汚濁の街のその日暮らし 作:浜崎りお子
ぼくが住むこの下総市は一言で言えば汚濁の様な街だ。帝都である東京から電車で一本。けれど、降りた先に広がる光景は別世界と言っていい。
犇めき合う人集り
怒号と共に殴り合う酔っ払い
シュプレヒコールを行う市民団体に野次を飛ばす新興宗教
そんな人の群れに怯むことなく袖を引く化粧を施した男女
丁度帝都開拓から浄化活動を経て、郊外へと押し出されたはぐれものやはみ出しものが堆積して作り出されたコロニー。それが下総市という街だった。
その象徴とも言うべき存在が、ぼくが今向かっている巨大スラム。通称、下剋城だ。
その城砦がいつ頃出来たのかは判然としない。ある人はこの街に流れて来た時には既に存在したと言うし、ある人は寓話の一夜城の如く突然この地に現れたとも言った。
ただ一つ分かるのは、引ったくりや通り魔どころか、女子大生の強殺や放火が日常茶飯事のこの街において、最悪の犯罪は常に吹出物の様に、あの汚濁の終着点を始点にしているということだった。まあ、そんな汚濁の起源にして根源の様な城砦に出入りして、小遣い稼ぎに勤しんでいるぼくも幾度その片棒を担いだかは判然としないんだけど……ね。
そんなぼくの今日のバイト先は、今まで出入りしたことのない一角だった。無限の様に入り組んで広がった無秩序なこの城砦では知らない場所の方が多いのが常なので、一応指定された一室は侵入前には何度か見直しをしている。
「ここか……」
そうして歩くこと十数分。入り組んだ階段や梯子、不自然に設置された食堂やトイレなんかを抜けて辿り着いたのは、下剋城にしては珍しくきちんとしたドアが設置された一室だった。見れば、錆びドアの隣には手書きと思われる『白濁堂』の文字。屋号の意味は分からないけど、こんな所に居を置く変わり者のものだし、特に意味なんて無いのかもしれない。
「おじゃましまーす……」
そんな事を考えながら、一先ず仕事のために軽くドアをノックして扉を開けると、
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!!」
長い銀髪を揺らしながら、一心不乱に腰を振る一人の女の人が居たのだった。
「は?」
その光景に、ぼくはついそんな声を漏らしていた。こういう街だから、他人のセックスなんかは珍しくはない。それが男女であるか同性であるか、或いは人同士なのかや強姦か和姦かの差はあれだ。ただ、今日ぼくが受けたバイトは荷物の運び出しで、こういった性的案件とはてっきり無関係だと思い込んでいた。その先入観のせいもあって、この目の前に広がる性交シーンを一拍受け止め損ねてしまったのだった。
「くっ!?」
と、それまでパンッパンッとリズミカルに腰を振っていた女性が不意にふるりと身を震わせて、仰け反るようにしながら自身の股間を前方へと押し込んだ。銀糸の御髪が揺れて、軽く羽織った大きめの白衣と溶け込み、純白の素肌との色差が生み出す僅かなコントラストが、その全身を一塊の白濁液の様に胎動させる。
「ふぅ……」
ツンと突き出た形の良い胸元の尖端を震わせながら、二度三度と痙攣をして、最後に彼女はそう呟いたのだった。
「ん? ああ、もう来ていたのか」
そうして、少しの間呼吸を整えていた彼女はふと気が付いた様に、入口でこの光景に思考停止していたぼくの方を振り返ってきた。そうして相対した彼女の風貌は一言で言えば、この世のモノとは思えない美しさだった。
丸く整えられた眉毛の下、釣気味の大粒の双眸と輪郭をはっきりと描き出す長い睫毛。黒縁のメガネの奥でシニカルに細められたその両目につられたのか、チラリと白い八重歯を覗かせる桜色の唇。じんわりと額に浮いた汗にへばり付く銀色の前髪の蠱惑感は大胆に開かれた白衣の下の裸体も相まって、いっそ北欧のフレイヤの様な多淫で奔放な女神をすら思わせる。けれど、そんな事は全て“余録”でしか無かった。
合わせ目の開かれた彼女の裸体。その中心には本来あるはずのない
それは本来、
彼女の身体の中心に建立された巨大な塔は無数に走った太い血管を脈動させながら、正対する彼女の胴を縦に真っ二つに割り切って縦断している。程よく括れた柔らかそうなおなかと薄っすらと浮いた肋を通り抜けて、ロケットのように突き出たおっぱいの間に潜り込んだそれは、けれど
「あ、えっと、荷物の受け取りに来ました。
「ほう!!」
まるで寓話に出てくる両性具有の怪異か何かの様な彼女に一瞬虚を突かれるも、仕事のためにと思って名前を名乗ると、なぜか目の前の彼女は驚いた様な愉快そうな、そんな表情で丸く整えられた眉毛を持ち上げた。
「これはこれはご丁寧に。名乗られたならば名乗り返すのが世の道理であり、大人の礼儀というものだ。ボクの名は
「ダ、ダッチワイフ職人?」
「下剋城No.1のね!!」
彼女、もとい、悪根虚逝さんの名乗った肩書きを思わずオウム返しにすると、黒い革手袋の嵌められた両手を腰に充てて、ふふんっ!と誇らしげに仁王立ちのまま胸を張る虚逝さん。その瞬間、ぶるんっと前に突き出たおっぱいと天井に向かう巨大な男根が揺れて、引き千切れたゼリーの雫がべチャリとリネンの床に堕ちて粘性のスライムへと成り果てた。
「えっと、悪根さ「虚逝で構わないとも。ボクも君のことは流為くんと呼ばせてもらうからね。一続きの事業をする者同士、対等な関係を築くのは当然の事だろう?」ええっと……」
おっぱいと男根を揺らしたまま、ニコニコと場違いなほどフレンドリーに笑う虚逝さんに、ぼくは一瞬言葉に迷う。いや、まあ、言わんとする事は分かるんだけど、そもそもぼくはリクルートサイトから斡旋されてきただけの、小遣い稼ぎのアルバイトでしかない訳で。
けれど、そんなぼくの逡巡を見透かすかの様にニヤッとシニカルな笑みを浮かべた虚逝さんは「なに、そんな気後れする必要はないさ」と言いながら、チョンチョンと自身の谷間で煮え滾る巨大な男根の尖端を指でつついた。
「何を隠そう、ボクの
「ええ……」
どうやら、そういうことらしかった。
「いや、ぼくも正直単なる偶然というか、理解が追い付いてなかっただけなんですけど」
「それでもきみがボクよりも先に名乗ったという事実は変わらない。この白濁堂の主、天才ダッチワイフ職人である悪根虚逝を前にして、きみは正しく礼を尽くした訳だ」
「……」
「その一事は誇るべきだとも」なんて太鼓判を押されるけれど、正直挨拶しなかった人の気持ちも分かるというか、
「えっと、ありがとうございます?」
「ふふっ、こちらこそだとも♪」
頭を掻いたぼくに、虚逝さんは心底楽しそうに頷いた。まあ、それは一旦置いておいてだ、
「それで、今日運ぶ荷物っていうのは……」
「おっと、そうだったね!」
ぼくの言葉にパンッと手を打った虚逝さんは直前まで
「うわ……」
するとそこには薄っすらと微笑を浮かべたまま、両の脚の間からゴポリゴポリと白濁したあぶくを止め処なく吐き出し続ける、どこかで見た絶世の美女の姿があった。
っていうか、どう見ても
「っ!?」
「ふふっ、見事な出来栄えだろう?」
思わず振り返ったぼくに、虚逝さんはニヤリとシニカルな笑みを浮かべた。
「オカモト工業製人工培養皮質使用の最新型IS。その更にハイエンドモデルであるアフロディーテをボクの造形技術で更に極限まで磨き上げた傑作さ。思わずむしゃぶりつきたくなるくらいエロいだろう?」
「いやいやいやいや!?」
確かに美人だけど。確かに美人だけど!
「これ、どっからどう見てもあんた自身じゃん!?」
「ああ。そうだが?」
思わず叫んだぼくの言葉に、虚逝さんは「それがどうした?」とでも言いたげに小首を傾げた。
「そうだも何も、ええ? いや、あんた自分をダッチワイフにした挙げ句、自分でちんこ突っ込んでたのかよ? 抵抗感とか」
「この世で最も美しい存在なんだぜ? むしろ、
そう言いながら、虚逝さんはビンッと巨大なペニスを揺らす。
「何なら、せっかくのビジネスパートナーな訳だし、出荷前に
そう言いながら虚逝さんが横たえられたダッチワイフの陰唇を割り開くと、二チャリいう音と共に女陰の奥で太い糸が引かれたのだった。
「それより、時間はいいんですか?」
これ以上は付き合いきれないと思って話を戻すと、時計を見た虚逝さんは「おっといけない」と言って、パタパタと慌ただしく動き始める。
「すぐに検査後洗浄に取り掛かるから、悪いんだが流為くんも手伝ってくれるかい?」
「ええ?」
「もちろんタダとは言わないぜ? 流石に時間が無いから、流為くんがよっぽどの早漏でもない限りセックスはさせてあげられないんだけどね。洗浄の最中に世界が生み出した芸術の結晶たるぼくのロケットおっぱいと寸分違わぬこのダッチワイフのおっぱいを揉みしだくくらいは目を瞑るからさ」
「いや、いらんから」
いくら美人とはいえ、本人に似せて精巧に作られたダッチワイフを本人の目の前でどうにかする度胸はぼくには無い。とはいえ、これを梱包しないことにはぼくのバイトも先に進まないのは事実だしなあ……。
「しょうがないか……」
「ふむ?」
「手伝うんで、どうすればいいか教えてもらえますか?」
「おお!」
コテンと首を横に倒した虚逝さんは、ぼくが先を促すとパァッと喜色を浮かべてパンッと手を打った。
「ありがとう、流為くん!」
「はいはい」
「お礼に君のお尻の穴をファックしてあげよう」
「それは本気で要らないからな??」
っていうか、なんで手助けをして尻を掘られないといけないんだ。
「いやだって、ボクの完コピダッチワイフのおっぱいを揉みたくないならてっきりそっち系なのかと」
「なわけねぇだろ」
「え? 本当に掘らなくて良いの?」とでも言いたげに目を丸くするファッキン依頼主。心底不思議そうに首を傾げると、それに合わせて半勃ちになったペニスがおっぱいの頸木から解き放たれてボロンと零れ落ちた。
「そういうのはいいから、さっさとやりましょうって」
「そうだね。了解だ。取りあえず、そっち側を持ってくれるかい?」
「はいはい」
虚逝さんの指示通りダッチワイフの枕元に回って人形の脇に手を入れると、ほんのりと人肌に暖かい人形の素肌は薄っすらと汗をかいているか、しっとりとぼくの手に纏わりついてふにふにとした柔らかな感触を指先から伝えてくる。
「……」
「ふ~ん?」
人肌でしかありえない感触に思わず内心どぎまぎしていると、いつの間に僕の顔を覗き上げていた虚逝さんの心底愉し気な双眸と視線が重なった。
「ちょ、な、なんすか?」
「んー? べつにぃ?」
思わず強い口調で問い詰めると、ニヤニヤと笑ったままの虚逝さんは実に意味ありげな流し目を送って来る。いや、うん。これ以上はもう何も言うまい。
決心を終えてぼくが「早く洗浄に行きましょうよ」と言うと、虚逝さんは相変わらずにニヤニヤとした人の悪い笑みのまま、けれど特にそれ以上混ぜっ返すことはせずに「そうだね」と同意してくる。そうして何も言わず、促された薄暗い廊下の方へと脚を踏み入れる。
「ああ、そうそう」
けれど、ぼくが廊下に後ろ歩きで脚を踏み入れた瞬間、まるで見計らったかのように逆光で影のようになった虚逝さんが口を開いた。その声音が持つやけに厳かな韻に、ぼくは思わず「はい」と応えて姿勢を正した。
「落ちたムダ毛に関してはお持ち帰り自由だかよ☆」
「誰も求めてねえんだよクソ野郎!?!?!?」
果たして、今日一番の最低な一言にぼくの悲鳴は狭苦しい城塞内を突き抜けて、腹立たしいほど青い空へと響き渡ったのだった。……たぶんね。