これは4人が伊多海へ行く少し前のお話。
私立成沢学園中等部二年、一条優菜の朝は早い。
起き出す人々もまばらな朝の六時前、規則正しく繰り返していた寝息が途絶え、うっすらと優菜の瞼が開く。
枕元にあるお気に入りの時計に目をやると、目覚ましをセットしている時刻の数分前だ。
長年の習慣のせいか、毎朝ほぼ同じ時間にぴたりと目が覚める。もう長い事耳にしてない目覚ましのアラームを解除し、彼女は布団から身を起こした。
カーテンを開けると共に差し込んだ陽光を浴びながら身支度を済ませ、時間の余裕を持って家を出る。途中で覗いた両親の部屋では未だ二人分の寝息が聞こえていた。
彼女の両親はその職種故に生活時間帯が不規則だ。娘が起きる少し前に寝付く事も有れば、夜半を職場で過ごし、昼前に帰って来る事もある。
そうなると必然、優菜が家族と食事を共にする機会は少なくなる。両親の休日にそれぞれの時間が合う日を除き、月の大半は一人で食事をする事になってしまうのだ。
それでは不憫だし何かあったら危ないと言う事で、両親不在時は隣家の中里家がそんな優菜と一緒に食卓を囲んでいた。
両家は元々彼女が産まれる前から家族ぐるみの付き合いをしてる間柄だ。中里家にとっても優菜は半ば娘のような扱いで、当人もそんな境遇に満足しながら十数年も両家を行き来し育ったのだ。
結果的に、それは中里家にとっても都合が良かった。
数年前父が事故死し、代わって母が仕事に追われるようになると、一家の家事を担うポストに穴が開いてしまったからだ。
優菜は自ら進んでその穴を埋めた。幼い頃から両家の母にみっちり仕込まれたおかげで、小学校高学年にして何の不足無く家事をこなす事が出来るようになっていたのだ。
「全然苦じゃないよ。陽ちゃんも南美叔母さんもわたしの家族みたいなものだし」
とは、後に友人に語った言葉である。
その陽ちゃんこと中里陽一は赤ん坊の頃から兄妹同然に育った同い年の幼馴染だ。
実際、しばらくは彼の事を兄とも弟とも思っていた。
そんな意識が変化したのは彼の父親が亡くなった時かもしれない。
通夜、葬式、納骨と慌ただしく事が過ぎ、その最中も終わった後も呆然とふさぎ込んでいた陽一。
そんな彼をどうにか元気づけたい、慰めたいという一心で思い悩む中、ある日、薄暗い自室でぼんやり座り込む彼をふわりと抱きしめていたのだ。積もり積もった陽一を思いやる心が弾け、その勢いに背中を押されるようにして、半ば無意識で幼馴染の身体を包み込んでいた。
突然の事に最初は陽一も恥ずかしがって抵抗してきた。だが離されまいと両腕に力を込める内に抵抗は止み、少しするとおずおずと、そして数分後にはしっかりと抱きしめ返してきた。
そうして時間の流れも解らなくなるくらい、薄暗い部屋でずっと互いの体温を感じ合っていた二人。
そんな折、いつの間にか、本当にいつの間にか、優菜は自身の心に陽一に対する思慕の念が生じている事に気付いたのだ。
それは身近な兄弟、家族に対する愛情では決して無く、間違いなく異性への淡い恋心だった。
ただ、好意を自覚したからと言って以降の陽一への対応が変わる事は無かった。
好きだと告げる事も無く、相変わらず兄妹同然に仲良く日々を過ごしていったのだ。
暗闇で抱きしめ合った夜以来、陽一はふさぎ込む事も無くなり、徐々に元気を取り戻していった。
他に変わった事はと言えば、以前よりも優菜に対して優しくなった事だろうか。
家事を手伝うようになったのは彼の母が忙しくなった為だろうが、以前のように兄妹としてでは無く、一人の異性として扱ってくれる事が多くなったように思う。
それが優菜の好意に気付いての事なのかは判らなかった。だがそんな彼の小さな思いやりの一つ一つに、芽生えたばかりの恋心は着実に刺激されていくのだった。
そして十三歳になった今、優菜は以前にも増してはっきりと陽一を好いている。恋人になるなら彼しか考えられないと思うほどだ。
思春期を迎えて性欲を覚え、性教育も受けた今、自分の初めてを陽一に捧げる覚悟も既に出来上がっていた。
陽一が自分に対し好意を抱いているのにも既に気付いている。
第二次性徴を迎えて以降すくすくと育った胸を見る目は他の男子と同じだが、彼が一条優菜という一人の女性と向き合う時、その眼差しに思慕の情が表れてるのを確かに感じ取る事が出来たし、それが勘違いじゃないという自信もあるのだ。
その想い人が今現在、自身の眼下で寝息をたてている。
優菜には中里家での家事の他に、もう一つ日課があった。
それは休みの日を除き、毎朝陽一を起こす事だ。
規則正しい生活の優菜と違い、割と夜更かしもする陽一はその分朝に弱い。
そのくせ朝食の準備を優菜任せにするのは嫌がるので、彼女が朝に中里家を訪れたらまず陽一を起こしに行くのが習慣となっていた。
音をたてないようそっと部屋に入り、まず目に入れたのはベッドに仰向けで寝ている陽一の姿だった。
四月も半ばを過ぎてすっかり暖かくなったが、ここ最近は夏でもないのに妙に暑い日が続く事もある。今日も朝からそんな予感を感じさせる日で、寝苦しくなったのか、陽一は仰向けで寝たまま掛布団を中途半端にはだけていた。そんなもんだから彼の寝巻代わりのTシャツとブリーフパンツが丸見えになっているのだ。
(やった!今日は『いい日』だ!)
思わず拳をギュッと握る優菜。笑顔を零しながらそっとベッドの傍らに膝をつき、未だ気持ち良さそうに寝入る陽一へと近づいた。
ここで一般的な女子であれば、好きな人の寝顔に見入るのかもしれない。
だが優菜は違うのだ。近付いたのは陽一の顔ではなく、その下半身だった。
(今日も元気だなぁ……)
じっと見つめるその目と鼻の先には、ブリーフパンツがテントを張っていた。言わずと知れた朝立ちである。
ゆっくり上下する腹部の下、白地の布をグッと押し上げる支柱は、その硬さをこれでもかと物語るようだ。
やがて優菜はその猛々しいモノのほんの数センチ手前まで近づき、穴が開く程に観察を続けるのだった。
優菜が言う『いい日』は、今日みたいに陽一の朝立ちを観察できる日の事だ。
そんな日はなんとなくいい事がありそうな、ウキウキした気分で一日を過ごせる。いわゆる朝のテレビの占いのようなノリであった。
そんな陽一占いに、『悪い日』は無い。あとは『普通の日』があるだけだ。
寒くて掛布団が厚い時期や、寝相のせいで勃起が確認できない日がそれにあたる。そういう日は勃起ではなく陽一の寝顔を堪能するのだ。
思春期を迎えて以来、男性の身体、特に陽一のそれには大いに関心を寄せている優菜だ。
水着の時に目に入る年々男らしくなっていく体つきにはドキドキするし、当然男性器にも並々ならぬ興味を抱いていた。その興味の対象を直接見られないとはいえ、こうして間近に観察できる自分はとても幸運だと思うのだ。
(これがわたしの中に入るのかなぁ……)
いずれ陽一に抱かれるとなれば、自分の性器に目の前の勃起を挿入する事になる。
性行為がどういったものかは授業で習ったが、当然ながら未経験なので実感が沸かない。それに、少しだけ怖くもある。
ちろりと生じたそんな感情を揉み消すべく、勃起のすれすれまで鼻を寄せ、スーッと大きく息を吸ってみた。
(……はぁ……エッチな匂い……)
途端、脳髄が甘く痺れる。
陽一の体臭と僅かなおしっこの匂い、そして強いオスの性臭で鼻孔が満たされる。頭がくらくらする程の刺激臭に魅了され、意識せずとも続けてスンスンと鼻を吸ってしまう。
決していい匂いでは無い筈なのだが、なぜか嗅がずにはいられない癖になるような魅力が
布地を通して立ち昇る臭気を体内に取り込む内に、自身の下腹部にカッと熱が生まれしまう。
その熱を鎮めるために女性器を掻き回したくなるが、流石に今ここでそんな事をする訳にはいかない。自身を抱きしめるように両手を回し、両の太ももをきつく閉じる。
そうして股間に蓄積する熱から努めて意識を逸らすのだが、しかし鼻孔へ臭気を取り込む事自体を止めようとはしない。それはいつも時間が許す限り続くのが常なのだった。
この一連の秘密の行為は小学六年の頃、陽一が朝立ちするようになってからそう間を置かずに始められた。
ある朝、興味に駆られて盛り上がる股間の匂いを嗅いだ途端、優菜の全身が甘く痺れるような衝撃に襲われた。丁度その朝の陽一は夢精していて、まだ乾きもしない精液の生々しい匂いを優菜は思い切り吸い込んでしまったのだ。
人によっては
初めて嗅いだ臭いなのに、ふと気付くと布地のギリギリまで鼻を寄せ必死に匂いを吸い込んでいる自分がいた。それは陽一が自分から目を覚ます直前まで続けられたのだ。
そしてこの日、就寝前の布団の中。優菜は朝に嗅いだ幼馴染の精臭を思い出しながら、初めての自慰に至ったのだ。
それ以来度々行っている自慰だが、『いい日』は帰宅後に行うそれが非常に
本当は、匂いを嗅ぐだけじゃなく触ってみたい。触るだけじゃなく、舐めてみたい。
そんな欲求を悶々とさせながら、未だ全体像が不明瞭な男性器を夢見て性器を弄り回すのが日課なのだった。
そして時間は陽一と勝也が初めて裏物AVを見た翌日まで跳ぶ。
二人がセックス教本を求め出発したその一時間ほどのち、優菜は中里家を訪れていた。
玄関を開け、陽一の部屋がある二階への階段へと進もうとした所で、休日のラフな格好でリビングから出てきた彼の母、南美と顔を合わせる。
「おはようございまーす!」
「あら、おはよう優菜ちゃん」
食事の支度でもないのに優菜が入ってきた事に何の疑問も持たない南美。
「陽一なら勝也君と一緒に出かけちゃったわよ?」
「うんだいじょぶ。掃除しに来ただけだから。掃除機使うけどいいかな?」
「もちろんいいわよ。いつも悪いわねぇ」
「ううん、好きでやってる事だから」
息子の
実際、少しも苦に思ってない。陽一の為に何かしてあげる事が好きだったし、それより何より、自分の為でもあったのだから。
南美と別れ、階段を上がり陽一の部屋に入る。
その途端、はっきりと鼻孔に漂うものがあった。急いでドアを閉め、持ってきた掃除機を床に下ろし、大きく鼻を吸う。
(すごい……今日は大当たりかも)
部屋の中に充満しているのは精臭だった。朝立ちのパンツから匂う香りと同じものが呼吸するたび鼻孔を通っていく。
陽一の部屋がこんなに濃厚な香りで包まれる事はそうそう無い。優菜はひと時立ち尽くしたまま呼吸を続け、異性の精臭を存分に堪能する。
そうしながらも、視線は部屋全体を目ざとく見渡していた。
(ん~……無いかぁ)
少し残念そうに眉尻を下げるのは、この部屋でまれに発見できる言わばボーナスアイテムが見当たらないからだ。
彼女が期待していたのは、脱ぎ捨てられた陽一のパンツだ。
彼の部屋を掃除する際、たまに落ちてるそれを拝借し、直に鼻へ当てがい思い切り匂いを堪能するのが楽しみの一つだった。
だが昨夜は勝也が泊っていった為だろうか、横着せずにちゃんと洗濯籠まで持って行ったらしい。
(わたしが全部してあげるのに)
ふぅとため息一つ吐き、宝探しを続行する。
次に彼女が目を付けたのは勉強机の一番大きい引き出しだ。躊躇う事無く最大限まで引っ張り出し、そこに収められてる物ではなく、引き出しの奥の暗がりを覗き込む。
(……あ、新しいの増えてる!)
意外と広い引き出しの奥の空間、そこへ秘匿されていたのは十冊ほどの雑誌だった。それぞれの表紙にはあられも無い姿をした女性が悩まし気なポーズをとっている。いわゆるエロ本だ。
これも小六の頃だっただろうか、今と同じように陽一の部屋の掃除をしていてたまたま発見したのだ。
もちろん当人にそれを言える訳も無く知らないフリをしていたし、他の誰にも言えなかった。
以前彼の自慰を目撃してしまった時の経験から、本人が言い出すまではこの秘密を自分の胸に秘めておこうと決意していた。
だがある時、勝也が同じような本を所持していると佳奈子から打ち明けられ、それが特別な事じゃないと知る事になる。しかも話を進める内に、どうやら二人が同じ本を貸し借りしている事にも気付いたのだ。
以来彼らが新作を入荷する度、その本の内容は彼女らも知る事になった。陽一達の趣味は優菜と佳奈子に筒抜けになったのだ。
(やっぱり大きいおっぱいが好きなんだなぁ)
新作の内容を確認しながら、優菜はにんまりとしてしまう。
陽一と勝也が集めるエロ本はどれも巨乳の女性がメインの物が多い。その事実にホッとする自分がいた。
二人ともここ数年来優菜の胸に視線をちらちら寄せてくる。本人達は気付かれないと思ってるようだが、そんな視線は見られる当人にはバレバレなのだ。
かと言ってそれが不快な訳でも無い。むしろ嬉しかった。
好意を寄せている陽一は当然だが、勝也の視線にも嫌悪は一切抱かない。彼に想いを寄せる佳奈子には申し訳ないが、好ましい相手から性的に見られるのは中々に気分がいいのだ。
何かと不便な事も多いこの大きな胸だが、そうして彼らの目を楽しませるなら悪くないと思える優菜なのだった。
そうして新作の内容をしっかり記憶すると、この本の女性達よろしくオカズにされるのを夢想しつつ元あった場所へ寸分違わずに戻す。
と、最初は気付かなかったが、エロ本群の更に奥、エロ本さえ隠れ蓑にするようにして、何やら黒い物体が置かれているのに気が付いた。
優菜は慎重に手を伸ばし、硬く四角いそれを引き出しの奥の暗がりからそっと取り出してみる。
果たして、それはビデオテープだった。ラベルは何も張られてないのでレンタルの映画などでは無いらしい。
(これって……)
わざわざこんな奥に隠すのに思い当たる物がある。アダルトビデオだ。
男女の性行為を映したビデオが流通してるのは優菜も知っている。レンタルビデオ屋にもそんな物を集めた一角がある。
だが、割とどこの本屋でも買えるエロ本と違い、中学生の陽一では年齢制限のあるビデオコーナーには入れないし、手に入れられない筈だ。
入手先もそうだが、それよりも内容の方が気になった。
他人の性行為なんて当然見た事も無いが、興味自体は大いにある。
性欲を覚えて以来、いつか陽一とするかもしれないと漠然と期待していた行為のお手本が、今この手の中にあるテープに収められているかもしれないのだ。
(……)
ふと、傍らのテレビとビデオデッキに優菜の視線が向けられた。
ビデオテープがあるならば、当然その再生機器もある。このテープをデッキに入れれば、その内容を確認できるのだ。
(どうしよう……)
ラベルが一切張られていない如何にも怪しいビデオテープ。
その黒く無骨な直方体を手に持ちながら、主のいない部屋の中で一人葛藤を続けるのだった。