※この作品はR-18です。

宇宙の情炎   作:プラズマ

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少しの差の始まり

 ティターンズの旗艦として君臨する戦艦アレキサンドリアは、敗北の影に呑まれながらも、アーガマへの追撃を執拗に続けていた。艦体の鋼鉄の外殻は宇宙の冷気を帯び、薄暗い通路には焦げたオイルと金属の匂いが染み付き、重苦しく漂う。

 

 グリーンノアでのガンダム強奪事件、そして奪還作戦の失敗。内部からの裏切りがティターンズの新型ガンダムをすべて敵の手に渡らせ、かつての威信は地に落ちていた。艦内には緊張と焦燥が渦巻き、壁に反射する電子音が不吉な調べのように響き渡る。

 

 その苦境の中、若手士官ジェリド・メサは失点の連鎖に苛まれていた。

 ジャマイカン少佐の指示を無視し、ガンダムを翻弄するはずだったカプセルへの攻撃も実行せず、ただ敗北を重ねていた。グリーンノアでの戦闘では、彼のハイザックがガンダムに翻弄され、コックピットに響く警告音と焼け焦げた装甲の記憶が彼の心を抉る。野心に燃える瞳には屈辱が渦巻き、握り締めた拳から熱が滲み出ていた。

 

 格納庫では、整備員が火花を散らしながらハイザックを修繕していた。低く唸るエンジン音が空気を震わせ、冷却システムの微かな振動が床を這う。焦げた金属の匂いが鼻腔を刺し、ジェリドの機体は左腕に深い傷を負い、スラスターから白い煙が細く漏れていた。整備員の慌ただしい足音と工具の軋みが、彼の敗北を冷たく突きつける。傷ついた機体が星明かりに鈍く光り、まるでジェリド自身の脆さを映し出す鏡のようだった。

 

 ブリーフィングルームでは、ジャマイカン少佐が静かに佇んでいた。部屋の中央に浮かぶホログラム戦況図が、アーガマとモンブランの追撃経路を赤い線で刻み、サイド1、サイド2、あるいは月へと向かう可能性を冷たく点滅させている。彼の瞳は疲労に曇り、唇の端がわずかに下がる。制服の肩章が傾き

、威厳ある姿に翳りが差していた。

 その静寂を破るように、連邦兵たちの哄笑が響き渡った。部屋の隅で、彼らは疲れ切った顔に無理やり笑みを浮かべ、肩を叩き合って気を紛らわす。

 

「ティターンズだからって威張るんなら、オレにだってできるぜ!」と一人が叫び、ジェリドへの嘲笑が波のように広がった。

 

 そこへジェリドが足を踏み入れると、哄笑が一層大きくなった。

 彼は制服の襟を乱暴に整え、苛立ちが抑えきれずにいた。指先が硬く締まり、息が熱く漏れる。

 

 

 瞬間、ライラ・ミラ・ライラの鋭い声が空気を切り裂いた。黒髪が彼女の鋭さを際立たせ、制服の襟元が少し開き、首筋の白い肌が覗く。黒い生地が豊満な胸の膨らみを浮かび上がらせ、戦士としての力強さと女性らしい柔らかな曲線が共存していた。

 

「名乗りも挙げずにご登場かい?」

 

 彼女の声に皮肉が滲み、鋭い瞳がジェリドを射抜く。

 

「その必要もないだろうな。出戻りのジェリド・メサ中尉といったら、もう有名だ」

 

 連邦兵が鼻で笑い、ライラの視線が冷たく彼に注がれた。

 

「ティターンズって言うから、どんなにすごいかって思ってたのさ」

 その言葉にジェリドの胸が締め付けられ、喉が熱く詰まる。ジャマイカンが咳払いし、重々しい声で話を進めた。

 

「現在追撃中の艦艇、アーガマとモンブランは、サイド1、サイド2、月のどれかへ向かうと考えられる。地球の近くを通り、我が防衛衛星を次々に撃破しながらだ。となれば——ジェリド・メサ中尉を戦闘隊長としてこの作戦に従事してもらう」

 

 その言葉にライラが即座に反発した。鋭い瞳がジェリドを射抜き、声に苛立ちが滲む。指が無意識に拳を握り、制服の袖が軋んだ。

 

「なぜジェリド中尉なんです!? 宇宙での経験は自分の方が上です」

「言ったろう、ティターンズは正規軍に対して1階級上の特権が与えられる」

 

 ジャマイカンの冷徹な返答に、ライラは唇を噛み、歯の間から小さく息が漏れた。

「了解」とだけ呟き、視線が一瞬床に落ちる。

 

 ジェリドが小さく笑みを漏らし、「へっ!」と鼻を鳴らした瞬間、ライラの胸に熱い不満が湧き上がった。熟練の戦士としてのプライドが、彼女の背筋を鋼のように伸ばす。

 

 ライラは席を立ち、唇を固く結んで部屋を出た。背筋を伸ばした姿に、戦場での威圧感が滲み出ている。

 

 ジェリドは彼女の動きに気付き、反射的に立ち上がった。椅子が床を擦る甲高い音が響き、彼はブリーフィングルームを飛び出してライラを追った。

 通路の薄暗い照明が制服に淡い影を落とし、壁に貼られた戦闘記録の紙が空調の風に揺れる。ジェリドの声が金属壁に反響した。

 

「待ちなよ」

 

 ライラが振り返り、冷ややかな瞳で彼を見据えた。制服が戦士らしい体躯を際立たせ、鋭い眼差しがジェリドを突き刺す。彼女の息遣いが僅かに荒く、熱気を帯びていた。

 

「なんだ、笑いに来たのか」

 

 ジェリドの胸に苛立ちが募り、彼は衝動的に拳を振り上げた。握り潰した拳が空気を切り裂く。

 

「ちっ! うおっ!」

 

 だが、ライラは軽やかに身をかわし、素早く足を振り上げた。ブーツが空気を裂く鋭い音を立て、ジェリドの顔面に強烈な蹴りが叩き込まれる。衝撃で彼は床に倒れ、鼻から血が滴った。金属の床に赤い滴が落ち、微かな音を立てる。痛みと屈辱が彼を襲い、ライラが冷たく見下ろした。

 

「気持ちはわかるけど、無理だね。恥を上乗せしに来るなんて律儀だね。宇宙は地球と違うって、どうして地球人にはわからないんだ」

 

 ジェリドは歯を食いしばり、膝をついたまま立ち上がった。鼻血が唇に流れ込み、鉄の味が舌に広がる。ガンダムに敗れた記憶が脳裏をよぎり、彼の声に熱がこもった。

 

「なぜだ!」

 

「なぜだ?」

 

 ライラが嘲るように繰り返し、ジェリドの感情が爆発する。

 

「地球でも十分訓練はした。適応能力は高かったんだ。だからオレはティターンズになれたんだ!」

 

 彼女の瞳が一瞬細まり、静かに反論する。声には冷たい刃のような響きがあった。

 

「適性と、対応するってことは違うね」

 ジェリドが一歩踏み込み、彼女の肩を掴もうとしたが、ライラが素早く手を振り払う。彼女の動きは流れるようで、戦場での回避動作を思わせた。

 

「教えろ、なぜだ!」

 

「およしよ、触るのは。そういった雑な神経がある限り、勝てやしないよ」

「あぁぁ、なんでこういうことが雑だって言うんだ?」

 

 ライラの瞳が鋭く光り、苛立ちを抑えつつ言葉を重ねた。

 

「イラつくねぇ! そんなやり方、聞き方、全部アンタのやり方だろう? 相手に合わせたやり方じゃないじゃないか。あたしにはね、アンタが付き合ってきた女と同じようにしたって通用しないんだよ」

 

 ジェリドが言葉に詰まり、必死に反論する。喉が乾き、声が掠れた。

 

「そういうつもりじゃないんだが……」

 

「新しい環境、新しい相手、新しい事態に会えば、違うやり方をしなくちゃならないんだよ」

 

 彼は目を逸らし、汗ばんだ手で拳を握り締めた。指の関節が白くなるほど力を込める。

 

「オレはそうしてきたつもりだ」

 

 ライラが冷笑を浮かべ、低く呟く。

 

「何も見ていないクセに、何が変えられるものか」

 

 その言葉がジェリドのプライドを抉り、彼は顔を上げて叫んだ。鼻血が乾き始め、顔に赤黒い筋を残している。

 

「オレが何も見ていないと言うのか!」

 

「見ていれば、ガンダムにだって勝っていただろう?」

 ガンダムに敗れた屈辱が蘇り、ジェリドの喉が詰まる。彼は唇を噛み、掠れた声で訴えた。

 

「教えてくれ。オレはヤツを倒したいんだ」

「なぜ?」

 

 ジェリドの声に熱がこもり、制服越しに胸が激しく上下した。瞳に野心と屈辱が混じり合う。

 

「なぜ!? オレだっていつかはティターンズをこの手にしたいと思ってる。そのためには面子を捨てて勉強しなくちゃなんねえんだ!」

 

 ライラの瞳に微かな興味が浮かび、彼女が低く呟いた。声に初めての柔らかさと、隠れた期待が混じる。

 

「本気らしいね。なら、この作戦、ボスニアから発進させな」

 

「あなたの船から?」

 

「うん。教えたげるよ」

 

 その瞬間、二人の間に微かな繋がりが芽生えた。彼女の冷たい眼差しに、ジェリドへの興味と信頼の兆しが宿っていた。

 

 アレキサンドリアのブリーフィングルームでの会話後、ジェリドとライラは格納庫へ向かい、模擬戦の準備を整えた。

 

 ボスニアの周囲の宙域で、二人はモビルスーツを駆り、訓練の火蓋を切った。漆黒の宇宙に浮かぶ赤と緑の機影が、スラスターの焰を尾のように引きながら交錯する。無線越しにライラの声が鋭く響いた。軍人らしい命令調に、ジェリドへの期待と苛立ちが混じる。

 

「エゥーゴを叩きたい、ガンダムを倒したいなら、まず感覚を磨け。お前はまだ宇宙がわかっていない」

 

 ジェリドはハイザックのコックピットに座り、乱暴に息を吐いた。パイロットスーツの厚い生地が肩に重くのしかかり、背中に熱がこもる。座席の革が軋む音が耳に刺さり、彼の荒々しい息遣いが狭い空間に反響した。目の前のディスプレイには、無数の星々が冷たく瞬き、ライラのガルバルディが赤い影となって迫ってくる。

 

「感覚って……どうやってだよ」

 

 その言葉が宙に溶ける間もなく、ガルバルディが動いた。スラスターが青白い焰を噴き、機体がまるで猛禽のようにジェリドへ突進する。模擬ビームサーベルが弧を描き、薄暗い宇宙に淡い光の尾を残した。空気が無いはずの空間で、ジェリドの耳にはなぜか金属が軋む幻聴が響き、心臓が喉元で脈打つ。

 

 ライラの声が再び無線を切り裂く。

 

「機体の振動、スラスターの反動、敵の殺気……全部感じるんだ。お前が雑だって言ったのは、それを見逃してるからだ。コンピューターの映像だけじゃなく、コックピットの軋み、ファンの唸り、ビームの発射音まで意識しろ。戦場じゃ一瞬の隙が命取りだ」

 

 ディスプレイに映るガルバルディの機影が急接近し、赤いシルエットが視界を埋め尽くす。ファンの低いうなりが背中に響き、スラスターの微かな振動が骨まで伝わる。コックピット内にこもる金属の匂いが鼻腔を刺し、ジェリドは反射的に操縦桿を倒した。ハイザックが軋みながら右へ傾き、シールドを構える。

 

 だが、次の瞬間、ガルバルディの模擬ビームがハイザックのシールドを掠めた。光が炸裂し、コックピットが一瞬白く染まる。警告音が甲高く鳴り響き、赤いランプが点滅するたび、耳障りな電子音が頭蓋に突き刺さる。シールド表面が溶けたように焦げ、ディスプレイに映る損傷データが無情に点滅した。ジェリドの指が操縦桿を握り潰すほど強く締まり、汗が額から滴って視界をぼやかす。

 

「くそっ……遅いのか!?」

 

 ライラの声が冷たく返ってくる。

 

「見えてないんだ。お前は敵の動きじゃなく、自分の頭の中だけで戦ってる。勝つには感覚で反応しろ。データじゃなく、戦場の空気を感じ取れ」

 

 ガルバルディが再び突進した。今度は旋回しながら接近し、スラスターの焰が螺旋を描く。模擬弾が宙に飛び交い、その一発がハイザックの左腕をかすめた。衝撃がコックピットを揺らし、ジェリドの体がシートに叩きつけられる。パイロットスーツが熱で張り付き、汗が首筋を流れ落ちる。警告音が断続的に鳴り、視界の端で赤い光が明滅するたび、彼の鼓動が加速した。

 

「感じろって……どうやってだ!」

 

 ライラのガルバルディが急停止し、宙に浮かんだままビームサーベルを構える。スラスターの焰が収まり、機体の赤い装甲が星明かりに鈍く光った。その一瞬、ジェリドは何かを感じた——敵の静寂に潜む殺気、コックピットの微かな振動、まるでライラの視線が機体越しに突き刺さるような圧力。

 

「今だ!」

 

 彼は叫び、ハイザックを前進させた。スラスターが咆哮を上げ、機体が宇宙を切り裂く。模擬弾を連射し、ガルバルディの周囲に光の網を張る。だが、ライラは軽やかに機体を翻し、ジェリドの攻撃を回避した。ガルバルディが反転し、ビームサーベルがハイザックの胸部装甲をかすめる。衝撃波がコックピットを揺らし、ジェリドの視界が一瞬揺れた。

 

「まだだ!」

 

 ライラの声が無線越しに響く。

 

「敵の動きを予測しろ。次の一手を感覚で読め。データは後からついてくるんだ」

 

 ジェリドの息が荒くなり、熱が首筋にこもる。ハイザックのスラスターが過熱し、コックピット内に焦げた金属の匂いが充満した。彼は目を閉じ、一瞬だけ集中する。ファンの唸り、操縦桿の微かな振動、ライラの機体が放つかすかな熱——すべてが頭の中で繋がった。

 

 目を開けた瞬間、ガルバルディが突進してきた。ビームサーベルが光の刃となり、ハイザックを両断せんと迫る。ジェリドは操縦桿を倒し、機体を左に滑らせた。スラスターが悲鳴を上げ、衝撃が背中に響く。サーベルの光が眼前をかすめ、コックピットの窓に一瞬だけ眩い尾を残した。だが、彼はかわした。

 

「やった……!」

 

 ライラの声が静かに響く。

 

「その感覚だ。だが、まだ始まりに過ぎない。次はお前が私を撃て」

 ガルバルディが距離を取り、再び構える。宙域に散った模擬弾の光が、まるで星屑のように瞬いた。ジェリドは立ち上がり、コックピットの狭い空間でライラの機影を見つめた。野心がぎらつく瞳に、初めての確信が宿る。

 

「お前が教えてくれるなら、俺は変われる。ガンダムを倒すためなら何でもする」

 

 ライラが僅かに微笑んだ。無線越しに聞こえる彼女の声には、熱と柔らかさが滲む。

 

「その意気だ。戦場で試されるのはお前自身だよ。その雑な神経を叩き直してやる」

 宙域に響くスラスターの咆哮と模擬弾の炸裂音が、二人の間に新たな絆を刻んでいった。

 

 




多分ジェリドはライラとの時間がもっと取れたら生き残れた気がする・・・・
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