「Rencontre fortuite(偶然の再会)」 作:木桜 春雨
10 作家、エリックの探索
それは作家としての好奇心、純粋な興味からだった。
(あの男は何者だ……)
水樹という女性の父親、親族ではなかった、屋上での二人の姿を見ると男女、まるで年の離れた恋人のようにも見えるが、それだけでない気がする。
調べてみようと思ったのだ。
現在はネットだけでも情報が溢れている、だが、取材したツテを使い、エリックはある人物を探し取材という名目で面会までこぎつけた。
「驚きました、有名な作家さんから取材の申込みが来るとは、しかし、よろしいんですか、私のような人間と会っていて噂にでもなったら、先生のような方が。」
表向きは飲食業の経営者、でっぷりと太った男は、はははと笑いながらエリックを見た。
だが、その目は笑っていない。
「実は次回の登場人物に、今までにない登場人物を考えているんです。」
「それで、あの男を探していると、確かに作家先生の興味を引いても無理はない。」
ですが、男は言葉をきった。
おすすめしませんなと。
「取材を申し込みたいと考えています、直接、会って話を聞きたいと思っているんですが、なんとかして会えないでしょうか。」
「彼には恩がある、どれほどの大金を払っても返しきれない恩が……」
そう言って男は、突然、スマホを取り出し、エリックに見せた。
女性と小さな女の子が写っている、娘と孫ですよと男は笑った。
「二人共、大切な宝物です、ですが、孫は生まれたとき、病弱だった、日本でも珍しい難病です、私は助けようとした、だが、先生、どれだけ金が、全財産を差し出したとしてもできないことがある、あのときほど自分が無力だと感じたことはありません。」
「……」
「どんなに手を尽くしても、あらゆる手段を探しても孫は助からないと宣告されたとき、絶望という言葉の意味を初めて知ったんです、だが、そんなとき、彼を紹介されました。」
無理かもしれないと思いながら頭を下げた、自分の持ってるものを全て差し出すつもりでした。
男は淡々と語った。
「あの男は私の話を黙ったまま聞いているだけだった、私は諦めたんです……」
「それで……」
「助かりました、私は彼に金を渡すつもりでした、ですが彼は受け取らなかったんです。」
男は笑った。
「冷酷な男だと聞いていました、よくいうでしょう社会生活に適応できない人間のことを、ある種の天才だと、だが、あの男はどうでしょうな……」
「違うというんですか。」
「彼自身、自分の事をわかっていないのではと思いますよ。」
エリックが部屋を出ていくと男はスマホを再び取り出した。
「あんたの事を嗅ぎ回っている男がいる、作家らしいが、どうする、任せて貰えばこちらで脅すぐらいのことはしておくが……」
相手が何か言ったのだろう。
「いいのか、一般人ではないから面倒かもしれないが、わかった。」
通話が切れた。
食事の約束を取り付けた瑛子は、ほっとした、先日、自分は山城の機嫌を損ねてしまったと心配になったからだ。
あの男を逃がしたくないと思っていた、いつもなら男が自分を追いかけてくる、必死になってだ、それが今回は反対の構図になっている。
会員制のレストランなら山城も来る筈だ、連絡をしたとき、少しばかり不機嫌だったが、大丈夫だと瑛子は思っていた。
ドレスもだが、メイクも念入りにして店に向かうと山城は先に来ていた。
瑛子はホッとした、水樹という女は今、入院している、自分は今夜、山城を籠絡、自分のものにすると決めていた。
(来たか……)
どういうつもりだ、不満を顔に出さないだけマシだが、できるなら、この誘いに乗りたくはなかったのだ。
瑛子という女が先日の非礼を詫びたい、そのためにレストランも予約していると連絡してきたときは正直、うんざりした。
だが、瑛子の父親、佐田のことを考えると謝罪だけでも受けておくかと思ったのだ。
だが、数分で山城は後悔した、
瑛子が自分に向けてくる、あからさまな媚を売るような視線、それだけではない。
この女は謝罪という言葉の意味を勘違いしていないかと思ったのだ。
うんざりする、できるな、ここから逃げ出したいと思った、そのときだ山城の目が釘付けになった。
(何故、あの男が……)
水樹の見舞いに来た、終平という男が、こちらへ向かって歩いてきたのだ。
「山城、さん、どうかして……」
気づいたのだろう、瑛子がわずかに振り向き、視線を後ろへと向ける。
自分たちに向かってくるのは杖をついた長身、白髪の男性だ。
(誰なの……)
見たことのない男だ。
「久しぶりだな、山城。」
「何故、ここに。」
男は瑛子を見るとにっこりと笑った、一瞬、瑛子は呑まれてしまった。
「何故、あなたが、ここに。」
返事はない、答える必要があるのかと言いたげに視線を向けるだけだ。
「山城さんのお知り合?」
男は頷いた。
「Mulier nequam est.(無価値な女だ)」」
瑛子は不思議そうな顔をした
「Mulier nequam est…まるで舞台に立つ道化のようだ。そう思わないか、山城。」
同意を求められても山城は返事ができなかった。
(何を言っている、この会話は一体……)
「Mulier nequam est…が、そう言われても、君には理解できないか?」
「……何を言ってるの?」 瑛子は戸惑い、山城はただ黙っていた。
そのとき、レストランの支配人が静かに歩み寄ってきた。
「お席をご用意しております。」
それは終平に向けられた言葉だった。
まるで彼の到着が最初から決まっていたかのような口調。
終平は軽く聞いたと、最後にもう一度、山城を見た。その疑問に
は何かを見透かしたような冷ややかさがあった。
「——また会おう。」
そのまま終平は支配人に導かれ、静かにレストランの奥が消えていた。
まるで、手のひらを返したように、あんたとの付き合いをやめたいと言われて佐田は驚いた。
これで、何件目だ、懇意にしていた仕事仲間が次々と自分と手を切ると言ってきたのだ。
それだけではない、自宅に銃弾が打ち込まれた。
幸いなことに留守中の妻に怪我はない、無事だった。
もしかして、これは脅しか、何故、自分をと思ってしまった。
ヤクザに恨まれる覚えなどない筈だ、いや、あったとしても。
まさか……水樹という女に怪我をさせたことを山城が気づいて!?
いいや、あれは今夜娘と食事をしている、気づく筈はない。
誰が、こんな事を、一体何者だ。
そのときだ、スマホの着信音が鳴った、またか、自分を切ろうとしているのか。
「やあ、佐田さん、どうだい、今の気分は。」
知らない男の声だ。
「誰だ!?」
「知りたいのか、いや、そんな余裕はないだろう。」
「おまえか、仕事を邪魔して、銃弾を打ち込んだのは。」
佐田は声を荒げた、だが、相手は少しも動じる様子はない。
「随分と汚い商売をしてきたんだ、当然だろう、あんたもだが、娘も負けず劣らずだ、これは報いだよ、今回のこと、腹を立てているんだ、うちのボスは。」
「おまえ、誰だ。」
「知る必要があるのか、もう後はない、あんたも、娘もだ。」
番号つけるのなしにしました