宇宙の情炎 作:プラズマ
ボスニアがアンマン近郊に到着し、ジェリドとライラは半舷上陸の許可を得て、月面都市アンマンの中心街へと降り立った。灰色のコンクリートと強化ガラスでできたオフィスビルが整然と並び、低重力環境に適応したコンパクトな構造が特徴的なこの工業都市は、静かで機能的な活気を湛えていた。郊外には資源採掘や生産のためのドームが点在し、中心部には企業オフィスや居住区が集約されている。空気循環装置の微かな振動音と、遠くで動く輸送ドローンの低音が響き合い、軍艦とは異なる無機質な空気が漂っていた。
ティターンズの制服を脱ぎ、軽装で街に降り立つと、二人は自然と手をつないで歩き始めた。ジェリドがライラの横に立ち、アンマンの空気を吸い込みながら笑った。
「この無機質な感じ、嫌いじゃないよ。戦場ばっかりじゃなくて、たまにはこういう場所も悪くないな」
ライラが手を軽く握り返し、微笑む。金髪が低重力でふわりと揺れ、甘いシャンプーの香りが漂った。
「戦いばかりじゃ息が詰まる。こういう時間も大事にしたいよ」
二人は中央通りへと足を向けた。強化ガラスの通路沿いに露店が並び、月面産の金属工芸品や保存食が目を引く。露店で焼きたてのパンを見つけ、ジェリドが店主にコインを渡して二つ買い、ライラに一つ手渡す。薄い小麦生地にチーズが挟まれた簡素な軽食だ。熱気が手に伝わり、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「お前と食うと、なんでもうまいな」とジェリドが笑い、ライラが「そうだな」と返す。二人の指が絡み合い、通路の静かな喧騒の中で温もりが広がった。
中央通りを抜け、二人はアンマンの展望エリアへ向かった。強化ガラスで囲まれた円形のデッキからは都市の全景が見渡せ、遠くに月面のクレーターが連なる荒涼とした地平が広がる。郊外の工業ドームが微かな光を放ち、中心部のビル群が静かに佇んでいた。ジェリドが手すりに寄りかかり、ライラの隣に立つ。低重力の風が二人の髪を揺らし、彼女の香りが漂う。
「ここからの景色、悪くないな。お前が隣にいると、なおいいけど」
ライラが肩にそっと寄りかかり、微笑んだ。体温が伝わり、戦場では感じられない穏やかさが胸に広がる。
「確かに。この景色、戦場じゃ見られないよ」
その時、遠くのクレーターに一瞬だけ不自然な光が映った。月の暗闇に溶け込むような微かな閃光——エゥーゴの艦影かもしれない。ジェリドが目を細め、低く呟く。
「何か変だな……」
ライラがその視線を追い、同じ方向を見やるが、光はすでに消えていた。近くを通った住民が二人の鋭い視線に眉をひそめ、背を向ける。
ジェリドがライラの手を握り直し、軽く引っ張った。
「デートならもっと歩こうぜ。居住エリア、見てみたいんだ」
ライラが「いいよ」と頷き、二人は手をつないでデッキを降りる。ジェリドの指が彼女の手を優しく包み、ライラが小さく笑った。
居住エリアへ足を進めると、月面都市らしいコンパクトな居住棟や小さな商店街が目に入る。強化ガラスで覆われた通路には空気浄化プラントの微かな稼働音が響き、生活感のある静けさが漂っていた。居住棟の窓から漏れる明かりが月面の夜を穏やかに照らす。ジェリドが居住棟の物資搬入口に目を止め、荷物の量が不自然に多いと感じて一瞬眉を寄せた。ライラがその視線に気づき、商店の看板を見つつ首を傾げる。二人は言葉に出さずとも、街の異変を感じていた。
小さな商店で月面産の金属製ブレスレットを見つけ、ジェリドが店主にコインを渡して手に取る。細い鎖に小さな星型のチャームがついた、月面都市らしい一品だ。ライラに笑いかけた。
「お前に似合いそうだと思ってさ。こういうのもいいだろ」
ライラが受け取り、指でチャームを軽く撫でて柔らかく微笑む。
「こういうの選ぶセンスあるんだな。ありがとう、ジェリド。付けるよ」
左腕にブレスレットを巻き、ジェリドがその手を取って軽くキスする。二人は笑い合い、ジェリドがライラの髪を撫で、彼女がその手に頬を寄せた。
「ライラが喜んでくれて良かったよ」
ライラが胸に手を置き、小声で返す。
「そうだな。でも、お前にそんな甲斐性があったとはね」
二人は見つめ合って笑った。
居住エリアを歩き回った後、二人は小さなカフェに入った。強化ガラスと金属で囲まれた簡素な店内で、ジェリドが熱いコーヒーを、ライラが冷たいフルーツジュースを注文する。テーブルに座り、ジェリドが一口飲んで笑った。
「なぁ、ライラ。哨戒任務のついでにデートってのも、結構楽しいな」
ライラがジュースを飲み、微笑む。
「確かに悪くないよ。このブレスレットも気に入ったし」
隣席の住民が小さく呟いた。「軍人はデートでも目立つな」と皮肉っぽく言い、グラスを置く音が響く。ライラがその言葉を聞き逃さず、鋭い視線を投げる。住民が一瞬目を逸らし、気まずそうに黙り込んだ。
ジェリドがライラの手を取り、ブレスレットの星型チャームが照明に反射して輝く。彼女の目を見つめ、真剣に続けた。
「戦場じゃいつも命懸けだけど、お前とこうやって過ごせるなら頑張れるよ」
ライラが手を握り返し、柔らかく微笑んだ。
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな。でも、私も同じだよ。どんな場所でも、お前がいてくれるなら特別だ」
グラスを軽く合わせ、静かな笑い声が響く。窓から見えるオフィスビル群が薄暗い照明に照らされ、夜を迎えていた。
カフェを出て、二人は手をつないでボスニアへのシャトル乗り場へ向かった。アンマンの夜が深まり、オフィスビルの明かりが月面の暗闇に映える。歩きながら、ジェリドがふと足を止め、郊外ドームの光を見つめた。ライラがその視線に気づき、同じ方向を見やる。ドローンの多さ、物資搬入口の活発さ、展望エリアでの不自然な光が頭をよぎった。
シャトル乗り場の近くで、二人は立ち止まり、互いの目を見据える。ジェリドがライラの手を強く握り、低く呟いた。
「アンマン、ただの工業都市じゃないな。エゥーゴがここで何かやってるに違いない」
ライラが頷き、鋭い視線で応える。
「私もそう思うよ、ジェリド。物資の動き、ドローンの数……何か仕込んでる気配がする」
シャトルに乗り込む前、ジェリドが彼女の目を見て小さく頷き、ライラが唇を引き締めて応えた。アンマンでのデートから一転、戦いの準備が静かに始まっていた。
シャトルがボスニアに帰還した夜、二人は艦内の食堂で軽い食事を取った。簡素なテーブルに座り、ジェリドがコーヒーを手に持つ。「アンマンでの時間、また欲しいな」と笑うと、ライラが「次はもっと落ち着いて過ごそう」と返す。その時、トミーとガルシアが食堂に入ってきて、二人に近づいた。トミーがニヤリと笑い、トレイを手に持つ。
「大尉、ジェリド、デートどうだったっすか? アンマンで仲良くしてたって噂っすよ」
ガルシアがトミーの肩を叩き、ぶっきらぼうに続ける。
「バカ言うな、トミー。大尉とジェリドが見た異変、俺らも哨戒で確認するべきだろ。物資の動き、気になるぜ」
ジェリドがトミーに軽く睨みを利かせつつ、笑う。
「からかうならお前らも連れてってやるよ。哨戒で何か見つけたら俺に報告しろ」
ライラが冷静に頷き、部下に指示を出す。
「トミー、ガルシア、明日から哨戒に加われ。アンマンの異常、見逃すなよ」
トミーが「了解っす、大尉!」と敬礼し、ガルシアが「了解」と応じる。窓外の月面で一瞬だけドローンの異常な動きが映り、四人が顔を見合わせた。ジェリドが「何かおかしくないか?」と呟き、ライラが「哨戒で確認しよう」と応じる。
翌日から、ジェリドとライラ、トミーとガルシアはボスニアで哨戒任務に就いた。ハイザックとガルバルディを交互に出撃させ、アンマン近郊の月面を監視する日々が続く。2日目、ジェリドが通信越しに「ドームの光が昨日より多いな」と呟くと、トミーが「俺も見たっす、変だぜ」と応じ、ライラが「物資の動きも気になる」と返す。3日目の夜、ガルシアが通信で「ドローンの数が異常だ、大尉」と報告し、ボスニアのセンサーが微かな異常信号を捉える。チャン艦長が「何かいる可能性がある」と警告を発した。
4日目、ジェリドがハイザックで郊外ドームを観察中、クレーターの影に隠れた不自然な金属片を見つける。「ライラ、これ怪しくないか?」と通信で確認し、ライラが「近づくな、報告しよう」と冷静に応じた。トミーが「俺も近くで見るっす!」と割り込み、ガルシアが「無茶すんな、トミー」と制する。
5日目の昼、ボスニアのブリッジでチャンが状況を報告。「哨戒で得たデータだと、アンマンの物資が異常だ。エゥーゴの動きがあるかもしれん」と言うと、ジェリドが「デートの時の光、やっぱり怪しかったな」と頷き、ライラが「準備を急ごう」と促す。トミーが「俺らも戦うっすよ!」と意気込み、ガルシアが「大尉、指示を」と静かに待つ。静かな警戒の中、ジェリドが通信越しに軽口を叩いた。
「デート、またやりたいな。あのブレスレット、お前によく似合ってたぜ」
ガルバルディのコックピットでライラが笑い、返す。
「そうだな、ジェリド。次はお前ともっとゆっくり歩きたいよ。哨戒ばかりじゃ息が詰まる」
だが、その穏やかな時間が終わりを迎えた。6日目の夜、ボスニアのセンサーが複数の熱源反応を捉える。アンマン近郊の月面から、エゥーゴの艦隊が姿を現した。アーガマと、その脇を固める正体不明の大型艦、サラミス級らしき船体2隻、計4艦が突如出現。ボスニアを振り切る勢いで砲撃が始まり、月面にオレンジと白の閃光が走る。艦隊から放たれたモビルスーツの群れが突撃を開始していた。
ボスニアの作戦室で警報が鳴り響き、チャン艦長が叫ぶ。
「エゥーゴだ! 全員配置につけ、迎撃準備だ!」
ジェリドとライラ、トミーとガルシアは即座にコックピットへ向かい、ハイザックとガルバルディのハッチが閉まる。トミーが「やっと出番っすね!」と叫び、ガルシアが「大尉、援護します」と冷静に応じる。アンマンでのデートから一転、エゥーゴの猛攻が新たな戦いの火蓋を切った。