※この作品はR-18です。

志摩リンとバイト先のお兄さん   作:KKS

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あたたかいお茶と切ない気持ち

 バイト先のレジに座って、外の景色をぼんやり見つめる。

 巣に帰っていく小さな鳥。ゆるやかに今日の終わりを告げる、夕焼けの色。早く週末にならないかな、とリンは呟いた。

 休みになったら、またソロキャンに行く予定を入れてある。

 なでしこたち、野クルのメンバーからも誘われてるけど、ひとりにはひとりのよさがあることも間違いないから。

 澄んだ冬の空。時折爆ぜる焚き火の音。そういうものを愉しみながら、慌ただしさとは無縁な時間の中に身を浸す。バイト先の書店は超地元密着型だから、そこまで頻繁にお客さんもこない。なので、空き時間を見つけては、雑誌を手に予定を練るのが日課だったりする。

 やっ……。ちゃんと仕事はこなしているし、これは断じてサボりではない、はず。

 

「お疲れさま、リンちゃん。あったかいお茶淹れたから、どうぞ」

「あっ、どうも」

 

 左後方から、腕がすっと伸びてくる。

 そのまま、立てて読んでいた雑誌の手前に、湯のみがすとんと着地。穏やかにのぼる湯気が、寒い季節にぴったりだった。

 

「じゅずずずっ……。ほふっ、あったか……」

「われながら、上手にできるようになったと思うんだけど。ねえねえー。褒めてくれたっていいんだよ、リンちゃん」

「うぐっ……。え、えらいえらい……」

 

 逃げられそうにもないから、お茶を出してくれたお兄さんの頭を撫でてあげる。

 歳の差や、羞恥心っていう概念が、この人にはまるで存在していないのだろう。無邪気に喜んでるところなんて、ほぼ子犬だし。

 バイト先の武田書店。そこにお兄さんがやってきたのは、半年ほど前のことだった。お兄さんは書店のおじさんの親戚で、春までは東京の大学に通っていたらしい。

 

「一時間ほどしたら、店閉めるから。今日は、裏寄っていく?」

「むっ……。なら、見せたい写真とかあるし、ちょっとだけ」

 

 ちょっとだけかー、とお兄さんが癖のついた黒髪をかきながら笑う。そうは言ったものの、ちょっとでは終わらないんだろうな、という予感はしていたりもするんだけど。

 あんまり見つめられるのも恥ずかしいから、お茶をすすりつつ再び雑誌に目を落とす。誰でもいいから仕事しろよ、とツッコんでもらえないのがもどかしいくらいだ。悠々自適すぎる性格が災いして、お兄さんは卒業後満を持してニートになった。本人が堂々と話していたから、遠慮なくそう呼ばせてもらう。

 仕方なく地元に帰ってきた結果、田舎特有の高速ネットワークで、ニート生活が親戚中にバレることになった。書店のおじさんが腰をやってしまったのは、ちょうどそんな時。性格が現代社会に向いていなさすぎるだけで、働く能力がないわけじゃない。だったらせっかくだし、とお兄さんに白羽の矢が立ったわけだ。

 入り口の開く音。立っていたのは、小学生くらいの子だった。雑誌を閉じて、お茶の残りを飲んでしまう。ちょっと熱かったけど、このくらいならなんとかなる。

 うむ。美味しかったぞ、お兄さんや。

 

「お兄ちゃん、こんにちはー」

「あっ、いらっしゃい。この前発売した新刊だよね。出してあげるから、ちょっとだけ待っていてくれるかい」

 

 ほんわかした見た目と口調のおかげで、お兄さんは子供たちから人気がある。会話はほとんど友達感覚だし、好きな作品もちゃんと憶えてる。そんなこんなで、いいお客さんがぽつりぽつりと増えていたり。

 指示を受けて、カウンターの中にストックしておいた単行本を取り出してあげる。お客さんが笑顔でいてくれると、やっぱりこっちも嬉しくなるから。お釣りを手渡しすると、ちょっと駆け足気味にその子は帰っていった。

 

「どうかな、志摩くん。ボクのできるところを見て、惚れ直したんじゃない。いやー、がんばりすぎたせいで、もうエネルギーすっからかん。リンちゃん、補充させて」

 

 返事をする間もなく、お兄さんが抱きついてきた。

 普通よりも体温が高いのか、こうされるとなかなか気持ちよかったりもする。キャンプに持っていけたらいいのに。そういうことを、出発の前日に考えさせる罪な男だ。

 

「むぐぐっ……。だからって、仕事中にくっつくのは大人としてどうかと思うけど」

「相変わらず、リンはしっかり者だなあ。ボクなんかより、ずっと人間ができてる」

「時間稼ぎしても、ダメなものはダメだから。はい、しゃきっと離れる」

 

 すっごく物足りなさそうな顔で、お兄さんが離れていった。

 二人分のあたたかさが消えていく。これが切なさなのかな、とリンは外の景色に目を移した。

 

「閉店時間、やっぱり三十分繰り上げよう。リンちゃんも、そのつもりで」

「……だね。私も、それがいいかな」

 

 ほほ笑みながら、お兄さんが宣言する。おじさんに、心の中でごめんなさいしておかないと。ちっとも抗議できないあたり、完全に同罪だ。

 見た目こそ人畜無害そのものなのに、この人は甘えたがりやな部分は自分にとって効果がありすぎる。

 ちょっとしたワクワクと、どうしようもない焦燥感。その両方が、全身を駆け巡っているみたいだった。

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