【唯依さんからのリクエストです】
前編はエロ無しです
申し訳ありません
「最上ってさぁ……剣道やってるのか?」
「どうしてそんな質問をするのかしら?ユウ」
あの日程、心臓が止まりかけた事はない。
発表までに目立つわけにはいかなかった。全てはお父様の計画のため、長年己の存在感と強さを包み、押さえ込んできた。そのつもりだった。
義仲の鎧から名前を取って名付けた、紫韋威丸———しかし、彼の刃はそんな鎧をいとも簡単に斬り裂き……“私”と言う“存在”を捉えたのだ。
薄らと微笑んで、言葉を返す。実を言うと、この時の私の内心は焦燥に塗れていた。心臓の鼓動は煩く、呼吸の乱れを彼に勘付かれていまいか……気が気ではなかった。
水城ユウ———私の知る中で、この川神において彼に勝る剣士はいない。いや、なんならこの国一といっても過言ではないのかもしれない。
誹謗中傷に踊らされることはなく、その強さは本物であると一目見ただけで理解できた。
だから、少しでも盗もうと思った。
いずれ来る彼女との戦いに備えて、コンディションは仕上げておく必要がある。その為にも、この人以上の適任者はいない。
バレてしまうと言うリスクはあるけど、上手くいけば得られるリターンは大きい。武神に追随する剣を、どうにか取り入れようと……私は博打を打った。
自分で言うのもなんだけど、こう言うスリルは嫌いじゃないのよね。口元に弧を描き、物陰から彼を襲撃した。
物理的にではなく、想像の中で。
殺気を飛ばす事により、強制的に相手の脳内で擬似的な立ち合いを行う。イメージトレーニングの延長、イメージバトル。
狙うは首、死角からの完璧な奇襲。
一切の躊躇いもなく、神速の抜刀を見舞った。
そして……———
「ぐっ……はぁ……っ……!」
首を抑えて、その場に蹲る。
周囲に誰かいないか意識を配る余裕なんてない。
力一杯に抑えた肌は、無傷。血の一滴も流れていない皮膚に異常はなく……。しかし、言いようのない激痛に苛まれていた。
イメージが、私の首を斬ったのだ。
あくまでイメージの中の話。だけど想像力というものは思いの外バカにならない、特に私達武道家の世界においては尚のこと。
世間一般でも、思い込みによって電源の入っていないストーブに触れて、手が火傷を負った……などと言う前例がある。
これはその延長にある現象。あまりにも鮮明なイメージ、想像、殺気はリアルに影響を及ぼしたのだ。
確かに先手を打った筈が、私の剣が届くよりも先に、彼の一刀がこの首を斬り裂いたのだ。イメージで……負けたッ……カウンターを喰らってしまった……!
「ぅ……ああ……っ‼︎」
ああ、生きたまま首を切られるってこんな感じなのね……。激痛の中、そんな感想を染み染みと抱いていたことを覚えている。
博打は見事なまでに、私の大負け。
ユウの力量を見誤り、手痛い反撃を受けてしまった。首を中心に駆け巡る冷たい鉄の感触……本当に頭が胴体と泣き別れになったかのよう。
この刺激的な思い出は、一生忘れられそうにない。
そして……暫くして休憩時間、いきなり私の席の前に立ち、首を傾げながら尋ねてきた彼の顔も。
完全に勘づいている顔だった。訝しげで、感じ取った気配の“質”を探知して、“私”という“存在”に辿り着いた。
なんとかはぐらかそうとして、返ってきたのは……ふぅ〜ん、そうか。という返事だけ。興味をなくして踵を返し、あっさりと背を向けるユウ。
しかし私には分かる。あの目は、確信に至った者の目だ。追求しなかったのは、次はない———という警告。
今も昔も、私が恐怖を感じたのはあの時だけ。
生きた心地がしなかった。虎の尾を踏んでしまった、というのは正にこのことを言うのだろう。
水城ユウの姿が完全に見えなくなった後でも、心臓は一日中脈打ったままだった。
誰もいない学園の物陰で、首を抑えて暫く蹲っていた私は……きっと酷い顔をしていたと思う。刺激的な体験は好きだけど……今回ばかりはそれが過ぎたわ。
反省するも、あのスリルは琴線を貫いていた。
怖くて、素敵と思ったの……。今でも思い出すと、痛いぐらい胸が跳ねる。だから残念。あなたの事、ちょっと気になっていたのだけれど……。
正体を知られるリスクを考えると、計画の為になるべく関わらないほうがいいのかもしれない。
本当、大負けという結果に終わった博打にちょっぴり後悔した。
学園の中で、あなただけが本当の私を見つけられる。とっても素敵で、一番近づきたくない人。———そんな印象を水城ユウに抱いたのが、二年前の話。
それから———二年。
川神学園三年生となった、この夏。
私———最上旭はあの目と再び対峙していた。
「答えろ最上。お前、何が目的で武芸者を襲撃していた?」
「……忘れてくれないかしら?ユウ」
夕暮れの河川敷———。視界は、紅に染まった世界と焼け付くような暑さに支配されていた。
西の空へと落ちかけているにも変わらずか、ジリジリと陽光が身を焦がす。蒸し暑い夕焼けに囚われる中……二人の周囲は、重苦しい空気に満ちていた。
水城ユウの追及に眉一つ動かさない、柔和な眼差しの女。細める目はまるで機械のように無機質で、一切の感情を気取らせない透明な色。
しかし、その瞳の奥深くには確かな“熱”があることをユウは知っていた。
入学して三年間。ずっと彼女と同じクラスだったが、あまり交流は深いとは言えない。……ある出来事を除けば。
旭の手首を握る手の力が強まる。頸動脈の真上、圧迫感にギリギリと皮膚から悲鳴が上がった。
女の手を掴むにしては、いささか力加減が強すぎる。下手をすれば折れてしまうだろう……しかし、ユウは緩めるどころか更に握力を込めた。
この程度で根を上げるような奴ではないと、知っているからだ。
最上旭、川神学園評議会議長———肩書きに反してあまり目立ったことのないクラスメイトを凝視する。
風に流され、サラサラと音色を奏でる長い黒髪、透き通るような白い肌。その容姿は、百代や清楚に勝るとも劣らない美女。
学年一位の成績と美貌に反して、彼女の印象は影が薄いの一言に尽きた。明らかに“普通”と違うのに、誰もがそれ以上を気に留めない。
しかし今、ユウが目にしている旭はそんな周囲の知る議長とはかけ離れていた。
服装は全身が黒。黒いコートを羽織っており、備え付けられたフードは顔の半分を隠せられる深さ。
不審者はこの川神には腐る程いるが、そんな有象無象とはかけ離れた異彩を放つ。見方によれば、まるで幽霊のよう。
足元には、無造作に放置された男。隆々とした筋肉を持つ武道家が、白目を剥いて倒れている。
微かな呼吸の音から、生存は確認できた。
ここ最近川神で噂になった、ファントム・サンとかいう奇妙な存在。黒いコートを着た人物が武芸者に勝負を挑んでは倒し回って、いつの間にか姿を消している。
その正体が、正に今手首を掴んでいるクラスメイトであったとは……。
「こうして会話するのは二度目だな」
夕方の走り込みの最中。近場からかつて触れた事のある気配を感じ取り、好奇心に誘われるように赴いた。するとそこには案の定、二年前に襲撃を受けた同一の存在感。
ファントム・サンも、直ぐに此方に気付いて逃亡を図ったものの、即座に距離を詰め、フードを剥ぎ取ったのだ。
「尋問にしたって、ちょっと乱暴すぎやしないかしら?」
「悪いな。女相手でも手加減できないタチなんで」
「そうよね、うん……。あなたはそういう人。あなたのそういうところ好きよ。相手の性別関係なく、全力をぶつける心情。それに……三年間同じクラスだったけど、君に“あんな”一面があるなんて知らなかった」
「俺も、お前の強さには驚いたよ」
「ウソ。あなたは気付いてたわ、私の力も正体も。でも、興味がないから何も言わなかった。そうでしょ?」
「今は興味津々だね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
追及に二人の顔の距離が縮まっていく。
遠目から見れば、身を寄せて愛し合うカップルそのもの。言葉を交わす唇は、寸前で静止していた。
「覚えててくれてたのね。私のことなんて忘れてるものかと思ってた。今のあなたも、あの時のあなたも怖かったわ」
「怖い?よく言うぜ。いきなり首に斬りかかってきたクセに。なまじ強えから、加減できなくてな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「ああ、そうしとけ」
お互いに、視線を逸らさない。片や訝しみと呆れを混ぜた色で、片や申し訳なさと懐かしさを交えた色だ。仲が良いとも悪いとも言えない、知り合いの域を出ない関係なのに、両者の間には不思議な縁があった。奇妙な繋がりがあった。
夕暮れの河川敷、呼吸が肌に触れる距離で見つめ合う男女。側から見ればロマンチックなのだろうが、その実、空気は重く歪んでいる。
まるで二人の周囲が、世界から切り離されているかのような。一陣の風さえも、この場を避けて通る。
夕闇に混じる朧げな気配。斬り裂くような、肌にピリピリと走る感覚の正体は旭が放つ剣気だ。
美麗な容姿に似合わず、武人特有の研ぎ澄まされた闘気は刃の如く鋭い。並の武芸者なら萎縮してしまうだろう。
それを間近で当てられる水城ユウに、同様の色はない。ヤルなら受けて立つ……。そう、彼女の目を見つめ続けた。彼もまた“強者”であるからだ。
しかし、いつまでもこうして見つめ合っているわけにもいかない。
最初にこの静寂を破ったのは、旭だった。
「正体を現す時に、身体が鈍ってないように武芸者相手に調整していたの」
参った、と肩をすくめながら言った。
ここは何事もなく見逃してもらうのがベストなのだが、あの水城ユウ相手にそうはいくまい。
力づくというのも難しい。彼は素手でも十分に自分を叩きのめせる実力を備えている。二年前のイメージバトルで、その強さは肌身に沁みていた。
襲いかかられたら私なんか、あっという間にメチャクチャにされちゃうわ。……されてもみたいけど。
だから、ここは下手な事はせず包み隠さず吐く。それが最善だと、最上旭は判断した。
「……二年前に俺の首を切ろうとしたのも、その調整のためか?」
「あれは単なる腕試し。あなたの剣を取り入れようとして、見事にボロ負けしたの」
「お前意外と野蛮だな。ンなことしなくても、言ってくれりゃ稽古でも手合わせでもしたっつーの」
「ダウト。それができないの、こっちの事情でね。だから、どうかしら。見逃してくれない?」
ユウの目を真っ直ぐと見据える。双眸に一切の揺らぎはなく、真剣そのもの。彼女の言う“事情”とやらをユウは知らないが、自分の存在を曝け出した眼光を見れば、ウソを言っていない事だけはわかった。
だが、だからと言って見逃す理由にはならない。
「……断る」
「そう、なら仕方ないわね」
返答に、クスリと旭は笑みを浮かべた。
とても美しい。それは気丈な振る舞いで取り繕ったものではなく、だと思った……と、予想した通りの結果への純粋な笑顔だった。
夕陽が彼女の頭上に差し掛かり、逆光となったシルエットが浮かび上がる。長い髪を靡かせながらコートを翻して此方に歩み寄った旭は、まるで恋人に愛を囁くかのようにユウの前に躍り出る。
思わず見惚れてしまう、優雅な立ち振る舞い。次の瞬間には、旭の右手がユウの首へ伸びていた。
身を寄せ、体重をかける。互いの唇が触れるか触れないかのところで静止する。
その唇から艶かしい吐息を彼の耳へ吹き込んだ。
「オハナシしましょ。あなたが納得してくれるまで……。なんなら、朝までだって付き合ってもらうわ」
熱い言葉に込められた意図はたった一つしかない。
悟ったユウは旭の手首から手を離し、流れるように下へ下へと降りていく。そっと触れたのは彼女の細い腰、少し力を込めれば折れてしまいそうなウェストへ手を回して抱き寄せた。
じっと見つめてくる双眸には、ありありとした挑発の熱。伝播する感情に呼応するように、彼の“剣”もまた昂りを見せつけた。
「行きつけのホテルでいいな?」
「ふふ、強引ね。二人きりで話ができるなら、どこへでだっていいわ」
解放された両腕をユウに腕を回し、契約成立ね……と頰に軽く口付けた。
肩を掴まれて案内される強引なエスコート。そして二人は、河川敷を後にするのだった。
人が成長するには試練が必要だ———と、お父様は言った。
なら、これは私に対する世界の試練。
水城ユウは計画始動に立ち塞がる最後の壁。
だからこそ、私は彼を超えなければいけない。
超えて、私の存在意義の為に必要なことだから。
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