それについて乏しめたり、あるいは蔑むのような意図はありません。
R18要素はないです。
コンコンコンと控えめなノックに「どうぞ」と返事があり、大岡紅葉は中へと入る。
「これは…お嬢様」
「楽にしとき、伊織」
部屋に入れば、そこは病室でベッドの上に紅葉の従者である伊織無我が横になっていた。
主人が入ってきたことに姿勢を正そうとするも、紅葉に止められて体を起こすのを止めた。
「まだ、よくならんのですね」
「ええ…申し訳ありません」
「謝ることはないわ。伊織のせいではないですもの」
なぜ紅葉が入った病室に伊織が寝ているのかは、当たり前のはなしだが入院している彼を見舞いに来たからだ。
紅葉の性格なら自分が一番信頼している従者の入院に見舞いは週一ぐらいのペース出来そうだが、彼女がここに来るのは約一カ月ぶり。
だが、それむしろ伊織からしてみれば多い方だった。
「毎月お見舞いに来られなくてもよろしいのに…」
「あら、散々心配だの無理だの言ったのは誰やったかしら?」
「そこまでは…ただ、一人で行かずとも、と…」
「そうやって伊織がウチを子ども扱いするんやから、こうして安心させに来てるんやろ」
心配性だという伊織を少しでも安心させるためだと言えば、それに関しては何も言えなくなる。
もしこれが
「海外交流に、ウチの紅葉を…?」
大岡家の邸宅。一般人には豪邸とも言えるその応接室に並ぶは家主の大岡家当主とその娘の紅葉。
相対するはその豪華さに萎縮するどころかむしろ慣れたようなようするの人物。
「ええ、そうですね」
大岡コンツェルンよりも莫大な資金力と影響力を持つ世界屈指の鈴木財閥の会長婦人である鈴木朋子だった。
本来なら客人であるはずの朋子が、まるでこの家の主人のように絵になる姿で切り出したのはとあるプロジェクトの話だった。
曰く、今の日本に必要なのはグローバル社会。海外文化の取り入れにより日本の多様性を刺激してさらなる発展を目指すというもの。
それを先導するというのが今の鈴木財閥の方針でもありその急先鋒として飛び回っているのが朋子であった。
現にすでにいくつもの政府主導の海外文化の取り入れによる新たな観光地や施設の誘致には多大な地域活性や経済効果をもたらし、朋子の手腕もさながらその方針の成功を見せつけたと断言しても過言ではなかった。
「ですが受け入れることだけでは日本独自の文化や風習が失われる結果となる。そのためには日本独自の文化を発信する必要もあります」
「そのために、うちの紅葉を…?」
確かに受け入れるだけではそれまであった日本の独自性が失われるという危険性もある。
海外文化と日本文化。その両方を維持するには逆に日本という存在を海外に発信する必要があった。
「百人一首はまさに日本の文化そのもの。そのためにおたくのお嬢様に協力をしていただきたいのですよ」
「あの、なぜ紅葉を?競技カルタの発信、というのなら未成年の紅葉よりも適任がいるのでは?」
「文化を世界に広める足がかかりとしてまず東都で外国人学校や海外からの語学留学の生徒を集めて競技カルタを含めた様々な日本文学についてのレクチャーから始めようと思います。彼らはいずれは帰国後に地元での日本語教師として日本語の勉強をしており、その中で日本文化を広めてもらうために勉強中の身ですの。ともすれば、年齢が近い方の方が緊張を持たずに勉強ができると判断しました」
確かに年上の大人より近いほうが親しみが湧くというのも理解できた。
それに競技カルタの最大勢力ともされる皐月会から見ても年々規模が縮小していく競技カルタの発展という点から見ても今回の話は渡りに船だ。
もし海外で競技カルタがブームなんかになった際に日本で話題ともなれば興味が出る子供も増えるだろう。
それに大岡コンツェルンとしては鈴木財閥からの申し出ということには別の旨味も存在している。
「お返事は今すぐでなくても構いませんわ。皐月会の方ともよく話して考えてみてください」
そう言い、朋子は大岡家の屋敷から帰っていった。
「…紅葉」
「かまへんよ」
何かを言い出す前に、紅葉がそう切り出した。
いや、そのカルタさながらの反応スピードもそうだが父としては別のことを言おうとしていたためか面食らったようにキョトンとしていた。
「どしたん?」
「あ、いや…別にお前がしたいようにすればいいと思ったんやけどな…競技カルタに熱心なのも十分わかっとるし、それを別の人に任せるように断るのも…」
「あんなぁ、ウチも大岡の人間なんやで。家のためにちょっとでもプラスになることなら受けるのは本望や」
そう、鈴木財閥からの申し出ということは、それだけで少なからず大岡コンツェルンとのパイプとなる。
おまけにその相手はあの鈴木朋子。財閥では会長で夫の史郎と同格の存在だ。
今後のコンツェルンの発展のために後ろ盾を得ることができると考えたら今回の鈴木財閥側からの申し出はある意味では一つ貸しともいえる。
「ええんか…?東都の外国人学校なら転校することになる。友達とも離れるんやで」
「ウチは子供ちゃいます。別に海外やないから休みにでも会いに帰れますし…寂しかったら東都で友達作ればいいだけや」
ポジティブシンキングな紅葉の周りには昔から友人も多い。
大岡コンツェルンという肩書に忌避されることもあるが持ち前の明るさとリーダーシップで慕う友人も数知れない。
こういうところが将来、コンツェルンを引き継ぐ人間に必要なのだろうとしみじみと娘の成長を感じていた。
「それに…ちょっとだけ、『上京』ってのも楽しそうかなって。伊織もおるけど一人暮らしするのもなんか新鮮やし」
「…ふふっ」
いや、娘はまだ子供だなと思った。
それから、先方への返事に紅葉が関わるプロジェクトの詳細の確認。
上京するための転校の手続きに転居の家――については鈴木財閥からの紹介がありそれはお任せすることにして準備を進め、忙しい日々を過ごした。
「こほっ、こほっ」
そんな時だった、伊織が体調を崩したのは。
残り少ない京都泉心高校の学校生活の送り迎えのためにいつものように車を出す伊織が咳をしている。
心なしか、身体もふらついているようだった。
「やだ、風邪やの?」
「いえ、問題は…」
「あかん。ちょっとした病気でも悪くなれば大変なことになるわ。今日はええから、病院に行き」
執事の仕事をこなそうとするも、主人である紅葉に止められてしまった。
それに、今まで風邪をひくことはあれど何か違う感じがしている伊織はその命に従うごとにした。
大岡家の他の人間に送迎をお願いし、病院へと向かった。
「それにしても、伊織はんが風邪とは珍しいですねぇ」
「…ええ、そうですね」
紅葉の執事として就いてから体調を崩すことが一度もなく、「大岡家に従う者として体調管理は基本」と病気のワクチン接種なんかも欠かさずしていたはずだった。
とはいえ、やはり人間で体調を崩すことがあるのだろうと丁重に紅葉を送るために妙に緊張している代理運転手は、後部座席で怪しげな笑みを浮かべる彼女の表情に気づかなかった。
「――入院?」
「…せや」
家に帰ると父親に呼びだされた紅葉。
伊織の診察結果についての相談といわれ、聞いたのは伊織が入院したということだった。
まさか、昨日まで普通に執事として業務していたはずだったのに。
「血液検査で引っかかったらしくてな。検査入院することになった。…確定やないけど、ちょっと前にあった大規模な流行病の患者と同じような検査結果らしい」
「それって、前にテレビで後遺症で病院で寝たきりになってる人もおるっていう、あの?」
4年に1度開かれる伝統的なスポーツの祭典「ワールド・スポーツ・ゲームス」の日本で開催が危ぶまれて一年ずらすという歴史的な事件すら引き起こした世界的な流行病。
今でこそ被害が落ち着いてきたが当時は進まないワクチン接種や増産して作ったマスクが在庫過多になったなどの大きな話題になっていた。
そして、その感染者がその後に後遺症に苦しむニュースもたびたびしていた。
「着替えを持っていかせた土田が言うには伊織は仕事に復帰するつもりみたいやけど、医者からは入院を勧められたそうや」
―翌日―
「…はぁ」
病院のベッドで座る伊織。
昔から仕事人間だった彼はこうしてのんびりと過ごすことも少なく、同僚が着替えと一緒に持ってきた差し入れの本なんかもさっさと読み終えてしまい暇を持て余していた。
するとコンコンと扉をノックされて医者か看護師が来たのかと思い「どうぞ」と呼びかければ予想外に入っていたのは紅葉だった。
「お嬢様っ」
「あかん、病人が無茶しなさんな」
背筋を正そうとするが紅葉に止められる。
正直に言えば起き上がるのも少し億劫になっていて、そのままベッドに体を預けたままで出迎えた。
「申し訳ありません、あまりにも大げさすぎて…」
「大げさやのうて、事実なんやろ。今さっきお医者様に聞いてきたわ」
「!」
正直、担当医に口止めして仕事に復帰をしようと思っていた伊織だが紅葉はそれを見抜いていた。
だから今回、昨日着替えを持ってきた土田を案内人兼担当医への繋ぎとして同行させて話を聞いてきたというわけだ。
それを察して静かに扉の前でそっと眼を逸らした土田を睨むが「あんたが黙ろうとしてたからやろ」と言われて今度は伊織が眼を逸らす。
「伊織、入院しいな」
「ですがお嬢様…!」
「あんた、頑張りすぎや。お父様にはウチが言うて休職にしてもらうからな」
異論は認めないと言われても、伊織は納得できなかった。
あの時に助けてもらってから、その優しさに触れてから紅葉に仕えることが使命として思い公安を辞めてまで執事となったのだ。
仕える主人に入院してもらわないといけないほど自分が弱いのが情けなかった。
「伊織……あんた、まさか自分が弱い、情けないと思うとるん?」
「…お嬢様には、隠し事はできませんね」
「…ばか。伊織は強い人や。けどな、いつも全力疾走で走れる人なんておらへん。『大岡家に従う者として体調管理は基本』って言うとるけどな、必要な時にこそ万全でいてほしいんや」
そこまで言われて、伊織は大岡紅葉の器のデカさに感服し、「かしこまりました」と従うしかなかった。
しかし、それでも一つ心配というか気になることがあった。
「上京の方はどうするんですか?土田、お前がついていくのか?」
「あ、いえ…」
「上京もそうやけど…ウチ、一人暮らしってのにも興味があるんですの❤」
「…………え?」
それから、伊織は自分の入院以上に一人暮らしについて紅葉に反対した。
ただの女子高生が親元を離れる、という単純な話ではなくそれが大岡コンツェルンの娘で祖父は元総理大臣という家系だ。
恨みや金銭目的に危害を加えられてもおかしくない。のだが紅葉は頑として断った。
それどころか父親に「大岡コンツェルンの娘が一人で暮らすこともできないほど生活能力がない、というのを大岡家の恥として広めたくない」と説得したため彼女の単身上京が決まった。
見舞いによく行く土田が日に日にやつれる伊織が病気のせいなのか心労によるものなのか判断できなかった。
さて、紅葉の上京生活については――伊織が思っている以上に順調だった。
「はじめまして、大岡紅葉と申します。みなさん、よろしゅうお願いしますね」
「大岡さん、わからないことがあったら聞いてね」
「ありがとうございます、妃さん」
「大岡さん!今日、一緒に帰ろうよ!」
「ええ、構いませんわ」
そして、友人もすぐにできてまるで
元々成績は優秀な方で授業に遅れる、なんてこともなく競技カルタのために京都泉心高校では部活はしていなかったが、むしろそのカルタで鍛えられた反射能力は運動にも生かせて身体能力をカバーしていた。
「おねがい~!大岡さんならセンバツも狙えると思うの!」
「うふふ、嫌どすね」
それこそ玉の動きを即座に判断する卓球やバドミントンなどの部活に誘われるほどだった。
だが、まるで男子の告白が玉砕されるかのように笑顔で紅葉は拒否していた。
そもそも彼女が上京したのも鈴木財閥主体の日本文化の世界発信の一環だ。
個人的にも競技カルタを辞めるつもりがないし、部活に打ち込む時間がないのが理由でもある。
それと、初めての一人暮らしにやることが多いため、と言えば渋々―――後ろ髪を引かれるかのように勧誘の声はなくなった。
「あら、紅葉ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
鈴木朋子で紹介してもらった住居は
住人達も優しい人しかおらず、初めての一人暮らしに四苦八苦するであろう紅葉にあれこれと世話を焼いてくれていた。
「これ、ポアロで出そうと思う新作なの。よかったら食べて感想聞かせてくれるかしら?」
「まあ、ありがとうございます」
「梓、早くしないと予約に遅れるよ」
その中でよく世話を焼いてくれるのは新婚同然の共同生活をしている喫茶店の従業員の榎本梓と弁護士の卵でもある栗山緑。
二人とも女性なのだが、本気で相手を愛し合っている事実上の同性夫婦でもあるのだ。
今日もデートに出かけるらしくオシャレをしている栗山が梓をリードして仲睦まじい姿を見せながら出かけていた。
一般的に同性婚は法律では認めれおらず、また法律でNG=異端とされるような風潮もあるがここの住人は同じような何かを抱える人が多い。
例えば『女装をしている近所の診療所の医者』や『小学生の妹と一緒に住む風俗嬢』など。
果てには紅葉と同じように鈴木財閥の令嬢で園子の姉である綾子があれこれとサポートしてくれていた。
「もう、伊織は心配性なんやから」
「わかっているのなら安心させてくださいよ…」
それからたびたび紅葉は京都へと帰り伊織への見舞いもする。
紅葉は「京都にいる友達に会うついで」とは言うが、心配している自分を安心させるためなのだろうと伊織は考えていた。
「それならこれ食べて安心しいよ。マンションの人から教えてもらったレシピで作ったんよ」
「これは…マカロンですか?お嬢様一人で…?」
「ひどい、疑っとるん?」
そう不機嫌そうに言う紅葉に少し伊織は吹き出してしまった。
正直、料理どころか包丁もまともに握れないのではと思っていたためこんな高難易度のお菓子を作れるとは思ってなかった。
「笑うなんてひどい人や、そんならマカロンは没収してええんやな?」
「申し訳ありません。では一つ…」
マカロンとしてのサクサク感がないのは作って時間が経ったからだろうが、味は一般的なお店で売ってるようなものよりかはおいしかった。
伊織がそう思ってるのかドヤ顔を見せつける紅葉に素直に「美味しいです」と感想を言うと、彼女は満足そうに笑った。
その笑みに、ただ伊織に負けを認めさせたということ以外の意味が含まれていることを彼は知らなかった。
「(ほんと…おバカな人)」
また一つ、マカロンを手にする伊織がゆっくりと食べる姿に紅葉の中の紅葉ではない誰かがそう嗤っていた。
というわけで紅葉の上京回
本当はR18要素も入れようかと思ったけど5000文字ほど行ってたから描写増やして1話にし、次でガッツリとやります。
今のところ紅葉だけ登場頻度が低すぎるという点があり、申し訳なかったです。
ただ、どうしても上京するには理由がないし、無理に作っても伊織がついてくるから悩んでいました…
それがクリアできるとある事情が出来上がったので今回満を持しての東都進出となります。
まあ、わかってる人も多いと思いますが全部博士の指示です。
朋子のグローバル社会への活動は財閥としての方針ですけどそれのための紅葉推薦というのは表向きで、裏では博士からの命令があったから。
大岡コンツェルンにとっては鈴木財閥とのパイプができ、所属している皐月会としては参加が減るにしても競技カルタの発展と考えたら悪い話ではない。
そのために紅葉が上京、という流れですね。
本当は入学タイミングの方が自然でしたけどどうしても今じゃないといけない理由があったので…
あとはまあ、伊織の入院の展開や転校先や入居先は伏せてたりあからさまな描写がありますが諸々は次回…説明いるかな?という気もしますが…
ところで、25年9月現在で紅葉の父親ってまだ登場してないので口調や呼び方はオリジナルです。
もし今後登場した際に「キャラが違う」という批判があっても受け付けないのでご了承ください。
……ないとは思いますが、すでに亡くなってコンツェルンの総裁が紅葉の母親でも気にしないでください。
それにしても紅葉の口調、難しい…
服部や和葉みたいなゴリゴリの大阪弁と少し違うけど、The京都弁みたいな感じでもないし…
なんか漫画とか読んでると大阪弁が2と京都弁が3と標準語5っていう感じでいい塩梅が見つからない…
今回は珍しくR18なしの話での挿絵あり。
ちなみAI出力の画像を作る方は分かると思いますがキャラクターのLoraを複数同時に使ったりしたら要素が混ざったりしますよね。(例:蘭と園子の素材を同時に入力したら茶髪の蘭やロングの園子が出力される)
だからこの画像、紅葉の上から蘭が帝丹高校の制服を着ている画像を重ねて顔だけを挿げ替えて再出力して作りました。
つまり実質的に首から下は蘭です、これ(もちろん胸のサイズは調整してますが)
…なんかこうしてみると和葉にも帝丹高校の制服着せたくなるな…
実際にやってみた
【挿絵表示】
……和葉も帝丹高校に転校させたいな…
ただ名目がない…どうしよ。
もしかしたら作者の願望が爆発したら世良含めて帝丹高校の制服をコスプレ代わりに5人で何かする話ができるかも。
さて、最初に言ったように次回はガッツリとしたR18でやります。
投稿予定は23日です。