197X年、A島にて、ハブネークによる鳥獣被害への対策として、ザングースが外部から持ち込まれる。
198X年、A島固有のリージョンフォームであるミミロル系統を始め、ニョロモやプラスル、マイナンの生息数が以前より強く縮小している事が判明。調査の結果、元からA島に生息していたハブネークと戦う為に、ハブネーク共々より栄養源を求めている事が分かった。
ザングースの駆除の為、捕獲報奨金が1匹あたり2000円で制定される。捕獲数を増やす為、段階的に5000円まで増大。
200X年、外来生物に対する法の制定と共にザングースの駆除が本格的に開始される。
201X年、現時点での最後に確認されたザングースが捕獲される。
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それの最初の記憶は、草食らしからぬ程に感情の籠った咆哮を上げて、黒いミミロップが襲ってきた事だった。
それの父母は、子供達を守る為に黒いミミロップの前に立ち塞がる。
だが、次の瞬間。激烈な勢いで駆けてきた黒いミミロップの蹴りは、父の反応速度を遥かに超えて、腹に突き刺さった。父の体はくの字に曲がった上で吹き飛び、口から血が噴き出させてそれ以降動く事はなかった。
そして、そんな光景の茫然とするしかなかった母の頭は、同じ蹴りで胴体と離れて木に叩きつけられ、原形を失った。
ただ野生で生きているだけではならないであろう、一流のポケモンバトルに出ても通用しそうな程に鍛え上げられたその肉体。黒いミミロップは、そのまま殺意を残る子供達に向けた。
それを含む子供達は、訳が分からないまま一目散に逃げ出した。
何が起きたのか何も知らないまま、巣穴の奥から無造作に遅れて顔を出した兄弟は、その黒いミミロップに掴まれて、逃げる兄弟目掛けて投げつけられた。
足の遅かった兄弟がそれにぶつかって共に転がり、重なる泣き叫ぶ声が肉の潰れる音を境に聞こえなくなる。
森の中に逃げ込もうとも、黒いミミロップは一匹たりとも残さないというような執拗さで、何日も何日も兄弟を追ってきた。見つかってしまえば逃げる術は何一つないまま、どれだけ泣き叫ぼうとも、命乞いをしようとも、蹴り殺された。
それはある時、捕まって殺された兄弟が延々とその骨肉を潰され続ける音を耳にした。
それはある時、逃げ続けるばかりで飢えて動けなくなった兄弟が鳥や虫にたかられていたのを見た。
それはある時、しっかりと固められた道に出た兄弟が、車に轢き殺されて全身があらぬ方向に曲がって動かなくなり、そのまま中から出てきた人間によって、袋に詰められて運ばれていったのを見た。
それ——黒いミミロップからとうとう見つかる事もなく、また飢餓に陥る事もなく、人間などにも捕まる事なく生き残ったたった一匹のザングース。
それは同時に、A島の最後のザングースだった。
それは、とにかく臆病にだけ生きた。
一匹たりとも逃すまいと病的にまで執拗にザングースを追い続けた黒いミミロップが、全てのザングースを殺したと誤認した後も変わらず、最早それ以外の生き方など知らないように、森の中に生きる誰にも見つからないように、生き続けた。
自分が物音ひとつ立てる事にすら怯えて、まるでナマケロのように必要最低限しか動かず。白い毛並みと稲妻のような要所要所の赤い模様は、自ら汚した上で目立たなくしてしまった事で、柔らかな毛並みも、獰猛さをそのまま表すかのような映える色合いも、微塵もなくなり果てていた。
そして誰の目にも記憶される事を恐れていたそれは、本来は優れた捕食者であり、獲物も選り好み出来るのにも関わらず、今は食しても警戒されないようなどこにでもいる虫ばかりを食べて腹を満たす。
自分の胸の鼓動にすら怯えるように、ただただじっと、木の上で息を潜めて生きる日々。
時間は必然と有り余るが、それはいつまで経とうとも有効に活用される事もない。
父母から生きる術を教えられる前に、幼子のままに森の中で一匹で生きる事を強要されたそれには、死に物狂いで身につけた、たった一つの隠れて生き続ける術を愚直に遂行し続ける以外に何をする事もそもそも発想として持てなかった。
同族と出会う事すらもなく、自分以外の味方を作る事も出来ないまま。
そんな惨めな生き方に疑問を抱く事すらなく、淡々と、愚直に、その生き方を続けていた。
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A島のハブネークは、遺伝子に刻まれた宿敵であるザングースが人の都合でこのA島に持ち込まれ、そして同じ人の都合で駆除されていった事を誰もが理解していた。また、教えられていた。
1970年代。唐突に訪れたザングースとの戦いの機会に、己の奥底からまるで無尽蔵に湧き上がってくる闘争意欲に身を任せる事は、時に交尾すら上回るような快楽をハブネークにもたらした。
だが、その期間は刹那と感じる程に短い期間で終わりを告げた。互いに歓喜に打ち震えて、力を蓄える。ただそれだけの行為が、この狭い島にとっては致命的な影響を及ぼした。そして、ザングースだけが駆除されていった。元からこの島に住んでいたハブネークも増えただけの分は駆除されたが、ザングースが迎えた早過ぎる、残酷な黄昏とは比較する事すら烏滸がましい事だった。
小銭目当てに森の中に入っていく、森の誰もが束になっても敵わないような鍛え上げられたポケモンと、空の袋を携えた人間達。それらが帰っていく時は常に袋はパンパンに膨らみ、その中からは濃いザングースの血の臭いがした。そして人間達が過ぎ去った森の中には、圧倒的な暴力によって物言わぬ死体と成り果てたザングース——討伐の証明として赤い左耳を等しく切り取られている——ばかりが散らばっていた。人間の携えた袋の中身にザングースの左耳だけが詰められている事は、人間社会に疎いポケモンであろうとも想像に難くなかった。
瞬く間に数を減らしていくザングース。最初こそはそれに追い討ちを掛けるようにハブネークも攻勢を強めたが、今まで自分達がやっていたような殺し合いがまるで子供のじゃれ合いかのように思える程のその一方的な駆除活動は、ハブネークにとってもすぐに喜べる事ではなくなった。
哀れみ。駆除が始まった198X年から程なくして、ハブネークはザングースを見かけても、ただそんな視線を向けるばかりで戦おうともしなくなった。そんな目線を宿敵から浴びるくらいならば、生きていても駆除されるだけならばと、未だ数を誇るハブネークの群れに対して僅かな数で特攻を仕掛けるザングース達も居たが、それを一方的に屠っても喜びなど欠片たりとも生じなかった。
人の都合でこの島に連れて来られ、そして期待する働きをしなかったからという理由で駆除されていくザングース。
ハブネーク達は、そんなザングースの事を語り継いだ。互いの遺伝子に刻まれた甘美な闘争の一つ一つを忘れまいとするように。そしてまた、どうしようもない力で駆除されていくザングースを追悼するように。
後に生まれたハブネーク達は、言葉と身振り素振りだけで何度も繰り返し伝えられるそんなザングースの事を、まるで架空の存在であるかのように思っていた。
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ひたすらに姿を隠して生き延びる最後のザングースを見つけたのがハブネークであったのは、きっと必然だったのだろう。
宿敵らしいような雰囲気も気配も、全くと言って良い程に消え失せたそのザングースを、ハブネークはふとした拍子に頭上を見上げて、見つけた。
土埃に覆われて、まるで木と同化したかのように薄汚れ、痩せ細った生気のない肢体。それは見つかった事に気付くと一瞬で、物音ひとつ立てずに木から木へと跳んでどこかへと消えてしまった。
他の誰がその逃げ行く姿を見たとしても、それをザングースだったと断言する事は出来なかっただろう。だが、そのハブネークはそれがザングースであると、本能が理解していた。
実際にザングースと戦った事のある上の代のハブネークが嬉々として語るその理由も含めて理解したそのハブネークは、そんなみすぼらしいにも程があるザングースに一目惚れしていた。
もしかしたら、この島で最後かもしれないそのザングース。それを、そのハブネークは誰にも教えずに捕らえる事を決意した。逃げるばかりに特化した、闘争とは真逆にあるようなそれを捕えたとしてその先何をしたいのか、自分ですら分からないままに。
次見つけた時が捕らえる最後のチャンスだろう。それに失敗したら、きっともうあのザングースは誰にも捕らえられない。
それすらも希望的観測であるかもしれないが、ハブネークはそこから急激に成長を始めた。今までなあなあに過ごしていた日々を改め、体の隅々にまで神経を張り巡らせる。茂みの中でも極力音を立てない術を覚え、その巨体にして気配を極限にまで薄められるように自身の殺気すらも内に閉じ込めた。
それは、この島において元来の頂点捕食者として胡座をかいていたところから、真に個としての強みを獲得する第一歩であったが、しかしそれが同胞達に分かる事はなかった。
あのザングースを捕らえたい。誰にも寄越したくない。その一心で、そのハブネークはもう同胞、血族の前にすら顔を出す事をきっぱりとやめた。そしてそんな、唐突にどこかへ行ってしまうような事は別に珍しい事でもなかった。
ハブネークは一応、海を渡る事も出来なくはない。水平線の先に別の島も見える事もあるし、それに向かってこの広いとは言えない島から新天地を目指す個も居ない事はない。またいつまで経っても同じ顔ぶれで、大した脅威もなく緩んだ毎日を過ごす事に辟易とする個も少なくはなかった。
密やかに。淡々と。それでいて今までとは比べ物にならない程に濃厚な日々を過ごす。
段々と、身動きひとつしないままに自らの周囲の事を察せられるようになってくる。その光を眩しく反射する黄金と黒光りする巨体に気付かないまま、目の前までのこのことやってくる獲物が出てくるようになる。
しかしそれでもまだ満足はしない。あのザングースを確実に捕らえるにはまだまだ自分は力不足であると理解していた。あのザングースの隠れっぷりは、自分が如何に成長したとは言えまだまだ追いつけたとは到底言えないものだと、一瞬の邂逅であるとは言え分かっていた。
ハブネークと同等の捕食者であるのにも関わらず、そうする事でしか生きて来られなかったが故に身につけた術であると。それに己が後から迫ろうとしたところで、そこには島と島の間にある広大な海程の差があり続けると。
だとしたら、どうしたらあのザングースを捕らえる事が出来る?
きっと、これから最善を尽くし続けたと言えども確実さを得られる事はないだろう。けれども、ザングースがまだこの島に居ると知っているのは自分だけであるし、そして運も味方したのならば捕らえられる、そんな場所にまでは辿り着けるはずだ。
そう信じて、そのハブネークは己の湧き上がり続ける欲求に身を任せて今日も身を潜め、真の頂点捕食者としての道を開拓し続けていた。
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その最後のザングースに、明瞭な自我というものを目覚めさせたのもまた、ハブネークであった。
生きる為に生きる。ただそれだけに全ての時間を費やしていたはずなのに、何故か目で追ってしまうその存在は、否が応でもそのザングースに思考をさせた。
見ているだけで毛が逆立っていくような感覚。胸の奥底から込み上がってくる殺意。それは自分以外の家族を殺し尽くした黒いミミロップのようなドロドロとしたものではなく、きっとどちらが死のうともそこに一切の後悔もないであろうような晴れ渡った殺意。
己というものを、初めて自覚させた。生きる為だけに生きている、まるで単純な作りをした原始生命さながらの生き方をしていたザングースは、ハブネークに抱かされた感情によってそこから脱却した。
だがしかし、だからと言って何かをする訳でもなかった。
己を丸呑みにする事も可能であろう程に太い胴体、日光をきらりと反射する艶やかな鱗。骨をも貫いてきそうな鋭い牙と、這いずる時に揺れ動くだけで周囲の雑草を切断している鋭い尾の刃。
それに比較して、生きる為だけに特化したザングースの体は、見るからにみすぼらしかった。
汚れているにも程がある全身は、とうに木と同化出来てしまう程に土色に染まっている。木々の上を音なく移動出来る程に軽い肉体。浮き出た肋骨、細い四肢。虫を殺せる程度しかない膂力。
先手を取れる自信はあった。しかしこの爪は、あの胴体を貫く事はおろか、切り裂く事も出来ないだろう。
そして、ハブネークという遺伝子に刻まれた宿敵を目にした事で自我が芽生えたとは言え、それは今までしてきた生き方を変えられる程のものでもなかった。
眠りが少しでも深まろうとすれば、あの黒いミミロップが家族を殺していく様が夢に必ず出てくる。父と母が一蹴りで殺された様が。何日も何日も森の中にまで執拗に追ってきて、兄弟を一匹ずつ殺していくおぞましい気配と音が、逃げる事しか出来ずに餓死していった兄弟の死体が、いつまでも鮮明に浮かび上がってくる。
それはまるで、深い眠りに就いてしまったのならば死ぬと言い聞かせた事による生きる術、防衛反応のように。
……もし、いつか。自分がこれだけ逃げ回っても、あれに殺されるくらいなら。こっちに殺される方がよっぽど良い。その方が、とても……分からないけれど、とても。
歪んだ欲望。生きる為にしか生きて来なかった。何も知らないが故に芽生えた、それ。
気付けば、遠くからでもハブネークをじっと見つめる事が生き甲斐になっていた。宿敵と言えども気付かれない程の隠密を生かして、ただただじっと見ている。それだけで、それだけで何かが満たされる感覚がしていた。陽に当たる場所で暖まっているような、そんな。
そんな時が過ぎた、ある日。そのザングースはとうとうハブネークに見つかった。
すぐに逃げたものの、今までにない胸の高鳴りはいつまでも、寝て起きても続いていた。
そしてそれは決して、心地悪いものではなかった。
*
そのハブネークは自らを鍛え続けた。気配を殺しながら木の上へをも這い寄る術を手に入れた。遠くから飛びかかって一瞬で四肢をも締め上げて抵抗させないまま締め殺す、より優れた瞬発力と筋力を手に入れた。
あのザングースを捕まえて、締め上げて、そこからどうしたいのか分からないまま。
そのまま締め殺す事も、生きたまま丸呑みにする事も、想像しただけで性行為に匹敵する程の興奮を覚えさせてくれたが、それはそのザングースが戦闘とは真逆に位置しているような生き方をしているのも相まって、一回限りで終わってしまう自慰に近しい虚しさも伴っていた。
より良い方法があるのではないだろうか。
……ふと、そう考えて。そして程なくして発想してしまったその行為は、余りにも禁忌を犯しているような気がして、必死に頭から追い出し続けていた。
そのザングースは己というものを自覚し、一日という時間が以前とは比べ物にならない程に長くなった後も、生きる事以外に出来る事はないままに、ただただ生き続けていた。
この、そう広くはない島において、誰としても味方など居ないまま。似たような捕食者など居らず、己が身に役立つような知見を見て覚える事も出来ず。そのままの身に出来る事だけを淡々と続けるばかり。
変わった事といえば、未来の事が頭に入り始めた事だった。ずっと、自分はこうして生きるのだろうか。けれど、黒いミミロップがもう自分を探していないといえど、少しでも深く眠ろうとすれば変わらずそれが夢に出てくる。
ある日、気付いたら木の上から広い海、水平線の先に違う島が見えた。何故か、それから暫く目を離せなかった。
気付いたら何度も何度も見に行っていた。この世界はこの島だけではないのだと知った時、何か自分の中で新しい世界が開いた気がした。
あそこまで行けたのならば、何が変わる気がしてならなかった。けれど、水の中に入った事もなければ、そもそも泳ぐなんて発想もない。時折船が行き来もしていたが、船には常に人が出入りしていたし、人里を通って船に潜り込むなどという行為を出来るはずもない。
だから、その別の島の事は恋焦がれるしか出来ない、見ているだけで苦しくなってくるものにすぐに成り果てた。
けれどもう見ない事にしようと決めながらも、他にする事もないそのザングースは未練がましくいつまでも眺めるのをやめられず。
そして。
その別の島の事をじっと眺め続けているのに目をつけた、己を鍛え続けていたハブネークは、微かにも音を立てないまま、己の奥底から湧き上がってくる感情も完全に抑えたまま、距離を詰める事に成功し。
一瞬にしてそのザングースを締め上げた。
眺めていても、この身に染みついた警戒はきちんとしていたはずだった。けれど、音も気配も微塵もしなかった。気付いた時は、肩に噛みつかれて、同時に全身を巻き上げられる感触がしていた。
締め上げられたまま、そのままぼとりと二匹は木から落ちた。ザングースは一応抵抗を試みたが、締め付けられた四肢は微塵も動かないのをすぐに理解させられて、力を抜いた。
目と目が合う。ハブネークの目は歓喜に打ち震えていたが、しかしそれはすぐに落胆するような、憐れむような顔に移り変わった。
ザングースの目は、抵抗も出来ないと分かると、すぐに生を諦めたかのような目になった。まるでいつかこうなる事を分かっていたかのような、最初から死すら受け入れていたような。
それはハブネークを酷く苛立たせた。痩せ細ったその体は、締め付けてみればその軽さが一際強調されて感じられた。そう強く締め付けているつもりはなかったが、これ以上力を込めてしまえば簡単に全身が砕けてしまいそうな儚さ。
せめて泣き喚いたのならば、そのくらいはしたかもしれない。けれど、この薄汚れた、白と赤の模様すら見えないザングースはそれすらもしなかった。
こんな事を望んでいた訳じゃない。決して。
「お前……本当にザングースなのか?」
つい出た言葉。しかしそれに対し、ザングースから何かを返される事もなかった。それどころか、何を言ったのかも理解していない。
……こいつは、何も知らない。言葉すらも、そして狩りの仕方さえも、きっと。
落胆をも通り越した、哀れみ。締め殺すのにも値しない、捕食するのも値しないところから、気付けばこいつは救わなければいけないと思っていた。宿敵であろうとも。いや、宿敵だからこそ。
こいつは、俺のものにする。締め殺す訳でもなく、丸呑みにする訳でもなく、生かしたまま。
何の為にだとか、生かしてどうするのかもハブネーク自身にすら分からないままだが、巣穴に連れ込んだ後に逃げないようにする必要があった。手足を使い物にならなくするというような手段を採らずに。
禁忌とも思えた欲望。今、このザングースからはほぼほぼ何の臭いもしなかった。強いていえば、土と同化したこの森そのものの臭い。それを別の色濃い臭いで染め上げてしまうという目的と欲望が余りにも一致していた。禁忌だからこそか、より唆る。
ザングースは、目を合わせたまま何もしてこないハブネークが良く分からなかった。それが何の為なのかも全く分からない。嗜虐的な事を想像するような経験もザングースにはなかった。
ハブネークがずるりと動いた。締め上げるでもなく口を大きく開くでもなく、ただ単純に、顔と顔がより近付いた。ザングースは何をするのか分からないまま、けれど唾を飲んだ。
何故か、殺そうとはしていないようだった。ただ、何かをしようとしている。
ハブネークはザングースが雄である事を確認した。生きる為にしか生きてこなかった、繁殖という概念すらも頭に浮かぶ事のなかったであろうこのザングースの雄は、直接見ずに胴越しに触れただけでもこの肢体同様にみすぼらしいものだった。
そしてそれとは真逆の、生命力に溢れた己の太く長い雄をスリットから飛び出させた。ザングースの臀部にそれはぶつかるが、ザングースは今から自分が何をされるのか微塵も分からないままの困惑した表情を浮かべ続けていた。
きゅっ、と少しだけ強く締め付けた。思わず呼吸を求めて口を開けたザングースに、ぐあ、と大きく口を開けて牙を突き立てないようにしながらザングースの顔をそのまま包み込み、舌をその口へと捩じ込んだ。その方が興奮するだとかより、単純に叫ばれないように。
黒いミミロップの存在は、ハブネーク達も知っていた。噂によれば、ザングースに自身を除いて家族を皆殺しにされた後に人間に保護をされた後、人間の元で強く鍛えられた体を以て復讐をして回っているだとか。
あれには、今のハブネークにも敵う気はしなかったから。
ザングースの臀部をハブネークの雄がまさぐる。ザングースは、ハブネークが何をしようとしているのかは分かった。けれど何でそんな事をしようとしているのかは変わらず全く分からなかった。
そのまま、強引に二本の内の一本がザングースの尻へと捩じ込まれていく。
初めての感覚、ただただ苦しく痛いだけで、思わず叫ぼうとするもののそれはハブネークの口の中に消え失せていくだけ。そして大した水分もなかったような乾いたザングースの口の中には、じっとりと湿った、それで肉の溶けた生臭さの混じるハブネークの吐息が流れ込んでいく。
ハブネークは、自らの雄が入るところまで入ったならば、ゆっくり、ゆっくりとそれを上下させ始める。淡々と、粛々と。
ザングースはされるがままにしか出来ず、またその行為が何の目的なのかすら分からないまま、ひたすらに苦しみから逃れようと、真っ暗闇なハブネークの口の中で唾液塗れになりながら息を交換し続ける。
ずるり。
……ずるり。
一回一回の上下に、他の種族からしたら遅いにも程がある時間を掛ける。
交尾全体に、日が登って沈むまでの時間が掛かる事など日常茶飯事。丸一日掛ける事だってある。
しかしそれがハブネークにとって当たり前の交尾だった。ぎちぎちと絡み合いながら、互いの熱と鼓動の一つ一つを感じながら、ほぼほぼ動かないままに二つの存在が一つになるような感覚が舌の先から尾の先までをも漏れなく包み込むような交尾。
静かながらも、他の何よりも熱量のある交尾。それが痩せ細ったザングースに歪に、一方的にぶつけられている。
少しずつ、少しずつ、ザングースの尻が押し拡げられる。とろりと静かに溢れ出したハブネークの精液が乾いた孔を滑らかにしていく。
快楽。苦しいばかりだった感覚が、ザングースが今まで味わった事のない未知の感覚へに僅かずつ塗り替えられていく。
困惑。ザングースはまだ幼子だった。人と違って数年も経てば交尾も出来るが、まだ生まれて二年も経ってはいない。南国のこのA島では季節が巡る事すら理解していない程に無知で無垢なザングースの軟弱な防壁がすぐに溶け始めたのを、ハブネークは締め付けたその全身で感じとっていた。
締め付けているその全身の鼓動が早まりつつあった。己の密に詰まった肉から伝わる熱以上に、ザングースの肉体には熱が籠り始めている。この口の中にあるザングースの吐息もまた荒くなっていれる。そして何よりも、ザングースの股間からその惨めな雄がハブネークの胴を押し上げようと虚しく頑張っていた。
少しだけ空間を開けてやれば、その小さい雄が盛り上がる。勃起しても惨めな大きさである事には変わりはないが、それはザングースがまだこの世界に絶望しきっていない、生きられる場所があるのならばそれを選ぶであろうという確信でもあった。
生かしたとして、まともなザングースに戻したとして、そこからどうするのかなど、ハブネーク自身にも分からないのだが。
そのザングースはもう時間の感覚が消え失せていた。
生暖かく、生臭い口の中、蠢く肉の感覚。口に捩じ込まれた噛みちぎる事など到底出来なさそうな太い舌。全身を覆い尽くす滑らかで絶対的な鱗肌。足先と爪先くらいしか動かせない。
そんな状態でもザングースは恐怖よりも困惑が勝っていた。口の中に入れられているのに牙を突き立てられていないのもあって殺意がない事ははっきりと分かっていたし、それでいて何故自分の尻にちんちんを入れているのか、何でそんな事をして気持ち良いと感じ始めているのか、何で勝手に自分のちんちんが盛り上がり始めているのかも分からない。
どうしてか殺さずにこんな事をするハブネークに身を任せるしかできなくて、動けないどころか生臭さばかりが鼻を突いてくるのに、不快感より段々と気持ち良さが勝ってきているのかも分からない。
知恵も経験もない頭では思考がすぐに堂々巡りになる。ぐるぐるぐるぐると同じ事ばかりが頭を巡って自分でも何を考えているのかすら分からなくなっていく中、されている事だけに自ずと神経が集中していく。
そんなザングースの事を全身で感じながら、ハブネークが馴染んできた尻により奥にまで雄を押し入れた。ザングースの全身がぶるりと震えて、ぴゅう、と弱々しいにも程がある、薄いにも程がある精をハブネークの鱗にぶつけた。
「……」
ハブネークは固まった。精を浴びせられた事ではなく、それが余りにも薄い事に。多分、こいつは放っておいたとしても短命で死んだのだろうと確信する程だった。
そんな何にもならない死を防げた事にハブネークは改めて歓喜した。ザングースらしいザングースとして生かしてやるとより決意が固まった。
「う、あ?」
ハブネークの口の中で、ザングースが呻いた。自分が何をしたのかすら分かっていない、困惑気味な感情。
……安心しろ。俺が育ててやる。
自然と出てきた、先まで見据えたような決意にハブネーク自身も驚くも、それを否定する意思もなければハブネークは行為を再開する。
悠長に、淡々と。そうありながらも強い熱を込めて。
乾き、熱もないザングースの肉体は、ハブネークの全身を使って内外から湿らされ、温められていくようだった。
頭をすっぽりと口の中に入れられて真っ暗闇。生臭さにも慣れてしまった。それに加えて指先程度しか動かせない状況がずっと続いているというのに、いつの間にか体の中には安堵が生まれつつあるのに気付いた。
何故だかこのハブネークは自分を殺さないと確信に近い形で思えていた。そして、誰かに自分の全てを委ねるなんて事は、あの黒いミミロップに全てを奪われてから一度もなかった。
もう一度、自分の全身が打ち震える程に心地良い、粘ついたおしっこを出した。それがどういうものかもザングースには分からなかったが、それを出した途端に体は一気に疲れてしまっていた。
ハブネークが尻に捩じ込んでいる雄も、とうに馴染んで痛みなど感じず、そして派手に動かされている訳でもない。
もう……寝ちゃおう。
安堵もあってザングースは目を閉じれば、気を失うかのように意識が遠のいていくのを感じる。
黒いミミロップの悪夢を見ないで済む、確信があった。
程なくしてハブネークも、ザングースが寝た事に気付く。
ずっと口の中に入れていた頭を戻してまじまじと眺めてみれば、涎塗れになりながらも、何ともまあ穏やかな寝顔をしているザングースが露わになった。
「……こんな行為の最中に宿敵に巻き付かれたままで、そんなぐっすり寝るんじゃねえよ」
そう吐き捨てて、一気に冷めてしまった雄をスリットの中へと戻す。だが、相も変わらず締め殺す気にも食す気にもならない。
それどころか、こんな風に熟睡する事すら、このザングースにはとても久しぶりの事だったのだろうと察してしまえば、育てる決意に更に拍車を掛けた。
ハブネークはそれに巻きついたまま、若干不恰好になりながらも自らの巣穴へと戻り始めた。
「……これから、どうするか」
*
気付いた時、ハブネークの巣穴の奥に押し込まれていたザングースは、そこから出る事はなかった。起きた時には自分の体にハブネークの濃ゆい臭いがこびりついていて、それだけでとても目立っていたし、そして何よりも目覚めたザングースにハブネークは肉を渡してきた事が決定的だった。
今まで隠れる事を最優先にして、虫ばかりを食べてきたザングースはとても久々に肉を食べた。ハブネークにとってはいつも食べているようなつまらないものであったが、ハブネークが目を見張る程にザングースはそれにむしゃぶりついた。いつも足りていなかった勢力が一気に体に染み渡るよう。
それを見てハブネークはまた、ザングースがどれだけ怯えて生きてきたかを分からされる。
……ある意味、こいつも強者と言って差し支えないのかもしれない。
少なくともザングースが外の世界に憧れていなければ、ハブネークは未だにザングースを捕える事は出来ていなかっただろう。それだけ全ての目を欺き続けてきたこのザングースは、方向性は違うとは言え、誰にも負けないものを持っていた。
けれど、それはハブネークの望むものとは正反対だった。
「……なあ。勝手に喋るぞ。お前がどうやって生きてきたか分かんねえけどさ、何だ、まあ。俺よりはよっぽど苦労してきただろうし、怖い目に遭ってきた事だけは分かる。
俺さ、お前を見つけた時、一瞬目が合ったのを今でもちゃんと覚えているんだよ。……お前もそうだろう?」
ザングースは、唐突に話し始めたハブネークに耳を傾けた。何も理解はしていないが。
「俺達が代々殺し合ってきた関係だって事も分かってんのかな、お前は。そうにせよ、そうでないにせよ、お前も俺達から目が離せなかったんだろう? だから俺に見つかった。
俺もお前と目が合った時、心が踊ったよ。でも、すぐに俺は単純には喜べなくなっちまった。何故だか分かるか? お前がそんな痩せっぽちだったからだよ。俺達は、殺し合いを望んでるのであって、絶滅させたいとかまでは思ってない。殺し合いなんて何も出来そうにもないお前を殺したところで、俺に真の喜びは生まれない。そう、すぐに分かっちまったからさ」
ハブネークはそれでも延々と喋り続けた。
まずはこのザングースを普通にまで戻したかったから。また言葉を通じて、分かり合いたかった。
俺がどれだけお前を見て心が踊ったか。俺がどれだけお前に取り憑かれてしまったのか。救いたいとまで思ってしまったのか、その感情を伝えたかった。
そのままある程度の時間が経ち、夜も明けようとしていた。ザングースは空腹感を訴えてはいなかったが、ハブネークはまた狩りをして戻ってくる。色濃く臭いを擦り付けたから逃げないだろうと思いつつも万一逃げられたら嫌だと、鍛えた隠密性も活かして僅かな時間で狩りを終わらせて戻ってくる。
そしてザングースは、身じろぎ一つすらしていないような、全く変わらない姿勢でハブネークを待っていた。
「……もう、じっとしていなくて良いんだぞ」
きっと、言っても暫くは無駄なのだろうと思いつつ、ハブネークはザングースに肉を渡した。
ザングースはまた肉にむしゃぶりつく。
そして、ハブネークはザングースを隠すかのように巣穴に蓋をして寝る事にする。だが、暫くして気付いた。
いつまで経っても寝息が聞こえない。昨日ハブネークに犯されながら寝た時は穏やかな寝息まで立てていたというのに。舌を出して感じてみれば、ザングースは変わらない姿勢で、ずっとじっとしていた。少しだけ寝息が聞こえる事もあるが、すぐにそれも止まる。
……眠らないように、しているのか?
まさかそこまでとは思わなかった。それと同時にこのザングースが誰にも見つからなかっただけの素質を持っている事も改めて理解する。
熟睡して欲しいと思うのだが、どうしたら良いのかと考えて、あり得そうにない想像が頭に浮かぶ。だがハブネークが近寄っても、その身を巻き付け始めても、ザングースは抵抗する素振りを微塵も見せないままだった。
そして巻きついて程なくして、ザングースは穏やかな寝息を立て始めた。
「……お前なあ……」
ハブネークは呆れながらも、別にそれ以上何をする事もなく、自身も眠りに就いた。
*
話しかけ続けて、肉を与える。
巻きついて熟睡させて、時々臭いを上書きする。巣穴も少し広くして、さらさらとした砂も用意した。
介護するように、はたまた子育てをするように、ハブネークは懇切丁寧にザングースの世話をし続ける。
毎日をいつまでも飽きがこないように。
それが何十日も続く。時に嵐が島を襲い、到底外になど出られないような日々を共に過ごした。
薄汚れた、赤と白の区別もつかないような毛並みが、漸く元の白と赤を取り戻しつつあった。
あばら骨が浮き上がっていた、枯れ枝のように細かった腕に肉付きが少しずつ見えてきた。
ハブネークが巻きつかなくとも、穏やかな寝息を立てる時が増えていった。
「……おれ、を、これから。どう、する」
ある日。ザングースは、とうとう口を開いてハブネークに問いかけた。
ハブネークは目を見開きながら、答えた。
「別の島に行くべきだろう。お前もそれを望んでいた」
「おれ、およげ、ない」
「池で少しずつ慣れていけばいい。時間はたっぷりとある」
ずっとザングースを隠したままで居られるとは思っていないが、ザングースは自分がこの巣穴に押し込んでから一度も外に出ていない。
「うん……。おれ、を、どう、する? うみ、わたった、あと」
いつから喋っていた事を理解し始めたのかは分からないが、少なくともザングースとハブネークは本来このような関係にはならないとまでは分かっているらしい。
「……食ったりはしないと思うな。まだお前、弱いし」
そう答えるとザングースは薄い、読めない表情のままに短く返した。
「そう、か」
正直、強くなったとして俺はこいつと殺し合いをしたいのかと言われたら、それももう何か違う気がするんだが。そうなったら変わるんだろうか。
そんな事を思いながら。
「取り敢えず。近い内に池の方に住処を移そう。巣穴と池を繋げて、水に慣れるところから始められるように」
「……わかっ、た」
新しく池の近く、土が盛り上がっているような場所に穴を掘り、地下水と繋げる。真夜中に誰もいない時を慎重に見計らって引越した。古い巣穴は崩してザングースの毛の痕跡などは見つからないようにした。
ザングースは生まれて初めて溢れる水に手を触れて、それから恐る恐るというように水に浸かる。
「つめ、たい?」
「合ってる。逆は?」
「あつ、い?」
「そうだな」
ザングースは、暫くその狭い水場で泳いでから、ずぶ濡れになった毛皮を引き摺りながら上がる。
それから少しして。
「つめ、たい。とても。
……しめ、あげて。あつく、して」
「……ザングースじゃなくとも、んな事頼むもんじゃねえぞ」
そう言いながらも、ハブネークはザングースに緩く巻きついた。
「あり、がとう」
「全く……。飯を持ってくるから、もっと体力つけろよ」
「うん」
それから暫くじっとして。ザングースはまた、口を開いた。
「おれ……あのとき、たべられる、それでも、よかった。
あの、くろいやつに、けられて、しぬよりは、とても、よかった」
「……」
ハブネークは言いたい事があった。けれど今は黙って聞く事にした。
「くろいやつに、ちち、はは、ころされた。
くろいやつに、あに、あね、いもうと、おとうと、ぜんぶ、ころされた。
おれだけ。にげられた」
黒いミミロップ。ザングースを殺して回っている、ザングースに同じように家族を殺された、黒いミミロップ。
「おれ、えらべる、こと、もの、なかった。どうやって、しぬ。それだけ。
ハブネーク。おれ、ころす。それは、くろいやつ、おれ、ころす、より、とても、よかった。とても」
「…………」
「でも。おれ、もしかしたら、もっと、えらべる?
ここ、でる、できれば、かくれる、しなくて、いい?
おれ、それなら、たいよう、あびたい。おれも、にく、かって、たべたい。おれも、ハブネーク、みたいに、つよく、なりたい」
「……そうだな。頑張らなきゃな」
「うん。だから……たべなくて、ありがとう」
「…………そうだな。俺も食わなくて良かったと思ってるよ。……本心からだ。本当にな」
程なくして、ザングースは寝た。締め付けられたまま、穏やかな寝顔で。
ハブネークはそれを見て、自分のしている選択が間違っているとは微塵も思わなくなった。
ハブネーク自身、水平線近くに見える島まで泳いで行ける自信はなかった。最終的には海のすぐ近くに巣穴を移してそこで泳ぐ練習を出来れば良いのだろうが、砂浜には基本人間がぶらついているし、岩肌ばかりの方にも船が良く姿を見せている。人に見つからずに海で泳ぐ練習をするのは難しいだろう。
それに加えて、ハブネークだけでも海で泳いで練習するという事も、帰ってきた時にここまで濃い磯の香りを持ってきてしまう、目立ってしまう事を恐れて余り出来なかった。
不安ばかりはあるが、それでも、それでしかこのザングースには未来はない。ハブネークが何度も教え聞かせた、この島の歴史。その被害者である黒いミミロップの尽きない恨みは、今でも稀に森の中に入ってきたりしてザングースが居ないかを確かめている。
そして人間も、今はもう小銭目当てに森の中に入ってくる事もないが、見つけたとすれば変わらず殺そうとしてくるだろう。もしかしたら、黒いミミロップよりも圧倒的で、抗いようのない暴力で。
ザングースの実物を見た事がなかったハブネークは、今までそれを頭でしか理解していなかった。ボロボロなザングースを見つけ、そしてそのザングース自身の口から、自分はハブネークに殺されるならそれで良かった、と聞いた事。それはハブネークに、歴史が今も続いている事を心から理解させた。
歴史を知らないのにも関わらず、ザングースはこの島で自身は生きていてはいけないという烙印を押されている事を、理解していた。そうして、選べるたった一つの自由に恋焦がれてもいた。
どうしてハブネークを減らそうとしてザングースをこの島に持ち運んだのか。それが上手くいかなかったからと言ってザングースを駆除しようと動いたのか。人の考える事などハブネークには分からないが、それは少なくとも間違っている事だ。そうとだけは確信した。
この島から逃げる事が出来ても、泳がずとも海を渡れる人間はきっとどこにでも居る事だろう。けれど、この間違った事に付き合わされる事からは逃げる事が出来る。そう信じて、ハブネークも出来る事をし続けた。
*
水に慣れるところから始まった、この島を脱出する計画。
狭い水場で泳ぐ練習を重ね、体力を付け続けた。ハブネークの尾の刃とかち合わせたら一方的に砕けそうな爪も、段々と太く、そして硬く鋭くなっていた。細枝ではなくなった四肢も含めれば、ハブネークの鱗を裂く事くらいは出来るようになっただろう。
毛並みもふさふさと言って差し支えない。水浴びも出来るようになったザングースにはもう、ひたすらに隠れて毎日を過ごしていた、自然と同化する程に汚れた茶色とは無縁となっていた。
また、ハブネークはザングースが言葉を発するようになっても、ザングースに色々な事を話し続けた。その甲斐もあって、ザングースの話し方も段々と滑らかになり、語彙も増えてきた。
そしてそんな最中も、ザングースとハブネークは何度も何度も交わった。
行為と言ってもハブネークがザングースに巻きついてあれやこれやをするばかりではあったが、ザングースもそれを受け入れていた。初めての射精がハブネークに尻を犯されての事だったから、という事もあるかもしれないが。
時に舌を交わし、また雄同士を交える事もあった。
ザングースの雄も、まだまだ小さいものの、きちんと元気な子種を生み出せるようになっていた。
またザングースが健康な体になってしまえば、ハブネークは本来の性行為——日が登り、暮れても続く延々とした、締め付けを伴う性行為——をするようになった。
健康になったと言えど、ザングースの体力はそこまで続かず途中で気絶するように寝てしまうのだが、しかしそれでもハブネークは満足いくまでザングースに欲情をぶつけ続ける。気絶しようとも、そこにはもう、すぐにでも死んでしまいそうなザングースは居なかったから。
養われているザングースと、養っているハブネーク。日々の営みから、性行為まで、そこには対等というものはなかった。更に言えば性行為をしているにしても、性別も同じであるし、それどころか種族は元来いがみあう関係にあるものだった。
けれど、それでも、その二匹の関係を愛と呼称するに不足しているものもなかった。
そんなザングースが、ハブネークの一日を通しての性行為を気絶せずに受け入れられるようになった頃。
とうとうこの島からの脱出を敢行する事に、二匹は決めた。
海までへの道のりは既に決めてある。どの時間帯に通れば人間などに見つからずに海まで辿り着けるか、それまでをもハブネークが既に入念に調べていた。
食事をいつもより多めに摂って、しっかりとそれが体に行き渡るまで待ってから。夜が更ける少し前、夜行性のポケモンもそうでないポケモンも活発には動かず、そして人間も余り活動しないその時間に、二匹は巣穴を飛び出した。
*
久々に出た外の世界。木の上を音なく移動出来るような体はもうなく、ザングースらしい強さを備えるようになったとしても、あの黒いミミロップに敵わない事は記憶から理解していた。
今見つかったとしたら隠れる事も、逃げ切る事も出来ないだろう。それを察して、体がぶるりと震えた。
そんなザングースにハブネークは舌を出して臭いを感じ、小さく返す。
「ミミロップは居ない。ハブネークも。さっさと行くぞ」
「……うん」
東へと、東へと。
ハブネークが先導する道なき道をザングースが追っていく。身を低くして、極力音を立てないようにして。
ザングースを捕らえる為に己を鍛え上げたハブネークはともかく、地上を駆ける事など殆どした事もないだろうザングースも、音をほぼほぼ立てなかった。
このザングースが唯一ミミロップから逃げ果せたのは、才能の部分も多かったのだろう。そんな事を頭の隅で思いながらも、ハブネークは前へと進む。
森を抜ければ、草原が続く。隠れる場所も少ないが、その分姿を晒しているようなポケモンも多くはない。特にこんな中途半端な時間帯となれば、やはりと言うべきか見る限り、そして嗅ぐ限りはポケモンは居なかった。
極力人里を避けつつも、時に畑や民家の側も通り、また道路も横切る。
そしてまた茂みを進んでいく最中。
「うっ!?」
ザングースが後ろで驚いた声を出した。
「なんだ?」
ハブネークが振り返れば、ザングースが小さな穴に足を踏み落としていた。
ずぽ、と抜けば、そこから何匹もの黒いミミロルが驚いたように逃げ出していった。
「……やばいかもな。急ぐぞ」
ハブネークの種族全体にとっても、あの黒いミミロップは驚異的だった。だから、基本ミミロルにも手を出さなくなっている。
「……ごめん」
「謝らなくていい。さっさといくぞ」
こんな時間にもそれが活動しているとは思いたくないが。
それからもう暫くして、そのまま岩肌が剥き出しな海岸へと辿り着いた。
太陽が水平線の先から登ろうとしている、青い空が見える。
その水平線の島が見える。多分、陸地を歩いて来た距離よりは遠いところにある、その島。
「前に言った通り、ここ辺りは離岸流になっている。要するに、打ち寄せた波が沖へと戻っていく場所って事だな。ここから波に身を任せて、泳ぐのに慣れながら沖へと泳いでいくぞ」
「うん」
ザングースが早速海へと入ろうとしたのを、ハブネークは一旦止めた。
「……海に入ったらもう、後戻りは出来ない。溺れて死ぬか、あの島までたどり着くか。
その二つだけだ。覚悟は、出来てるか?」
「とっくに」
そう返せば、ザングースは躊躇いなく海の中に入った。
「……本当に、海の水ってしょっぱいんだね」
「あんまり飲むなよ。腹を壊す」
「分かってる」
あの狭い水場と決定的に異なる、強い波が体を何度も襲う。けれどハブネークの言う通り、その波に身を委ねていれば、段々と体が陸から離れていくのが分かった。
もう喋っている余裕はない。でも、少しずつ泳いで前に進もうとすれば、それも出来る。隣ではハブネークが身をくねらせながら泳いでいた。
前を向き直す。ザングースはまだ泳ぎ始めたばかりだというのに、もう既に言葉に言い表せないような幸福を感じていた。
……自分が、こんな、誰かと命を賭すような事までするとは思わなかった。
本当に、本当にそんな事をするとは、共に海に入るまで信じられなかった。自分にある自由はどうやって死ぬか、それを選ぶくらいだと思っていた。
自分にそんな自由があるとは、そんな自由までを作ってくれるとは。他のハブネークに捕まえられても同じ道になっていたのだろうか? それとも途中で食べられていたのだろうか?
分からないけれど。でも、だからこそ、ここでは溺れ死ぬような事はあってはならないと強く思う。
そんな時だった。
「ミ゛ィア゛ァァアアア゛ア゛アア!!!!」
一度だけ。
一度だけその声を聞いた事があった。忘れるはずもない。ハブネークに捕まるまで、眠りが少しでも深まろうとすれば、それが脳裏に響いて来たのだから。
怨みの感情がこれでもかと詰まったその咆哮。後ろを振り返れば、黒いミミロップが助走をつけて海へと飛び込んでくるのが見えた。
「う、あ」
落ち着いていた鼓動が一気に高鳴り始めた。体がどこにあるのか一瞬で分からなくなる。
「落ち着け! よく見ろ!」
ハブネークがそんなハブネークの耳元で叫んだ。
「あいつの泳ぎを見ろ! 手足をぐちゃぐちゃに動かしているだけだ! だから、その内溺れる。だから、前を向いて泳ぐだけであいつは自滅する」
「う、うん。分かった」
ザングースをそうして泳がせる。
ただ、ハブネークは理解していた。泳ぎがぐちゃぐちゃでも、泳ぐスピードは速い。あいつは執念で追いついて来るだろう。
その時は、俺が殺す。海の中なら、俺でも殺せるはずだ。
ザングースが泳いでいくのを確認する。黒いミミロップが激しく、無駄に飛沫を上げながらも刻一刻と迫ってくるのを確認する。
恐怖。頂点捕食者として生まれたハブネークが、今までほぼほぼ感じた事のないそれを強く感じている。
……海の中と言えど、勝てるのか? あいつは人に鍛えられている。少しだけ鍛えたような俺とは比べ物にならない。
でも、勝たなければ。殺さなければ、あのミミロップを生かして帰して終えば、多分人の伝手を使ってあの島までやってくる。
少しずつ、少しずつ。近付いてくる。その時が近付いてくる。
そんな緊張するハブネークを、ザングースも振り返って見た。ザングースがハブネークの体に触れ直して、言った。
「俺も、戦う」
「っ!? 足手纏いだ!」
それに対し、ザングースは返した。
「ハブネークは元々泳げる種族じゃないんだろ!? その証拠にもう俺の方が泳ぐのに慣れてる!
それに、それに……、どっちかが死ななきゃいけないなら、どっちかが死ななきゃ終わらないなら、俺も……、いや、俺が決着をつけなきゃいけないんだ!!」
「でも、いや、だが……」
「もう時間がない!」
「あー、くそっ! 死ぬんじゃねえぞ!」
「分かってる!!」
振り返る。黒いミミロップが毛皮にどれだけ水を吸われようとも、泳ぎ方すら知らずとも、溺れずに迫って来ている。その目は変わらず尽きない怨みと殺意を携えている。
それを、二匹は待ち構える。
覚悟を決めても震えているそれぞれの身体。共に寄り添う。
震えが止まった。
黒いミミロップは、間近まで迫っていた。
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「……俺、やりたい事を一つ、言ってなかったんだ」
「何だ、今更。言ってみろよ」
「怒らない?」
「うーん。聞いてみねえと分かんねえな」
「んー……。うん。
……俺、きちんと子供作りたいんだ。俺の親は子供を作っても、育てる事さえ出来なかったから。
きちんと自分だけで生きられるまで育てて、きちんと送り出したい」
「そうして俺の子供とも戦わせたりとか?」
「殺し合いまではして欲しくないな。虫の良い話だけれど。本当に」
「……ま、良いんじゃねえか? 俺の匂いがたっぷり染みついたお前に番が出来るか、とても微妙だけどな?」
「妬いてる?」
「うるせえ」
「それで、ハブネークにはやりたい事はないの?」
「その内俺も子供作りてえとかは思うかもしれねえけど、今はそんなにねえな。お前と戦いてえとか、食いたいとも結局全く思わないままだし。
多分、お前が強くなってもそれは変わんねえんだろうな……。だからな、分かるだろ?」
「……はいはい。お好きにどうぞ」
「それじゃあ、好きにさせて貰います」
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202X年、A島におけるザングースの根絶を宣言。
A島は、その国際的に希少な固有種に代表される生物多様性の豊かさ等が評価され 202X年Y月に他の島々と共に世界遺産に登録されました。在来種の回復は、A島を含むA群島国立公園の保全や、この世界遺産の登録に大きく寄与したと考えられます。
またザングースの根絶に伴い、ザングースによる農畜産被害は消失しました。また、A島では、島に生息・生育する生きものを観察するツアーが観光の大きな柱となっており、在来種の回復が好影響を与えていると考えられます。
ザングースが持ち込まれなければ、被害も捕獲も、そして、長きにわたる多くの関係者の苦労もありませんでした。第二のザングースを生まないために、我々人間には「入れない・捨てない・拡げない」を遵守していく責任があります。
どちらかと言えば裏ザングースの日(9/3)に合うような作品かもだけど、まあ。
結末
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敗北
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相打ち
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ザングースだけ生存
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ハブネークだけ生存
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共に生存