残念だったね
それでも今日より良い明日を求めて進むしかないんだな
忘れ去られたはずの愚行で夢が醒めるまで、せいぜいあがいてくれたまえ!
今日もまた、偽物の朝日が少年を夢から醒ました。
ジメジメとした個室に南中した電球が辺りに嫌な熱を放つ。
それは毎朝決まった時間に生を受けるように制御されている。
遥か地上で起こっている出来事を猿真似しただけの、チープな仕掛けだ。
人類が文字通りお天道様の下を歩けなくなってから既に80年が経つ。
愚かな核戦争を何度も何度も繰り返した、当然の報いである。
生き残りはシェルターに莫大な食糧と共に立てこもったが
それももうすぐ尽きようとしているようだ。
この
18歳。核戦争後に地下へと逃れた戦士たちの孫の代にあたる、第三世代の生まれだ。
″本物の″ 太陽に身を委ねて日焼けのひとつでもしたい年頃。
だが実際の彼は蟻のタマゴのような、″まだ″生気のない白い肌の持ち主であった。
にも関わらず、彼がそれを憂いることはなかった。
というより、出来なかった。
このむさ苦しいシェルターの年功者から本物の太陽の話を聞かされたことはあったが、それはもはやおとぎの話であったからだ。
彼は太陽の存在そのものを疑いつつある。
あとは何より、このジジイはひどく呆けていたのだ。
生き字引がひとり、またひとりと地獄の書庫へと召されていく。
そんなご時世に辛うじて売れ残っている者がいるとして、その頁が湿気と虫の餌になっていないという保証はどこにもないのだ。
こうした原因で、かつての人類の営みが若者へと正しく語られなくなりつつあるというのもまた、このシェルターが抱えている死活問題の1つである。
にも関わらず、データバンクを作る計画は提唱すらされることはなかった。
そんな遠回りなものが無くとも明日の飯にありつけることは誰もが分かりきっていたのだ。
腹が満たされれば嫌なことを一時的に忘れ去ることができる。
この円環がある日突然終わりを迎えるという昏く重い事実でさえも。
こうした食欲を孕んだダブスタによってここは50年以上、食糧全耗に立ち向かうための建設的な行動を起こすことが出来ずにいた。
これでは手間暇をかけた集団自決である。
そう考えた第二世代の者たちは地中のミミズ1匹にでもありつけたいという思いで掘削作業を始めた。
だが、やはりそこには計画性や明確な展望は見られなかった。
アテもなくただ死にものぐるいで地の底を目指すそれはまさに
「
もはや狂気の儀式と表現するに相応しいものであった。
そうしてシェルターの下に開かれた大穴から枝のように広がる居住区が、ゲルフたち第三世代の居住区である。
つまり歳の若い者たちほど、開拓の最前線である地下に住まわされるというワケだ。
しかしそんな彼らの不満の声は唸るような掘削機の駆動音にかき消された。
角張った楕円から伸びた、4本の尖った脚部。
それらが坑道内において自在な動きを実現している。
そして底面に取り付けられた
「オレはこの蟻みてェな機構割と気に入ってんだゼ」
恰幅の良い初老の男はいつだって上機嫌だ。
「ッツウヮァァァ…そいつァ何よりだ、オッサン」
棒っきれのような青年があくび混じりに粗雑な相槌を打つ。
これが彼にできる精一杯の返事だ。
ふたりは
だがそんな彼らにも悲惨な共通点があった。
肌が薄ら寂しく白いということ。
それから
シェルター人類の気休めに利用されているということ。
「しっかしまァ驚きだ」
恰幅の良い方の男がこの掘削機が開発された経緯とそれ以前は手作業で掘削が行われていたということを聞いてもいない相方につらつらと語った。
透明のバイザーの中に気まずい空気が立ち込める。
にも関わらず小太りの方はさらに続けた。
「実はうちの死んだオヤジがこいつの開発に関わっていたらしいゼ、
まァ拾い子だったから血は繋がってねェらしいがナ!ハハハハハッ!」
全くもって笑いどころのない、どころか返事が出来るだけでもお釣りがくるくらいにはそれが難しい話題だ。
それに加え棒っきれの方はいわゆるコミュ障というやつである。
拷問に等しい時間が彼の心を砕いていく。
自分のすぐ直下で岩がちょうど同じ目に遭っている音が聞こえる。
それだけで隣のデブに対する苛立ちは吐き気に代わり、表面上は穏便に済むのである。
操作盤がオッサンの手の脂でテカリを見せた頃、本日のタスクは完了した。
さて次はフォルミクスを所定の位置へと戻す仕事が待っている。
どぎつい角度の土壁にその鋭利なマニピュレーターを突き刺して1歩、また1歩と着実に足を進めていく。
そしてこのように不安定な構造は当然、コックピットに不規則で激しい揺れを送る。
海を見た事のない男たちは皮肉にも波乗りの感覚を覚えていた。
もっとも、閉塞的な地中で出くわすそれは大変心地の悪いものであるが。
整備工場まで来てようやくハッチが開いた。
細い青年はそこで初めて吐き気の正体は会話がもたらす苦痛でもなく、あるいは乗り物酔いでもなく、おっさんの腐った加齢臭であるということに気がつく。
脳にバチバチと電流が流れるように、全てが繋がる感覚だ。
「おっさん、風呂には…入ってるのか………?」
細身のリンドが恐る恐る問いを投げかける。
「おうさモチのロンよ!3日にイッペンは入ってるゼ。」
と豪快な返事をするペテルコフ。
その時だった。
「………!?」
TPOを弁えない振る舞いによって放たれたのはなにも大きな声に限らなかったようで、
可憐な花の類なら容易く枯死させられそうな腐卵臭がリンドを襲った。
そこで何かが決壊する音がした。
「ゲェェェェッッッ……」
その細い胴体にこれほどの内容物が入っていたとはにわかには信じ難い。
圧倒的破壊力を持つ白い溶岩が床へと拡がった。
更にデブの驚く声に釣られて集まった|野次馬<メカニック>によって一刹那のうちにカルデラ地形が再現されたが、鋭く鼻奥を突く悪臭が促した
″知覚変動″によってそれは直ぐに解散の憂き目に遭った。
「おまぇぇええぇえ!!」
若いメカニックが怒髪天だ。
「おっさん…歯を磨いた、のはいつだ……」
加害者兼被害者となったリンドが喉に出来た突起を舌先で押しながら、2度目の問いかけをペテルコフへと投げかける。
「んェーっとな、確かハロゲンの月の半ばくらいか?ヌハハハッ!」
「うそ、だよな……?」
「ハァ!?じゃあもう4ヶ月は経ってるじゃねえか!!!!」
「ホラ今すぐ磨いてこい、シッシッ」
さっきのメカニックが発破をかける。
「あと…お前、口から産んだガキはこのままでいい、雑用係に片付けさせる。」
程なくして事件現場に駆けつけたのは仏頂面したゲルフだった。
「わかった…」
顔も知らない奴の芸術作品を大層不服そうに処理していると
彼に年代モノのベースのように味のある低い声がかけられた。
「あ〜あ、こりゃまた派手にゲロったなぁ……
これ…君がやったのかい?」
サヴォイア工場長が自分のナワバリを荒らした容疑者に問いかけた。
が、その琥珀色の瞳の奥には僅かな微笑みが含まれている。
長年の苦労と経験、彼が纏う雰囲気のすべてがゲルフに穏やかなプレッシャーを感じさせた。
彼の頬は程よく痩け、伸び切った白髪混じりの髪が後ろで縛られている。
背も高く声にもベースのような低い安定感がある、所謂イケオジと言うヤツだ。
「俺はただ片付けを任された他人だ」
「おっと…無闇に疑ってすまなかった、わびと言っちゃ何だが、あるかい?欲しいものとか」
「………」
分からない という表情だった。
「ははーん少年、さては夢トカまだ決まってないんだな?」
「ここで叶う夢などない」
「なぁーんでさ!最近の若いコたちって何もかもやる前から諦めちゃって、オジサンはそういうのもったいないと思うけどネ」
更に黙りこくる青年を横目に工場長も流石に気まずさを感じ、
「まぁ若者に夢を見せてあげられない僕ら大人にも非があるんだろうけどさ」
と付け加えた。
「この地中じゃ無理もない」
「あんたの世代″も″大人に失望させられっぱなしだったんだろ」
「そして俺たちはシェルターがこのままジックリくたばっていくのを見届けるしかないと」
「…」
サヴォイアは思わず言葉に詰まった。何故だろうか、顔が上げられない。
まだまだ未熟な青年ですら種としての終わりを見据えていることに酷い悪寒を覚えた。
それとは対照的に整備工場にはぬるい風が流れる。
「違うのか?」
この少年はすべてに無関心なようで核心をついた思考を身につけていた。
これまでの人生のほとんどを過ごしてきた
この地中に一切の散策の価値はなく、
辛うじて形をもった娯楽など、冷ややかな人間観察くらいのものだったからだ。
「ゲルフ君と言ったかな」
「ああ」
「この地中に君のような思考を持った若者が他にもいるとしたら」
さらに続ける。
「それは心苦しいことだ」
「……」
「だが……」
「君たちにはどうか打開策を見出して…」
「まだまだ存続していって欲しい…」
「ハ、他人事かよ」
ここまで読んで頂けて本当に嬉しいです
これほど長い文章は書いていくのは初めてなので不安もありますが
このまま突っ走っていきたいと思います!
ちゃんとついてこいよ……なぁ。