宇宙の情炎 作:プラズマ
アレキサンドリアのブリーフィングルームは、緊張と焦燥が入り混じった空気で満たされていた。長机の上に広がる戦術マップには、アーガマの予想進路が赤い線で描かれ、サイド1、月、サイド2へと分岐する矢印が不確定さを冷たく物語っている。ジャマイカンがマップを睨みつけ、熱が額にこもり、疲労で曇った瞳が鋭く光る。部屋にはジェリドとライラを含む数人の士官が集まり、壁に投影されたモビルスーツの損傷報告が淡々と映し出されていた。焦げた装甲の写真と赤字の数字が、戦場の傷跡を無言で訴える。ジェリドは無言で腕を組み、唇を固く結んでいた。
ジャマイカンが重い声で口を開いた。
「このままだとアーガマがサイド1へ行くのか、月に向かうのか、サイド2に行くのかわからん」
彼の指がマップを叩き、掠れた声に苛立ちが滲む。鈍い音が部屋に反響し、空調の低いうなりがその隙間を埋める。
ライラが一歩前に出て、冷静だが力強い口調で提案する。
「ですから、艦隊を3つに分けて…」
ジャマイカンが即座に彼女を遮った。声に怒気が混じり、眉が険しく歪む。
「大尉! 作戦参謀は私だよ」
ライラは眉を僅かに動かし、視線をジャマイカンに据えたまま、言葉を続けた。
「ガルバルディ隊をアレキサンドリアで修理していただいた分だけ、我々は働かなければなりません。我々はティターンズではありませんからボスニアに戻り、別ルートでアーガマを追い、その足を止めます」
熱が胸にこもり、金髪が照明の下で鋭く光った。戦士の気概が静かに部屋を圧する。
ジャマイカンは鼻で小さく笑い、彼女の覚悟を試すように目を細める。
「いい覚悟だが、敵を捕捉したときに戦い急ぐなよ。大尉は戦争を好むタイプと聞いたぞ」
ライラの瞳が一瞬鋭くなり、反論が口をつく。
「それは少佐の偏見です!」
声に熱がこもり、拳が無意識に締まり、関節が軋む。
ジャマイカンは片眉を上げ、しばし彼女を見つめた後、渋々頷いた。
「良かろう。もし接触ができたときの判断は君に任せる。我々との合流を原則にな」
ライラは背筋を伸ばし、敬礼と共に短く応えた。
「はっ! 行くぞ」
彼女のブーツが床を叩き、硬質な音がブリーフィングルームに響く。士官たちが動き始め、ジェリドも立ち上がった。
「俺も準備を急ぐ。ガンダムを逃がすわけにはいかない」
ジェリドの声は低く、拳を握る手に力がこもり、骨が軋む音が微かに響く。ブリーフィング中、黙って聞いていた彼の瞳には、カミーユへの執念が宿っていた。
会議が解散し、士官たちが退出する中、ジャマイカンがジェリドを呼び止めた。
「ジェリド、待て」
ジェリドが振り返ると、ジャマイカンの冷たい視線が彼を貫く。低く唸るような声で警告を発した。
「お前は、ティターンズの人間だろう。だが連邦軍のライラと仲良くしすぎだ。ボスニアへ一緒に行くんじゃないだろうな? ティターンズの規律を理解しているのか?」
ジェリドの胸が一瞬締め付けられた。その瞬間、頭に閃く幻視——ライラのガルバルディがガンダムMk-IIのビームに貫かれ、コックピットが爆炎に呑まれる。彼女の叫びが耳に響き、装甲が溶けて赤熱する光景が視界を埋め尽くす。爆風の熱が顔をかすめ、ライラの声が「ジェリド!」と絶叫に変わり、コックピットの破片が宙に舞う。背筋が凍り、熱が額にこもり、息が荒くなる。幻視が消えると、彼は目を瞬かせ、唇が微かに震えた。
「いや…俺は一緒に行く」
声は掠れていたが、決意に揺るぎはない。ライラを見捨てるわけにはいかなかった。あの戦場で彼女に助けられ、彼女と共に生き残った絆が、彼を突き動かす。
ジャマイカンの顔が歪み、怒りと諦めが交錯する。
「ならば結果を出せ。ティターンズの名を汚すような真似は許さんぞ」
彼は踵を返し、ブリーフィングルームを出ていく。ブーツの音が遠ざかり、ジェリドは一人残された。
通路に出ると、ライラが待っていた。彼女は肩にパイロットジャケットを引っかけ、ジェリドに視線を向ける。金髪が熱で僅かに乱れ、鋭い瞳が彼を捉える。
「決めたのか?」
「ああ。お前を…いや、アーガマを逃がすわけにはいかない」
ジェリドは言葉を言い淀んだが、ライラは小さく笑って頷いた。
「なら、準備しろ。ボスニアで敵を捕まえるぞ」
ライラの声には静かな信頼が宿り、二人は並んで格納庫へと向かっていった。
戦艦ボスニアのブリッジは、静寂と緊張が交錯する空間だった。暗い照明の下、レーダーとモニターが淡い光を放ち、クルーたちの手がコンソールを忙しく動かしている。空調の低いうなりが微かに響き、金属とオイルの匂いが漂う。ライラは艦橋の中央に立ち、腕を組んで窓の外の暗闇を睨みつけていた。ボスニアがサイド1の外れでアーガマを追う中、彼女の焦りが声に滲み出る。
「まだか。まだ見つからんのか」
ボスニアの艦長チャンが、コンソールの側から冷静に応えた。浅黒い肌に短く刈った髪、落ち着いた声にはどこか余裕が感じられる。
「急ぐなよ。サイド1ではなかったんだ」
その時、ボスニアのクルーの一人が声を上げた。モニターに映るレーダーの点滅を見つめ、手が震える。
「いました!」
ライラが振り返り、鋭い視線をクルーに突き刺す。
「本当か?」
クルーが慌てて頷き、データを確認しながら報告を続ける。
「アーガマです。レーダーにそれらしき船影が。間違いありません」
ライラの唇に薄い笑みが浮かんだ。
「当たったか」
チャンが彼女に近づき、眉を軽く上げて問いかける。
「ライラ、勝算はあるのか?」
ライラは一瞬目を細め、チャンと視線を合わせた。
「あるかどうかはわからないが、やってみせる」
彼女はブリッジの隅に立つジェリドに視線を移し、力強く告げた。
「ジェリド、やるよ」
ジェリドは腕を解き、コンソールに寄りかかっていた体を起こす。ブリーフィング中、黙って状況を聞いていた彼の瞳には、ガンダムへの執念が宿っていた。
「当然だ。アーガマを逃がす気はない」
ライラが小さく頷き、クルーに指示を飛ばす。ボスニアのエンジンが低く唸り、静かにアーガマを追撃する態勢に入った。ブリッジに張り詰めた空気が流れ、誰もが次の展開を待つ。
やがて、クルーの一人が新たな報告を上げた。声に緊張が混じる。
「アーガマが、30バンチに入港した模様です」
ライラの眉が僅かに動く。
「30バンチへ? あそこは…」
チャンが彼女の言葉を引き取り、静かに説明を加えた。
「例の作戦で住民が全滅したところだ」
ライラの瞳が鋭くなり、思案するように呟く。
「あんな場所にエゥーゴが? エゥーゴの秘密基地が?」
チャンが首を振って否定しつつ、冷静に分析を続ける。
「ううん、ああいう場所だからこそ、秘密基地の格好の場所と言えるな」
ライラは一瞬考え込み、すぐに決断を下した。
「偵察する。こちらの動きを察知されぬよう、迂回して、工業用ハッチ側へ乗りつけてくれ」
チャンが眉をひそめ、慎重な口調で提案する。
「アレキサンドリアを待った方がいいのではないか?」
ライラは小さく笑い、自信を覗かせた。
「どうせなら、ジャマイカン少佐に戦況報告ができた方がいいだろう?」
チャンが苦笑しつつ、渋々同意する。
「そりゃそうだが」
ライラは視線をチャンに戻し、穏やかに続ける。
「様子を見るだけだ」
チャンが念を押すように付け加えた。
「基地があるかどうか確認するだけだ。いいな」
ライラが小さく頷く。
「うん」
ブリッジのクルーが動き始め、ボスニアは静かに進路を調整する。ライラはジェリドに近づき、低い声で確認した。
「準備はいいな?」
ジェリドは頷き、拳を軽く握る。骨が軋む音が微かに響く。
「ああ。30バンチで何が待ってるかわからないが…カミーユがそこにいるなら、見逃すわけにはいかない」
ライラの唇が僅かに緩み、信頼の眼差しを返す。
「なら、行こう」
二人はブリッジを後にし、モビルスーツ格納庫へと向かう。ボスニアの艦体が微かに振動し、30バンチの暗い影が徐々に近づいてきた。かつてのコロニーの廃墟が、秘密と危険を孕んで二人を待ち受けていた。