しがない一式神の日常〜桃色日和〜 作:ふなぐち又兵衛
──初めに感じたのは、唇から伝わる、やわらかく潤った、ほのかに甘い感触だった。
──目を開いた先には、カフェラテめいた色の髪で穏やかな顔立ちの、愛らしい少年。
──耳朶を
──舌が転がしたのは、その
私の記憶の始まりは、このようなものだった、と思う。
続いて脳裏に浮かぶのは、初めての着替え、になるのだろうか。
少年と私を引き合わせた、若い女性に連れて行かれた先の更衣室にて。
身につけていた入院着を脱がされ、用意された灰色の肌着の上から、
白い薄手のセーターと黒くシンプルなジャンパースカートに着替えさせられた私は、
更衣室の出口で待っていた少年に手を引かれるがままに、
春の陽気に満ちた、外の世界に足を踏み出すことになった。
ほっそりした、やわらかくあたたかい手は、
──わたしのものだ。
との自覚を与えてくれた、初めての
少年の頬と耳にのぼった血の気の赤さは、今でもハッキリと思い出せる。
あの時に取った手のあたたかさを、何度でも胸の中心に蘇らせてくれるからだ。
手をつないだままの私たちがまず向かったのは、
今の今に至るまで何度もお世話になっている、製造部の一角を占める、装備品の売店だった。
そこで出迎えて来たのは、顔立ちは異様に整っているものの、目の下に酷い隈を浮かべた、
私と同等の長身を、黒いパンツスーツに包んだ、顔色の悪い、黒髪の女性であった。
彼女は、私の胴回り腰回りや、四肢の長さなどの寸法を手早く測って、こうのたまった。
「私とだいたい一緒ねえ、──ニキの、好い人さん」
その言葉に続いた、口角を左右に引き裂くような笑顔と、
ゆるく弧を描いて細められた、ドブ川が腐ったような色の瞳は、未だに忘れることができない。
のちに同じ経験をしたと語るシキガミたちの大半が、あの笑顔を目にすることで、
「驚愕」や「怯え」という感情を実感することになったのだ、私も含めて。
彼女から、悪意や害意を感じたわけではない、ないのだけれど。
生まれた直後に、悪魔よりも悪魔じみた笑顔を見せられるのは、
いささか以上にパンチが利き過ぎている、と思うのだ。
うなじで束ねた長い髪の魔女の笑顔が、チラついているようである。
何はともあれ、少年がその場において、私に買い与えてくれたのは、ひと振りの無銘の刀と。
破魔耐性を帯びさせられた、私の瞳の色とお揃いな、真紅の組紐であった。
私たちガイア連合製の高級シキガミは、第1号たる叛逆の赤雷どのに倣ってか、
大抵の場合、物理耐性・精神状態異常無効・呪殺無効を持たされた状態で造り出される。
本来ならば、素材のせいだろうか、我々シキガミは、火炎弱点を帯びてしまうはずなのだが。
そのデメリットは、我らが創造主たる星霊神社の神主どのが、
卓越したという言葉が陳腐になるほどの、火術の使い手であるが故に、
問題無く踏み倒せているのだと、のちに耳にする機会があった。
ただ、我らガイア連合にとっての根絶不可能なお邪魔虫と目される穢教鳥……失礼。
メシア教に巣食う羽畜生……でもなくて、天使どものメインウェポンである、
破魔属性への対抗策が必須とされるが故に、私にはこの組紐が与えられたのだろうなと、今にして思う。
そろそろ話を戻そう。
「防具の方は、3日後だって」
「次は、暮らしに必要なものを買わなきゃね」
その時の私は、首をコクリとうなずかせた、のだったか。
赤い組紐をリボン代わりにして、魔女どのに結ってもらった、ポニーテールが揺れていたのだろうか。
私の首肯に、先程の彼女が浮かべていたものとはまったく別物な、
愛くるしい笑顔が返ってきて、私の中には、ひとつの衝動が芽生えていた。
──この笑顔をもっと見たい、ずっとずっと見ていたい。
それが、私が造り出され、この少年……主に
寄り添い、存在する理由なのだと、
今も、そう信じている。
それからは、細々とした買い物が続いた。
食器だったり、洗面用具だったり、替えの衣類だったりだ。
今にして思えば、たのしいたのしい逆セクハラの時間だっただろうなあ、
と、どこぞのメスカクエンじみた含み笑いが止まらないような場面もあった。
ありがとうピクシーの店員諸姉、貴女たちに選んでもらった【夜の装備】は、
支払いの時に、真っ赤になって縮こまっていた主を
まあ、最近では、愛くるしく猛り勃つ主に、
私が返り討ちにされるような事態も、たびたび起こるようになったのだが。
どちらに転んでも私は幸せなので、何の問題もないわけだ。
ああ、羞じらう主の顔を思い出すだけで、身体の芯が、熱い。
どこぞのメスカクエンを嗤うことは、私にはできないようだった。
──我が主、お慕いしております。
──どうかこのはしたないナマクラに、お情けを頂戴しとうございます。
──ええ、ええ、いつも、いつでも、いつまでも。
──あのメスカクエンめも、最愛の亭主どのには。
──そのように、日夜ねだっているでしょうから。
かように、私の偽りのない本心は、実に独りよがりで他責的、
その上サカリのついた桃色で、大変恥ずかしい代物だと思う。
主も受け入れてくださっていることだし、改めるつもりは毛頭ないが。
さて、私たちが、主にあてがわれた宿舎の一室に着いたのは、
昼下がりのワイドショーが、ニュースに切り替わる時間帯だったか。
赤い組紐で黒髪を結い上げた長身の女と、
淡い栗色の髪を伸ばし気味にした少年が、
両手にいくつもの紙袋をぶら下げて、
どうにか狭い玄関を抜けて、大きな居間に転がり込めたのだったな。
私は人斬り包丁ならぬ魔斬り包丁入りの竹刀袋を肩にかけたままだったし、尚更窮屈だった。
それからが、大変だった。
当時の私は、指示を出されねばマトモに行動できないような木偶人形状態で、
主は、私の胸や脚の辺りをチラチラ見ながら、気もそぞろであったことだし。
ああ、当時の私に、今の私の自我が芽生えていたら、
服も食器も洗面用具も玄関に置き去りに、すぐさま寝室に主をお連れして。
ゆるゆると身包み剥ぎ取っ……んんっ、生まれたままの姿にしてさしあげて、
自分もピクシーで購入後着替えてきた【夜の装備】一式姿になって、
望まれた通りに貪り尽くして、欲望を余さず受け止めてさしあげたものを。
そして、つながったまま、ふたり揃って泥のように眠って、
明け方に目をこすりながらシャワーを浴びて、浴室でもう2、3度貪りあった挙げ句、
やっと戦利品を仕舞って、ゆっくりと朝食を味わうのだ。
経験がなく、自我が希薄だったとはいえ、実に惜しいことをした……と、そうだった、味わうといえば、だ。
「あ…………」
あの時の主の腹の虫は、実に微笑ましい鳴きっぷりだったな。
昼食抜きであれだこれだと買い物をしていれば、腹の虫くらい鳴きもするだろう。
顔と耳を赤く染めて、眉根を寄せた、ほのかに涙目になった主の愛らしさも、
腹が鳴った途端に、買ってきた物の整頓と収納の手際が良くなったのも、どちらも忘れられない、な。
それらがひと段落ついてから、そっと用意してくださった握り飯の旨さといい、
男性のひとり暮らしというには、掃除が行き届いた居間といい、
主は、きっと良いお嫁さんになれると思う。
まあ、主は私のものだから、私の隣か、私の腕の中以外の、どこにも行かせるつもりはないのだが。
とは言うものの、あくまでこれらは今の私だから言えること。
当時の私は、言われるがままに衣類をクローゼットや衣装ケースに収納して、
主が作ってくださった、鮭入りのおにぎりを頬張るだけであった。
それにしても、何故あんなに旨いのだろうな、主が手ずから作ってくださった食事は。
米そのもののみならず、ほぐされた具材も、まぶされた卵味のふりかけも、
すべてがほのかな甘みを帯びていて、顎を動かすたびに幸せな気持ちになれた。
現在においては、私も台所に立つ機会があるわけだが、
私が作ったものは、主の幸せに貢献できているだろうか。
そうでありたいものだと、強く思う。
それから。
まあ、その、なんだ。
私は、主と、男女の仲になった。
主が淹れてくださった茶を啜り、歯を磨いた後のことだった。
「きて」
初々しい欲望にぎらついた目だった。
たどたどしくも力強い手つきだった。
私は手をひかれ寝室に連れ込まれた。
思い出すだに、口角が吊り上がる。
身体の芯が熱を帯びて潤ってくる。
クローゼットが備えつけられ、置かれたベッドが大き過ぎて手狭な寝室で、
主は立ったままの私の胸元に顔を埋めてきた/抱きしめ返せばよかった。
私の背に伸びてきた主の手が、スカートのファスナーを下ろしてきた/焦りが、
私を求めてくださる気持ちが伝わってきて、思い出すだけでよだれが出そうだ。
ジャンパースカートが床にとぐろを巻いた/そそくさと回収する主の姿が愛らしかった、
セーターの裾から覗く、ピクシーで穿き替えてきた、黒いショーツ越しの鼠径部を視姦する目つきさえ。
クローゼットにジャンパースカートを吊るして、とんぼ返りして来た主が、
再度私の胸元に顔を押しつけた/ふとももの辺りに硬いものがめり込む感触がいとおしい。
「……手、上げて」とおそるおそる指示を出してこられたので、
私は万歳の姿勢になった/怯えと劣情が浮かぶ瞳だけで、果ててしまいそうになる。
今度はセーターが床を這った/主の目もそれを追うように下がって行く。
白いレース飾りに彩られた、黒いランジェリー姿にさせられた/あ、MAGと精のニオイが強くなった。
背中のホックを外そうとする主の手がもどかしい/すり合わせるように手と手を近づけてください、主。
涙をうっすら浮かべた主の「外れない」という情けない声/そこで無理にずりあげようとしないところが可愛い。
無言で私はハーフカップブラを脱ぎ捨てた/目がまんまるになる主は可愛過ぎて反則だと思う。
何やら重たそうな擬音とともに、私のバストが外気と主の視線に曝された/主の顔より大きいでしょう?
主が私のバストにむしゃぶりついてきた/もう少し優しく……は、無理、ですよねえ……。
痛みの中に僅かな快感が混ざり、私の頭蓋の内に微熱を点した/抱け、抱け、抱きしめろ私!!
ひとしきり揉みしだき、桜色の先端をしゃぶり、尖らせたことで主が満足したのか、
私と視線をあわせて「脱がして」とおねだりしてきた/思い出すだけで鼻腔が熱い。
パーカーとズボンを、肌着を脱がせ、主をトランクス1枚にしてさしあげた/20歳?
いいところ中…高学年にしか見えないではありませんか、色々な意味で犯罪ですよ?
ウエストのゴムに手指をかけて、引っかかりを避けるためにほのかに前に引きながら、
そっと手を床に向けておろし、ご開帳/あ、鼻血が出てきた……。
ヘソ目掛けてそり返った、半ば包皮につつまれたままの、
未成熟な欲望の象徴が、私の視界に飛び込んてきた。
私は思わずそこに手を伸ばした。
途端に、うっすら黄ばんだ白いほとばしりが、私の手を、私の頬を、
主の唾液にまみれた胸元を、剥き出しの腹を灼いた。
「「あ…………」」
今思い返しても、気まずい沈黙が流れた。
そして、その時こそが。
私の自我が、はっきりと目覚めた瞬間だった。
「っ」
目尻から雫をあふれさせた主が、頭を抱えてうずくまりそうになり。
私は無傷な──って言い方はどうなんだ──左手を伸ばして、
主の小さな肩を抱き寄せた……胸といわず、腹といわず、
主の欲望の残骸がこびりついていたのは、ご愛嬌であろう。
「あ……」
「その、だいじょうぶです、だいじょうぶですから、あるじ」
だいじょうぶです、もんだいはありません。
わたしはここにいます、あるじのもとにいます。
わたしで、興奮してくださったんですよね、嬉しいです、主。
泣かないでください、拒まないでください。
どうか、このまま続けましょう、主。
「……それでも、一度、キレイにした方がいいと思うよ」
たどたどしくペラを回し……失礼、掻き口説いた私への、主の返答がこれだった。
親しみが込もった、苦い泣き笑いほど、愛らしく、いとおしいものはないと、私は思った。
ただ、依怙地なのはいただけないな、とも。
私は無言で、主の欲望の残骸にまみれた、右手に舌を這わせた。
塩気と、ほのかな生臭さと、甘いMAGにまみれたそれは、
舌にしつこくからみつくようで、なんともいえない後味だった。
それに構わず、右手で頬を拭い、乳房を拭い、腹を拭い、まとめて口に含む。
口内に唾液を溢れさせて、それとともに飲みくだしてやった。
最後に、舌で唇をひと舐めして、口角を吊り上げて。
「これで問題ありませんよね、主?」
私の初めての笑顔は、先程目にした魔女どののそれと遜色ないほど、
禍々しいものだったろうなと思う……なにせ、主の主が、
しょんぼりとうなだれてしまっていたし……まったく、失礼な。
「え、えーと……」
「問題はないです、ないんです、ホラ、もうキレイでしょう、私の胸も、顔も、手も」
「し、しぐれさん?」
「問題はないんです、ないって応えてください、応えろ」
「しぐれさーん?
なんだか自我が芽生えるのが早過ぎませんかしぐれさーん!?」
「んんっ……
男なら腹をくくりなさい、黙って
…………素直でよろしい。
就職の面接かと言いたくなるようなカチコチの表情と姿勢ながら、
私が指さしたベッドの中央付近に、主はようやく腰掛けてくれた。
ただ、揃えた膝の上に、ちんまりと手を置いているのはいただけない。
不満げに呻いた私は、その場に跪いて、主の両膝に手を添えて、
肩幅より少し広く開かせ、有無をいわせず鼻面をそこにうずめた。
口腔にほんのり海老のようなニオイが満ちると同時に、
耳朶を主の悲鳴が甘く
舌を這わせ、頬をすぼめて口腔を蠢かせるとともに、
萎れていた小海老が、熱と硬度を取り戻すのが楽しい。
水音を立てて、私はよみがえったそれを解放してやり、軽くキスまでしてやった。
続いて、主にも。
「逆になってしまいましたね」
そううそぶいて、恥ずかしそうに目をそむける主の頬を抑え、再度口づける。
今度は舌まで絡め合い、溜めた唾液を主の口内に送り込んでさしあげた。
静寂の中に、濡れたやわらかいものが絡み合い、捏ね回される音ばかりが満ちてゆく。
いつしかそれは、互いの耳元だけでなく、私の真芯からも奏でられるようになっていた。
──もう、いい、かな。
唇と唇を、未練がましく透明な橋がつないでいた。
腕を伸ばして、持ち上げた主の身体を、宙で90度回転させる。
ショーツを脱ぎ捨てつつ、私はすかさずベッドに這い上がり、仰向けになった、主の腰の辺りに膝立ちになった。
再びの水音。
めり込んでいく、主。
掻き分けられる、私。
途中で突き当たった抵抗は、儚く引き千切られて。
主の腿に私の尻が着地して、私たちは、結ばれた。
ひりつく痛みが、頬からひと筋、こぼれていった。
「あは、は」
これで、
その時、私は確かに笑ったと思うのだが。
先程浮かべた、魔女どののそれじみたものでは、なかったと思いたい。
どれほどそうしていただろうか。
寝室には、いつしか、重なるあえぎ声と、湿ったやわらかいものの、擦れ合う音だけが満ちていた。
熱があふれた、湿りがあふれた、快楽のMAGがあふれた、
互いの粘膜から、甘い電流が背筋を駆け上がって、頭蓋で爆ぜた。
主の手が、私の乳房を捏ねて、先端を尖らせた。
私の手が、主の手を包んで、互いに絡み合うように握りしめられた。
突き上げられる主の腰にあわせて、私の腰が、前後に上下にぐりぐりとひねられた。
何度目かの絶頂が、私と主の真芯を焼き尽くして、私の最奥で弾けて、あふれた。
牝の断末魔がひと際高く響いて、力無く牡の上にくずおれた。
スライムみたいに蕩けきった私は、どうにか主の頬を包み込んで、
「お疲れ様でした、主」
唇を吸い、ついばむことができた。
それに応えてくれる、主の舌と、優しく髪を撫でてくれる手がいとおしかった。
私たちふたりの間にあったのは、満足感か、それと表裏一体の、疲労か。
いつの間にか、私も、主も、たそがれの中に、
意識を溶かし込んでしまったようだった。
そして、ぽかり、と目が覚めた。
目の前には、私の下には、困ったように微笑む、主がいらっしゃった。
「ぁ、……おはよう」
「ん、おはようございます、主」
寝起きだというのに、舌を絡めてくださって、本当にありがとうございます。
主がいとしくて愛くるしいのが悪いのです、責任をとって、私を幸せにしてください。
「はいはい……掲示板の俺らは、こんなこと言ってなかったけどなあ」
こんなに早く反応を返すようになるとか、聞いてないぞ僕は。
などと主がのたまうのがしゃらくさいので、私は再度唇を
まったく、こうまでビンビンのパンパンにしておいて、掲示板がどうとか言ってる場合ですか。
さあ、朝の一番搾りと行きましょう、そうしましょう。
「いや、これはどちらかというと、トイレに行きたい方なんですけど……」
じゃあなんでそんなに元気いっぱいなんですか、シたいならシたいとそう言ってください。
「したいのはトイレです! って言ってるでしょうが!!」
……フラれてしまった、残念だ。
クシャミをひとつして、私はしょんぼりするハメになった。
その寂しさと悲しさと憂さは、用を済ませて帰ってきた主で晴らした。
おかげでシーツを捨てる他なくなってしまったと、シャワーを浴びながら主は肩を落としていた。
浴室で愛してもらえなかった私も、無念で肩を落とした。
どっとはらい。
・しぐれさん
立てばクール、座ればボイン、歩く姿はムチッ凛ッて擬音がしそうな、生まれたての嫁シキガミ
好色と忠実のふた言でだいたい説明できる人格に目覚めた、はず……あれ? 忠実はどこいった?
・結友くん
前衛仕様のシキガミを注文したらこうなった、新米覚醒者俺達
例によって美貌の合法ショタ(20)
・ドブ川が腐ったような色の瞳の女性、メスカクエン
いずれも前作より、チラッと
・ピクシー
塵塚怪翁さんの『【カオ転三次】『俺たち』閑話集』より
こういう話しか書けませなんだ。
ご一読いただければ、幸いです。