどまで巨大な斧を軽々振っていたとは思えないほどすらりとした手を胸に当てたルビーは────

 

「そう言えば、最初の『何ものだ』と言う質問に答えていなかった。ルビーだ。刹那の付き合いとなるが、どうかよろしく頼む」

 

 そんな、それこそ役者の舞台挨拶のような自己紹介をムームンたちに浴びせたのだった。

 

 

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