※この作品はR-18です。

三賢者、曰く   作:紺真淡希

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 当作品は、skebにてご依頼頂きました。
 この度はご依頼、誠にありがとうございました。

 今作は作中で少々いやらしい話題を出すのみの、エロ無し短編となります。
 一応R-18としておきますが、オカズではなくオヤツです。


異世界プリンは母の味

 

 ――魔術は扱い方次第で、神にも悪魔にもなれる。

 あらゆる魔術師が最初に教わる教義(きょうぎ)であり、善悪問わず万人が持ち得る共通認識。

 

 偉大なる宮廷魔術師も、闇に溺れた陰なるそれも、その辺の自称賢者も。

 芯のみは同じものを胸に、神、ないし悪魔を目指し日々修練を積み続け、それは、戦いの術を知らぬ魔術師であっても同じこと。

 

 彼ら彼女らが切磋琢磨(せっさたくま)を続けた結果、かつての偉業は日常の一幕と成り代わり、民草の暮らしも少しずつ、豊かさを増したものとなっていた。

 

 例えば、調理の際に火を起こすことが苦でなくなり。

 例えば、食材を冷やすことで日持ちを伸ばし。

 例えば、内地の農村へ新鮮な魚貝を届けることも。

 

 不可能とされていたおおよそが、今は、当たり前と化したのだから。

 

 

「…………」

 

 

 昼下がりの炊事場(すいじば)

 包丁を手にした少女が、まな板の上に鎮座する魚と目を合わせそのまま、動かずに固まっていた。

 

 硝子玉めいた赤い瞳は、魚の目を見つめたまま。

 横一文字の唇はぴくりともせず、完全な沈黙を保ち。

 

 微動だにしないその様は、傍目(はため)には、魚に戸惑っているようにも見える。

 

 実際、身の引き締まった魚は、山間部が程近い内陸では物珍しい代物だ。

 鮮度を保ったそれなど、魔術輸送が発達した今でも中々お目にかかる物ではなく、扱いに戸惑ったとてごく自然な、有り触れた反応と言えるもの。

 

 だが、少女が動けずにいる理由は、他にある。

 

 そうした少女の背後にて。

 頬に手を添え苦笑を浮かべた女がひとり、固まる少女を眺めていた。

 

「……やっぱり、包丁は無理かしら」

「はい、お母さま。刃物を扱うことは、不可能かと思われます」

 

 少女は淡々と返すと、包丁を下ろす。

 お母さま、と呼ばれた女は『気にしないで』と頭を振って、少女から包丁を受け取り定位置へ。

 

 合わせて、傷ひとつない魚もそのまま、保存箱――ある程度の冷蔵機能を有した日用品――へと戻し、そのまま、改めて箱の内を探る。

 

「大丈夫よ、刃物を使わない料理なんていくらでもあるからね」

 

 保存箱の中身を確かめながら、お母さま――母と呼ばれた女は、少女が気を病むことないよう、微笑みと共に告げた後、再び箱へと向き直った。

 

 左肩でくくった、栗色の髪。

 編み込んだそれを抱えるよう前へと流し、箱をまさぐる後ろ姿。

 

 それに対して、彼女を母と呼んだ少女の髪色は……怖気立つほど澄んだ白。

 目鼻立ちも系統が異なり、彼女のそれも十分なほど整ってこそいるものの、少女の、不自然なほど完璧な美を体現したものとは、まるで違う。

 

 それもそのはず、彼女と少女に血の繋がりはなく。

 それどころか、少女は……人間ですらないのだから。

 

「母さん、ラヴィには難しいと思うよ」

 

 そうしたふたりの、更に背後。

 後ろ姿を退屈そうに眺めていた少年が、溜息と共に小さくこぼす。

 

 椅子に浅く腰掛け、机に半身を預けながら足をぱたぱたと遊ばせて、誰が見ても年齢相応でしかない振る舞いを隠さず不満げにだらけて見せる様は、言外(げんがい)に退屈ですと叫ぶかのよう、わかりやすい。

 

「余計なこと言うんじゃないの、せっかくラヴィがやる気になってくれたのに、邪魔する気?」

「邪魔は、しないけどさぁ……」

 

 頬を膨らませながら、少年は自分を見る少女……ラヴィのほうに目を向ける。

 

 ラヴィと呼ばれた少女は、人工生命体(ホムンクルス)である。

 正しくは、完全自立型性処理専用女性型人工生命体(ホムンクルス)

 

 少年の誕生日に贈られた彼女は、少年の命には絶対服従。

 即ち、彼が遊びたいと告げた瞬間、ラヴィはそちらに向かってしまう。

 

 母の言う『余計なこと』が何を指すか、少年はしっかり理解していた。

 

「ご主人さま、なにかご用件がおありでしたら、わたしは……」

「あ、大丈夫だよっ、気にしないでいいからね」

 

 だからこそ、少年はしっかり否定した後、改めてラヴィに目を向ける。

 

 元々、こうして日常を歩むことなど想定せずに造られていた彼女だが、紆余曲折(うよきょうせつ)を経てラヴィ=ホムと名付けられ、今ではこうして、家族の一員として迎えられ、ただの性処理玩具ではなく、ひとりの少女として人と代わらぬ扱いを受けていた。

 

 ホムは、最愛のご主人さまより賜った名前。

 ラヴィは、それを見かねた家族がつけた今の名前。

 

 だが、最近では言い出しっぺの少年までもラヴィを気に入り、ホムと呼ぶことはなくなった。

 

 ホムは、言うまでもない安直なものだが、ラヴィの由来は、白兎。

 

 人工生命体の、造られた美。

 煌めく澄んだ白髪と、無機質に輝く紅の瞳、その愛らしい様から名付けられた。

 

 当のラヴィは、その真っ白な長い髪をそのままに――髪型で気分を分けるよう提案することで、ふたくくりは『そういう時』用と少年とラヴィに認識させた――炊事場に佇み、少年と母を眺めている。

 

 少年とさして変わらぬ背丈には不釣り合いなほど特大の乳房も、今はそれを踏まえて(こしら)えた衣でしっかりと包み、相変わらず目を惹きこそするものの、一応は外を出歩いても問題のない出で立ちに仕上がっていた。

 

「……確かに、ラヴィはちょっと手先が不器用かもしれないわ。でもね? だからといって料理を諦める理由にも、そして、やらなくてよい理由にもならないの」

 

 素材の選別を終えた母が、そんなラヴィの肩に手を添え、慈しむよう目を細める。

 

 例え、人工生命体であろうが、その役目が性処理玩具であろうとも。

 家族の一員と認めたからには、それらは頭の片隅へと追い遣り、ひとりの少女として、娘として接しようと、母は努めて色眼鏡で見ぬよう心がけ。

 

 その結果として、ラヴィにとっては用途外でしかない料理の鍛錬に充てようと、今日の予定を定めていた。

 

 芯を持ち、気も心も強い母であった。

 

 彼女としては、自分自身を極普通の女、極普通の母だと自認しており『鬼子母神(きしぼじん)』などというふざけたあだ名は心底不服でしかないが、不服としながらも言いだした連中をまとめてしばき倒した辺りは名に恥じぬことこの上ない。

 

 母(いわ)く、この村にはしばかれる理由アリが多すぎる、とのこと。

 実際、少年の知る範囲でも問題児ばかりだと思えるあたり、さもありなん。

 

「ラヴィが何でも言うこと聞くのも、アンタ相手だけでしょ? でも、母さんが聞いてもラヴィはやるって答えたわ。ラヴィはラヴィの意思で料理をしたいと思ったの、なら、応援してあげないと」

「はぁい……」

 

 少年は露骨なほどに渋々と、それだけ返す。

 

 遊びたい盛りの少年だ。

 ふって湧いた隙間時間を、愛しの子と過ごしたいと思うこと。

 そのものは決して責められない。

 

 遊びの内容さえ健全ならば、実に微笑ましい仕草とも言える。

 

 が……その内容が不健全極まりない故に、母はまったく尊重せずに切り捨てた。

 

「それよりもアンタ、また手伝いほっぽってるんじゃないの?」

「う……っ、で、でも、今日はやること少ないから遊んでていいって言われたし」

「なら、明日の分まで少しでも進めて楽したいって、自分からお仕事もらってきなさいな。どうせ暇でしょ」

「暇というか、暇になったというか……なんか、僕のこと追い出そうとしてない?」

「分かってるじゃないの。いい? 女の子にとって料理の練習は秘密の訓練、乙女の秘め事を見るもんじゃないわよ」

 

 少年は、年の割に(さか)しかった。

 

 母が言うからには絶対であり、是非ではないのだ。

 例え非であっても、従わなければえらいことになる。

 

 もっとも、母が非を叫ぶことなど滅多になく、今のもまあ、すぐにやらずとよくとも、やりたくはなくとも急ぎでない仕事があることも、それをこなせば明日楽できることも、確かな事実。

 

 そこまでしっかり理解して、これはもう逆らえないなと確信を抱きながら、深く溜息。

 

 しょうがない、母の言う通り自分から手伝いを申し出るか。

 でもまあ、少しくらいの反論は許されるのではないか。

 

 少年はそんな反骨心と、あと、純然たる事実だからと……捨て台詞のよう一言こぼす。

 

 

「……母さん、ラヴィはもう乙女じゃないよ」

 

 

 投げつけられた(かばん)が、少年の顔にブチ当たった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さてラヴィ、秘密の特訓を続けましょうか」

「秘密……ですか」

「あの子に秘密が嫌なら、後で話してもいいからね? でも今だけは秘密。だって、料理なんてできないって思ってるあの子に、あなたの料理を見せたら……ビックリすると思わない?」

「はい。料理はわたしが作られた理由と縁の遠い行いです。それが可能となれば、ご主人さまは驚くと思われます」

 

 淡々と答えるラヴィは、あくまで事実と推測を述べるのみ。

 それが感想ですらない単なる確認に過ぎぬことを母もまた理解しながらも、続けて(いわ)く。

 

「そして、喜んでくれると思わない?」

「……わかりません」

 

 どれだけ家族の一員として接しても、ラヴィは、あくまで用途を絞られた人工生命体(ホムンクルス)

 

 感情は希薄(きはく)で、性行為の他は万全とは言い難い。

 最低限の受け答えと、学習能力こそ兼ね備えてこそいるものの、人の子と同じように思い、同じ感情を共有しろというのはあまりに酷。

 

 それを、母もまた少年と、ついでに三賢者(産みの親)から聞き及んでいるからこそ。

 

「……ですが……喜んでいただけるなら、嬉しいです」

 

 

 ラヴィの答えは、母のやる気を引き上げるには充分すぎた。

 

 

「よしっ! じゃあ、刃物を使わなくても作れる、とっておきのレシピを教えてあげる、大丈夫よ、あなたでもきっと作れるからね」

 

 

 ラヴィの手先は決して器用とは言えず、刃物はそもそも扱えない。

 それでも、最初から最後まで作れるほどに簡単で、かつ、少年が喜ぶもの。

 

 ひとつだけ、思い当たるものが母にはあった。

 

 

◇◆◇

 

 

 しばし後。

 ラヴィの前には小袋と小瓶がふたつずつ。

 木桶に、陶器の器が複数個。

 

 それと、ラヴィの肘から手の先程度の長さをした一本の棒に、あとは籠いっぱいに敷き詰められた鶏卵が用意されていた。

 

 その内のひとつ。

 母は卵を手に取ると、無表情に見上げるラヴィに手渡した。

 

「卵の割り方はわかる?」

「中身を取り出すだけでしたら、わたしでも」

 

 ラヴィは受け取った卵を両手で持つと……左右より、中心へと圧をかける。

 

「……ラヴィ?」

「…………んっ」

 

 

 ――ぐしゃぁ。

 

 

「……辛うじて、といったところですが」

「力が弱いとは聞いていたけど、そこまでなのね……えぇと、とりあえず、割り方をまず教えるから……」

 

 人工生命体に、用途外の知識は(おおむ)皆無(かいむ)

 ひとつひとつ教えていくしかないと、母は意識を切り替えた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……でき、ました」

「そうそう、上手よ。そのあと、空いた殻に流し込んで、卵白だけ落とすの」

「はい。この鼻汁のような液体と、目玉を分け、目玉のみを入れる……ですね?」

「そう。あと卵白を鼻汁というのは今から禁止ね」

 

 複数個分の卵白を取り除き、黄色濃いめの卵液と、除去された卵白。

 母はそれら見比べて、改めて配分を確かめる。

 

 個数でも管理しているものの、卵というものは個体差があり、最終的な微調整は目視で行う他はない。

 

「ん……この色なら上出来ね、分量は分かった?」

「はい。主に個数で、後に色見にて最終判断。卵黄に比重を寄せた卵液の生成、最終形と配分は記憶いたしました」

「よっし。次はハチミツと……あと、お砂糖。こっちのね」

「これも、お砂糖なのですか」

「ええ、料理やお茶に入れるのとは別、お菓子のためのお砂糖よ」

 

 一言に砂糖と言っても、その名を冠した調味料は多岐に渡る。

 そのどれもが味と、そして用途が異なり、この地域ではどの家庭でも数種類の砂糖を常備するのが常であった。

 

 無論、田舎の農村でしかないこの地で、白糖などの高級品は望むべくもない。

 基本的には、安価かつ独特の色見を纏った根菜糖(こんさいとう)、または、香草から作り出したものを(もち)いるのが常である。

 

 それらは精製が甘く、風味と雑味こそ残したものの、甘さそのものだけならば白糖にも劣らず。

 また、それぞれ異なる風味から用途次第で、それにも勝る有用性を秘めていた。

 

「こっちはニバの葉から作るお砂糖、これが一番合うの」

 

 そのひとつ。

 小袋より、見た目は砕いた黒胡椒にも似た粉状の砂糖を取り出し、ラヴィに見せた後、袋ごと手渡す。

 

 ラヴィは母の持つニバ糖と、その小袋を確かめた後、匙を手に。

 事前に聞き及んでいた分量を慎重に卵液へと沈めていく。

 

「そう。でもニバは雑味が少しあるから、蜂蜜で誤魔化して……牛乳も忘れちゃダメだからね?」

 

 続けて、小瓶に収まる黄金の蜜も同様に。

 匙にて五杯の蜜と、あわせて、別の小瓶から牛乳も加え、卵液の調合を整えた。

 

「さて、ここからね……ラヴィ、持てそう?」

「恐らく、大丈夫かと思われます……ん」

 

 母より手渡される、小型のメイスにも似た独特の棒。

 この世界における泡立て器を片手に握り、ラヴィは軽く振ることで、己の動作を確かめる。

 

「……問題ありません。刃がついてないものなら、扱うことが可能です」

 

 その言葉に、母はほっと胸を撫で下ろすも……はて、棒状のモノを扱えるのは、如何なる意味での機能だろうと。

 

「ん、んッ! よかった。後はその棒でかき混ぜるの、できそう?」

 

 一瞬抱いた雑念……脳裏をよぎった男根と性玩具とを振り払い、誤魔化すように咳払いと、次の指示とをラヴィに告げた。

 

「問題ありません、攪拌(かくはん)を開始します」

 

 言葉と共に、手にした棒を無造作に卵液へ突き刺すと、ラヴィはそのまま淡々と、卵液の攪拌を開始する。

 

 泡立てに用いるそれを以て、卵液をまずはかき切るよう。

 以後は、液全体が混ぜ合わさるよう、同じ動作を小刻みに。

 

 そうして、棒を扱うことこそできるものの、結局のところ、ラヴィ本来の用途より外れた行為であり、単純なそれでも彼女にとっては難しく。

 

 だからこそ、無表情ながら真剣に。

 

 棒を取り落とさぬようしっかりと握りながら、ラヴィが卵液を混ぜる様は……それだけ見れば普通の子供と変わらない。

 

「…………」

 

 焼きの工程を除けば、混ぜる時間がひたすら長い。

 その間を、母はラヴィの様を見守ることに費やして、思考を、彼女のあり方で埋めていた。

 

 ラヴィが従順なのは、少年相手に限られる。

 家族の概念は持つらしく、自分もまた、少年の母ということで尊重はされるも、それが例え少年を思ってのことであっても、すべて肯定されるでもなく。

 

 そのラヴィが、こうして熱心に、言われたとおりにこなす様。

 少年のため、自身には困難と理解しながら事を成す姿からはただ、少年に喜んで欲しいと。

 

 そうした想いが感じられ、思わず、昔を思い出す。

 

「その料理……元はね、御伽話(おとぎばなし)に出てくる料理なの」

 

 ラヴィに、相槌(あいづち)を打つ機能はない。

 明確に語りかけなければ応答しないと、それを理解しながらも……母はまるで、独りごちるよう言葉を続ける。

 

「私は、元々この村じゃなくて少し先の城塞都市の産まれでね……そこで、子供の頃に流行ったのよ、御伽話の料理を再現したって触れ込みで」

 

 ラヴィが答えることはなくとも、構わない。

 母はラヴィの様に己の過去を思い返し、懐かしむよう目を細めた。

 

「今度ラヴィにも話してあげる。古の賢者……あなたの親みたいな怪しいのじゃなくて、本物の賢者様が見出した、こことは違う世界の勇者様が、故郷の味を振る舞うお話で……それがまた、美味しそうなのよ」

 

 ラヴィの様子を確かめる。

 

 不器用ながらもしっかりとかき混ぜ、また、液を零す気配もなく。

 竈もまだ火を入れてはない今なら、目を離しても大丈夫。

 

「それの再現って言うから、初めて聞いた時は……今もだけどね、本当にこんなのだったの? って、宣伝文句だけいっちょ前の誰かが思いついたレシピで、胡散臭いと思ってるけど……ただ、味だけは格別」

 

 母は、頬杖をつきながら視線を外。

 わずかながらに雲を浮かせた青空を見遣り、そこに思い浮かべるかのよう、昔を、抱いた思い出を、振り返る。

 

「試しに作ったら私も気に入っちゃって、何度も作って……あの人にはじめて作った料理も、それだった。私たちにとっては思い出の味……思い出の、レシピなの」

「……思い出の、レシピ」

 

 手を止めたラヴィが、一言漏らす。

 母は、語りかけ未満のそれへの反応に思わず視線をラヴィへ向けて……彼女と視線を重ねると、改めて微笑みを浮かべて見せた。

 

「そう。当然、あの子にも何度も作ったから……あの子にとっても、きっとね」

「…………」

「いい具合ね、それくらい混ぜたら十分よ」

 

 記憶に宿る、完成系の卵液と寸分違わぬラヴィのそれを確かめて。

 母はラヴィの前に、用意していた陶器の器を並べ……続く行程を(うなが)した。

 

「…………」

 

 ラヴィは、器のおおよそ八分目。

 それぞれに卵液を流し込み、その後、羊の腸より精製した使い捨ての蓋を陶器にハメて――この行程のみ、ラヴィは巧みにこなしたが母は理由が分からずに。都会育ちであったとしても、知らないものは知らぬのだ――兎角(とかく)、火にかける支度を整えて。

 

 あとは、薄く水を張った鍋に器を並べ、そしてごく少量、魔術師でなくとも持ち得る程度の魔力を流せば、(かまど)は自ずと火を点す。

 

「あとは、液が固まるまで火にかけた後、改めて冷やせば完成よ。どうかしら? これなら、ラヴィでもひとりで作れると思うけど」

「はい。卵の殻さえ対策すれば、後の行程はわたしでも行えるものでした。卵の殻に関しても、お母様のやりかたでしたら不可能とは感じません、修得できるかと思われます」

「ゆっくりでいいわよ、できるまで、何度でも見てあげる」

 

 母は火の具合をじっと見つめながら、ラヴィの頭を優しく撫でる。

 

 はるかな昔、こうして、娘と炊事場に立つ日を夢見た過去を思い出し。

 実子こそ叶わなかったものの、ラヴィは……家族同然となった娘は、いつかの夢を叶えてくれたのかもしれないと。

 

 息子だけでなく、自分自身も――普段の行いや息子との接し方だの諸々気になる要素全部をひとまず忘れて――感謝しなくてはいけないと、静かに思う。

 

「お母さま……わたしも、思い出。思い出の味は、欲しいと感じます。記憶するのは、得意なことのひとつです」

「なるわよ、思い出に。あの子もね、それ好きだから」

「……そうですか」

 

 ラヴィの表情はそのまま。

 仕草も、極僅かなもの。

 

 だが、それが喜びを表していると、今の母には理解できた。

 

「……やっぱり、嬉しいものなのね」

「そう、ですね……ご主人さまにお喜びいただくことは、わたしにとっても何よりの喜びです」

「そういう風に造られたから?」

「はい、わたしはご主人さまのために。ご主人さまにお喜びいただけるために産み出された存在です」

 

 そう、ただの事実確認を。

 感情の伴わぬ言葉を、漏らした後。

 

「なので……産み出された用途とは別のことで、お喜びいただけるなら……それは、わたしには勿体ないほどの、幸せです」

 

 ラヴィは、口元だけに。

 口角にほんの僅か、喜びの宿った笑みを浮かべた。

 

 

 そうして、はっきりと感情を覗かせるラヴィの様に母はふと、三賢者のことを思い出す。

 

 ……まあ、アイツらの造ったもんが言うとおりだった試しもない。

 想定とは違うことができたり、予想外の動作くらいなら日常茶飯事。

 

 無感情に、ちゃんと感情があるくらいならいつものことの範疇(はんちゅう)だ。

 

 むしろ、今回はそのおかげであの子も、そして自分も、家族の日常に思いも寄らない『幸せ』が舞い降りているのだから、褒めてやってもいいだろう。

 

 

 そう結論付け、柔らかく微笑む。

 

 

 成したことこそ、そこそこ偉大な三賢者。

 だが悲しいかな、彼らの評価は村内だと極めて低く、あまり尊重、されることなく。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 日も傾き、間もなく夕闇に染まるであろう空模様。

 夜には早く、さして外遊びには遅すぎる頃合いに、少年は家に帰宅した。

 

「ただいまー……」

「おかえりなさいませ、ご主人さま」

「ただいまラヴィ。あっ! これ、お姉ちゃんから」

「追加の衣服ですね、ありがとうございます」

 

 ラヴィの着衣は、その殆どを村娘のお下がりでまかなっている。

 

 それというのも村娘、若い村人の中ではとびきり大きな胸を持ち、その大きさといったら自然の極地。彼女のお古であれば多少の手直しでラヴィも着られるほど、昔からしっかりたわわに実っていた。

 

 あとは、彼女の性格故に。

 村一番の美少女は二番手となっても腐らず、造られた美にも嫉妬せず。

 

 それどころか、人形のよう愛らしいラヴィの様をえらく気に入り、彼女なりに可愛がるほど懐いており、今となっては色々頼れる存在と化していた。

 

 

 まあ、彼女なりの可愛がり。

 母の目の前で少年との3Pを提案し『鬼子母神』にドチャクソしばかれ倒したりと、相変わらずではあるのだが。

 

 

「アンタ、ヘンなことしてないでしょうね」

「しないよ、お姉ちゃんはしてたけど」

「はぁ……あの子はホントにもう……」

 

 元々、隙あらばヤる日々を過ごしていた村娘は、何時でも何処でも何度でもな人工生命体(ホムンクルス)を得て以降、歯止めが完全にどっかへ行った。

 

 朝から晩まで、隙あらば人工生命体(ホムンクルス)とパコパコズコズコ。

 その上で村の男とも気が向いたら一戦二戦と、仕事をサボって交尾三昧。

 軽めにハメている時はそのまま応対するほどに、ヤリたい放題となっている。

 

「……お願いだから、アンタたちはあんな風にだけはならないでよね」

「さすがにそれだけは気をつけるって」

 

 ラヴィが来てから連日のよう、うんざりするほど繰り返されたお願いだ。

 

 だが、少年からしても割と本気で、一緒にしないでと願うほど。

 むしろ、村娘という悪しき前例があるからこそ、少年は自分専用の愛玩人形と暮らしながらも、ギリギリで節操を保っていた。

 

 

 数少ない、村娘の功績である。

 実のところこの村で唯一、村娘に足を向けて眠れないのが少年家だ。

 

 

「あっ、プリンだ!」

 

 そんな少年、机に用意された大好物を前に浮かべる笑みは紛うことなく歳相応。

 身を乗り出すほどの勢いで机に飛びつき、許諾を得ようと満面の笑みを母へと向ける。

 

「手はもう洗ったでしょ、食べちゃいなさい」

「えっ、いいの? ご飯の前なのに……」

「今日は特別。ね、ラヴィ?」

「はい。是非、お召し上がりください……お気に召していただけたら、幸いです」

 

 少年は、年の割に賢しい子だ。

 そのやり取りで全てを察し、驚きに目を丸くした。

 

「えっ、ラヴィが作ったの」

「はい」

「作れたの?」

「はい」

「そういうこと。今日のは全部、ラヴィのお手製よ……ほら、仕上げて」

「わかりました、仕上げの行程へ移ります」

 

 驚く少年を眺めながら、ラヴィが最後の仕上げにかかる。

 

 竈に乗せたままの小鍋を手に。

 やや熱が残る程度の塩梅でこしらえていたカラメルソースを振りまいて、冷えたプリンと、その上に添えられたメレンゲに塗していく。

 

 

 異世界プリン、余った卵白のメレンゲを添えて。

 これにて、完成。

 

 

「わぁ……っ、美味しそう!」

「どうぞ、ご主人さま。お召し上がりください」

「うんっ! 嬉しいなあ、僕プリン大好きなんだっ。いっただきまーす!」

 

 早速とばかり、木(さじ)で一口。

 

 その瞬間、口内に広がる濃厚な味わい。

 品種上、大味な卵液を牛乳がまろやかに和らげ、蜂蜜とニバ糖の甘み、そして風味――現代で言うところの、バニラフレーバーのそれである――が混ざることで、プリン本体も確かな甘みを。

 

 加えて、添えられたメレンゲとプリンとに絡められたカラメルが、香ばしさと追加の甘さで引き立て、それは正に、田舎では数少ない人の手で作られる甘味として完璧な調和を奏でていた。

 

「わぁっ! え、すごいっ。美味しい!」

「美味しいのですか?」

「美味しいよっ、ちゃんとできてる! あれ、ラヴィは食べてないの?」

「さきほど、味見を……甘さと、風味と、食感。どれも好ましくは感じましたが、すべてが食事とは異なり、判断がつきません」

「だから美味しいんだよ」

「そうですか……覚えておきます」

 

 そう答える、よく理解していない様子のラヴィを眺め少年は妙案を思いつく。

 

 大好物のそれを、もっとも美味しく食べる術。

 少年は内に秘めたとっておきの作法そのまま、プリンとメレンゲ、そのよぉくカラメルの絡んだ箇所を選んで匙で(すく)うと、椅子ごと、横に座るラヴィに近付いた。

 

「ラヴィ、あーん」

「はい……んれぇ♡」

「普通に口開けて欲しかったけど、まあいいや、はい」

 

 大口を空け、思い切り舌を伸ばし目を細めるラヴィの様に苦笑しながら、少年はラヴィの赤くうねる舌の上へ、すくったプリンを乗せてやる。

 

 さすがに、舐めしゃぶることはなかった。

 ラヴィはしっかりと意図を察し、乗せられたそれをそのまま、口に含む。

 

「ん……」

「どう? 甘いのが混ざって、味見の時より美味しいでしょ?」

「……そう、ですね。甘く、柔らか……口内で、蕩けるようで……味見の際とは、異なります」

「カラメルの違いね、なくてもいいけど……やっぱり、あったほうが美味しいわ」

 

 母の補足を受けながら、口内の甘味を分析するよう、静かに味わう。

 

 ラヴィにとって舌先は、数少ない性行為以外でも十全に機能する箇所だと言える。

 

 動作も、感覚も、当然味覚も。

 それ故に、味の変化もしっかりと理解しているが、同時に、自分が感じた美味しさは、それだけが由来ではないことにも気付いていた。

 

 ラヴィはそれを自分の内で結論付け、改めて少年に目を向ける。

 

「自ら作り出したものとはいえ、ご主人さまにいただくと、格別です」

「僕も! ラヴィが作ってくれたって思うと格別だよ。ありがとうラヴィ!」

 

 斜に構えたところがあるといえ、腹芸のできない少年だ。

 

 その言葉に、嘘偽りなどあろううはずもなく。

 否、たとえ嘘偽りであったとしても……その言葉だけで、報われる。

 

 報われたと、ラヴィは、かけられた言葉を咀嚼(そしゃく)して。

 口内の甘味を、飲み込むその瞬間まで味わいつくして。

 

「はい、わたしも……美味しく、作ることができたのなら……嬉しいです」

 

 口角をほんの僅かに緩め……少年に向けて微笑んだ。

 

「…………」

「あっ、こらっ。アンタ一口で……あー……」

 

 少年は残りのプリンをカッ喰らうと、勢いよくラヴィを抱き締めた。

 結局のところ、少年はラヴィの微笑みに弱いのだ。

 

「ラヴィ可愛い、大好き!」

「ありがとうございます、ご主人さま」

 

 未だ素直さに充ち満ちた少年は、好意をまるで隠さず、いつも直接言葉で示す。

 

 だが、それはあくまで好意だけ。

 それ以上の『お誘い』は、大抵がこうした……行動で示すものとなった。

 

 そうして強く抱き締められながらも、ラヴィは無に戻した表情を動かさず。

 ただ、意図だけははっきりと、理解して。

 

「…………♡」

 

 行為の兆しを感じ取ることは人一倍。

 それもまた、人工生命体としての機能のひとつであり、本懐ともいえる。

 

 人工生命体の手先は、繊細な動作に向いていない。

 

 刃物を扱うことは精神的な忌避(きひ)があり。

 学ぶことこそできるものの、料理という行為には根本的に不向きである。

 

 少年に抱き締められたまま、ラヴィはその、不器用な手先を己の髪へ。

 白く輝く髪束を手繰り、まとめ、自分の髪をふたつにくくる。

 

 

 ……つまりは、そういうコトである。

 母親も遺憾ながら、よぉく理解していることであった。

 

 

「……外でヤんなさいね」

 

 

 母はその一言だけなんとか絞り出し、深く、深く溜息を吐き出した。

 

 元々が自由時間。

 食事まではまだ時があり、倫理感の他、行動を縛る理由がない。

 

 行為を止めろと断じるのは、ラヴィの生き様を否定することとなる。

 それを心苦しく感じる程度には、母もまた彼女に情を移していた。

 

 そして、心理的なアレコレを除けば、母であっても、行為を咎める理由がない。

 

 最愛の息子と、家族同然と感じる少女の粘膜接触は母として複雑どころか脳内闘争が年中勃発してるほど、すんなりとは受け取れない情事だが……まあ、断固として何がなんでも拒絶するほどかと言われると、辛うじてだが余地はある。

 

 致し方ないから、節度を保てばまあ許す。

 

 母として下した苦渋の決断が、それだった。

 

 あと……なんにせよ、部屋を汚されたくはない。

 それ故、ヤるなら外でが少年家での鉄則だ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 言われるがまま、素直に屋外へ向かったふたりを見送り、母は溜息をもうひとつ重ねて炊事場を見回す。

 

 調理しながら片付けも並行していたために、乱れらしい乱れは既に皆無。

 

 調味料はすべて、定位置に。

 使用した器具は洗い場に。

 

 故に、整えられた調理場に残るは、プリンだけ。

 

 母はそれを。

 自分にも、と用意されたプリンを手に取り、小鍋に残ったカラメルを適量落とす。

 

 そして、一口。

 

「……ふふ、よくできてるじゃないの」

 

 思わず笑みがこぼれるほど、自分の味をそのまま宿した仕上がりに穏やかな気持ちに満たされながら、残ったものに。

 

 少年らのそれよりすこし小さな、三つの器に目を向ける。

 

 

 ――さて、ラヴィがはじめて作り出した成果物を三賢者(産みの親)にも喰わせてやるか。

 

 

 母は村外れ、庵がある方角に視線を向けて……溜息と苦笑を、ひとつこぼした。

 

 

 

 三賢者は泣いた。

 それというのも三賢者、産み出す人工生命体(ホムンクルス)はいつも適当。

 作り手である自分たちに感謝を抱く個体などついぞなく、生涯初めての贈り物に、それはもう、プリンがしょっぱくなるほどボロ泣きした。

 

 

 

 ついでに、少年の父親も。

 存在をすっかり忘れられ、自分のプリンがないことに帰宅後、静かに涙した。

 

 

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 




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