非日常の始まり
ついにこの日が来た。
いよいよ今日が伊多海旅行当日であり、自分を含めた幼馴染達の運命が変わるかもしれない日々が始まる。
朝四時過ぎ、パッと灯った室内灯と優の柔らかい声で起き出した俺。
この時間は当然寝ている母さんを起こさないようありあわせの物で朝食をとり、静かに身支度をしてから父さんの仏壇に手を合わせ、これから始まる旅の無事を祈った。
そうして二人で我が家を後にする。
俺の荷物はパンパンに膨らんだ旅行バッグ一つだが、優は同じ大きさのバッグに加え更にリュックサックも背負っていた。
女の子は何かと荷物が多いのだろう。何も言わずに彼女のバッグを持つ。
「……ありがと」
にっこりと微笑んで返す優。
別に点数を稼いでいる訳ではなく、荷物が多い時はいつもやってる事だ。常日頃俺を支えてくれる彼女へのささやかな恩返しのつもりなのだった。
東の空がうっすらと明るい。しんと静まり返った田舎道を二人並んで歩いて行く。
早朝の静寂を乱すのはなんとなく
だが、そんな中でも感じる物はある。言葉を交わさなくとも、これから始まる非日常を想い心が沸き立っているのは互いにしっかりと伝わっていた。
これからの数日間で何かが変わる。そんな予感はもう確信に近くなっていたのだ。
やがていつものバス亭が見えてきた。
今日は俺達の方が早かったようだ。勝也達の家の方向を見ながらベンチに座り、ぼんやりと彼らを待つ。
五分もしない内に件の二人が小走りでやって来た。双方ともちょっと息が切れている。
「おはよー」
「おはようさん、どうしたん?」
「ふぅ~……おはよ。このバカが寝坊しちゃったのよ」
佳奈子がベンチに腰掛けてから呆れたように言う。
「いやーワクワクして眠れなくってさ」
「小学生かお前……」
頭を掻きつつへへへと笑う相手へ突っ込みと苦笑を向けてやる。
見ると佳奈子はリュックサック一つだが、勝也は両手に旅行用バッグを持っていた。それに気付いた俺へ向け、「当然だよな?」とばかりに唇の端を吊り上げるのだった。
間もなくやってきた始発のバスに乗り込み、駅まで向かう。
駅からは電車で三時間、そこから船に乗り継いで三時間の長旅だ。
以前に訪れた時はもっと時間がかかったが、近年観光地としての人気の上昇に伴い今年から高速船が就航するなど利便性が増しているらしい。
長い旅路の途中、電車の中ではおしゃべりしたりカードゲームで遊んだりしていたが、寝不足の勝也が船を漕ぎ出してからは皆なんとなく黙って見慣れない外の景色を眺めていた。
こういう時、やっぱり勝也はムードメーカーなんだと再認識するのだ。
電車での移動が終わると近くのファーストフードで早めの昼食を取り、高速船の発着場へと向かう。駅に降り立った瞬間から露骨に感じる潮の匂いが益々旅情を掻き立ててくれる。
発着場は賑わっていた。連休初日だけあって観光地である伊多海への渡航客はそれなりにいるようだ。それでもあまり待つことなく船に乗る事が出来た。
毎年一度は訪れている伊多海だが、高速船が就航するまで中々大変な船旅だったのは記憶に新しい。
それまで毎度利用していたのは車も乗る大型フェリーで、船体が大きいせいか波が出るととにかく揺れた。お陰でみんながみんな船酔いで酷い目にあったのだ。
以降はその反省を生かし酔い止め薬を飲んでいたが、もうその必要もなくなりそうだ。スマートな船体は普通のフェリーより大分小型だが、波を突っ切るように水面をぐんぐん進んで行く。
この船もそれなりに揺れるのだが、辛い船酔いを催す程ではなかった。むしろ揺り椅子のような効果をもたらすのか、いつの間にか全員がうとうとしていたのだった。
『大変お待たせしました。間もなく、伊多海港に到着致します』
船内アナウンスで全員が目を覚ます。時刻はもう正午過ぎだろうか。どうやら島に着いたらしい。
「ふぁ~あ……やっとついたな」
あくびをする勝也を先頭に通路を進み、空調の効いた船内から身を乗り出す。
途端に鼻孔へ流れ込んだ空気の匂いは本土側ともまるで違う。懐かしい潮の香りだ。
同時にムワっとした熱気が体を包む。まだ五月なのにもうすっかり夏の陽気だ。やはりこの島は南国なのだ。
「確か旅館の人が迎えに来てくれるんだよな?」
「そのはずだぜ?待合まで行ってみるか」
到着した人、これから島外へ出る人。それぞれで混み合う待合所まで行くと、すぐに一人の女性が手を振りながら近づいてきた。
「おーい!かつやーこっちこっちー!」
「あ、綾子姉だ!おーい!」
俺達よりも背の高い、二十過ぎくらいのショートヘアの女性だ。
その美人な顔にはしっかり見覚えがある。勝也の従姉弟の
綾子さんは旅館を経営している勝也の叔父さんの娘で、都内の大学に通う女子大生だ。毎年長期の休みになると帰郷して旅館の手伝いをしてるので、同じく似たような時期に旅館を利用する俺達とも顔見知りだった。
勝也と血が繋がってる筈なのだが顔はあまり似ていない。垢抜けた美人なお姉さんだ。
「久しぶり!佳奈子ちゃんに優菜ちゃんに陽一君も一年ぶりかな?いやーみんな大きくなったねー!見違えちゃったな!」
俺達を見て大げさに驚いている。
前に来たのは去年の夏休みだったろうか。成長期な事もあって確かに見た目は随分変わっているんだろう。
でも、俺から見た綾子さんも去年より更に美人になったと思う。もちろん恥ずかしいので思うだけで口に出したりは出来ない。
優と佳奈子にはもちろん、勝也にも言ってない事だが、小さい頃から綾子さんには密かな憧れを抱いていた。
優に対する「好き」とは違う感情だが、美人のお姉さんが身近にいたら好意を抱かない訳が無いのだ。
「こんにちは綾子さん」
「こんにちはー」
「こんにちは。お久しぶりです」
「うんうん。じゃああっちに車があるから乗って乗って!疲れたでしょ?」
綾子さんの案内で駐車場に止めてある送迎用ワゴン車に俺達は乗り込んだ。
慣れた手つきのハンドル捌きでスルリと出発すると、車は海岸線に沿った県道を真っすぐに進んで行く。
「綾子姉もこっちに戻ってたんだな」
「そうなのよ!旅館が大変だから戻って来いってさ、ゴールデンウィークは帰る予定無かったんだけどねーって、みんなもそうだったね、ごめんごめん。いやーホント来てくれて助かったわ。運悪く従業員さんの休みが重なっちゃってね、もうばったばたなの。この時期だと組合にヘルプも頼めないしもう親戚筋にも片っ端から連絡とってた位なのよ」
ハンドルを握り前を見ながらもマシンガンの如く喋る綾子さん。
とても明るく快活で話好き、そして面倒見がいい人で、俺達が小さい頃は旅館の手伝いの合間に海で遊んでくれたりもした。
毎年会えるのは短い時間だが、俺達みんな姉のように慕っている。
「とりあえず今日から三日頑張ってくれれば大丈夫だから。それ以降は定年退職した人達がヘルプに来てくれる事になってるの。ごめんね?ほんと無理言っちゃって」
バックミラー越しで申し訳なさそうにこっちを見る綾子さん。
「そんな事ないですよ。タダで泊めてもらう訳ですし、バイト代ももらえるし。こっちがお礼を言いたいくらいですよ」
俺達も十分得をしているのだ。むしろ条件が良すぎてこっちが恐縮してしまう。
「そうですよ。気にしないでください」
「がんばります!」
佳奈子と優もそう返す。勝也も頷いている。
「そう言ってもらえると助かるわ……お客さんの対応みたいな難しい仕事は無いから安心しといて」
沿岸の道を車は走る。右手は海、左手は山林、そんな道路だ。
途中の交差点で山林側への道に入り、緩やかな坂道を五分ほど走った所で車は旅館前に到着した。
木立に囲まれた敷地にデンと佇むのは、高さこそ二階建てだが面積はとても広そうな和風建築だ。
敷地の入り口にある古めかしい石碑には「北山旅館」と彫ってある。
正面に見える建物は真新しいが旅館自体の歴史はそこそこ古く、何度か建て替えや増築をしてるらしい。この温泉地でも老舗に入るそうで、シーズン外でも予約で埋まるくらいには人気の宿だ。
併設されてる広い駐車場の端に車を止め、従業員用の出入り口から入館する。
「ただいまー。連れてきたよー」
綾子さんが告げる先には壮年の夫婦が立っていた。勝也の叔父さんと叔母さんが出迎えてくれていた。
「いや~みんな良く来てくれたね!ありがとう、助かるよ」
「あら~大きくなったわねー。さ、あがって頂戴」
「「「「お世話になります」」」」
声を揃えてそう言い頭を下げる。
「先に部屋に行こうか。こっちだよ」
叔父さんに案内されみんなでついていく。一旦建物の外に出て、渡り廊下で接続された古めの建物に入った。
「ここは旧館よ。もうお客さんには開放してないんだけどね。今は従業員の宿舎と備品の倉庫になってるの」
叔母さんがそう説明してくれた。旧館と言っても内装は奇麗で、ここをお客用に使わないのはちょっともったいないと思ってしまう程だ。
二階に上り、そのまま廊下をしばらく進んだ先の突き当りで歩みが止まる。
「さ、ここだ」
叔父さんがドアを開けて俺達を迎え入れる。玄関スペースを進み入った先は、一見して旅館の客室と同じに見える部屋だった。
畳敷きの十畳ほどの広さの部屋が二つ、襖を境として繋がっている。木製のがっしりした大きな座卓に座椅子にテレビに金庫、その他諸々新館の客室と全く同じ設備が備わっていた。トイレと洗面所もある。
「普通の客室に見えますが……いいんですか?」
驚く俺達を代表して佳奈子がそう聞いた。俺もてっきり布団部屋でも使うのかと思っていたのだ。
「うん、ちょっと今は従業員用の部屋に空きがなくてね。ここも昔は客室として使ってたんだけど、新館ができてからは使ってない部屋なんだ。でも掃除はちゃんとしてるから大丈夫だよ」
「本当は二部屋用意してあげたいんだけど、ごめんなさいね」
叔父さんに続き叔母さんが済まなそうに言う。
お客でもない俺達にそこまでしてもらったら逆に申し訳ない。それに今更同じ部屋だからってワーキャー言う間柄でもない。
「ま、一応襖で分けて二部屋として使えるから。勝也、嫌われるような事しちゃ駄目よ?」
「しねーって!」
茶化すように言う綾子さんに勝也が突っ込む。
「十分ですよ。いい部屋で驚きました」
「ありがとうございます」
みんなで頭を下げる。ここまで気を使ってくれたのだから、その分ちゃんと働こうと思った。
「気に入ってくれてよかった。それじゃあちょっと休憩したら早速始めようか。館内を案内するから二時になったら着替えて事務室に来とくれ。他の従業員にも紹介しよう」
「また後でねー」
そう言い残し、叔父さん夫婦と綾子さんは部屋から出て行った。
「ふい~」
荷物を放り投げた途端、早速畳の上に大の字に寝転がる勝也。
俺も腰を下ろした。まだ幾分青さの残る畳の匂いが心地いい。
「わぁ、いい景色」
窓から身を乗り出して外の風景を見回す優。
確かにいい眺めだった。真っ青な南国の空の下、眼前に広がる緑とその向こうに見える海原。
人工物は旅館の施設を除いてほとんど見えない。優の横に並んでその光景に見入ってしまう。
「私と優菜は奥の部屋使うから。覗かないでよ?」
佳奈子はさっそくバッグから荷物を取り出し整理している。
「はいはい」
「さてどーすっかな?へへへ」
なんて言う勝也だが、踏み越えちゃいけないラインはしっかり弁えてる。
佳奈子にしても本気で警戒してる訳でもない。そのあたりの信頼関係がこの歳になっても四人一緒でいられる秘訣なんだろう。
その後、俺達は軽く休憩を取ってから動きやすい格好に着替えた。
と言ってもみんな学校指定の運動用ジャージなんだが、お客さんの前に出る訳でも無いし、動き回るにはこれが最適なのだ。
事務室にいた叔父さんに連れられ館内を回る。各所の仕事場を巡り、担当の従業員さんに挨拶をしていく。掻き入れ時且つ人員不足でどこの現場もてんてこ舞いで、自分に仕事が勤まるかちょっと心配になってしまった。
一通り仕事場を見て周った後、不安そうな俺達に叔父さんが言う。
「あぁ、そんなに心配する事ないよ。お客さんの前には出さないし、仕事内容も難しい事はさせないから。担当の人と一緒にやってもらうから分らない事があったら彼らに聞いてな。それじゃあ佳奈子ちゃんと優菜ちゃんは綾子に面倒見てもらっとくれ。勝也と陽一君はリネン室に行ってもらえるかな?」
そう叔父さんに指示され、俺達はそれぞれの持ち場で人生初めての仕事に挑むのだった。
「…………疲れた」
気が付いたら口から漏れていた言葉がそれだ。
俺は今、宛がわれた部屋の畳の上に大の字になっている。隣で勝也も同じ格好で寝転がっていた。
現在時刻は午後の九時だ。俺達二人は八時過ぎまでぶっ通しで働き、風呂に入ってから部屋に戻ってきていた。
仕事終わりに北山旅館自慢の露天風呂を使わせてもらったが、お湯と景色を楽しむ余裕は全く無かった。そそくさと身体を洗い、碌にお湯に浸からずさっさと上がってしまった。
それ程に俺達は疲れ切っていたのだ。今はとにかく早く休みたい。その思いで一杯だった。
「働くのって大変だな……」
勝也がぽつりと言う。
同感だった。慣れない事をしたせいでもあるが、体験するどれもこれもがとにかく重労働に感じられたのだ。
俺は勝也と組んでいくつかの仕事場を周ったが、半人前でも男手と言う事で力仕事が多かった。
それでなくても動きっぱなしだったので明日は筋肉痛になってるかもしれない。
幸いどの部署も担当の人達はみんな親切だった。ド素人の俺達にも丁寧に教えてくれたので、大きなミスをする事も無く無事に今日の仕事を終えられたのだ。
「こりゃ告白どころじゃないなぁ……」
半日足らずでこれだ。あと二日間、邪念は捨てて真面目に働くしかないのだろうか。
「ご飯もらってきたよー」
そうして二人ポツリポツリとボヤいていると、優と佳奈子が戻ってきた。グロッキーな俺達を気遣い、調理場から配膳用カートに乗せた夕食を運んできてくれたのだ。
女子二人は俺達よりも少し早めに仕事が終わったらしい。既に入浴も済ませていて、浴衣姿が艶かしい。……筈だが、疲れすぎて情動が機能しない。風呂上りの女の子の浴衣姿を楽しむ余裕すら無い有様なのだ。
大きな座卓に並べられる夕食をボーっと眺める。凄く美味そうだ。
ふと、早めに昼食を取ってから今まで何も腹に入れて無い事に気付く。そうなると急激に腹が減ってきた。夕餉のいい匂いも尚更それを助長する。
「それじゃあいただきまーす」
「「「いただきます」」」
優が音頭をとって全員で唱和すると、すかさず料理にがっついた。
美味い。宿泊客用みたいに奇麗な盛り付けをされてる訳じゃないが、内容は大体同じだ。人気旅館の自慢の夕食は流石の味だった。
食事を進めているうちに元気も湧いてくる。美味い料理でようやく取り戻せた笑顔と共に今日の仕事内容を話し合った。優達も力仕事こそ少ないものの大変だったようだ。
「あんた達は明日は何時から?」
食事後、お茶を飲みながら佳奈子が聞いてくる。
「朝七時からだな。そっちは?」
「同じね。じゃあご飯食べたら早く寝ないとね」
せめて睡眠時間はちゃんと確保しないと体が持たない。食器と配膳カートを戻し歯を磨くと俺達四人は早々に床に付く。
そうして五分もしない内に俺は寝息を立てていた。
翌日の仕事も大変だった。人手が足りない仕事場を転々とし、黙々と作業をこなす。
優や佳奈子と一緒に働く事もあったが、おしゃべりする余裕も隙もなく、目の前の仕事を片付けるのに必死だった。
休憩時間はしっかり食事を腹に入れると、横になって少しでも体力回復に努めた。
当然この日も告白する余裕なんてない。というかそれを考える余裕もない。休憩時間に勝也と相談し、今日明日きっちり働いて決行は明後日以降にする事と決めた。
三日目も同じく忙しかったが、多少は身体が仕事に慣れてきた。お陰で作業の手を進めながらも勝也と雑談する位の余裕が生まれてくる。
今現在俺達は調理場の隅で食器をひたすら洗っている。担当の人が席を外した隙を見計らい、手を動かしながら勝也に話しかけた。
「なあ、告白はいつする?」
隣で皿を拭きながら勝也が答える。
「引っ張っても仕方がねぇ、明日にしよーぜ」
「明日か。確かに早い方がいいな」
「シチュエーションはどーすっか」
「ベタだけど浜辺で夕焼けを見ながら……とかどうだ?」
「いいねぇ。じゃあ昼間はがっつり海で遊ぶとして、夕方になったら折を見て二手に分かれよーぜ。そっからはもう流れで行く所まで行くって感じで」
「行く所までか……そうだな」
想像してちょっとチンポが大きくなりかける。
ふと、もう丸三日射精してない事に気が付いた。今までは疲れと緊張でそれ所じゃなかったが、精神的に少し余裕ができて性欲も戻って来たのかもしれない。
「ま、とりあえずは今日の仕事を終わらせなきゃな」
「だな。頑張るべ」
そして午後八時、本日の仕事も無事終了した。
現場の担当者に「今日はもういいよ。お疲れさま」と言われた時は、俺も勝也も思わず大きなため息を漏らした。くたくただったが大きな達成感があった。
その後内線電話で叔父さんに呼び出され、事務室に向かう。優と佳奈子も先に来ていて、叔父さん夫婦と談笑していた。
「みんな三日間ご苦労様。いやーほんとに助かったよ」
「従業員の皆からも評判良かったわよ。若いのに良く働いてくれてるって」
二人ともにこにこしながらそう言ってくれた。
「お役に立ててよかったです」
「みんな親切に教えてくれたので助かりました」
佳奈子と優がそう返す。実際みんないい人達だった。
「うんうん。じゃあ明日からは自由にしてくれていいからね。お風呂も好きな時に使っとくれ。ただ、食事と布団の用意に部屋の掃除もこれまで通りやってもらいたいんだが、いいかな?」
「もちろんです」
現場の窮状を知る身として、従業員の人達の手を煩わせたくはない。出来る事は自分達でやってしまいたかった。
「助かるよ……ああ、お給料だけど、帰る時に交通費と一緒に渡すからね。それじゃあご苦労様でした。ゆっくり休んでな」
笑顔で見送ってくれる叔父さん夫婦にお礼を言って事務室を後にし、俺達はそれぞれ浴場に向かうのだった。
三日目にして大分仕事にも慣れた俺達だったが、それでも疲労自体は昨日以前と変わらない。
なので今日も今日とて軽く汗を流すだけでさっさと部屋へと戻っていた。そのまま畳に寝転びたい所だが、先に調理場から夕飯をもってきて座卓に並べておく。
そうこうしている内に優と佳奈子も浴場から戻ってきた。
「おまたせー」
「お帰り、それじゃ食べよっか」
そう言いながら湯上りの女子二人を眺める。
ホカホカと湯気が立ちそうなしっとり髪と、浴衣から覗く火照った首元が艶かしい。
浴衣の下は下着だけなのだろう。いつもの服装より胸とお尻の形がはっきり分る。
双方とも普段より幾分大人びて見える気がする。
(……奇麗だな)
昨日までと違い、自然とそんな感慨を抱いていた。
どうやらこの旅行でのノルマを無事終えた事で、ようやく気持ちの余裕が出て来たらしい。二人の新鮮な浴衣姿をしっかり楽しんでると自覚出来ている。
ほんとに綺麗で、そしてエッチだ。自然、俺と勝也は股間の膨らみを隠すよう前傾姿勢になっていく。
「どうしたの?」
見つめすぎていたんだろう。それに気付いた二人からキョトンとした顔が返ってきた。
「あ、いや、なんでもない」
「さっさと食おうぜ!いっただきまーす!」
取り繕うようにそそくさと箸を進めようとする俺達。
と、ちょうどそのタイミングで玄関ドアのノック音が割り込んだ。
「はーい」
優が立ち上がりドアを開けると、浴衣姿の綾子さんが姿を見せる。
「みんなお疲れー。私も今日は上がりだからさ、一緒にご飯食べようと思ってね……いい?」
「もちろんですよ!どうぞどうぞ」
優に招かれ、食事の乗ったお盆を持った綾子さんが入ってきた。お盆の上には缶ビールもある。
「あ、これは私だけね。みんなはまだダメー」
ビールの缶を俺達から遠ざけるフリをする綾子さん。そんなもん興味ないとばかりに勝也がひらひら手を振った。
「いらんいらん。飲んだ事あるけど美味くなかったし」
俺も晩酌してる母さんに頼んで少しだけ飲ませてもらった事があるが、苦いだけで美味くはなかった。
そんな様子を見て母さんがちょっと残念そうにしてたのを覚えている。
「あらそ?がきんちょにはまだこの美味さが分らないかぁ」
そう言いながらぐびぐびとビールを煽っている。その飲みっぷりを見る分にはとても美味そうに見えるのだった。
それからは夕食をつつきながらの会話に花が咲いた。ここ三日間の仕事の話や、俺達の学校での話、綾子さんが通ってる大学や東京の話を聞いたりした。
綾子さんと優達はここ数日間の仕事を通し、以前にも増して親密になっていたようだ。
俺も彼女らほど綾子さんと付きっ切りじゃ無かったが、それでもこれまでに無く会話の機会は多かった。お陰で憧れのお姉さんと更に仲良くなれて嬉しかったし、キツい仕事を最後までこなせたのも綾子さんにかっこ悪い所を見せたくないと踏ん張ったからだと思う。
もちろんカッコつけたいのは優や佳奈子に対してもそうなんだが、なんというか、この人は別腹と言うか……とにかくそういうアレなのだ。
「んじゃそろそろ戻るね。おやすみ~」
夜の十時過ぎになり、ほろ酔いの綾子さんは帰っていった。その際についでだからと食器も下げてくれている。
仕事は今日で終わり、残りの三日丸ごと自由時間だ。当然早起きする必要も無いので夜更かししてもいいんだが、丸一日働いた疲れがまだ残っている。明日からガッツリ遊ぶ為にもさっさと寝る事にした。
勝也と二人並んで従業員用の洗面所で歯を磨く。部屋の洗面所とトイレは女子専用にしてあり、俺達は室外の従業員共用の場所を使っていた。
「いよいよ明日だな」
「ああ」
明日、俺達四人の関係が変わる。それが良い方か悪い方かはまだ解らないが、人生の重要な岐路に来ている事は確かだ。
嫌でも色々と意識してしまい、既に軽く緊張している。緊張しているのに、股間の浴衣が勃起で盛り上がっていた。それは鏡に映る隣の勝也も同じだった。
今日はすんなり寝付けないかもしれない。並んで歯を磨きながら、二人揃って胸と股間を熱く滾らせるのだった。