念のため、紙おむつを荷物に忍ばせる。
翌朝、オリエンテーションに向かう遥は、初めての満員電車に圧倒される。
「え~っと筆記用具と必要書類と......たくさん資料を貰えるって聞いたから大きめのバッグが良いよね」
4月のある日の夜、オリエンテーションを翌日に控えた遥はワクワクしながら荷物の準備をした。希望校へ合格し、新しい学び、新しい出会い、新しい体験を想像しながら、何もかもが初めての大学生活に胸が躍せながら準備していた。
指示された持参物は準備し終えた。しかし、一抹の不安がよぎり、さらに一つの荷物をそっと手に取る。
「あと、これも要るよね......」
バッグの奥に予備の紙おむつが入ったポーチをそっと忍ばせる。昼間も時々お漏らしをしてしまう事もある遥は、今までもお出かけや大事な行事の際は薄手のパンツタイプの紙おむつを履いていた。ましてや右も左も分からない東京の街、多くの人前で失敗することは絶対に避けたかった。
翌朝、アパートを出て最寄りのバス停まで歩いて向かう。既に数人が並んでおり、実家近くのいつ見ても人のいない、2時間に1本しかないバス停との違いを感じる。
前の乗客の様に、バッグから取り出したICカードを読み取り機に当てると「ピッ」と音が鳴る。
(こうやって乗るんだよね?......)
初めての都会の路線バスに乗ることが出来た嬉しさと、ぎこちない手つきで手間取った申し訳なさ、気恥ずかしさを感じ鼓動が早くなる。席は全て埋まっており、吊革を持って立ちっぱなしで走り始める。車体が揺れると肩が触れ合いそうな車内に息苦しさを感じる。窓の外を眺めながら「これから毎日こうなるのか…」と呟いた。
駅に着くと、人の波が途切れることなく吸い込まれていく。田舎の小さな港町では見たこともない混雑に、遥は圧倒された。改札前でICカードをバッグの中から取り出そうと立ち止まると、後ろから来た人の波に押されよろめく。
(頑張らなきゃ......)
立ち止まった遥に脇目も振らず、人の波は流れ続ける。そんな周りとの差に孤独と劣等感を感じるが、自分が望み、家族や友人にも応援されて来た街だ。遥は気を引き締め直して、人の流れが切れた間に何とか改札を突破した。
(こっちの方向だよね?......)
前調べのメモを確認し、目的の方面のホームを探す。今度は邪魔にならないよう、隅っこに立ち止まって確認し、タイミングを見計らって人の流れに加わる。
(やっと乗れる......)
やっとホームに到着した遥は、列の最後尾に加わる。安心したのもつかの間、すぐに列車が到着し降りる人と乗ろうとする人の波に巻き込まれそうになる。周りの客が乗り込むのを待って最後に乗車し、ホッとしようとするが、駆け込み客に押され人の塊に押し付けられた。豊満な胸が前の人に当たり、スカートの中でおむつの縁が太ももに食い込む。「うっ…」と小さく呻き、人混みに慣れない彼女は息もまともにできない。尿意はなかったが、緊張で下腹部が締め付けられる感覚があった。おむつの存在が心の支えになりつつも、「こんなところで漏らしたら…」と最悪の想像が頭をよぎる。
なんとか目的の駅に着き、ホームを降りると膝が震えていた。「明日もこれか…」と途方に暮れつつ、アパートへの帰路についた。その夜、ベッドでおむつを履きながら、遥は不安に目を閉じた。テープを貼る音が「ペタッ」と響き、おむつの重さが新生活へのプレッシャーを象徴していた。
のどかな小さい港町からから上京し、東京の通勤ラッシュに翻弄される遥の健気な姿を書いてみました。