社会不適合者な幼馴染は体で家賃を払ってくれる【電子書籍化】 作:猫屋敷てん
東雲夕菜は友達が少ない。
そもそも夕菜が人生でプラスと判断した人間など、数えるほどしかいないだろう。
さらにスキンシップまで取れる者となれば、竜二郎ぐらいだ。
コミュニケーション能力が壊滅的であり、絵を描く以外の何も出来ない。それなのに見てくれは良い夕菜は、多くの悪意や害意に晒されてきた。
故に夕菜は人間不信や自己嫌悪を抱える。人と触れ合うことを極端に怖がる性質を持っていた。
そんな夕菜が帰宅するとセクハラされていた。
端的に言えばそのような状況だ。
「ぐふふふふ。夕菜ちゃんは良く育ってるねー」
「い、一花さん、やめて~」
二十代半ばぐらいの女が、夕菜の背後から抱きついていた。
背丈は百七十センチを優に超えており、竜二郎と同じぐらいはあるだろう。
髪は赤黒く染め、ピアスをあけたり化粧をバッチリ決めたり。スタイルまで完璧なその女の存在に、帰宅した竜二郎はジト目であった。
小柄な夕菜を羽交い締めにし、手から零れるほど大きな乳を服の上から揉んでいる。
夕菜にそんなことができるのは、竜二郎の他に彼女だけだろう。
鍵は掛けていたはずだが、どうやって入ったのか。
決まってる、夕菜が招き入れたのだろう。
「……なにやってんだよ、姉貴」
「んー。竜二じゃん。お帰り」
「あ、竜くん!」
竜二郎の存在に気づいた姉貴こと
そんな一花から夕菜は隙を見て抜け出して、竜二郎の腕の中へ避難してきた。
「来るとか聞いてないんだけど」
「へへ。言ってないからね」
抱きついてプルプルと震える夕菜を撫でながら、そんな姉に溜め息をついた。
「可愛い弟が一人暮らしをしていると聞きつけて、立派な姉である私は遠路はるばる来たわけだよ」
「なるほど。アポを取れ」
突然一花が尋ねてきて、夕菜はさぞ驚いただろう。竜二郎の姉であるため居留守なんて使うわけにもいかず、家に上げたらああやって抱きつかれる。
その結果、竜二郎の腕の中でプルプル震える夕菜の完成である。
「取りあえず、夕菜を怖がらせるな」
「いやー。なんか久しぶりにあったらすっごいエロかったから」
「はぁ……エロかったら抱きつくのかよ」
「うへへ」
咲間一花とまともな話をしようなんて無駄だ。
彼女は感性と直感で生きる自由人であり、竜二郎とは正反対にいる姉である。
「一花さんは……嫌じゃ、ないけど……なんか、怖い」
「可愛い義妹にそんなこと言われたらショックだわー」
「ひっ。すいません」
「はぁ……取りあえず、一旦落ち着こう」
どうにか夕菜を落ち着かせ、お茶を用意してちゃぶ台を囲む。
夕菜は竜二郎の真横で正座して、一花は対面でニコニコしながら二人を見つめていた。
ズズーっと一杯茶をすすり、一花はニヤリと笑って口を開く。
「あんたらが同棲したとか、ビックリだわ」
「驚いているようには見えなかったが?」
「まあいずれするとは思ってたわよ。学生時代のあんたら見てたらね」
「…………」
家庭が崩壊していた夕菜が死なぬよう、面倒をみていたあの頃の竜二郎。
その距離感や関係を見ていれば、誰だって将来結婚するのだろうと思うはずだ。
それは一花とて例外ではなく、夕菜を義妹と呼ぶほどだ。
「ま、どうなるかと思ったけど、幸せなら良いんじゃない」
「……そうだな」
この日々が気に入っているのは竜二郎の本音だ。
それを一花も見抜いて満足げに頷いた。
「で姉貴はただ顔を見に来ただけか?」
「んー。まあそうかな」
一花はチラっと部屋を見渡す。
「あんたが元気そうだし、よかった」
そう言って一花はグイっと茶を飲み干して立ち上がった。
「もう帰るのか?」
「うん。私も忙しいからね。竜二も夕菜ちゃんも、また会おうね」
数分話しただけだというのに、もう帰ろうとする一花。
少し寂しさはあれど、竜二郎はすぐさま見送りの体勢になる。
「竜二も無理すんじゃないわよ。お父さん達のことは私がどうにかするから」
「姉貴……。それは」
一花の言葉の意味を察して、竜二郎は何かを告げようと口を開く。
「ま、夕菜ちゃんとヤりまくる日々を楽しんでいればいいのよ」
「なっ!!」
「でも節度は持ちなさいよー」
そう言い捨てて、一花はさっさと家を出て行った。竜二郎が口を開く隙すら与えぬ身のこなし。
閉じた扉を見つめながら、竜二郎はゆっくりと振り返った。
「あー。夕菜。姉貴に言ったりしたか?」
「ん。なにが?」
「俺達がその。まあしてること」
「セックスのこと? 言った、よ」
「…………」
東雲夕菜は性知識が乏しい。
セックスをスキンシップの一種と思っているほどだ。
故に一花にも、恥ずかしがることなく告げたのだろう。
「あー……あんま、こういうことは言わない方が良いと思う」
「そう、なの?」
「ああ。秘すべき事。というのが常識だ」
このままでは日常会話でも性行為の話をしかねない。
無知な夕菜を、しっかり教育することも竜二郎の責任だ。
しっかりとした大人にするために、一般的な知識や常識を教えなければならないだろう。
「……まあ、最近はちょっと過剰だったな。あまり褒められた行為じゃない」
「っ、竜くん?」
「本来は恋人以上になってからする行為なんだ。これは、不純だ」
まじめな竜二郎はそう夕菜に告げる。
ちゃんと説明して、夕菜の無知を正すべきだっただろう。
夕菜の心を安定させるために、告げなかったのは間違いだったかもしれない。
「竜、くん……めいわく、だった?」
「そんなわけない。それは、わかるだろ」
「で、でも……だめな、こと?」
己の体という唯一の価値を否定されれば、夕菜の心は不安定になる。
また無価値の無能。何の役にもたたない社会のゴミに逆戻りだと動悸を激しくした。
「……だめじゃない。でも、あまり人に言える行為でもない」
「っ竜くん、よろこばない?」
「俺は、……嬉しいよ。でも……」
社会的に見たら良い関係とは言えないだろう。そんな関係を続ければ、夕菜はより歪んで育ってしまう。
竜二郎の使命は、夕菜をきちんと自立した人間に育てることだ。
ただペットを可愛がるように何もさせず、夕菜をこのようにしてしまったと竜二郎は己を責める。
だから今度こそ社会生活を営めるように、立派な人間に育てないといけない。
「夕菜はもっと、自分の体を大切にしてほしい」
「竜、くん……?」
「夕菜は凄い子だ。体しか価値がないなんて、そんなことはない!」
「っ、嘘つかないで……」
どこまでも夕菜の自己肯定感は低い。
故にそれを正せるとしたら竜二郎しかいないだろう。
◇
その日の夜はお礼の日だった。
しかし竜二郎は鋼の意思で己の性欲を押さえつけると、普通の夜を過ごす。
ご飯を作り、共に食べ、風呂に入ってただ眠る。それに夕菜はどこか不安げだった。
「竜くん……ごめんね。お皿、わっちゃった」
「大丈夫だ。ゆっくりやっていけばいい」
寝る前に家事をする竜二郎を伝う夕菜。
自立させるために手伝わせているが、やはり上手くはいかないらしい。
圧倒的才能の欠落。それに一番苦しむのは夕菜だ。
誰もが当たり前にできることができない。
失敗を積み重ね、改善ができない度に自己嫌悪に陥っていった。
「よし、今日はもう寝よう」
「うん……」
夕菜は何の役にもたっていない。ただ邪魔をして、竜二郎の手を煩わせただけだ。
今までなら、その夜挽回できた。
己の体を竜二郎が堪能する度に、役立たずのゴミではなく、価値を生み出すことができると心を安定させる。
竜二郎にとっては禁忌する行為であっても……夕菜にとってはなくてはならない行為。
それが夜のお礼と言えるだろう。
「布団ももう一つ買わないとな」
「えっ、いいよ」
「一緒の布団ってのもな」
竜二郎は、夕菜を社会で生きていける人間にするためにそう言う。
夕菜の情操教育をしていくならば、恋人でもない男女が同じ布団で寝るなんて駄目だろう。
お金がないために買うこともできず、気づけば同じ布団で寝るようになったが、それは夕菜の社会常識を磨く上での障害と言える。
だがその言葉に、夕菜の瞳は罪悪感で濡れていた。
「じゃあ私は、床で寝る」
「いやいや、ちゃんと布団は買うから」
「だめ。私みたいな役立たずのために、竜くんがお金使うなんて」
何の価値も提供できないならば、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。そう夕菜は断言する。
己のようなゴミが竜二郎に金を使わせるなど夕菜は我慢ならなかった。
「っ……」
そう言う夕菜になんと言えば良いのだろう。
そんなことないなんて言い尽くした。それでも夕菜は変わらない。
言葉をかけられようとも、実感がなければ変わらないのは当たり前だろう。
「ごめんね。私、ゴミだから」
「違う! 夕菜は凄い子だ。俺はそれを一番良く知っている」
「…………竜くんだけだよ。そう言うの」
そうだろう。一般人から見れば、一点突破の才能があろうとそれ以外が何も出来ない役立たずにすぎない。
果てしないマイナスを抱えた夕菜が、人に褒められることはなかった。
「と、取りあえず。今日は一緒に寝るか」
「……うん」
これ以上この話をしてはいけないと、竜二郎は慌てて話題を逸らす。
実家から持ってきた小さな布団に、並んで二人は寝転がった。
二人揃って寝ることを想定していない布団は相応に狭く、距離を取ろうと思えばすぐに布団から出てしまう。
故に竜二郎は夕菜と触れ合うほど近くで眠らないといけなかった。
いつもであればそれでいい。夕菜の体でスッキリしてから眠るため、ただ愛おしさしか感じない。
しかし今日は情欲が渦巻いていた。
理性と性欲はまったくの別物だ。相反するものといってもいい。
理性は夕菜のためにも決して手を出すなと叫び、性欲は夕菜のためにも襲えと叫ぶ。今日は本来お礼の日だったことを考えれば、性欲の方が強いだろう。
だがしかし、竜二郎はどうにか理性を強めていく。
頑張って、頑張って――そして。
「竜くん……」
夕菜がぎゅっと横から抱きついてきた。
「ゆ、夕菜!?」
「ぎゅってするのも……だめ?」
「それは……」
窓から差し込む月明かりは、夕菜の不安げな顔を照らしていた。
それすら拒絶するなら、夕菜がどうなってしまうかわからない。そう思わせる悲しい表情をしていた。
「それぐらいなら、幼馴染だもんな」
「ん……」
柔らかな体を、夕菜は惜しみなく押しつけてきた。そこに恐怖や嫌悪はなく、全面的に竜二郎を信頼し、何をされても良いという心を感じる。
そうなれば、竜二郎の理性は揺れ動く。もうこのまま社会復帰など考えず、夕菜と一生この狭い部屋の中で暮らせばよいのではないか。
夕菜だって多分それを望んでいる。己の体という価値を提供できれば、夕菜の精神は安定するだろう。
社会に出ることはなく、ただ体を重ねて、快楽に溺れて、退廃的な人生を歩む。
そんな人生も、良いかも知れない。そう竜二郎は考える。
「竜くん……なんで、おちんぽさん、おっきくしてるの?」
「っ……しかたないだろ。生理現象だ」
「そ……そっか」
夕菜はそれ以上何もしなかった。
竜二郎を抱き枕のようにして、すうすうと寝息を立てる。
もしこれ以上迫られたら、絶対に我慢はできなかっただろう。
竜二郎の意思を、夕菜は尊重してくれたのだ。だから何もしなかった。
それがどのような結果に繋がるかは、今は知らぬことである。