だがそれも長くは続けられない。そう遠くない将来、食糧が尽きる時がやってくる。
そんな絶望に駆られながら、現役の第二世代は何とか新たな資源にアリつけないものかとシェルターの地下を更に掘削することを決定した。
そして始めに開かれた大穴から枝のように広がる人工空洞は蟻の巣と呼ばれるようになり、親も分からないゲルフたち第三世代の居住区となった。
しかしそこは、めばえが根を張るにはあまりに深く、暗い。
「あんたは俺たちを見棄てて先に逝くことしか考えていないと…」
「よくわかった」
「いつだって勝ち逃げは気分のいいものだからな」
ゲルフが怒涛の3ターン行動でサヴォイア工場長へと問い詰める。
それを受けて
「僕らも僕らなりに必死だったんだ…」
第二世代の男が虚ろ気にうつむく。
「地中でも農業が出来ないものかと水脈を求めて掘削を行ったりもした」
「だけどね、何処の水も核物質に汚染されていたんだよ」
「となれば次は濾過装置を作ろうという話になるよね こいつも試してみたんだが……」
「100Lの汚染水を濾過することで手に入る安全な水はたったこれだけ…」
サヴォイア工場長は年季の入った革財布のような手の甲を返すとその小指の爪をもう片方の手で指さした。
そしてそれをコップ一杯に貯めるのにかかるコストと年月をさらに付け加えた。
話を聞いてゲルフは依然俯いたままだ。
「というワケでここでの農業は不可能なんだ」
「太陽以前に、水がない」
ゲルフは現状を何とか飲み込もうと大人の言葉を反芻する。
「そうなんだよ……」
「ところで食糧庫の冷蔵機能は80年もの間ダウンせずに機能しているんだ?」
「いい質問だね。だけど…」
サヴォイア工場長は面目なさげな表情でさらに続ける。
深く刻まれた眉間のシワが一瞬弛んだと思うと、
「これがまたよくわからないんだなぁ……」という嘆きともアンサーとも取れる言葉が彼の口からこぼれた。
「冗談を言うな!」
ゲルフの眉間が工場長のそれをトレスする。
「これがまた本当なんだよなぁ…」
「それなら実際に見に行ってみるかい?
ホラなに、百聞は一見に如かずというヤツさ」
「分かった」
大小ふたつの影が整備工場から姿を消した。
彼らは暗く冷たいトンネルを少しずつ降っていく。
そこは酷く湿り、足元には見る角度によって琥珀色と緑色とを往復する油の膜。
さらには4本の足が踏み出される度にその音がこだまし、魔物のうめき声のようだ。
このトンネルが作られた時、人類は既に斜陽にあったのだとゲルフは実感した。
「……」
トンネルの傾斜が途切れると、一際大きなフロアに出た。
「ちょいと待っていてくれないか」
サヴォイア工場長が気だるそうに壁へと向かい、据え付けられた機械にカードを押し当てる。
乾いた電子音のあと、ガシャンと鍵の開く音が辺りに響いた。
ガガガガガガガガ……ガガガガガガガガ……ガガガ……ギギギギャギィィ……
大扉が唸り、叫び、こだまする。先程2人が生み出したそれとは比にならないほど重く、恐ろしく、そして悲しい音だった。
愚かな人類の為に自らが開かれたことに対する怒りか、あるいは創造主に対する哀れみか。
「さァ、いこッか」
「…」
大扉に対してあまりにちっぽけな2頭の霊長類が神域へと踏み込む。
そこは他の
存外に甘く、まるで2人を歓迎するようだ。
サヴォイア工場長は「そうそう、この匂い」と言わんばかりに両手を広げ、この空気を謳歌していた。
一方ゲルフはというと……
嗅いだこともない妙な香りに猜疑心を昂らせ、カンフーのような構えでおそるおそる歩みを進めていた。
「この匂いは食品から香るものではない、そもそも食品と言ったって全ては缶に詰められ水っけのないものだ 匂いがするものか…」
ゲルフは心の中でそう呟いた。
「おっ、こいつァいい!
大人の真心がほの暗い闇の中で反響し、また消えていった。
「ゲルフくん!そろそろずらかるとしないか!」
その時、100m以上の距離からゲルフの柄に合わない大声が聞こえた。
「何か…得体の知れないものが壁の裂け目から染み出ている!!」
「あぁ!?そんなバカな話があるもんか!!」
と言いつつも工場長はあの寡黙なゲルフをこれだけ取り乱す何か余程の事態が起こっているということを頭では認識出来ていた。
さもあればあとは彼のもとに駆け出すだけだ。
5秒前の破裂するような冷笑のエネルギーは今や初老の肉体をフルスロットルで稼働させるための爆発エネルギーへと変わっていた。
サヴォイア工場長はあまりに巨大な倉庫の樹海の木々の隙間を一心不乱に駆け抜けていく。
「ああ…どうして……諦めたはずなのに…」
何度も何度も、足の裏で懸命に大地を蹴り飛ばす。この、先祖のエゴに塗れた愚の永久凍土を。
その身体は白く、軽かった。
声の主の強ばった表情が薄ら闇の中でもハッキリと見える距離に到達して初めて、彼は目の前の壁が放つ異様な威圧感を感じとることができた。
「ここだ…!」
ゲルフが指さした先にはこの壁の歴史が刻みこまれていた。
そこには長く深い亀裂が走っていた。
初老の男が走り出すよりもずっとずっと前から、亀裂が走っていた。
亀裂の先は遥か頭上まで続いており、それは暗い闇に飲まれて見えない。
まるでこれからの人類を暗示しているかのようだ。
「この溝の深いところに、何やら得体の知れない物が…!」
ゲルフが枝のように骨ばった、頼りない指を突っ込む。
「これだ…そう……これ……うえっ……」
ねちゃねちゃとした淫らな音。
サヴォイア工場長は手元のライトに手をかける。
照らし出されたのはゲルフの指先にまとわりつく、翡翠の色したゼリー状のなにか であった。
ただの翡翠色ではない。
それは宇宙から見た、かつての地球の大地を覆う豊かな緑と深い海の青が融け合ったような深みを纏った翡翠色である。
「とにかく…だ 今日はこいつをなるべく沢山回収してくれないか、
研究部門に持って行って見てもらうのさ」
「メシは俺が持っていく!
「もちろんゲルフ君、キミの分もネ」