長年連れ添った相棒の機体がセクサロイドになったので、機体のマスター情報を上書きするためにいちゃラブエッチをする 作:夜泊
決まり切ったことを毎日繰り返すのは人間の認知資源の観点から効率がいい。特に朝の支度なんていう毎日機械のように繰り返さなくちゃならない作業にはいちいち脳のリソースを割いていられない。したがって体がけだるさや疑問を感じる前にさっさと終わらせるのが最も効率がいい。
寝袋から体を起こす。寝袋を片づけたら顔を洗う。近くに清流が流れているため、そこへ向かう。
ついでに。
毎日俺を乗せて走るこの魔導バイクも洗車する。旅だから仕方ないが野ざらしなので当然砂を被るし泥も撥ねていた。
バイクを押し始めるとメーターの方、ディスプレイに「ありがとう^^」の文字が浮かぶ。毎日洗ってやらないと機嫌悪くするんだよな……。
M-AF4096。それがこのバイクの名前だ(Mystic Arcane Force。魔力による超馬力のエンジン)。魔力の存在が世間一般に広まって利用されるようになった頃の型番で、16進数で1000ccのバイク。だいたい当時のスーパーカー並みの速度が出る。
押して歩くには一苦労だが、「^^♪」というディスプレイを見ると、まぁギリギリ押してってやるかという気持ちにならんでもない。
……重い。高速での移動に耐えるためにこの時代の魔導バイクはフルカウルで全体が覆われていて、そのため重量もある(あえて言えば、後継機はより軽量化が図られ、女性でも取りまわせるくらいの重量感になっているらしい)。そういう怪物級の力強いフォルムに惹かれて旅の相棒に決めたのだが、走ってないときはでっかい荷物だな、こいつは……
「今、何か失礼なもの考えをしていませんか? `^´」
「いえ全く、これっぽっちも重いだなんて考えておりませんよ!」
「^^ ならいいです♪ 早く水浴びさせてください^^♪」
モーターを回してない間はよく口が回るらしい。
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蟲型魔物、その生態を調査する仕事に就いていた。昨今現れた新型の魔物で対策が急務だったこともあり、魔物研究へは多額の資金が出資されていた。
この研究は一人では成功しえない。研究室のリーダーとして研究を主宰していた。
行動学的アプローチではすでに示唆されていることであったが、蟲型魔物は魔法を感知している可能性があり、俺はその研究を行っていた。光学的情報に依存せず魔力の流れや強度を直接認識する能力。その仕組みを突き止めるのが目的であった。
従来の手法で、光受容細胞には見られない新規膜結合型の受容体を同定し、この新型受容体が魔力場変動に応じて活動電位を生じることを示した。この発見で、蟲型魔物以降の魔物は新規で魔力感知機構を備えている可能性が示唆され、その論文の執筆を続けていた。
これが発表されれば、魔法生物学や人間の神経科学の発展にも寄与する、人類の発展だ、と息巻いていた。
自分の研究結果はチーム副主任の名義で他の研究機関から発表されていた。すぐに申し立てを行ったが、研究室のサーバーからはすでに何のデータもログも残っておらず、完全に証拠は失われていた。次第に彼の主張は根拠のない中傷として斥けられ、この事件で学術界から追放されてしまう。研究資金も失われ、研究を続けることが現実的に難しくなってしまった。
得られるはずであった名誉はすべて奪われてしまった。今までのステータスもすべてなくなってしまった。
それでも。
魔法生物学への飽くなき探究心は失われることはなかった。
研究者から一転魔物討伐や調査を担うギルドへ所属し、新たな人生を始めることになる。
ギルドに所属したは良いものの、研究者時代に負った精神的な傷は大きく、調査は一人で続けることに決めた。
その相棒に選んだのが、M-AF4096であった。自立思考型のAIはオプションでその「自我」の大きさを設定できるのだが、人並みに……自分の中に寂しいと思う気持ちはあったのだろう、「自我」は一番大きい、より人格的なAIを搭載した。
最初は事務的な付き合いで、挨拶とその日の予定を尋ねてくるのみであった。
ストレスを抱えたくない、日ごろの些細な悩み事に脳のリソースを割きたくなくて、できるだけ機械的に毎日の調査を続けていた。だからM-AFの在り方はなんとなく居心地が良かった。
毎日のルーティンには、バイクの洗車が加わっていた。バイクに多少憧れもあったし、一日の調査を始める前には綺麗にしてから乗ることに決めていた(結構高かったから綺麗に使いたかったのもある)。
そのような生活を続ける中で、このバイクは味をしめ、洗車されないと不機嫌になるようになってしまったのであるが……不思議と、そのような生活にストレスを感じることはなかった。他者(人工知能であるが)との、作業的ではあるがやりとりを通じて、孤独で孤高なこの生活にも少しずつ変化が起きる。そのおかげか、毎日意外と楽しく過ごすことができていた。
俺の執筆する姿をみて、何の記録をとっているのか尋ねられたことがあった。魔法生物学の研究がしたいが、トラブルで研究職を続けられなくなってしまったのだが、魔法生物学の発展に寄与したいから、ギルド所属で調査と記録を一人で続けていると率直に述べた(あんまり話しても楽しい話題でなかったので副主任とのいざこざは詳しく伝えなかった)。
M-AFはそれ以来、魔物と遭遇したら行動記録を管理してくれるようになった。それ以外にも、執筆途中のスケッチやメモを見て、関連する論文などを探してきてくれるようになった。また、記録を確認した後で、「私の記録からは消去しておきましょうか?」と尋ねるようになってきた。きっと俺の名義で検索でもかけたのだろう、過去俺の身に何が起きたのかを察したM-AFの……配慮から来る、行動だったのだと思う。
「すごく助かるから、君には私の研究記録を記録しておいてほしい」と告げると、ディスプレイには「^^b」と表示される。……絶妙に安心しきれないようなふざけた文面が、俺を信用させた。この頃分かってきたが、コイツはコミュニケーションの際^^という笑顔の顔文字を多用する。すごく感性が古い気もするが、「かしこまりました」と表示されるより何倍も、気楽なコミュニケーションであった。
……話は変わるが、冒険には危険がつきものであった。魔物とは何度も接敵する。そのため、M-AFとは多くの死線を潜り抜けることになるのだが、それでも生き残れたのは、コイツに備えられた戦闘機構のおかげであった。戦闘中は自立して魔力の支援攻撃を行ってくれたり、高速で動いて魔物の注意を引いてくれた。学者から冒険者に転向する際に一人で調査を認めてもらえるくらいには修練を積んでいたため(死に物狂いで身に着けたスキルであったが)、一人と一台、力を合わせて危険に立ち向かっていた。
そんな風な生活を送っていたから、お互いの間には信頼関係を築くことができていた……と思う。前よりM-AFは冗談も生意気も言うようになって、表情豊かになった(バイクが表情豊かだ、なんて思うのはおかしな話だが)。
研究者だったころには、こんなにも気を使わずに過ごせる関係を築くことはできなかったなと、思い返すのであった。
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バイクに乗って旅を続けていると、時折他の文明の跡に触れることがある。
森を走り抜けると一面砂漠であった。そして向こうの方には白煉瓦作りの街がそびえていた。確か、砂粒に反射する太陽光が白煉瓦を魔物の目から隠してくれるらしい。自然に溶け込む迷彩のような働きをしていると本で読んだことがある。
街にはところどころ朽ちて崩れてしまった建物もあるが、それでもまだいくつか入れそうな建物もあり、休憩がてら見て回ることにした。
「物好きですね(-"-)」
こういう文明の息吹を感じられる場所は好きなんだ、と伝えるとスピードを歩速くらいまで落として、周囲の調査をしやすくしてくれた。
きれいな家屋の中には、まだ使えるくらいに整然と残された道具が見つかることもあった。
「住めちゃいますね。住めば都と言いますし、お好きなら試しに暮らしてみるのはどうでしょう?」
ディスプレイにデコピンをして(「アイタッ(>_<)」と表示)調査を続ける。
人の生活の足跡を感じる。魔物に襲われて滅びたのなら、もう少しひどい有様だろうから、緊急性のある事態に巻き込まれて住民は避難したりしたのだろうか。当時であれば高価な私物がいろいろ遺されており、アンティークな古い腕時計や家電なども見ることができた。
ひときわ大きな家屋には、多分金持ちが住んでいたんだろうなと思わせる骨董品などの美術品が遺されていた。
「……あ//」
寝室にはラブドールのような人形もあった。M-AFは決まりの悪さをその「スラッシュ」で表すと、
「ど、どうぞ」
とそっと俺の方に差し出してきた。い、要らない……ん?
よく見ると、人形というより人型のアンドロイドで、性器の作り込みなどから、今はもう製造が中止されている、「セクサロイド」であることが分かった。
持ち主の性的欲求を満たすための道具。プログラミングされたものではあるが、人格のある存在を性処理の道具に用いていいのかとか、倫理的な紛糾が巻き起こって、現在製造は止まっている。アンドロイドの扱い方すら法規制がままなっていなかったこともあって、「人間とアンドロイドの共存」という議論は加速するものの、セクサロイドの存在は闇に葬られていったのである。
「何ジロジロみてるんですか? えっち……」
「結構珍しいものでして……」
「学術的好奇心を蓑にして自身のえっちさを覆い隠さなくてもいいんですよ、むっつりすけべのマスター´-`」
むっつりということにされてしまった。物珍しさに興味を惹かれてしまったが、これ以上見ていたら確かにえっちと評されても仕方がない、と後にした。
砂漠の街にはなかなか珍しいものが多かった。住んでいる土地の都合か、私の住んでいる土地では見ないような道具、特に水瓶なんかは数と細かい形態の差異が豊富で、M-AFに聞くと、移動に適した形状であったり保存に適した形状があったりと興味深い体験をすることができた。
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そんなこんなで調査(完全に趣味の散歩)を終え街を後にした。
見晴らしのいい砂漠を走っていると、遠くの方で、砂から何かが生えているのが見えた。
……こんなところに?
バイクを走らせて近づこうと進路を転換させようとしたとき、
「進行方向に魔物の反応を感知しました。離れましょう! ⚠(˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣)⚠」
との警告が出る。
引き返そうとすると、その生えていた「何か」がピクリと動いた。
腕だ!
人が砂に埋まっている!
「助けるぞ!」そう叫ぶと全速力で腕の方へ向かう。多分今この人は捕食されかかっている、命があるなら助けられるかもしれない!
時速400kmの怪物エンジンをフル稼働させる、フルスロットルで向かう! 到着まであと2秒、1秒!
腕をつかむ目前で、ヒュッと腕が砂の中に埋まる。
埋まるや否や、中から巨大な鋏が地中から突き出てくる!
罠か、これは蟻地獄のように通り過ぎる冒険者をおびき寄せる罠だったのかと、宙を舞いながら刹那、逡巡していた。
「私につかまって!」
「言われなくても!」とハンドルを握りなおす。M-AFはホバー機能も付いている、このまま飛行モードに切り替える!
どうしたものか……。
地中から出てきた巨大な魔物に目をやる。
平べったく、大きく開いた顎には鋭利な鋏がついていて、まさにというかなんというか、蟻地獄の頭部にモグラのような体がくっついている
頭には触覚のようなものがついていて、その先端には人間の四肢を模した疑似餌がついていた。
悪趣味な魔物だ。
「スケッチできるくらい録画できた?」
「ばっちりです! ふふん( ー̀֊ー́ ) あなたの有能な相棒に感謝してくださいね」
実際本当に有能だからたまらん!
「なら、もう討伐して大丈夫だな」
M-AFの静音駆動をOFFにする。
「そのまま降下して、超馬力の全力のエンジン音を魔物にお見舞いしてやれ!」
耳の周りを簡易的に防御魔法で包んで真空状態にし、鼓膜へのダメージを最小限に抑える。
だんだんと蟻地獄の鋏が近づいてくる。引き付けて、引き付けて……
今っ!
ドン!!!
合図とともに、腹に響くほどの衝撃が発せられる。
地中という静かな世界で音を頼りに獲物を捕らえるタイプの魔物は、総じて大きすぎる音には耐性がない。この蟻地獄型の魔物にも音系の攻撃が有効であったとメモしておこう。
ぴくぴくと震える魔物に攻撃魔法を放ち、止めを刺す。
しばらくの微動を繰り返した後、完全に動きが停止した。
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「走行を停止します」
スケッチとメモを終えバイクを走らせ始めると、急にM-AFが走行をやめた。
「どうした? 何か調子でも悪いのか?」
「先ほどの戦闘で打ち上げられた際に損傷していたようです。この機体での走行は危険です;;」
「な、まじか ごめん、無理させたな」
「あなたの役にたてて、よかっ、た」
「嘘、そんなにまずいのか!? 大丈夫か」
「なーんちゃってΣ(ノ≧︎ڡ≦︎)」
「おい!」
「でも機体がまずいのはマジです 幸いコアは無事ですから、このコアさえ保管していただければ大丈夫です^^♪
ただ……長時間コアのみでスリープモードを継続すると、人格メモリとは別で記録しているメモリの保管が難しく、要するにこの旅の間に手に入った、調査記録などが消えてしまう可能性があります」
「……とりあえずコアを別のハードに移し替えれば大丈夫なのか?」
「はい、お手数おかけします」
「長時間ってどれくらいだ?」
「3日くらいですね……;ㅿ;」
「ここから人が住む街までだいぶ距離あるな……」
「すみません、あなたの研究記録が入っているのに……」
「そんなことは大した問題じゃない またやり直せばいいだけだ。それに一回やってるんだから次はもっと効率よくできるさ」
それよりも。
それよりも、M-AFが、俺との旅の記憶をなくしてしまう方がよっぽど嫌だった。
気の置けない、唯一の相棒の記憶。完全に俺のエゴだけど、それをM-AFがなくしてしまうのは心底嫌だった。
どうにかM-AFが助かる方法はないのか。
「砂漠の街まで、ここから歩いて数時間ほどで帰れると思います」
「?」
「砂漠の街での調査中に、私のコアに互換性のあるハードを見つけたので、とりあえず砂漠の街まで引き返していただければ記録メモリの損失は防げると思います_ _」
「そんなのあったか?」
「とりあえず、座標のメモをお渡しします *´꒳`*)っ旦」
「ああ、ありがとう それで問題のハードは……」
「すみません、限界です スリープモードに移行します」
そういうと完全に電源が切れてしまった。
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無用の戦闘は避け、それでも最速で砂漠の街、目標の座標を目指した。
もう日は落ちており、凍えるような寒さが辺りを包む。
M-AFのコアは一握りのボックスで、こんな小さな箱の中にM-AFの命(命?記録、ログ、データ……なんだかどんな表現もしっくりこない)が眠っていると考えると寒いとかそういうのは気にならないほどに胸が騒いだ。
絶対に傷つけまいと深く握りしめ、ただ歩いた。
……。
いつも移動中は排気音や突き抜けるような風の音が自分の事を満たしていた。今は静かで、荒涼とした冷たい風の音がただ聴覚を刺激している。こんな事で孤独を実感するなんて。
何となく研究者だったころの俺の生き方を、思い返していた。
生きがいだ天命だと息巻いて必死に成し遂げた研究も全て奪われて、生きる術だった研究職も追われた。
まるで道具みたいだ。
利用されるだけされて、用が終わったら捨てられる。そんな使い捨ての道具みたいな生き方だったと思う。
人は人を、人格として扱う必要があると。手段として利用するのではなく、目的として接せよと高名な哲学者が言っていたのを思い出す。
俺は、どうなんだろう。
M-AFの事が思い起こされる。
道具としてしか、扱って来なかったかもな。人格を持つ相手に対して随分不遜な態度で接してしまっていたかもしれないな。
それだと、俺の事を陥れた奴らとなんら変わりは無いな、と、ふと思うのであった。俺はそのせいで計り知れない絶望を感じていたけれど、他者のことを手段として接するなんて、生きていくうえでは案外当たり前のことなのかもしれない。
今M-AFの為に歩んでいるのは、どっちなのだろう。彼とまた、話したい。彼と共に走りたい。旅を続けたい。どうか俺の事を忘れないで欲しい。
こういう思いは全部俺のエゴで、俺の欲を満たす為の手段としての関わりなのかな。孤独を埋めるための道具だと、考えてしまっているのかな。
それでも、もう一度。
もう一度、一緒に過ごしたいから。
今はただその一心で、目的の座標まで歩いた。
夜が開ける頃には砂漠の街に到着する事ができた。
急いで座標へ向かう。
座標の位置は調査(散歩)した時に中に入ったあのひときわ大きな家屋だった。
中へ入って互換性のあるハードを探す。電子機器類、家電等いろいろ探したが見つからない。
部屋を一つ一つ虱潰しに探す。
一刻も早くM-AFのスリープモードを解除しなくては。
最後に入った部屋は寝室だった。
きっともともとここに住んでいた人が使っていたのであろう、キングサイズのベッド。
そして。
ベッドの上にはM-AFと一緒に見つけた、セクサロイドが横たわっていた。
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M-AF4096のAIとして在った頃には感じなかった感覚。
体のなかったころには生じなかった脳の電気信号。
パチパチ、と脳内でシナプスが発火して、眼球の上部を覆う筋肉が微動するのを確かめる。
筋肉を動かす際の違和、初めて感じる筋肉の収縮と圧迫。
ゆっくりと、瞼を開く。
一面の暗闇が、次第に開けて、網膜に光が投影されていく。
朝だ。
肺に、朝のしんとした清々しい空気が満ちるのが分かる。
ずいぶん使われていなかった部屋の、すこしだけ埃っぽい匂いも私には新鮮で、嫌悪感よりも興奮が勝った。
顔を横に向けると、マスターがベッドにうつぶせでもたれかかり、意識を手放しているようだった。
着替えもせず水も浴びず、一生懸命この座標に向かってきてくれたんだろう。ぼろぼろでひどい有様だ。
必死乙m9(^Д^)。と入力したつもりであったが、もう顔文字をディスプレイに表示する必要はない。その代わり顔の筋肉で表情を、思いを伝えることができる
……からかってやろうとした気持ちと裏腹に、嬉しくて口角がずっと上がっているようだった。恥ずかしいな、表情がつくというのは。
体にはマスターのジャケットが一枚かぶせられていて、その上からベッドのシーツをかけられていた。
あたたかい。
体を起こそうと、力を込めてみる。
自分の身体を動かす感覚は、なんだか不思議で……神秘的な感覚だ。
そして私が体を起こしたのと同時にマスターが目を覚ます。
目を丸くして、その後安堵した表情を見せるマスターに一言、
「……えっち」
「やっぱりえっちじゃないですか、相棒の機体にこの体を選ぶなんて」
「いやそんなつもりはなくて……座標、間違ってた?」
まあ合ってますけどね。答えてはあげないけど^^♪
「はぁ、今までバイクとしてあなたの事を乗せてきましたけど、今日からはあなたに乗られちゃうんですかね?すけべマスター」
「冗談が言えるくらいには、元気そうで何より」
「ともかく、マスターのおかげで無事ですし、研究記録や映像は問題なく保存されているようです」
もちろん、一番大事な……マスター。あなたの記憶、あなたとの旅の記憶も、全部。
「……そっか、よかった
体におかしいところとかないか?」
「特に問題ありません。強いて言えば身ぐるみが剝がされている点くらいでしょうか」
「女物の服なんか俺持ってねーよ……」
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「そうだ」
何かを思い出したようにM-AFは口を開く。
「朝の日課の時間ですね」
そう言って、M-AFは上体を俺に預けてくる。
日課?
「もしかしてなんだけど、俺に洗車してくれって言ってるのか?」
「^^♪
さすがにこの身体、綺麗とは言え何年か放置されていたわけですから、早急な対応を所望します」
そういうとM-AFはぎゅっと抱き着いて、額を俺の胸にくっと押し付けてきた。
「その身体ならもう自分で洗えるだろ」という俺の発言に被せるように。
「その身体ならもう自分で洗えるだろ、なんてひどいこと言いませんよね? あぁ、不慣れな身体で水場に行けと言っているのですね、わかりました、ちなみにお子様やお年寄りの事故はお風呂で最も多いとされていて……」
「分かった連れてくからちょっと待ってろ!」
抱き着くM-AFをそのままに、脚を抱えて持ち上げた。ちょうどお姫様抱っこのような形だ。
「おお、軽々ですね」
「前の体に比べると全然重くないな」
「そこは軽いで大丈夫ですよマスター」
小言を言いつつも、なんとも楽しそうに、満足そうに体重を預けるM-AFを抱えて風呂場へ向かった。
幸い、水は水道でなく貯め置いた貯水槽から引かれているようで、まだ水を使うことができた。色や匂いで簡易的にだが清潔さが確認できたので、M-AFのボディを流してやることにした。
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バンザイさせてM-AFの羽織っていたジャケットを脱がしてやる(こっちを向きながらだとなんだか悪いことをしている気がして、背中側に回った)。あと俺が使う用ではあったのだが、バスタオルをM-AFに巻いた。
ハンディタイプのリンスインシャンプーとボディソープ(基本野宿の時には使わない)を持って風呂場に入る。
流石にお湯は出なくて、冷たいけどちょっと我慢しろよ、と声をかけて冷水のままシャワーを浴びせた。美しいブロンドの髪が水に染まっていく。
「おぉ……」と声を漏らすM-AF。
「初めての風呂なのに、良い思いさせてやれなくて悪いな」
「いえ、感嘆していました。気持ちいですね、お風呂」
そりゃよかったと言いながら、シャンプーを泡立てる。
M-AFの頭を洗ってやりながら、少し考え事をする。
人は、そう簡単に自分の見た目や在り方を変えることはできない。変えることはできないからこそ、そこに固有の価値を見出して、アイデンティティなどと呼んで大事にするのだと思う。
機械はどうなんだろう。
見た目はすごく変わった(肩くらいまである、艶のある髪を毛先に沿って洗い始める)。ごつい巨大なバイクから今では優婉な女性になっている。
M-AFが今朝俺に抱き着いてきたとき、初めて、こいつの方から俺に対してのスキンシップがあったのだ。
それは両者の間でとれる交流の選択肢が拡張されたような感覚で。
「かたち」が変わるだけで(M-AFが人の姿になったのも嬉しいけど、きっと俺が機械の体になってバイクになったとしても同じことを考えただろう)、こうも相互の交流は増えるものかと思っていた。
さて今まで見た目上、つまり形の話をしてきたが。
内面は、どうなんだろう。
日課の洗車(洗体?)を行っている今もそうだが、小気味いい会話のテンポとか、そういうのには、なんら変わりがないように感じる。
……きっと。
M-AFがこの先どんな姿になろうと、ずっと変わらないことなんだろうなと、ふと思った。
存在の、本質。人間とかAIとかそういうの全部ひっくるめて、二人の間の本質は変わることなく。そうだったら良いなと、思った。合理的な思考というよりも、期待とか、直感に近いけど。
と、いろいろ考え事をしながら、髪全体の流れを綺麗に整えて洗い終える。
「また冷たいの来るからね~
流すときちゃんと目つむっててくださいね~」
「はい、お願いします」
少し肩をこわばらせる様子をみて、冷たいシャワーがいきなりM-AFに当たらないよう、片手で水を受け、それを皿にしてそっと流してやった。
「こんなもんかな」
「ありがとうございます すごく心地よかったですよ これお店出せますね」
「お風呂屋さんは響きがあんまりよくないな」
「ではお風呂屋さん、次は身体の方もお願いします」
そう言ってM-AFはバスタオルを解いて、体育座りの状態で背中をんっと差し出した。
「……前は自分でやってね」
「それはちょっと……」
何がそれはちょっとだよ。
ボディソープを手に取ってやって、首筋から肩にかけてを洗い始めた。
皮膚の感触や骨の感覚などは精巧に再現されていて、実際に体温も感じるから、生身の人間と何ら変わりがないような気がしてくる。
セクサロイドというだけあって、きめ細やかな肌にはハリがあって、俺の手を押し返してくるような弾力がある。全体的に少し華奢だから、掴んだら折れてしまいそうなほどで、俺との骨格の違いを体感する。
「見とれていますねこの私のボデーに」
「実際見とれてはいた 細くて本気出したらバキバキに折れそうだなと思って……」
「こわ マスター身体大きいし力も強いのでシャレになりませんよそれ」
小学生のような無邪気な嗜虐心に唆されて、M-AFの肩にぐっと力をこめて掴んでみる。
「え、こわ ごめんなさいほんとに調子乗って」
「w すまん」
バイクだった頃よりも弱くてちょっと面白いかもしれない。
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……目的として扱う、か。
背中を流してやっている時(M-AFはふんふふん~♪と鼻歌を歌っていた)、ふいに、夜中一人で考えていた思索の続きがよぎる。
人間は生まれてくるときに何か成し遂げたい使命のようなものを抱えて生まれてくるわけじゃない。
学者の途を歩んでいた頃、使命感に駆られている感覚があったけど……、それは学問、とりわけ魔法や魔物、魔法生物学に出会ったからであって、生まれた時に架せられた運命のようなものではないと思う(現にその運命や使命感から逸れて冒険者をやっているわけだし)。
でも、道具はどうなんだろう。……機械は、AIは。
生まれた時から使命を架せられている、のではないかな。
セクサロイドが生まれた時の論争は人格(拡張して彼ら否定派は人権にも言及していたけれど)のある存在に性処理をさせることの非倫理性の主張と、始めから合目的的に生み出された存在であり、そこに問題はないとする主張の対立であった。実際、そのころから介護や医療の現場で用いられる事例もあったし、現在でもその潮流を汲んでより介護向け、医療向けのモデルとして洗練され現場で活用されている。
M-AFもそうだ。初めはバイクに搭載されているだけのAI。ナビや運転の補助のために備え付けられた……生み出された存在。
今のM-AFはどうだろう。
今なら、本来M-AFに架せられていた元の役割から、離れることができているのではないかな。
……。
「ひあっ!」
「! ごめん!痛かったか?」
「いえ、ちょっとだけくすぐったかっただけです」
考え事をしながら洗っていたせいで、腹側の肋骨あたりを強く刺激してしまった。それがM-AFをくすぐってしまったようだ。M-AFの悲鳴に似た声で我に返る。
肩甲骨や肋骨の辺りは骨を感じるけど、それより下の腰回りは女性らしい肉付きであった。筋肉質な自分との身体構造の違いをひしひしと感じ、いつも風呂に入る時のような力いっぱいに洗う方法はダメだなと、反省するのであった。
背中を流し終えると、「腕もお願いします」と言わんばかりに右腕を横に突き出してきた。
厚かましい態度に少し笑ってしまう。
「少しだけ支えててくださいね~」
「腕がぷるぷるするので、迅速な対応を所望します」
「w はいはい」
手首のほうから腕を支えてやって、肩から流していく。
「……なんか、腕伸ばしながら洗ってるから楽器弾いてるみたいだなこれ バイオリン弾いてるみたい ほら1,2 1,2」右腕で腕を抱えて、左手を弓の代わりにしてM-AFを奏でる。
「!! 自分の体を洗わせるだけでマスターの音楽の才能まで発掘してしまうなんて 最近私有能さに磨きがかかってきているなとは思いましたがまさかここまでとは……」
「出そうかな、曲をさ」
「街に帰ったら、二人で曲を出しましょう 私は、バイオリンの役でしょうか」
「聞いたことない役キタ」
適当言うM-AFの体を流し終える。
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やんややんやいいつつ、嫌な顔しないでマスターは私を洗車(洗体?)してくれて、とても気分が良かった。
でもすこし、この機体の方に感じる違和感が拭えないままだった。
目を覚ました時から感じていた事があった。
それは、この「体」を初めて手にいれたことによる違和感だと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
身体記憶、とでもいうのか、転んだ時にとっさに手を出して体を守ろうとするような、体に染みついた感覚として。
この機体に、別の「マスター」が存在していることがなんとなく分かった。
お風呂を上がって、脱衣所でつい言葉をこぼす。
「頭では……。記憶では目の前のマスターが「マスター」であることは分かってるんですけど、どうしても機体の方がそうではないらしく……」
マスターが髪をバスタオルで乾かしてくれている。ああ、と優しく相槌を返してくれるマスターの返答を聞きながら、必死に言葉を紡ぎだそうとする。
まず当然ではあるが、未使用のまま私の機体が残されているわけもなく。
この機体の方には、私には分からない誰かがその「マスター」として登録されているようだった。
ずっと微かな不快感があった。
身体やその神経ネットワークにすでに、別のマスターがいると刻み込まれているような……そんな感覚。
心では目の前のあなたをマスターと認識しているのに、触れられるたびに、マスターではない別の人間に触れられている感覚があって。
せっかく「あなた」の熱も匂いも感じられるようになったというのに。
心はもう完全にあなたのそばにあるんですマスター。
機体まで、その存在を刻み込んでほしい。塗り替えてほしい。
体にまとわりつくその不快な感覚を雪ぎおとしたくて、マスターに体を洗ってもらったというのに。
その間もずっと「マスター以外に触られている」という奇妙な感覚に襲われていた。
生体認証……。この機体にはきっと、ずっと前の利用者の方のデータが残ってしまっているのだ。
当然と言えば当然である。自分の所有物に名前を書くようなものだし、利用者の感染症対策にもつながる。きっとこの機体は生体認証された相手をマスターと認識して、その個体以外との接触に不快を感じるよう設計されているのだろう。
この機体のマスター情報の書き換えを行わないと根本的な解決にはならないだろうが…。
でも、マスターは打算的な付き合いというか、利用するとか搾取する、という接し方に過敏なところがあるから……きっとこの機体に対する「マスター情報の書き換え」、その行為を口に出したら、困らせてしまう……。
それこそ、その「行為」なんて、最もこの機体の合目的的なところなのに。
そこまで頭が回らなかった、浅はかだった。
どうして口に出してしまったのでしょうか。
「うーん、ですが、まぁ、普段の活動に支障はありませんので、大丈夫です 急いで街へ戻ってバイクの修理を行いましょう」
「……実際移動手段がないのは不便ではあるんだが」
耳もバスタオルで優しく包み込んで、全体をぐしぐしと乾かしてくれる。心地いい。そしてそれでも微かな不快感。
「はい」
「急ぐ必要もそんなにないかと考えていて……。 せっかくだし、ゆっくり帰らないか?」
「マスターがそうしたいのなら、そのように」
「だからさ」
そう言ってマスターの手が止まる。
「我慢しないで、教えてくれよ」
「いつも俺が助けてもらってばかりだからさ こんなときくらい、力にならせてくれ」
はぁ、やっぱり口に出すべきではありませんでした。マスターなら、そう言いますよね。
「研究者だった時にさ、裏切られてすごいどん底だったんだ
冒険者ギルドに入った時もちょっとヤケになってた部分もあるというか。
でもM-AFと一緒に旅ができて本当に良かったと感じてるんだ
……今の方が間違いなく人生楽しいしさ」
賢くて、強くて、誠実なマスター。よく疎まれることがあったんでしょうね。かっこいいし。
あなたが辛かった時期にそばにいてあげられたら、と切に感じているんです。
「だから、何か力になれることがあったら力にならせてくれよ 今度は俺がお前の為に何かしてあげたいんだ」
ここまで来たら、もう引き下がれないなと思った。
伝えよう。私を心身共にあなただけの「私」にしてくださいと。
バカ真面目マスターが、罪悪感を覚えず、この私と……。この機体と、「行為」に及ぶためには…。
「このあたらしい、とっても自由に動けて、それでもバイクより不便なところもある、そういう不完全なヒトの体を受け取った時点でもう、十分すぎるほど受け取っているのですよマスター」
振り返って、マスターの顔を覗き込む。バイクだったころは私と同じくらいの背丈だったのに、今は私より身長が高いマスターの目を見るためにちょっと見上げないといけない。
「こうやって目を見てあなたと話せるし」
そっとマスターの頬に手を添える。
「あなたに触れるし」
抱き着く。
「気持ちが昂った時にこんなこともできるのです」
私は胸からバスタオルを巻いているだけだったし、マスターはタオルを腰に巻いているだけだったので、全てが…近くに感じる。今までよりずっと近くに。……胸板が厚くて、がっしりしていて、私の機体とは全く違う体のつくり。
驚いた様子のマスターの腕が、しばらくしてから、優しく私の肩を抱く。
「私もあなたと旅ができて良かった」
そういって口づけしようとしたが、届かず、ん~~っと背伸びをしたところで、マスターがすこし屈んでくれて、唇に触れる。
「いっぱい傷ついて、それでも夢を諦めきれなくて
自分が傷ついた分、誰かに優しくすることができる素敵なマスター」
マスターはまだ髪を乾かしていないから、湿っていたその髪に、色っぽさを感じて。
「私みたいなモノの扱いに一生懸命悩んでくれて、向き合ってくれるところが、たまらなく愛おしいのですよ」
その顔を、目を、しっかり見つめながら伝える。
「愛しています、マスター」
「俺も、愛してる」
そういって今度は、マスターの方から唇を重ねてくれたのでした。