しがない一式神の日常〜桃色日和〜 作:ふなぐち又兵衛
今回、拙作の主人公&ヒロインとの会話シーンがあります、ご了承ください。
戒めるは白くしなやかな腕、包み込むはワイシャツ越しの顔ほどもあるやわらかな双丘、
くつろげられた襟元からは、薄く汗ばんだ縦一文字のクレバスが覗いていた。
視線を上げていけば、そこにはすらりとした首とつつましいおとがいに、
1本の三つ編みに纏められた艶やかな黒髪が緩くからみ。
瑞々しい桜色をたたえて引き結ばれた薄い唇が続いて、細く高い鼻と、すべらかな薔薇色の頬。
長い睫毛に縁取られた、閉ざされた大きな双眸と、サラリとした濡れ羽色の前髪が額と眉にかかる。
まぶたの向こうには、鮮血がそのまま珠と
彼の式神──当人は従者と書いてつまと読め、などと主張するに違いない──である、しぐれである。
彼女は、オカルト的な手法で造られたガイノイドの身でありながら、この上なく熟睡していた。
昨晩、日付が変わる頃まで結友にまたがり、彼の生体マグネタイトと精を、
ほしいままに胎内で貪っていた、心地良い疲労の為であったのだろう。
体熱を生じ、発汗し、若い女性特有の芳香を漂わせ、表情を変えながら感情をあらわにし。
そうあれかしと
のしかかっておさまりが良いモノを
人造の女体に溺れ切ったこれまでとこれからに思いを馳せて、
結友はその童顔に似つかわしくなく、片頬を渋く吊り上げた。
──慕ってくれるこのコのためにも、起きねば。
何せ、今朝もふたりで朝食を摂る予定なのだから。
結友は、充血した海綿体と、耳に残る嬌声の残響を持て余しつつも、
未だに寝息を立てるしぐれの抱擁から逃れて、音も無く寝室をあとにした。
ゆうくん、すき、とつぶやかれた、寝言の呼びかけに背中を押されて。
寝言を発した女も、耳にした男も、互いに口許がほころんでいた。
「今朝は少し楽できるな、ありがとしぐちゃん」
昨晩、張り切った彼女が、おおぶりなハンバーグを4枚も焼き上げてくれていたからである。
洗顔と手洗いを済ませた結友は、洗ったトマトとキャベツをザクザクと切り分けた。
夕食にひとり1枚を食べ、もう1枚は冷蔵保存していたおかげで、
今朝の結友としぐれは、それを温め直し、パンと生野菜を添えるだけで、朝餉にありつけるというわけだった。
「……でも、汁物は要る、よなあ」
細くため息を吐いて、結友はタマネギを取り出し、切り分けて顆粒出汁とともに鍋で煮込みだした。
文明万歳、インスタント万歳とさえずりながら。
──それにしても、何ができるだろうなあ、僕は。
この文明社会が滅ぶのが定められた世界で、と結んで、結友は覚醒して空色に染まった瞳を翳らせた。
──フツーに現代日本に生まれ育って、オタクになって、生きて、死んで。
──気がつけば、昭和時代の幼稚園から出直しで、新しい名前と顔と身体を押しつけられて。
──挙げ句、メシア教なんて侵食機能付きの汚物溜めがのさばっていやがるときたもんだ。
──対抗する
──それにしてもハンディキャップが重過ぎないかなあ!? 容姿も体格もシモも小学生並みとか!!
──いやシモは
「……僕の何が悪かったんだ」
運とかめぐり合わせってのは、わかっちゃいるけどさあ。
再度のため息が、結友の口から吐き出された。
魂ごと放出されたがごときそれは、煮えるタマネギスープの香りを、掻き消さんばかりのようだった。
「おはよございましゅ、あゆじ」
「……おはよ、しぐ」
吊り上がった目を眠たげに細めてこすりこすり、それにともなってワイシャツの下のバストがゆさゆさ。
煮えるタマネギと顆粒出汁の匂いに惹き寄せられた、水橋家の眠り姫のお目覚めであった。
やさぐれていた結友は、内心あわてて表情を取り繕い、笑顔を浮かべ、しぐれを見やる。
──またブラしてねーなこのコは……いや、着けてたらハズしたくなるんだけど。
現金なもので、ワイシャツの裾から覗く、赤いクロッチ越しのキャメルトゥーに、結友の3本目の脚が疼き出す。
引かれた腰の動きに目ざとく赤いまなざしが突き刺さり、空色の瞳にチェシャ猫じみた微苦笑が映り込んだ。
「……あゆじのえっち」
「いいからはよシャワー浴びてきなさい」
「んふ、ふぁい♪」
シラフでは決してしないであろう、ウインクと投げキッス。
犯したろかこの寝ぼすけ娘という、変声期前の小さなぼやき。
耳ざとくそれを拾い上げて、筒をかたどってゆるゆると前後する右手と、ちろちろ蠢かされる桃色の舌先。
結友は、耳と頬を血の気に染めて、全力でそっぽを向いた……ささやかにズボンの前を膨らませながら。
それを見て満足したのか、浴室前の脱衣所兼洗面所に消えていくしぐれは、口許をだらしなく緩めていた。
──ゆうくん、かわいい♪
幸せに蕩けたふにゃふにゃの甘え声が、憂いをスッパリ消し飛ばしてしまったことに結友が気づいたのは、
風呂上がりのしぐれがドライヤーを使う音を背景に、コーヒーを淹れるための湯を沸かす最中であった。
電子レンジで温め直された、ケチャップまみれの大きなハンバーグ。
スライスチーズを挟み込まれ電子レンジで温められ、開かれ溶けた中身をさらされた、食パン2枚。
櫛型にカットされたトマトふた切れが添えられた、ハンバーグの5割増しほどの体積を誇る千切りキャベツ。
コンソメが溶け込んだ香ばしい湯気を立てる、素朴なオニオンスープ。
そして、牛乳と砂糖をこれでもかとブチ込まれた、カフェオレらしきインスタントコーヒーのなれの果て。
以上が本日の水橋家の朝食である。
いただきますと声が重なり、ふたりはさっそく箸でハンバーグを食パンに挟み込んだ。
こぼさないように気をつけてと結友が呼びかけ、
しぐれがそれにやや間延びした返事を返しつつ、咀嚼。
幸せそうに食べるなあ……とお互いの姿をチラチラ流し見して、
胃の腑のみならず胸をあたたかくしながら、口の中のものを嚥下。
口腔内の脂と旨味と甘酸っぱい残り香をスープで洗い、
野菜とサンドイッチを交互に口にして、またたく間に器を空にしていく。
スープが味噌汁めいて口許に運ばれ、具は箸で食べられているのはご愛嬌である。
何せ器が味噌汁用のそれであることだし。
「食べるのは一瞬だな」と結友が表情を緩めたところで、
しぐれはぬるくなったカフェオレもどきに悠々と口づけた。
ふたりとも猫舌の甘党なので、コーヒーは牛乳で割って、
砂糖をしこたまブチ込んだ上で呷るものと認識しているのが、なんともはや。
インスタント品とはいえ、コーヒーに対する冒涜であろうか。
なお、似たような味覚の持ち主である、目の下に弩級のクマを常駐させた黒衣の魔女だの、
その友人であるイノシシ毛皮を纏ったメスドラフ系女子大生だの、二足歩行の豆柴だのが、
この朝っぱらからそろってクシャミをしたとか、メスドラフの恋人である眼鏡の保護者がいぶかしんだとか。
何はともあれ、程なくして、ごちそうさまでしたの二重奏が、居間に響くことになった。
食器洗いや歯磨きを済ませて、時刻は朝の7時半、BGMはテレビのキャスターが読み上げるニュース。
お行儀良く椅子に腰掛けたしぐれは、拭き上げられた食卓に自立する、
折りたたみ式の小さな鏡の中の、赤い瞳を覗き込んでいた。
彼女の背後に立つのは、左右の黒髪を三つ編みに纏め、側頭部にそれらを這わせて、
いつもの破魔耐性付きの赤い組紐でポニーテールを結い上げようとしている、結友。
お互い、髪の匂いや、手指の感触に、ムズムズしたものを覚えているところである。
ああ、結友くんにのしかかりたい。
ああ、しぐにむしゃぶりつきたい。
実に似たもの
「できたよ」
「ありがとうございます、主」
鏡越しに、親愛に満ちた、青と赤のあたたかいまなざしが絡み合う。
たとえ「あー、今すぐこのコ
さて、慕情と劣情に抑えが利かなくなり、
頬の血の気と目の潤みを割り増しに、眉根を寄せて、唇をちろりと舐め、ほんの少しだけ、舌足らずに。
「あるじぃ……」
「……帰ってから、ね?」
僕は弱い、心身ともに弱い。
み…2日に1回は、負けるよ。
でも、それは今日じゃない。
苦笑の影で、欲望を抑えつけた結友は、不退転の決意を固めていた……昨日は負けてしまっていたので。
昨日の彼は日がな一日、いとしい
鏡越しに、視線をもって交わされるしばしの鍔迫り合いの末、退いたのは。
「わかりました、きっとですよ」
椅子に腰掛けていたせいで、視線がかろうじて低くなっていた方だった。
ぬくもりや餌をねだる仔犬めいて、せつなげに鳴らされる鼻がいじらしい。
結友は黒いポニーテール越しにしょんぼりと寝かされる、秋田犬の耳を幻視した。
「うん、帰ったら、ね」
返事を搾り出した彼は、どうにか、肩にそっと手を添えるのにとどめることができた。
こういう事態において、背後から肩を抱いたり、頭を撫でたりしたが最後、
躍りかかってきたしぐれに、寝室にドナドナされた、甘く苦い経験が無数にあったので。
血の色の瞳に浮かぶハート型の瞳孔はトラウマである、もう今世の親の顔より見た気もするが。
再び、未練をたたえた仔犬のせつなげな甘え声が、結友の耳朶に届けられた。
しばし時計の針を進めて、ガイア連合山梨支部、修行場異界上層の片隅、
周囲に切り立った崖がそびえるものの、視界がひらけた、岩場を模した区域にて。
すれ違ったふた組の男女が、まとめて悪魔の群れに襲われ、迎え撃っているところだった。
いや、男女と言うにはいささか語弊があったかもしれない、外見年齢的な意味で。
もとい、響き渡るのはふたり分のアルト、そしてボーイソプラノがひとり分であったのだから。
──僕も口を開けば、ボーイソプラノがふたり分になるなあ。
結友は、場違いにもそんな感想をいだきながら、地を蹴った。
「ゆーちゃんゆーちゃん! エンジェルいてはる!!
こない浅いとこになんでエンジェルがおんねん!?」
「あー、だいじょうぶだよナナさん、あの人は、水橋さん、っていったかな?」
「へ? ゆーちゃん、あのエンジェル、知ってるん?」
「うん、覚醒した頃、挨拶する機会があってね、おれと似たような体質だって言ってた。
おれはコボルトのアウトサイダー、先祖返りだけど、
あの水橋さんはデビルシフター、巫女さんっつーか、
イタコや狐憑きみたいな、
「豆柴ニキ! 主は、巫女や、イタコでは、ない、ぞ!
れっきとした、男性だ! あなたと、同じく!!」
「っと、すんません、そのテの男の人は、何て呼びゃいいか、わからなかったもんで」
「なら、
鉄火場で刀を振るう真っ最中であるが故か、怒号じみたしぐれのクレームと、
天から襲い来る爪と呪文に身を晒しているというのに、どこか呑気なまま、
されど容赦なく火の粉を払う少年の謝罪が、宙を舞う結友の耳に届く。
しぐれと同等の長身と豊満な体型に、うなじで束ねた長い金髪が特徴的な、
童顔の美女が、ギリギリおもちゃと見なせなくもない造作の、アサルトライフルを手に目を見はり。
その女性と揃いの防弾ベストとカーゴパンツに身を包んで、
ゴツい木刀を右肩に預けた、黒髪で小柄な愛らしい少年が、左の手刀を顔の前に立てて、
目尻を普段以上に吊り上げた巫女姿のしぐれに、「メンゴメンゴ」と言わんばかりに苦笑いを向けていた。
なお、彼の周囲には、妖鳥の鳥足と呼ばれる
遭遇したハーピーの群れを片っ端から狩猟用のスリングショット──ちなみに素材は結友の骨と腱、
弾丸は結友の歯だ──で射ち抜いて地べたに叩き落とし、刀の柄に手をかけて待ち構えるしぐれが、
抜き打ちの【グラム・カット】でトドメを刺し、戦利品の回収作業がひと段落ついたところで。
無銘の刀を鞘に納めた剣客巫女が、再び、サバゲープレイヤーめいた姿の美少年に食ってかかった。
傍らでそっと【エストマ】を発動させた結友に、金髪の美女が小さく笑顔を見せて「おおきに」とつぶやく。
もっとも、彼女は即座に、しぐれの方にピリついた視線を戻してしまったが。
「だいたい、豆柴ニキは不用心が過ぎると私は思う。
主を軽々しく姓で呼ぶのはやめていただきたい」
「返す言葉もないわ、ごめんなさい」
ちなみに、結友のハンドルネームは、『手羽先ニキ』である。
覚醒したら天使 エンジェルのデビルシフターになってしまったと電子掲示板上で自己紹介した際に、
「ペ天使やんけ!」「害鳥じゃねーか!」「手羽先かよ!」などと袋叩きに遭った中で、
まだしもマシかと判断した呼び名がそれだったからだ。
実年齢が20歳な結友の身長が19cm、チン長が2cmばかり縮んだのも、
すべては覚醒にともなって、悪魔変身能力を会得してからのことであった。
実家に若返りとその原因や経緯をどう説明したものかと、
半絶縁状態になってしまっているのが、最近の結友の悩みである。
しぐれの愛とカラダに溺れることで、ここ数カ月ばかりは、見なかったことにしていたが。
回想に表情を渋くする結友の耳が、濁ったため息を拾う。
ため息の主は、黒髪の少年に寄り添っていた、金髪の美女であった。
──陵桜学園の世界史担当教諭そっくりだな、しぐと同じく、身長も胸もちょい盛るペコされてるけど。
結友が内心でつぶやいていると、金髪の美女が、しぐれに剣呑な視線を突き刺しているのが見えた。
余談だが、今の結友の外見を端的に説明するなら、ライダースーツめいた皮革製の防具に身を包み、
カフェオレ色の髪と晴天色の瞳、天使の翼を備えた、某無限書庫の司書長どのの少年時代版である。
しぐれの方は、伸びた背丈相応に体型を盛られた、
「……さっきから黙って聞いとったら、なんやのん、あんさん?
ゆーちゃんの何がアカンっちゅーねん、なあ?」
「不用心なところだと言っているだろう……豆嫁、だったか?
惚気スレで目にした通りの口調でまるわかりだな」
「は? 不用心? どーゆー意味?」
吊り上がった目、童顔、束ねられた癖の無い長い髪、180cm近い長身に見合った、豊かな胸と尻。
少年の姿の若者たちは、睨み合う互いのシキガミの容姿に、デジャブと、妙な親しみを覚えた。
無論、お互いにも。
──ああ、コイツ、
コールタールが焦げたような色の目と、洗剤が劣化したような色の目が、
悲哀と同情と「アンタの嫁さんだろ、なんとかしてくれ」というほんの少しの憤りを秘めて交錯する。
ヘドロが溜まったような色の目と、包丁が錆びたような色の目が、火花を散らすのと時を同じくして。
火蓋を切ったのは、しぐれの方であった。
「豆嫁、メシア教を知っているか?」
「天使どもの飼育係やろ? それがどないしたん?
ウチをお迎えしてくれはる直前に、ゆーちゃんが友達の飯野くんとミナちゃんと、
朝倉
なんや若手のエラい大人数で、いてこましたったてゆーてたわ」
「では、メシア教がどんな連中の集まりかも聞いているな?」
「せやね、天使の力をカサに着た、狒々親爺や三下ばっかなんやろ?
ミナちゃんが、
イヤラシー目で見られた! 朝倉先生と嫁はんがいてこましてくれはったけど!
て、イヤーな顔して吐き捨てとったわ」
「……破魔ネキと、キノネキと、人魚ネキと、比翼ネキと、あと牡丹ネキにも謝っておけ。
彼女たちにタチの悪いストーカーがついたらどう責任を取るつもりだ?
連理ニキや保護眼鏡ニキに、要らん心配をかけさせようとするなよ……。
奥方や恋人が、聖母候補だ! ってうわ言をほざきながら輪姦しようとしてくる、
頭蓋まで精液の詰まった下衆に目をつけられたらどうするつもりだ」
「りっ……ウチのどこが悪いねん……?」
「本名を大声で呼ぶところだな、名前が判明している相手には、ただでさえ呪詛が届きやすくなるというのに。
豆嫁も、豆柴ニキも、軽々しく人の名前を口にするのが不用心だと再三言っているんだ、私は。
ネットサーフィン中に画面の向こうの相手と口論になって、悪戯半分の呪詛を食らって、
パソコンの前で盛大に脱糞させられたくはないだろう?
その呪詛が向けられる先が主なら、尚更に」
「だ、脱糞かいな……そらイヤやわ、堪忍な?」
「わかったのならいい。
まあ、山梨支部にいる分には、問題ない気もするがな。
そもそも、生半なメシアンごとき、返り討ちにできる女傑たちではあるんだが」
「ミ、牡丹ネキは女傑のうちに入るんかな……?
ウチ、まだお迎えしてもろて半月くらいしか経っとらんけど、それでもわかるで?
ポン*2やろ、あのコ」
「言わないでやれ……恋人ともども、娑婆っ気が抜けてなさ過ぎるのもどうかと思うが」
最初の剣呑な気配はどこへやら。
すっかり悄然とし、今はどこか親しげにしぐれと言葉を交わす金髪の美女を見て、
傍らで煤ける黒髪の美少年に視線を移すと、結友は彼の肩に、軽く手を置いた。
「耳が痛えっす、それ以上に申し訳ねえや」
「お気持ち、お察しします」
「はあ……なんで私がこんな新人教育係みたいなことを……」
「お疲れ様」
帰還後の昼下がり、主従ふたりが、ガイア連合山梨支部に間借りする宿舎の一室にて。
どっと疲れましたと顔に書いてあるしぐれを、苦笑する結友が労っていた。
「まあ、豆柴ニキが昼食をごちそうしてくれたことには、感謝しなくもないですが」
「ハーピーがドロップした、脇差仕立ての備前の短刀も、こっちに譲ってくれたしね」
「『その長めのドスを
じゃないですけどね、ドス呼ばわりはやめろというのに」
「あはは……」
支部食堂のガイアカレーでやや遅い昼食を摂った4人は、しばしの雑談や情報交換ののちに解散した。
主人の左腕をかかえた途端、「ウチ幸せ♪」と全力で主張する笑顔を浮かべて帰途につく長身の嫁シキガミと、
苦笑いに表情が固定されてはいるものの、こちらも幸せ全開なMAGを発散する矮躯の少年を見送って、
結友もしぐれも、頬から首筋にかけて、そっと血の気を昇らせた。
ハタから見れば、自分もこうか、直すつもりは、ないけれど、と。
主従揃って脳裏をよぎる、都々逸じみた一節を首を振って追い払い、
共感性羞恥を咳払いで誤魔化すしぐれに向けて、結友は口を開いた。
「しかし、やはりレベル差があると違うなあ……しぐより明らかに早いし強いよ、あのワンコ。
いや、真正面からヨーイドンしたら、僕も確実に負けるなありゃ……覚醒したのは僕が先だったんだけど」
「くっ……いずれ追いついて、いいえ、追い越してみせます。
まあ、保護眼鏡ニキと牡丹ネキに引っ張り上げられたのもあるのでしょうね。
どうせなら、情報面での護身も仕込んでおいてほしかったところですが、
いかんせん3人とも、一般社会の常識とやらに、とらわれたままのきらいがあるように見受けられます」
「
保護眼鏡ニキに至っては、ネットにほとんど触らないみたいだし」
「……失礼ながら、その御仁は原始人か何かですか?
私や豆嫁でさえ、主にネット環境を使わせていただけているというのに」
「考え方が古風というか、頭が固くはあるっぽい。
情報収集はともかく、掲示板での交流に重きをおくつもりがない、というのかな」
「それでよく
元をたどれば、インターネット上での繋がりだったのでしょう?」
「カノジョがネットを眺めてたら、前世うんぬんで引っかかって、
山梨のオフ会に連れてこられた、思ってたより話が通じて驚いた、とかなんとか」
「そんな堅気の青年が、今では恋人や後輩といっしょに、山梨の異界に潜ってレベル上げ、ですか」
「学生の俺達も多いけど、レベル上げと学業の両立って大変だよね。
そういえば、掲示板で牡丹ネキが、彼氏は前世に引き続き教師志望とか言ってたかな」
「確かに、聞く限りではそんな雰囲気ですね……どうせなら、私は、主に夜の作法の専属教育をしたいです」
「はいはい」
交わされる微笑と苦笑、そしてしばしの沈黙。
腹は満ちた、歯も磨いた、鉄火場で掻いた汗は修行場備え付けのシャワー室で洗い流して来た。
「……教育、しましょうか」
「うん……」
そういうことになった。
レースカーテンのみが閉めきられ、外部から室内を確認することはできないが、日差しが通り、薄明るい寝室。
カットソーにジーンズ姿の結友と、スカート丈の短いニットワンピース姿のしぐれは、そっと抱擁を交わした。
結友の視界にはしぐれの鎖骨周辺、しぐれの視界には結友のつむじ。
互いの体温とニオイ、結友を包み込んでくるふたつの丘、
しぐれのふとももに当たる、ささやかながらも硬い感触。
表情をほころばせながら、俯き加減のしぐれは、爪先立ちになった結友の口づけを受け入れた。
唇を食み、吸い、舌を伸ばし、絡め、突き。
舌で歯茎を、口蓋の縁を、犬歯をまさぐり。
あふれてきた唾液を啜り、相手に送り込む。
ふたりの唇が水音を立てて離れたそこには、
日差しを反射する透明な橋が架かっていた。
「……歯磨き粉の味がします」
「なら、良かった」
脱がせてください、主。
笑顔をやや蕩けさせながら、両腕を広げて、しぐれがお願いをしてきた。
一瞬の逡巡、彼女が着ているのは、長袖のニットワンピースだったので。
結友が再起動して、手を伸ばした。
「「…………♪」」
ミニ丈の裾から小さな手が忍び込んで、くるくるとローライズの赤いショーツを脱がせていた。
触ってもいないのに、クロッチの裏地部分が変色しているのを目視して、結友は満足げに鼻を鳴らした。
「ずるいですよ、主」
「順番までは指定されてないからね」
──屁理屈を捏ねる悪いお口は、こうです。
楽しげなアルトが、結友の頭上から降ってきた。
肩を押さえるしぐれの手の動きに逆らわず、結友はカーペットに跪く。
ミニ丈のスカートの裾が少しめくれ上がり、無毛の恥丘から、
ピンクの突起、慎ましくはみ出した淫唇の襞が、覗いているのが見えた。
淫唇がほぐれ、己が雫に潤っているのがよく分かる。
無言で促されるままに、再びの口づけが交わされた。
ただし、少年は唇を、女は淫唇を以てして、である。
肉の真珠を啄まれ、淫唇を吸われ、最奥への入口をねぶられて、女の甘い悲鳴が、寝室内に響き渡った。
──いくら吸っても飲んでも舐め取ってもきりが無い。
いいかげん下半身が窮屈になった結友は、しぐれを舌と唇で苛みながら、
膝立ちのまま、自分でベルトをハズして、下半身を露出した。
矮小な分身が、途端にヘソにへばりつくのを忌々しく思いながら。
「あは、」
ゆうくん、おはよ。
真紅のまなざしが、包皮にほぼほぼ隠れているモノを目ざとく視姦し。
脊髄反射めいて、しぐれの唇が幼い挨拶を紡ぎ出して声をかけ。
ひと際高く甘い嬌声が、ふたりの鼓膜を深々と突き抜けていった。
「あゆじぃ、めえ、です」
「ゆうくん、おはよ、じゃなくてねえ」
敏感になったクリトリスを強く吸われた女の抗議と、
重度の半包茎に挨拶をされた少年の憤懣が絡み合う。
「「むむむむむ」」
お互いにへの字口を結ばせたのは、劣情、不満、ほんのちょっぴりの申し訳なさ。
折れたのはしぐれの方であった。
「あゆじ、たっち。 ゆうくんを、かっこよくしてさしあげます」
「おねがい」
跪いていた方が立ち上がり、立っていた方が跪く。
桜色の唇が、恥ずかしげな鈴口に吸いついて、ゆるゆると濡れた舌先を包皮に潜り込ませていった。
結友のせつなげな呻きが、しぐれの耳朶を快く擽り、淫唇からの雫を溢れさせてゆく。
薄い塩気を帯びた粘液を啜って、しぐれの高い鼻が誇らしげに鳴り。
小ぶりなスモモを思わせる亀頭に、おおげさな音を立てて口づけた。
「スケベ」
「はい、あなたの、つまですから」
お酒の一滴も飲んでないのに酔っ払ってやんのと、結友は笑った。
あなたのせいですよ、責任をとってくださいと、しぐれは笑った。
立ち上がりながら、女は少年からカットソーを肌着ごと脱がせて、全裸に。
もう着てはいられないと、長袖のニットワンピを豪快に脱ぎ捨てて、半裸に。
少年が背中に伸ばした両手でホックをそっとハズし、女も裸体を晒した。
火照る一対の裸身が、再度の抱擁を、そして3度目の口づけを交わした。
レースカーテン越しの西日に照らされ、若い女と、少年の甘い体臭に満ちた寝室に。
水音が響き、粘膜が擦り合わされ、ベッドがギシギシと軋みを上げる。
いつも通り、しぐれが華奢な腰にまたがって挿入し、
表情を
馬となった結友は、呑み込まれた一点からもたらされる至高の快楽に溺れながらも。
どこかで冷静な思考を捨てずに、先端を尖らせて暴れる双丘を、
その向こうで緩みきった美貌を、微笑ましそうに見つめていた。
そろそろ、あゆじ呼びがゆうくん呼びになるんだろうなあ、と。
根本から先端までの慎ましい距離を、複雑さと締めつけを、
熱さを、何より潤いを増した愛欲の渦が、がっちりと搾り抜く。
結友が予想した通りに、しぐれの桜色の唇が、
ゆうくん、ゆうくん、ゆうくんと、必死に唄い出すにつれて、
青い欲望が、噴火口を目指して駆け上がるのがまざまざと分かった。
しぐ、もう、いく。
骨盤に回していた手を、しぐれが手を伸ばしてきたのにあわせて、しっかりと握り込む。
結友がこぼした、途切れ途切れの掠れ声に、
快感の中枢を殴打されたかのように震えるしぐれが、
弧を描かせた目尻に涙を浮かべながら、遠吠えめいて、啼いた。
爆ぜる閃光、痙攣する粘膜、吐き出される瀑布。
繋がった性器と両手がまとめてひしゃげるかと思った。
痛みさえいとおしいのか、いとしさと快楽が痛いほどなのか、結友にはわからなかった。
ただ、のけぞっていたしぐれが、絶頂から還って来て、
安心しきった泣き笑いを浮かべて、のしかかって来るのは。
この上なく幸せなことだと、感じた。
「ゆーくーん……」
──僕、口許を舐めさせろとせがんでくる甘えん坊のでっかい仔犬に、押し倒されてる。
絶頂してくれた、いとおしい相手への、膣内射精直後の、
最高の虚脱感に腑抜けた脳裏に浮かぶ、益体もない妄想。
汗ばんだ女体と、結われた髪から醸し出される芳香と、ぬくもりに包まれ。
唇といわず口角といわず頬や鼻まで降らされるキスのにわか雨に、結友は苦笑した。
──ああ、しぐれってそういう。
ホントは、モデルになったアニメキャラの名前のもじりだったはずなんだけどねえ。
降らせるのは悪魔の返り血のにわか雨、もしくはこんな風にキスのにわか雨。
しぐれはどこまでもしぐれだなあ。
「……あゆじ? ……あるじ?」
「なんでもない、なんでもないよー」
吊り上がった目つきながら、きょとんとした表情は、
覚醒できたあの日の注文通りに、あどけなさが濃い。
右の肩甲骨と背骨の間を平手でポンポンと軽く叩くと、
気を取り直したかのように、キスをねだる嫁シキガミ。
それに舌で応えてやりながら、結友は柔和に目元で弧を描いた。
どっとはらい。
・しぐれさん
あゆじの手料理もあゆじのゆうくんもおいしい!!
今日も幸せ
・結友くんこと手羽先ニキ
やっとカオ転三次の転生者らしくハンドルネーム出せた
今日もしぐを可愛がろう
・豆柴ニキ
拙作『しがない一転生者の徒然』の主人公
今日も嫁シキガミの言動に煤けてる、でもナナさん愛してる
・豆嫁
上記拙作のヒロインにして語り部
今日も黒札の人の本名を呼んでしもてんねん、ウチも愛してるでゆーちゃん
いろいろとこっ恥ずかしい話ですが、読んでくださってありがとうございました。
血涙鬼・彼岸さん、ディストピアさん、山親父さん、黒焦げさんの作品より、
お子さんの名前をお借りしました。
あと、今回は、
『【カオ転三次】最速で出会った俺らのガイア連合活動記録』の『価値観の相違』の話と、
『凡庸でありふれた転生者達の小話』の『第十四話』、『第十六話』から、ネタをお借りしました。