「Rencontre fortuite(偶然の再会)」 作:木桜 春雨
最初は作曲だけだった。
芸能人やアイドルに曲を提供していた。それだけのはずだった。
ところが、気まぐれで書いた小説が人生を変えたのは最近のことだ。
男の顔、左半分を白いマスクで隠しているのは、生まれつきの傷を隠すためらしい。
年齢は40代半ば。鋭い目つきに、肩口まで伸びた黒髪、顔色は良くないが、これは生まれつきらしい。
芸術家らしい雰囲気をまとい、どこか影のある男。普通なら、こんな要素はモテるとはいいがたい。
だが、不思議なことに、世間ではそれが「魅力的」に映るようだ。
初めて出版した小説が賞を取り、サイン会が開かれた。
長蛇の列を見て、エリックは「不思議なものだ」と思った。
──白い百合の花束。
エリックは、その花を見て、またか、と思った。
初めて本を出したときにも届いていた。
気になり、スタッフに「誰が持ってきた?」と聞いたことがある。
だが、混雑の中で曖昧な返答が返ってきた。
「女性だったと思います」
エリックは納得した。初めてのサイン会は、女性ファンばかりだった。
それから数ヶ月後、次の本が出たときも、サイン会が開かれた。
再び届いた、白い百合の花束。
その花束には、白いカードが添えられていた。
『ファンより』
それだけだった。
普通なら、差出人の名前や一言くらいは書かれているものだ。
だが、この送り主だけは、それがない。
「変わっているな」 と思った。
作家という職業が自分の顔になり、一年ぶりの新刊を出すことになった。
サイン会が決まると、エリックは少し緊張していた。
会場は大型書店の一角。開始時間までは余裕がある。
エリックは気持ちを落ち着けようと、本棚を眺めながら歩いていた。
──そのとき、足が止まった。
視線の先、サイン会の会場に向かう一人の女性がいた。
花束を抱えている。
それも、白い百合の花束だ。
『ファンより』
あの白いカードが、頭に浮かんだ。
──まさか。
女性は、白シャツに黒ズボンというシンプルな装いだった。
控えめな雰囲気だが、白い花を抱える姿はどこか際立って見えた。
思わず、その姿を目で追ったそのとき──
「先生」
突然、後ろから声をかけられた。
「ここにいたんですか。少し打ち合わせをしたいので、いいですか。」
声をかけてきたのは、打ち合わせの担当者だ。
「ああ。」
頷きながら振り返る。
だが、そこには──誰もいない。
エリックは急いで受付に向かった。
白い百合の花束があった。
「君、この花束を預けたのは、どんな人だ?」
「女性です。白シャツに黒ズボンの若い……」
間違いない、さっき見た、あの女性だ。
サイン会が始まった。
一人ひとりのファンと向き合い、握手を交わしていく。
だが、無意識のうちに、視線は会場を彷徨っていた。
──あの女性は、来ているだろうか?
だが、それらしき姿は見当たらない。
もしかして帰ってしまったのか。
ただ花束だけを預けて。
普通なら、こんなことはありえない。
なぜ、こんなにも“花束の女性”のことを気にしてしまうのか。
このとき、エリックは自分でもわからなかった。
雨が降りそうだな。その日は朝から天気が良くなかった。
こんな日に出かけるのは正直、躊躇ってしまう。
マンションを出て、駅に向かう途中。
ほんの一瞬だった。
エリックの目の前を横切るようにして、白い百合の花束を抱えた女性が歩いていた。
一瞬、女性が、こちらを見たように思えた。
そのとき、背後から声がかかった。
「先生じゃないですか。」
振り返ると自分の担当編集者だ。
近づいてくる相手にエリックも歩き出す。
だが、何故か振り返ってしまった。
すでに、彼女の姿はなかった。
空を見上げると、雲が広がり、ぽつりと小さな雨粒が落ちてきた。
阿部の人探し
水樹という娘を捜そうと決心した阿部だが、まずどこから手をつけるべきか迷った。
最初は村木の家族、親族を見つけてと思ったが、彼の両親はいない、親族もどこにいるかわからなかった。
こうなったら六郷が、どこの病院で亡くなったか調べようと思った。
そして見つけたのだ。
「はじめまして、阿部です。」
まさか、見ず知らずの人間を自宅に招くとは思わなかった、阿部は広い邸宅に入り緊張した面持ちになった。
長身で細身、40を過ぎていても無駄な贅肉など少しもない、自分とは大違いだと思いながら阿部は頭を下げた。
六郷という女が亡くなっているのは村木の言葉から感じていた、自分が捜しているのは娘だ。
だが、六郷のことも気になるのだ。(娘に何かしたのか!?)もしかして虐待、まともな生活をさせていなかった、だが、村木の様子を思い出すと、そんな感じはしなかった。 確信があるわけではない。彼女がどんな人物だったのか、自分は知らないのだから。
「六郷のことを知りたいということですが、彼女は亡くなりました。」
「ええ、それは村木の言葉から感じていました、自分が捜しているのは彼の娘です。」
「村木、ですか……」
山城は記憶を手繰り寄せるように黙り込んだ、だが、思い出しのか、ああと頷いた。
高校のとき同じクラスに、そんな名前の男がいた。
だが、特別、仲が良かったとか、そういう間柄ではなかった。
「村木が水樹の父親ということですか。」
阿部は迷った。どこまで話していいのか、そもそも自分が知っていることがどこまで正しいのかもわからないのだ。
「……正直、わかりません。」
「わからない?」
山城が怪訝な表情になった。
「水樹の母は体が弱く育てられないということ、母親は六郷という女性に預けたようなんです、水樹さんに会えないでしょうか。」
山城は阿部に尋ねた。
「……それで、あなたは水樹に会いたいと? 彼女は娘をとても大事にしていた。それは間違いない。」
阿部は驚いた、だが、それを顔には出さなかった。
(なぜ、そんなに強く言い切れる?)
どこか引っかかるものを感じながらも、言葉を飲み込んだ。
(このときには、それが、どういうことなのか、かわからなかった。)
「水樹さんに会えないでしょうか。」
山城は阿部に尋ねた。
「……それで、あなたは水樹に会いたいと?」
「彼は心配していました。血の繋がりはなくても、親子として暮らしていたんです。彼の最後の様子を伝えたいと思っています。」
山城はしばらく黙ったまま考え込んでいた。
阿部は言葉を飲み込んだ。
(母親と同じ名前をつけたこと、話すべきか?)
だが、何かが引っかかった。
今はまだ、話さない方がいい気がする。
だから、阿部はそのまま黙っていた。
エリックはオペラ座、橋本さんのビジュアルイメージです。