宇宙の情炎 作:プラズマ
ジェリドとライラは、結果的には当初の目的通りアーガマを発見し、ボスニアへと帰還した。モビルスーツ格納庫にハイザックとガルバルディが収まり、二人は疲れ果てた体を引きずるようにコックピットから降りる。ジェリドの額には汗が光り、パイロットスーツの肩が重く感じられた。ヘルメットを脱ぐと、乱れた髪が顔に張り付き、整備員の喧騒が耳に響く。ライラの金髪は乱れ、戦闘の痕跡が疲れとして顔に刻まれている。彼女がスーツのファスナーを少し下げると、首筋に汗が滲み、薄暗い照明に濡れて光る。格納庫の金属的な臭いとオイルの匂いが混じり、熱気を帯びた空気が二人の周りを重く包む。
二人は互いに目を合わせ、小さく頷き合った。アーガマを見つけた仕事は果たしたが、30バンチで目撃したティターンズの虐殺という衝撃的な事実が、心に重くのしかかっていた。ジェリドが先に口を開く。
「なぁ、ライラ…やっと帰ってこれたけど、頭の中が整理できねえよ」
声は掠れ、疲労感が滲み、喉に絡む鉄の味が残る。
ライラが肩を軽く回しながら応えた。
「私もだよ、ジェリド。あの廃墟、あの死体…」
彼女が唇を噛むと、金髪が顔にかかり、それを乱暴に払う。指先が震え、吐息が白く曇る。
「でも、見ちまったんだ。目を背けても事実が変わるわけじゃねえよな?」
ジェリドが苦笑いし、ヘルメットを床に置く。鈍い音が艦内に響く。
「そうだな。あのクワトロって野郎の言葉も頭から離れねえ。『第二のザビ家』だってさ…ふざけた言いぐさだ」
ライラが鋭く目を細め、低く呟く。
「ふざけてても、あいつの目は本気だった。私たちが、バカみたいに感じる瞬間だったよ」
二人は格納庫の端に移動し、冷たい壁に寄りかかる。整備員がモビルスーツの点検を始める中、溶接の火花が飛び散り、金属の軋む音が響く。ジェリドがライラをちらりと見た。
「お前、あそこで叫んだよな。『嘘だ!』って。あの時、どう思ったんだ?」
ライラが一瞬目を逸らし、やがて小さく吐息をつく。
「…わからなかったんだよ。そんなことするなんて信じられなくて、でも、あの死体が頭に焼き付いてて…叫ばずにはいられなかった」
声が僅かに震え、彼女の手が無意識に拳を握る。
ジェリドが頷き、静かに言う。
「俺もだよ。クワトロの言葉に反発したけど、心のどこかで引っかかってる。あいつらの正義が、俺たちの正義とぶつかって…どっちが正しいのかわからなくなってくる」
ライラが小さく笑い、ジェリドの肩を軽く叩いた。指がスーツに触れ、微かな音が響く。
「お前、哲学者みたいなこと言うようになったな。戦場じゃただの猪だったのに」
ジェリドが苦笑し、反論する。
「猪でもいいさ。お前を守れたなら、それで十分だよ」
その言葉に、ライラの目が一瞬柔らかくなった。
ブリッジに戻ると、ジェリドはコンソールに寄りかかり、深く息を吐く。汗ばんだ額を拭い、疲労が体を蝕む。
「だが、こんな気分になるとは思わなかった」
声には疲労と動揺が混じり、コンソールの冷たい感触が手に伝わる。ライラが隣に立ち、コンソールを軽く叩きながら言った。
「心の中じゃまだ戦ってんだろ? 私もだよ。ティターンズが…あんなことをしたなんて、見なきゃよかったって思う瞬間もある」
ジェリドが顔を上げ、彼女を見つめる。
「お前、いつも強気なのに、そんな弱音吐くなんて珍しいな」
ライラが鼻で笑い、肩をすくめた。
「弱音じゃねえよ。現実を認めるのが嫌なだけだ。連邦に誇りを持ってたのに、こんな気分じゃ…どう戦えばいいんだ?」
ジェリドが手を伸ばし、ライラの肩に軽く触れる。指先が彼女のスーツを擦り、微かな温もりが伝わる。
「俺にはわからねえよ。でも、お前と一緒なら、なんとかやっていける気がする」
ライラがその手を軽く握り返し、小さく呟く。
「…お前、やっぱり面白い男だな」
その時、ブリッジの通信機が点滅し、アレキサンドリアからの信号が入った。ジャマイカンの声がスピーカーから響く。
「お前たち、アーガマを見つけたのは評価する。だがな、大苦戦した挙げ句、敵に逃げられたのはどういう了見だ? ティターンズの名を汚す気か、ジェリド? ライラ、お前も連邦軍の意地を見せられなかったようだな」
嫌味たっぷりの口調に、ジェリドが眉をひそめる。
「何だよ、あの野郎…俺たちが命懸けで戦ったってのに」
ライラが鼻で笑い、コンソールに軽く拳を叩きつけた。鈍い音がブリッジに響く。
「嫌味しか言えねえのか、あの少佐は。アーガマを見つけたのは私たちだぜ。逃げられたのはあいつの作戦が甘いからじゃないの?」
ジェリドが肩をすくめ、笑いながら返す。
「だよな。増援だって遅すぎたし。俺たちが死にそうだったの、知らねえんだろうな」
ライラが頷き、少し声を低くして言う。
「知っててもどうでもいいんだろ。あいつにはティターンズの名誉しか見えてねえよ」
ジャマイカンの声がさらに続く。
「次の作戦まで待機しろ。それまで大人しくしてろよ。お前たちの失態を私がどうにかしてやる。だがな、次の作戦では結果を出せ。さもないと、お前たちの居場所はなくなるぞ」
その警告に、ジェリドとライラの目が一瞬鋭くなった。通信が切れ、ブリッジに静寂が戻る。ジェリドがぼやく。
「いつものジャマイカンだ。気にしても仕方ねえな。あいつに何言われても、俺たちは生きて帰ってきたんだからさ」
ライラが軽く笑い、ジェリドの言葉に同意する。
「ああ。どうせ次で結果を出せば黙るさ。嫌味言う暇もなくなるくらい、叩きのめしてやるよ」
二人はブリッジを後にし、通路を並んで歩く。疲れが体を蝕む中、互いの存在が心の支えとなっていた。ライラが突然立ち止まり、ジェリドを見上げる。彼女の瞳には疲れと共に、何かを決意したような光が宿っていた。
「なあ、ジェリド。今夜、私の部屋に来てくれないか?」
その声には鋭さとは異なる柔らかさがあり、ジェリドの胸に温かい波が広がった。
「お前…急にどうしたんだよ?」
彼が少し驚いたように返すと、ライラが小さく笑う。
「どうしたも何もない。疲れてんだろ? お前と話したいだけだ。…それとも、嫌か?」
ジェリドが慌てて首を振る。
「嫌なわけねえだろ! いいぜ、行くよ」
ライラが満足そうに頷き、踵を返す。その背中に、戦場では見せない脆さが垣間見えた。ジェリドの胸がドキリと高鳴り、彼女の意図を感じ取った。
「お前ってさ、戦場じゃ怖いくらい強いのに、こういう時、妙に優しいよな」
ライラが振り返り、軽く睨むように言う。
「優しいって言うな。照れるだろ」
ジェリドが笑い、通路の照明に照らされた彼女の背中を見つめた。
数時間後、ボスニアの居住区画にあるライラの部屋。扉が開くと、シャワーを浴びたばかりのライラがショーツとタンクトップ姿で立っていた。濡れた金髪が肩に張り付き、シャンプーの甘い香りが漂う。部屋は簡素で、ベッドと小さなテーブルがあるだけだが、戦場の喧騒とは別世界のような静けさが満ちていた。ジェリドが入ると、ライラが扉を閉め、彼に近づく。
「お前、時間通りだな。几帳面なとこあるんだな」
彼女が軽くからかうように言うと、ジェリドが苦笑する。
「遅れたら怒られるだろ? お前、怖いし」
ライラが笑い、部屋の隅に置かれた椅子を指差した。
「座れよ。疲れてんだろ?」
ジェリドが椅子に腰掛け、ライラがベッドの端に座る。二人の間に一瞬の沈黙が流れた後、ライラが口を開く。
「ジェリド…今日、お前が私を守ってくれたこと、忘れられない」
声は低く、戦場での恐怖と安堵が滲んでいた。ジェリドが照れ臭そうに笑い、彼女の濡れた金髪に目を留める。
「お前が大事だからだよ。戦場でも、ここでも…お前がいなきゃ俺はダメだ」
彼の言葉に、ライラの胸が熱くなる。彼女が立ち上がり、一歩近づいて彼の胸に手を置いた。指先がスーツに触れ、微かな温もりが伝わる。
「私もだよ。お前がそばにいてくれるから、私だって強くなれる。なぁ、ジェリド…あの時、私、死ぬかと思ったよ。あのガンダムのサーベルが迫った瞬間、初めて自分が怖いって思った」
その言葉に、ジェリドの目が一瞬揺れる。戦場で鋼のように強いライラが、初めて見せる恐怖の告白だった。彼女が続ける。
「戦場じゃ何も感じられなかった。死にたくないって思うのも、お前がいて初めてわかったんだ。…だから、今夜はお前と一緒にいたい。もっと近くで…お前を感じたいんだ」
ジェリドの心臓が跳ね上がった。彼が立ち上がり、ライラの肩に手を置き、静かに引き寄せる。彼女の首筋に触れた手が一瞬震え、彼が囁いた。
「お前が生きてるって実感が、今やっと湧いてきた」
声には安堵と情熱が混じり、ライラの瞳が潤む。
「お前…本気か?」
ジェリドの声が震えると、ライラが小さく頷く。
「本気だよ。戦場で何度も死にそうになって…お前とこうやって生きてる今が、奇跡みたいに感じるんだ」
二人の吐息が絡み合い、戦場の喧騒が遠ざかる。ライラの手がジェリドの背中に回り、彼の体温を感じながらそっと抱き寄せた。
「お前、あったかいな…戦場じゃ感じられなかったよ」
ライラが囁くと、ジェリドが彼女の腰に手を回し、笑う。
「お前もな。冷たい女だと思ってたけど、こうやってると全然違う」
ライラが軽く睨み、返す。
「冷たいって言うなよ。私だって人間だ」
ジェリドが彼女の首筋に顔を近づけ、静かに言う。
「知ってるよ。だから、こうやってお前を感じたいんだ」
部屋の照明が淡く二人を照らし、静寂が全てを包み込む。ライラのタンクトップの裾が僅かに上がり、彼女の肌がジェリドの手に触れる。彼がその感触に息を呑むと、ライラが耳元で囁いた。
「ジェリド…私を抱いてくれ」
その言葉に、ジェリドの目が一瞬揺れ、彼女を強く引き寄せる。
「ライラ…俺だって、お前が欲しい」
ライラの首筋にジェリドの唇が触れ、彼女の吐息が熱く彼の耳に響く。。彼女の手がジェリドのスーツを探り、ゆっくりと下ろし始める。二人の体が近づき、戦場で張り詰めていた緊張が溶けるように絡み合う。ベッドの端に腰かけたライラがジェリドを見上げ、静かに微笑む。
「なぁ、ジェリド…今夜は戦いを忘れよう」
ジェリドが頷き、彼女の手を取りながら応えた。
「ああ、お前とだけ…ここにいるよ」
二人の影が重なり合い、部屋の静寂が情熱に変わり始めた。シャンプーの香りと彼女の温もりがジェリドを包み、戦場の記憶が遠く霞む。ライラの吐息が彼の耳に響き、二人は互いを確かめるように抱き合った。